Alemtuzumab

By , 2013年11月11日 10:22 PM

2013年2月10日のブログで紹介した多発性硬化症の治療薬 Alemtuzumab承認に黄信号です。やはり副作用がネックのようです。

FDA staff raise safety concerns over Sanofi MS drug Lemtrada

Fri Nov 8, 2013 9:16am EST

Nov 8 (Reuters) – U.S. regulatory officials raised concerns about “multiple serious and potentially fatal safety issues” in patients given Sanofi’s new multiple sclerosis drug Lemtrada, raising concerns over its approval.

Shares in Sanofi fell 2 percent after the documents were posted on the FDA’s website on Friday.

(2013.11.14追記)

今度は「FDA panel supports approval of Sanofi MS drug Lemtrada」のニュース。迷走してます。

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成田達輝&萩原麻未デュオ・リサイタル

By , 2013年11月11日 7:53 AM

2013年11月6日に「成田達輝&萩原麻未デュオ・リサイタル」を聴きに行きました。

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 Op.24 「春」

ストラヴィンスキー:協奏的二重奏曲

酒井健治:カスム

グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ短調 Op.45

成田達輝 (ヴァイオリン), 萩原麻未 (ピアノ)

2013年11月6日(水) 浜離宮朝日ホール

成田達輝さんと 7月7日に焼肉を食べた時に、是非聴きに欲しいとチラシを頂いたコンサートです。成田達輝さんとパリ (それも、ポリーニ行きつけのイタリア料理の店) でスプリング・ソナタについて語り合ったり、酒井健治さんにブリュッセルでカスムの話を伺ったりして、準備段階から楽しみにしていました。萩原麻未さんとは、何人かで食事をしたことはありますが、演奏を聴くのは初めてでした。

まず一曲目、ベートーヴェンのスプリング・ソナタは、斬新な解釈をしていて、聴き慣れた曲がすごく新鮮でした。しかし特に一楽章で、やりたいことを少し盛り込みすぎな感がありました。あと、調律が高めに設定されていて、この時期の作品ならもう少し低めの方が好みでした。とはいえ、ヴァイオリンとピアノのバランスが良く、3楽章の細かいパッセージの歯切れ良さ、4楽章展開部の高揚感など素晴らしかったです。

二曲目、ストラヴィンスキーのこの曲は初めて聴きました。綺麗な曲で、特に第5楽章のデュオニソス (酒神バッカス) への賛歌の美しさは、この世のものとは思えませんでした。

三曲目は、一番楽しみにしていた「カスム」です。パンフレットの曲目解説は酒井健治氏御自身がなさっています。

 ヴァイオリンとピアノのための短い作品「カスム」は、成田達輝さんからオーロラを題材とした作品を、と依頼を受けて書かれました。

カスム (英:Chasm) は現在では亀裂を意味しますが、古代ローマではオーロラを意味し、アリストテレスは空の裂け目と表現しました。古代中国や中世のヨーロッパでは、オーロラの発生は不吉な事の前触れだと信じられてきたそうですが、この意味に触発され、美しいビロードのような音楽、というよりも静寂を劈く短いパッセージをモチーフに書かれております。

今回、成田達輝さんと萩原麻未さんという素晴らしいヴィルトゥオーゾのお二人が初演するという事で、楽曲は完全にユニゾンで始まりますが、次第に乖離し、ソリストとしての彼らの魅力が伝わる様にそれぞれ短いカデンツァを配置しました。演奏者達にお互いの音楽性を同調させる事を求めつつ、同時に独自の音楽性を発揮しなければいけないこの作品は、成田達輝さんと萩原麻未さんに献呈されました。

一度聴いただけでは把握しきれませんでしたが、冒頭のユニゾンでのトリルのような速いパッセージから、細かい動きが突然止まってカスムを演出したりしながら、いつの間にか乖離してそれぞれのカデンツァに移行。今まで聴いた現代曲の中で最も素晴らしい作品でした。コンサートが終わってから、会場にいた酒井健治さんに「過去に 2度聴きたいと思った現代曲はないけれど、この曲は何度でも聴きたいです」と伝えたところ、「そうでしょう。現代曲も良いものは良いんです。」と仰っていました。演奏テクニック的には凄まじく難易度が高い曲で、成田達輝さんと萩原麻未さんの組み合わせくらいでなければ、この曲をここまで完璧に演奏することはできなかったでしょう。裏話ですが、ブリュッセルで酒井健治さんと飲んだ時に、「成田達輝さんとパリで会うのだけど、伝えることありますか?」と聞いたら、ニヤリと笑って「難しく書いておいたから、練習頑張ってね」と仰っていたのです。酒井健治さんのドSな芸術に妥協しない一面を見た気がしました(^^;

四曲目のグリーグはカスムに負けず劣らず完璧な演奏でした。ヴァイオリンとピアノのヴィルトゥオージティーがバランスよく融け合って、この曲から迸るような情熱を引き出していました。

グリーグのこのソナタは、私が中学生時代に一度やめていたヴァイオリンを再開しようと思ったきっかけの曲です。ヴァイオリンの緒方恵先生がピアニストの白石光隆氏とこの曲を演奏しているのを演奏会で聴いて、あまりの美しさにもう一度ヴァイオリンをさらおうと思ったのです。私が最も好きな 2楽章冒頭のピアノソロは、洞窟の中を歩くような神秘的な煌きがありながら、慈愛に満ちた優しさも感じさせます。萩原麻未さんは、この部分をとても綺麗に弾いていました (下記動画は別の演奏家によるグリーグのヴァイオリン・ソナタ第3番第2楽章)。

・Duo Birringer – Grieg Sonata c minor op.45/3 – 2nd mov.

アンコールは、グリーグとストラヴィンスキーから、それぞれ一曲ずつでした。

会場では、2枚の CDを買いました。一枚目は「成田達輝 デビュー!」です。成田さんが十八番にしているフランスの作曲家やパガニーニのカプリスが収録されています。もう一枚は「HAGIWARA PAREDES -EL SISTEMA YOUTH ORCHESTRA OF CARACAS- (KJ26201)」で、東日本復興支援チャリティCDです。エル・システマ・ユース・オーケストラ・オブ・カラカスとの演奏で、グリーグのピアノ協奏曲イ短調作品16と、ショスタコーヴィチの交響曲第5番ニ短調作品47が収録されています。帯に「演奏者は録音の印税収入を放棄し、収益を被災地の復興支援のために寄付します」と書かれていました。ライナーノーツの冒頭に演奏者たちのメッセージがあります。

東日本大震災で命を落とされた方を悼み、傷ついた方、近しい人を亡くした方、大切な地を壊された方の痛みと哀しみを想像しております。「エル・システマ」のモットーは「トカール・イ・リチャール」、つまり、平和のために楽器を奏で、物事に立ち向かうことです。このたび音楽によって、世界中が敬意を表すべき地・福島の復興に寄与できることは光栄です。

ホセ・アントニオ・アブレウ

今年8月6日「原爆の日」に、故郷の広島で演奏しました。原子爆弾が投下され、向こう数十年は草さえ茂らないだろうと言われていた広島が、時を経た今、緑あふれる美しい街に変貌したことに思いを馳せました。このたび、ベネズエラの仲間たちと行った演奏を通じて、福島の復興に微力ながら携われることになり、広島の長い復興の歩みをふたたび思い起こしています。福島が以前の姿をとり戻すことができるよう、祈り続けていきたいと思います。

萩原麻未

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Benztropine

By , 2013年11月9日 10:58 PM

2013年10月17日の Nature誌に、多発性硬化症の論文が掲載されていました。海外でパーキンソン病の治療薬として使用されている benztropineについてです。

A regenerative approach to the treatment of multiple sclerosis

Vishal A. Deshmukh, Virginie Tardif, Costas A. Lyssiotis, Chelsea C. Green, Bilal Kerman, Hyung Joon Kim, Krishnan Padmanabhan, Jonathan G. Swoboda, Insha Ahmad, Toru Kondo, Fred H. Gage, Argyrios N. Theofilopoulos, Brian R. Lawson, Peter G. Schultz & Luke L. Lairson

Abstract
Progressive phases of multiple sclerosis are associated with inhibited differentiation of the progenitor cell population that generates the mature oligodendrocytes required for remyelination and disease remission. To identify selective inducers of oligodendrocyte differentiation, we performed an image-based screen for myelin basic protein (MBP) expression using primary rat optic-nerve-derived progenitor cells. Here we show that among the most effective compounds identifed was benztropine, which significantly decreases clinical severity in the experimental autoimmune encephalomyelitis (EAE) model of relapsing-remitting multiple sclerosis when administered alone or in combination with approved immunosuppressive treatments for multiple sclerosis. Evidence from a cuprizone-induced model of demyelination, in vitro and in vivo T-cell assays and EAE adoptive transfer experiments indicated that the observed efficacy of this drug results directly from an enhancement of remyelination rather than immune suppression. Pharmacological studies indicate that benztropine functions by a mechanism that involves direct antagonism of M1 and/or M3 muscarinic receptors. These studies should facilitate the development of effective new therapies for the treatment of multiple sclerosis that complement established immunosuppressive approaches.

要旨:多発性硬化症の進行期では、再ミエリン化や疾患の寛解に必要な成熟 Oligodendrocyte (乏突起膠細胞) を産生する前駆細胞の分化が阻害されている。Oligodendrocyteの分化を選択的に誘導する物質を同定するために、ラットの視神経由来前駆細胞を用いてミエリン塩基性蛋白 (MBP) の image-based screenを行った。その結果、再発寛解型多発性硬化症の実験的自己免疫性脳脊髄炎 (experiment autoimmune encephalomyelitis; EAE) モデルにおいて、単独あるいは免疫抑制療法と併用で臨床的重症度を軽減させる benztropineを同定した。Cuprizone誘導脱髄モデル, in vitroおよび in vivo T-cell assay, EAE養子免疫伝達実験の知見は、この薬剤の有効性が免疫抑制よりも再ミエリン化を直接増強した結果であることを示していた。薬物学的な研究では、benztropineは M1 および/もしくは M3 ムスカリン受容体を直接阻害することによって働くことがわかった。これらの研究は、多発性硬化症の治療において、確立した免疫抑制療法を補完する新療法の開発を促進するだろう。

☆High-throughput OPC (oligodendrycyte precursor cell) differentiation screen

OPCの分化を選択的に誘導する小分子のスクリーニングを行った。初代ラット視神経由来OPCを 6日間培養し、MBPの発現をhigh content imaging assayで評価した。

・PDGF (platelet derived growth factor) -AAを減らしていくと OPCsは分化しなくなるが、T3 (triiodothyronine) を添加すると分化する。
→しかし T3では治療に望ましくない。
・10000種類の分子をスクリーニングした結果、最も治療に使えそうで、かつ分化を誘導したのがbenztropineだった。この分子は経口で使用可能であり、血液脳関門も通過できる。
・OPCsの培養期間を変えて調べると、benztropineは未成熟A2B5発現OPCには作用するが pre-oligodendrocyte stageには作用しない。
・benztropineは OPCsの分化と myelin化促進両方の作用がある。

☆M1/3 muscarinic receptor antagonism

Benztropineの作用
①抗コリン作用
②ドパミン再取込阻害作用
③抗ヒスタミン作用

・ドパミン受容体拮抗薬 haloperidol, ドパミン受容体作動薬 quinpirole,ヒスタミン受容体作動薬 histamine trifloromethyl-toluidine (HTMT) は benztropine依存的 OPCsの分化に影響を与えなかった。
→benztropineによる OPCsの分化には、ドパミン再取込阻害作用や抗ヒスタミン作用は関係していない
・コリン作動薬にはムスカリン作用とニコチン作用がある。選択的ムスカリン型アセチルコリン受容体作動薬 carbachol, 選択的ニコチン型アセチルコリン受容体作動薬 nicotineでは、carbachol存在下でのみ benztropine OPCsの分化が阻害された。
→ムスカリン型アセチルコリン受容体が関係している。
・ドパミン受容体作動薬 quinpirole、ニコチン型アセチルコリン受容体拮抗薬 tubocuraine, mivacurium, mecamylamine, pancuronium, atracurium, trimethophan)ではOPCsは分化しなかった。
→ドパミン受容体やニコチン型アセチルコリン受容体は OPCsの分化に関係ない
・ムスカリン型アセチルコリン受容体拮抗薬 atropine, oxybutynin, scopolamine, ipratropium, propiverineは全て用量依存的にOPCsの分化を誘導した。
→OPCsの分化はムスカリン受容体の阻害に依存しているようだ。

・ムスカリン受容体のシグナル経路をいくつか調べると、OPCsは M1/M3ムスカリン受容体の直接阻害によって分化が促進するようだ。

☆Efficacy in the PLP-induced EAE model

PLP (proteolipid protein) で誘導される、再発寛解型多発性硬化症の実験的自己免疫性脳脊髄炎 (experiment autoimmune encephalomyelitis; EAE) モデルを用いた実験を行った。

・Benztropineは急性期の重症度を著明に改善する。
・Benztropineにより成熟 oligodendrocyteが有意に増加した。毒性も見られなかった。
・Benztropineを用いても、急性期に脱髄 (“g-ratio=神経直径/神経外径, 高いと髄鞘が菲薄化” で評価) はみられるが、再髄鞘化が有意に優れる。

☆Effecacy of benztropine in the cuprizone model

C57BL/6 miceに cuprizonew投与して脱髄を起こさせた in vivoの実験では、第 2週の時点で benztropine群で再髄鞘化が優れていた。Benztropineは直接 OPCを分化させて、in vivoにおける再髄鞘化を促進しているようだ。

☆Benztropine is dose-sparing with FTY720

EAEモデルにおいて、インターフェロンβや FTY720単剤に比べ、それぞれ benztropineを加えた方が臨床的重症度は軽かった。FTY720に Benztropineを併用したときに、FTY720単剤に比べて免疫細胞の浸潤は減らず、benztropineに FTY720を加えたときに benztropine単独に加えて oligodendrocyteは増えない。このことから、両薬剤の併用による効果は、免疫メカニズムと、再髄鞘化メカニズムの相加作用に由来すると考えられる。

  多発性硬化症の治療選択肢は年々増えていますが、ほとんどが免疫抑制作用を中心とするものです。そして、いくつかの薬剤では進行性多巣性白質脳症など、免疫抑制作用に起因する副作用が問題となっています。

このように、別のメカニズムの薬剤を組み合わせることで、免疫抑制作用を持つ薬剤の投与量を減らしたり、相加作用により治療効果を高めたりできると面白いですね。

ただ、著者らが考察で指摘しているように、抗ムスカリン作用を持つ薬剤には用量依存的な神経・精神的副作用が生じるので、臨床応用までにはいくつかの課題をクリアしなければならなさそうです。でも、多発性硬化症の患者はパーキンソン病よりも若年であることが殆どなので、パーキンソン病で使用する場合よりは副作用が問題になりにくい気もします。

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楽天優勝

By , 2013年11月5日 6:24 AM

2013年11月3日に楽天が日本シリーズ優勝を決めました。

祖父が熱烈な巨人ファンだった影響で、セ・リーグではなんとなく巨人ファンです。パ・リーグではどこというのはありませんが、震災後、心情的には楽天を応援しています。

今回は、応援する両者の対決ということで、第7戦まで好ゲームが見られればよいなと思っていました。

第 6戦で田中将大投手の連勝記録が途切れたのは残念でしたが、どうせ記録が途切れるのならこういう舞台の方が納得できます。

田中投手は前日 160球を最後まで投げ抜いたにも関わらず、翌日は最終回に登場して胴上げ投手となり、まるでスポーツ漫画を見ているようでした。

第 7戦まで素晴らしい試合を見せてくれた両チームに感謝です。

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ISABELLE FAUST

By , 2013年11月2日 11:19 PM

2013年10月29日、フィリアホールでイザベル・ファウストの演奏を聴いてきました。”JUST ONE WORLD SERIES (ただ一つの世界)” と銘打たれた企画の一つで、全て無伴奏ヴァイオリン曲です。私がファウストの演奏を聴くのは、2000年10月7日にサントリーホールでバッハの無伴奏パルティータ第2&3番、バルトークの無伴奏ヴァイオリンソナタを聴いて以来です。フィリアホールは狭いホールで、まさに無伴奏曲を聴くにはうってつけでした。

(余談ですが、コンサート開始前に飲んだ、ハチミツを発酵させたハニーワインも美味しかったです。Wikipediaで見ると、ハネムーンは、ハニーワインが語源なんですね)

ISABELLE FAUST VIOLIN

J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番

ヤニス・クセナキス ミッカ (1972)

J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番

シャチント・シェルシ 開かれた魂 (1973)

J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番

2013.10.29 (火) 19:00

(インタビュー)

一曲目のパルティータ第3番は、それが舞曲であることが強く伝わってきました。音の一つ一つに意図がはっきりしていたし、繰り返しの部分では弾き方をガラリと変えるなど、配慮が行き届いていました。素晴らしい演奏で、一気に引きこまれました。ボウイングや、装飾の付け方を見ると、古楽器での演奏をかなり意識していることがわかりました。

三曲目のソナタ第3番は、一転して重厚な演奏。舞曲であるパルティータとの対比が際立っていました。第2楽章フーガの主題を呈示する最も大事な部分で、近くの聴衆が音を立てて現実に引き戻された時以外は、世俗的なことから完全に離れて楽しむことができました。第3楽章は Largoで、私が失恋直後に好んで弾いていた曲です (^^; 私は感情を込めてベッタリと演奏していたのですが、ヴァイオリンの師から「重い」と言われました。前の楽章フーガは、バッハの3つの無伴奏ヴァイオリンソナタのなかでも最も長大なものです。そのため、Largoはフーガの余韻の中で演奏されることが意識されなければいけません。壮大な曲の後に胃もたれを起こすような演奏ではいけないのです。ファウストの演奏は、フーガの余韻を楽しませてくれるものでした。

・Isabelle Faust Plays Bach’s Sonata No. 3 in C Major, BWV 1005, Largo

コンサート後半ではパルティータ第2番が演奏されました。第1楽章はかなりゆっくりとしたテンポ。私自身が演奏するよりもかなりテンポが遅かったことについて、コンサート中にはファウストの意図がわからなかったのですが、後日、増田良介氏が書いたファウストの CDのライナーノーツを見て、その理由がわかりました。

この曲が、緩-急-緩-急-緩という対称的な構成を持つ楽曲であったことを、ファウストの演奏は思い出させてくれる。

パルティータ第2番の最終楽章のシャコンヌはあまりにも有名です。素晴らしい出来栄えで、ファウスト自身も満足だったのか、演奏後に会心の表情を浮かべていました。

ここまでバッハの感想ばかりを書きましたが、「ミッカ」「開かれた魂」も完璧な演奏でした。どちらもグリッサンドが多用された曲で、音の周波数変化と独特の音色が印象的でした。10月にブリュッセルで作曲家の酒井健治氏と飲んだ時に、「最近の現代音楽ではグリッサンドという技法がかなり高く評価されている」と聞いたのを思い出しました。

アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタの第1番の第1楽章と第3楽章。どちらも素晴らしかったのですが、第1楽章の最初の方では音を外したのかと思ってドキッとしました。ミの音にフラットを付け忘れたように聞こえたのです。帰宅してファウストの CDで確認すると、やはりミの音にフラットをつけていません (下図赤丸部分)。何かファウストなりの意図があるのでしょう。よくわかりませんが、ひょっとすると、バッハ以前の時代にしばしば用いられた旋法の影響を解釈に加えた結果なのかもしれません (この曲は綺麗な自筆譜が残っているので、楽譜の版が違うとは考えにくい)。

Sonata No.1 1st movement

Sonata No.1 1st movement

(※楽譜は IMSLPより加工。http://imslp.org/wiki/6_Violin_Sonatas_and_Partitas,_BWV_1001-1006_(Bach,_Johann_Sebastian))

最後に、コンサートホールで購入したファウストの CDを紹介しておきます。全て聴きましたが、どれも御薦めです。

J.S. バッハ:無伴奏ソナタ&パルティータ集 [輸入盤・日本語解説書付] (J.S.Bach: Sonatas & Partitas BWV 1004-1006 / Isabelle Faust (Vn))

J.S.バッハ: 無伴奏ソナタ&パルティータ集 VOL.2 (J.S.Bach : Sonatas & Partitas BWV 1001-1003 / Isabelle Faust)

ベルク&ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 (Berg & Beethoven : Violin Concertos / Orchestra Mozart, Isabelle Faust, Claudio Abbado)

ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ集(全曲) (Beethoven: Complete Sonatas for Piano & Violin) (4CD) 

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Neurology and surrealism

By , 2013年10月31日 8:06 AM

これまで、「シュルレアリスム宣言」、「ナジャ」というエントリーで、シュルレアリスムの創始者 Bretonと神経学者 Babinskiの関係に触れてきました。

彼らの関係について、2012年に Brain誌が Occasional paperとして “Neurology and surrealism: André Breton and Joseph Babinski.” という論文を掲載しました。芸術家と医学の研究で権威である Bogousslavskyらのグループによる論文です。

Neurology and surrealism: André Breton and Joseph Babinski.

Brain. 2012 Dec;135(Pt 12):3830-8. doi: 10.1093/brain/aws118. Epub 2012 Jun 7.
Haan J, Koehler PJ, Bogousslavsky J.
Department of Neurology K5Q, Leiden University Medical Centre, PO Box 9600, 2300 RC Leiden, The Netherlands. J.Haan@lumc.nl
Abstract
Before he became the initiator of the surrealist movement, André Breton (1896-1966) studied medicine and worked as a student in several hospitals and as a stretcher bearer at the front during World War I. There he became interested in psychiatric diseases such as hysteria and psychosis, which later served as a source of inspiration for his surrealist writings and thoughts, in particular on automatic writing. Breton worked under Joseph Babinski at La Pitié, nearby La Salpêtrière, and became impressed by the ‘sacred fever’ of the famous neurologist. In this article, we describe the relationship between Breton and Babinski and try to trace back whether not only Breton’s psychiatric, but also his neurological experiences, have influenced surrealism. We hypothesize that Breton left medicine in 1920 partly as a consequence of his stay with Babinski.
PMID: 22685227

この論文を医局の抄読会で紹介しました。その時の資料として、簡単にエッセンスを日本語でまとめたので、PDFファイルで置いておきます。Babinski, Charcot, Claude, Parinaudといった神経学者の名前が登場する、非常に面白い論文です。原著が読める方は上記リンクから、そうでない方は下記の資料を御覧ください。

Neurology and surrealism (抄読会用配布資料 PDF)

 

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ナジャ

By , 2013年10月24日 7:42 AM

2013年9月21日のブログで「シュルレアリスム宣言」を紹介しましたが、同じブルトンが書いた「ナジャ (アンドレ・ブルトン著、巌谷國士訳、岩波文庫)」を斜め読みしました。この本は、ブルトンが実際に交際していた精神疾患のある女性ナジャをテーマにしています。

この本の中で私が最も興味を持ったのは、Babinskiについての記載です。ある舞台についてのシーンを紹介します。

「ナジャ (アンドレ・ブルトン著、巌谷國士訳、岩波文庫)」 54ページ

だが私の希望的観測では、作者たち (これは喜劇役者のパローと、たしかティエリーという名の外科医と、そのうえおそらくどこかの悪魔との合作になるものだった*) はソランジュがこれ以上の目にあうのを望んでいなかっただろう。

1862年にブルトンはこの部分への注釈を記しました。何と、そこにバビンスキーが登場するのです。長い注釈ですが、全体を引用します。

*この作者たちのまぎれもない正体については、三十年後にようやく明らかにされた。一九五六年になってはじめて、雑誌『シュルレアリスム、メーム』(1) は、この『気のふれた女たち』の全文を発表することができたのだ。そこに付されている P-L・パローによるあとがき (2) が、この芝居の制作過程を解明している。「[この芝居の] 最初の着想は、パリ郊外のとある私立女学校を背景にしておこった、いささかいかがわしい事件から思いつかれたものだ。けれども私がその着想を用いるべき劇は、-双面劇場なのだから-、グラン・ギニュルに類するジャンルのものであることを考えると、絶対の科学的真実のうちにとどまりながらも、ドラマティックな側面に味つけをしなければならなかった。つまり、きわだどい側面を扱わざるをえなかった。問題は循環的・周期的な狂気の一症例だったが、それをうまくこなすためには、もちあわせのないさまざまな叡智が必要だった。そんなとき、友人のひとり、病院勤務のポール・ティエリー教授が、あの卓抜なジョゼフ・ババンスキ (3) との関係をとりもってくれた。こちらの大家がよろこんで知識の光を与えようとしてくれたおかげで、この劇作のいわば科学的な部分を大過なく扱うことができたのである。」『気のふれた女たち』の念入りな制作過程にババンスキ博士が一役かっているのを知ったとき、私は大いに驚かされた。かつて私は「仮インターン」の資格で、慈善病院 (ラ・ピティエ) に勤務中の博士の補佐をかなり長くつとめていたことがあるので、この高名な神経病学者のことはしっかりと思い出にとどめている。彼が示してくれた好意についてもいまだに名誉に思っているし-たとえその好意が、私の医者としての立派な未来を予言するほど見当はずれなものだったとしても!-、自分なりにその教えを活用してきたつもりでいる。この件については、最初の『シュルレアリスム宣言』の末尾に賛辞を呈している (4)

岩波文庫版では、上記に対する訳注が充実しています。必要な部分のみ引用します。

(1) 『シュルレアリスム、メーム』-(Le surrealisme, meme-「シュルレアリスム、そのもの」とも「シュルレアリスム、さえも」とも読める) は、一九五六年秋から五九年春まで、計五号を不定期刊行したシュルレアリスム機関誌。(以下略)

(2) 略

(3) ジョゼフ・ババンスキ (一八五七-一九三二) は著明な精神医学者。神経系統の反射機能、ヒステリーなどの研究で知られる。数行あとに出てくる慈善病院 (パリ十三区にあった神経医学慈善センターのことで、現ピティエ-サルペトリエール病院にふくまれる) に勤務し、多くの後進を育成。ブルトンがこの病院につとめたのは一九一七年の一月から九月までだった。なお、前注1にふれた別冊付録の最終ページには、このババンスキのポートレートが大きくかかげられている。

(4) 『シュルレアリスム』宣言におけるババンスキへの賛辞は、「足のうらの皮膚の反射作用の発見者」の逸話として、巻末近く (岩波文庫、八三ページ) にあらわれる。なお、『ナジャ』の五四ページでブルトンの想定している「悪魔」が、じつはババンスキだとも読めるところがおもしろい。

ブルトンの残した注釈を見ると、バビンスキーは劇の制作に一役買っていたんですね。ある先生から、「Babinskiは劇が好きでね。オペラ・ガルニエの近くに劇場があったのだけど、そこで急病人が出た時に診療するようなことをしていて、しょっちゅう劇場に入り浸っていたんだよ」と教えていただきました。

バビンスキーとブルトンの関係を考察した医学論文も最近読んだので、いずれ紹介したいと思います。

(参考)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (1)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (2)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (3)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (4)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (5)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (6)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (6)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (7)

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iPhone5S

By , 2013年10月24日 7:40 AM

iPhone5S 64GB (Gold) を購入しました。

2013年9月22日にドコモ練馬店で予約して、入荷連絡が 10月22日の昼頃でした。予約してからちょうど一ヶ月でした。

10月23日に受け取って、その夜、色々設定作業しました。もともと iPhone4Sで iTunes/iCloudを使っていたので、楽でしたけどね。

iPhone5SはiPhone4Sと比べてやや薄く、縦長になっています。ケースを買い換えないといけません。

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ショパン、そしてイザイ

By , 2013年10月20日 12:43 AM

ショパンが作曲して、イザイが編曲した作品が校正され、このたび演奏されました。演奏したのは成田達輝さんです。リンク先動画で、一部演奏を聴くことが出来ます。

ショパンの名曲 日本人音楽家の手で復活

10月19日 5時29分

ショパンが作曲し、世界的に有名なバイオリニスト、イザイが編曲した作品が、楽譜の校正を手がけた日本人の音楽家によってよみがえり、18日、イザイが生まれたベルギーで関係者らを招いて演奏会が行われました。

ショパンの作曲で、ベルギーのバイオリニスト、ウジューヌ・イザイが1919年に編曲した「バラード第1番」は、イザイ直筆の楽譜がアメリカ議会の国立図書館に保管されていますが、判読が難しいこともあって世に出されていませんでした。
これを知った福岡県出身のピアニスト、永田郁代さんが数年がかりで楽譜の校正作業に取り組んでいたもので、18日、ベルギーの首都ブリュッセルにある日本大使公邸で、関係者を招いて演奏会が開かれました。
この日は、イザイの名前がついた音楽祭を継承した「エリザベート王妃国際音楽コンクール」で去年2位に輝いたバイオリニストの成田達輝さんが演奏し、イザイの出身地でおよそ1世紀ぶりによみがえった名曲に、会場からは惜しみない拍手が送られました。
演奏会に出席したイザイの孫のミシェルさんは「私たちも知らなかった祖父が編曲したショパンの名作を聞くことができて感動しています」と話していました。
また永田さんは「直筆の楽譜を見て世に出したいという気持ちで校正を行いましたが、イザイの出身国で演奏会ができて、ことばに言い表せないくらいうれしいです」と話していました。

ちなみに 2~3週間前にパリで成田さんと食事をした時は、この話題は出ませんでした (^^; 是非全曲聴いてみたいですね。

短期間のうちにイザイの無伴奏曲全曲とか、リサイタルの準備とか、オーケストラとのソロとかさらわなくちゃいけなくて、忙しいとは聞きましたが、こんな演奏会もされていたんですね。頭が下がります。

成田達輝さんのオフィシャル・サイトでは、今後のコンサート情報が紹介されています

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大島

By , 2013年10月19日 8:21 PM

2013年10月16日に台風 26号が伊豆大島に大きな被害を与え、数十人規模の死者・行方不明者を出しました。土砂崩れに多くの人が飲み込まれましたが、被害が特に大きかったのは元町神達地区です。

実は、2003年の今くらいの時期に、私は伊豆大島に健診の仕事に付き添って行ったことがあります。当時消化器科研修医だったので、上級医が行う腹部超音波検査の手伝いや、問診などが主な仕事でした。

宿泊先は源為朝ゆかりの地に建てられた赤門という旅館で、夜はかあちゃんという店に飲みに行きました。いずれも今回被害を受けた地区から目と鼻の先です。

島の住人からは、「二箇所の港を押さえておけば犯人は逃げられないから、島には泥棒がいないんです。だから家に鍵をかけなくても大丈夫なんです」とか、「村八分にされると大変だから、警察官とか敵に回すようなことはできなくて、彼らに大きな態度をとるような人はいないんです」という話を聞きました。

ドライブでは、オープン前の大島医療センターを見ました。

今回の台風のニュースを見ていると、10年も前のことが色々と思い出されます。今は無理だけど、状況が落ち着いたらまた訪れたいと思います。

一人でも多くの行方不明者が無事に見つかりますように。

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