「診断法を評価する (杉岡隆、野口善令、大西良浩著、福原俊一監修、健康医療評価機構)」を読み終えました。140ページ弱の薄い本ですし、レイアウトも見やすくて、あっという間に読むことができました。
本書の前半では、我々が普段使う診断法がどの程度の診断性能を持っているか評価する方法などをわかりやすく解説していました。また、後半にある「clinical prediction ruleの開発と検証」という章では、診断に使う「◯◯スコア」というのがどうやって作られるのか知って、勉強になりました。
診断法の評価の入門書として、オススメの本です。
「日本専門医機構」というのが発足し、日本の専門医制度が大きく変わろうとしています。ところが、この「日本専門医機構」なるもの、理事長が製薬会社の社外取締役のようです。
ただでさえ、ディオバン事件やタシグナ騒動、CASE-J騒動など、医療業界と製薬業界の癒着が取り沙汰されて襟を正すべき時に、どんな事情があったのか、理解に苦しみます。
近年、かつて急性汎自律神経異常症 (acute pandysautonomia; APD) と呼ばれていた疾患に抗ニコチン作動性アセチルコリン受容体 (自律神経節 nAChR) 抗体みつかり、自己免疫性自律神経性ガングリオノパチー (autoimmune autonomic ganglionopathy; AAG) という用語が用いられるようになりました。たまに見かける疾患なので、こうした知見について、知識のアップデートが必要です。
この疾患は、下記の総説によく纏まっています。
①急性汎自律神経異常症とニコチン作動性アセチルコリン受容体抗体
②The spectrum of immune-mediated autonomic neuropathies: insights from the clinicopathological features
国内では、長崎川棚医療センターで抗体測定をしていただけるようです。
最近 AAGと診断をつけた症例があり、実際に抗nAChR抗体を測定して頂いたら、2週間で結果が戻ってきました。思っていたより早く結果が出て、助かりました。返信は、症例へのコメントも書いてある丁寧なレポートでした。
長崎川棚医療センターのサイトを見ると、重症筋無力症の抗MuSK抗体や抗LRP4抗体まで測定して頂けるようです。色々お世話になる機会が増えそうです。
2014年5月号の Muscle & Nerve誌の invited reviewは、disialosyl抗体に伴う失調性ニューロパチーでした。結城先生が書かれていて、非常によく纏まっていました。
総説では、disialosyl抗体に伴う失調性ニューロパチーを「急性」と「慢性」に分けて解説してありました。
急性失調性ニューロパチーには、Fisher syndrome (FS), ataxic Guillain-Barre syndrome (ataxic GBS), acute sensory ataxic neuropathy (ASAN) があります。FSは抗GQ1b-IgG抗体 (抗GT1a抗体と cross react) が 83%で陽性になり、抗GD1b抗体が 2%で陽性になります。責任病巣はよくわかっていませんが、node/paranodeの障害 (可逆的な伝導障害)、軸索変性、Ia遠心性線維の障害 (→proprioceptive afferent systemの機能障害がおきる) などが想定されています。Ataxic GBSも抗GQ1b-IgG抗体が陽性になります。ASANは抗GD1b-IgG抗体やそれに組み合わせて抗GD3抗体、抗GT1a抗体、抗GT1b抗体、抗GQ1b抗体などが陽性になります。
慢性失調性ニューロパチーには、CANOMAD (chronic ataxic neuropathy, ophthalmoplegia, IgM paraprotein, cold agglutinins, and disianosyl antibodies) があります。臨床症状は病名の通りです。しかし、外眼筋麻痺を欠く症例があることなどから、最近では CANDA (chronic ataxic neuropathy with disalosyl antibodies) と呼ばれるのが一般的であるようです。CANDAでは、GD1bや GQ1bに対する IgM paraproteinが陽性になるとのことでした。機序としては、慢性例では dorsal root ganglionopathyが、再発寛解を繰り返す症例では神経内の Bリンパ球から分泌される抗体の存在が関与しているのではないかと推測されていました。
CANDAについては良く知らなかったので、非常に勉強になる総説でした。
2014年5月1日の BMJの Research Newsに、プロの音楽家は騒音性難聴のリスクが高いという記事が載っています。
年齢や性別などを調整すると、音楽家は一般人より 3.51倍難聴になりやすく、1.45倍耳鳴りが出現しやすいことがわかりました。プロの音楽家は作曲家なども含んで解析されており、演奏家に限ると、実際にはもっとリスクが高いのかもしれないそうです。このニュースの元となったのは、下記の論文です。
その論文を見ると、プロの音楽家は “Professional musicians were identified using the Standard Classification of Occupations, which is used by Federal Employment Agency. The corresponding code comprises rock/pop or classical instrumental musicians, singers, conductors and composers.” となっていますから、確かに様々な職種の音楽家をまとめてリスクを計算していますね。
なお論文では、演奏家は騒音性難聴の ”protective in-ear device” や “sounds shields” を用いることが推奨されているようです。オーケストラでの金管楽器の音量を見ていると、さもありなんです。
(追記)
某ヴァイオリニストから、パリ音楽院の入学式の日に、「地下鉄などの移動中は耳栓、楽器の練習中はミュートをつけなさい」と指導されたことを教えて頂きました。ヨーロッパでは、音楽家のための医学が進歩していて、羨ましく思います。
STAP細胞のゴタゴタについて、科学者ではない知り合いから「STAP細胞って本当にあるの?」といった質問を受けることがたまにあります。
私が聞いた範囲で、周りの科学者達で STAP細胞の存在を信じている人はいませんが、特に小保方氏の記者会見以降、彼女を擁護する意見を見かけます。私はナンセンスだと思っているのですが、一般の方からすると、どこがいけないのかわかりにくいことでしょう。
そこで、科学研究に普段縁がない方に、「STAP細胞は存在するのか」「小保方氏がどのようなルール違反を犯したのか」「ルール違反が何故問題なのか」を整理しておこうと思います。
まず、一般に「ないことを証明することは困難」です。したがって、科学の世界では「ある」と主張する科学者には存在を証明する義務が生じます。小保方氏が Nature誌上で存在を証明してみせたことで、STAP細胞は大きく報道されたのですが、データの不正が指摘されたことで説得力を失いました。さらに実験がきちんと行われていたことを証明する実験ノートも極めてずさんであることがわかりました。誰も再現性実験に成功していないことを見ても、STAP細胞があると信じることは難しいです。
小保方論文における不正の具体例については、下記リンクのブログが参考になります。別々の実験を一回の実験でやっているように見せかけたり、全然違う実験のデータを持ってきたり・・・複数の疑惑があります。
科学者というのは、みんな自分で信じている仮説があり、それを証明するために日々実験を繰り返しています。小保方氏だけが信念に基づいてやっているわけではなく、科学者なら皆そうです。信じてもらうために、他の科学者を納得されるようなデータが得られるよう努力します。もしデータの捏造や改竄が許されるのなら、どんなデータだって作れますから、言ったもの勝ちです。そこには、科学的に正しいかどうか判断する余地はなくなります。ですから、データを捏造したり都合よく改竄することは許されません。
文章の引用元を示さないコピー&ペーストも問題になっています。これを破ると、どこからが発表者の仕事で、どこまでが過去の研究者の仕事なのか不明瞭になります。引用元が示されていないと、オリジナルの仕事まで辿ることが難しくなります。あと、盗用しないというのは、倫理的な問題でもあります。
こうしたルール違反 (※科学的な違反行為) が与える影響は大きいので、ルール違反を犯した研究者は厳しいペナルティを受けます。バレれば論文は多くの場合撤回になります (撤回論文を集めて紹介するサイトもあります)。論文の撤回は、科学者としての信頼を強く損ねる行為であるので、小保方氏らは撤回を頑なに拒んでいるのだと思います。
小保方氏は、当初「(ルールを) 知らなかった」と主張し、単純ミスであるとしていましたが、その後の調査でルール違反を認識して行っていたことが明らかになっています。確信犯といえるでしょう。
ネット上では「もし本当だったら大変な研究だから信じてあげよう」という意見もありますが、世の中には価値の高い研究がゴマンとあります。サイエンスの場合、価値が高いかどうかは、信じる基準にはなりません。きちんとした手続きを踏んだ上で、評価を受けるしかないのです。個人的には、小保方論文は、Nature誌の権限でおそらく撤回になるのではないかと思います。
以上、ごく簡単に書きましたが、もう少し詳しく知りたい方は、下記のサイトなどを御覧ください。
本邦で行われた遺伝性パーキンソン病についての研究が 2014年4月30日の Nature誌に掲載され、ニュースになっています。過去に話題になった研究の続報です。
毎日新聞 5月7日(水)20時49分配信
神経難病「パーキンソン病」の原因となる細胞内の異常を除去する際に作り出される物質を突き止めたと、東京都医学総合研究所の田中啓二所長、松田憲之プロジェクトリーダーらの研究チームが、7日発表した。この物質の増加を検査で確認できれば、パーキンソン病を早期発見できる可能性がある。論文は英科学誌ネイチャー電子版に掲載された。
チームは、マウスやヒトの細胞を使い、環境や生活習慣と関係なく家族内で発症する遺伝性パーキンソン病(全体の1~2割)を調べた。遺伝性パーキンソン病は、二つの遺伝子「ピンク1」と「パーキン」が働かず、細胞内の小器官「ミトコンドリア」の不良品が蓄積し、神経細胞が失われて発病する。
今回、二つの遺伝子が異常ミトコンドリアを除去する詳細な仕組みが分かった。ピンク1が異常ミトコンドリアを見つけると、「ユビキチン」というたんぱく質にリン酸を結び付ける。この結合が合図となってパーキンが働き始め、異常ミトコンドリアの分解を促していた。遺伝性でないパーキンソン病でも同様の仕組みが働いている可能性があるという。
松田さんは「パーキンが働かない場合、もしくはピンク1やパーキンの処理能力を超える異常ミトコンドリアが生じた場合は、リン酸と結びついたユビキチンが急増し、パーキンソン病を発病する。このユビキチンを測定すれば早期発見できるようになるかもしれない」と話す。【永山悦子】
記事を読んでもこの研究の意義があまり伝わってこないかもしれないので、何故 Natrureに載るような研究だったのか、簡単に解説したいと思います。
パーキンソン病の約 9割は孤発性ですが、1割が遺伝性とされています。遺伝性の中で、常染色体劣性若年性パーキンソニズムの原因遺伝子として parkin, PINK1, DJ-1というのが知られています。遺伝性パーキンソン病の中で最も多く見られるのは、parkin変異です。Parkin遺伝子は parkin蛋白をコードし、ユビキチンという物質を不良蛋白質にくっつけるユビキチン・リガーゼとして働きます。ユビキチンがくっついた蛋白質は、プロテアソームという装置で分解されます。一方で、PINK1遺伝子は PINK1蛋白をコードし、特定の蛋白質にリン酸基を付加するキナーゼとして働きます。なぜこれらの異常で常染色体劣性若年性パーキンソニズムを発症するのかはよくわかっていませんでした。
2006年、ショウジョウバエを用いた研究で、parkinと PINK1が共通の経路にあり、かつ parkinが PINK1の下流に存在することが明らかになりました。そして 2010年、上記の記事に登場する松田氏らの研究により、PINK1が膜電位の保たれた健常なミトコンドリアでは速やかに分解され、膜電位が低下するとミトコンドリア外膜に集積し、parkinを誘導することがわかりました。つまり膜電位を維持できない不良ミトコンドリアの分解に、parkin/PINK1は大きな役割を果たしているといえます。2012年、同じ研究グループにより PINK1同士が互いにリン酸化をしていること、次いで PINK1が parkin S65をリン酸化することなどが明らかになってきましたが、それだけでは解決できない問題 (parkin S65に偽リン酸化変異を入れても、やはり PINK1を必要とすることなど) が残っており、PINK1のキナーゼとしての真の基質を探して研究が続けられていました。そして発表されたのが今回の論文です。
今回の Nature論文のキモは次の 2点です。
①PINK1のキナーゼとしての真の基質がユビキチンであることがわかった。言い換えれば、修飾因子であるはずのユビキチンが、リン酸化という修飾を受けることがわかった
②parkinがユビキチン・リガーゼとして活性化するためには、parkin S65のリン酸化に加えて、リン酸化ユビキチンが必要なことがわかった。 逆に、parkinは S65にリン酸化修飾を受け、周囲にリン酸化ユビキチンさえあれば、active formになることができることもわかった。
特に、ユビキチンは生体内でさまざまな役割を果たしていることがわかっていて、Pubmedで調べると 40000件ヒットします (2014年5月8日現在)。今回初めて明らかになった “リン酸化ユビキチン” という概念は、様々な分野に飛び火していくのではないかと思います。
ちなみにこの研究とほぼ同時に、Richard Youleらにより同様の事実が明らかにされ、独立したグループから再現性があることは確認されています。
(2014.5.10 追記)
プレスリリースを見つけました。
2012年11月に、IgG4関連疾患についての講演を聴いたことを紹介しました。その際、演者の梅原教授から、コメントも頂きました。
その梅原教授が、科研費の不正使用などを理由に金沢医科大学を解雇されました。
(2014年3月25日) 【北陸中日新聞】【朝刊】【その他】
教授は大学を提訴
金沢医科大(石川県内灘町)は24日、同大の梅原久範教授=血液免疫内科学=を31日付で解雇処分にすると発表した。
大学によると、内部通報を受け、梅原教授や関係者に対し約1年間調査。国の科学研究費(科研費)の使用に関する不正をはじめ、学内諸規則に反する多くの不正行為などが判明したという。
大学側は「処分は綿密な調査で認定された不正事実に基づき行われたもので、公正な判断だと考える」とするが、詳細について「担当者が不在なのでコメントできない」と話した。
梅原教授は本紙の取材に「二十数回にわたる調査の実態は、ほとんどが大学の顧問弁護士による聞き取りだった」と明かし、大学側から裏金の作成や電子カルテ使用に関するIDの不正利用などの疑いがあるとされ、調査を受けたと説明。「1年間説明したのに、最初の嫌疑と調査の結論が何一つ変わっていない」と反論し「不当な解雇。断固として戦う」と述べた。
一方、梅原教授は、国などへの科研費申請を妨害され研究ができなくなったとして、大学と学長を相手取り慰謝料など1100万円の損害賠償を求め金沢地裁に提訴。大学は教授に科研費の不正使用があったため、申請を承認していないと主張している。
納得出来ない梅原教授は逆に大学を訴えることになりました。教授を支援する会もできているようです。
この問題の経緯がわからないのでどちらが正しいということはコメントできませんが、こういうゴタゴタで学問に専念すべき人たちが専念できなくなるのは悲しいことです。科研費の不正使用がリークされる時は裏に権力争いが存在する場合があり、単なる不正使用の問題なのか、それとも梅原先生を失脚させようとする人たちが仕組んだことなのか、気になります。不正使用以外に、「多くの不正行為」も同じタイミングで明らかにされているので、後者の可能性の方は無視出来ない気がします。今後の展開を見守りたいです。
2014年 4月 22日号の JAMAが神経特集でした。面白かったのが、Parkinson病の運動症状、非運動症状の治療薬についての総説でした。
運動症状の治療薬選択について、日本の診療ガイドラインでは高齢者を「70~75歳以上」としていましたが、この総説では 60歳で区切っていたのが印象的でした。
Parkinson病の認知機能障害にリバスチグミン (イクセロンパッチ)、ドネペジル (アリセプト)、ガランタミン (レミニール) は良さそうだけど、メマンチン (メマリー) は効かなさそうだとか、L-dopaにアマンタジン (シンメトレル) を追加したら病的賭博が出現した症例があったとか、勉強になりました。また、Parkinson病の患者で流涎を訴える方がたまにいて、どう治療するか悩むのですが、アトロピン、グリコピロレート (ロビナール) 内服、ボツリヌス治療と書かれていました。残念ながら、ロビナールは日本では 1999年8月に発売中止されているようですね。
わりと網羅的に書かれていますので、神経内科医は読んでおくと良いと思います。特に Table.5の、非運動症状と治療薬の一覧表が纏まっています。
この論文とは別に、Health Agencies Updateというコーナーでは、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の話が取り上げられていました。
そこでは、C9ORF72遺伝子の六塩基反復の伸長がある患者では C9ORF72の立体構造がおかしくなり、核の機能が障害され、細胞が脆弱になるという 2014年3月5日に公開された Nature論文が紹介されていました。C9orf72の分子メカニズムも徐々に明らかになってきているようですね。