先日、埼玉のとある病院に代診に行きました。着くと看護師から、「次に来る先生がいないので、今日で外来は終わりなんです。先生紹介状とかお願いしますね。」と言われました。
初めて行く病院で、初めて診る患者ばかりですが、分厚いカルテをひっくり返して、一人一人問題点を整理し、次の受診先を決め、紹介状を書きました。医師が確保出来ず、一つの診療科を閉めるというのが、これ程切ないものかと思いました。
一番困るのは患者でしょうが、これから医療崩壊が始まり、同様の光景があちこちで見られるようになります。固定観念をもたれている方もいますが、医師は決して楽をしている訳でもなく、医療の高度化に伴う負担増を制度的に支えられなくなってきているのです。一人の患者にかかる労力は、一昔前より雲泥に増しています。
医学が高度化すれば、それだけ鑑別診断も増えるし、検査法も増えます。今まで「原因不明」「調べる手段がない」「治療がないから」と全身管理のみであった疾患も、多くの検査が行われ、いくつもの治療が組み合わされることとなります。医師はそれらの検査、治療のすべての指示を出し、結果を評価します。医学の進歩は労力を増やす方向に働くというのが感覚的にわかると思います。治療にしても、例えばt-PAという治療は、ほぼ24時間医師が一人の患者につきっきりで診察していないといけません。
訴訟の増加は、防衛のための書類を山のように増やします。Informed consentの充実はそれだけでかなりの時間を要します。また、コンビニ感覚での夜間の受診が増えています。旧泰然とした制度で、これらが支えられるとは思いません。
医療崩壊について、多くの医師が警鐘を鳴らしています。日本的な特徴として、夕張市の例をとるまでもなく、問題が顕在化するときは、手遅れになったときです。こうした問題に対するマスコミの報道も貧困なものです。
(参考)
・三重県医師会 日本の医療が崩壊する?!
・新小児科医のつぶやき -春のドミノ-
先日、同僚の内科医師から聞いた話です。私の大学で当直をしていて、埼玉で10件以上受け入れを断れた救急車を受け入れたそうです。
埼玉というのは、日本で一番人口あたりの医師数が少ない県です。東京から医師がバイトに出かけるため、見かけ上病院に医師が充足しているように見えます。でも、その歪みが露呈することがあり、たらいまわしは珍しいことではないようです。救急隊も埼玉で無理でも東京まで搬送できるため、大きく問題化していないのかなと思います。
奈良県では、2006年3月に大淀病院の産科医が妊婦死亡のため逮捕され、防衛医療の狼煙があがりました。10月には重症の産科患者の受け入れ可能な病院がないという状況にまで陥ってしまいました
・元検弁護士のつぶやき-奈良妊婦死亡事故ー朝日の報道(毎日を追記)-
・ある産婦人科医のひとりごと-奈良の妊婦死亡、産科医らに波紋 処置に賛否両論-。
さらには、奈良県立病院で産科医が、過酷な労働条件について病院に5人で手当1億円の請求をつきつけました。
「当直について労働基準法は『ほとんど労働する必要がない状態』と規定しており、実態とかけ離れていると指摘。当直料ではなく、超過勤務手当として支給されるべきで、04、05年の当直日数(131~158日)から算出すると、計約1億700万円の不足分があるとした。(元検弁護士のつぶやき-産科医が改善要求-より引用)」
これは、奈良県の産科が1年で崩壊したともとれます。内科でも手薄な地域は危ないのではないかと危惧しています。奈良県は、他県に派遣している医師を奈良県に戻し、対応するとしています。しかし、それよりも他県から奈良に派遣されている医師の方が多い可能性があり、対抗措置として医師を引き上げられたらどうするのかと心配です。
18病院 (後日19病院に修正) から診療拒否され死亡された、脳出血の事例が問題となっています。
出産のため産科、小児科が必要で、さらには脳神経外科も必要でした。これらの診療体制が夜間整っている病院は、東京、大阪を除くと、各医療圏にどのくらいあるでしょうか?不十分な診療体制で診療することが、すぐに訴訟や医療事故報道に結びつく現状では、万全の体制でない病院は全て断るでしょう。ハイリスク症例を避けることが、訴訟や医療事故報道から身を守る風潮も出てきています。断った病院が悪いとは思えず、このような事例で受け入れる病院を整備していない国や自治体の責任でしょう。
県立医大が受け入れるべきという意見もありますが、大学病院といっても、当直のマンパワーは不足しており、ひっきりなしに受診する風邪などへの対応にもかなりの人手も割かれます。重症一人とれば、そこにかかりっきりです。今回のような事例では、産科、小児科、脳外科のうちどれかひとつでも対応出来ない科があったら受け入れは拒否だったでしょう。満床と断ったそうですが、ベッドもなかなか空かないのが現状です。
そもそも、総理大臣の演説で、まともに医療を論じた人物は最近いません。医療問題に興味を持っている政治家自体稀少と思います。今回の事例は医療崩壊の徴候と思いますが、マスコミの報道をみても、個々の医師や病院を攻撃するのみで、誰もそこに注目しないのでしょうか?
最近、産科医・小児科医の不足に伴って、「産科、小児科は激務だから、最近の若者は敬遠する」との分析を良く耳にします。若者気質というのが問題とされているようです。
私が産科、小児科に行かないのは、診療内容に対する興味が希薄であること、子供嫌いなことが関係しています。そういう医師が、産科、小児科に進むべきではないでしょう。私は「脳と音楽(岩田誠著)」という本を読み、脳に興味が湧き、その脳が傷害された神経疾患を勉強したいと思うようになりました。決して、産科、小児科に行かない医師のモチベーションが低い訳ではありません。そして、決して産科、小児科でないから暇という訳でもないのです。
「産科・小児科が不足しているから医師は産科・小児科に進むべきだ」と考える人は、「少子化が進んでいるから子供をたくさん作るべきだ」と言われて子供をたくさん作るか考えて欲しいと思います。個々の人間にはそれぞれの現実、状況があり、その中で自分が妥当と考える選択をしているのです。医師が安心して産科、小児科に進めるように環境を整えることが大切なのではないでしょうか?若者気質というのがどこまで影響しているかわかりませんが、産科、小児科不足の答えではないと思います。
私が地方の病院の関係者と話をしていて良く聞くのは、「何科でもいいからとにかく医師が欲しい!」という痛切な声です。医師不足は産科、小児科に限らないようです。なぜこのような状況になってしまったかについては諸説ありますが、ネット上での議論も盛んであり、今後マスコミも取り上げるようになっていくでしょう。少なくとも、ここ数年で医療のあり方はぐんと変動すると思われます。
司法との関係について元外務大臣の町村氏が興味深いことをHPで書いていました。
(参考)
・消える産婦人科
やっと、昨日の福島ローカル新聞に梅雨明けの記事が載りました。私は岡山出身のため、梅雨明けはいつも7月上旬くらいの感覚があります。東北地方の梅雨明けは、他の地域より遅いとはいえ、今年は平年より10日遅れとのことです。8月に入ってからの梅雨明けは記憶にありません。
先日の消化器の勉強会で、川崎医大の教授が講演に来ました。消炎鎮痛剤による胃潰瘍がテーマの講演会でした。その際、「私はメイヨークリニック(世界最高レベルの病院の一つ)にいましたが、受診しようとして受付に行くと、クレジットカードを提示するように言われ、なければ『お大事にどうぞ』で受診拒否。入院の場合は、入院時に100万円チャージさせられるが、1週間でなくなる。胃カメラは金銭的に余裕がなければ受けられず、また緊急性があっても運良く出来る医者がいないといけない。」と仰天の話を聞きました。このような事情で、日米の治療の直接比較は困難です。日本は胃の疾患 (胃癌、胃潰瘍など) が多いので、医師の経験が豊富で、日本での胃疾患の治療は世界最高レベルと思います。
(参考)
「アメリカの医療費」について
3月29日から3月31日までは猛吹雪が続き、さすがに4月も近いというので、ノーマルタイアに換えていた人達は大変だったようです。一方で、テレビでは東京の桜の風景が報道されていて、地域の差というものを感じさせられました。新幹線だと1時間半くらいなのですが・・・。
さて、今日は少し深刻な話。先日、「極めて稀な症例」に、「最善を尽くしたにせよ救命できなかった」、ある産科医が逮捕されました。産科医療の崩壊しつつある僻地(日本の9割以上の地域では既に崩壊が始まっていますが)において、地域の医療を支え、年間200件以上の出産(24時間いつ産まれるかわからない)を一人でとりあげていた医師でした。症例自体は極めて稀で、同様の症例を経験した医師達も、救命できるかどうか自信はないと言います。学会や各地の医師会は、医療行為自体に過誤はなかったと声明を出していますが、加藤医師は刑事事件として逮捕されました。
通常通り病院に勤務している医師が、ましてや身重の妻がいて、逃亡の危険も何もありませんが、逃亡を防ぐという名分のもと逮捕されるというのも、ある意味見せしめな気がします。マスコミでは、「医療事故」として扱っていますが、加藤医師の過失が証明できなさそうであるという雰囲気になると、急にトーンダウンしています。これから刑事事件として審議が始まるでしょう。無罪となる可能性が高いとは思いますが、無罪になったとしても、彼は医師生命を社会的に絶たれます。そのことで誰も責任をとりません。報道でのタイトルも、「医療事故」「医療ミス」と既に過失を認めたかのようなタイトルをつけられています。
「産科に進まなくて良かった」と思う反面、今後は誰が(世界一優秀な治療成績を残しているとされる)日本の産科を救うのか、無責任ながら感じます。せめて、このサイトを見ている人達には客観的な目で見て欲しいと思うし、「患者」対「医師」の構図を作り上げ、大衆である「患者」の耳に心地よい報道を繰り返すマスコミに少しでも疑問を持ってもらわないと、日本の医療は知らないうちにむしばまれていくのではないかと思っています。