DICの SWI画像

By , 2014年5月4日 4:50 PM

2014年4月号の JAMA neurologyを見ていたら、びっくりするような画像が載っていました (契約していなくても、下記リンクで画像は見られます)。

Extensive Cerebral Microhemorrhages Caused by Acute Disseminated Intravascular Coagulation Secondary to Sepsis

敗血症により DIC (播種性血管内凝固症候群) を起こした患者に、脳MRIの磁化率強調画像 (SWI) を撮像したところ、多発する微小出血が確認されたとする症例報告です。その患者には鎌状赤血球症があったそうですが、論文の記載を見ると、そのことは影響していなさそうでした。ちなみに、この症例は四肢麻痺などの神経症状がみられたものの回復良く、リハビリ施設に転院していったそうです。

SWIは出血性病変を評価するのに優れた撮像法です。敗血症→DICでみられる神経症状は、ついつい「循環障害や低酸素のせいではないか」と考えてしまいがちですが、こうした画像を見ると、多発する微小脳出血が原因となっている症例も混ざっているのかもしれません。一方で本症例は神経症状の原因が別にあり、たまたま微小脳出血が併存していた可能性も否定はできません。DICでの多発する微小脳出血と神経症状の関連は、今後の臨床研究で評価していく必要があると思います 。

Post to Twitter


Guidelines for the Prevention of Stroke in Patients With Stroke and Transient Ischemic Attack

By , 2014年5月3日 9:20 AM

American Heart Association (AHA)/American Stroke Association (ASA) から最新の脳卒中予防ガイドラインが出ました。”Published online before print May 1, 2014,” となっていて、雑誌の出版前 5月1日にオンライン公開です。紙の雑誌では、7月号になるらしいです。

Guidelines for the Prevention of Stroke in Patients With Stroke and Transient Ischemic Attack

さっそく Recommendationsすべてと、抗血小板薬の部分全てを通読しました。ざっと読んだ感じでは、網羅的で非常に実践的です。各項に太字で Recommendationsが記されており、前回のガイドラインから変更があった部分には “Revised recommendation”, 追加があった部分には “New recommendation” と記されています。

抗血小板薬については、aspirinや clopidogrel の nonresponderに触れられていました (38ページ)。また、一時期話題になった、clopidogrelとプロトンポンプ阻害薬 (PPI) の併用による clopidogrelの効果減弱については、実際には効果減弱ではなく、単に PPIが脳卒中リスクを高めていたかもしれないことが明記されていました (36ページ)。

新規抗凝固薬 (NOACs) に関しては、弁膜症のない心房細動による再発性脳梗塞で apixaban, dabigatranの使用が class Iになっていて、rivaroxabanが class IIaになっていました。Edoxabanについては、ガイドライン作成までに臨床試験の結果が出ていなかったためか、記載はありませんでした。ただし、この分野は臨床研究が盛んになされており、次回のガイドラインではまた少し変わる可能性がありますね。

このガイドラインは非常に優れているので、脳卒中診療に関わる医師は必読だと思います。英文 77ページとややボリュームがあるので、各項の Recommendationsをまず読んで、Table1か、付録の executive summaryを常に見られるようにしておくのが良いと思います。ちなみにこのガイドラインは無料公開されていて、だれでもアクセスできます。

Post to Twitter


ヴァイオリン・フェスタ・トウキョウ2014

By , 2014年5月2日 5:49 AM

2014年4月27日に、サントリーホールに「ヴァイオリン・フェスタ・トウキョウ2014」を聴きに行きました。2014年4月23日に成田達輝さん達と青山の川上庵で食事をして、Bar Tizianoで飲んだ時に話題が出て、御招待頂いたのです。

このコンサートはサントリーホールの小ホールで行われましたが、奇しくも大ホールで予定されていた佐村河内守のコンサートは中止となっていました。

【公演中止】佐村河内 守 作曲 交響曲第1番≪HIROSHIMA≫

この公演は中止となりました。チケットの払戻しは2月17日(月)から5月7日(水)までお買い求めのプレイガイドにて承ります。中止に関するお問い合わせは、サモンプロモーション 0120-499-699 までお願い致します。
日時
2014年4月27日(日) 14:00 開演
指揮
金聖響
演奏
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

さて、小ホールで行われた「ヴァイオリン・フェスタ・トウキョウ2014」は、難曲ばかりがプログラムを飾っていましたが、いずれも非常に高いレベルで演奏されていました。

ヴィエニアフスキ:モスクワの思い出 Op.6 (河井勇人)
バッツィーニ:妖精の踊り Op.25 (深田麗音)
サン=サーンス:ヴァイオリン・ソナタ第 1番ニ短調 Op.75 第 2楽章 (小林香音)
サラサーテ:ナバーラ Op.33 (宮崎真莉子/宮崎真実子)
サラサーテ:カルメン幻想曲 Op.25 (後藤康)
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第 2番イ短調 Op.27-2 (北川千紗)
ジンバリスト:リムスキー・コルサコフの「金鶏」による演奏会用幻想曲 (見渡風雅)
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン・協奏曲第 1番 Op.77 第3/4楽章 (千葉水晶)
ワックスマン:「カルメン」幻想曲 (岡本誠司)
フバイ:「カルメン」による華麗な幻想曲 (土岐祐奈)
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第 29番イ長調 K.305 (293d)
サン=サーンス/イザイ編:ワルツ形式のカプリース (小川恭子)
ヴィエニアフスキ:華麗なるポロネーズ第 2番イ長調 Op.21 (宮川奈々)
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第 7番ハ短調 Op.30-2 (大塚百合菜)
ミルシテイン:パガニーニアーナ (山根一仁)
ストラヴィンスキー:協奏的二重奏曲 (成田達輝/萩原麻未)

まず、最初のヴィエニアフスキを聴いてビックリしました。なんと、小学六年生がこの難曲をミスなく完璧に演奏していたからです。これは凄いことです。ただ、一つ課題を挙げるとしたら、ヴィブラートだと思います。G線も E線も同じように細かいヴィブラートをかけていたし、音が変わるときにヴィブラートが途切れて滑らかさを欠いていました。とはいえ、彼のセンスがあれば直ぐに解決できるでしょう。2曲目は、私の大好きな曲。これは中学 2年生の深田麗音さんによる演奏でした。左でのピチカートが余りクリアではないという課題は見えましたが、音程は正確で、ボウイングのテクニックも華麗でした。

続いて、小林香音さん~小川恭子さんまでが、高校生~大学生による演奏でした。一番印象に残ったのが、サラサーテのナバーラ。おそらく双子でしょうけれど、2人のヴァイオリニストが完璧にシンクロしていました。デュオでのレパートリーが十分に増えれば、普通に演奏活動ができるレベルだと思いました。

いずれも質の高い演奏が続く中、モーツァルトとベートーヴェンのソナタは、少し残念。これは演奏者の技術云々というより、それだけ音楽的に難しい作品だからでしょう。生涯かけて追求する作品ですね。

空気が一変したのは山根一仁さんが登場したときです。登場した時のオーラが、これまでの演奏家とは全然違いました。そして最初の音から釘付けになりました。山根さんの描く世界が広がり、これが「上手な演奏家」と「カリスマ性のある演奏家」の違いなのだろうと思いました。本当に素晴らしい演奏でした。

・Nathan Milstein ‘Paganiniana’

締めは、成田達輝さんと萩原麻未さんの演奏。ストラヴィンスキーの デュオ・コンチェルタンテでした。

・Stravinsky Duo Concertante (Dushkin/Stravinsky)

成田さんと萩原さんによるこの曲の演奏を聴くのは二回目だったので、初めて聴いた時のような衝撃はありませんでしたが、山根さんを除くこれまでの演奏家達に比べて表現力が際立っていました。意図を伝える力、表現の幅、音の繊細さが素晴らしかったです。世の中に上手い演奏家はゴマンといることはわかりましたが、やはりプラスアルファして聴かせるものがあるのが、トッププロということなのでしょうね。この日はヴァイオリン演奏を堪能しました。

いずれの演奏家もまだまだ若いですし、将来が楽しみです。

Post to Twitter


プラスグレル

By , 2014年5月1日 7:21 PM

2014年3月24日にプラスグレルの製造販売が日本でも認可されたようです。チエノピリジン系薬剤では、チクロピジン (パナルジン)、クロピドグレル (プラビックス) に続いて 3剤目ですね。

プラスグレル (エフィエント®):3成分目のチエノピリジン系抗血小板薬は画期的な新薬か?

今回の適応は「経皮的冠動脈形成術(PCI)が適用される虚血性心疾患(急性冠症候群、安定狭心症、陳旧性心筋梗塞)」のようですが、薬効的には、おそらく将来脳梗塞の治療にも用いられるようになるのでしょう。今回はプラスグレルでしたが、チカグレロルがいつ日本で認可されるかも気になります。

Post to Twitter


医学的研究のデザイン

By , 2014年5月1日 6:53 PM

医学的研究のデザイン -研究の質を高める疫学的アプローチ- 第3版 (木原雅子/木原正博訳, メディカル・サイエンス・インターナショナル)」を読み終えました。硬派な臨床疫学の本です。

臨床医としての知識のアップデートには、質の高い臨床研究の論文を多く読むことが不可欠です。しかし、実際には世の中に出てくる臨床研究の質は玉石混交です。特に製薬会社の息がかかった臨床研究には、製薬会社にとって結果が有利になるようなバイアスがかかっている場合が多々あります。研究の質を判断するためには、まず試験デザインが適切かどうか、その試験デザインではどのようなバイアスがかかり得るか判断出来なければいけません。

また、自分自身が臨床研究を行うときにも、研究デザインに不備があると、どんなに素晴らしい統計手法を使用したとしても研究は意味を持たなくなります。臨床研究にとって、試験デザインというのは骨格をなすもので、非常に重要です。

本書は、それぞれの試験デザインについて、豊富な例題を用いながら詳細に解説しています。陥りやすいピットフォールも丁寧に説明されています。また、サンプルサイズを知るためのパワー計算の方法についても充実しています。臨床試験を行う上での倫理的な問題についても、しっかりと書かれています。私は臨床疫学について勉強を始めたばかりですが、きちんとした基礎を作ってくれそうな本でした。多くの臨床医に読んでいただきたい本です。

余談ですが、本書の 253ページに「科学的な違反行為」という項があり、この部分の記載が今話題の小保方問題を理解するのに役立つと思うので、最後に紹介しておきます (アメリカだけでなく、日本でも通用する記述だと思います)。

科学的な違反行為

研究者が研究データを捏造したり、データを改ざんしたり、適格ではない対象者を臨床試験に用いたり、といった事例がいくつか発覚しています。そうした行為は、誤った結論を導き、研究に対する社会の信頼を損ない、研究費の公的補助の妥当性をさえ危機に曝すことにもなります。

連邦政府は、研究における違反行為 misconductを捏造 (ねつぞう)、改ざん、剽窃 (ひょうせつ) の 3つに狭義に定義しています (Office for Research Integrityの Webサイトを参照)。捏造 fabricationとは、架空のデータを作って、それを記録したり、報告したりすることを言い、改ざん falsificationとは、研究試料や機器や研究手順に操作を加えたり、あるいは一部のデータを変更したり削除したりして、データを作り変えることを言います。剽窃 plagiarismとは他の人の考えや研究結果、あるいは文章を適切な断りもなく自分のものであるかのように装って用いることです。

連邦政府によるこうした違反行為の定義は、本人が違反行為であることを承知の上であえて行ったことを前提としています。つまり、通常の研究の過程で、知らずに行ったこと honest errorや科学的な見解の相違と見なされるものは、この中には含まれません。また、連邦政府の定義の中には、二重出版 double publication, 研究試料の独り占め、セクシャルハラスメントといった違反行為は含まれません。こうした行為は、連邦政府ではなく、研究責任者や研究施設が扱うべき問題と考えているからです。

これらの違反行為についての訴えがあった場合には、研究助成組織や研究施設は、公正かつ迅速に、尋問や調査を実施しなければなりません。調査の間は、告発者 whistleblowerや被疑者はともに尊重される権利があります。告発者は、復讐の危険から保護される必要があり、被疑者は嫌疑の内容を知り、それに反論する権利が保証されなければなりません。違反行為が明らかになった場合には、研究費支給の差し止め、将来にわたる研究費申請の禁止や、その他の行政的、刑法的、民事的懲罰が課せられることになります。

Post to Twitter


C9orf72を巡る最近の話

By , 2014年4月27日 11:23 AM

筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の原因遺伝子 C90rf72は 2011年に報告されました。原因が不明とされる ALSにおいて、家族性 ALS患者の46.4%, 孤発性 ALS患者の 21.0%に C9orf72のイントロン領域に GGGGCCの 6塩基反復配列の伸長が見られたという報告は、大きな反響を呼びました。ただし、この変異は日本人には少ないとされています。

C9orf72は ALSだけではなく、アルツハイマー病への関係も指摘されています。また、稀ながら、小脳失調症と関係があったという報告もあるようです。小脳失調症に関しては本邦から、NOP56遺伝子のイントロン領域での 6塩基反復配列伸長が運動ニューロン疾患を伴う小脳失調症で報告されていて、別の遺伝子ではあるものの、イントロン領域での 6塩基反復配列伸長という点が C9orf72と共通しているので興味深いです。さらに、C90rf72変異があってパーキンソニズムを呈することもあるようです。

さて、C9orf72変異を持つ一家系で、ALSと多系統萎縮症 (MSA) の患者がそれぞれみられたという論文を最近読みました。2014年 4月 14日の JAMA neurology誌です。

Multiple System Atrophy and Amyotrophic Lateral Sclerosis in a Family With Hexanucleotide Repeat Expansions in C9orf72 

このように、C9orf72の 6塩基反復配列伸長が様々な変性疾患で報告されるにつれ、C9orf72って何者なんだと疑問符が頭の中を渦巻きます。一つの遺伝子が、多くの変性疾患に関わっていると話がややこしいですね。

一つの変性疾患の原因遺伝子が、別の遺伝性疾患の原因遺伝子であることは他にもあり、例えば VCPは IBMPFD (inclusion body myopathy with Paget’s disease of bone and frontotemporal dementia) の原因遺伝子であると報告され、後に ALSの原因遺伝子でもあることがわかりました骨 Paget病の原因遺伝子である SQSTM1も、後に ALSの原因遺伝子として報告されました。また、DCTN1も Perry症候群の原因遺伝子でありながら、進行性核上性麻痺 (PSP) 様の表現型も示すことが報告されています。これら共通の遺伝子異常が報告された変性疾患には、共通する分子メカニズムがあるのでしょうか。今後の研究を見守りたいと思います。

余談ですが、MSAにおけるコエンザイムQ10合成酵素 COQ2の異常が 2013年に本邦から報告されているようです。Nature Newsの記事には、「コエンザイムQ10の大量投与による多系統萎縮症に対する臨床治験の実現に向けて準備を進めている」と書かれてあり、効果があると良いですね。

Post to Twitter


新しい音を恐れるな

By , 2014年4月24日 8:45 PM

新しい音を恐れるな 現代音楽、複数の肖像 (インゴ・メッツマッハー著、春秋社)」を読み終えました。ヴァイオリニストの成田達輝さんに頂いた本です。

酒井健治氏など、好きな現代作曲家はいますが、私は普段ほとんど現代音楽を聴きませんし、現代音楽についての知識もありません。そんな私にでも楽しく読める本でした。本書ではチャールズ・アイヴズ、グスタフ・マーラー、クロード・ドビュッシー、オリヴィエ・メシアン、アルノルト・シェーンベルク、エドガー・ヴァレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼン、ルイージ・ノーノ、カール・アマデウス・ハルトマン、イーゴリ・ストラヴィンスキー、ジョン・ケージと、現代音楽を代表する作曲家達が扱われています。メッツマッハーのわかりやすい解説に、何人かの作曲家は実際に聴いてみたくなりました。現代音楽の入門書として最適の本だと思います。

Post to Twitter


頭のなかをのぞく

By , 2014年4月15日 6:16 AM

頭のなかをのぞく (萬年甫著、岩田誠編、中山書店)」を読み終えました。わが国を代表する脳解剖学者で、多くの弟子を育てられた萬年甫 (まんねんはじめ) 先生は、2011年12月27日に亡くなられました。残された原稿を岩田誠先生が纏められたのが、この本です。

第一章は、「解剖学はなぜ必要か」をテーマにした、萬年甫先生と岩田誠先生の対談になっています。

第二章は、「脳」と「腦」の字の違いについてです。これは萬年甫先生の「動物の脳採集記」という本でも述べられていましたが、本書の方がもう少し詳しく述べられています。

第三章は、「脳と脊髄の形」と題し、神経系の基本構造について概説しています。発生学から説明を始め、脳の構造がどうやって出来上がっていくのかを俯瞰します。私はこういう見方で神経解剖を勉強したことがなかったので、とても新鮮でした。神経解剖学の基本となる知識がわかりやすく整理されることもあり、神経内科医には是非読んで欲しいです。

第四章「神経系の構成要素」はニューロン説に関連した内容が主体です。

第五章「脳研究 5000年」は、本書で最も面白い章の一つでした。簡単に抜粋要約します。

古代:脳に関する記録の最古のものは、1862年にエドウィン・スミスがナイル河中流のルクソールで古物商から買ったエドウィン・スミス・パピルスで、大脳がそれに相当する名前とともに登場するとのことです。このパピルスは、紀元前 17世紀のものですが、紀元前 30世紀に編纂された古王国の教科書の写本というのが真相らしいです。内容は、頭部外傷、頚部外傷の 48例の臨床報告で、「頭部外傷では眼球の偏位を伴い、患者は脚を引きずって歩く」等の記述がみられるそうです。脳解剖を最初に行ったのが、紀元前 500年頃のアルクマイオンで、眼の手術を行った最初の人でした。紀元前 5, 4世紀のギリシャにソクラテス、プラトン、アリストテレスが登場し、紀元前 3世紀のアレキサンドリアにはヘロフィルス、エラシストラトス、紀元前 2世紀のローマにはガレノスが登場しました。ガレノスはウシの脳を調べて、脳硬膜 (dura mater, 強い母)、脳軟膜 (pia mater, 優しい母) を命名し、脳梁、4つの脳室、脳弓、四丘体、松果体、下垂体、漏斗も命名しました。頚髄を様々なレベルで切断し、その表現型を観察していたとされます。交感神経 (Nervus sympathicus) は、ガレノスが第一頚神経節を迷走神経の分枝と見なし、働きを分かち合う意で「sympathia (共感)」の語を用いたのが由来なのだそうです。

中世:医学部で初めて人体解剖を始めたのは、中世 14世紀のボローニャ大学教授のモンディーノ・デ・ルッツィでした。やがて他の地域の大学でも行われるようになりました。しかし、古典の教科書と、実際の解剖学的所見の不一致もあり、そういうときは「その死体は間違っている」とか「人体は以前より退化した」と解釈されていたそうです。

 ルネッサンス期:レオナルド・ダ・ヴィンチが登場し、いくつもの医学的スケッチを残しました。シルヴィウス教授の弟子シャルル・エティエンヌは、「人体諸部の解剖」を出版を試みましたが、解剖の実技と解剖図の大半を分担した外科医エティエンウ・ド・ラ・リヴィエールとのいざこざで、出版が遅れ、ヴェサリウスの「ファブリカ」に先を越されました (私はヴェサリウスが書いた解剖学書のドイツ語版をベルリンで購入しましたが、彼の本が未だに本屋に並んでいることに驚きです)。ヴェサリウスの「ファブリカ」の出版は、1543年で、日本に鉄砲が伝来した年でした。ヴェサリウスは後にローマ帝国皇帝侍医となっています。ボローニャ、ついでローマの解剖学教授となったヴァロニオが前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉を名づけ、海馬などに名を残しました。1586年にピッコロミニが大脳皮質と大脳白質を描き分けました。

近世:1661年に、マルピギーが初めて顕微鏡を用いて脳を観察しました。トーマス・ウィリスは、視床という言葉を初めて導入し、基底核にレンズ核、線条体という言葉を用い、毛様神経節と肋間神経を記述しました。神経学 (Neurology) という言葉も彼に発するそうです。ウィリスは、内包病変で片麻痺が生じることを記載しました。ウィリスはウィリス輪 (脳底動脈輪) に名を残していますが、実際にはヴェサリウスの弟子ファロッピオが 1561年に最初に指摘し、パドヴァ教授カッセリオが 1616年に初めて図示しているそうです。1685年に、モンペリエの解剖学者ヴィユサンスによって錐体、延髄オリーブ核、卵円中心、三叉神経半月神経節が記載されました。1687年ライデンの教授フランシスクス・ド・ル・ボエ (通称シルヴィウス) により、大脳外側裂 (シルヴィウス裂)、中脳水道が命名されました。ちなみに、このシルヴィウスは、前述のシルヴィウスとは別人です。1710年にフランスの学生プールフール・デュ・プティにより、初めて錐体交叉が認められました。ゼンメリンクは、12対の脳神経を分類しました。コトゥーニョは脳脊髄液を記載し、それを調べるために 1774年に腰椎穿刺を試みました。フランスの比較解剖学者フェリックス・ヴィック・ダジールは、脳の研究にアルコール固定を導入し、乳頭体視床路、中心溝、中心前回、中心後溝、島を記載しました。ベルリンの内科・神経科医ライルは、島や小脳の各葉に名を与え、レンズ核、内側毛帯、外側毛帯を記載しました。

近代:フランスの解剖学者ガルが骨相学を提唱しました。脳の機能局在、左右差は、ブロカの失語の症例で確認されました。ヒッツィヒ、フリッチュは、大脳皮質の機能局在を電気生理学的に証明しました。ドイツの神経学者ヴェルニッケは、感覚性失語を報告しました。

第五章では、こうした脳研究の歴史の紹介の後、病理学的研究について詳細に解説されます。章末に、わが国に「脳を固める・切る・染める」技術が、どうやって渡来したのかについて記載があります。北海道小樽生まれの布施現之助先生が大きな役割を果たしています。布施先生は熱血漢で、東大医学部の学生だった頃、足尾銅山鉱毒事件の街頭演説会の演壇に上がり、「諸君、諸君」と呼びかけただけで言葉が続かず、涙を流しながら演壇を下りたエピソードがあるそうです。布施先生は、ゴルジとカハールのノーベル賞受賞を気に高まった脳研究の機運に情熱を燃やし、チューリッヒ大学のコンスタンチン・フォン・モナコウ教授 (モナコフ) の元に 4年間滞在し、神経解剖学を専攻しました。モナコウは、Diaschisisという概念を提唱し、さらに Monakow症候群に名を残しています。布施現之助先生の弟子の一人が小川鼎三先生で、萬年甫先生の師にあたります。本書を纏められた岩田誠先生は、萬年甫先生の弟子です。日本の神経学者が知っておくべき学問の系譜です。

第六章は、「ニューロンの真景を求めて」と題され、神経と真景がうまく掛け合わされたタイトルになっています。萬年甫先生がなされた研究の一部が記されています。ゴルジ法切片の美しさには目を見張りました。

第七章は、「脳を透視する技術」です。レントゲンから始まり、MRIに至るまで、実際に解剖しないで脳を調べる技術が概説されています。最初に、レントゲン発見の瞬間について、1968年 (昭和 43年) 5月26日の毎日新聞日曜版の「レントゲン線・現代物理学の出発点」という記事が引用されていたのが、興味を引きました。ボン特派員であった塚本哲也氏が、実際にレントゲンの養女に会ってインタビューしたものです。「私はあの時 14歳でした。研究に夢中の父は秋ごろから帰宅もおそく、朝晩のあいさつ以外に言葉をかわすこともない毎日でした。ところがある夜、父が階段をダッダッと駈足で上がってきて、荒々しくドアをあけるなり、『お母さんはどこだ。悪魔を追い払ったぞ』というのです。いつもの静かな父とは別人でした。父は奥の部屋にいた母の手を引っぱって、ころげるようにして階段を降りて行きました。父がはじめて X線で母の手を撮影したのがその時でした。忘れませんとも、あの時のことを・・・」。読むと情景が思い浮かびます。この辺りのエピソードは本書に詳しく書かれているので、興味のある方は読んで頂きたいです。1901年、第 1回ノーベル賞がレントゲン博士に与えられた後、彼は賞金全額を大学に寄贈し、「私の発見は全人類のものだ。一個人の利益を求むべきではない」と特許をとらず、貴族の称号も断りました。そしてミュンヘンで困窮のうちに亡くなったと言います。これに対し、レントゲンの養女は「父は自分自身にも私にも何一つ残さなかった。それだから私は感謝しているのです。父は立派な教育者、立派な人間でした。私にみずからを捨てて人間のために生きるという人生の生き方を身をもって教えてくれました」と述べています。胸を打つ話でした。

本書の終わりに、付録として「ヨーロッパの脳研究施設を訪ねて」という文章が載せられています。萬年先生が、ヨーロッパのさまざまな研究施設を訪れ、高名な学者たち (ガルサン、ハラーフォルデン、シュパッツ、フォークトなど) に面会したときのことを綴った文章です。萬年先生の興奮が、読み手にも伝わってきます。

このように、本書は読み応え十分の本です。是非、多くの神経内科医に読んで欲しいです。

(参考)

神経学の源流1 ババンスキーとともに-(1)

動物の脳採集記

神経学の源流 2 ラモニ・カハール

脳の探求者ラモニ・カハール スペインの輝ける星

ラモン・イ・カハル自伝

神経学の源流 3 ブロカ

医学用語の起り

鯨の話

Post to Twitter


FOSMN

By , 2014年4月13日 5:52 AM

数年前に、医局の先輩が Facial onset sensory motor neuronopathy (FOSMN) という病気を抄読会で紹介したとき、何じゃその病気、と思いました。FOSMNは顔面や上肢の感覚障害で発症し、徐々に筋力低下や筋萎縮をきたします。TDP-43病理が報告されていることなどを根拠に、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の類縁疾患だと考えられています。しかし、ALSでは通常感覚障害はみられないはずなので、類縁疾患と言われてもピンと来ません。

2014年3月3日の Journal of Neurology Neurosurgery Psychiatry (JNNP) 誌に、FOSMNで ALSの原因遺伝子である SOD1変異が見られたという論文が掲載されました。

Short report: Heterozygous D90A-SOD1 mutation in a patient with facial onset sensory motor neuronopathy (FOSMN) syndrome: a bridge to amyotrophic lateral sclerosis

以下、簡単に要点をまとめます。

・FOSMNは 2006年に初めて報告された。初期に三叉神経領域や上肢の感覚障害があり、数ヶ月ないし数年後に球症状や上肢の筋力低下などがみられる。診察所見では角膜反射の消失がみられる

・生存期間は ALSより長く、8~21年

・家系内発症は報告されていない

・今回報告された症例は、 53歳男性。5年前に口唇及び鼻部の軽度の チクチクした感じが出現し、その 3年後に 10 kg/5ヶ月の体重減少、次いで全身脱力感や上肢筋力低下が出現。肺炎を繰り返した。神経伝導検査では、上肢のみ感覚神経 SNAP振幅低下があり、また左尺骨神経の運動神経 CMAP振幅低下があったが、伝導速度は正常だった。針筋電図では、上肢およびオトガイ筋の脱神経電位と、四肢の神経原性変化を認めた。Blink reflex, jaw reflexは異常だったが、顔面の神経伝導検査は正常だった。磁気刺激検査では、中枢運動神経伝導時間は正常だった。遺伝子検査では、SOD1 heterozygous pD90A変異を認めた。TARDBP, FUS, C9ORF72に変異はなかった。

・homozygous D90A-SOD1変異は、緩徐進行性 ALSを引き起こすが、 heterozygous D90A-SOD1変異で変わった表現型を示した報告が複数ある

ALSの原因遺伝子である SOD1の異常で、かたや感覚障害を欠く ALSになり、かたや感覚障害で発症する FOSMNを起こすというのは、不思議な感じがします。何故なのかというのは、現在のところ不明です (※興味深いことに、heterozygous D90A-SOD1変異の ALSで感覚障害を呈したという報告は散見されるようです)。

今回、SOD1 D90A変異を示した症例が報告されたことで、FOSMNが ALSなどの運動ニューロン疾患スペクトラムに含まれるという考え方は、より強固なものになりそうです。

Post to Twitter


ACP日本支部年次総会 2014

By , 2014年4月10日 8:24 AM

ACP日本支部年次総会2014の参加登録を済ませました。

ACP(米国内科学会)日本支部 年次総会2014

私が事前申込みで選択したのは下記の講演です。

05月31日 10:00-11:30
第1会場
「最新論文30選:忙しいあなたの ために」 平岡 栄治
05月31日 11:40-12:40
第3会場
「風邪の診かた」 岸田 直樹
05月31日 13:00-14:30
第5会場
「誰も教えてくれなかった診断学・中級編」~複雑な症例に挑戦する~ 野口 善令
06月01日 10:10-11:40
第2会場
「Snapdiagnosis ver. 2」 須藤 博
06月01日 12:45-13:45
第6会場
Meet the expert 「医学古書のすすめ」 清田 雅智
06月01日 14:00-15:30
第2会場
「Unsuspected killer in ED! alive or dead」 林 寛之

魅力的な講演が多く、どれに参加するかかなり迷いましたが、昨年受講した講演とは出来るだけ違う分野を選びました。岸田先生は「誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた」、野口先生は「はじめてのメタアナリシス」という本を書かれていて、それぞれ素晴らしい内容だったので、今から楽しみです。「医学古書のすすめ」を話される清田先生とは、昨年佳久というお店で一緒に飲んで、医学史について語り合いました。今回はどんな内容の話が聞けるのか、ワクワクしています。

事前参加登録期間は 5月 9日までなので、まだの方はお早めに~♪

ちなみに、昨年 2013年に参加した時のブログ記事は、下記です。

ACP日本支部年次総会 2013

 

Post to Twitter


Panorama Theme by Themocracy