CMT1BとGadd34

By , 2013年5月16日 7:59 AM

遺伝性末梢神経障害にはなかなか有効な治療法がありませんが、、2013年4月1日の Journal Experimental Medicine誌に興味深い論文が掲載されていました。

Resetting translational homeostasis restores myelination in Charcot-Marie-Tooth disease type 1B mice

Maurizio D’Antonio1, Nicolò Musner1, Cristina Scapin1, Daniela Ungaro2, Ubaldo Del Carro2, David Ron3,4, M. Laura Feltri1, and Lawrence Wrabetz1

P0 glycoprotein is an abundant product of terminal differentiation in myelinating Schwann cells. The mutant P0S63del causes Charcot-Marie-Tooth 1B neuropathy in humans, and a very similar demyelinating neuropathy in transgenic mice. P0S63del is retained in the endoplasmic reticulum of Schwann cells, where it promotes unfolded protein stress and elicits an unfolded protein response (UPR) associated with translational attenuation. Ablation of Chop, a UPR mediator, from S63del mice completely rescues their motor deficit and reduces active demyelination by half. Here, we show that Gadd34 is a detrimental effector of CHOP that reactivates translation too aggressively in myelinating Schwann cells. Genetic or pharmacological limitation of Gadd34 function moderates translational reactivation, improves myelination in S63del nerves, and reduces accumulation of P0S63del in the ER. Resetting translational homeostasis may provide a therapeutic strategy in tissues impaired by misfolded proteins that are synthesized during terminal differentiation.

Charcot-Marie-Tooth病 (CMT) は遺伝性末梢神経障害です。遺伝形式、障害のタイプ (軸索型/脱髄型) によりいくつかの subtypeに分類されます。人種差はありますが、一般的には常染色体優性遺伝の脱髄型である CMT1Aの頻度が最も高いことが知られています。今回の論文で取り上げられているのは、同じく常染色体遺伝の脱髄型である CMT1Bです。

CMT1Bは Myelin protein zero (MPZ; P0) の異常で発症します。P0はミエリンを形成するシュワン細胞の最終分化の間に合成される蛋白質です。ミエリン蛋白の 20~50%を占めます。膜同士の密着化、機能維持に関与するとされています。

著者らは P0の 63番目のセリンを欠失させた S63delマウスを用いた実験を行いました。S63del変異は、脱髄型ニューロパチーである CMT1Bの原因となります。変異マウスでは、P0 S63delがミエリン鞘で検出されず、小胞体に留まり、そこで凝集して小胞体ストレス応答 (UPR) の原因となっていました。これは、この変異が “toxic gain of function” であることを示唆しています。小胞体ストレス応答のメディエーターである Chop遺伝子を欠損させると、S63delマウスの運動機能が完全に回復し、脱髄も改善します

著者らは、小胞体ストレス応答と CHOPが果たす役割を調べるため、生後 28日の時点で、Chopノックアウトマウスに対して tunicamycin (UPRの activator) 投与後の転写解析を行い、CHOPの標的遺伝子として最終的に Gadd34を同定しました。小胞体ストレス応答が起こると、eIF2αがリン酸化され、mRNA翻訳が低下しますが、Gadd34は eIF2αを逆に脱リン酸化して翻訳の低下を防ぐ役割をしています (Gadd34は PP1-phosphatase複合体の活性化サブユニット)。

Chop遺伝子を欠失させると S63delマウスの運動機能が回復することはわかっていましたが、Gadd34をノックアウトしても同じようにS63delマウスの表現型が回復することが、神経伝導検査や病理学的評価で確認されました。また、Gadd34による eIF2αの脱リン酸化を阻害する Salubrinalという小分子が、S63delマウス胎児由来の後根神経節培養細胞の脱髄を抑制し、S63delマウスの表現型を回復することもわかりました。eIF2αのリン酸化は misfolded protein (うまく折りたたまれず、きちんとした 三次構造がとれない蛋白質) に関連したニューロパチーの治療ターゲットになりそうです。

ちなみに、Saxenaらが筋萎縮性側索硬化症 (ALS) のモデルマウスに対して Salubarinalを用いた実験を行った際、それなりの効果が認められたそうです。一方で、Morenoらは、Gadd34の過剰発現はプリオンによる神経変性に保護効果を示し、salubrinal処理をしたマウスでは神経の生存に悪影響がでることを報告しています。また、eIF2αの脱リン酸化をターゲットとした薬剤では、salubrinalより guanabenzのような薬剤の方が毒性が少ないかもしれないとも言われているそうです。

この論文は、有効な治療法が存在しない遺伝性ニューロパチーにおいて、ごく一部ではありますが治療法が開発できる可能性があることを示した意味で意義のあるものだと思います。CMT1B以外の末梢神経障害において、salubrinalや guanabenzによる神経保護効果が見られるのかも興味があります。

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失われた世界

By , 2013年5月11日 9:48 PM

失われた世界 -脳損傷者の手記- (A.R.ルリヤ著, 杉下守弘・堀口健治訳, 海鳴社)」を読み終えました。ルリヤの本は、以前「偉大な記憶力の物語」を紹介したことがありましたね。

この本は、ドイツ軍との戦争で銃弾によって優位半球の頭頂葉を中心に破壊されてしまった男性及びその日記を扱っています。彼には視野障害、失語、左右失認、失算などの後遺症が残存しました。しかし彼は想像を絶する努力をして忘れたことを再学習し、直ぐに消えてしまう単語を探しながら少しずつ日記を付けました。彼が失った能力は多かったものの、おそらく前頭葉に損傷がなかったため人間らしさが失われることはありませんでした。ルリヤは次のように記しています。

負傷によって彼の脳は回復しえない損害をこうむった。彼の記憶力はことごとく抹殺された。彼の知識は無数の断片に細分されてしまった。治療によって、また時の経過によって、彼の生活を取り戻し、そして彼は無数の断片を集めて、ある記憶をとり戻す仕事を始めた。「忘れられた世界」と自分で呼んでいた彼一人の世界に彼は置かれていたが、彼は今までの生活をとり戻し、社会にとっても有益な人間にもどろうと、不変の希望をもって仕事を続けた。

しかし負傷は思いがけない結果ももっていた。それは、彼が体験してきた世界はこわされずにそのまま残されているということであり、彼の熱心さも失われず、彼の人間として市民としての個性を保持させていたことである。

彼は「忘れられた世界」 (物忘れする世界) から自分をとり戻すべく闘った。前進することはときおりきわめて困難であり、自分の無力さを感じることもあった。しかし彼には想像力が残されていた。幼年時代のときと同じように、彼は森も湖もその像を描くことができる。

これは、脳の他の機能は完全に破壊されたが、ある種の機能がそのまま残ったゆえになしえた例であった。

その結果、簡単な会話や、多くの文法構造については理解できないが、彼の歩んできた人生の驚くほど正確な記述を私達に残したのである。この日記を一ページ書くことは、彼にとっては超人的な努力を要することであるが、彼はそれを何千ページも書いたのである。彼は基本的な問題に対処することはできなかったが、自分の過去を生き生きと記述することができたのである。さらに、彼は強力な想像力、つまりきわ立った空想力や感情移入の能力を持っていた。

(略)

彼の内部にある力は完全に保持されているといえよう。この人を特色づける、道徳的な個性、生き生きとした想像力といったものは今も十分に価値があり、精彩をはなっている。それは、けがによってもなくならなかった。

この人の脳には、未だわれわれの器官では見分けることのできない、驚くべきものがある。一方の脳の部分は徹底的に破壊されながら、精神的な生活は残っている。弾の破片は他の部分を破壊せずに残し、彼が今までもっていた可能性は完全に保持させている。

この力が残っていたことが、彼に、理解できなくなってしまった世界に取り組む闘いを可能にし、精神的な強い個性を彼に与えたのであった。

ロシア語が元なので、日本語に訳した結果わかりにくくなってしまった部分はありますが、比較的読みやすい本です。訳者はあとがきを「本書は、軽度の失語症患者の音読練習の資料としても使用できるように、翻訳は平易になるように努め、また読みやすくするため行間を若干広くとった」と結んでいます。専門家にとって失語症の患者さん残した貴重な資料であることは勿論ですが、彼と同じように高次脳機能障害と戦う患者さんにも勧められる本です (少し難しいかもしれないけれど・・・)。

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鮠乃薬品

By , 2013年5月10日 7:01 AM

精神神経疾患治療薬を愛でたり語ったり擬人化するブログの存在を知りました。

 ハヤノヤクヒン

なかなか面白いです。

神経内科でよく使う薬についてのエントリーはこちら。

テグレトール

デパケン

リボトリール

マイスリー

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おもしろ遺伝子の氏名と使命

By , 2013年5月8日 4:00 AM

おもしろ遺伝子の氏名と使命 (島田祥輔著、オーム社)」 を読み終えました。遺伝子には変な名前がついたものがあり、命名の由来を紹介した本です。勉強になることに、全て元文献が記されており、遺伝子の機能も概説してあります。

下記のリンク先に書評があります。私はこれを読んで購入を決めました。届いてから読み終えるまで、あっという間でした。お薦めの本です。

『おもしろ遺伝子の氏名と使命』 新刊超速レビュー

ちなみに、この本には載っていない遺伝子名のトリビアを一つ。

『回り回っても,一途に挑む事』

当時,日常的に細胞癌化アッセイ(Focus formation assay)を行っていたが,ある日たまたまアッセイ用細胞が余ったので,この遺伝子を導入してみた。2週間後驚いた事に,廃棄予定遺伝子が,繊維芽細胞の癌化を著しく促進した。自らの腕を疑ったわけではないが,実験が一番上手だった女子学生に,先入観を与えないために何の情報も教えず同じ実験を行ってもらった。彼女も,全く同じ結果を出した。この時は,廃棄ゴミの中から宝物を探し出した気分だった。その遺伝子は,脳,精巣,心臓で発現が高かったが,癌化促進機構は理解できなかった。しかしながら新規遺伝子であった事から,簡単なレポートを投稿する事にした。
新規遺伝子の場合,論文投稿前に,話しやすく,他人にも印象深い名前を登録する必要があった。そこで,当時この実験に従事していた大学院生Daisuke君とJunkoさん二人に敬意を込め二人の頭文字をとり「DJ-1」と名付けた。実は漫才コンビ名に触発されこの名前が思い浮かんだ。

この通り、パーキンソン病の原因遺伝子の一つ “DJ-1” は、Daisuke & Junkoの頭文字から命名されました。

DJ-1が初めて報告された論文の筆頭著者は Daisuke Nagakubo氏。ところが論文では著者名、本文中、どこにも Junkoさんの名前は出て来ません。Junkoさん、遺伝子に名前を貸してあげたのに表に名前が出ないのが、ちょっと可哀想・・・ 。いや、むしろ遺伝子に名前が残ったから、これで良いとすべきか?

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CIDPと Contactin-1

By , 2013年5月7日 7:07 AM

Annals of Neurology誌をチェックしていたら、慢性炎症性脱髄性多発神経炎 (Chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy; CIDP) について面白そうな論文が載っていました。

Antibodies to contactin-1 in chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy.

Ann Neurol. 2013 Mar;73(3):370-80. doi: 10.1002/ana.23794. Epub 2012 Dec 31.

Querol L, Nogales-Gadea G, Rojas-Garcia R, Martinez-Hernandez E, Diaz-Manera J, Suárez-Calvet X, Navas M, Araque J, Gallardo E, Isabel Illa.
Source

Neuromuscular Diseases Unit, Neurology Department, Hospital de la Santa Creu i Sant Pau, Universitat Autónoma de Barcelona, Barcelona; Centro Investigación Biomédica en Red para Enfermedades Neurodegenerativas, Madrid, Spain.

Abstract

OBJECTIVE:

Chronic inflammatory demyelinating polyradiculoneuropathy (CIDP) is a frequent autoimmune neuropathy with a heterogeneous clinical spectrum. Clinical and experimental evidence suggests that autoantibodies may be involved in its pathogenesis, but the target antigens are unknown. Axoglial junction proteins have been proposed as candidate antigens. We examined the reactivity of CIDP patients’ sera against neuronal antigens and used immunoprecipitation for antigen unraveling.

METHODS:

Primary cultures of hippocampal neurons were used to select patients’ sera that showed robust reactivity with the cell surface of neurons. The identity of the antigens was established by immunoprecipitation and mass spectrometry, and subsequently confirmed with cell-based assays, immunohistochemistry with teased rat sciatic nerve, and immunoabsorption experiments.

RESULTS:

Four of 46 sera from patients with CIDP reacted strongly against hippocampal neurons (8.6%) and paranodal structures on peripheral nerve. Two patients’ sera precipitated contactin-1 (CNTN1), and 1 precipitated both CNTN1 and contactin-associated protein 1 (CASPR1). Reactivity against CNTN1 was confirmed in 2 cases, whereas the third reacted only when CNTN1 and CASPR1 were cotransfected. No other CIDP patient or any of the 104 controls with other neurological diseases tested positive. All 3 patients shared common clinical features, including advanced age, predominantly motor involvement, aggressive symptom onset, early axonal involvement, and poor response to intravenous immunoglobulin.

INTERPRETATION:

Antibodies against the CNTN1/CASPR1 complex occur in a subset of patients with CIDP who share common clinical features. The finding of this biomarker may help to explain the symptoms of these patients and the heterogeneous response to therapy in CIDP.

CIDPでは (時に Guillain-Barre症候群でも)、ミエリン蛋白である myelin protein zero, myelin protein 2, myelin protein 22などに対する抗体が検出されることが報告されています。近年では CIDPや Guillain-Barre症候群のターゲット抗原として gliomedi, neurofascin (NF186), NrCAM, contactin1 (CTCN1) が注目されているようです。今回報告されたのは CNTN1あるいはCNTN1/contactin-associated protein (CASPR1) 複合体に対する抗体です。

CNTN1と CASPR1は中枢及び末梢神経系の髄鞘化に重要な役割を担っています。これらの軸索蛋白は通常複合体として発現し、髄鞘化線維のパラノード・ループにおいて軸索膠接合部 (septate-like axoglial junctions) を形成します。

著者らは 46名の CIDP患者、対照群として 14名の健常コントロール、90名の他の神経疾患 (48名の Guillain-Barre症候群, 23名の運動ニューロン疾患, 10名の Miller-Fisher症候群, 8名の慢性失調性ニューロパチー, 1名の CASPR2抗体陽性ミューロミオトニア) を調べました。スクリーニングとして患者血清と海馬ニューロンと反応させてみたところ、CIDP患者 46名のうち 4名の血清が海馬ニューロンに強く反応しました。免疫沈降法では、その 4名のうち 3名で CNTN1を示す 100~150 kDaのバンドが得られました。Cell-based assayでは、3名のうち 2名の患者で CNTN1 IgG抗体が陽性でした。また残り 1名の患者の血清はCNTN1, CASPR1単独とは反応しませんでしたが、CNTN1/CASPR1複合体に反応しました。3名の血清はいずれも CASPR2発現細胞とは反応しませんでした。また、CIDP群及び 対照群の中で CNTN1 (もしくは CNTN1/CASPR1) 抗体陽性だったのはこの 3名だけでした。

これら 3名の患者には共通する臨床的な特徴がありました。すなわち、高齢、運動神経の障害優位、発症症状がアグレッシブ、早期からの軸索障害、免疫グロブリン大量療法に反応不良といった特徴でした。

 今回の論文は、ごく一部の症例であるとはいえ、CIDPにおいて抗体の種類と臨床像の関連を明らかにしたことが興味深いと思いました。同じく免疫介在性の末梢神経障害である Guillain-Barre症候群だと、検出される抗ガングリオシド抗体の種類によって臨床像にある程度違いがあると言われていますが、それと似ていますね。また、末梢神経に存在する蛋白複合体に対する抗体が出現し得るという点も、 (抗ガングリオシド複合体抗体が出現し得る) Guillain-Barre症候群と似ていて面白いと思いました。このように臨床的な特徴が明らかになることで、将来治療に結びつくとよいですね。 

神経系の病気を取り扱う科としては,神経内科のほかに,脳神経外科,整形外科,そして精神医学があり,多くの神経系疾患は,これらのうちの複数の科における共通の診療対象である。しかし,筋肉疾患と末梢神経障害とは,それらのほとんどが神経内科の独壇場である」という言葉を最近目にして、これらの疾患の知識のアップデートをしておかないといけないと思うこの頃です。

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ドラゴンクエストと将棋

By , 2013年5月5日 8:44 AM

友人の馬券オヤジ氏から面白い話を聞きました。なんと、あの有名なドラゴンクエストの音楽と、将棋につながりがあるというのです。すぎやまこういち氏が、ドラゴンクエストの有名な BGMを作曲するようになった最初のきっかけは、将棋ソフトに対してアンケートハガキを出したことだったそうです。

すぎやまこういち

1985年8月にエニックス(現スクウェア・エニックス)から発売されたパソコン版ソフト『森田和郎の将棋』の序盤の駒の組み方に疑問を持ったすぎやまは、同ソフトに添えられていたアンケートハガキを熱心に書いたが、投函せずほったらかしにしていた。家族がそれを見つけて投函したところ[4]、エニックスの担当者からゲーム音楽の依頼が入り、『ウイングマン2 -キータクラーの復活-』の作曲を担当することになり、エニックスとコネクションが出来た。

その直後、同じくエニックスがプロデュースしていた『ドラゴンクエスト』に、内部スタッフが作った音楽の出来が良くないという事態を受けて、エニックスから依頼を受けて制作に参加。当時の開発陣であるチュンソフトは学生のサークルの延長上にあり、初対面時は「異分子が入ってきたぞ」「よそ者だ」と警戒されたが、会話をするうちに無類のゲーム好きなことを分かってもらい、当時日本に二台しかなかったビンゴ・ピンボールにハマり仕事後数時間かけて横浜に行って遊んでいたことに話が及んだ際には尊敬のまなざしを受け、正式に作曲を依頼され、それを受諾。ゲームの世界観を「中世の騎士物語」と説明され、まずリヒャルト・ワーグナーの『ニーベルングの指環』が頭に浮かび、そこで「クラシック音楽をベースにしよう」と基本コンセプトが固める。マスターアップ直前のことであり、1週間で全ての楽曲を製作。すぎやまはCMなどの音楽で短時間での作業の経験(最も短いもので、12時間で仕上げる依頼もあった)が豊富であったため可能な作業でもあった。またすぎやまは「ちょうど作曲が好調な時期だったことも大きかった」としている[5][6]。「序曲」のメロディはすぐに出来、それを「54年と5分で出来た曲」(パブロ・ピカソの「1分プラス80年だ」という有名な発言に倣ったもの)と言い、それまでの54年の人生があって初めて「序曲」を生み出すことができたという言い方をしている。また、ゲームのフィールドや戦闘中の音楽に関しては、「何百回も聞くものであるから、聞き飽きないものを心がけている」という。以降、全シリーズの作曲のみならず開発の初期段階(企画立案の段階)からプロジェクトチームの一員として参加している。その為、テストプレイヤーとしてもエンディングのスタッフロールで名を連ねている。

森田将棋は私が昔遊んだソフトの一つですが、当時は定跡を全く知らなかったので、序盤の組み方はあまり気になりませんでした。それが気になるというのは、かなり強いのかもしれませんね。すぎやまこういち氏と機会があれば是非お手合わせ願いたいです。

余談ですが、彼がもう 82歳になったというのを知って、びっくりしました。ドラクエ I は私が小学生の時ですから、もう 30年近く経つんですね。

・すぎやまこういち 交響組曲ドラゴンクエスト「序曲」

・ドラクエ1~8 序曲メドレー ゲーム音源

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TIA?

By , 2013年5月4日 6:48 PM

Archives of Neurology誌、2013年2月25日 (published online) の論文を読んで、これは恐いと思いました。

False-Positive Transient Ischemic Attack Due to Intraocular Lesion

Leonard L. L. Yeo, MRCP; Jonathan J. Y. Ong, MRCP; Vijay K. Sharma, MD, RVT
JAMA Neurol. 2013;70(4):519. doi:10.1001/jamaneurol.2013.615.
Published online February 25, 2013
A 70-year-old man, taking regular medications for hypertension and hypercholesterolemia, presented with a 3-week history of recurrent transient episodes of flashes of light and blurred vision in the left eye. Initial episodes lasted about 10 minutes each and often cleared like a “rising curtain.” Results of neurologic examination and computerized tomography of the brain were unremarkable. Vascular evaluation revealed occlusion of the right internal carotid artery. He was diagnosed as having transient ischemic attacks and commenced taking aspirin and statins.
 脳卒中危険因子が複数ある 70歳男性が 10分程度の左眼視覚症状を繰り返して受診し、一過性脳虚血発作 (TIA) と診断され、アスピリンとスタチンを処方されました。数日後、左眼の視力低下が進行し、頭部 MRIでは右の内頚動脈の閉塞を指摘されました。しかし興味深いことに、MRIには左眼の網膜剥離も同時に写っていたのです。
もし MRIで写っていた内頸動脈閉塞が右じゃなくて左だったら、左眼動脈閉塞による視覚症状でそのまま説明しちゃいそうな気がします。恐いですね。
頭部 MRI見る時、脳実質以外もある程度チェックする習慣は付いていますが、眼球は盲点になりやすいです。なかなか教訓的な症例だと思います。上記リンクから、小さいですが MRI画像が見られるので、脳血管障害の患者さんを診療する医師はチェックしておいた方が良いかもしれません (雑誌の購読契約をしていると大きな画像も見られます)。

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フマル酸と PML

By , 2013年5月3日 7:58 AM

2013年4月25日の New England Journal of Medicine (NEJM) 誌に多発性硬化症の新規治療薬 BC-12 (フマル酸ジメチル) について懸念すべき 2例が報告されました。いずれもフマル酸内服中に進行性多巣性白質脳症 (progressive multifocal encephalopathy; PML) を発症しています。

PML in a Patient Treated with Fumaric Acid

74歳の女性が、乾癬治療のためフマル酸 (dimethyl fumarate <120 mg, monoethyl fumarate <95 mg) を 2007~2010年まで内服しました。2010年7月に感覚性失語が出現し、脳生検が行われました。髄液及び脳組織両者で JC-virus PCRが陽性でした。採血では grade 3のリンパ球減少がありました。骨髄穿刺では骨髄異形成症候群など血液疾患を疑わせる所見はありませんでした。2010年8月にフマル酸を中止し、mefloquineと mirtazapineが開始されました。免疫再構築症候群 (immune reconstitution inflammatory syndrome; IRIS) による一時的な臨床所見の悪化があり、methylprednisolone 500 mg 5日間を投与しました。状態は改善し、髄液及び血清 JC-virusは陰転化したものの、感覚性失語は残存しました。

PML in a Patient Treated with Dimethyl Fumarate from a Compounding Pharmacy

2012年5月に 42歳の女性が、進行性の右片麻痺を発症しました。患者は 9月に多発性硬化症を疑われ、ステロイドパルス療法を受けましたが、効果はありませんでした (その後、論文著者を second opinionとして受診)。彼女には乾癬の既往があり、2007年から Psorinovo 420 mg (腸溶剤徐放錠, dimethyl fumarateと グルコン酸銅を含有) を投与されていました頭部 MRI所見は PMLを示唆するもので、髄液 JC-virus陽性でした。採血ではリンパ球 200/ul とリンパ球減少がありました。血清学的に HIV陰性でした。PMLと診断し、Psorinovoの内服を中止し、mefloquineと mirtazapineで治療が行われました。免疫再構築症候群による増悪があり、 methylprednisoloneの静脈内投与を行いました。2013年1月31日には回復の兆しがみられました。

これら 2例はいずれもリンパ球減少症を伴っていたというのが重要かもしれません。IgG値などについては記載がありませんでした。製薬会社からのコメントがあります。

Manufacturer’s Response to Case Reports of PML

1例目の Fumaderm (Biogen Idec) には 4種類の成分があります (dimethyl fumarate and three monoethyl fumarates (calcium, magnesium, and zinc salts))。2例目の Psorinovo (Mierlo-Hout) はdimethyl fumarateの他に、copper monoethyl fumaric acidのような別の含有物があるかもしれません。

一方で、BG-12には成分として dimethyl fumarateしか含まれていません。フマル酸の成分によって異なった性質を持つことや、使用された状況などが PML発症に関与した可能性があります。BG-12の臨床試験では 2600人以上の患者を最長4年間まで観察しましたが、PML発症はありませんでした。

これまで得られた知見として、フマル酸を内服していてリンパ球の高度減少があると PML発症のリスクと言えそうです。内服を開始してから数年間安全に使用できたとしても、採血など、定期的なモニタリングは継続すべきですね。また一般論として、薬についての情報が増えるまでは、新薬は安易に使うべきではないという格言を思い出す必要があると思います。


(関連記事)

多発性硬化症の新薬

ライバルからのクレーム

BG-12承認

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祖父・小金井良精の記②

By , 2013年5月2日 7:35 AM

2013年4月24日に「祖父・小金井良精の記(星新一著、河出文庫)」の上巻について書きましたが、引き続いて下巻を読み終えました。後半は良精が付き合った人物など、細々としたことを中心に、晩年を綴っています。名前を聞いたことのある学者達がたくさん出てきて、「この人にはこんな一面があったのか」と楽しく読みました。初めて知る話が盛りだくさんでした。

・教授の停年の規定は、良精が働いていた頃はなかった。 64歳であった大正 10年、良精が言い出し、引退の規定を定めることとなった。

・欧州大戦に敗れ、ドイツは窮乏の状態にあった。ワルダイエルの遺族は多量の医学書を金にかえる必要があった。古在総長に掛け合うと、3年の年賦で金を支出するとのことで、東大で引き取ることができた。(ワルダイエル文庫は東大の図書館の蔵書となったが、良精存命中は、誰かが読もうとすると良精がじーっと後ろで立って本を傷めないか見ていたらしい。極めて優れた歴史的な書がたくさん含まれていたが、最近になって東大図書館からどこか別の場所に移されてしまい、研究者が気軽に読むことはできなくなってしまった)。

・大正 11年、森鴎外の死去の際の良精の日記。「出がけに千駄木に寄る。林太郎氏、昨日来、少しく浮腫をきたせり。かつ看護婦きたり、まったく臥床のよし。於菟へ、森氏の模様そのほか種々を書きて、手紙を出す (7月3日)」「朝、電話にて額田晋氏に森氏の容体をたずねる。去る二九日、はじめて診察したるよし。萎縮腎は重大ならざるも、他に大患あり。ただしこれは絶対秘密云々。ついにこれをもらす。左肺結核。症をいまだかつてあかさざりしこと、これがためか。・・・七時ごろ家に帰る。額田氏きたる。面談、詳細 (7月6日)」「教室。時に家より電話あり。ただちに千駄木に至る。森氏の容体、悪化に驚く。昨夜おそく額田氏来診したりと。今朝はいまだし。電話にて呼ぶ。きみはすでに先に来りおる。賀古氏と病室に入る。年号起源調査のことにつき『ふたたびこれにかかるようになれば・・・』じつに、これ最後の言なりき。秋田へ電報を発す。夕刻には、はや精神明瞭を欠く (7月7日)」

・松沢病院の歴史について。明治12年に東京府癲狂院が東大のすぐ近くに出来た。我が国初めての精神病院で、初代院長は長谷川泰。巣鴨に移転し、巣鴨病院となった。東大精神病学の初代教授は榊俶で、院長を兼ねた。榊の死後は呉秀三教授、三宅鉱一郎助教授が後を継いだ。大正 7年、広い土地を求めて松沢に移り、松沢病院と改称された。

・良精は昭和 2年 6月 20日、70歳の時に天皇の御前で講演を行った。天皇は 27歳であった。本邦の石器時代の民族、すなわち先住民族はアイヌであるという内容であった (要旨が本書に収録されている)。良精は腎臓の持病があり、頻尿の症状があった。講義中非礼がないように、講演当日、朝食の際に水分を摂取しなかったという。

・昭和天皇は皇太子時代に半年間のヨーロッパ旅行をしたことがあり、その際は内科第一講座教授で附属病院長を兼ねていた三浦謹之助が随行した。

・学士院会員達と昭和天皇のご陪食の時の会話。昭和天皇が研究論文をイギリスの学会に送り、論文を別送した旨を伝えたが、論文が途中で紛失されたらしく、再送することになった。

・金田一京助はアイヌ語の研究をしていたため、同じくアイヌ研究者である、良精の部屋に遊びに来ることもあった。

ニール・ゴードン・マンローは病苦と生活国あえぐアイヌの悲惨さに心を打たれ、日高二風谷のアイヌ診療所にとどまることにし、アイヌ研究の原稿で得た金で薬などを購入し、医療活動をつづけた。昭和 12年にチヨと結婚したが、第二次大戦の戦火がひろがるとともに本国イギリスからの送金が絶え、栄養失調で病床に伏し、79歳で息を引き取った。良精とはアイヌ研究を通じて親交があった。マンローは軽井沢で病院をやっていたこともあり、堀辰雄の小説「美しい村」に登場するレエノルズ博士はマンローがモデルだと言われているらしい。

・良精は揮毫はほとんどしなかったが、長与又郎氏から請われたとき、「真理」と揮毫した。長与又郎は病理学の教授で、のちに医学部長を経て東大総長にもなった。父は緒方洪庵の弟子の長与専斎で、弟は白樺派の作家長与善郎である。

・長岡藩の山本勘右衛門は小金井家に養子に来て小金井良和を名乗っていた時期がある。そのため山本家を継いだ山本五十六と小金井良精は家柄的に非常に近いものがある。そのことを話す目的で、良精と山本五十六は昭和 11年 1月 19日に面会した。良精 79歳のとき。ちなみに五十六は養子として山本家を継いだのであり、元々は高野貞吉という長岡藩士の 六男だった。

・昭和 19年 10月 16日朝、良精は自分で指を組んで胸の上に置いて「このまま逝きたいなあ」と言っていた。家族が順番に問いかけると答えていたが、最後に孫が問いかけると返事がなく、手首を握っていた次男が「お脈が絶えました。ご臨終です」と言ったのが 6時 35分だった。

・死後の解剖の結果、良精を生涯悩ませてきた血尿の原因は、膀胱と腎臓の結核だと判明した。死因は肺結核であり、空洞の周りに繊維素肺炎がみられた。三浦謹之助は生前から血尿の原因を結核だと診断していた。しかし本人が落胆するといけないので知らせていなかったらしい。

昭和 2年 4月 28日に良精は健進会 (医学部学生への課外講演会) で「日本医学に関する追憶」という講演を行いました。「ぼくももはや老齢であって、ふたたび諸君の前で、このような話をする機会があるや否や。恐らくは、なかろうと思うからして、今夕に話したことは、ぼくの遺言として聞いて下さってよろしいのである」と結んでいます。要約が本書にあるので、最後に引用します。

 しかしながら、研究の方面はどうであるかというに、この点については遺憾にたえない。ここの医学部のみならず、他の大学、医学者一般に関することである。

学者たるもの、その専攻の分野で、その進歩につくしたことを残さねばならぬ。世界の医学文献に、日本の学者の名が見えねばならぬ。しかし、その数ははなはだ少ない。海外にあって、それをなした日本人はあるが、それは事情がちがう。

学者が日本という環境のなかで、独力で具体的な業績をあげてもらいたいのである。ドイツには、学位論文は業績とはみなさぬという規則の学会がある。わが国では、学位を取れば研究終了という人が多すぎる。外国とくらべ、真の研究者が少ないと痛感する。

研究者の少ない一因は、社会的なむくわれ方が薄いからであろう。改善せねばならぬことだが、大問題なのでいまはふれない。

清貧に安んずる。現実には、口で言うほど容易なことではない。研究とは、注目されることの少ない、地味な仕事である。しかし、真理をめざし、思考と実験を反復するなかには、金銭でえられない味がある。また、業績を発表し、海外の学者から反響があると、こんなに楽しいことはない。

研究の成績は、才能ではなく、努力によるところが大きい。それだけのことは必ずある。日本の医学は、移植時代から、研究時代に入って四十年ちかくなる。世界の水準に達するのが目標である。そのために、純真な研究者が多くあらわれるのを熱望してやまない。

奇怪なことには、日本の研究者のなかには、途中で研究を中止する者がある。また、医学からはなれ、政治家や実業家になる者もある。努力不足の人といわざるをえない。その分野で社会につくしているともいえるが、学問の側からいえば、かかる人は不忠者である・・・。

研究に身を捧げた良精らしい講演ですね。

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Fiddler’s neck

By , 2013年5月1日 7:43 AM

首筋フェチのヴァイオリン弾きには外せない論文を見つけたので紹介します。 2012年9月の Dermatology online journalからです。

Fiddler’s neck: Chin rest-associated irritant contact dermatitis and allergic contact dermatitis in a violin player

Jennifer E Caero1 BA, Philip R Cohen2,3,4 MD
Dermatology Online Journal 18 (9): 10
1. The University of Texas Medical School at Houston, Houston, Texas
2. Department of Dermatology, University of Texas Health Science Center, Houston, Texas
3. Department of Dermatology, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Houston, Texas
4. Health Center, University of Houston, Houston, Texas

Abstract

Fiddler’s neck refers to an irritant contact dermatitis on the submandibular neck of violin and viola players and an allergic contact dermatitis to nickel from the bracket attaching the violin to the chin rest on the violinist’s supraclavicular neck. A 26-year-old woman developed submandibular and supraclavicular left neck lesions corresponding to the locations of the chin rest and bracket that was attached to her violin that held it against her neck when she played. Substitution of a composite chin rest, which did not contain nickel, and the short-term application of a low potency topical corticosteroid cream, resulted in complete resolution of the allergic contact dermatitis supraclavicular neck lesion. The irritant contact dermatitis submandibular neck lesion persisted. In conclusion, violin players are predisposed to developing irritant contact dermatitis or allergic contact dermatitis from the chin rest. We respectfully suggest that the submandibular neck lesions from contact with the chin rest be referred to as ‘fiddler’s neck – type 1,’ whereas the supraclavicular neck lesions resulting from contact of the bracket holding the chin rest in place be called ‘fiddler’s neck – type 2.’ A composite chin rest should be considered in patients with a preceding history of allergic contact dermatitis to nickel.

ヴァイオリンの顎当てによる接触性皮膚炎を fiddler’s neckと呼びます。

今回の症例は 26歳女性です。ニッケルのイヤリングで湿疹の既往があります。左顎下部に 15 x 15 mmの高色素斑、左鎖骨上部に掻痒感のある、紅斑、湿疹の隣接があり、これらは融合傾向を示しました。楽器を構えてもらうと、左顎下部は楽器の顎当てが当たる場所で、鎖骨上部は顎当てを固定するニッケル製の器具が当たる場所でした。fiddler’s neckと診断し、desconide 0.05%クリームの塗布による治療を行いました。顎当てを固定する器具に金属を含まないヴァイオリンを使用することで鎖骨上部の皮疹は改善しましたが、顎下部の皮疹は残存しました。

Onderらが 97名のオーケストラ奏者、20名の歌手を調べたところでは、最も皮膚疾患の多かったのはヴァイオリン奏者で、33名のヴァイオリン奏者中 6名で fiddler’s neckを認めました。また、Gamblicherらによると、ドイツの音大生 412名のうち、21.6%に楽器関連皮膚疾患があり、最もリスクが高かったのが弦楽器奏者及び撥弦楽器奏者でした。

Fiddler’s neckには下記の 2つの病態があります。

①type 1: 一次接触性皮膚炎 (irritant contact dermatitis) で主として顎当ての当たる顎下部左側に見られるものです。色素沈着を伴う、或いは伴わない苔癬化として記載されます。病因としては、頸部における楽器の圧迫、顎当てと皮膚の摩擦、衛生、楽器自体が挙げられます (これらは fiddler’s neck type 2も増悪させるかもしれません)。治療は原因から遠ざかることです。楽器を弾く限り原因から遠ざかることは難しいですが、顎当てと首の間にクッションを置くのは一つの方法です。

②type2:アレルギー性接触性皮膚炎 (allergic contact dermatitis) で、多くは顎当てを固定する器具に含まれるニッケルによって起こります。通常、鎖骨上部左側に起こります。掻痒感のある紅斑で、不明瞭なあるいは水疱性のあるいは両者を伴った浸潤性、落屑性皮疹であるかもしれません。治療は原因から遠ざかることです。顎当てを固定する金属の器具を覆うように包帯を用いることや、根本的には器具を金属を含まないものに交換するといった方法があります。

 そういえば、私の妹にもあった気がします。わりと頻度が高いようなので、次からはヴァイオリン或いはヴィオラ奏者の首筋をもっと注意深く観察しておきたいと思います。若い女性ヴァイオリン奏者の首を眺めすぎて通報されないようには気をつけます (^^;

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