結婚がうまくいくかどうか
Science誌をチェックしていたら、「意識はしていないかもしれないが、新婚夫婦は結婚がうまくいくかどうかそれとなくわかっている」というタイトルの論文が出ていました。Science誌って、こういう論文も載るんですね。興味のある方は、ぜひ本文をどうぞ。
Though They May Be Unaware, Newlyweds Implicitly Know Whether Their Marriage Will Be Satisfying
Science誌をチェックしていたら、「意識はしていないかもしれないが、新婚夫婦は結婚がうまくいくかどうかそれとなくわかっている」というタイトルの論文が出ていました。Science誌って、こういう論文も載るんですね。興味のある方は、ぜひ本文をどうぞ。
Though They May Be Unaware, Newlyweds Implicitly Know Whether Their Marriage Will Be Satisfying
2013年12月から、千葉県の病院に出張になりました。
後期研修医の頃に出張に出た時は、「症例を沢山経験出来る」とか「大学と比べて裁量が広がるから、色々勉強して責任感もってやろう」とか思ったものですが、指導医の学年になるとそういうワクワク感はもう全くありません。ただ早く出張の一年間が過ぎ去ることを祈るばかりです。「この病院に出張している間に結婚した人がたくさんいる」という事前情報だけが唯一の楽しみです。
あと、現在の住まいからだと片道電車で 2時間弱かかるので、通勤時間に本は沢山読もうと思います。
連日 5時起きになりますので、ブログの更新は、しばらく頻度が落ちることになると思いますが、今後ともよろしく御願い致します。
「マンガでわかる統計学 (大上丈彦著、メダカカレッジ監修、サイエンス・アイ新書)」を読み終えました。
ゆる~い雰囲気で、直感的にわかることを重視した本で、サクサク読めました。
さらに肩のこらない例のマンガが、統計学のハードルを下げています。例えば、「よくあるエロ系雑誌のアンケートマジック 『東京の女子高生の初体験は平均 17歳!!』」を題材にして、「東京のどこよ?」と突っ込み、さらに「質問した時まだ未経験でこれからもずっと処女な人は一体どう計算するの?」と疑問を述べます (p179)。これは、ランダムサンプリングの重要性について述べた場面でのマンガでした。
コラムではこんな実践的な例の呈示もあります (p154)。本書を読むと、このような計算が一発で出来るようになります。
「七王子メディカルセンター」(架空の病院です) の夜間救急外来では、平均すると 4日に一度くらい、救急搬送後に集中治療室に入院する患者がいるという。集中治療室のベッドは 2床あいており、これが埋まったら救急車の受け入れを拒否せざるをえないとする。救急車の受け入れ拒否が発生する確率はどれほどか。ただし、救急患者の搬送はポアソン分布に従うと仮定する。
「マンガ」というタイトルのせいで軽く見られてしまいがちですが、「平均・分散・標準偏差」「正規分布」から説明を始め、最終的には「いろいろな分布」「推測統計」「仮説検定」に到達するかなりレベルの高い内容です。とはいえ、直感的に理解できるようになっているので、統計学をゼロから学びたい方に御薦めの本です。
製薬会社には、企業として利益を出す使命があるので、薬の売上が伸びるように宣伝をします。それ自体は健全な企業活動です。プロモーションの対象は医師になりますが、医師の側は自分で探した科学論文で得た知識をベースに、その宣伝内容を評価します。その科学論文の信頼性を揺るがしたのが、ディオバン事件です。
ところが、それ以外にも、製薬会社の意向が科学論文に反映されてしまう事態があるようです。2013年10月29日の British Medical Journal (BMJ) に興味深い論文が掲載されていました。
Non-publication of large randomized clinical trials: cross sectional analysis
BMJ 2013; 347 doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.f6104 (Published 29 October 2013)
Cite this as: BMJ 2013;347:f6104Abstract
Objective To estimate the frequency with which results of large randomized clinical trials registered with ClinicalTrials.gov are not available to the public.
Design Cross sectional analysis
Setting Trials with at least 500 participants that were prospectively registered with ClinicalTrials.gov and completed prior to January 2009.
Data sources PubMed, Google Scholar, and Embase were searched to identify published manuscripts containing trial results. The final literature search occurred in November 2012. Registry entries for unpublished trials were reviewed to determine whether results for these studies were available in the ClinicalTrials.gov results database.
Main outcome measures The frequency of non-publication of trial results and, among unpublished studies, the frequency with which results are unavailable in the ClinicalTrials.gov database.
Results Of 585 registered trials, 171 (29%) remained unpublished. These 171 unpublished trials had an estimated total enrollment of 299 763 study participants. The median time between study completion and the final literature search was 60 months for unpublished trials. Non-publication was more common among trials that received industry funding (150/468, 32%) than those that did not (21/117, 18%), P=0.003. Of the 171 unpublished trials, 133 (78%) had no results available in ClinicalTrials.gov.
Conclusions Among this group of large clinical trials, non-publication of results was common and the availability of results in the ClinicalTrials.gov database was limited. A substantial number of study participants were exposed to the risks of trial participation without the societal benefits that accompany the dissemination of trial results.
論文の概要ですが、”clinical trials.gov” に登録し、2009年1月までに終了した、被検者 500人以上が参加した研究を調べました。その条件に該当する 585の研究を解析した結果、171 (29%) の研究で結果が未発表でした。結果が未発表の研究では、試験が終了してから平均 5年間経っても論文化されていませんでした。企業から資金提供をうけた研究の 32%、資金提供のない研究の 18%で結果が未発表であり、企業から資金提供を受けている方が論文化されにくいことがわかりました。171の未発表研究において、133 (78%) の研究では “clinical trials.gov” でも結果を知ることが出来ませんでした。
大規模臨床研究については、米国では “clinical trials.gov” への登録が義務付けられ、そうしない研究は一流雑誌にはアクセプトされないといわれています。予め研究デザインを登録しておくことで、途中で研究デザインを変えられなくなるなど、研究の公正性を担保し、また情報をオープンにすることで参加者を守ることにもなります。BMJ論文にも記載がありますが、”clinical trials.gov” に登録された多くの研究では、結果の報告が義務付けられます。それに違反すれば、10000ドル/日を上限とした制裁金など相当のペナルティーがあります。にも関わらず、これだけ多くの研究で結果が隠されているというのは驚くべき話です。企業から資金提供されている方が論文化されにくいということは、企業 (特に製薬会社) にとって都合の悪い結果がマスクされている可能性があります。
臨床研究の “批判的吟味” のやり方を勉強して、怪しさを見抜く目を養ったとしても、こうしたバイアスを見抜くのは容易ではないですね。臨床試験を解釈するときに、このようなことも頭の片隅に置いておくべきなのかもしれません。
いつも楽しみに読んでいるブログ「呼吸器内科医」。
2013年9月14日のエントリーが「ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒」というタイトルで、Beethovenの耳障害に関する論文を紹介していました。
過去には、耳硬化症が有力な説だったので、半信半疑な気持ちでいましたが、実際に論文を読んでみて驚きました。
Lead and the deafness of Ludwig van Beethoven
Objectives/Hypothesis
To reexamine the cause of Beethoven’s hearing loss because of significant recent articles.
Data Sources
Medical and musical literature online, in print, and personal communication.
Methods
Relevant literature review.
Results
Evidence of otosclerosis is lacking because close gross examination of Beethoven’s middle ears at autopsy did not find any otosclerotic foci. His slowly progressive hearing loss over a period of years differs from reported cases of autoimmune hearing loss, which are rapidly progressive over a period of months. He also lacked bloody diarrhea that is invariably present with autoimmune inflammatory bowel disease. The absence of mercury in Beethoven’s hair and bone samples leads us to conclude that his deafness was not due to syphilis because in that era syphilis was treated with mercury. High levels of lead deep in the bone suggest repeated exposure over a long period of time rather than limited exposure prior to the time of death. The finding of shrunken cochlear nerves at his autopsy is consistent with axonal degeneration due to heavy metals such as lead. Chronic low-level lead exposure causes a slowly progressive hearing loss with sensory and autonomic findings, rather than the classic wrist drop due to motor neuropathy from sub-acute poisoning. Beethoven’s physicians thought that he had alcohol dependence. He particularly liked wine that happened to be tainted with lead.
Conclusions
Beethoven’s chronic consumption of wine tainted with lead is a better explanation of his hearing loss than other causes.
Level of Evidence
N/A. Laryngoscope, 123:2854–2858, 2013
以下、簡単に内容を紹介します。
【Beethovenの耳疾患について】
①年余に渡って緩徐進行性であった
②少なくとも、初期は高音の障害であった
③音の弁別の障害があった
【過去の説への反論】
①耳硬化症説
・通常、耳硬化症では弁別能は保たれる。
・ベートーヴェンには難聴の家族歴がない。
・剖検で耳硬化症を示唆する所見の記載がない (その所見は、肉眼でも容易にわかるもの)。
・耳硬化症では、Beethovenに見られたような蝸牛神経の萎縮は来さない。
②自己免疫性説
自己免疫性の聴力障害は、通常数週間~数ヶ月の経過で進行し、年単位ではないので否定的。
③梅毒説
緩徐進行性の両側聴覚障害が根拠だが、著者らの検討では、病歴を見て Beethovenが梅毒であったことに言及する医師はいなかった。
④梅毒治療薬説
当時梅毒の治療に用いられた、水銀を含む軟膏を Beethovenが使っていた可能性については、その軟膏にアンモニウムは含まれていても水銀が含まれていなかったことが確認されている。また、Beethovenの髪や骨を調べた結果、水銀を示す証拠は見つからなかった。
【鉛中毒説】
2000年に毛髪が、2005年に頭頂骨が調べられ、それぞれ鉛が高値を示した。鉛は骨の深部に達し、慢性暴露を示唆した。そのため、末期の治療に限った暴露ではないと言える。鉛は、低血中濃度でも慢性暴露すれば緩徐進行性の高音の聴覚障害を来す。また、血中濃度の増加は、聴覚障害の程度に直接相関する。近年の研究では、鉛による聴覚障害は、聴神経の軸索障害が示唆されている。
過去、Beethovenの鉛中毒説は、下垂手など他の神経障害を欠く点などから否定されてきた。しかし、このような典型的な鉛中毒は、4~5年くらいの亜急性の暴露の症状の一つで、現在では鉛誘発性ポルフィリン症として捉えられている。
無機鉛に平均 21.7 (8~47) 年間暴露された 151名を調査した研究では、46名では、古典的な運動麻痺よりむしろ軽度の感覚性・自律神経ニューロパチーを呈した。これらの障害は鉛の直接的神経毒性と考えられ、その 46名は Beethovenで見られたような気分障害、肝障害、腎障害、消化管障害を来した。感覚障害には、Beethoven自身が関節リウマチだと思っていたような手足の疼痛・錯感覚も含まれていた。鉛暴露による初期の神経症状は暴露後 7~45年後に現れる。
鉛暴露の原因はたくさんあるが、著者らの意見では、Beethovenの場合はワインが疑わしい。当時は香りを高めるために安物のワインに鉛を不法に添加していたことが知られている。Beethovenは特にハンガリー産の混ぜ物ワインや酒精強化ワインを好んだ。Beethovenは 17歳で母親を亡くしてから、心の隙間を埋めるためにワインを飲み始めた。
結果として、耳鳴りが始まったのはそれから 10年後だった。30歳の頃、Beethovenは食欲を向上させ、腹痛を和らげるために食事時に大量のワインを飲み始めた。これは彼が周囲に聴覚障害を打ち明けた時期に当たる。Beethovenの主治医は、彼がアルコール依存症だったと考えていた。
アルコール依存には家族歴があるとされるが、Beethovenの家系もそうであった。Beethovenの父や祖母もアルコールが原因で死亡している。
Beethovenの精神症状、消化器症状も鉛中毒によるものだった可能性がある。
George Frederic Handelも、頭痛、易興奮性、リウマチ痛、異常行動、腹痛を呈していたが、ひょっとするとワインによる鉛中毒のせいだったのかもしれない。
鉛中毒と考えれば Beethovenの症状が一元的に説明出来ますし、骨から検出された鉛という物的証拠もあるので、非常に説得力がありますね。
鉛中毒が下垂手以外の神経障害も起こすとは、勉強になりました。
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(参考)
・耳の話
毎週木曜日午後は、外勤枠を一つ潰して電気生理検査の勉強をしているのですが、11月21日午後は患者さんの都合で検査がキャンセルとなり休みが出来ました。
暇を潰そうとまず考えたのが映画。
一番見たかったのが、現在上映中の「ルノワール」という映画で、ルノワールの関節リウマチをどう描いているか興味があったのですが、残念ながら都内では上映終了となっていました。「ゴッホ」という映画も上映中のようですが、事前情報がなく・・・。
そこで美術館に行こうと思いました。まず考えたのは、国立西洋美術館でしたが、残念ながら「ムンク」「モネ」の特別展は 12月7日から。
調べると、ブリヂストン美術館でカイユボット展をしているというので、見に行きました。美術史に疎いので、この展示を見るまでカイユボットのことは良く知らなかったのですが、クロード・モネやルノワール、カミーユ・ピサロ、アルフレッド・シスレー、ポール・セザンヌと親交があり、自身も優れた絵描きだったようです。画家としての彼の作品では、「ピアノを弾く若い男」「イエール川でボートを漕ぐ人」などが素晴らしかったです。
平日の昼間だったので人が少ないのかと思いきや、割と盛況でした。かといって、絵を見るのに支障があるほどではなかったです。カイユボット展以外にも、ここは常設展が充実しており、何度見ても飽きません。東京駅八重洲中央口から徒歩 5分くらいですので、お時間のある方は是非どうぞ。
2013年11月14日の New England Journal of Medicine (NEJM) に新しいタイプのプリオン病が報告されました。プリオンがこんなことを引き起こすとは想像していなかったので、読んで久々に鳥肌が立ちました。
A Novel Prion Disease Associated with Diarrhea and Autonomic Neuropathy
N Engl J Med 2013; 369:1904-1914November 14, 2013DOI: 10.1056/NEJMoa1214747
BACKGROUND
Human prion diseases, although variable in clinicopathological phenotype, generally present as neurologic or neuropsychiatric conditions associated with rapid multifocal central nervous system degeneration that is usually dominated by dementia and cerebellar ataxia. Approximately 15% of cases of recognized prion disease are inherited and associated with coding mutations in the gene encoding prion protein (PRNP). The availability of genetic diagnosis has led to a progressive broadening of the recognized spectrum of disease.
METHODS
We used longitudinal clinical assessments over a period of 20 years at one hospital combined with genealogical, neuropsychological, neurophysiological, neuroimaging, pathological, molecular genetic, and biochemical studies, as well as studies of animal transmission, to characterize a novel prion disease in a large British kindred. We studied 6 of 11 affected family members in detail, along with autopsy or biopsy samples obtained from 5 family members.
RESULTS
We identified a PRNP Y163X truncation mutation and describe a distinct and consistent phenotype of chronic diarrhea with autonomic failure and a length-dependent axonal, predominantly sensory, peripheral polyneuropathy with an onset in early adulthood. Cognitive decline and seizures occurred when the patients were in their 40s or 50s. The deposition of prion protein amyloid was seen throughout peripheral organs, including the bowel and peripheral nerves. Neuropathological examination during end-stage disease showed the deposition of prion protein in the form of frequent cortical amyloid plaques, cerebral amyloid angiopathy, and tauopathy. A unique pattern of abnormal prion protein fragments was seen in brain tissue. Transmission studies in laboratory mice were negative.
CONCLUSIONS
Abnormal forms of prion protein that were found in multiple peripheral tissues were associated with diarrhea, autonomic failure, and neuropathy. (Funded by the U.K. Medical Research Council and others.)
Abstractを日本語にすると、大体下記のような感じになります。
Background
ヒトプリオン病は、臨床病理学的表現型は多彩だが、一般的には認知症や小脳失調を中心とした、急速な多巣性中枢神経変性が関与する神経疾患ないし精神神経疾患を呈する。プリオン病の約 15%が遺伝性で、プリオン蛋白 (prion protein; PRNP) をコードする遺伝子変異が関与している。遺伝子診断の利用により、認識された疾患のスペクトラムは広がりを見せている。
Methods
我々は、イギリスの大家系における新しいプリオン病を調べるため、家系的、神経心理学的、神経生理学的、神経画像的、病理学的、分子遺伝学的、生化学的研究、さらに動物伝播研究と共に、20年以上の長期に渡り臨床的評価をしてきた。我々は、家系内 5名から得られた剖検ないしは生検サンプルと共に、家系内患者 11名のうち 6名を詳細に調べた。
Results
我々は、PRNP Y163X切断変異を同定し、成人初期に発症する自律神経障害と length-dependentの感覚優位軸索性末梢神経障害を伴った慢性下痢症が特徴的な表現型であることを見出した。認知機能低下とけいれんは 40~50歳代で出現した。プリオン蛋白アミロイドの沈着は、腸管や末梢神経を含む末梢臓器の至るところで見られた。末期の神経病理学的検査では、顕著なアミロイドプラーク、脳アミロイドアンギオパチー、タウパチーといった形で、プリオン蛋白の沈着が見られた。脳組織において、独特のパターンの異常プリオンタンパクの断片が見られた。マウスへの伝播実験は陰性だった。
Conclusions
末梢組織で見られる異常プリオン蛋白は、下痢、自律神経障害、末梢神経障害に関連があった。
内容を簡単に紹介。
[背景]
・プリオン病は、伝播しうる致死的な神経変性疾患で、遺伝性ないし後天性、もしくは孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病 (sCJD) として自然発生するものがある。
・伝播する物質プリオンは、正常な細胞表面蛋白プリオンが異常な折りたたみ構造をとって凝集した蛋白質である。プリオンの伝播は、正常なプリオン蛋白に結合して、それを鋳型としてミスフォールディングしていく、種 (seed) となるタンパク質の重合により起こると考えられている。
・常染色体優性のプリオン病は、PRNP遺伝子の変異によって起こり、これらの疾患はオーバーラップする 3つの疾患、Gerstmann-Straussler-Scheinker (GSS) 症候群、致死性不眠症、家族性クロイツフェルト・ヤコブ病に分類されてきた。
・他の神経変性疾患で異常沈着きたすタンパク質と対照的に、プリオン蛋白は glycosylphosphatidylinostil (GPI) anchorによって細胞膜につなぎとめられている。GPI蛋白結合部位を欠損したプリオン蛋白を発現させたマウスの実験では、感染性プリオンが伝播し、異常なプリオン蛋白が血管周囲に沈着する一方で、進行がとても遅く、多彩な臨床症状をきたすという、極めて興味深い結果が見られてきた。ヒトでは、stop-codonの変異がGPI anchorを欠く異常プリオン蛋白の原因となるが、報告は極めて限られる。PRNP Y145X変異ではアルツハイマー型認知症と脳血管にプリオン蛋白アミロイド沈着を伴った一例報告が、PRNP Q160Xでは認知症を呈した小家系の報告が、C末端の切断変異では GSS症候群の症例報告がなされている。
[方法]
・Immunohistochemical analysis
組織を固定して、組織ブロックをパラフィン包埋、ホルマリンによる前処理をした。組織は 7 μm厚に薄切し、hematoxylin and eosin, Luxol fast blue, periodic acid-Schiff, Congo red,thioflavin Sで染色した。免疫組織学的解析は、通常の avidin-biotin protocolに則って行い、プリオン蛋白 (KG9, 3F4, ICSM35, Pri-917), amyloid P component,glial fibrillary acidic protein, tau (AT8), tau-3R,tau-4R,amyloid-β, neurofilament cocktail, TDP-43,CD68,CR3/4, α-synucleinに対する抗体を用いた。
・Molecular genetic and protein studies
PRNPのゲノムDNAの全reading frameを解析した。脳ホモジネートは、SDS-PAGEで電気泳動し、immunoblottingを行った。
・Murine models
Tg (HuPrP129V+/+Prnp0/0)-152 mice (129VV Tg152mice), Tg (HuPrP129M+/+Prnp0/0)-35 mice (129MM Tg35 mice) を transgenic mouseとして用いた。
Inbred FVB/NHsd miceの脳内に、患者 IV-1から得られた脳 (前頭葉) を接種した。
[結果]
・Clinical Syndrome
臨床的に全ての患者は類似し、常染色体優性遺伝を示した (Figure. 1)。
全ての患者は 30歳代で発症する慢性下痢、それに引き続く混合性感覚優位及び自律神経ニューロパチーを呈した。水様性下痢は日夜数回起こり、腹部膨満感と体重変化を伴い、過敏性腸炎やクローン病と診断されていた。膀胱の脱神経による尿閉があり、自己導尿が必要で、2名の患者ではインポテンツが初期症状であった。別の初期症状は起立性低血圧で、ミネラルコルチコイドや非薬物対症療法に反応した。中等度に進行した患者では、体重減少、嘔吐、下痢は重度であり、2名では静脈栄養を要した。この治療により体重は安定し、嘔吐や下痢を軽減させるのに役立った。認知機能の問題やけいれんは 40~50歳代で出現した。平均死亡年齢は 57歳 (40~70歳) であった。
電気生理学的評価は 5名の患者に対して 11回行われ、進行性のlength-dependent, 感覚優位ポリニューロパチーであった。温度閾値は足では極めて異常だったが、手ではそうではなかった。運動神経の障害は進行期において、それほど重篤ではなく、脱神経の所見があり、下肢遠位の筋に強かった。臨床および電気生理学的検討では、遺伝性感覚および自律神経ニューロパチーを思い起こさせるもので、所見は家族性アミロイドポリニューロパチーに似ていた。
神経心理評価は 3名の患者に対して 8回行われた。患者が 50歳代の頃、最も顕著だったのが記憶機能と遂行機能の障害だった。2名は重症の患者は音韻性言語障害を呈した。頭部MRIでは進行期の患者 1名でテント上の全般的脳容積低下が見られたが、他の患者は正常であった。髄液検査では総tau (tau > 1200 pg/ml, 正常値 0~320 pg/ml) と、S100b蛋白 (2.17 pg/ml, 正常値 0.61未満), 14-3-3タンパク質の上昇を認めた。
アンカーを欠くプリオン蛋白を発現させたマウスで心筋症が見られたため、心臓の評価を行った。しかし、病歴や検査 (心電図、超音波検査) で心臓の障害が示唆された患者はいなかった。
・Molecular genetics
患者の DNAサンプルから PRNP遺伝子をシークエンスしたところ、新規のPRNP Y163X変異が同定された (c.489C→G, p.Y163X)。この変異は、prion蛋白の 129残基のバリンへの多型を伴っていた (Figure. 2)。PRNPの codon 129の多型は、健常人でも一般的に見られ、プリオン病の強力な感受性因子ならびに疾患修飾因子として知られている。患者 II-2, III-1, III-5は絶対的保因者と判断された。National Hospital for Neurology and Neurosurgeryにおいて、血縁関係のない遺伝性感覚性および自律神経ニューロパチーの患者 18名を調べたところ、変異は見つからなかった。そのため、この疾患は稀であると考えられる。4000名以上の患者とコントロールで検索しても、この変異は見つからなかった。
・Brain and peripheral-organ tissue disease
病理学的に、末梢組織では、 腸管、後根神経節細胞周囲、末梢神経の神経線維周囲、脳神経根の軸索と脊髄の後根と前根の軸索の間、リンパ網内系、門脈や腎臓尿細管、肺胞などにプリオン蛋白が見られた。末梢組織での異常プリオン蛋白は、孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病でも高感度の Western blotでは検出されていたが、免疫組織化学染色では検出されていない。(Figure .3)
中枢では、皮質 layer 1, 2にほぼ限局する軽度の海綿状変化がみられた。深部の皮質層の空胞形成は、孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病と違って顕著ではなかった。neurofibrillary tangleや neuropil threadの中に、プリオン蛋白のプラークや、相当量のタウ関連疾患の所見を認めた (こういう所見は GSSでも見られるとされる)。ミクログリアにプリオン蛋白を認めたが、アストロサイトでは認めなかった。新皮質に PAS染色でアミロイド形成を伴った蛋白沈着が確認され、血清アミロイドP陽性であった。(Figure. 4)
・Immunoblotting
PRNP Y163Xにコードされるプリオン蛋白は、安定なSDS抵抗性のオリゴマーを形成しているのかもしれない (※Figure. 5Cで epitope 142-158を認識する 抗体 ICSMでバンドが見られないのは、プリオン蛋白のオリゴマー形成により抗体が認識しなくなったものと推測される)。
・Absence of transmission to mice
患者脳を用いて、プリオン感染がマウスに伝播するか調べた。3種類の系統の 24匹のマウスのうち、接種後、実験終了の 600日目までに臨床症状を呈したものはなかった。潜在的な感染がないか、脳組織の Western blotや免疫組織化学的検討をしたが、そのような所見はなかった
[考察]
・PRNP Y163Xは、非神経症状を呈し、プリオン蛋白アミロイドが全身臓器に沈着し、進行が緩徐であるという点で、他のプリオン病と異なる。
・末梢の症状優位なので、初期に消化器科などを受診することがあり、診断が難しい。
・PRNP Y163Xと 129バリン多型の存在の関係についてはよくわかっていない。
・自律神経症状は急速に進行する致死性不眠症でも報告されているが、これはコドン 129メチオニン多型を伴った codon 178の変異で起こる。しかし、末梢神経障害は致死性不眠症では見られない。
・PRNP Y163X変異による自律神経障害は、臨床的、電気生理学的、病理学的検討から、末梢優位であるようだ。下痢は複合的な要因によるもので、自律神経の脱神経、あるいは異常プリオン蛋白が直接粘膜を障害し、吸収障害や細菌の増殖、腸管麻痺を起こすのかもしれない。
・下痢により、手術を行われた患者が複数存在した。そのことにより医原性にプリオンの感染が広がった可能性がある。マウスでは、実験的なプリオン蛋白の感染は確認されなかったものの、ヒトにおいては完全に否定はできない。
・末梢神経障害を伴った説明のつかない慢性下痢や、家族性アミロイドポリニューロパチーに似た説明の出来ない症候群を見たら、PRNPの検査を行うべきである。
この疾患が稀であるとしても、こういう患者さんを見かけたら、この遺伝子変異が鑑別になることは、覚えておかないといけないと思います。
プリオン病については、いくつかの診療経験が思い出されます。初めて診断したのは、医師になって 3年目の時、郡山での夜間の救急外来でした。3ヶ月前から進行する物忘れを生じた高齢者が、近医でアルツハイマー病と診断されてからすぐ痙攣ということで搬送されてきたのです。診断に苦慮したのでボスを呼んだら、ミオクローヌスを見てひと目で「これは孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病ですね」と診断し、検査する前から検査結果を言い当てられ、「神経内科医すげぇ」と思った記憶があります。別の患者さんで、孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病だと思って遺伝子を調べたら、冨士川流域家系だったことがあり、すごくシビアな告知となりました。また、中学生時代にイジメにあって頭蓋骨を割られ、人工硬膜を使うことになったら、そこからプリオン病に感染した若者の主治医をしたときに、やるせない気持ちになったのを覚えています。
さて、プリオン病つながりで、最近 2013年10月15日に、 British Medical Journalに興味深い論文が出ました。
Prevalent abnormal prion protein in human appendixes after bovine spongiform encephalopathy epizootic: large scale survey
BMJ 2013; 347 doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.f5675 (Published 15 October 2013)
Cite this as: BMJ 2013;347:f5675Abstract
Objectives To carry out a further survey of archived appendix samples to understand better the differences between existing estimates of the prevalence of subclinical infection with prions after the bovine spongiform encephalopathy epizootic and to see whether a broader birth cohort was affected, and to understand better the implications for the management of blood and blood products and for the handling of surgical instruments.
Design Irreversibly unlinked and anonymised large scale survey of archived appendix samples.
Setting Archived appendix samples from the pathology departments of 41 UK hospitals participating in the earlier survey, and additional hospitals in regions with lower levels of participation in that survey.
Sample 32 441 archived appendix samples fixed in formalin and embedded in paraffin and tested for the presence of abnormal prion protein (PrP).
Results Of the 32 441 appendix samples 16 were positive for abnormal PrP, indicating an overall prevalence of 493 per million population (95% confidence interval 282 to 801 per million). The prevalence in those born in 1941-60 (733 per million, 269 to 1596 per million) did not differ significantly from those born between 1961 and 1985 (412 per million, 198 to 758 per million) and was similar in both sexes and across the three broad geographical areas sampled. Genetic testing of the positive specimens for the genotype at PRNP codon 129 revealed a high proportion that were valine homozygous compared with the frequency in the normal population, and in stark contrast with confirmed clinical cases of vCJD, all of which were methionine homozygous at PRNPcodon 129.
Conclusions This study corroborates previous studies and suggests a high prevalence of infection with abnormal PrP, indicating vCJD carrier status in the population compared with the 177 vCJD cases to date. These findings have important implications for the management of blood and blood products and for the handling of surgical instruments.
イギリスで、摘出された 32441人の虫垂を調べると、16人で異常なプリオン蛋白が陽性でした。これは 100万人当たり 493人の頻度になります (世代間での差はなかったようです)。過去に報告されている変異型クロイツフェルト・ヤコブ病は 177例であることを考えると、何故これだけ多くの人が異常なプリオンを体内に持っているのに変異型クロイツフェルト・ヤコブ病を発症しないのか、謎です。もちろん、コドン 129の多型は関係しているのかもしれませんが、それ以外になにか理由があるのかもしれません。
これはイギリスのサーベイランスなので変異型クロイツフェルト・ヤコブ病がほぼ存在しないと言って良い日本では直接当てはまりませんが、外科医や病理医を中心とした医療従事者、手術を受ける他の患者への感染制御という意味では、大変インパクトの大きい報告なのではないかと思います。
British Medical Journal (BMJ) のサイトで、興味深いニュースを発見。
BMJ journal editors will no longer consider research funded by the tobacco industry
They conclude: “Refusing to publish research funded by the tobacco industry affirms our fundamental commitment not to allow our journals to be used in the service of an industry that continues to perpetuate the most deadly disease epidemic of our times.”
BMJなどいくつかの科学雑誌では、今後タバコ会社からの資金提供を受けた研究を掲載しないことにするらしいです (2013年10月15日の BMJの Editorialに更に詳しく書かれています)。毅然とした対応が良いですね。
ウィーン・フィルのリハーサルを聴いてきました。知り合いの医師がチケットを取っていたのですが、大阪で講演があるため行けなくなり、頂いたのです。席はホール前方真ん中の 1階 9列 20番と、贅沢な場所でした。
リハーサルは午前 10時開始。私は午前 9時まで西東京市で当直をしていて、ダッシュでコンサートホールに向かい、着いたのは扉が閉まる数十秒前でした。ギリギリセーフ!
ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2103
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
クリスティアン・ティーレマン指揮
無料公開リハサール
サントリーホール 大ホール 2013.11.10 (日) 10:00AM開始
最初の音から感動。久しぶりに聴いたウィーン・フィルの、甘い独特の音です。オーケストラは対向配置で、さらに客席側に経験豊かな奏者を並べていました。
一曲目はベートーヴェンの交響曲第 6番「田園」。1楽章はテンポを 1~2割落として、抑揚を付けずに演奏していました。おそらく、指揮者とオーケストラが互いを探り合っていたのでしょう。楽譜通りで何も表現しない演奏で、正直つまらなかったです。しかし、ウィーン・フィルの団員がそんな演奏に耐えられるはずがありません。徐々に抑揚をつけ始め、パート間がバラバラになるのをお構いなくテンポを前に引っ張始めました。そして、2楽章以降は通常のテンポ。終楽章は終わりの部分のハーモニーの音程が非常に悪くて (弦楽器の音程が高くて、管楽器が低い)、指揮者が何度もやり直していました。ウィーン・フィルでもこういうことがあるんですね。
次はベートーヴェンの交響曲第 5番「運命」。1楽章の冒頭、柔らかい音色に定評があるウィーン・フィルにここまで硬質な音が出せるのかとびっくりしました。続いて、2, 3楽章の出だしと、4楽章のフィナーレを練習。
最後はベートーヴェンの交響曲第 4番。1楽章の提示部と展開部などを練習していました。指揮者の指示は、声が客席まで届かず、よくわかりませんでした。
練習は 11時に終了。各パートがばらつく部分が結構あったのが気になりましたが、ウィーン・フィルならその辺は本番うまくやるのでしょう。日程的、金銭的事情 (プレミアムチケット全6公演 S席 200000円!, 1回券 S席 35000円!) で本番を聴くことができないのは残念でした。
サントリーホールの 2階で、ウィーン楽友協会アルヒーフ所蔵「人間、ベートーヴェン展」をしていたので、見てから帰りました。
台風30号が 11月8日にフィリピンを直撃し、レイテ島を中心に多数の死者を出しています。
フィリピン台風 死者1万人の情報も、被害の全容解明はまだ
(CNN) フィリピン中部の島しょを直撃した超大型台風30号(ハイエン)の被害で、最大の被災地とされるタクロバン市があるレイテ州(島)の警察首脳は10日、同州内だけで最大1万人の住民らが死亡した恐れがあるとの懸念を示した。フランス通信(AFP)が伝えた。
警察幹部によると、この数字はレイテ州政府当局者との9日夜の会合で持ち出されたという。
台風による犠牲者数についてはフィリピン赤十字の責任者が、タクロバン市で推定1000人、隣接するサマール島で200人との見方を示していた。
同国政府は10日朝の段階で、確認した死者は151人、負傷者は23人と発表している。自宅などを失った住民は47万7000人以上としている。
11月11日15時に日本から医療チームがフィリピンに向かいました。Facebookで安倍晋三総理のウォールを見ると、東京医科歯科大学救急医学教室大友教授の写真が写っているようです。
フィリピン中部における台風被害に対する支援について(続報)
フィリピンにおける台風被害への我が国の対応については、午前中の会見で外務省及びJICAによる調査チームの派遣について発表いたしましたけれども、その後の進捗状況を報告をさせていただきます。25名の緊急医療チームの派遣を決定をし、既に午後3時に日本を出発をいたしました。このチームは緊急医療等を専門とする医師・看護師のほか、JICA、外務省等の人員によって構成をされております。可能な限り早く、できれば明日には現地入りをさせたいと思っております。自衛隊の派遣についても、フィリピン政府からの要請があれば、被害状況の甚大さに鑑みて、我が国として医療等の支援のために自衛隊を迅速に派遣をできるよう、政府内で調整をいたしております。今後ともフィリピン政府の要請に応じて、米国等の関係国とも連携をしながらできる限りの支援を行っていきたいと思います。
日本赤十字のサイトからは、募金が出来るようになりました。募金しようと思って「インターネットでの寄付はこちら」ボタンを押してみたところ、サイトが重くなっているようでつながりませんでした。多くの人が殺到しているせいで繋がりにくくなっているのだったら良いですね。後ほど繋がりやすくなったら募金するつもりです (※11月12日朝には繋がるようになっていたので、済ませました)。
日本赤十字社
支援期間・支援方法など
受付期間 平成25年11月11日(月)から平成26年2月28日(金)まで
フィリピンは東日本大震災で支援を受けた国ですし、今度は我々日本人が恩返しをする番だと思っています。
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