Category: 読書
誰も知らない「名画の見方」
誰も知らない「名画の見方」(高階秀爾著、小学館)を読み終えました。1~2日で読める薄い本ですが、非常に勉強になりました。
私が絵画を見始めたのは、大学生時代、ヴァイオリンの師に「音楽を理解するためには、絵を見たり、作曲家の時代背景を知ることも大事なのよ」と言われたのがきっかけでした。以来、海外旅行をするときは必ずその土地の美術館を訪れるようにしていました。絵の見方はわからなかったのですが、やはりヴァイオリンの師に「良い絵ばかり見ていれば、自然と良い絵が良いものだとわかるようになるから」と言われ、絵画史など全く知らずにただ眺めていました。
そうして鑑賞を繰り返していたさなか、カルチャーショックを受けたのが、昔紹介した本「見る脳・描く脳 (岩田誠著)」でした。巷で言われる美術史と全く違う視点で捉えた「絵画の進化」という言葉に驚きました。それから「心像絵画」「網膜絵画」「脳の絵画」という進化の視点で作品を見るようになりました。一方、先日北欧旅行をした際は、「なぜ画家はこの風景を描かないといけなかったのだろうか?この風景のどの部分が画家の心を動かしたのだろうか?」などと、絵画と同じくらい画家の心象を妄想しながら楽しみました。絵画には色々な楽しみ方があるなぁと感じたのがその時でした。
このように手探りで探した鑑賞法で絵画を楽しんでいた中、大きなインパクトを与えてくれたのが本書です。絵画史や個々の画家に疎い私のニーズを満たすものでした。
例えば、ムンクは「叫び」という作品が有名ですが、彼は身近な体験に基づいて絵画を描きました。ムンク作品の大きな柱は、男女間の相克の末に最後にはかならず女性が勝利するというテーマであるそうです。こうした事実を知ると、ムンク美術館に行ったとき、作品が倍楽しめそうな気がします。
レオナルド・ダ・ヴィンチは、彼の「無限に変化するもののなかにある美」という主題を表すために、スフマート技法 (ぼかし技法) を発達させました。著者は「絵画を見る者は、画家が選んだ描き方を通じて画家の主題を理解することができるのである。つまり、絵画を見る際には、作品の見せかけの美しさを鑑賞するだけでなく、画家がどんな主題に基づいて、その作品を描いたかを『考える』ことで理解を深めることができるわけだ」と書いています。やはり、こうした勉強は鑑賞をもっと楽しくするのですね。
著者は東京大学教授、国立西洋美術館館長などを経て、岡山県倉敷市にある大原美術館の館長となりました。大原美術館は小学生の頃遠足で行ったのですが、絵についての記憶はありません。実家に戻る機会があったら、改めて訪れてみたいと思いました。ちなみに、大原美術館にはベヒシュタインのピアノがあり、いくつかのコンサートがされてきたようです。「展覧会の絵」の例を持ち出すまでもなく、音楽と絵画は親和性が高いのでしょうね。
最後に、本書の目次をお伝えしておきます。魅惑的なタイトルが溢れているので、実際に読みたくなる方が多いと思いますが、お薦め出来る本だと思います。
目次
第一章 「もっともらしさの秘訣」
白い点ひとつで生命感を表現したフェルメール
見る者を引き込むファン・エイクの「仕掛け」
影だけで奥行きを表したベラスケス第二章 時代の流れと向き合う
激動の時代を生き抜いた宮廷画家ゴヤ
時代に抗った「革新的な農民画家」ミレー
時代を代弁する告発者ボス第三章 「代表作」の舞台裏
いくつもの「代表作」を描いたピカソ
タヒチでなければ描けなかったゴーガンの「代表作」
二種類の「代表作」をもつボッティチェリ第四章 見えないものを描く
科学者の目で美を見出したレオナルド・ダ・ヴィンチ作
人を物のように描いたセザンヌの革新的な絵画
音楽を表現したクリムトの装飾的な絵画第五章 名演出家としての画家
依頼主を喜ばせたルーベンスの脚色
演出した「一瞬」を描いたドガ
絵画の職人ルノワールの計算第六章 枠を越えた美の探求者
女性の「優美な曲線」に魅せられたアングル
見えない不安を象徴したムンクの「魔性の女性像」
イギリス絵画の伝統を受け継いだミレイ第七章 受け継がれるイメージ
カラヴァッジョのドラマチックな絵画
働く人々を描いた色彩画家ゴッホ
西洋絵画の歴史を塗り替えたマネ第八章 新しい時代を描き出す
人間味あふれる農民生活を描いたブリューゲル
新しい女性像を描いたモリゾ
20世紀絵画の予言者モロー
いっしょに考えてみようや
「いっしょに考えてみようや (小林誠/益川敏英、朝日新聞出版)」を読み終えました。
小林誠先生と益川敏英先生については解説の必要はないでしょう。ノーベル賞物理賞を受賞された学者さんですね。本書には彼らの講演が収録されています。
小林誠氏は医者だった父が病死し、母の実家で育ちました。海部俊樹元首相とは従兄弟にあたるという血縁関係をだったそうです。また、益川敏英氏が中学校の卒業文集に「星の進化」という読書感想文を書いた話など、彼らの生い立ちでの知られざるエピソードが色々書かれていました。
さらに、CP対称性を破るために何故クォークが何故6個でなければならなかったのかという話について、当時の背景、その考えに至った過程などがわかりやすく述べられています。小林氏も益川氏も理論家ですが、実験家としての立場を高エネ研の高崎史彦氏が講演しており、こちらもわかりやすい話でした。難しい数式は登場せず、基本的な知識から解説していますので、一般の方でも読みやすいのではないかと思います。
興味深いことに、ひらめきについて寺田寅彦と同じ事を小林誠氏が述べていたので最後に引用しておきます。
考える過程がおもしろい (小林誠)
何かわからないことがあった場合、あるいはそれが謎とかパラドックスであった場合、それを解きたいと思うことから考えることは始まります。ひとたびそういう問題に遭遇したら、つねにその問題を意識して、さまざまな方法やアプローチを頭の中で試している。現実の中の制約と整合して合わないものを一つずつつぶしていくと袋小路になることのほうが多いのですが、それでもあるとき突然ひらめくことがある。ある道筋がさっと見える、見通しが立つということがあるんです。それが「考える」ことだという感覚を私は持っています。ですから、「わからないときは諦める」そして、「またやりたくなるまで待つ」。つまり、何かほかのことをしていても、頭の中に問題の意識はずっとあるわけです。そういうふうにしていると、あるとき、「こういうアプローチで考えてみよう」とひらめく。それを繰り返しているうちに何か答えが見えてくるように思います。
科学者と芸術家
以前読んだ「物理学者の心」が面白かったので、寺田寅彦の他の随筆も読んでみました。
短い随筆なので上記リンクを実際に読んで頂くのが早いのですが、科学と芸術の相違点に触れつつ共通する根幹部分を述べています。特に感銘を受けたのが下記の部分でした。
長い間考えていてどうしても解釈のつかなかった問題が、偶然の機会にほとんど電光のように一時にくまなくその究極を示顕する。その光で一度目標を認めた後には、ただそれがだれにでも認め得られるような論理的あるいは実験的の径路を開墾するまでである。もっとも中には直感的に認めた結果が誤謬である場合もしばしばあるが、とにかくこれらの場合における科学者の心の作用は芸術家が神来の感興を得た時のと共通な点が少なくないであろう。
街を歩く神経心理学
「街を歩く神経心理学 (高橋伸佳著、医学書院)」を読み終えました。神経心理学コレクションの中の一冊です。
本書では、地理的障害について詳細な検討を行っています。まず概論を述べた後に、脳血管障害などでの脳損傷症例、次いで functional MRIなど機能画像検査を通して、機能局在その他を明らかにします。高次脳機能の領域では、オーソドックスな検討の仕方ですが、その実際のプロセスを興味深く読ませて頂きました。
地理的失認の分類法はいくつかありますが、本書は「街並失認」「道順障害」に分けます。
①街並失認
街並失認は、熟知した街並 (建物・風景) の同定障害です。右紡錘状回前部~舌状回が責任病巣と考えられています。また、新規の街並の記憶には海馬傍回後部が関与しているようです。この部位が傷されると記銘の障害によって新規の場所での街並失認が起こるかも知れません。
街並の記憶は右側頭葉前下部に蓄えられ、視覚情報と記憶の照合は右側頭極で行われるのではないかと推測されています。
相貌失認の責任病巣は紡錘状回後部~舌状回にかけてで、街並失認の病巣のやや後方ですが隣接しているので、両者は合併することがあります。
街並失認の原因は、後大脳動脈領域の脳梗塞が多く、障害は半年~数年続くことが多いようです。
②道順障害
道順障害は熟知した地域内の2地点間の方角定位障害で、視空間失認の一型です。
責任病巣は主として右側の脳梁膨大後皮質 (Brodmann 29, 30野)、後帯状皮質 (Brodmann 23, 31野) 後部、楔前部下部にあり、新規の場所での道順障害の出現では帯状回峡部の役割が重要であるそうです。道順の記憶がどこに蓄えられるかは、コンセンサスが得られていません。著者らは、海馬を含む頭頂葉内側部は新たな記憶の形成には関与するが遠隔記憶の再生には重要ではなく、頭頂葉内側部が重要なのではないかと考えているようです。
線維連絡の考察からは、脳梁膨大後皮質は記憶そのものに関係し、後帯状皮質は認知された視空間情報を記憶に結びつける処理に関係しているのではないかと推測されています。
道順失認の原因は、脳梗塞、脳出血が多いようです。障害の持続期間は街並失認と比べて短く、数ヶ月~半年くらいが多く、病巣が両側性だと症状は持続性です。
脳梗塞などで地理的障害が生じるのは圧倒的に男性が多いのですが、男性では女性に比べてこの能力が発達しているため、脳のある部分に機能を集中して効率良く処理させている可能性があります。そのため、その部位の損傷で障害が生じるようになるのかもしれません。
本書には「アルツハイマー病患者はなぜ道に迷うのか 」(道順失認の要素が大きい) や「ロンドンのタクシードライバー」といった面白いコラムもあります。興味を持った方は是非読んでみて下さい。方向音痴への対策としては「交差点など方向を決めるポイントとなる場所にあるランドマークに注目し、それと進むべき方角と結びつけて記憶すること」が有効であるなど、実生活で役に立つ話も書いてあります。
死者の護民官2
さて、いよいよホジキン病の本題に入っていきます。1832年に「内科外科学会誌」がホジキンの論文「吸収腺および脾臓の病理所見について」を出版しました。ホジキン自らが経験した 6例と、パリのルゴールが診療した 1例を加えた計 7例の病理所見を纏めたものです。この疾患は、全身のリンパ節が腫脹する、結核とは別の病態でした。
死者の護民官1
「死者の護民官 (マイケル・ローズ著、難波紘二訳、西村書店)」を読み終えました。ホジキン病に名を残したトーマス・ホジキンの話です。原著のタイトルは「CURATOR OF THE DEAD」です。長いので、2回に分けます。
神経症候学の夢を追いつづけて
「神経症候学の夢を追いつづけて (田代邦雄著、悠飛社)」を読み終えました。田代先生と直接会った事はないですが、元北海道大学神経内科教授で、症候学を専門にしておられたようです。
「神経学とは?」とは「神経症候学とは?」といった内容で簡単な説明があった後、著者が興味を持って追いつづけた来たテーマがいくつか紹介されます。
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