視神経脊髄炎とリツキシマブ

By , 2014年11月11日 8:17 PM

神経の難病に抗がん剤治験 医師主導、世界初の承認目指す

産経新聞 11月5日(水)7時55分配信

 難病の「視神経脊髄炎」に特定の抗がん剤が効くとして、国立病院機構宇多野病院(京都市右京区)の田原将行医師(神経内科)が、患者に投与して効果を確かめる治験を進めている。視神経脊髄炎の医薬品として承認されれば、世界初となる見通し。副作用が知られた既存の医薬品を活用することで、安全性の高い治療法の確立につながることも期待される。

治験中の薬は抗がん剤「リツキシマブ」で、血液のがんといわれる悪性リンパ腫の治療薬。視神経脊髄炎に対しては日本だけでなく欧米でも未承認だが、効果を実証した臨床研究は複数あるという。

田原医師は、米国でリツキシマブを投与された視神経脊髄炎の患者に平成18年から、宇多野病院で投与を継続。この患者を含む6人への臨床研究を通じ、1回の点滴で約9カ月間、発症を抑えられることを突き止めた。

大学病院の教授らと研究チームを作り、国の科学研究費の助成を受けて今年6月に治験を開始。患者4人が協力しており、今後は40人を目標に患者を集める。データを分析して効果が確認されれば、視神経脊髄炎の治療薬として承認を目指す。

田原医師は、「再発を心配して暮らす慢性期の患者さんが、生活の質を向上させられる予防薬になる。視神経脊髄炎の治療法がダイナミックに変わる可能性も秘めている」と話している。

約 1週間前にニュースで取り上げられた視神経脊髄炎に対するリツキシマブですが、日本でも臨床試験が始まるんですね。未承認とはいえ、日本の診療ガイドラインで紹介されているくらいの治療法で、効果もアザチオンプリンなど一般的な免疫抑制剤と比較して強いとされています。高額な上に保険適応がないので、日本では視神経脊髄炎にはほとんど使われていませんが、こうした臨床試験を通して、保険適応となれば良いですね。

さて、リツキシマブは Wegener肉芽腫症や顕微鏡的多発血管炎では公知申請により保険適応になっているようです。いくつかの臨床研究もありますし、視神経脊髄炎でも公知申請をしてみては・・・と思いましたが、現状では難しいのでしょうか。

少し話は逸れますが、なんとタイムリーなことに 2014年11月6日に公開された New England Journal of Medicineの論文のタイトルが、”Rituximab versus Azathioprine for Maintenance in ANCA-Associated Vasculitis” でした。リツキシマブの方がアザチオプリンより ANCA関連血管炎に対する寛解維持効果が強かったそうです。血管炎は末梢神経障害などを起こしますし、神経内科でリツキシマブを使う機会も、今後増えてくるのではないかと思います。

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モーツァルトとベートーヴェン その音楽と病

By , 2014年11月7日 6:29 AM

モーツァルトとベートーヴェン その音楽と病-慢性腎臓病と肝臓病 (小林修三著, 医薬ジャーナル社)」を読み終えました。

第一章はモーツァルトの病についてです。モーツァルトの診断を下すにあたって、病歴上いくつもの大きなヒントがあります。

・死の直前まで、ベッドで身体を起こして作曲していた (=起座呼吸)

・モーツァルト 6歳時に父親が手紙に「息子の咽頭がやられて、熱を出したあと痛いというので診ると、足のすねにやや盛り上がった、銅貨ほどの大きさの赤く腫れ上がった発疹がいくつかできていました (扁桃炎+結節性紅斑?)」と記載。咽頭の腫れは何度か繰り返した。

・「水腫」という記述

・オペラ「魔笛」上演後に呼吸困難で倒れた

・死の約 2時間前に痙攣を起こし昏睡状態となった。両頬は膨らんでいた。熱のために体は汗でびっしょりぬれていた。

こうした病歴より、著者の診断は、直接の死因は心不全となります。原因疾患は原発性慢性糸球体腎炎、もしくはへノッホ・シェーンライン紫斑病、あるいは水銀中毒による間質性腎炎からの慢性腎臓病。その終末疾患としての尿毒症で死亡。併発疾患は大動脈弁狭窄・・・としています。

溶連菌感染→心臓弁膜症、糸球体腎炎というのは、もっとも合理的な説明ですね。起座呼吸や水腫という病歴もこれらの疾患に合致します。モーツァルトの病としてはとても有力な説です。へノッホ・シェーンライン紫斑病説は、確か私が学生の頃、2000年頃に論文を読んだことがあり、これも有力な説の一つかなと思っていました。

第二章はベートーヴェンの病についてです。ベートーヴェンについては腹水の病歴があり、病理解剖で肝臓に萎縮と表面に結節があったそうですから、肝硬変はほぼ確定診断です。その他、虹彩炎と思われる症状、繰り返す消化器症状、関節炎もあったようです。著者は鉛により誘発されたベーチェット病と診断しました。やや踏み込み過ぎの感はありますが、積極的に否定する証拠もないように思います。

話は脱線しますが、ベーチェット病では HLA-B51 typeが多いことが知られています。一方で、欧米人では HLA-B51は少ないそうです。2009年の Lancet Neurologyの総説を読むと、日本人やトルコ人のベーチェット病患者で HLA-B51 がみられるのは 60-70%である一方で、ヨーロッパ人では 10~20%に過ぎないと記載されていました (ただし、その論文は “Behçet’s syndrome: disease manifestations, management, and advances in treatment.” を引用したものです)。欧米人の診断をつけるときは要注意ですね。

本書は、一般人が読んでもわかりやすく書いていますし、医学的にもまっとうな内容だと思います。唯一残念なのは参考文献が示されていないことです。著者が下した診断は過去に別の研究者が論文にしているのと同じですし、そのことは明記すべきと思いました。また、診断根拠となる所見がどの文献に書かれていたのかによっても信ぴょう性は変わってくるので、その辺りは記しておくべきでしょう。

(参考)

Beethovenの耳の話

楽聖ベートーヴェンの遺体鑑定

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ALSの臨床試験の問題点

By , 2014年11月6日 7:45 AM

筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の臨床試験で、なぜネガティブな結果が多いのか、どう改善すべきなのかを議論した論文が、Lancet Neurologyに掲載されました。

Clinical trials in amyotrophic lateral sclerosis: why so many negative trials and how can trials be improved?

なぜネガティブな結果が多いのかという理由の考察は、panel 1に纏められています。

panel1

panel. 1

・理論的根拠

例えば、ALSの治療薬開発時には SOD1変異マウスを用いて動物実験を行う。SOD1変異マウスは、仮にヒト SOD1変異の家族性 ALSではよくても、ヒト孤発性 ALSの代わりにはならないのではないか。また、動物実験は病初期から治療が始められるが、ヒトでは病気が進行してから治療が始められるという違いがある。

・薬理学

薬の投与量が少なすぎる、中枢神経に薬剤が到達していない、あるいは薬物動態や薬力学的解析がされていないのではないか。また、最近の臨床試験ではリルゾールを併用されていることが多いが、リルゾールと試験薬剤との相互作用はよくわかっていない。さらに、ヨーロッパの臨床試験ではリルゾールへの上乗せとなっているが、アメリカでは経済的な理由によりリルゾールを内服していない患者が多い。

・試験デザインと方法論的問題

高い治療効果を求めすぎるため、小さな効果を見落としている可能性がある。 疾患の多様性や進行した患者の登録、短い試験期間が問題になっている可能性がある (昔より生存期間は伸びているので、観察期間も延長する必要がある)。また、臨床的効果のみをアウトカムとしていて、バイオマーカーを測定していないので、治療ターゲットに効果があるのかどうかわからない。

これらの問題点を解決することが重要だと著者らは考えているようです。具体的にどうするべきかも論文に書いてありました。

この総説では、幹細胞治療に触れた部分があり、興味深かったので簡単に紹介しておきます。幹細胞治療はとても期待されてはいますが、いくつかクリアしなければならない壁があります。広く宣伝されてしまっているため、金銭的にも、健康面でも高くつくことがあります。例えば中国に行って嗅神経鞘を用いた幹細胞を用いた患者らが、深刻な副作用を受けたことが報告されました (, )。幹細胞治療では、神経保護及び変性した運動神経の置換という 2つのメカニズムが想定されており、下記のような臨床試験が行なわれているそうです。結果を期待したいと思います。

Mesenchymal stem cell transplantation in amyotrophic lateral sclerosis: A Phase I clinical trial.

Autologous Cultured Mesenchymal Bone Marrow Stromal Cells Secreting Neurotrophic Factors (MSC-NTF), in ALS Patients.

Intraspinal neural stem cell transplantation in amyotrophic lateral sclerosis: phase 1 trial outcomes.

Intraspinal stem cell transplantation in amyotrophic lateral sclerosis: a phase I trial, cervical microinjection, and final surgical safety outcomes.

Amyotrophic lateral sclerosis: applications of stem cells – an update. (臨床試験ではないが、この論文中に 運動ニューロンもしくはグリア細胞由来の iPS細胞による治療の進歩が紹介されている)

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アラブ飲酒詩選

By , 2014年11月5日 6:07 AM

アラブ飲酒詩選 (アブー・ヌワース著、塙治夫編訳、岩波文庫)」を読み終えました。以前、オマル・ハイヤームの詩集「ルバイヤート」のことを書きましたが、アブー・ヌワースはオマル・ハイヤームと同じく中東の詩人で、酒をテーマにした詩を多く残しました。

アブー・ヌワースは、イラク国境に近いイランに生まれ、8~9世紀頃に活躍しました。イスラム教は飲酒を禁じていましたが、それにも関わらず彼は堂々と飲酒についての詩を詠みました。そればかりでなく、同性愛を告白したり (※例えば “小屋” という詩には「私は彼の腰あたりで望みを果たした」という表現があります)、断食を揶揄したりもしています。”若さ” という詩では、「私は亭主からその妻を寝とった」という背徳的な出来事が詠まれています。彼はイスラム教的道徳から解放された詩を多く書いた一方で、晩年はアッラーに罪の許しを乞う詩を残しました。

彼の詩を一つ引用します。快楽をとことんまで追い求め、奔放であった彼の性格が良く表現されています。

秘密を注がないでくれ

私に酒を注いでくれないか、そしてそれは酒だと言ってくれ。

私に秘密を注がないでくれ、はっきり言うことができるなら。

人生は酔ってまた酔うだけのこと。

酔いが長ければ、憂き世は短くなるだろう。

私が醒めているのを見られるぐらいつらいことはなく、

私が酔いにふらついていることぐらい結構なものはない。

好きな人の名は打ち明けよ、あだ名で呼ぶのはよしてくれ。

快楽だってつまらない、それを隠してするならば。

悪事も淫楽なしではつまらなく、

淫楽も背教を伴わなければつまらない。

私の友は皆悪漢で、顔は新月のように輝き、

きらめく星のような仲間連れ。

私は寝入っている酒家の女将を起こした。

双子座は既に消え、鷲座が昇っていた。

彼女は「戸を叩くのは誰?」と尋ねた。我々は「ならず者達さ、

酒器が軽くなったので、酒が欲しい連中さ」と答えた。

「あんたとも寝なけりゃね」と続けると、「それとも身代わりに、

色白で、あだっぽい目の美少年はいかが」と応じた。

我々は言った。「是非連れてきておくれ、

俺達のような者は辛抱強くないのだから」

連れてこられたのは十五夜の満月か、

妖術を使っているように見えるが、妖術者ではない。

我々は一人、また一人と彼に近よった。

断食して食物から遠ざかっていた者のように。

我々は一夜を過ごした。アッラーから見れば、我々は極悪人。

我々がひきずっているのは堕落であって、誇りではない。

なお、本書の解説を読むと、当時のイスラムの歴史を理解するのに役立ちます。まず、661年にウマイヤ朝が創始されました。ウマイヤ朝はアラブ人優位の統治を行い、非アラブ人はイスラムに改宗してもマワーリー (被保護民) としてアラブ人よりも下位に扱われていました。ウマイヤ朝の下で発達した文化もアラブ的、部族的伝統を残したものでした。しかし、750年にウマイヤ朝が倒され、アッバース朝が創設されました。アッバース朝はイラクを中心に、西は北アフリカから東は中央アジアに至る広大な地域をモンゴル軍に滅ぼされるまでの 500年間支配しました。アッバース朝はペルシャ人の力を借りてウマイヤ朝を倒した経緯があるだけに、ペルシャ人を中心に多くの才能ある非アラブ人が国家の要職に登用され、文化に大きな影響を与えました。そして文化が爛熟し、生活が奢侈になると、道徳の退廃がみられます。飲酒の習慣のある異民族との接触が増えるにつれ、イスラムの下では飲酒が禁止されているにも関わらず酒は半ば公然と飲まれました。時にはカリフ (君主) ですら飲酒をし、イスラム教ハナフィー派では一部のアルコール飲料を合法としていました。こういう時代に活躍したのがアブー・ヌワースでした。

ちなみに、アッバース朝の後半はカリフの力が弱まり、ペルシャ系のブワイフ朝、トルコ系のセルジュク朝などが実権を握るようになります。詩集「ルバイヤード」で知られるオマル・ハイヤームは、11~12世紀にセルジュク朝の時代に活躍しました。同じく酒の詩を詠んだ李白が中国で活躍したのは 8世紀のことです。

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Classic Bar ~in Blue Rose

By , 2014年11月4日 8:13 AM

「Classic Bar ~in Blue Rose」に行ってきました。サントリーホールの小ホールで行われたコンサートです。

Classic Bar ~in Blue Rose

各座席の横にはウイスキーとおつまみが置かれていました。

第一部は、元バレーボール日本代表の佐々木太一さんが、ウイスキーの基礎知識やテイスティングの仕方などを解説しました。彼は日本で資格取得者わずか 2名しかいなかった「マスター・オブ・ウイスキー」を取得しているそうです。ウィスキーの歴史や味の違いなど、勉強になりました。

第二部は成田達輝さんと中野翔太さんによる生演奏でした。普段あまり聴かない曲を聴くことができて、貴重な経験でした。特にジョン・アダムズの Road Moviesという曲は、minimal musicと呼ばれる、非常に小さな単位から構成されているそうですが、初めて聴いて「良い曲だな」と思いました。楽しかったのは演奏だけではなくて、西山喜久恵アナの司会による演奏者のトーク付きでした。

Classic Bar

ドビュッシー:美しき夕べ

ガーシュウィン:3つの前奏曲

武満徹:妖精の距離

ジョン・アダムズ:Road Movies

チャップリン:Smile

成田達輝 (Vn)/中野翔太 (Pf)

10月30日 (木) 19:00開演, サントリーホール小ホール

なお、次回の Classic Barは、「ワイン」をテーマにして、2015年2月8, 9, 10, 11日に行なわれ、ヴァイオリニスト川久保賜紀氏、ピアニストの横山幸雄氏が登場するそうです。

余談ですが、今回から成田達輝氏のプロフィールに「使用楽器:匿名の所有者からの貸与を受けて、ガルネリ・デル・ジェス “ex-William Kroll” 1738年製を使用。」の一文が加わっていました。素晴らしいパートナーとのますますの御活躍を楽しみにしています。

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脳卒中一次予防ガイドライン

By , 2014年11月3日 11:23 AM

AHA/ASAによる脳卒中一次予防ガイドラインが改訂されました。無料公開されています (2014年10月28日 online published)。

Guidelines for the Primary Prevention of Stroke

脳卒中診療に携わる医師はチェックしておく必要がありますね。脳卒中診療に関わる医師のみならず、プライマリ・ケア医も是非読むべきと思います。

PDFの 81ページから要約が、87ページから、今回改訂された点のまとめがあります。

(参考)

Stroke Rounds: New Prevention Guidelines Favor Mediterranean Diet

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脳卒中急性期の降圧

By , 2014年10月30日 7:53 AM

Lancet誌に、脳卒中急性期患者に対するニトログリセリン貼付薬の効果と安全性に関する ENOS研究が掲載されました (2014年10月22日 published online)。同じ研究で、脳卒中急性期に、それまで飲んでいた降圧薬を中止すべきかどうかも調べています。

Efficacy of nitric oxide, with or without continuing antihypertensive treatment, for management of high blood pressure in acute stroke (ENOS): a partial-factorial randomised controlled trial

興味深い論文だったので、簡単にまとめてみました。

背景:

高血圧は、急性期脳梗塞や脳出血の 70%にみられる。このような患者では、急性期再発率や死亡率が高い。そのため、急性期に血圧を下げようという試みがあり、降圧の有効性と安全性を調べた大規模研究がいくつかある。

・良くない:SCAST, IMAGES

・良くも悪くもない:CATIS,

・どちかというと良い:INTERACT2 (ただし、脳出血が対象の研究)

一酸化窒素 (NO) は、前臨床研究で梗塞巣を小さくし、局所の血流や機能予後を改善することが示されている (※ニトログリセリンは分解されて NOとなる)。ニトログリセリンに関しては、パイロット研究を含め 5つの小規模研究があり、安全性は確認されている。

発症までに飲んでいた降圧薬を急性期に継続した方が良いかどうかは、COSSACS研究ではどちらも差がなかったが、よくわかっていない。

方法:

国際多施設共同、プラセボ対照、並行群間比較試験を行った。患者とアウトカム評価者には盲検化が行われた。患者は 7日間ニトログリセリン貼付薬 (5 mg) を使用する群と、それを使用しない群にランダムに振り分けられた。さらに、降圧薬を内服していた患者は、継続するかどうかを無作為に振り分けられた。

対象は、臨床的な脳卒中症候群として入院した 18歳以上で、四肢のいずれかに麻痺があり、収縮期血圧 140-220 mmHg, かつ 48時間以内に治療が始められた患者とした。診断は、CTもしくは MRIで行われた。次の患者は除外した:血栓溶解療法などで降圧薬を絶対開始する必要がある、降圧薬を絶対に続ける必要がある、降圧薬を絶対に中止する必要がある、ニトログリセリンを必要とする、ニトログリセリンに副作用がある、昏睡 (GCS<8), 純感覚脳卒中、失語症、元々の modified Rankin Scale (mRS) 3-5点、神経ないし精神疾患の併存、脳卒中と紛らわしい病態 (低血糖や Todd麻痺など)、肝障害、腎障害、内科疾患の合併、妊娠ないし授乳中、過去の ENOS研究への参加、外科的介入が予定されている、2週間以内の別の研究への参加。

ニトログリセリン貼付薬は患者に見えないように覆った。降圧薬の内服ができない患者には、経鼻胃管から投与した。薬剤投与の 7日間が過ぎた後は、脳卒中二次予防のため、降圧薬、抗凝固薬、脂質異常症治療薬の投与が推奨された。

一次エンドポイントは試験開始 90日後の機能予後 (mRSで評価) とした。二次エンドポイントは、Barthel indexで評価された ADL、電話を用いてスケーリングされた認知機能、EQ-5Dで評価された QOL, short Zungうつ評価で評価された感情とした。安全性は、全ての死亡、初期の神経学的悪化、7日以内の脳卒中再発、7日目までの治療介入を必要とする高血圧/低血圧、重篤な副作用を評価した。

結果:

4011名がエントリーした。2097名 (52%)が発症前に降圧薬を内服しており、1053名が降圧薬継続群、1044名が降圧薬中止群に割り当てられた。3995名 (>99%) で 90日後までフォローアップすることができた。ベースラインの血圧の平均値は 167/90 mmHgであった。ニトログリセリン貼付薬の初回投与後、貼付群は非貼付群に比べて血圧が 7.0/3.5 mmHg低くかったが、この差は 3日目に消失した。

一次エンドポイントである 90日後の機能予後は、ニトログリセリン貼付群は非貼付群に対して、降圧薬継続群は非継続群に対して、いずれも差がなかった。サブグループ解析の結果、ニトログリセリン貼付群は発症 6時間以内に開始した場合もしくは女性において、非貼付群と比較して有意に機能予後が良かった (出血/梗塞、OCSP分類では差がなかった)。サブグループ解析の評価項目全てで、降圧剤継続群と降圧薬中止群の間に有意差はなかった。また、サブグループ解析の結果、頸動脈狭窄患者で降圧による悪影響は検出されなかったが、サンプルサイズが小さいことを考慮する必要がある。

二次エンドポイントにおいて、ニトログリセリン貼付群は非貼付群と全ての評価項目で差がなかった。降圧剤継続群は非継続群と比較して死亡率はほぼ同じであったが、病院での死亡や施設への退院が多く、寝たきりが多い傾向にあった。また、認知機能スコアも降圧薬中止群に比べて低かった。降圧薬継続群は、降圧薬中止群に比べて重症高血圧となる割合は少なかった。有害事象の発生総数は降圧薬継続の有無で差がなかったが、肺炎は降圧薬継続群で有意に多かった。肺炎は、多くは嚥下障害がある患者で、降圧薬を飲むときに起きていた。その他の二次エンドポイントは降圧薬継続群と中止群で差がなかった。

安全性評価では、ニトログリセリン貼付薬投与群では非投与群群と比べて頭痛と低血圧が多い傾向にあった。

考察:

ニトログリセリン貼付薬による急性期の降圧も、発症前の降圧薬の内服継続も、有効性を示せなかった。その理由として、①降圧不十分、②脳出血のみ降圧が有効、③薬剤を開始するタイミングが遅すぎた、④数日でニトログリセリンへの耐性が生じて効果が不十分だった、という可能性があるのかもしれない。

降圧薬継続群で、二次エンドポイントの評価項目いくつかで悪化がみられたが、真の結果か偶然の効果かはわからなかった。

読んだ感想・・・。

脳梗塞について、

①過去の研究とこの研究を併せてみて、多分脳梗塞急性期の降圧は効果がないか、あってもわずか、さらには有害である可能性もあるのだから、急性期は降圧しなくて良いのでは。薬は、副作用の観点から、また経済的にも少ないほうが良いし。

②脳梗塞急性期に高血圧である患者の予後が悪いのは、ひょっとしたら高血圧が原因ではないのかもしれません。例えば、より脳循環が悪くて、血流を改善しようとして代償的に血圧をあげているのであれば、高血圧となっている患者の方が条件が悪いと予想されます。降圧すると、もっと条件が悪くなるかもしれません (血圧を下げた方が予後が悪いという研究結果に合致)。また、脳梗塞などのイベントで血圧が高くなりやすい患者というのは、もともと血圧の変動が大きく、脳血管の動脈硬化が進んでいた可能性も否定できません。

③脳梗塞急性期に血圧が放置できないくらい高くなる患者さんがいて、我々は慣習的にニトログリセリン貼付薬 (ニトロダームテープなど) を使ってきました。理由として、キレの良い薬を使って急激に血圧が下がり過ぎると脳循環を悪くしそうだけど、ニトログリセリン貼付薬ならマイルドな降圧効果が得られるからというのが一点、貼り薬なので嚥下障害があっても使えるのが一点です。この研究結果は、慣習的なプラクティスで重篤な副作用がないことを再確認させてくれました。

この話に関連して、Clinical neuroscience誌の 10月号に、脳卒中関連の RCTが多数批判的吟味されていて、降圧関連の臨床研究もいくつか含まれていました。まとめて読めるので、結構オススメと思います。

Clinical Neuroscience Vol.32 (14年) 10月号 脳卒中EBMカタログII

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診断精度研究のメタ分析

By , 2014年10月28日 5:13 PM

2014年10月25日に、「診断精度研究のメタ分析」という研究会に行ってきました。

第17回 診断精度研究のメタ分析

この分野の本は数冊読みましたが、実際に講演を聞いて非常に勉強になりました。質疑応答でも質問させて頂きました。臨床疫学の様々な分野に渡って開催されている研究会のようですので、また別のテーマでも参加したいと思います。

今回の講演の中には “SlideShare” でスライドが公開されているものがあります。下記にリンクを貼っておきますので、興味のある方は御覧ください。

「診断精度研究のメタ分析」の入門

「診断精度研究のメタ分析」の書き方

「診断精度研究のメタ分析」の報告事例

なお、この研究会を主催した「臨床疫学研究における報告の質向上のための統計学の研究会 (REQUIRE)」 のサイトでは、それ以外の講演会の内容も一部オープンになっているようです。

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ALSと陰性徴候

By , 2014年10月26日 9:35 AM

感覚障害、 膀胱・直腸障害、眼球運動障害、褥瘡は “ALSの陰性徴候” と呼ばれ、ALS患者では何故かこの症状がみられません。その理由はメジャーな症候学の教科書を読んでも書いておらず、私は知らなかったのですが、2014年10月16日付の Scientific Americanに凄く興味深い記事が載っていました。

Why Do Eye Muscles Function in ALS as Other Muscles Waste Away?

An important clue may lie in the wiring of the motor neurons. Those vulnerable to ALS connect to specialized sensory neurons and “receive continuous excitation from other neurons that release glutamate,” an important neurotransmitter that excites motor neurons and triggers muscle movement, explains neuroscientist George Mentis of the Center for Motor Neuron Biology and Disease at Columbia University.

Eye and sphincter motor neurons, however, do not receive synaptic connections from these specialized sensory neurons and instead get their signals from different neurons. They also “receive less glutamate from yet different sources, ultimately triggering muscle movement in a different way,” Mentis says. Specifically, the ALS-resistant neurons  receive more discrete, specific bursts of the chemical instead of a continuous flow. Sustained exposure to glutamate may cause an over-accumulation of calcium, which harms cells.

つまり、ALSで膀胱直腸障害や眼球運動障害が起きないのは、眼筋や括約筋を支配する神経が、他の運動神経と異なった特徴を持つ神経回路を形成しており、グルタミン酸が関与した持続的な興奮入力を受けにくいことで説明できそうです。グルタミン酸が関与した持続的な興奮入力は、過剰なカルシウム流入を介して細胞毒性をきたす可能性があると考えられています。上記に書いてはありませんが、感覚神経が障害されないのも、運動神経のようにこのような持続的興奮入力を受けないことで説明できるのかもしれません。長年頭を悩ませてきた疑問が、少し解けた気になりました。

余談ですが、グルタミン酸受容体のなかで AMPA受容体と ALSの関係について最近多くの論文が発表されています。そんな中、2014年10月20日に、AMPA受容体拮抗薬 “Perampanel” が抗てんかん薬として FDAから承認されました。この薬が、ALSでの AMPA受容体が関与した細胞毒性を抑えてくれることはないのか・・・ふと思いました。論文検索してみても誰も研究していないみたいですし、何の根拠もない全くの妄想ですけれど・・・(^^; (開示すべき COIはありません)

全く話は変わりますが、ALSに対してセフトリアキソンは有効性を示せなかったという第三相試験の結果が、Lancet Neurologyに掲載されました (2014年10月6日 online published)。うーん、残念。

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TUBA4A

By , 2014年10月25日 8:08 AM

筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の原因遺伝子がまた新たに同定されました。2014年10月22日の Neuron誌に論文が掲載されています。

Exome-wide Rare Variant Analysis Identifies TUBA4A Mutations Associated with Familial ALS

著者らは、Exome-wide rare variant analysisという手法を用い、363例の家族性 ALS患者を調べました。そして、チューブリン Alpha 4Aをコードする TUBA4Aを原因遺伝子として同定しました。TUBA4Aの変異部位は、G43V, T145P, R215C, R320C/H, A383T, W407X, K430Nでした。TUBA4Aの変異は、微小管ネットワークを不安定化させ、再重合能を低下させるそうです。微小管というと、国立精神神経センターなどが研究している軸索輸送などにも関わってくる話でしょうか。

今回の論文は、患者検体を用いた遺伝子解析と、生化学的な機能解析のみが記載されています。今後 TUBA4A変異がある ALS患者の臨床像を記した論文が出てくるのを楽しみに待ちたいと思います。

なお、TUBA4Aのように細胞骨格に関連した ALS原因遺伝子だと、以前紹介した ARHGEF28を思い出します。現在、ALS研究では RNA代謝の話題がホットですが、こちらの方面での研究も加熱しそうです。

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