Category: 読書

3秒で心電図を読む本

By , 2010年4月26日 7:53 AM

「3秒で心電図を読む本 (山下武志著、メディカルサイエンス社)」を読み終えました。岩田健太郎先生のブログで紹介されていた本でした。

楽園はこちら側-3秒で心電図を読む本-

心電図というと、学生時代に心電図の教科書を読んで、ミネソタ・コードの一部まで覚えようとして結局身に付かなかった苦い経験がよみがえります。でも医者になってから経験を積むうちに、循環器疾患は「放っておいて危険かどうか?」を判断することがまず大事であることに気付き、それから心電図アレルギーがなくなりました。要するに、心電図をマニアックに読んで診断をつけなくても、大丈夫そうかどうかがわかれば、循環器医以外はまず困らないわけです (経験的な話です)。

本書で勉強になったのは、QRSの解釈の仕方やST-Tの扱いです。無症状例での疑陽性、有症状例での偽陰性リスクを考えた ST-T変化の扱い方は必読ですね。これらを知ると、過剰診断をしたり、放っておくと危険な心疾患を見逃したりしにくくなるのではないかと思います。

書評は、上記の岩田先生のブログが素晴らしいものですので、是非御覧になってください。私がそうであったように、読みたくなるかもしれません。心電図を 3秒で読めるようになるかどうかは別として、本書は 3時間くらいで読むことができる、「優しい」本です。

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医学用語の起り

By , 2010年4月17日 12:04 PM

「医学用語の起り (小川鼎三著、東京書籍)」を読み終えました。我々が普段用いている医学用語には様々な歴史があることをまざまざと知りました。日本での多くの用語は杉田玄白らによる「解体新書」、大槻玄沢による「重訂解体新書」から生まれていますが、用語を作り出す時の事情も面白かったです。著者は非常に博学で、日本古来の医学書などを広く参考に考察しています。日本語にルーズになっている我々がこのような研究をすることは困難だと思うし、このような書籍という形で研究が残されたのは非常に価値があることと思います。また、著者は日本古来の医学書のみならず、海外の解剖学書を広く読んでいることも、この本を読み進めていくうちに良くわかります。読んで面白かった部分を抜粋して要約しておきます。気に入った方は是非購入して読んでみてください (とはいえ、中古本でもなかなか手に入り辛くなっているかもしれませんが)。

・瞳孔は英語で「pupil」である。「pupil」はラテン語の「pupilla」に起源がある。「Pupilla」は「Pupa」の縮小詞で女の孤児、「Pupillus」が「Pupus」の縮小詞で男の孤児を意味するらしい。この語は小さな人影が瞳孔に映ることが関係しているようだ。しかし、それ以前にギリシャ語のコーレ (χ’opη) が既に女の子供と同時に「ひとみ」を意味していたらしい (※ここからは私の推測だが、よく「isocoria」などという表現をするが、「coria」はコーレに由来するのだろうか?) (瞳孔)

・「医」は「醫」の略字である。「酉」の部分は元々「巫」(巫は舞をもって神おろしをなす象形文字で、从は舞うときの両袖の形、工はその舞に規矩があることを示すらしい) であった。「酉」は「酒」の意であり、医師が呪術から酒を用いて病人を治すものに変わったことを示すと推測される。しかし、「医者が酒を多く愛するから」とする説もある。「醫」の字の「医」の部分は「弓矢を蔵する器」という意らしく外科用語を意味すると思われる。「殳」の部分は兵庫の上から人を遠ざける用具であり、病気を払いのける道具として解釈され得る。(醫という字の分析)

・「膣」という字は、元々「肉が生じる」という意味であった。大槻玄沢はそれとは違った意味でこの語を用いようと思い、「シツ」と読むと定義した。しかし、この漢字には元々「チツ、チチ」という読みはあっても「シツ」という読みはなく、「チツ」として定着したという。(膣)

・解剖学者ヴェサリウスは著したファブリカで、第2頚椎をアトラス (athlas) と名付けたようだ。しかし、17世紀半ばのオランダのヴァン・ホルネらにより、第1頚椎をアトラスと呼ぶことになったらしい。Axisは元々第1頚椎の意で名付けられた。しかし、後に第2頚椎に用いられるようになった。 (捧宇内のこと)

・元気という用語は後藤良山 (1659-1733) に始まったのではないかとされている。彼の口術を門人が筆記したという「病因考」に「元気」という語が登場する。水腫の治療に温浴を推賞して、「元気を固むるやうにすべし」とあり、現在と用いられ方は違う。現在のような用いられ方の古い例は近松門左衛門の「淀鯉出生滝徳」の「三条の元喜と申す医者で、めっきり元気が見えました」に見られる。どうやらこの頃から慣用的に用いられ始めたようである。一方で、「病気」という語は中国の「史記」の倉公伝に「其の色を望むに病気あり」、日本の「保元物語」に「左府御病気の由聞こえしかば」などとあり、よほど古いらしい。(元気と病気)

・梅毒はヨーロッパからまず広東に伝わった。それから沖縄を経て瞬く間に日本に伝わったようだ。日本で唐瘡、琉球瘡と呼ばれたのは伝来の方向を示しているらしい。梅毒は当時楊梅瘡と呼ばれたが、梅瘡と略す人たちもいたらしい。楊梅はヤマモモの意味である。江戸中期に香川修徳は、楊梅と梅は甚だ異なるので、「楊梅瘡」を「梅瘡」と呼ぶのは不適切であると「一本堂行余医言」の黴瘡の項に著した。その後、明治26年に東京大学に初めて講座制が布かれたとき、皮膚病黴毒学 (ばいどくがく) という講座が出来た。黴毒と同音であったので、一般に梅毒という語が定着したようだ。しかしこの言葉の紆余曲折を考えると果たして正しい用語なのかどうか・・・。 (楊梅瘡と黴毒、梅毒) (※梅毒の歴史も参考にしてください)

・口腔の「腔」の字は正しくは「コウ」と発音すべきだが、「孔」や「口」と区別できないので、間違いが起こりやすい。そのため、医者は必ず「クウ」と読むべきであると昭和初期の用語委員会で決まった。 (口の奥、のどの二構造・・・口蓋垂と喉頭蓋)

・橈骨は「トウコツ」と発音するが、大槻玄沢が初めてこの骨名を「重訂解体新書」で用いたときは、「ジョウコツ」と読ませるつもりだった。しかし「撓」という似た字を「トウ」と読むため、みんな「トウコツ」と呼ぶようになったようだ。杉田玄白の「解体新書」では、尺骨を「撓臂骨 (ドウヒコツ)」、橈骨を「直臂骨 (チョクヒコツ)」と名付けた。 (鎖骨と橈骨)

・バセドウ病を見つけたバセドウは発疹チフスの患者を死後剖検し、自分も感染して 1854年4月に 54歳で死亡した。一方で、橋本病を発見した橋本策も腸チフス患者を診察し、自分も感染し 1934年1月9日に 52歳で死亡した。 (バセドウ氏病)

・狭心症 Angina pectorisについて。ラテン語の anginaは動詞の angere (狭める、圧縮する、締め付ける、苦しめる) と連関する名詞で、語源的にはギリシャ語の agkhoneと関係があるという。 (狭心症 (その一))

・ギリシャ語で軟骨はコンドロス (chondros) であり、コンドロイチンなどが派生した。コンドロスの元々の意味は、日本の粥のようなもので、西洋ではオートミールや、その材料であるひきわり麦などを指したらしい。ラテン語では cartilagoすなわち果肉の意であり、いずれにしても柔らかいものを指す。 (軟骨)

・解剖という語は非常に古い。中国最古の医典である「黄帝王内経」の霊枢の経水篇に「其の死する解剖して之を視るべし」とある。 (解剖の学と生象の学)

・Prostataというギリシャ語起源の名称は、紀元前から用いられたが、対象物は一定せず、今日の定義に合うものはデンマークのバルトリンが最初に記載した。尚、バルトリンは父子孫三代に渡って解剖学者であったらしい。「解体新書」では Prostataはキリイル (腺) とのみ述べられ、大槻玄沢により摂護腺と呼ばれるようになり、以後ずっと摂護腺とされた。しかし、昭和になり「漢字が難しい」「意味が不明瞭である」との批判で前位腺と暫定的に改められ、昭和24年4月の「解剖学用語 (丸善発行)」で「前立腺」と改められた。 (摂護腺から前立腺へ)

・イギリスのガイ病院はトーマス・ガイ (Thomas Guy) が私費を投じて設立した。ほぼ同時代にブライト病の Richard Bright(1789-1858)、アジソン病の Thomas Addison (1793-1860)、ホジキン病の Thomas Hodgkin (1798-1866) が活躍し、この三人は「The great men of Guy’s」と呼ばれたらしい。 (ガイ病院を訪ねて)

・「解体新書」の原本「ターヘル・アナトミア」には松果体は記載されているが、下垂体は載っていない。デカルト (1596-1650) が脳の精神作用に松果体の存在と働きを重視したことが関係している? (下垂体と松果体)

・第三脳室、第四脳室という語はあるが、第一、第二というのがあるのか気になる。Paul Terra著の “Vademecum anatomicum” (解剖学名集, 1913年) によると、右側脳室が第一、左側脳室が第二とある。しかし、放射線医学では伝統的に左を先にとるため、左側脳室を第一脳室、右側脳室を第二脳室と呼ぶのである。このようにややこしいので、現在では第一、第二という呼び方は付けず、単に右側脳室、左側脳室と呼ぶ。第五脳室は左右の透明中隔の間、第六脳室は Verga腔だが、厳密には脳室ではない。

・長崎の通詞本木良永 (蘭皐) がオランダ語の天文学を訳して、1744年に「天地二球用法」を書き、日本に初めて地動説を紹介した。その本木良永は木村蒹葭堂の「一角纂考」の成立に尽力した。一角とはナルワルという鯨の一種の一本だけのびた長い牙で、江戸時代には貴重な薬とされたようだ。日本最古の図入り百科事典として有名な寺島良安著の「和漢三才図会」にも一角 (ウンカフル) についての記載がみられる。また、一角の牙だけを見た人々が想像を膨らませ、神話と結びついて一角獣が生まれたという。 (一角の話 (その二))

・東大医学部の初代解剖学教授の田口和美は「解剖攬要」を著した。明治二十年に留学した際、渡航、滞在費の全てをこの印税でまかなったらしい。

※ギリシャ語やラテン語の表記で、記載の仕方がわからなかった文字については、近いアルファベットで表記してあります。可能であれば原著で確認ください。

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はじめてのトポロジー

By , 2010年4月13日 11:18 AM

「はじめてのトポロジー (瀬山士郎著、PHPサイエンス・ワールド新書)」を読み終えました。

トポロジーは位相幾何学のことで、物体をグニャグニャと変形して、特徴を調べる学問のようです。

トポロジーには、「ケーニヒスベルクの橋」にみられるような一筆書き問題など取っつきやすい話題が色々あり、本書でも紹介されています。この辺りまでは楽しめました。

で、ホモロジー (閉曲線で曲面が2つの部分にわかれるかどうか)、ホモトピー (閉曲線が一点に収束するかどうか) といったややこしい用語が出現してきて、その後はついていくのがやっと。最終的にはポアンカレ予想に触れ、2次元の場合の証明をしていたのですが、ここはちんぷんかんぷんでした。ただ、ポアンカレ予想とは何なのか雰囲気がわかったのは良かったです。

ポアンカレ予想とは「n次元ホモトピー球面はn次元球面に同相である」というものです。3次元以外は既に全て証明されていて、3次元の場合が問題になっていました。

3次元球面では任意の閉曲線は一点に収束します。ボールの上に輪を描いて縮めていくと、一点に収束するのは直感的にわかると思います。

3次元トーラス (タイヤのチューブの形)、射影空間では一点に収束しない曲線が引けるので、3次元球面とは性質が異なります。

逆に、3次元において任意の閉曲線が全て一点に収束する図形は本物の球面と言ってよいか?というのがポアンカレ予想の主旨であると思います (この分野は素人なので、間違っていたら御指摘ください)。

これを証明したのがペレルマンでした。まぁ、彼がフィールズ賞を辞退したとか、1億円近い賞金を受け取ってないとか、失踪したとか、紆余曲折があっていくつも本が出ています。

難しいけれど、面白い学問があるものだなぁと思いました。

某先生から、K総合病院神経内科部長の F先生はトポロジストだったと聞きました。びっくりしました。

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動物の脳採集記

By , 2010年4月10日 11:34 AM

「動物の脳採集記 キリンの首をかつぐ話 (萬年甫著、中公新書)」を読み終えました。萬年先生は神経解剖学の大御所です。教育者としても業績が大きく、弟子から多くの教授を輩出しています。本書は彼が解剖学研究に打ち込んでいたときのこぼれ話を集めた本です。

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はじめてのメタアナリシス

By , 2010年4月4日 2:08 PM

「はじめてのメタアナリシス (野口善令著、福原俊一監修、健康医療評価研究機構)」を読み終えました。小冊子ながら、メタアナリシスのエッセンスが簡潔に纏めてあり、さくっと読むことができました。

メタアナリシスとは、同じテーマの論文を集めて統合して解析する研究手法です。多くの研究を総合的に解釈できるため、エビデンスレベルは高いと考えられています。しかし、質の高いメタアナリシスにするために、統合する前の研究の同質性が問題になってきます。また、セレクションバイアスやパブリケーションバイアスといったバイアスが出来るだけ入らないようにしなければいけません。

本書では、メタアナリシスの概念を説明し、どのような研究がメタアナリシスにふさわしいか概説しています。さらに実際にメタアナリシスをやってみせながら解説していきますので、その過程でどうやってバイアスを処理していけばよいのかが実感を持って理解できます。

薄くて軽い本で持ち運びに便利ですので、通勤の電車の中でお勧めの一冊です。

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本当はやさしい臨床統計

By , 2010年3月14日 9:14 PM

「臨床医による臨床医のための 本当はやさしい臨床統計 一流論文に使われる統計手法はこれだ! (野村英樹/松倉知晴著、中山書店)」を読み終えました。

統計の教科書を読むのは初めてですが、内容が高度な割にすっきりとまとめていて、飽きずに読むことができました。

本書の長所は、各解析パターンで使われる頻度の多い統計手法を分類し、その後各々を説明していることです。

例えば、時系列を扱う論文を 「CLo(C)K論文」と命名します。これらは「Cox比例ハザードモデルにおける相対ハザードの算出」「Log-rank検定」「Kaplan-Meierの生存曲線」の頭文字を取ったもので、丁度「時計」の意味になるようになっています。また、表を扱う論文は「Table FCx」論文と命名され、「Fisherの直接確率検定」「Cochran-Mantel-Haenszel検定」「x^2検定」の頭文字です。

このように何を解釈したい時にどの統計を用いる明らかにした後、個々の統計手法の原理を説明します。

本書の最終章は医療ツールとしての統計の扱い方です。例えば、プラバスタチンでの心血管イベント抑制を示した WOSCOPでは、相対リスクが 31%減少したと宣伝されます。相対リスク減少率を言い換えれば、内服していなくてイベントを起した人のうち、内服していればイベントを起こさずに済んだと思われる人の割合です。31%と言われれば滅茶苦茶効くように思えますが、ここにトリックがあります。そこで別の指標で評価してみると、何人がプラバスタチンを飲んだら 1人イベントを起こさずに済むかという治療必要数 (number needed to treat; NNT) は 162人なのです。つまり、せっせと内服しても (観察期間内に) 心血管イベント抑制の恩恵に蒙れるのは、162人に 1人いう結果なのです。売るために、どちらの数字を宣伝したくなりますか?プラバスタチンが良い薬か悪い薬かとは別で、提示された数字を鵜呑みにしてはいけないというのが勉強になるところです( もちろんNNTですら万能の指標ではありません)。

統計の本は初めてだったので、目から鱗なことも多く、勉強になりました。今まで論文を読んでいても、「有名雑誌なのだから、統計方法で嘘をつくことはしないだろう」と思って統計方法の所はとばして読んでいましたが、次からはきちんと目を通してみたいと思いました。

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ユビキチンがわかる

By , 2010年2月28日 12:30 PM

ユビキチンがわかる (田中啓二編, 羊土社)」を読み終えました。こうした分野の特徴なのですが、理解すれば理解するほど謎が深まるというような・・・。

基本編ではユビキチンに関する基礎的知識が身に付きました。一方で、トピックス編はなかなか高度な内容でした。神経内科ではあまり癌を扱わないので、細胞周期やアポトーシスの話を理解するのはなかなか大変でした、というか理解できませんでした。

トピックス編の神経疾患に関する話では、アルツハイマー病におけるタウのユビキチン化、Parkinson病におけるα-シヌクレインとユビキチンの結合 (PARK1)、ユビキチンリガーゼである Parkinの異常(PARK2), ユビキチンヒドロラーゼ活性の低下や UCHL1のユビキチン63番目リジン (K63) へのリガーゼ活性 (PARK)、筋萎縮性側索硬化症におけるユビキチン化された SOD1, Dorfinなどの話が紹介されていて興味深かったです。ただ、神経疾患においては、一つのメカニズムだけではなかなか病気を説明しきれない点も多く、研究の余地はまだまだあります。ミトコンドリア修復におけるユビキチン・プロテアソーム系の話や、p62といった最先端の話は、まだ概念が確立していないためか、触れられていませんでした。数年後の教科書には載りそうです。こうしたメカニズムが明らかになり、神経疾患の根本的な治療法が生まれることを望んでいます。

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将棋を用いた脳研究

By , 2010年1月29日 6:53 AM

日本将棋連盟のサイトにリンクがあり、理化学研究所で行われている将棋思考プロセス研究の被験者に応募してみました。

将棋を用いた脳研究:脳研究協力棋士 募集

2週間前に Web応募して以降、まだ連絡はないのですが、将棋にも脳科学にも興味があるので是非研究に協力したいと思っています。興味有る方は、応募してみてください。

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医薬品クライシス

By , 2010年1月23日 8:43 AM

「医薬品クライシス 78兆円市場の激震 (佐藤健太郎, 新潮新書)」を読み終えました。

創薬の側から薬を語ったもので、新鮮でした。医師とは全然別の角度から薬を見ているのですが、薬に対する考え方は非常に似ていると思いました。

どこがかというと、「副作用のない薬は存在しない」ということで、どこまでリスクを背負って効果を追及するかというバランスの問題です。安全は求められるものですが、世の中に「絶対」はないのです。タミフルやイレッサの話も本書に登場しますが、私がこれまでブログで書いてきたのとかなり似た意見です。本書に登場する寺田寅彦の言葉、「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」というのがありますが、まさにその通りと思います。

開発現場の話は初めて読む話が多かったです。創薬の困難さは有る程度知っていましたが、「現在、医薬を自前で新しく創り出せる能力のある国は、日米英仏独の他、スイス・デンマーク・ベルギーなど、世界でも十カ国に満たない」とか、「多くの場合ここ (※第III相試験後の審査) に至るまで、プロジェクトの開始から十五年ほどの期間を要するのが普通だ。」というのは、そこまでとは知りませんでした。最近は、研究費の高騰や審査の厳格化などにより、新薬の開発が頭打ちになっているようです。製薬会社の業績悪化は、優秀な人材の喪失につながっているようです。

また、一生に一つも薬を市場に登場させられずに現場をさる研究者が大部分らしいですが、開発した社員も十分評価されていないのが現状らしいです。年間 4000億円売り上げるクレストールを開発した社員が、報酬として当初受け取ったのはわずか 15000円だったそうです。その後会社側は 1450万円を提示したらしいですが、家一軒建たない値段。報われない話です。

さて、居酒屋で飲みながら本書を読んでいて、Twitterで以下のようにつぶやきました。

migunosuke「医薬品クライシス」という本を読みながら酒。面白い
6:51 PM Jan 21st from NatsuLiphone
migunosuke真っ当な内容だと感じましたが、どんな方なんですか?RT @az4u: 佐藤さんの本の読者発見! → RT @migunosuke: 「医薬品クライシス」という本を読みながら酒。面白い
7:27 PM Jan 21st from NatsuLiphone

そしてら、なんと著者からレス。

OrgChemMuse@migunosukeご購読ありがとうございます。以前は某製薬企業にいましたが、今は物書き兼大学の広報をやっている者です。現場の方からの「真っ当な内容」という評価は大変嬉しいです。
11:12 PM Jan 21st from HootSuite migunosuke宛

著者の方のブログも面白いのでお勧めしておきます。

有機化学美術館・分館

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なぜ飼い犬に手をかまれるのか

By , 2010年1月8日 7:04 AM

「なぜ飼い犬に手をかまれるのか 動物たちの言い分 (日高敏隆著、PHPサイエンス・ワールド新書)」を読み終えました。

東京大学理学部動物学科を卒業し、京都大学教授、滋賀県立大学学長などを歴任した方のようですが、本書は平易な文章で書かれており、内容に引き込まれるように読みました。一つの項が 4ページ程度で書かれており、読みやすいので是非読んで頂きたいのですが、特に面白かった部分を抜粋、要約します (私の感想も一部加えます)。前半は動物の話が多いのですが、後半はふつうのエッセイと言うべき内容が多くなっています。

・親鳥はひなのくちばしを色で認識している。マッチ棒を黄色く塗って菱形の模型を作るとそこに餌をやる。ひなどりは空腹具合に応じて口の大きさを変えるので、最も大きく口を開けているひなどりに餌をやれば、餌を貰えないひなはできない。マッチ棒の模型のサイズを変えた実験で、そのことは証明されている。「小鳥の給餌」

・かいこの蛾は冬の寒さがないと孵化出来ない。暖かいと、貯蔵されているグリコーゲンはある種の糖アルコールとグリセリンに分解されてしまい、栄養源にならない。これを冷蔵庫に入れると、糖アルコールとグリセリンはグリコーゲンに戻り、孵化できるようになる。すなわち、冬が必要なのだ。「虫と寒い冬」

・カラスは視覚の認知が非常に発達している。例えば、学習させれば「機」と「能」という漢字も約 80%の正答率で識別できるようになる。「○」と24角形の印も区別でるようになり、記憶は少なくとも 40日間保持される。「カラスの賢さ」

・霊長類は、まず進化の始まりの頃に原猿類 (メガネザル、キツネザル、アイアイなど) が現れ、それらが進化して真猿類が現れた。真猿類はさらに二つのグループにわかれる。尾がある有尾類 (ニホンザル、オナガザル、オマキザル、ヒヒなど) と尾がない無尾類 (ゴリラ、チンパンジー、オランウータン、テナガザルなど) である。英語では、有尾猿を monkeys, 無尾類を apesといって区別する。・・・ということは、ドラゴンボールで考えると、サイヤ人は monkeyということになり、ブルマとベジータは結婚できないことになる?と私は感じたのですが、どうでしょうか。「来年のえと『サル』」

・「稲むらの火」という感動的な小説があり、教科書に復活させようとする運動がある。ネットでも読むことができる。「稲むらの火」

・伝統は絶えざる創造があってこそ維持され発展するものである。フランスでシャンソンを歌っているのは、ほとんど外国人であり、フランスのシャンソンはシャンソンの伝統を新しい形の中に生かしながら、シャンソンでありつづけている。「伝統と創造」

・蝶は花を色で認識している。長方形のカードに色をつけておけば、蜜を吸いに口吻を伸ばしてやってくる。ただし、赤色のカードには来ない。蝶は赤を暗黒として認識してしまうためである。「チョウはなぜ花がわかるか?」

・人間は後世に、遺伝子 (gene) の他に、技術、業績、作品、名声、つまりミーム (meme) を残すことができる。また、memeを残すことが、geneを残すことに優先する場合もある。「なぜ老いるのか?」

ちなみに、タイトルの答えは、本書の「まえがき」にあります。読んでみてください。

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