成田達輝 ヴァイオリン・リサイタル

By , 2016年3月27日 8:08 AM

成田達輝さんのリサイタルに行ってきました。

クラシック NOW ~いま、注目の演奏家たち~

成田達輝 ヴァイオリン・リサイタル

ピアノ 中野翔太

  1. G.タルティーニ:ヴァイオリン・ソナタ ト短調 ”悪魔のトリル”
  2. M.ラヴェル:ツィガーヌ
  3. L.v.ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第 9番イ長調 Op.47「クロイツェル

2016年2月26日(金) 午後 7時開演 リリア・音楽ホール

タルティーニの悪魔のトリルは、私が学生時代に卒業演奏でソロを弾いた曲です。でも、一流のプロが弾くと、こうも格好良い演奏になるんですね。カデンツァも迫力がありました。ラヴェルのツィガーヌは以前、成田さんのコンサートで聴いたことがあります。成田さんのフランス仕込のラヴェルは、何度聴いても良いです。

圧巻だったのがクロイツェル・ソナタ。表現が豊かで、迫力も十分でした。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは音楽的に非常に深く、若くして弾きこなすのは大変なのですが、完璧だったと思います。以前、スプリング・ソナタを聴いた時と比べて、とても円熟味が増していました。彼はパガニーニを始めとした超絶技巧の曲で評判が高いですが、ベートーヴェンもなかなかです。使用楽器のガルネリ・デル・ジェス (ガルネリデルジェス“ex-William Kroll”1738年製) を鳴らすコツもつかんできたようで、プラグラムノートには次のように書いてありました。

今日はいつも使っているガルネリで演奏しますが、ガルネリの素晴らしいところは、その音が自分の声帯のように、自分の”声”そのものになるという事です。最近になってそれを実感しています。

ピアニストは中野翔太さんではありませんが、成田さんがクロイツェル・ソナタを演奏している動画が Youtubeに上がっています。これを見て気に入った方は、是非演奏会に足を運び、生演奏も聴いてみてください。

・Tatsuki Narita & Yun-Yang Lee – Beethoven Violin Sonata No.9 “Kreutzer”

コンサートが終わってから、成田達輝さん、中野翔太さんらと、門前仲町の「無門」という焼き鳥屋で食事をしました。それから、西麻布の Bar musicaに行きました。ここは、ヴァイオリン、チェロ、ピアノが置いてあり、演奏を楽しめるようになっているのです。プロの演奏家も結構遊びに来る店のようです。年に楽器ケースを数回しか開けず技術の衰えの著しい私は、そこで泥酔してギコギコという音を朝 5時まで奏で、成田さんらを寝かさなかったのでした (^_^;)

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この失神、どう診るか

By , 2016年3月26日 1:32 PM

神経内科では、失神患者をしばしば診療します。「てんかん疑い」という病名で紹介されることが多いです (失神患者を診るたびに「TIA疑い」と紹介して来る医師もたまにいますが、「意識消失のみ」の TIAはないと言えるくらい稀です)。しかし、失神の原因は血管迷走神経性と起立性が併せて約 3割で、心原性が約 1割、てんかんは 5%程度といわれています。また、予後が最も悪いのは心原性です。てんかんは頻度がそれほど高くなく、初回発作では治療適応とならないことが多い (※ただし状況による) ことを考えると、失神は循環器科的な対応が最も求められるといえます。実際、失神のガイドラインは循環器学会などが主体となって出しています。失神患者が紹介されたとき、私は神経内科医であっても脳波検査より Holter心電図の方がオーダー件数が多いです。

ところが、失神を多数紹介される神経内科医は、心原性の失神についてトレーニングを受ける機会がないのが現状です。私もしっかりとしたトレーニングを受けないまま、なんとなく診療してきました。「失神患者の初期対応は循環器科が行う」としている施設もありますが、少数派だと思います。そうすると、治療が必要性が高い心原性の失神を見逃してしまうリスクがありますね。

最近非常に勉強になる本に出会いました。

この失神、どう診るか?

循環器科医の目線から、失神の原因、治療についてわかりやすく解説しています。私はこの本を読んで、失神診療における植え込み型ループ式心電図計 (implantable loop recorder: ILR) の有用性を初めて知りました。普段失神患者の診療をする機会の多い神経内科医は、必読の本だと思います。

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解体新書展

By , 2016年3月24日 10:53 PM

2016年3月20日秋田県での当直を終えて、そのまま東京に向かい、東京文庫ミュージアムで解体新書展を見てきました。

解体新書展

解体新書はマイブームです。それは、最近岩田誠先生のコラムを読んだからです。

・骨ケ原刑場跡と観臓記念碑

・杉田玄白の足跡

これらのコラムを読んで、いくつかの本を買って読みました。なかでも感銘を受けたのは小川鼎三が著された「解体新書 蘭学をおこした人々」です。小川鼎三先生は、ターフェルアナトミアの原著と杉田玄白らの「解体新書」の読み比べをしているんですね。例えば、下記のようなことは、読み比べをして初めてわかるものです。

蘭学事始にはその次に鼻がフルヘッヘンドしているという文にぶつかり、皆がたいへん苦労してフルヘッヘンドの意味をつかもうとしたことが載っている。良沢が長崎で入手してきた簡略な小冊子を参考にして、やっとその訳をウズタカシ(堆)ときめた。その着想を玄白が言いだして皆がそれに賛成した。「その時の嬉しさは、何にたとへんかたもなく、連城の玉をも得し心地せり」と玄白は述懐している。

むつかしい語を解いたときの愉快は大きかったであろう。ただ今日ターヘル・アナトミアの鼻のところをみても、フルヘッヘンドとかいう語 (verheffendeか) がない。「突出している」の意味では vooruitsteekendの語がそこでは用いられている。あるいは玄白の記憶ちがいかと思う。なにしろ蘭学事始を書いたときの元伯は八十三歳で、四十年あまり前の思い出を述べているのだからまちがいも起るだろう。

小川鼎三先生の著書では、解体新書の扉絵がどこに由来するか調べていたり、解体新書の翻訳に関わった人たちのその後について詳細に述べていたり、その研究の深さに驚かされます。

さて、今回の解体新書展、解体新書についての展示はそれほど多くありませんでしたが、古事記から解体新書前後までの日本の医学史を俯瞰することができ、とても勉強になりました。展示は 4月10日までですので、興味のある方はお早めにどうぞ。ちなみに、向かいの六義園は桜が咲き始めでした。今週末あたりは花見が楽しめるのではないでしょうか。

(追記)

2014年12月28日、「形影夜話」が入手できないかと書きましたが、入手することができました。「日本の名著22」に杉田玄白の書いた「蘭学事始」「後見草」「野叟独語」「犬解嘲笑」「形影夜話」「玉味噌」「耄耋独語」などが収載されています。

(参考)

津山洋学

医学用語の起り

医は忍術 (違

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ACP日本支部 年次総会 2016

By , 2016年3月23日 5:40 PM

ACP日本支部年次総会の申し込みが始まりました。私は 2013年から毎年参加していますが、非常に勉強になります。

ACP日本支部 年次総会 2016

もうすでに満席のセッションも出ているようです。申し込みはお早めに。ちなみに、私は下記のセッションに申し込みました。

<申込み種別>
医師

参加登録料: 6,000円 *お申込み済み(早期割引 / ACP会員)

<セッション等事前登録>
6月4日
10:00–11:30 1-1-1 第1会場 Shockのトリセツ♪(林 寛之)  (1,500円)*お申込み済み
11:45–12:30 1-1-2 第1会場 急性気道感染症診療の原則を再考する(山本 舜悟)  (1,500円)*お申込み済み
12:45–14:15 1-1-3 第1会場 身体診察(須藤 博)  (1,500円)*お申込み済み
19:00–20:30 レセプション  (6,000円)*お申込み済み
6月5日
9:30–11:00 2-2-1 第2会場 臨床研究はじめの2歩目、統計の基本シリーズ〜あなたの研究に必要な対象者は何人?〜(福原 俊一)  (1,500円)*お申込み済み
12:15–13:00 2-5-2LS 第5会場 (昼食付) ホスピタリストのための人工呼吸器セミナー in ACP Japan(則末 泰博)  (2,500円)*お申込み済み
13:15–14:45 2-2-3 第2会場 診断戦略カンファレンス(志水 太郎)  (1,500円)*お申込み済み

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ACP(米国内科学会)日本支部 年次総会2015 【2日目】

By , 2016年3月23日 5:39 PM

(ACP(米国内科学会)日本支部 年次総会2015 【1日目】からの続き)

朝は開始時間が遅かったので、のんびりと会場に向かいました。

9:30~11:00 第2会場  「論文執筆に活かせる FIRM2NESS」 (福原俊一、栗田宣明)

架空の症例から生まれた clinical questionを PICO/PECOの形にして、試験デザインを考えるワークショップでした。

日本の臨床研究がメジャージャーナルに載りにくいのは、試験デザインがきちんと組まれていないからで、本来なら半年~1年くらいかけて作り込んでいくもののようです。

12:00~13:00 第6会場  がんの予防・検診のエビデンスはどれだけあるでしょうか? (勝俣範之)

「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン」2014年度版を教材として用いて、胃癌の検診を行うべきかどうか議論した。問題点として、①推奨グレードの決め方が曖昧で、なぜその推奨グレードになったのか説明されていない、②推奨を判断するための一次文献が非常に貧弱で、質の高い研究がない。査読のない雑誌であったり、研究対象数が非常に少なかったり。→ガイドラインがさまざまな問題を抱えており、このガイドラインを用いて胃癌の検診を行うべきかどうか判断することは難しい。胃癌はアジア人に多いので、そういう地域から質の高い研究が出てくることが望まれる。

続いて勝俣範之先生の講演。①検診乳癌の 31%が過剰診断という論文がある。乳癌検診により、早期癌は増えたが、進行癌は減らなかった (→見つける必要のない癌を見つけているだけでは?)。メタ解析では、2000人の検診を受けると 1人の乳癌死亡を減らし 200名に偽陽性、10人に過剰診断・治療することになる結果だった。②GRADEシステムについて、③一般に、癌検診は 50%以上の人間が受けないと死亡率は下がらない。啓蒙だけしても受診率は上がらない。日本は 10~20%, 欧米は 70~80%のものが多い。癌検診の受診率向上のためには、受診者へのリマインダー (督促状) やスモールメディア (メディアパンフレットやニュースレターなど) が効果的で、マスメディアを用いて受診率が向上するかどうかは「証拠不十分」という扱いになっている (CDC “The Community Guide” 2011)。④タバコは癌の最大の原因である。喫煙者では 60%程度寄与。非喫煙者の場合、食生活 10~30%, 肥満 10%となっている。日本人でも、タバコは最多、その次は感染 (HCV, HBV, HPV, EBV, HTLV-1) となっている。⑤一時期、健康食品として βカロチンがブームになったが、過剰摂取で逆に癌が増えることが明らかになった。⑥HPVワクチンについて。2011年のメタ・アナリシスの問題は、有効性について「浸潤がんでのデータではない」「子宮頸癌の死亡率減少まで示していない」「コスト分析がない」、安全性についての問題点は「RCTに登録・同意されたボランティアのみを対象としている」「サンプルサイズが少ない」「日本人でのデータはない」。米国 CDCによる市販後調査では、他のワクチンの有害事象率と比べて有害事象は多くないとしているが、過小評価の可能性がある。第10回厚生科学審議会・ワクチン分科会副反応検討部会の資料の結論は、「ワクチンとの因果関係は否定できない」「国民に適切な情報提供ができるまでの間、定期接種を積極的に勧奨すべきではない」、問題点は「過剰評価の可能性」「詳細な解析結果が明らかにされていない」。⑦まとめ:国内の診療ガイドラインの質を評価できるようにしましょう。USPSTF Recommendationを参照しましょう。

ガイドラインを金科玉条のようにしている人をたまに見かけますが、ガイドラインの質を評価するというのは、重要なことなんだなぁ・・・と痛感しました。

13:15~14:45 第3会場  Medical Eponyms for Clinician (清田雅智)

・人名を医学用語につけることについての議論 Medical eponyms: taxonomies, natural history, and the evidence.

・Ramsay-Hunt症候群: James Ramsay Hunt (1874-1937) は何故一人の人間なのに Ramsay-Huntと書くのか→Huntは父が亡くなり苦学した。母のことを想い、Ramsayという母の名前を入れたのではないか。現在では、Hunt症候群と呼ぶ人もいる。

・Ramsay-Hunt症候群は鼓索神経、アブミ骨筋神経、大錐体神経領域を侵す。Ramsay-Huntの報告は J Nerve Ment Dis 1907;34:73-96で、56の文献と 4の自験例をまとめている。

・Sir Henry Head (1861-1940):Dermatomeは herpes zosterの患者から導き出された。Head H, Campell W. Brain 1900;23(3):353-523

・Geniculate Ganglion (膝神経節) の VZVには 3つのグループがある。これは Zosterの前著に書いてある。1. Herpes Zoster auricularis, 2. Herpes Zoster in any of the zoster zone of cephalic extremity with facial palsy, 3. Heroes Zoster of the cephalic extremity with facial palsy and auditory symptoms

・Ramsay-Hunt症候群の 60例中 19例に auditory symptomがある=VIIIもやられている。Hunt 1915;38:418-46

・耳の裏の Zoster→ここも geniculate zoneである

・1909年 Zosterの痛みに顔面神経の中間神経を切断すると疼痛が改善する→感覚枝の存在。耳には、X (ABVN), C2-3 (GAN), V3 (ATN) の感覚神経が分布する。

JNNPの総説によると、皮疹が顔面麻痺に遅れて出現することがある。2.9%では IX, Xの症状がみられる。

・Tolosa-Hunt症候群は Tolosa E (J Neurol Neurosurg Psychiatry 1954;17:300-2) と Hunt WE (Neurology 1961;11:56-62) がそれぞれ報告したものである。

・Tolosaの原著は、cartoid siophon部の肉芽腫性血管炎で、V1領域の疼痛、III (時に IV, V, VI) の進行性麻痺であった→intercranial GCA説あり

・Huntの原著は、Retroobital pain+ophthalmoplagiaであり、ophthalmoplegic migraineだった可能性がある。

・Sir Jonathan Hutchinson (1828-1913) は Pagetの弟子だった。

・Hutchinson’s nailは subungual melanomaのサイン (BMJ 1886;1:491)

・Hutchinson’s signは V1→眼神経→鼻毛様体神経領域の VZVでみられる。診断制度としては RR 3.35~4.02という Arch Clin Exp Ophthalmol 2003;241:187-91

・Herpes Zoster Ophthalmicusについて Arch Ophthalmol 1983;101:42-5

・播種性VZV→隔離が必要。隣接しない 2領域以上 or 3領域以上

・John Benjamin Murphy (1857-1916):Surgical Clinics of North Americaという雑誌の前身は Murphyが作った。

・Five diagnosis method of Jon B Murphy (Surgical clinics of J.B. Murphy 1912;1:459-66)

(1) First percussion of kidney:CVA tenderness→腎疾患

(2) Hanner-stroke percussion:中指を立てて第9肋骨レベルに置いてその手をたたく→急性胆嚢炎

(3) Deep-grip palpation:患者を剤にして背後に回り、術者の右手の指先を曲げて右季肋部の下から “deep grip palpitation” という手技で深呼吸→急性胆嚢炎 (後の Murphy徴候)

(4) Pian Percussion:第4指から第2指まで順番にデリケートに打診→腹水

(5) Comparative bimanual examination:両側の iliac fossaeを同時に触診し、障害のある部位に抵抗を感じる→急性虫垂炎

Does this patient have acute cholecystitis? JAMA→Murphy Sn 65%, Sp 87%, LR+2.8, LR- 0.5 そんなに診断制度は高くない。現在はエコーのプローベで圧迫して確認する sonographic murphy signがお勧め。① Sn 63%, Sp 93.6%, LR+ 2.7, LR- 0.13, ②Sn 86.3%, Sp 35%

・Ismar Isidor Boas (1858~1938):痛みの部位と疾患との対応

・Guan A, Keddie N. Lancet 1972;2:239-241:痛みの最強点について

・Collin’s sign:自分で背中を押して痛みを誘発→胆石

・Capps. Arch Intern Med 1911;8:717-33:金属のスタイレットで胸腔内を刺激してどこが痛くなるか。横隔膜の腱中心を刺激すると肩が痛くなる→放散痛?

・Clinical sign’s of pain:腹腔内を wireで刺激して痛みを感じる部位を調べる Arch Intern Med 1922;30(6):778-89

Hospitalist 「気楽に学ぼう身体所見(第4回)胆嚢」 オススメ!

・Medical Eponysmは深く学べば役立つに違いない

・Medical Eponysmを調べるのに、Whonameditというサイトがお勧め。

・(質疑応答) 咽頭の神経分布について:咽頭の神経分布には Xが関係している→心筋梗塞で痛むことも! The radiology of referred otalgia.

人の名前が語源になった医学用語についての講演。清田先生とは、ACP日本支部総会の時に、毎年一緒にお酒を飲んで医学史ネタで盛り上がるのですが、この講演には圧倒されました。

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神経内科医の文学診断

By , 2016年3月19日 10:30 PM

神経内科医の文学診断 (岩田誠著, 白水社)」とその続編を読みました。

私が神経内科医を目指そうと思ったのは、岩田誠先生の「脳と音楽」を読んでからです。また、「見る脳・描く脳」という本を読んで、絵画の鑑賞の仕方が変わりました。音楽、絵画につづいて、今回は文学。岩田誠先生の芸術に対する造詣の深さに驚嘆させられます。

「神経内科医の~」というタイトルですが、神経内科の知識をベースにした議論よりも、臨床医の慈愛に満ちた視線を本書の随所に感じました。例えば下記備忘録に引用した認知症患者についての記載などです。

私は読む小説に偏りがあるためか、本書で取り上げられた小説の大部分は未読でしたが、楽しく読むことができました。基本的な知識がなくても読めるよう易しく (でも深く) 書かれていますので、色々な方に読んでいただきたい一冊です。

以下、特に気に入った部分、あるいは備忘録としておきた文章。

神経内科医の文学診断

・このビラが投下されたアフガニスタンにおいて、それを読むことができた人々が、いったいどれほどいたのだろうか。二十年以上にもわたる戦火の連続と飢餓、そして女性に対する教育を認めないタリバーン政府。一九九〇年のユネスコのデータによると、アフガニスタンの成人人口における識字率は三十一.五%であるという。この国においては、男性の五十三.八%、女性においては驚くなかれ八十五%の人々が文字を操るすべを知らないのである。米国は、アフガニスタンにおけるこの識字率を本当に知っていてビラ撒きをしたのだろうか。文字を知らないがゆえにナチスの残虐行為に組み込まれ、大いなる戦争犯罪に関わらざるを得なかったハンナの悲劇と同じような悲劇が、今のアフガニスタンにおいても繰り返されていないとは言えまい。

・さてここで、nauséeという語の起源について一言述べてみたい。この語はギリシア語で「船酔い」を表す nausiaにあたり、そのもとは船、すなわち nausに由来する。「むかつき」の代表として船酔いをあげるところなぞ、さすが海洋国ギリシアであると妙に納得できる語源である。

・的にも見方にもはっきりと見せる姿で矢玉を受けつつ先頭をきって進まなければならないというのは、洋の東西を問わず、一軍を率いる将たるものに要求されてきた心意気である。ジャンヌ・ダルクもまた、そのような目立ついでだちで戦いの先頭を突き進み、それまで劣勢だったフランス軍を奮い立たせてオルレアンを包囲するイギリス軍を打ち破った。敵の矢玉を一身に受けつつ先頭をきって進む、これがなければ兵士たちはついてこない。元来、ヨーロッパの貴族たちには、体が目立って大きいことが要求されてきた。戦いにおいて兵の先頭に立ち、敵の矢を真っ先に受けて戦うためである。これが「貴族の義務 (noblesse obligé)」であり、この戦場での義務からがあるからこそ、平時においては特権が与えられるべきことが腫脹されたのである。戦場で目立つことこそが、貴族の心意気である。

・しかし、そのような中で起こった一つの事件が、イベリットの運命を変えた。第二次世界大戦中にドイツ軍の爆撃により沈没させられたアメリカの貨物船内に密かに積まれていたイベリットが船外に流出したため、海面に逃げた多くの人びとがイベリットの犠牲となったが、この時死亡した人々では、著しい白血球減少が見られた。このことがきっかけとなって、イベリットの白血病治療への応用が考えられたのである。一九四二年、エール大学の薬理学者ルイス・S・グッドマンとアルフレッド・ジルマンは、糜爛性の毒素を防ぐため、イベリットの Sを Nに置換してナイトロジェン・マスタードと呼ばれる抗がん薬を創生した。ナイトロジェン・マスタードには HN2と HN3のに種類のものがあるが、このままではまだ毒素が強かったため、わが国の石舘守三らは、より毒性の低いナイトロジェンマスタード-N-オキシドをつくり、これをナイトロミンという名で世に送り出して、白血病などの治療薬として商品化した。私が医者になりたての頃は、まだこのナイトロミンが、白血病に限らずさまざまながんの治療に使用されていた。またこの系統の薬として開発されたクロランブチルは慢性骨髄性白血病の治療薬として大いに使用されていたし、この系統の薬剤であるシクロホスファミド (エンドキサン) は今日でもなお白血病などのさまざまな悪性腫瘍の治療薬としてだけでなく、膠原病やリウマチなどの自己免疫疾患の治療薬としても使われている。私の専門である神経内科の診療においても、多発性硬化症や慢性炎症性脱髄性末梢神経障害、重症筋無力症などの治療に用いられている。

・すなわち、自らは健康であるという自覚は、身体的な状態とは全く関係なく誰でも抱き得る実感であり、死に至ることが必須の病に陥った患者でも抱き得るものである一方、身体的には異常のない人がそれを抱き得ないこともしばしばある。言い換えるなら、<健康>というものは、自らの身体的な状況とは全く無関係に抱かれている感情、身体的な実体を持たない幻覚のような自覚的感情である、というのが、私の言い分なのである。

・これと同時に私は、わが国で体育礼賛のために用いられている「健全な精神は健全なる身体に宿る」という言い回しが、完全なる誤訳であることを繰り返し主張してきた。この言葉の由来になったラテン語の原典 <mens sana in corpore sano> は、「健全な精神が健全な身体に宿って欲しい」という願望を意味するのであって、身体が健全でなければ、精神の健全は望めないというような意味は全く含まれていない。むしろ、最も大切なのは精神の健全であって、身体の健全さではない、と読み替えすることすらできるのである。

続・神経内科医の文学診断

・サルペトリエール病院は、一八八二年、世界で最初の神経内科学講座が開設された病院である。一八六〇年代からこの病院で神経内科学の診療と教育をおこなってきたジャン=マルタン=シャルコーの主催する神経病クリニックは、この年、パリ大学医学部の正式な講座となった。そのため、サルペトリエール病院といえば、神経内科医にとって聖地とも言うべき由緒ある病院となっている。

・サルペトリエール病院の前身は、ルイ十四世の勅令によって創設された貧民救済施設で、当初の目的は、パリ市内の女性浮浪者を施設内に収容することだった。当時のパリの人口は五十万人、そのうち浮浪者が五~六万人に達していたという。浮浪者たちはパリの街で物乞いをしながら暮らしていたが、一六五六年四月二十七日、十八歳の国王ルイ十四世は、「パリの貧者を収容するためのオピタル・ジェネラル」設立の勅令を出した。「パリには、いまや数え切れぬほどの浮浪者や乞食たちが侵入し、罰せられることもなく不埒な生活を送っている。彼らの放埒を防ぐと同時に彼らの窮乏を救わんとして、国王陛下は四月の公開状をもって、五箇所の施設をオピタル・ジェネラルの名の下に統合することを命じられた。国王の命ぜられたるところは、貧困者は、年齢と性を問わず、このオピタル・ジェネラルに収容されるべきであること、障害のあるものや高齢者はこれらの施設においてあらゆる援助を得るべきであること、それらの施設においては様々な職種についての働き手を雇うべきであること、そしてそれらの施設においては、全ての者が慈悲の義務を負うべきであるときょういくされるべきこと」であった。

・当時、「オピタル (hôpital)」という言葉は、今日のような「病院」ではなく、監禁施設を意味していた。最も古いオピタルは、一六一二年にルイ十三世の妃であったマリー・ド・メディシスによって設立されたノートル=ダム・ド・ラ・ピティエで、主に子供の浮浪者を収容するための施設だった。ルイ十四世は、ここに加えてサルペトリエールとビセートルをオピタル・ジェネラルとし、前者には女性の浮浪者を、後者には男性の浮浪者を収容した。さらに、ルイ十四世が築いた建造物のうち最も美しいとされる廃兵院には、障害をもった兵士たちを収容した。勅令ではオピタルは五箇所とされているが、主な施設はこの四つで、他に数箇所の小規模な収容施設が用意された。

・こうしてサルペトリエールには、約六〇〇〇人の女性が収容されたが、そのうち一七〇〇人ほどは自由を奪われた監禁状態にあった。監禁状態の収容者は、大きく三つのカテゴリーに分けられていた。第一は精神障害者で、彼女たちは、鎖で壁につながれて家畜同様の扱いを受けていた。第二は娼婦たちで、約四〇〇人が収容された。第三が犯罪者とされた者たちで、二〇〇人ほどが監獄棟に監禁された。

・今日でも、茂造が示したような奇異な行動は、昭子が感じたと同様に困惑の対象であり、処理の対象とはされるが、理解の対象とはされない。デメンチア患者の診療や介護を論ずる学会や研究会では、デメンチア患者の呈するさまざまな異常行動が取り上げられ、それに対する対処法や薬物療法が論じられているが、そのような奇異な行動がなぜ生じたのかを理解しようとする介護側の努力はきわめて少ない。しかし、デメンチア患者の示す突拍子のない行動には、ほとんどの場合、何らかの了解可能な理由があり、その理由に適切に対処できれば、行動を抑える必要はなくなることが多いのである。デメンチア患者の一見奇異で、周囲の人々を困惑させる行動は、処理の対象ではなく、理解の対象となるべきなのである。

・デメンチアの患者を差別や蔑視から守るためという謳い文句で考えだされた「認知症」という用語は、今や立派な差別用語となって、蔑視の眼差しを助長する役目を担っている。デメンチアを発症した父や母を私のもとに連れてくる息子や娘たちの多くは、「父 (母) は、やっぱりニンチなんですか?」とたずねる。その言葉の奥には、父母の病態に対する心配や共感の気持ちは感じられず、自分たちが厄介なものを背負い込んでしまったのではないかという嫌悪感を伴った怖れしか感じられないことが少なくない。

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p値

By , 2016年3月16日 9:01 AM

統計学は確率の世界であり、p値 0.05を境目に真実が 180度ひっくり返ってしまうことはないはずです。また、どのような対象をどのように評価したかでも、p値の持つ意味合いは変わってきます。

あまりに p値だけが一人歩きしている状況を受けて、米国統計学会が声明を出したそうです。下記のブログがわかりやすく説明しているので、勉強しておきたいと思います。

「p値や有意性に拘り過ぎるな、p < 0.05かどうかが全てを決める時代はもう終わらせよう」というアメリカ統計学会の声明

 

p<0.05時代はついに終焉か?米国統計学学会による声明

(参考)

統計学的有意差 (ネタです)

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間葉系幹細胞治療と ALSの第1/2相臨床試験

By , 2016年3月16日 8:39 AM

2014年1月20日に、ALSに対する間葉系幹細胞の症例報告がオンライン公開されました。このブログでも、論文が受理された段階でお伝えしています。

間葉系幹細胞治療と ALS

2014年秋には、FDAにより fast track指定されました。

ALSに対する間葉系幹細胞治療がfast-track指定

終了していたはずの臨床試験の結果がなかなか報告されず、やきもきしていましたが、2016年3月1日、ついに臨床試験の結果がオンライン公開されました。

Safety and Clinical Effects of Mesenchymal Stem Cells Secreting Neurotrophic Factor Transplantation in Patients With Amyotrophic Lateral SclerosisResults of Phase 1/2 and 2a Clinical Trials

どうやら安全性や認容性に問題はなく、ALSの進行を抑制したそうです。しかし、オープンラベル試験でソフトエンドポイントを含んでいる (→結果に臨床試験担当者や被験者の意図が混入しやすい) ことや少数例の検討に過ぎないことから、まだ何とも評価が難しいです。今後、より厳格な試験デザインで効果が証明されるのを待ちたいと思います。

あと、気になるのが薬価です。抗癌剤などにおいて、高額な薬価が国の医療費を圧迫されることが問題となってきています。もしこのような治療法がもし将来世の中に出てくるとしたら、いくらくらいの薬価が設定されるのでしょうか。この問題については、下記の記事を読んでみてください。

コストを語らずにきた代償
“絶望”的状況を迎え,われわれはどう振る舞うべきか

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5年後の311

By , 2016年3月12日 4:49 PM

2011年3月11日の震災から、丁度 5年の節目の日だったので、昨夜はずっと被災地の医療を守ってきた「しゃんでりあの君」と鍋をつつきながら、当時の話を懐かしみました。私も 2015年4月から福島県に移り、地震、津波、原発の被害を大きく受けた地域で診療を続け、都内では実感できなかったような充実した日々を送っています。

5年前の震災の後、何度か被災地にボランティアに行きました。その時、定期的に往診の手伝いをしていた南与野のクリニックの院長は、「先生が休む間の給料は全部払うよ。僕に出来ることはそのくらいしかないから」と送り出してくれました。ある時、院長から「被災地の状況がどうだったのかスタッフが知りたがっているから」と言われ、スライドを作ってプレゼンテーションしました。それが下記のスライドになります。2013年に被災地を再訪したとき、かなり復興が進んでいました。それからさらに 3年経ちますので、もっと復興は進んでいるでしょう。機会があればまた行ってみたいと思います。

(参考)

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ジカウイルス関連髄膜脳炎

By , 2016年3月11日 5:36 PM

ジカ熱が世界的な問題になっています。南米や東南アジア、オセアニアで流行している蚊が媒介する感染症です。感染が原因と考えられる小頭症の新生児の増加や、Guillain-Barre症候群などで、WHOがいくつものガイダンスを出しています。

Publications, technical guidance on Zika virus

2016年3月6日に国立国際医療センターでの勉強会で、忽那医師によるジカ熱の講演を聴いてきました。「ジカ『熱』というけれど、高熱は非常に少ない (デング熱やチクングニヤ熱では多い)」「患者さんは比較的元気」「皮疹で来院することが多い」「眼脂を伴わない眼球結膜充血が多い」「潜伏期間 10日以内」「デング熱やチクングニヤ熱を疑うとき、ジカ熱も疑う (流行地域もかぶる)」などというのがキーワードでしょうか。

2016年3月9日、New England Journal of Medicine (NEJM) にジカ関連髄膜脳炎の症例報告が掲載されました。神経内科医は知っておくべき論文です。簡単に要約しました。

Zika Virus Associated with Meningoencephalitis

症例は、81歳男性。ニューカレドニア、バヌアツ、ソロモン諸島、ニュージーランドを 4週間旅した 10日後に、ICUに入院となった。体温は 39.1℃で、神経学的に GCS 6点の意識障害、左片麻痺、右上肢麻痺、左 Babinski徴候を認めた。腱反射は正常だった。気管挿管し、人工呼吸器管理を行った。一過性の皮疹がその 48時間以内にみられた。

脳MRIでは、髄膜脳炎の所見を呈した。FLAIRで非対称性の皮質下高信号域、拡散強調像で虚血性病巣を思い起こさせるような多発高信号域があり、また、(FLAIRで) 右ローランド溝に髄膜炎でみられるような淡い高信号域があった (Figure 1)。CT angiographyでは、右脳梁縁動脈に不規則な狭窄を認めた。

髄液は day 1に行われ、髄膜炎を支持する結果だった。細胞数は 41 /ul (多核球 98%), 蛋白 76 mg/dl, 髄液/血清の糖比 0.75だった。入院時よりアモキシシリン、セフトリアキソン、ゲンタマイシン、アシクロビルが投与されたが、day 5に中止した。髄液での HSV, VZV, HHV6, JC virus, Enterovirus, 結核菌の PCR、クリプトコッカス抗原、ニューモコッカス抗原は陰性だった。血清学的検査では HIV, HBV, HCV, ボレリア, 梅毒は陰性だった。また、ANCAは陰性で、抗核抗体は 80倍で臨床的意義はなかった (supplement参照)。一方で、髄液のジカウイルス (ZIKV) PCRは陽性であり、ベロ細胞を用いた培養で髄液のジカウイルスが増殖した。これらの所見からジカウイルス関連髄膜脳炎と診断した。

意識障害の原因としててんかんが鑑別となったので、ICU入室時よりレベチラセタムが投与下ではあったが、脳波でてんかんを示唆する異常はなかった。気管挿管 24時間以内に自発的な覚醒がみられ、人工呼吸器はを day 2に離脱した。その時点で患者は覚醒していたが、視覚性および運動感覚性の幻覚を伴った妄想と、持続的な左上肢の麻痺 (2/5程度) がみられた。神経症状は特異的な治療なしで改善した。day 17に ICUを退室し、day 38には認知機能は完全に回復した。しかし、左上肢の麻痺 (4/5程度) が後遺症として残存した。

(参考)

Identification and management of Guillain-Barré syndrome in the context of Zika virus:ジカウイルスに関連した Guillain-Barre症候群の診断と治療についてのガイダンス (WHO, 2016.2.25)

Zika Virus as a Cause of Neurologic Disorders:小頭症、ギラン・バレー症候群について (NEJM, 2016.3.9)

Zika Virus Infects Human Cortical Neural Progenitors and Attenuates Their Growth:神経前駆細胞にジカウイルスを加えると、多くが感染~一部死滅するという基礎研究 (Cell stem cell, 2016.3.4)

Zika Virus Outbreak on Yap Island, Federated States of Micronesia:ジカウイルス感染症の臨床症状 (NEJM, 2009.6.11)

Guillain-Barré Syndrome outbreak associated with Zika virus infection in French Polynesia: a case-control study:ジカウイルス感染と Guillain-Barre症候群 (Lancet, 2016.2.29)

Zika virus and Guillain-Barré syndrome: another viral cause to add to the list:ジカウイルス感染と Guillain-Barre症候群 (Lancet, 2016.2.29)

デング熱:デング熱による神経症状

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