プリオン病の一つであるクロイツフェルト・ヤコブ病は、急速に進行する認知症症状やミオクローヌスの存在、あるいは頭部MRIでの拡散強調像高信号域、脳波での周期性同期性放電などが診断根拠になります。診断精度を高めるために、髄液 14-3-3蛋白なども測定します。しかし、髄液は高い感染性があることが知られています 。医療スタッフへの感染を防ぐため、できることなら避けたいところです。
2014年8月7日の New England Journal of Medicineに、それを解決する 2本の検査法が報告されました。
①A Test for Creutzfeldt–Jakob Disease Using Nasal Brushings
②Prions in the Urine of Patients with Variant Creutzfeldt–Jakob Disease
1本目の論文は、鼻腔擦過標本を用いて RT-QuIC法 (リアルタイム撹拌変換法) を行うものです。少量の異常プリオン蛋白 (PrPCJD) に組み換えプリオン蛋白 (rPrPSen ) を加えると、アミロイド線維を形成し、それが thioflavin T蛍光で検出できるそうです。髄液を用いた先行研究では、感度 80~90%, 特異度 99~100%でした。今回、著者らが安全で簡単に行える、鼻腔擦過検体で解析を行ったところ、感度 97%, 特異度 100%でした。
2本目の論文は、尿中の微量プリオンを PMCA (protein misfolding cyclic amplification) 法 を用いて増幅するものです。尿を遠心分離し、得られた沈殿を transgenic mouseの 10%脳ホモジネート液に混ぜます。そして PMCA法で増幅した後、western blotを行います。この検査では、感度 92.9%, 特異度 100%でした。
こうした手法が、臨床現場に出てくるのはいつになるでしょうか、待ち遠しいです。
(参考) Novel Ways to Detect Creutzfeld-Jacob Disease?
少し前の経験から。
症例は心原性脳塞栓症の 80歳代男性です。突然発症の右上肢の運動・感覚障害で来院しました。MRIがとれない理由があり、頭部CTは来院時正常、翌日左中大脳動脈領域に脳梗塞巣が確認されました。
入院 2日後から夕方の発熱が続くようになり、入院 5日後から頸部痛を訴えました。入院 1週間後の採血では白血球 8000 /μl, CRP 19 mg/dl, 赤沈 (60分) 123 mmでした。症状から crowned dens syndrome を疑い、頸椎CTを施行したところ、軸椎歯突起周囲にはっきりと石灰化が見られ、すぐに診断となりました。NSAIDsを開始し、速やかに症状は改善しました。
Crowned dens syndromeは、軸椎歯突起周囲にピロリン酸カルシウムが沈着する偽痛風の一種です。そういえば、脳卒中患者は偽痛風が多い気がするなと思って、少し調べてみたら、2008年の臨床神経学に報告が出ていました。
これを見ると、脳卒中 181例中 10例で偽痛風を発症し、2例が crowned dens syndromeだったそうです。自分が市中病院にいた頃は、病棟で担当していた脳卒中患者は年間 70人くらいだったので、そう考えると結構な数字ですね。NSAIDsが効くので、診断がつかないまま発熱や疼痛に処方されて、気付かれずに良くなってしまう症例も結構あるのではないかと思いました。ちなみに、この症例では、研修医が診断をつけられなくて困っていて、私がひと目で診断つけたので、「ひょっとして惚れるかな」と思って鼻の下を伸ばしていたら、何事もなかったかのように流されました orz
話は逸れますが、赤沈が 100 mmを超える疾患は結構限られていて、確か Cunha BAの論文だったと思いますが、10疾患ほど挙げられています。列挙すると、成人スティル病、リウマチ性多発筋痛章/側頭動脈炎、腎細胞癌、亜急性感染性心内膜炎 (SBE)、薬剤熱、リンパ腫、Carcinoma、骨髄増殖性疾患 (MPD), 膿瘍、骨髄炎です。Crowned dens syndromeでも赤沈 100 mmを超えるのにはびっくりしました。
「反射の検査 (ロバート・ワルテンベルグ著、佐野圭司訳、医学書院) 」を読み終えました。古い症候学の本ですが、内容に圧倒されました。
腱反射の検査は、神経症候学の初学者たちにとって高いハードルとなっています。覚えなければならない反射がたくさんあり、かつ判定が難しく、さらに解釈に頭を悩ませることも少なくありません。ワルテンベルグは、(深部) 腱反射を「筋肉が急激な伸展に反応して収縮すること」という原則で捉え、様々な研究者がまちまちに名付けた膨大な数の反射を整理しました。引用文献数 465 (英語、ドイツ語、フランス語などを含む) が示す通り、内容は極めて網羅的ですが、読みやすくまとめられています。神経内科医は一度は読んでおきたい本です。
佐野圭司先生は同じ本で、さらにワルテンベルグの論文 2本を訳出しています。その一本が、”Babinski反射の 50年” で、ワルテンベルグが 1947年の JAMAに “The Babinski reflex after fifty years” というタイトルで書いた論文です。ワルテンベルグは Babinskiの弟子でした。もう一本が、”Brudzinski徴候と Kernig徴候” です。どちらも素晴らしい論文でした。
本書を読んで、ワルテンベルグの才能は、「本質を見抜くこと」にあると思いました。(深部) 腱反射は、「筋肉が急激な伸展に反応して収縮すること」という原則で全てを整理しました (腱を打腱器で叩くと筋肉は伸展する)。Babinski反射は「同側集団屈曲反射の一部で、よじ登る運動の過程の痕跡的な表れ」であり、Babinski変法も全てこれで説明できます。Brudzinski徴候や Kernig徴候は、「脊髄や神経根の伸展で生じる疼痛 (脊髄や神経根の自由な運動が炎症や疾病で妨げられると出現する) を逃れるため、伸展を最小にする姿勢をとる」ことが本質です。
神経症候学に関する本を読んだのは久しぶりでしたが、とても良い刺激を受けました。こういう本を読むと、診察が楽しくなります。
国立新美術館 の「オルセー美術館展 」を見に行ってきました。
今回の目玉は、マネの「笛を吹く少年」。展示会場は、次のように区画分けされていました。
1. マネ、新しい絵画
2. レアリスムの諸相
3. 歴史画
4. 裸体
5. 印象派の風景 田園にて/水辺にて
6. 静物
7. 肖像
8. 近代生活
9. 円熟期のマネ
一番気に入ったのは、ミレーの「晩鐘」でした。他には、カイユボットの「床に鉋をかける人々」、モット「べリュスの婚約者」、ブグロー「ダンテとウェルギリウス」、ルフェーヴル「真理」、モネ「かささぎ」、モネ「死の床のカミーユ」などが印象に残りました。
10月20日まで開催されているので、興味のある方は是非行ってみてください。
(追記)
2014年7月23/30日号の JAMAに Pablo Picassoの絵 “Woman With Child” が紹介されています。ちょうどその号の Thema Issueが HIV/AIDSであり、女性および子供への治療戦略を扱っているので紹介したようです。この絵は、彼の Blue Period最初の作品なのだそうです。
心房細動のある患者の脳梗塞予防には、以前はワーファリンが使用されていました。というか、内服での抗凝固療法では、他に選択肢がありませんでした。しかし、採血で INRを測定しながら用量調節する必要があり、薬剤相互作用や食品の影響を受けるなど使いにくく、効きすぎて出血したり、効かなさすぎて脳梗塞を発症したりということもよく見かけました。 そこで登場したのが、新規抗凝固薬 (NOACs) です。用量調節が簡単で、薬剤相互作用や食品の影響を受けにくい、効果発現が速い、やめると速やかに効果が切れる、ワルファリンと効果がほぼ同等で出血性合併症が少ない、などの理由で急速に普及しました。その先陣を切った薬剤が dabigatran, 商品名プラザキサです。その後、rivaroxaban (イグザレルト)、apixaban (エリキュース) が発売されました。腎障害、高齢、低体重などで出血性合併症のリスクが高くはなるものの、その点を留意して選択すれば、ワルファリンに比べて圧倒的に使いやすい薬剤です。
NOACsは市場が大きいため、製薬会社による販売活動が非常な盛んな分野です。少しでも他社製品に差をつけようと、各社しのぎを削っています。そんな中、2014年7月23日の British Medical Journal (BMJ) に衝撃的な特集記事が組まれました。
①Dabigatran: how the drug company withheld important analyses
②Concerns over data in key dabigatran trial
③Dabigatran, bleeding, and the regulators
④The trouble with dabigatran
BMJの言い分は、「もし採血で薬剤の血漿レベルを監視して使用することにしていれば、もっと出血性合併症を減らせたのに、製薬会社がその事実を隠していた (dabigatranの血中濃度が 200 ng/mlを超えると危険らしい)」というものです。Boehringer社は、「ワルファリンと違って採血不要」を宣伝文句にしていました。販売戦略のために、副作用を軽減しうる投与法を隠していた可能性が指摘されています。また、pahse IIIの RE-LY試験 が open labelだったことが、バイアスにつながっている可能性にも触れられていました。
個人的な使用経験や臨床試験の結果を見た感じでは、dabigatranをこれまでどおり使用しても、少なくともワルファリンより効果や安全性が劣ることはないとは思います。しかし、最善の使用法が製薬会社により意図的に隠されていたことで、dabigatranのイメージダウンは免れません。
少数例ではあっても rivaroxabanで間質性肺炎 が問題になっていること (ただし稀)、AHA/ASAによる stroke guideline で示された evidence level、今回の BMJの特集記事から、NOACsの中では apixabanが選ばれやすくなっているのかもしれません。
医学史関係の書籍を読むのがマイブームとなり、月 10万円を超える医学書代に頭を悩ませているみぐのすけです。
調べ物をしている最中に、偶然 Open Library という凄いサイトを見つけてしまいました。
Open Libraryの Author Searchというスペースに著者名を入れると、普通では手に入らないような古書達を無料で読むことができます。そればかりでなく、PDFでダウンロードもできます。
実際に、Hippocratesや、Thomas Willis, Morgagniといった医学者、Babinskiや Parkinson, Charcotといった神経学者らによる、膨大な書籍が手に入ることを確認しました。
しばらくは、これで相当楽しめそうです。いくつかダウンロードした本を読んでみた感想ですが、1600年代の英語の本は少し読みにくい (“s” のフォントが “f” に酷似している, “n’t” という省略形が多いなど) のですが、1800年代の本は割と抵抗なく読むことができます。時代を感じます。
ヴァイオリニストの成田達輝さんが出光音楽賞を受賞しました。受賞者ガラコンサートおよび授賞式に招待してくださったので、行ってきました。
第24回出光音楽賞 受賞者ガラコンサート
挾間美帆 (作曲・編曲・ピアノ): Suite “Space in Senses” より「Pentagram」「Interlude」「Puzzle」
-休憩-
小林美樹 (ヴァイオリン):コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35 全楽章
成田達輝 (ヴァイオリン):シベリウス ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 Op.47より第 1楽章, 第 3楽章
2014年7月10日 (木) 午後 6時 45分開演
東京オペラシティーコンサートホール
その日は、私はさいたまで講演でした。17時30分から約束の 1時間きっかり喋って、18時30分に会場を出ようと思ったら、まさかの質問攻め。10分ほど足止めを食らうはめになりました。会場に着いたのは、19時40分くらいで、ちょうど 1曲目が終わった休憩時間でした。せっかく御招待頂いたのに演奏が聴けなかったらどうしようかとヒヤヒヤしたものですが、なんとか滑りこむことができました。
成田氏が「雪の中を鷹が飛んでいる」と解説した冒頭は、情景が目に浮かぶようでした。途中の技巧的なパッセージは、困難さを全く感じさせず、エレガントでした。最も印象に残ったのは、一楽章のカデンツァの美しさでした。うっとりと聴き入りました。
演奏の素晴らしさを言葉で表現するのは難しいですが、この演奏会は 2014年9月7日午前9時から、テレビ朝日系「題名のない音楽会」で放送される予定です。是非御覧ください。
成田氏がインタビューで「尊敬する」と評していたヴァイオリニスト Kavakosの動画を Youtubeで見つけたので紹介しておきます。
・Leonidas Kavakos Sibelius violin concerto
演奏会が終わってからは、東京オペラシティ スカイバンケット フォルトナーレで開かれたレセプションに参加しました。立食パーティーで、テレビで御馴染みの池辺晋一郎氏と少し話す時間がありました。あと、某女子アナウンサーがすぐ近くにいましたが、こちらは話しかける機会はありませんでした (´・ω・`)
レセプション後に成田氏ら飲みに行く予定を立てていたものの、この日は大型の台風が近づいていたので、まっすぐ帰りました。
「実証分析入門 (森田果著, 日本評論社) 」を読み終えました。法律家向けに書かれた、因果推論や実証分析の本です。この本を読もうと思った理由は、下記のリンクにあるように、目次が面白そうだったからです。
内容はかなりに高度でしたが、目次に釣られる形で通読できました。目次だけではなく、本文や注釈もおもしろく、例えば第 9章の「きのこの山とたけのこの里と、どちらが好きですか?」というアンケートの回答を変数とした解析の脚注は、「ちなみに筆者の好みはきのこの山。たけのこの里のぼそぼそ感は許し難い」となっていて(p.95)、思わず「お前の好みはどうでも良い」とツッコミを入れてしまいました。
第12章は、「飛ばない豚はただの豚」を例に取り、「豚が飛ぶことを選ぶ (=ただの豚でなくなる) のは、どのような要因によって決まるのか」を、線形確率モデル (LPM), 非線形モデルで解析しています。そのネタだけでも十分面白いのに、さらに「なお、『飛べない豚は・・・』だと誤解している人が多いけれども、正確には『飛ばない豚は・・・』だ」と、無駄に丁寧な解説がされています (P.128)。
また第 14章、目的変数が 3択以上の解析では、Perfumeという音楽グループを例にしているのですが、「しかしたとえば、のっちは髪がショートなのに対し、あ~ちゃんとかしゆかは髪が (セミ) ロングだから、同じ票を食い合うことにより、のっちは 50%のまま、あ~ちゃんとかしゆかは 25%ずつ、という確率になることも十分現実的だ」という文章 (p.156) があり、これを見て学術書だと思う人はいないでしょう。
このように読者を引き込むために遊びの部分が多いとはいえ、学問的には極めて真面目な本です。法律家向けの本でありながら、生物統計に生きる部分もたくさんありました。例えば、統計学の基礎や、バイアス、重回帰分析、サバイバル分析、ベイジアン統計学などです。
簡単な統計学の入門書などを一冊こなしてから本書を読むと、楽しめると思います。
名指揮者 ロリン・マゼール が、2014年7月13日に 84歳で肺炎で亡くなりました。
ヴァイオリニストとしても素晴らしい演奏をしたマゼール。わずかですが、ヴァイオリン演奏の映像も残されています。艶やかな音が印象的です。
・LOREN MAAZEL ~ Mozart Violin Concerto K.216 ~ 1st. Movement
指揮者としての名声は、クラシックファンとして知らない人はいないでしょう。特に彼の指揮するブラームスは色っぽさがあって、私は大好きです。フランクフルトで彼の指揮するブラームスを聴いた のが懐かしい思い出です。
昨夜は、マゼールの DVD を聴きながら、追悼しました。ご冥福をお祈りします。
日本には、必要のない抗菌薬がたくさんある一方で、海外では当たり前に使える本当に必要な抗菌薬がなかったりします。その一つがメトロニダゾールの点滴薬です。これまではメトロニダゾールは内服薬しかありませんでした。
ちなみに、メトロニダゾールの内服薬の名前は「フラジール」と言います。飛行機で壊れ物を預けたときに貼られるテープには「fragile」と書いてあり、いつもフラジールを連想してしまうのですが、フラジールのスペルは “FLAGYL (フランス語) ” らしいです。余談です。
さて、メトロニダゾールの注射薬は「アネメトロ」という名前です。感染症診療に従事する医師たちには、武器が一つ増えました。ファイザー社、GJです。