2013年10月17日の Nature誌に、多発性硬化症の論文が掲載されていました。海外でパーキンソン病の治療薬として使用されている benztropineについてです。
Vishal A. Deshmukh, Virginie Tardif, Costas A. Lyssiotis, Chelsea C. Green, Bilal Kerman, Hyung Joon Kim, Krishnan Padmanabhan, Jonathan G. Swoboda, Insha Ahmad, Toru Kondo, Fred H. Gage, Argyrios N. Theofilopoulos, Brian R. Lawson, Peter G. Schultz & Luke L. Lairson
Abstract
Progressive phases of multiple sclerosis are associated with inhibited differentiation of the progenitor cell population that generates the mature oligodendrocytes required for remyelination and disease remission. To identify selective inducers of oligodendrocyte differentiation, we performed an image-based screen for myelin basic protein (MBP) expression using primary rat optic-nerve-derived progenitor cells. Here we show that among the most effective compounds identifed was benztropine, which significantly decreases clinical severity in the experimental autoimmune encephalomyelitis (EAE) model of relapsing-remitting multiple sclerosis when administered alone or in combination with approved immunosuppressive treatments for multiple sclerosis. Evidence from a cuprizone-induced model of demyelination, in vitro and in vivo T-cell assays and EAE adoptive transfer experiments indicated that the observed efficacy of this drug results directly from an enhancement of remyelination rather than immune suppression. Pharmacological studies indicate that benztropine functions by a mechanism that involves direct antagonism of M1 and/or M3 muscarinic receptors. These studies should facilitate the development of effective new therapies for the treatment of multiple sclerosis that complement established immunosuppressive approaches.
要旨:多発性硬化症の進行期では、再ミエリン化や疾患の寛解に必要な成熟 Oligodendrocyte (乏突起膠細胞) を産生する前駆細胞の分化が阻害されている。Oligodendrocyteの分化を選択的に誘導する物質を同定するために、ラットの視神経由来前駆細胞を用いてミエリン塩基性蛋白 (MBP) の image-based screenを行った。その結果、再発寛解型多発性硬化症の実験的自己免疫性脳脊髄炎 (experiment autoimmune encephalomyelitis; EAE) モデルにおいて、単独あるいは免疫抑制療法と併用で臨床的重症度を軽減させる benztropineを同定した。Cuprizone誘導脱髄モデル, in vitroおよび in vivo T-cell assay, EAE養子免疫伝達実験の知見は、この薬剤の有効性が免疫抑制よりも再ミエリン化を直接増強した結果であることを示していた。薬物学的な研究では、benztropineは M1 および/もしくは M3 ムスカリン受容体を直接阻害することによって働くことがわかった。これらの研究は、多発性硬化症の治療において、確立した免疫抑制療法を補完する新療法の開発を促進するだろう。
☆High-throughput OPC (oligodendrycyte precursor cell) differentiation screen
OPCの分化を選択的に誘導する小分子のスクリーニングを行った。初代ラット視神経由来OPCを 6日間培養し、MBPの発現をhigh content imaging assayで評価した。
・PDGF (platelet derived growth factor) -AAを減らしていくと OPCsは分化しなくなるが、T3 (triiodothyronine) を添加すると分化する。
→しかし T3では治療に望ましくない。
・10000種類の分子をスクリーニングした結果、最も治療に使えそうで、かつ分化を誘導したのがbenztropineだった。この分子は経口で使用可能であり、血液脳関門も通過できる。
・OPCsの培養期間を変えて調べると、benztropineは未成熟A2B5発現OPCには作用するが pre-oligodendrocyte stageには作用しない。
・benztropineは OPCsの分化と myelin化促進両方の作用がある。
☆M1/3 muscarinic receptor antagonism
Benztropineの作用
①抗コリン作用
②ドパミン再取込阻害作用
③抗ヒスタミン作用
・ドパミン受容体拮抗薬 haloperidol, ドパミン受容体作動薬 quinpirole,ヒスタミン受容体作動薬 histamine trifloromethyl-toluidine (HTMT) は benztropine依存的 OPCsの分化に影響を与えなかった。
→benztropineによる OPCsの分化には、ドパミン再取込阻害作用や抗ヒスタミン作用は関係していない
・コリン作動薬にはムスカリン作用とニコチン作用がある。選択的ムスカリン型アセチルコリン受容体作動薬 carbachol, 選択的ニコチン型アセチルコリン受容体作動薬 nicotineでは、carbachol存在下でのみ benztropine OPCsの分化が阻害された。
→ムスカリン型アセチルコリン受容体が関係している。
・ドパミン受容体作動薬 quinpirole、ニコチン型アセチルコリン受容体拮抗薬 tubocuraine, mivacurium, mecamylamine, pancuronium, atracurium, trimethophan)ではOPCsは分化しなかった。
→ドパミン受容体やニコチン型アセチルコリン受容体は OPCsの分化に関係ない
・ムスカリン型アセチルコリン受容体拮抗薬 atropine, oxybutynin, scopolamine, ipratropium, propiverineは全て用量依存的にOPCsの分化を誘導した。
→OPCsの分化はムスカリン受容体の阻害に依存しているようだ。
・ムスカリン受容体のシグナル経路をいくつか調べると、OPCsは M1/M3ムスカリン受容体の直接阻害によって分化が促進するようだ。
☆Efficacy in the PLP-induced EAE model
PLP (proteolipid protein) で誘導される、再発寛解型多発性硬化症の実験的自己免疫性脳脊髄炎 (experiment autoimmune encephalomyelitis; EAE) モデルを用いた実験を行った。
・Benztropineは急性期の重症度を著明に改善する。
・Benztropineにより成熟 oligodendrocyteが有意に増加した。毒性も見られなかった。
・Benztropineを用いても、急性期に脱髄 (“g-ratio=神経直径/神経外径, 高いと髄鞘が菲薄化” で評価) はみられるが、再髄鞘化が有意に優れる。
☆Effecacy of benztropine in the cuprizone model
C57BL/6 miceに cuprizonew投与して脱髄を起こさせた in vivoの実験では、第 2週の時点で benztropine群で再髄鞘化が優れていた。Benztropineは直接 OPCを分化させて、in vivoにおける再髄鞘化を促進しているようだ。
☆Benztropine is dose-sparing with FTY720
EAEモデルにおいて、インターフェロンβや FTY720単剤に比べ、それぞれ benztropineを加えた方が臨床的重症度は軽かった。FTY720に Benztropineを併用したときに、FTY720単剤に比べて免疫細胞の浸潤は減らず、benztropineに FTY720を加えたときに benztropine単独に加えて oligodendrocyteは増えない。このことから、両薬剤の併用による効果は、免疫メカニズムと、再髄鞘化メカニズムの相加作用に由来すると考えられる。
多発性硬化症の治療選択肢は年々増えていますが、ほとんどが免疫抑制作用を中心とするものです。そして、いくつかの薬剤では進行性多巣性白質脳症など、免疫抑制作用に起因する副作用が問題となっています。
このように、別のメカニズムの薬剤を組み合わせることで、免疫抑制作用を持つ薬剤の投与量を減らしたり、相加作用により治療効果を高めたりできると面白いですね。
ただ、著者らが考察で指摘しているように、抗ムスカリン作用を持つ薬剤には用量依存的な神経・精神的副作用が生じるので、臨床応用までにはいくつかの課題をクリアしなければならなさそうです。でも、多発性硬化症の患者はパーキンソン病よりも若年であることが殆どなので、パーキンソン病で使用する場合よりは副作用が問題になりにくい気もします。