Category: 読書

鏡の中の物理学

By , 2007年6月30日 10:52 PM

「鏡の中の物理学 (朝永振一郎著、講談社学術文庫)」を読み終えました。高校時代に、彼の書いた「物理学とは何だろうか」という本を読んだ記憶があり、それ以来です。

この本は、光の「粒子」としての性格と、「波動」としての性格について扱ったものです。特に物理学の知識がなくても読めます。

本のタイトルの「鏡の中の物理学」というのは、自然界の法則が、左右、時間、粒子反粒子を反転させる3枚の鏡に対して対称性であるという意味です。もちろん鏡の表面がゆがんでいなければの話でしょうが。時間を反転させる話については、「カオスから見た時間の矢」という本を思い出しました。

最終章では、波乃光子という被告を扱った「光子の裁判」というユニークな裁判が行われます。光子が2つの窓を同時に入ることが出来るかという、光の性質が描かれます。

物理学に対する彼の思いは、小柴氏と似たところがあります。小柴氏は新聞で「全て、役に立つかどうかで判断すべきではない」という趣旨の発言をしていた記憶がありますが、朝永氏も同様の事を述べています。

 現在、世の中には、物理学にかぎらず科学というものを賛美する人は少なからずいるわけですが、それらの人々にとって、科学とはひじょうにいいものであるという理由は、多くの場合、科学はわれわれの生活を便利にし、より豊かにしてくれる、そういうことが理由になっていると思うのです。けれども、この観点に立つならば、科学がほんとうにわれわれの生活を豊かにしているだろうかという、そういう考えかたもありうるわけで、じっさい、科学がかえってわれわれの生活を悪くしているのではないか、そういう見方もありうるわけです。で、そこに科学の賛成派と反対派ができて、賛成派は、科学はわれわれの生活をより便利に、より豊かにしてくれる、だからそれはいいものだという。ところが反対派は、いや科学のせいでいろいろ公害が出たり、原爆ができたりする、だから科学は悪いものだという。そういうふうな議論ですね、それがはてしなく続く。ところが、科学というものは、そういう観点でいいとか悪いとか論ずることのできない、なにか別の意味を持っているのではなかろうかと、そういう考えかたもありうるわけです。

つまり、科学の本質というのは、生活をよくするとか悪くするとか、そういう次元と別な次元の価値あるいは、少なくとも意味をもっているのではなかろうか、そういう、よくするとか、悪くするとかいう観点とは別の方向にむいているような意味があるのではないかという、そういう問いの出し方があるわけですね。

いま、鏡にうつったのがどうとか、フィルムにうつして逆にまわしたからどうとかいうようなことは、それを研究したところで、ほんとうをいうと、それは人間を幸福にもしないし、不幸にもしないわけです。で、科学をこういう面から見る見かた、第三の見かたですね、これを忘れないでほしいように思うのです。

小柴氏、湯川氏、朝永氏とノーベル物理学賞受賞者の書いた本を色々と読んできた訳ですが、また機会があれば、江崎玲於奈や、ノーベル化学賞受賞者の書いた本も読んでみたいなと思います。

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政治武士道

By , 2007年6月30日 7:28 PM

「政治武士道 (平沼赳夫著、PHP研究所)」を読み終えました。政治家の本は、友人に勧められた、石原慎太郎の「国家なる幻影」以来です。政治の話をここに書くのは初めてでしょうか。

平沼赳夫という政治家は、私の地元の選挙区になります。郵政問題で自民党を離党して、その後自民党に復帰する条件として求められた誓約書を拒否して無所属のままです。他の議員達の変わり身の早さに比べて、筋の通った政治家として、興味を持っていました。

本書を読むと、如何に郵政民営化法案が、民主主義の手続きを無視した決められ方をしたかがわかります。政治は綺麗事ではないかもしれませんが、我々は、小泉人気の影で、ただ浮かれていたのですね。

郵政民営化法案について、自民党総務部会で、原案ではなく、誰も見たことのない修正案が、いきなり持ち出されました。その手続きのおかしさに、31人の委員の19人が採決を拒否し、7人が賛成し、5人が反対したそうです。それが賛成多数となってしまいました。

国会では、郵政民営化特別委員の委員会採決直前に、反対に回る可能性がある委員をすべて賛成派に差し替えて、短兵急に法案を通過させ、本会議に出されました。本会議では威嚇、恫喝、懐柔などを経て、結果として5票差で法案が可決。参議院では否決され、衆議院解散です。

平沼氏の行動は、この手続きに反対したことが大きな理由であったと知りました。また、長銀が国から公的資金をさんざん受けたあげくに、ただ同然の値段で外資に瑕疵担保条項 (債権が不良化したら、日本政府が責任を負う) 付きで売られたことがあり、郵政事業の340兆円が二の舞になる、外資に流れてしまうという危惧もあったようです。長銀を10億円で買ったリップルウッドは、株を上場すると2300億円で売れ、毎年数百億円の利益も得ているとのことです。

彼は憲法改正を初めて選挙に出たときから掲げています。彼の「日本国元首は天皇である」という考え方は、私と異なりますし、いくつか相容れない考え方があります。しかし、本書を通じて、彼は人間的には面白い人であるなと感じました。人間的な魅力のある人は、思想が違っても好感が持てます。

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ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足

By , 2007年6月25日 9:33 PM

「ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足 (小長谷正明著、中公新書)」を読み終えました。

一般人でも十分読めるように、かみ砕いて書かれています。それでいて、医師から見ても考証がしっかりしています。

本書には、「神経内科からみた20世紀」という副題がついています。著者は私と同じ神経内科医です。

目次

まえがき
震える総統 ヒトラー
言葉を失ったボリシェヴィキ レーニンとスターリン
主席の摺り足 毛沢東
大統領たちの戦死 ウィルソンとフランクリン・ルーズベルト
芸術家、大リーガー、兵士 モーリス・ラヴェル、ルーゲーリック、横井庄一
二〇世紀のファウスト博士 ハーラーフォルデン
映像の中のリーダーたち
あとがき
参考文献

最初はヒトラーについて。彼がパーキンソン病であったことが、様々な証拠から示されます。ヒトラーのパーキンソン病のスコアなども紹介されます。

毛沢東は、筋萎縮性側索硬化症であったそうです。「新たな医療機動班を各都市に作って、中国中から同じ病気の患者を集めて治療し、もっとも効果あるものを主席に応用してみたらどうか」という意見すらあったようです。結局、西洋医学の情報を集めますが、如何なる治療も効果はありませんでした。現代でも難病です。

ハーラーフォルデンは、ハーラーフォルデン・スパッツ病に名前を残していますが、ナチスが虐殺した死体を研究していたそうです。

ナチスの虐殺 (T4計画) は優生学、「生きるに値しない命」という考えを元にしています。一方で、このような考え方はナチスだけでなく、フォスター・ケネディ症候群やレノックス・ガストー症候群に名を残したフォスター・ケネディーやレノックスやガストーにも見られ、彼らが 1942年に発達障害児の安楽死を提唱していたことを知りました。

著者は、あとがきで「医学の進歩や病態の追究を急ぐ余り、倫理観を見失ってはいけない、そう思って、ハーラーフォルデンの事例を検証した」と述べています。

我々も残酷な人体実験で得られた情報を何気なく使っています。例えば、ナチスが実験した「一酸化炭素中毒の脳に及ぼす影響」「氷水中で何分生きられるか」などです。本書で知ったこれらの情報を思い出す度に、虐殺された方々のことを考えそうです。

本書はわかりやすく読むことが出来、それでいて残るものの多い本です。是非お薦めします。

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黄熱の歴史

By , 2007年6月23日 6:23 PM

「黄熱の歴史 (フランソワ・ドラポルト著, 池田和彦訳, みすず書房)」を読み終えました。

黄熱の原因を誰がつきとめたかは、議論が紛糾するところです。米国のリードの功績を称える声が多い一方で、蚊が媒介するとすることをキューバのフィンレーが約 20年前に提唱していました。

米国人に功績を与えるか、キューバ人に功績を与えるかには、政治的な意図が見え隠れします。また、純粋な功績争いも関与し、真の歴史は閉ざされたままです。それを本書は読み解いていきます。読み始めたときは、上質のミステリーを読んでいるかのようなワクワク感がしました。

熱帯医学の感染症分野には、マンソンという人物が大きな役割を果たしています。マンソンがフィラリアにおいて蚊が媒介することを発見しました。

まず、フィラリア研究の歴史を軽く紹介します。

1872年、ルイスはヴッヘラーが乳び尿症の患者尿に見いだした微小な住血虫が、患者の血液にも存在していることを示しました。このわずか後、ヨゼフ・バンクロフトは、リンパ管嚢腫にその仔虫の親を発見し、コッボルドに伝えました。コッボルドは1877年にこの成果を発見し、バンクロフト糸状虫と命名しました。こうして、血液と尿に存在する微小な住血虫がリンパ管に住む成虫の子孫だと理解されるに至りました。マンソンは、バンクロフト糸状虫に関して、論理的に媒介とする生物の存在を必要としました。フィラリアの流行する地域に一致して存在する生物を追い求めた結果、イエカ (Culex mosquito) にたどり着きました。マンソンは、イエカによる媒介を説きました。1879年、マンソンは、コッボルドにグリセリン保管された蚊と陰嚢をコッボルドに郵送します。患者血液を吸った蚊はフィラリアに満ちており、生活環を示す強い証拠でした。

著者は、フィンレーはマンソンの説を取り入れたに違いないと推測しています。マンソンは中国で研究しており、一見関係がないように思えます。しかし、コッボルドやフェイラーが「ランセット」誌上でマンソンの法則に言及しており、フィンレーが「ランセット」を同学者らに紹介していることから、その問題は解決します。フィンレーは自分のオリジナリティを主張するために、マンソンの説を取り入れたことを隠しているのではないかと、著者は推測しています。

黄熱の研究は、難航していました。カビや細菌などが原因と考えられ、諸説紛糾しましたが、決着はつきませでした。

こうした中、転機が訪れます。1900年、アメリカの委員会はフィンレーと会合を持ち、フィンレーから渡されたイエカの卵 (同定の結果、学名 Culex fasciatus Fabricus) を持ち帰ります。しかし、委員長のリードは、陸軍基地で流行した腸チフスの報告書をまとめるため、ワシントンに呼び戻されてしまったのです。この間に卵が孵化しました。

そして、部下のラゼアーが実験を始めました。その結果、その蚊の接種を受けた研究者や兵士達が次々と黄熱を発症しました。ラゼアーも、黄熱を発症し、死亡しました。リードはハバナに戻り、すぐに「蚊が黄熱の寄生体の中間宿主の役割を果たしている」とする論文を書き上げました。

こうして、フィンレーの言うようにイエカが媒介することが濃厚になったため、感染実験が行われました。すなわち、患者の血を吸わせた蚊をボランティアの人間に再度刺させるのです。ボランティアの 7例のうち、6例に発症しました。これにより、蚊が媒介することが証明されました。また、死亡した黄熱患者の黒い吐瀉物、血便、尿で汚したものを並べた部屋で 3名が 20日間過ごすことにより、誰も感染しなかったため、蚊以外の経路は考えにくいとされました。また、黄熱の患者血液を、他人の静脈に注射したところ、4例中 3例に発症を認めました。こうして黄熱の原因が完全に証明されたのです。

こうして見ると、フィンレーは大きな貢献をしていますが、彼の説も紆余曲折を経ています。最終的にはイエカの卵を米国に渡すという貢献があったにしても。

本書には、フィンレーがロスの研究を参考にしていた可能性があるとして、マラリアの話にも言及しています。

1880年、ラベランはマラリアの原因となる住血虫を発見しました。ゴルジは分裂増殖サイクル像を作り上げました。グラッシ、ビグナミ、ダニレウスキ、パイファー、コッホらによる議論がありました。マラリアで見られる運動性の繊維をつけた物質の本態は何か、マラリアの伝搬様式はどのようなものか、といった問題で再びマンソンの説が貢献します。1897年、ロスは隔離した幼虫から育てたハマダラカを用いて実験をしました。二匹の蚊には患者血液を吸わせてあり、蚊の胃壁にマラリア (スポロシスト) が存在することの証明でした。蚊を経時的に解剖し、マラリアの状態を観察し、8日目に蚊の体内の細胞が弾けて中から糸状の物体が出てくるのを観察しました。そして、蚊の毒唾腺にこの蠕虫様生物を発見しました。

これらの研究は、家畜のテキサス熱の病原体ピロソーマ・ビゲミヌム (Pirosoma bigerinum) の伝播に関するスミスとキルボーンの研究、トリパノソーマ・ナガナ (Trypanosoma nagana) の伝播に関するブルースの研究にも影響を与えています。

普段触れない分野について、とても参考になったのですが、一つだけ苦言を呈しておきたいと思います。本書のカバーは、黄熱を意味するのか、黄色です。しかし、著者の顔写真にも黄色い印刷がかかっていて、まるで「黄疸患者」に見えることです。せめて、顔写真のところくらいは、普通の印刷にしたあげて欲しかったと思います。

著者は誰に功績が会ったのか、マンソンの手紙を引用することで応えています。

「しかしながら、貴兄 (フィンレー) は後者 (リード) に示唆と現物とを供給されたわけですから、貴兄の側にあっても重要な役割を果たされたわけです。一軒の家を建てるために煉瓦を運ぶひとはたくさんおります。わたくしには、なぜ、偶み石を運ぶひとだけがすべての栄誉に浴することになるのか了解できないでおります。」

(参考)
黄熱の歴史 (Top pageは名古屋検疫所)
感染症と公衆衛生 関連年表
蟲ギャラリー

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ジェイムズ・パーキンソンの人と業績

By , 2007年6月5日 5:23 AM

ジェイムズ・パーキンソンの人と業績 (豊倉康夫編著、診断と治療社)」を読み終えました。

本書では、「An Essay on shaking palsy」と題する、パーキンソンの原著が紹介されています。この論文を読んだシャルコーは、「振戦麻痺 (shaking palsy)」を「パーキンソン病」と呼ぶことを提唱しました。

その他、パーキンソンの人生などが本書で紹介されています。

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バイオリン奏法

By , 2007年6月3日 4:08 PM

かの有名なW.A.Mozartの父は、レオポルド・モーツァルトといい、名音楽教師でした。彼は「Versuch einer Grundlichen Violinschule」という本を書いており、邦訳が出版されています(「バイオリン奏法 (レオポルド・モーツァルト著、塚原哲夫訳、全音楽譜出版社)」)。

目次

バイオリン奏法 (Violinschule) への序
第1節 弦楽器、特にバイオリンについて
第2節 音楽の起源、および楽器について
第1章
第1節 新旧の音楽文学と音符、そして現在使われている譜線と音部記号について
第2節 拍子について
第3節 音符、休止符、符点などの長さ、または価値について。同時に、全ての音楽記号と音楽用語について
第2章 バイオリンの持ち方と弓の扱い方
第3章 生徒は弾き始める前に何を守らねばならないか。言葉を変えて言うと、一番始めに生徒に何を示さなければならないか
第4章 上弓と下弓の理法について
第5章 弓を巧みにコントロールし、いかに美しい音色をバイオリンから引き出すか。正しい様式の中で生み出すか
第6章 3連符と呼ばれるものについて
第7章 種々のボウイングについて
第1節 同じ音符におけるボウイングの変化
第2節 様々の音符よりなる音型におけるボウイングの変化
第8章 ポジション
第1節 全ポジションについて
第2節 半ポジションについて
第3節 複合または混合ポジションについて
第9章 前打音とそれに属する装飾音について
第10章 トリルについて
第11章 トレモロ、モルデント、その他即興の装飾音について
第12章 楽譜を正しく読むこと。優れた演奏について

鈴木慎一氏は本書の冒頭に寄せて「恐らく、このレオポルド・モーツァルトの『バイオリン奏法』は、世界で最初のバイオリン奏法の本ではないでしょうか。」と記しています。

実は、1751年にジェミニアーニが、「The Art of Playing on the VIOLIN」という本を書いているのですが、これはほとんどが練習曲で構成されており、それに対する解説がつけてあるというスタイルなので、L. Mozartの本とは若干異なります。ちなみにジェミニアーニの本も、邦訳が簡単に手に入ります。「バロックのヴァイオリン奏法 (フランチェスコ・ジェミニアーニ著、サイモン・モリス解説、内田智雄訳、シンフォニア)」という邦題です。

本書のはしがきに「1756年干草月 (※7月) の26日に書かれた」とありますから、ジェミニアーニの少し後ですね。

本書では、まずバイオリン属の楽器について解説します。ポケット用ガイゲ (Geige=fiddle)、4分の1ないし2分の1サイズのガイゲ、普通のバイオリン (「これこそ特にこの本でこれから扱っていこうというものなのです」と記載あり)、アルト用ガイゲ、バス・ビオル、大バス(ビオロン)、ガムバ、ボルドン、ビオラ・ダモーレ、ビオレッタなどです。知らない楽器がたくさんあります。

ついで、楽器の構造について、それから簡単な音楽史、音楽理論と進みます。第2章では楽器の持ち方が記載され、以後実際の演奏法が豊富な譜例とともに記されます。演奏する上での留意点が充実しています。

最後の言葉は、こう締めくくられています。

この本を私は骨を折って書きましたが、目的があったためです。それは初心者を正しい道に導き、彼らのために、音楽のよい趣味への知識と感覚を準備するということです。我々の尊ぶべき壇上の芸術家のために、もう少し言いたいことがあるのですが、ここで筆を置くことにします。もしかしたら私はあえて再び音楽の世界にもう1冊の本を出そうとするかもしれません。が、それは誰にもわかりません。それは、初心者に役立ちたいというこの私の熱意が、全く役に立たないわけではなかった、ということがわかった時のことです。

数多の名曲を残したモーツァルトの父親も、偉大な人物だったのですね。

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物理講義

By , 2007年5月29日 10:08 PM

「『湯川秀樹 物理講義』を読む(小沼通二監修、講談社)」を読みました。

結論から言うと、「理解できなかったけど面白かった」です。この本は、湯川秀樹氏が晩年日大で行った講義を本にしたものです。内容はニュートン力学、量子論、特殊相対性理論、一般相対性理論を扱っています。ローレンツ変換、シュレディンガー方程式といった、名前しか聞いたことのない専門用語を普通に使用して話していますので、とまどいます。注釈がしっかりしているのでありがたいのですが、注釈の意味がまたわからない・・・(笑)

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タンパク質の一生

By , 2007年5月19日 10:30 AM

タンパク質の一生 集中マスター 細胞における成熟・輸送・品質管理 (遠藤斗志也、森和俊、田口英樹編集、羊土社)」を読み終えました。

本書は、ここ数年間の Nature, Sciense, Cellといった有名雑誌を元に書かれており、最新の知識に触れることが出来ます。タンパク質が誕生して、成熟し、分解されるまでの生涯を主に扱っています。内容が高度なので、簡単な入門書を読んでからの方が理解しやすいかもしれません。

Anfinsenのドグマとして知られている「アミノ酸配列さえ決まればタンパク質の立体構造が決定する」→「タンパク質の立体構造形成(フォールディング)は他からのエネルギーを必要としない」という原則が、ここ数年で揺らいできていることが示されています。

それは、「変性していることが普通の機能性タンパク質」という項で、「原核生物のゲノムにコードされているタンパク質の30%はNUP (Natively unfolded protein)」であることとして一つは記載されています。プロテアーゼ消化を受けやすいためにタンパク質量をコントロールしやすいメリットがあるそうです。

更に、アミロイドやプリオンといった非常に安定した凝集蛋白や、molten globule (二次構造とコンパクトさは天然構造に近く、三次構造は崩れた中間的状態) といった発見も、Anfinsenのドグマを揺らがせる存在であるようです。

こういした分野は、日進月歩で、我々が10年少し前にならった知識は既に古いものとなってしまっています。

神経内科に直接関係あることも紹介されていました。こうした研究は、一般にあまり世の中で評価されていませんが、病気の本質に関わる大切なものです。現在、多くの変性疾患は、治療の選択肢が乏しいものですが、こうした研究は、根本的な治療につながる可能性があります。

①アミロイドーシス
アミロイド病として、アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、透析アミロイドーシスなどが知られています。

しかし、病気に関与しないタンパク質でもアミロイド様線維を形成することから、アミロイド線維自体が悪ではなく、多量体 (オリゴマー) レベルが犯人ではないかという意見が広がっているそうです。

また、サイトゾルのシャペロニン (タンパク質のfoldingを助けたり、品質管理に関わる。多くは熱ストレスで誘導されるHeat shock protein。) の一つCCT/TriCがポリグルタミン (polyQ) タンパク質の凝集を防ぐことが知られ、オリゴマー形成の阻止が神経細胞死を防ぐと報告されています。

②ユビキチン化
ユビキチン-プロテアソーム系 (UPS) の異常は、神経変性疾患ではTopicsとなっています。本書では、UPSの制御についてのシャペロンの役割が記されています。その前景となる知識は、一般的に知っておいて良いと思うので、引用させて頂きます。

 本来、不要なタンパク質は、E1-E2-E3 (-E4) というユビキチン化酵素群によるカスケード反応を介してポリユビキチン化され、それが目印となって分解酵素複合体のプロテアソームに受け渡され、細胞内から消去される。

しかし神経変性疾患では、ユビキチン化された不溶性タンパク質凝集体、すなわちパーキンソン病におけるレビー小体、アルツハイマー病における神経原線維変化、ポリグルタミン病(ハンチントン病、マシャド・ジョセフ病など)やALS (筋萎縮性側索硬化症) における細胞内封入体などが認められる。またそれらの責任分子として、UPSのE3酵素であるParkinやE4酵素であるUFD2a, CHIPや脱ユビキチン酵素であるUCH-L1などが同定されている。

これらの知見から、UPSが正常に機能すれば、異常タンパク質は細胞内から除去され、神経変性には至らないことが予想されている。

③膜タンパク質の加水分解
膜タンパク質の分解には水が必要ですが、膜タンパク質は脂質に富み、疎水性の性格を持ちます。そこで加水分解するためには、膜タンパク質を膜外の水溶性環境に引き出すことですが、膜内部で分解する機構 (RIP; regulated intramembrane proteolysis) もあるそうです。そのRIPは、アルツハイマー病の原因タンパク質と目されるアミロイドβペプチドの生成などにも関与しているそうです。

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MRI「超」講義

By , 2007年5月19日 7:53 AM

「MRI「超」講義 第2版(Allen D Elster, Jonathan H. Burdette著, 荒木力監訳, メディカル・サイエンス・インターナショナル)を読みました。

MRIについての専門的な本で、特に前半の数式は高校数学レベルでは理解不能でした。しかし、興味ある項目を読むだけで、すごく勉強になります。また、学術的なもの以外にも、いくつもの面白い記述がありました。

Q14.06 ペースメーカーを装着した患者にMRIを施行してはならない, というのは正しいのでしょうか.

いや・・・ほとんどめったに・・・ただただ気が進まずに行うことがある。我々の施設ではおよそ5年ごとに、ペースメーカー装着患者の差し迫った臨床上の問題で他の画像検査では十分でないために、MRIが必要とされる状況が生じる。このようなまれな状況では、我々は以下のプロとコールで安全に検査を施行してきた。①検査が医学的に必要なことを主治医が述べている声明書を取得する。(略)④うまくいくように祈る。

心臓ペースメーカーに MRI検査は禁忌とされており、国家試験でも禁忌肢 (選択すると国家試験に落ちる) として出題されていますが、利益とリスクの比較をして検討すべきということのようです。やらないに越したことはないのですが・・・。

最後の記述は欧米的な発想ですね。

本書には、北米ならではの質問も載っていて、驚きました。地域差というのはあるものですね。それにしても良く調べたものです。

Q14.20 市中病院では銃弾を撃ち込まれているという人が少なくありませんでしたが、銃弾の金属は撮像に問題ないのでしょうか。

北米で、狩猟や土曜の夜の余興に用いられている大小の弾丸の大部分は、強磁性体でないので撮像しても問題ない。しかしながら軍の銃弾は、警察や麻薬ディーラーの弾丸と同様、高度の強磁性体であるために、MR検査の際に患者の危険性が問題となる。BB弾や散弾銃の弾丸のなかにも同じ種類のものがある。
(略)さまざまな強磁性体の弾丸で実際の磁場による偏向力をin vitroで計測したところ、最大で(中国の軍事用弾丸)4.4×10^4dyneより大きな数値を計測した。


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医師はなぜ治せないのか

By , 2007年4月8日 3:21 PM

「医師はなぜ治せないのか(Bernard Lown著, 小泉直子訳, 築地書館)」を読み終えました。

Lown医師は、心室性期外収縮の分類であるLown分類で有名です。心室性不整脈に対するリドカイン投与、除細動(電気ショック)を始めたのも彼の仕事です。ハーバード大学の教授であり、ノーベル平和賞も受賞しています。心不全の重症度分類を作ったLevine教授の弟子でもあります。

彼は、「病気を治すことはできないが、少なくとも、この点とこの点は軽減できる」という捉え方を述べています。また、エドワード・トルドー医師の「何人かは治せる。たくさんの人を楽に出来る。すべての人に慰めを与えられる。」という言葉を紹介しています。これは以前読んだ「死に方 目下研究中(岩田誠著、恒星出版)」での「私はメディシンというのは、病気をなくすためとか、治すためにあるのではないと思います。病気の状態にある人に対して、何かやれることを探して、その手助けをするという程度のことしかたぶんできてこなかったと思うのです。(中略)治した、治したと思っているのは、ある意味錯覚で、要するにある戦場での勝利であるというだけです。死との全面戦争では絶対に負けているんです。メディシンが死との戦争で勝った試しはないのです。不老不死なんてありえないんですから。」という思想に通じるところがあると思います。

彼のした先進的な研究がなければ、現在の心臓病の治療はここまで進んでいないと思いますが、彼からは医師としての姿勢についても学ぶことが多いように思います。

その一方で、彼は人体実験まがいのことも多くしているのですが、「当時は、患者にやってもよいことを判断する認可委員会などなかったし、インフォームド・コンセントも必要なかった。ただ、部長の許可を得ればよかった。また、だめだと言われることもなかった。それどころか研究熱心だとして株が上がるくらいだった。」と釈明しています。

また、当時をふり返って、「よく、昔はよかったと懐かしんで、『古きよき時代』と言ったりする。しかし、五〇年前の病院医療をふり返ると、今はずいぶん改善された。今の病院のほうが、はるかに安全だ。患者は情報を知らされる。医薬品も注意深く処方されるし、手術室も大幅に改善された。最大の進歩は、どのような処置を受けるか、患者が自分の意見をかなり言えるようになったことだ。今にして思えば、五〇年前に病院で行われていた数々の身体障害にはぞっとするばかりだ。」と述べています。

本書の最終章は、「医師にどう接するか よい医療を受けるには」となっており、医師以外が読んでも面白い本です。

驚いたのは、心臓超音波検査。日本では診療報酬7500円(患者は3割負担)ですが、「一回の検査で請求される八〇〇ドルのうち五〇〇ドルが純利益になる」と紹介されていました。

「ある特定の症状を示す一〇〇〇人の患者がどうなるかについてなら、医師は非常に正確に予想できるかもしれないが、分母が小さくなればなるほど、正確に予想するのは指数関数的にむずかしくなる。サンプル数が単一のとき、すなわち一人の患者の結果を予言しなければならないときには、正確さはゼロになる。統計を個人の患者に当てはめるのはむずかしい。」には同感です。

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