Category: 感染症

デング熱

By , 2014年1月12日 8:05 AM

日本から帰国したドイツ人がデング熱を発症したとニュースになっていました。

ドイツ人女性がデング熱に、日本旅行中に感染の可能性も

TBS系(JNN) 1月10日(金)21時9分配信

60年ぶりに、国内でデング熱ウィルスに感染した可能性です。

熱帯を中心に流行し40度を超える熱などを引き起こす「デング熱」に、日本を旅行で訪れていたドイツ人の女性(51)が感染していたことが分かりました。

女性は、去年8月に山梨県内で蚊に数回刺されたと話していて、厚労省は海外から持ち込まれた「デング熱」のウイルスを日本の蚊が媒介し、感染を引き起こした可能性もあるとしています。

「デング熱」の国内感染は60年以上報告されていません。(10日19:59)

丁度 2013年の Lancet Neurologyに “Neurological complication of dengue virus infection” という総説を見つけて「おぉっ」と思いました。これだけ世界が近くなっている時代ですから、いつか診療する機会があるかもしれませんし、デング熱の神経合併症を勉強したことはなかったので、ざっと読んでみました。

Neurological complications of dengue virus infection

<Introduction>

蚊媒介の感染症で 2番目に多く、毎年 100万人くらいの症候性デングが発生する。重症デングでの死亡率は 0.2~5%である。

<Epidemiology, virus, and vectors>

ネッタイシマカ、ヒトスジシマカが主な媒介生物である。ほとんど熱帯および亜熱帯に特有である。最も発生率が高いのが、アジアと中央・南アメリカだが、アフリカでの報告が増加している。タイやカンボジアでは、小児の症候性デングは、小児 1000人当たり 20人にのぼる。

<Clinical findings>

ほとんどが無症候。症候性の感染は、従来、原因不明の発熱、デング熱、デング出血熱、デングショック症候群に分類されていた。

発熱、前頭および眼球後部の頭痛、筋・骨・関節痛、腹痛、吐き気、嘔吐が一般的な症状である。軽度の一過性の皮疹が見られ、半数の患者では 3~4日後に丘疹や猩紅熱様皮疹がみられる。

デング出血熱は 4つの基準の存在で定義される。①発熱、②出血、③血小板減少症 (10万/uL未満), ④血管透過性亢進による血漿漏出の証拠、である。

デングショック症候群はデング出血熱と同じ特徴に加えて、循環不全、低血圧、ショックを呈する。

しかし、数十年使われたこれらの分類は適応が難しく、重症例がスタディーから漏れることもあったため、2009年分類では「警戒徴候 (腹痛や腹部圧痛、持続する嘔吐・・・) のないもの」「警戒徴候のあるもの」「重症デング」に分類された。

<Neurological complications>

・Dengue encephalopathy

もっとも一般的な神経合併症である。 遷延するショック、低酸素、脳浮腫、代謝異常 (低Na血症など)、全身もしくは脳出血、急性肝不全、腎不全などの複数の要因によって起きうる意識障害を含む。髄液細胞数、蛋白は一般的に正常である。デング熱の数%にデング脳症を認める。症状は意識障害や痙攣である。髄液検査でウイルス特異的 IgM抗体やウイルス RNAは検出されない。予後はばらつきがあり、原因となった要因 (肝不全、電解質異常、ショックなど) による。支持療法が行われなければ、死亡率は高い。

・Encephalitis

髄液細胞数増多がみられ、髄液からウイルス抗体、ウイルスRNAが検出されるが、そうではない症例もあり得る。臨床的にデング脳症との鑑別は難しい。症状は、意識障害、頭痛、浮動性めまい、見当識障害、けいれん、行動異常など。重症例では四肢麻痺を来すこともある。予後は報告によりばらつきがある。

・Post-dengue immune-mediated syndromes

Post-dengue immune-mediated syndromeとして、急性横断性脊髄炎、急性散在性脳脊髄炎 (ADEM), Guillain-Barre症候群などが起こる。稀に、視神経脊髄炎 (NMO), Miller-Fisher症候群や、横隔神経麻痺、長胸神経障害、Bell麻痺、外転神経麻痺、動眼神経麻痺のような単ニューロパチーが報告されている。ポストデング症候群は通常数週間から数ヶ月で改善する。

①急性横断性脊髄炎

ウイルスの直接浸潤は傍感染期に起こるが、感染後脊髄炎は免疫介在性である。傍感染性脊髄炎は感染 1週間以内に起こるが、感染後免疫介在性脊髄炎は初発症状の 1~2週間後に起こる。デング脊髄炎では、ウイルス特異的 IgG抗体が髄液から検出される。MRIでは T2強調像高信号となる。下部頚髄~上部腰髄まで高信号を呈する症例もある。

②急性散在性脳脊髄炎

デング熱やデング出血熱の回復期に発症する。髄液蛋白の軽度上昇と、細胞数増多がみられる。頭部MRIでは、T2強調像高信号で、T1強調像ではガドリニウム造影効果を伴う。(論文に掲載されている写真では、両側レンズ核に対称性の異常信号が確認できる)

③Guillain-Barre症候群

デング発症  1週間後に、四肢の麻痺や腱反射消失がみられる。デングウイルス感染後の急性軸索性運動感覚障害も報告されている。髄液では蛋白細胞解離がみられる。Guillain-Barre症候群は、症状に乏しいデングウイルス感染でも報告されている。

・Cerebrovascular complications

デングの回復期での脳内出血が過去に報告されてきた。デング関連脳血管合併症の頻度はよくわかっていない (どうやら 1%以下で稀らしい) が、梗塞より出血性脳卒中の方が多いようだ。多くは、発熱の 1週間後の脳内出血である。急性脳内出血は、他の出血徴候を伴わないこともある。基底核の脳出血や脳葉の多発脳出血などが報告されている。より頻度の少ない脳内出血として、浮腫を伴った両側小脳出血や、閉塞性水頭症、橋出血、急性硬膜下血腫、多発急性硬膜下血腫、一過性血小板減少症を伴った限局性クモ膜下出血がある。脳梗塞としては、分水嶺梗塞、小皮質梗塞、放線冠と被殻梗塞による dysarthria clumsy-hand 症候群が報告されている。

・Dengue muscle dysfunction

血清学的にデング感染が確認された約 9割で CK上昇が見られたとする報告がある。臨床的には、CK上昇、筋痛、近位筋筋力低下などがみられる。重症例では横紋筋融解を呈したり、呼吸筋麻痺を起こして死因となったりする。従来は筋炎と言われたが、良性で自然治癒することから、最近ではデング関連一過性筋障害と言われる。熱帯地方では、小児の良性の急性ウイルス性筋炎の主な原因の一つとされ、”myalgia cruris epidemica” とも呼ばれる。CKは平均 837 IU/lだが、100000 IU/l以上になることもある。

筋電図では、early recruitmentがみられ、安静時活動電位を欠く (いわゆる non-necrotizing myopathyのパターンといえる)。最大干渉で、polyphasic MUPが観察されることがありうる。

筋生検では、軽度から中等度の血管周囲の単核球浸潤、筋壊死を伴った間質内出血、脂質の凝集がみられる。

多くの場合、1~2週間で自然に回復が始まる。まれに重症劇症筋炎やステロイド抵抗性筋炎が報告されている。鑑別は細菌性筋炎やレプトスピラ症である。

神経伝導検査が正常であることや、蛋白細胞解離がないことが、Guillain-Barre症候群との鑑別に役立つ。

・Neuro-ophthalmic complications

神経眼科的症状は、典型的には後眼部に起こる。後眼部に異常がない前部ぶどう膜炎はまれであり、進行性視力低下と関係している可能性がある。眼合併症は、デング黄斑症、網膜浮腫、網膜出血、視神経乳頭浮腫、視神経炎、硝子体炎を含む。これらはしばしば過小評価されている。眼合併症は通常回復期に発症し、デング入院患者の 10~40%程度にみられると推測される。多くの患者は特別な治療を要せず、約1~3ヶ月で視力が回復する。

<Pathogenesis of neurological features of dengue>

(略)

<Diagnosis>

多くの症状は非特異的なので、臨床的に疑うことが重要である。最初の数日は、ウイルスは血中にいるので、NS1抗原や RT-PCRやウイルス培養が推奨される。デングウイルス特異的 IgM抗体は、発症 3~10日間血清サンプルに存在する。IgM capture (MAC)-ELISAが最も広く用いられる血清学的検査である。抗体価は、他のフラビウイルス感染所うにより擬陽性を呈しうる。

流行国やそこを旅行してから 14日以内で発熱や神経症状を呈する患者では、デングの除外が必要である。可能であれば髄液検査を行い、髄液の異常やウイルス特異的抗体、NS1抗原、ウイルスRNAの検査がされるべきである。発熱性脳症の鑑別診断は、マラリア、結核、レプトスピラ症、リケッチア症、局所の疫学に応じたその他の細菌やウイルス感染 (日本脳炎、ウエストナイル熱、ヘルペスウイルス) である。

にもかかわらず、血清学的診断の感度は低い。ウイルス特異的 IgMの髄液における感度は 22~33%である。また、血清に比べて髄液での virus RT-PCRの感度は低い。また、デング脳炎の約半数で髄液が正常であったとする報告もある。したがって、髄液が正常でもデング脳炎は否定できない。

脳波で異常がみられることもあるが、特異性には乏しい。

<Management>

有効な抗ウイルス薬は存在しない。軽症例では、解熱剤や水分摂取が有用である。アセチルサリチル酸や他の NSAIDsは避けるべきである。出血性合併症に対しては、初期には保存的に対応すべきである。正確な輸液管理が必要であり、輸血や血小板輸血は重症出血例でのみ必要とされる。

重症デングで、血漿漏出の徴候がある場合、輸液過多にならないようにヘマトクリット値の緊密なモニタリングを行うとともに、急速輸液が必須である。輸液は、等張晶質液を用いるべきである。そして、深刻なショックや、初期の等張晶質液に反応がないショックに対して等張膠質液を用意するべきである。急性期のステロイド経口投与による、ショックや他の合併症の減少効果は示されていない。

症候性の痙攣は、肝毒性のない抗てんかん薬で治療するべきである。

デングの免疫介在性中枢神経障害に対してステロイドパルス療法を提唱する医師もいるが、脊髄炎や急性散在性脳脊髄炎で有効性を示した RCTは存在しない。ポストデング Guillain-Barre症候群に対する IVIgは有効である。筋障害に対しては、輸液や鎮痛剤が用いられる。コルチコステロイドの有効性は示されていない。

神経眼科的症状に対して確立した治療法はない。過去にステロイドは用いられてきたが、RCTは行われていない。前部ぶどう膜炎に対して局所ステロイドが用いられてきた。一方、ステロイドパルスやステロイド経口投与は、進展する網膜の血管炎に適応があるかもしれない。

デング予防に対する有効なワクチンはないが、現在いくつかのワクチン候補が開発中である。

当初想像していたより、多彩な神経症状が報告されていて、びっくりしました。筋障害も興味深い症状ですね。

深刻なショックに対しての記載で一点疑問。Surviving Sepsis Campaign 2012では、「重症の敗血症および敗血症性ショックの患者に HESを用いない (Against the use of hydroxyethyl starches for fluid resuscitation of severe sepsis and septic shock (grade 1B), 596ページ)」となっていますが、デングショックの重症例では晶質液も検討することになっています。敗血症性ショックとは別の扱いなんでしょうか?ショックに対する晶質液の使用については議論があるところで、この辺は集中治療医と相談しながらになりそうです。

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プリオン

By , 2013年11月20日 7:23 AM

2013年11月14日の New England Journal of Medicine (NEJM) に新しいタイプのプリオン病が報告されました。プリオンがこんなことを引き起こすとは想像していなかったので、読んで久々に鳥肌が立ちました。

A Novel Prion Disease Associated with Diarrhea and Autonomic Neuropathy

N Engl J Med 2013; 369:1904-1914November 14, 2013DOI: 10.1056/NEJMoa1214747

BACKGROUND

Human prion diseases, although variable in clinicopathological phenotype, generally present as neurologic or neuropsychiatric conditions associated with rapid multifocal central nervous system degeneration that is usually dominated by dementia and cerebellar ataxia. Approximately 15% of cases of recognized prion disease are inherited and associated with coding mutations in the gene encoding prion protein (PRNP). The availability of genetic diagnosis has led to a progressive broadening of the recognized spectrum of disease.

METHODS

We used longitudinal clinical assessments over a period of 20 years at one hospital combined with genealogical, neuropsychological, neurophysiological, neuroimaging, pathological, molecular genetic, and biochemical studies, as well as studies of animal transmission, to characterize a novel prion disease in a large British kindred. We studied 6 of 11 affected family members in detail, along with autopsy or biopsy samples obtained from 5 family members.

RESULTS

We identified a PRNP Y163X truncation mutation and describe a distinct and consistent phenotype of chronic diarrhea with autonomic failure and a length-dependent axonal, predominantly sensory, peripheral polyneuropathy with an onset in early adulthood. Cognitive decline and seizures occurred when the patients were in their 40s or 50s. The deposition of prion protein amyloid was seen throughout peripheral organs, including the bowel and peripheral nerves. Neuropathological examination during end-stage disease showed the deposition of prion protein in the form of frequent cortical amyloid plaques, cerebral amyloid angiopathy, and tauopathy. A unique pattern of abnormal prion protein fragments was seen in brain tissue. Transmission studies in laboratory mice were negative.

CONCLUSIONS

Abnormal forms of prion protein that were found in multiple peripheral tissues were associated with diarrhea, autonomic failure, and neuropathy. (Funded by the U.K. Medical Research Council and others.)

Abstractを日本語にすると、大体下記のような感じになります。

Background

ヒトプリオン病は、臨床病理学的表現型は多彩だが、一般的には認知症や小脳失調を中心とした、急速な多巣性中枢神経変性が関与する神経疾患ないし精神神経疾患を呈する。プリオン病の約 15%が遺伝性で、プリオン蛋白 (prion protein; PRNP) をコードする遺伝子変異が関与している。遺伝子診断の利用により、認識された疾患のスペクトラムは広がりを見せている。

Methods

我々は、イギリスの大家系における新しいプリオン病を調べるため、家系的、神経心理学的、神経生理学的、神経画像的、病理学的、分子遺伝学的、生化学的研究、さらに動物伝播研究と共に、20年以上の長期に渡り臨床的評価をしてきた。我々は、家系内 5名から得られた剖検ないしは生検サンプルと共に、家系内患者 11名のうち 6名を詳細に調べた。

Results

我々は、PRNP Y163X切断変異を同定し、成人初期に発症する自律神経障害と length-dependentの感覚優位軸索性末梢神経障害を伴った慢性下痢症が特徴的な表現型であることを見出した。認知機能低下とけいれんは 40~50歳代で出現した。プリオン蛋白アミロイドの沈着は、腸管や末梢神経を含む末梢臓器の至るところで見られた。末期の神経病理学的検査では、顕著なアミロイドプラーク、脳アミロイドアンギオパチー、タウパチーといった形で、プリオン蛋白の沈着が見られた。脳組織において、独特のパターンの異常プリオンタンパクの断片が見られた。マウスへの伝播実験は陰性だった。

Conclusions

末梢組織で見られる異常プリオン蛋白は、下痢、自律神経障害、末梢神経障害に関連があった。

内容を簡単に紹介。

[背景]

・プリオン病は、伝播しうる致死的な神経変性疾患で、遺伝性ないし後天性、もしくは孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病 (sCJD) として自然発生するものがある。

・伝播する物質プリオンは、正常な細胞表面蛋白プリオンが異常な折りたたみ構造をとって凝集した蛋白質である。プリオンの伝播は、正常なプリオン蛋白に結合して、それを鋳型としてミスフォールディングしていく、種 (seed) となるタンパク質の重合により起こると考えられている。

・常染色体優性のプリオン病は、PRNP遺伝子の変異によって起こり、これらの疾患はオーバーラップする 3つの疾患、Gerstmann-Straussler-Scheinker (GSS) 症候群、致死性不眠症、家族性クロイツフェルト・ヤコブ病に分類されてきた。

・他の神経変性疾患で異常沈着きたすタンパク質と対照的に、プリオン蛋白は glycosylphosphatidylinostil (GPI) anchorによって細胞膜につなぎとめられている。GPI蛋白結合部位を欠損したプリオン蛋白を発現させたマウスの実験では、感染性プリオンが伝播し、異常なプリオン蛋白が血管周囲に沈着する一方で、進行がとても遅く、多彩な臨床症状をきたすという、極めて興味深い結果が見られてきた。ヒトでは、stop-codonの変異がGPI anchorを欠く異常プリオン蛋白の原因となるが、報告は極めて限られる。PRNP Y145X変異ではアルツハイマー型認知症と脳血管にプリオン蛋白アミロイド沈着を伴った一例報告が、PRNP Q160Xでは認知症を呈した小家系の報告が、C末端の切断変異では GSS症候群の症例報告がなされている。

[方法]

・Immunohistochemical analysis

組織を固定して、組織ブロックをパラフィン包埋、ホルマリンによる前処理をした。組織は 7 μm厚に薄切し、hematoxylin and eosin, Luxol fast blue, periodic acid-Schiff, Congo red,thioflavin Sで染色した。免疫組織学的解析は、通常の avidin-biotin protocolに則って行い、プリオン蛋白 (KG9, 3F4, ICSM35, Pri-917), amyloid P component,glial fibrillary acidic protein, tau (AT8), tau-3R,tau-4R,amyloid-β, neurofilament cocktail, TDP-43,CD68,CR3/4, α-synucleinに対する抗体を用いた。

・Molecular genetic and protein studies

PRNPのゲノムDNAの全reading frameを解析した。脳ホモジネートは、SDS-PAGEで電気泳動し、immunoblottingを行った。

・Murine models

Tg (HuPrP129V+/+Prnp0/0)-152 mice (129VV Tg152mice), Tg (HuPrP129M+/+Prnp0/0)-35 mice (129MM Tg35 mice) を transgenic mouseとして用いた。

Inbred FVB/NHsd miceの脳内に、患者 IV-1から得られた脳 (前頭葉) を接種した。

[結果]

・Clinical Syndrome

臨床的に全ての患者は類似し、常染色体優性遺伝を示した (Figure. 1)。

全ての患者は 30歳代で発症する慢性下痢、それに引き続く混合性感覚優位及び自律神経ニューロパチーを呈した。水様性下痢は日夜数回起こり、腹部膨満感と体重変化を伴い、過敏性腸炎やクローン病と診断されていた。膀胱の脱神経による尿閉があり、自己導尿が必要で、2名の患者ではインポテンツが初期症状であった。別の初期症状は起立性低血圧で、ミネラルコルチコイドや非薬物対症療法に反応した。中等度に進行した患者では、体重減少、嘔吐、下痢は重度であり、2名では静脈栄養を要した。この治療により体重は安定し、嘔吐や下痢を軽減させるのに役立った。認知機能の問題やけいれんは 40~50歳代で出現した。平均死亡年齢は 57歳 (40~70歳) であった。

電気生理学的評価は 5名の患者に対して 11回行われ、進行性のlength-dependent, 感覚優位ポリニューロパチーであった。温度閾値は足では極めて異常だったが、手ではそうではなかった。運動神経の障害は進行期において、それほど重篤ではなく、脱神経の所見があり、下肢遠位の筋に強かった。臨床および電気生理学的検討では、遺伝性感覚および自律神経ニューロパチーを思い起こさせるもので、所見は家族性アミロイドポリニューロパチーに似ていた。

神経心理評価は 3名の患者に対して 8回行われた。患者が 50歳代の頃、最も顕著だったのが記憶機能と遂行機能の障害だった。2名は重症の患者は音韻性言語障害を呈した。頭部MRIでは進行期の患者 1名でテント上の全般的脳容積低下が見られたが、他の患者は正常であった。髄液検査では総tau (tau > 1200 pg/ml, 正常値 0~320 pg/ml) と、S100b蛋白 (2.17 pg/ml, 正常値 0.61未満), 14-3-3タンパク質の上昇を認めた。

アンカーを欠くプリオン蛋白を発現させたマウスで心筋症が見られたため、心臓の評価を行った。しかし、病歴や検査 (心電図、超音波検査) で心臓の障害が示唆された患者はいなかった。

・Molecular genetics

患者の DNAサンプルから PRNP遺伝子をシークエンスしたところ、新規のPRNP Y163X変異が同定された (c.489C→G, p.Y163X)。この変異は、prion蛋白の 129残基のバリンへの多型を伴っていた (Figure. 2)。PRNPの codon 129の多型は、健常人でも一般的に見られ、プリオン病の強力な感受性因子ならびに疾患修飾因子として知られている。患者 II-2, III-1, III-5は絶対的保因者と判断された。National Hospital for Neurology and Neurosurgeryにおいて、血縁関係のない遺伝性感覚性および自律神経ニューロパチーの患者 18名を調べたところ、変異は見つからなかった。そのため、この疾患は稀であると考えられる。4000名以上の患者とコントロールで検索しても、この変異は見つからなかった。

・Brain and peripheral-organ tissue disease

病理学的に、末梢組織では、 腸管、後根神経節細胞周囲、末梢神経の神経線維周囲、脳神経根の軸索と脊髄の後根と前根の軸索の間、リンパ網内系、門脈や腎臓尿細管、肺胞などにプリオン蛋白が見られた。末梢組織での異常プリオン蛋白は、孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病でも高感度の Western blotでは検出されていたが、免疫組織化学染色では検出されていない。(Figure .3)

中枢では、皮質 layer 1, 2にほぼ限局する軽度の海綿状変化がみられた。深部の皮質層の空胞形成は、孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病と違って顕著ではなかった。neurofibrillary tangleや neuropil threadの中に、プリオン蛋白のプラークや、相当量のタウ関連疾患の所見を認めた (こういう所見は GSSでも見られるとされる)。ミクログリアにプリオン蛋白を認めたが、アストロサイトでは認めなかった。新皮質に PAS染色でアミロイド形成を伴った蛋白沈着が確認され、血清アミロイドP陽性であった。(Figure. 4)

・Immunoblotting

PRNP Y163Xにコードされるプリオン蛋白は、安定なSDS抵抗性のオリゴマーを形成しているのかもしれない (※Figure. 5Cで epitope 142-158を認識する 抗体 ICSMでバンドが見られないのは、プリオン蛋白のオリゴマー形成により抗体が認識しなくなったものと推測される)。

・Absence of transmission to mice

患者脳を用いて、プリオン感染がマウスに伝播するか調べた。3種類の系統の 24匹のマウスのうち、接種後、実験終了の 600日目までに臨床症状を呈したものはなかった。潜在的な感染がないか、脳組織の Western blotや免疫組織化学的検討をしたが、そのような所見はなかった

[考察]

・PRNP Y163Xは、非神経症状を呈し、プリオン蛋白アミロイドが全身臓器に沈着し、進行が緩徐であるという点で、他のプリオン病と異なる。

・末梢の症状優位なので、初期に消化器科などを受診することがあり、診断が難しい。

・PRNP Y163Xと 129バリン多型の存在の関係についてはよくわかっていない。

・自律神経症状は急速に進行する致死性不眠症でも報告されているが、これはコドン 129メチオニン多型を伴った codon 178の変異で起こる。しかし、末梢神経障害は致死性不眠症では見られない。

・PRNP Y163X変異による自律神経障害は、臨床的、電気生理学的、病理学的検討から、末梢優位であるようだ。下痢は複合的な要因によるもので、自律神経の脱神経、あるいは異常プリオン蛋白が直接粘膜を障害し、吸収障害や細菌の増殖、腸管麻痺を起こすのかもしれない。

・下痢により、手術を行われた患者が複数存在した。そのことにより医原性にプリオンの感染が広がった可能性がある。マウスでは、実験的なプリオン蛋白の感染は確認されなかったものの、ヒトにおいては完全に否定はできない。

・末梢神経障害を伴った説明のつかない慢性下痢や、家族性アミロイドポリニューロパチーに似た説明の出来ない症候群を見たら、PRNPの検査を行うべきである。

この疾患が稀であるとしても、こういう患者さんを見かけたら、この遺伝子変異が鑑別になることは、覚えておかないといけないと思います。

プリオン病については、いくつかの診療経験が思い出されます。初めて診断したのは、医師になって 3年目の時、郡山での夜間の救急外来でした。3ヶ月前から進行する物忘れを生じた高齢者が、近医でアルツハイマー病と診断されてからすぐ痙攣ということで搬送されてきたのです。診断に苦慮したのでボスを呼んだら、ミオクローヌスを見てひと目で「これは孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病ですね」と診断し、検査する前から検査結果を言い当てられ、「神経内科医すげぇ」と思った記憶があります。別の患者さんで、孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病だと思って遺伝子を調べたら、冨士川流域家系だったことがあり、すごくシビアな告知となりました。また、中学生時代にイジメにあって頭蓋骨を割られ、人工硬膜を使うことになったら、そこからプリオン病に感染した若者の主治医をしたときに、やるせない気持ちになったのを覚えています。

さて、プリオン病つながりで、最近 2013年10月15日に、 British Medical Journalに興味深い論文が出ました。

Prevalent abnormal prion protein in human appendixes after bovine spongiform encephalopathy epizootic: large scale survey

BMJ 2013; 347 doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.f5675 (Published 15 October 2013)

Cite this as: BMJ 2013;347:f5675

Abstract

Objectives To carry out a further survey of archived appendix samples to understand better the differences between existing estimates of the prevalence of subclinical infection with prions after the bovine spongiform encephalopathy epizootic and to see whether a broader birth cohort was affected, and to understand better the implications for the management of blood and blood products and for the handling of surgical instruments.

Design Irreversibly unlinked and anonymised large scale survey of archived appendix samples.

Setting Archived appendix samples from the pathology departments of 41 UK hospitals participating in the earlier survey, and additional hospitals in regions with lower levels of participation in that survey.

Sample 32 441 archived appendix samples fixed in formalin and embedded in paraffin and tested for the presence of abnormal prion protein (PrP).

Results Of the 32 441 appendix samples 16 were positive for abnormal PrP, indicating an overall prevalence of 493 per million population (95% confidence interval 282 to 801 per million). The prevalence in those born in 1941-60 (733 per million, 269 to 1596 per million) did not differ significantly from those born between 1961 and 1985 (412 per million, 198 to 758 per million) and was similar in both sexes and across the three broad geographical areas sampled. Genetic testing of the positive specimens for the genotype at PRNP codon 129 revealed a high proportion that were valine homozygous compared with the frequency in the normal population, and in stark contrast with confirmed clinical cases of vCJD, all of which were methionine homozygous at PRNPcodon 129.

Conclusions This study corroborates previous studies and suggests a high prevalence of infection with abnormal PrP, indicating vCJD carrier status in the population compared with the 177 vCJD cases to date. These findings have important implications for the management of blood and blood products and for the handling of surgical instruments.

イギリスで、摘出された 32441人の虫垂を調べると、16人で異常なプリオン蛋白が陽性でした。これは 100万人当たり 493人の頻度になります (世代間での差はなかったようです)。過去に報告されている変異型クロイツフェルト・ヤコブ病は 177例であることを考えると、何故これだけ多くの人が異常なプリオンを体内に持っているのに変異型クロイツフェルト・ヤコブ病を発症しないのか、謎です。もちろん、コドン 129の多型は関係しているのかもしれませんが、それ以外になにか理由があるのかもしれません。

これはイギリスのサーベイランスなので変異型クロイツフェルト・ヤコブ病がほぼ存在しないと言って良い日本では直接当てはまりませんが、外科医や病理医を中心とした医療従事者、手術を受ける他の患者への感染制御という意味では、大変インパクトの大きい報告なのではないかと思います。

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ライム病

By , 2013年9月13日 8:37 AM

神経内科専門医試験で「両側顔面麻痺」というキーワードを見たら、最初に思い浮かべる疾患はライム病 (神経ボレリア症) です。先日、福島県で働く知人の医師が「両側の顔面麻痺の患者さんが・・・」と話し始めたとき、それを聴いた神経内科医数人が反射的に「ライム病!」と指摘しました。もっとも、他にいくつか鑑別診断も挙がりましたが・・・。ちなみに日本とアメリカでは病原菌のタイプが微妙に違うので、アメリカの検査に出しても陰性になってしまうことがあります。その先生は国内の某大学農学部の先生に抗ボレリア抗体を調べて貰って陽性だったそうです。

ライム病を媒介するのはマダニですが、似たような姿のツツガムシはツツガムシ病を媒介します。ツツガムシについては印象に残った思い出があります。私が東北地方で全科当直をしていたときの話、ある患者さんが来院したという連絡がありました。主訴が「頭に虫がいる」というのです。連絡を受けた時は「精神病の患者さんかな?」とおもったのですが、実際に拝見すると、既に虫はいなかったものの、頭に刺し口がありました。そして、夫が来院前に携帯電話を使って撮影した写真をみせてくださり、そこにはツツガムシが写っていたのです。ミノサイクリンを処方して、後日再診としたのですが、ビックリしたのを覚えています。

話は脱線しましたが、今回紹介しようと思ったのはライム病についてのブログ記事です。下記のブログに教科書には書いていない話が沢山載っています。是非ご覧ください。

混迷するライム病論争

(参考)

IDWR: ライム病

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ニューキノロン系抗菌薬と末梢神経障害

By , 2013年8月21日 10:48 PM

ニューキノロン系抗菌薬は広域なスペクトラムを持ち、感染症診療の現場ではかなりよく見かける薬剤です (過剰に使われている感もありますが・・・)。一方で、約 1-4%に見られるという中枢神経症状 (けいれんや精神症状、頭痛、浮動性めまい、意識障害など)、あるいは アキレス腱断裂といった副作用に注意する必要があります。

2013年8月16日の New England Journal of Medicineのニュースに、FDAがニューキノロン系抗菌薬による末梢神経障害を添付文書に記載するように求めていることが掲載されました。どうやら末梢神経障害は、経口薬と注射薬で問題になるようです。

Fluoroquinolone Labels Updated to Reflect Heightened Risk for Peripheral Neuropathy

By Kelly Young

The FDA is requiring that the labels of fluoroquinolone antibiotics warn of the drugs’ increased risk for peripheral neuropathy.

The risk has been observed with oral and injectable fluoroquinolones, but not topical agents. Patients could experience peripheral neuropathy any time during their treatment, and it could persist for months or years or be permanent.

Patients should contact their healthcare providers if they develop symptoms consistent with peripheral neuropathy in the arms and legs, including pain, burning, numbness, or weakness; change in sensation to touch, pain, or temperature; or change in the sense of body position.

Patients who develop these symptoms should stop taking the antibiotic and receive alternative therapies unless the benefit of the fluoroquinolone outweighs the risk.

Link(s):

FDA MedWatch safety alert (Free)

これだけ使われていて、経験ないけどなぁ・・・、どういうタイプの末梢神経障害を起こすのだろうと思って、いくつか論文をチェックしてみました。

まずは Lancet誌に掲載された初期の症例報告。

Peripheral neuropathy associated with fluoroquinolones.

37歳男性が化膿性脊椎炎のため pefloxacinで治療を受けた。Pefloxacinでの治療開始 5ヶ月に両下肢に手袋靴下型の錯感覚が出現し、続いて右下肢の筋力低下と歩行障害が出現した。総腓骨神経の神経伝導速度は 43 m/sだった。筋電図では前脛骨筋と長腓骨筋に脱神経電位と多相性運動単位電位を認めた。男性には Hodgikin病のため vincristine total 18 mgを含む、化学療法、放射線治療の既往があった。その他に末梢神経障害を起こしうる疾患はなかった。Pefloxacinを中止して 10日以内に末梢神経障害は著明に改善した。6ヶ月後に化膿性脊椎炎が再発したため、ofloxacinを開始したところ、15日以内に末梢神経障害が再発し、中止後 7日以内に改善した。Flucloxacillinは胃腸症状によりコンプライアンスが不良だったためか化膿性脊椎炎が再発したので、peflxacinを再投与したところ、15日以内に末梢神経障害が再燃した。Ciprofloxacinに変更したところ、2ヶ月間ごく軽い錯感覚が見られたのみだったが、その後これらの症状に耐えられなくなり、中止を余儀なくされた。総腓骨神経の伝導検査では伝導速度が 37 m/sで、短趾伸筋の針筋電図では脱神経電位を伴った多相性運動単位電位がみられ、toxic neuropathyに合致する所見だった。

Journal of Antimicrobial Chemotherapy誌には、スウェーデンからある程度まとまった報告がありました。

Peripheral sensory disturbances related to treatment with fluoroquinolones.

1993年、スウェーデンの医薬品副作用委員会 (Swedish Adverse Drug Reactions Advisory Committee; SADRAC) に582例のニューキノロン系抗菌薬の副作用が報告され、37例が感覚性末梢神経障害だった。21例が男性で、15例が女性であり、平均年齢は 51歳だった (16~89歳)。症状の出現は、治療開始後 1時間~4ヶ月後の間だった。68%が投与開始後 1週間以内で、86%が 2週間以内だった。症状は錯感覚 (81%)、しびれ感/感覚低下 (51%)、疼痛/感覚過敏 (27%), 筋力低下 (11%) だった。投与をやめてから61%が1週間以内に、71%が2週間以内に改善した。発症までの期間と症状の持続期間には関連がなかった。症状出現の予測因子は、腎障害、糖尿病、リンパ悪性腫瘍、神経障害の原因となる他の薬剤の使用だった。末梢神経障害の正確なメカニズムはよくわからなかった。ある 1例では、筋電図で異常なく、神経伝導速度は正常だった (浮動性眩暈、疼痛、筋痙攣を呈した症例→疼痛、筋痙攣なので、small fiber neuropathyだったと考えれば、筋電図、神経伝導検査が正常だった説明はつくように思うが、その辺の記載なし)。

これを見ると、大体の臨床像のイメージがつかめます。投与を開始してから 2週間くらいまでに発症し、length dependencyのある sensory dominant neuropathyを呈し、投与をやめると多くは改善するようです。

ニューキノロン系抗菌薬を長期使用する患者さんを診る機会はあまりないけれど、注意しておこうと思いました。

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アニサキス

By , 2013年7月18日 7:48 AM

徳田安春先生達が、BMJ case reports誌に面白い論文を投稿されています。アニサキスの症例報告なのですが、何と駆除する際の動画が付いています。エルガー作曲の威風堂々が BGMとして使われており、素晴らしい出来栄えです。是非御覧ください (2013年7月18日現在無料で視聴できます)。

Endoscopic capture of Anisakis larva (a video demonstration)

アニサキスは救急当直をしているとたまに診療する機会があって、消化器科の先生に胃カメラを御願いすることがあるのですが、こんな感じで駆虫するんですね。

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今後の予定と寄生虫

By , 2013年7月4日 5:00 PM

2012年11月、私は国内留学から大学に戻ったのですが、論文投稿が佳境だったこともあり、夜は仕事が終わってからラボにでかけて実験していました。あまりの時間の足りなさに、外勤日 (大学医局からは週 1日与えられている) を半日減らしてラボに行って実験を続け、最近なんとか論文が通りました。そして、一区切りということで、2013年6月30日を以ってラボを卒業しました。

その結果、7月に入って、週に半日フリーな時間が出来ました。外勤をもう半日増やして、その分、大学当直以外に月 3回やっている土曜日当直をやめるというのは一つの選択肢でしたが、折角なので、この生活を続けることを検討しています。

とりあえず、8月頃から、親しい先輩に乞うて、週半日ほど電気生理検査の修行をしようと思います。神経疾患には画像にうつらない病気が多くあり、電気生理検査が診断の決め手になることがあります。ところが、神経内科医の中でも、電気生理検査を行う能力、解釈する能力にはかなりのばらつきがあるのが現状です。私はこの分野があまり得意ではないので、時間が作れるうちに勉強しておこうと思ったのです。

7月中は、美術館や博物館など、普段行けないところに行くことにしました。今日行ったのは、目黒寄生虫館です。入館料は無料で、その分寄付を募っています。入り口で 1000円入れて、中に入りました。昔当直中に見つけたアニサキスや、郡山の病院勤務時代に患者さんの便の中にいたサナダムシが、標本として展示されていました。学生の頃の講義以来名前を見る寄生虫もいて、懐かしかったです。女子高生の集団が、バンクロフト糸状虫で胸が膨らんだ女性の写真を見て大盛り上がりして、ベルリンの医学博物館で男性器の標本前で盛り上がっていたドイツ人女学生たちを思い出しました。ちなみに、Yahoo!Japanで「寄生虫博物館」と検索すると、関連項目で「デート」と出てきますが、今回もいつもながらの一人ですた。

(関連)

黄熱の歴史

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ハンセン病

By , 2013年2月3日 5:51 PM

1月 17日の Cell誌に、ハンセン病について興味深い論文が掲載されました。

Reprogramming Adult Schwann Cells to Stem Cell-like Cells by Leprosy Bacilli Promotes Dissemination of Infection

Cell, Volume 152, Issue 1, 51-67, 17 January 2013
Copyright © 2013 Elsevier Inc. All rights reserved.
10.1016/j.cell.2012.12.014

Referred to by: Mighty Bugs: Leprosy Bacteria Turn Schwa…

Authors

  • Highlights
  • Leprosy bacteria reprogram adult Schwann cells by altering host-gene expression
  • Bacterially reprogrammed cells resemble progenitor/stem-like cells (pSLC) of mesenchymal trait
  • pSLC promote bacterial spread to mesenchymal tissues by redifferentiation
  • pSLC secrete immune factors, recruit macrophages, transfer bacteria, form granulomas, and disseminate infection

Summary

Differentiated cells possess a remarkable genomic plasticity that can be manipulated to reverse or change developmental commitments. Here, we show that the leprosy bacterium hijacks this property to reprogram adult Schwann cells, its preferred host niche, to a stage of progenitor/stem-like cells (pSLC) of mesenchymal trait by downregulating Schwann cell lineage/differentiation-associated genes and upregulating genes mostly of mesoderm development. Reprogramming accompanies epigenetic changes and renders infected cells highly plastic, migratory, and immunomodulatory. We provide evidence that acquisition of these properties by pSLC promotes bacterial spread by two distinct mechanisms: direct differentiation to mesenchymal tissues, including skeletal and smooth muscles, and formation of granuloma-like structures and subsequent release of bacteria-laden macrophages. These findings support a model of host cell reprogramming in which a bacterial pathogen uses the plasticity of its cellular niche for promoting dissemination of infection and provide an unexpected link between cellular reprogramming and host-pathogen interaction.

ハンセン病で、らい菌 (Mycobacterium leprae; ML) がどうやって広まるかを明らかにした論文です。筆頭著者は日本人のようです。反響の大きな論文で、Cell誌の Leading Edgeに “Mighty Bugs: Leprosy Bacteria Turn Schwann Cells into Stem Cells” として扱われていますし、Nature Newsでも “Leprosy bug turns adult cells into stem cells” として紹介されました。ハンセン病は神経内科医としても興味ある疾患ですので、論文を読んでみました。非常に専門的かつボリュームのある論文でしたので、ごく簡単に内容を記します。

らい菌は末梢神経を覆うシュワン細胞を侵しますが、著者らはらい菌が感染したシュワン細胞の核から Sox10が失われていることを発見しました。Sox10は成熟したシュワン細胞に発現しており、細胞のホメオスターシスやミエリンの維持などに関与している大事な因子です。感染したらい菌の量が少ない時は問題ありませんが、らい菌の量が多くなると、シュワン細胞の核から Sox10が除去され、Mpzを含む遺伝子群のダウンレギュレーションが起こります。このようなシュワン細胞では、細胞のリプログラミングが起こり、前駆/幹様細胞 (progenitor/stem-like cells; pSLC) としての性質を持ちます。FACSでの解析から、pSLCではミエリンのマーカーである p75や Sox10が消失している一方で、Sox2が維持されていることが明らかになりました。Sox2は山中の 4因子の一つで、分化多能性維持に働く転写因子です。同じマイコバクテリウムであっても、Mycobacterium smegmatisではこのようなリプログラミングは起こりません。 

pSLCまでリプログラミングされた細胞は、中胚葉、特に筋肉に分化することが可能になります。実際に、らい菌に感染した pSLCは、骨格筋や平滑筋に移動し、そこで筋肉に分化し、感染を拡大します。

さらに、pSLCは筋肉から筋周膜の結合組織を経て骨格筋皮膚間に移動します。そこで、らい菌の感染は pSLCからマクロファージに広がります。また筋肉の炎症によっても、pSLCから炎症部位に集まったマクロファージにらい菌がうつります。一旦マクロファージが感染すると、感染していなかったマクロファージにも感染が広がって行きます。pSLCは骨格筋皮膚間でマクロファージとともに肉芽腫様構造物を作りますが、ここから感染したマクロファージが放出されることで、さらに感染が拡大します。

もっと簡略化して説明すると次のようになります。論文の Figure. 7Fの図がとてもわかりやすいです。

多くのらい菌がシュワン細胞に感染すると、シュワン細胞は前駆/幹様細胞までリプログラミングされます。前駆/幹様細胞は筋肉に移動して、らい菌を含んだまま筋肉に分化して感染を拡大します。また、前駆/幹細胞にいるらい菌がマクロファージに移ることでも感染は拡大します。前駆/幹細胞がマクロファージとともに形成する肉芽腫様構造物は、そこから感染したマクロファージを放出することで感染の拡大に貢献します。

Figure. 7F

感想ですが、同じマイコバクテリウム属の結核菌や非定型抗酸菌でこのようなリプログラミングが起きているのかどうかが、気になりました。

上に示した Nature newsの記事は、アルツハイマー病などでの再生医療につながる可能性についても、最後の一文のみではありますが、ちらりと触れています。

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誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた

By , 2012年12月1日 7:39 PM

誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた (岸田直樹著、医学書院)」を読み終えました。

これまで風邪の患者さんは数え切れないくらい診てきたけれど、本書のように体系だってまとめたものを読むのは初めてです。あまりに、面白くて 1日で読了しました。

ある部分では「俺が感じていたのと同じこと言っている」と親近感が湧きましたし、ある部分では「へー、初めて聞いた」と勉強になりました。

風邪の患者さんを診療しない医者はほとんどいないと思うので、読んでおきたい一冊です。

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第 1回 Journal club

By , 2012年11月30日 8:17 AM

医局の後輩たちを集めて第 1回 Journal clubを行いました。後輩たちに英語を読むのに慣れてもらうのが目的で、医局主催の抄読会では読まないような論文を読むきっかけになればと思っています。資料は英語で書かれていれば、「Play Boy」以外何でも O.K. です。とにかくハードルは低く、低くです。この日の論文を極簡単に説明します。

さて、一人目の「ぶぶの助」先生は、シラミについての論文を読んできました。

Topical 0.5% ivermectin lotion for treatment of head lice.

治療抵抗性のアタマジラミに対して、疥癬治療薬 Ivermectin (商品名:ストロメクトール) を使用し、他の虫卵駆除剤と比較しました。この試験に参加したのは、生後 6ヶ月以上の患者でした。乾いた髪につけて、10分後に洗い流しました。シラミが検出されなかった割合は、Ivermectinとその他の虫卵駆除剤でそれぞれ、day 2 (94.9%, 31.3%), day 8 (85.2%, 20.8%), day 15 (73.8%, 17.6%) でした。副作用は、掻痒感、表皮剥離、紅斑でした。

ぶぶの助先生に何故この論文を選んだのか聞いたら、「もし女の子からシラミ貰っちゃったときにこの薬を使ったら、あそこの毛を剃らなくて済むかなと思って・・・」とのことでした。残念、この論文はアタマジラミ、女の子からプレゼントされるのはケジラミです。貰わなくて済むような日常を送りましょう。

二人目の先生は、脳卒中と非脳卒中をベッドサイドでどう見分けるかの論文です。

Distinguishing between stroke and mimic at the bedside: the brain attack study.

多変量解析の結果、脳卒中であることを最も示唆するのは NIHSS>10であることで、Odds比 7.23, 次に OCSP分類 (strokeを total anterior circulation, partial anterior circulation, posterior circulation, lacunar infarctionに分ける) が可能なことで、Odds比 5.09でした (Table 3) (※単変量解析の結果は Figure 1)。NIHSS>10だと 8割くらいの確率で脳卒中と言えます (Figure 2)。非脳卒中で多かったのは、てんかん、敗血症、代謝性などでした (Table 2)。

脳卒中を見慣れた専門医が迷うことは少ないと思いますが、わからなければとりあえず NIHSSをとってみるのは有用だということですね。この先生は、その日ベストプレゼンテーション賞を受賞し、景品の「ホワイトロリータ」を贈られたため、ニックネームが「ホワイトロリータ」になってしまいました (その先生はロリコンではありません)。

最後に、私が Jolt accentuationについて纏めました。髄膜炎の中には、見逃すと致死的なものが含まれます。診断のためには、腰椎レベルでの椎間から針を刺して脳脊髄液を取ってこないといけません。ところが、どんな患者さんにその検査をするには議論があるのです。例えば、風邪を引いて発熱し、頭痛がするだけで病院で脳脊髄液を取られたら、症状の軽い患者さんは「何故ここまでするのか?だったら受診しないで市販の風邪薬飲んでおくよ」と思うでしょう。さらに検査にかなり時間がかかるので、風邪の流行るシーズンには、数名しか診察できないことになってしまいます。

内原俊記先生は旭中央病院勤務時代に、このジレンマを解決する画期的な方法を見つけました。それは Jolt accentuationと呼ばれるものです。頭をイヤイヤと振ってみて、頭痛が悪くなるようなら髄膜炎の可能性が高くて脳脊髄液の検査が必要、悪くならなければ多分大丈夫・・・というものです。簡単で、感度が高いというので、あっという間に広まりました。ところが、2010年に海外から、まったく違った結論の論文が出てしまいました。Jolt accentuationは感度が低すぎて、陰性だからといって髄膜炎は否定できないというのです。ネットでも話題にしている方がいらっしゃいます。

Jolt Accentuationの追試まとめ

それぞれの患者背景、状況を把握しないと議論になりませんので、Excelで一覧表にしてみました  (※二次使用の際は、miguchi@miguchi.netまで御一報ください)。

 Jolt accentuation一覧表

こうして見ると、意識障害のない軽症そうな症例では rule outのために Jolt accentuationを行なって不要な髄液検査を省き、意識障害や神経学的異常所見があれば Jolt accentuationの有無にかかわらず髄液検査をすべき、というのが落とし所な気がします。

細菌性髄膜炎の自験例では、「自宅では頭が痛くて動かせなかった」患者さんが、来院時には Jolt accentuation陰性となっていたケースがあり、所見を取るタイミングなども関係してくるのかもしれません。

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バンコマイシン誘発振戦

By , 2012年9月11日 8:22 AM

手足が震える病気というと、一般の方は Parkinson病を思い浮かべるかもしれません。他にも、本態性振戦や甲状腺機能亢進症といった病気が知られています。

しかし、意外と見落とされやすく、忘れてはいけないのが薬剤性です。食思不振などで時折処方されるスルピリド (ドグマチール) や、喘息で処方される β刺激薬など、比較的よく見かけます。

International Journal of Infectious Diseaseという雑誌の 2012年8月号に、抗菌薬 バンコマイシンで、重篤な振戦が出現した症例が掲載されていました。

Severe tremor due to vancomycin therapy: a case report and literature review

Vancomycin is a popular antimicrobial used to treat a variety of Gram-positive infections. Its side effect profile has been well defined due to its high global utilization as a result of the emergence of antimicrobial-resistant organisms in recent decades. Despite its widespread use, however, various idiosyncratic reactions may occur without adequate or universal reporting. We present a case of severe tremor due to vancomycin that has not been previously reported in the literature. Our patient might have been prone to this adverse effect given an underlying essential tremor. Causality is presumed based on the temporal association, while the pathophysiological link remains elusive.

この患者さんは、ベースに本態性振戦があったようです。バンコマイシン点滴で心内膜炎/膿瘍を治療していたところ、2週間くらいして急に全身に激しい振戦を発症しました。その際、リファンピシン、セフトリアキソンが併用されており、バンコマイシン血中濃度は治療域でした。バンコマイシンを中止し、30分ほどで振戦はよくなりました。その後もバンコマイシンを継続しましたが、2回とも同様のイベントが起こりました。

ジフェンヒドラミンを前投薬とし、症状に対してロラゼパムを用いてみましたが、無効でした。イベント 3回とも、バンコマイシンを中止すると症状は改善しました。バンコマイシンをダプトマイシンに変えると、このようなイベントはなくなりました。

考察では、最初にバンコマイシンの副作用がまとめられています。

Common reactions due to vancomycin include ‘red man syndrome’ (an erythematous rash on the face and upper body with or without associated hypotension; a result of histamine release due to rapid drug administration), eosinophilia, reversible neutropenia, and phlebitis. Less common reactions include DRESS syndrome (drug rash with eosinophilia and systemic symptoms), drug fever, Stevens–Johnson syndrome, thrombocytopenia, and vasculitis. Vancomycin-associated nephrotoxicity appears to be dose-related, with increased incidence occurring with high trough levels,2 or when combined with other nephrotoxic agents (e.g., aminoglycosides).

そして、バンコマイシンが原因と推測される振戦について、過去の知見をまとめています。何故振戦がみられるのか、機序については不明とされています。

A subsequent search of the Health Canada adverse events database (Canada Vigilance Summary of Reported Adverse Reactions) searched September 1, 2011, yielded six cases of tremor potentially related to vancomycin therapy. The Summary is a spontaneous voluntary reporting system aimed at detecting signals of potential health product safety issues during the post-market period. Of the six cases identified, the median patient age was 73 years, 67% were female, 33% were documented as serious reactions, and all but one case suspected vancomycin as the sole drug responsible for the adverse event. Associated symptoms included chills, pyrexia, rash, flushing, vomiting, dizziness, and abdominal pain. Doses ranged from 0.5 to 2g every 6–24h, and the duration of therapy ranged from 1 to 14 days. Data on prevalence of renal dysfunction/failure and trough levels were not available.

A similar search of the Federal Drug Administration (FDA) Adverse Drug Events Database (AERS/Medwatch) from 1997 to 2011 yielded a total of 34 reports of tremor in which vancomycin was the primary suspect drug. Thirty-one (91%) cases were in adults, of which 26 (76%) were male. The highest incidence (26%) was observed in those aged 80–89 years. Seventeen (50%) patients required hospitalization, and five (15%) cases were considered to be life-threatening. The most common associated symptoms included chills, pyrexia, dyspnea, and rigors.

また、バンコマイシン同様 MRSAまでカバーするスペクトラムを持つ抗菌薬テイコプラニンでも、軽いものの振戦が出現した報告があるそうです。

One case of tremor was reported in an open efficacy and safety study of teicoplanin – a related glycopeptide.5 Although the tremor was described as mild, therapy was discontinued.

バンコマイシンは、MRSAをカバーしないといけないシチュエーションなどでしばしば使用される抗菌薬ですから、診療科にかかわらず、このような副作用情報は知っておいた方が良いと思います。

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