アメリカ旅行(2012年9月28日〜10月5日)

アラバマ第1日目

 午前 7時頃に起きると、ドアの下に「Pay TV」の請求書 ($ 12.99) が刺さっていた。「Pay TV」というのは有料チャンネルのことで、映画のこともあるけれどアダルトチャンネルのことを指すのが一般的だ。ところが私には身に覚えがなかった。確かにタイトル一覧の画面を見て、「うわー、150種類以上あるんだ」「英語以外のはないなぁ (言語圏によって、同じシチュエーションで思わず漏れる声に違いがあるかに興味がある)」と感じたのは事実だけれど、36歳を迎え、そこで引き返すだけの賢明さはあった。天地神明に誓って内容は見ていない。でも英語で冤罪を証明出来る気はしなかったので、どんよりとした気分で チェックアウトに向かった。

 受付では体格の良い初老の男性が「PAY TVの料金を精算してよ」と言ってきた。「見てない」って言ったのだけど、もう一度「PAY TVの料金を精算してよ」と言われたので諦めた。$13渡したら、「見たんだよね」って言われたので、「見てないけれど、払います (キリッ」と答えたら、「見てないなら払う必要がない」と言われて、無罪放免となった。その男性が神様に見えた。どうやら神様はニューヨークのホテルの受付で働いているらしい。

 荷物をホテルで預けてから、メトロポリタン美術館に出かけた。ホテルとは、セントラルパークを挟んで反対側になる。セントラルパークを散歩しながら抜けたのだけど、自然がいっぱいで、リスが急に目の前を横切ったりして楽しかった。

 メトロポリタン美術館は、1日かけても見きれないくらいの展示品があった。二日酔いと時差ボケでヘロヘロになりながらも、ピカソ、モネ、マネ、ゴッホ、ムンク、フェルメール、ゴヤ・・・といった名画たちを浴びるように見た。そのなかで、私が見たいと思いながら機会がなくて、期せずして会うことの出来た絵があった。

絵画

 あまり有名ではないけれど、Giovanni Belliniが描いた “Madonna and Child”という絵だ。赤ちゃんの右足に注目すると、母趾が背屈している。これは錐体路障害がある患者さんの足底を擦ったときに見られる Babinski徴候という有名な神経サインそっくりだ。Babinski徴候は生後 1歳頃まで (起立歩行が始まるまで) は正常でも出現すると言われている。この絵では足底を擦っていないのに、母趾が背屈しているのが面白い。これには 2つの理由がある。ひとつは幼児の足を屈曲させて、母趾が背屈しやすい姿勢を取らせている点だ。われわれが診察する際にも、このような姿勢をとらせると、Babinski反射を出しやすくさせられると言われている。もうひとつは母親の手の位置だ。この位置に手を置くことも、Babinski反射を誘発しやすくする (母趾が背屈しやすくなる) と言われている。この絵に描かれた赤ちゃんは、錐体路を侵す病気がないとすれば、おそらく起立歩行はまだしていない。画家はこのことを知らずに描いたのだろうけれど、神経学者にとっては極めて面白い絵なのだ。うろ覚えだが、この話題は、豊倉先生が Babinski徴候について語った講演の DVDや、田代教授の「神経症候学の夢を追いつづけて」という本に、登場していたように記憶している。母趾の位置まで正確に記載した画家には敬服する。

 この美術館には、絵以外の芸術品も多数展示してあった。古楽器から現代楽器までずらりと展示した楽器コーナーは、私の興味を十分満たしてくれた。アマティやストラディバリウスといった名器もたくさんある。音楽好きには是非お勧めしたい。

 鑑賞を終えてからは、屋台でホットドッグを買って頬張って、他の客たちと同じように美術館入り口の階段に座ってまったりしていた。こういうラフさがアメリカっぽくて良い。

 すると急に雨が降ってきたので、慌ててバスに乗って、ホテル近くのレストランに戻った。そこではスパゲティーとワインを食べたのだけど、直前にホットドッグを食べていたせいで満腹になりすぎ、あまり美味しく感じるゆとりがなかった。ホテルに戻ると荷物を受け取って、ラガーディア空港を目指すことにした。

 当初はタクシーを使う気でいたけれど、5時間くらい時間があったので、迷ってもいいやと思って、「79 St. から地下鉄 “1番” に乗って、タイムズスクエアで “7番” に乗り換え、Junction Blvd駅から Q72のバスに乗って空港に向かう」というプランを立ててみた。地下鉄 “7番” でマンハッタンから東に離れるにつれて、下町のような雰囲気になってきて、乗ってくる客層も悪くなっていった。Junction Blvd駅で少し迷ってからバス停を見つけて時刻表を見ると、1時間に 1〜2本しかバスが来ないことになっていた。私が着いたのは前のバスが出てから 15分後くらいで、次のバスが来るまで 40分くらいあることがわかった。時間が余っているので待つことにすると、5分くらいしてバスが来た。時刻表を見間違えたのか、時刻表に意味がないのか。バスに乗る前にメトロカードに $10ばかりチャージしようとして、間違えて $50チャージしてしまったのが痛恨だったけれど、2014年3月まで使えるらしいので、これは後日どうするか考えることにした。

 ラガーディア空港では、20時 5分発の飛行機が遅れて 21時 16分発になっていた。しかし想定内。時差ボケで眠かったので、椅子に座って仮眠を取った。離陸したときには外が真っ暗になっていたおかげで、マンハッタンの夜景が綺麗だった。

 バーミンガム空港からはタクシーで先輩宅に向かった。タクシーの中では、運転手がしきりに話しかけてきた。「日本語は一つだけ知っている」とか言って、「わたくちの電話」を連呼していた。「沖縄にいたことがある」と言っていたので、ひょっとしたら元米軍兵士だったのかもしれない。典型的な南部訛りだったと思うけれど、どうせ聞き取れないから、訛っていない英語と大差ない。

 先輩宅では、先輩が地ビールと、それに合う料理で歓待してくれた。お返しに、日本から持っていった日本酒「田酒」「大七きもと」、焼酎「川越」を渡した。飛行機に 2回も乗って、割れるのではないかと心配していたけれど、無事だったので、"Mission completed!" という言葉が頭に浮かんだ。

 先輩とは、積もる話もあり、午前 3時頃まで話し込んだ。翌日の事を考えずに、何時まででも酔って語り合う我々の習慣は、日本にいる頃と変わらない。


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