Category: 医学一般
おもしろ遺伝子の氏名と使命
「おもしろ遺伝子の氏名と使命 (島田祥輔著、オーム社)」 を読み終えました。遺伝子には変な名前がついたものがあり、命名の由来を紹介した本です。勉強になることに、全て元文献が記されており、遺伝子の機能も概説してあります。
下記のリンク先に書評があります。私はこれを読んで購入を決めました。届いてから読み終えるまで、あっという間でした。お薦めの本です。
『おもしろ遺伝子の氏名と使命』 新刊超速レビュー
ちなみに、この本には載っていない遺伝子名のトリビアを一つ。
『回り回っても,一途に挑む事』
当時,日常的に細胞癌化アッセイ(Focus formation assay)を行っていたが,ある日たまたまアッセイ用細胞が余ったので,この遺伝子を導入してみた。2週間後驚いた事に,廃棄予定遺伝子が,繊維芽細胞の癌化を著しく促進した。自らの腕を疑ったわけではないが,実験が一番上手だった女子学生に,先入観を与えないために何の情報も教えず同じ実験を行ってもらった。彼女も,全く同じ結果を出した。この時は,廃棄ゴミの中から宝物を探し出した気分だった。その遺伝子は,脳,精巣,心臓で発現が高かったが,癌化促進機構は理解できなかった。しかしながら新規遺伝子であった事から,簡単なレポートを投稿する事にした。
新規遺伝子の場合,論文投稿前に,話しやすく,他人にも印象深い名前を登録する必要があった。そこで,当時この実験に従事していた大学院生Daisuke君とJunkoさん二人に敬意を込め二人の頭文字をとり「DJ-1」と名付けた。実は漫才コンビ名に触発されこの名前が思い浮かんだ。
この通り、パーキンソン病の原因遺伝子の一つ “DJ-1” は、Daisuke & Junkoの頭文字から命名されました。
DJ-1が初めて報告された論文の筆頭著者は Daisuke Nagakubo氏。ところが論文では著者名、本文中、どこにも Junkoさんの名前は出て来ません。Junkoさん、遺伝子に名前を貸してあげたのに表に名前が出ないのが、ちょっと可哀想・・・ 。いや、むしろ遺伝子に名前が残ったから、これで良いとすべきか?
名画の医学
数年前、滋賀医科大学麻酔科の横田敏勝先生のサイトについてお伝えしました。残念ながらそのサイトは現在閉じられています。サイトに書かれた内容を出版するなどという事情であれば良いのですが、そうでないとしたらもったいない話です。サーバーの問題なのであれば私が管理してもよいので、是非復活させて欲しいものです。
さて、横田先生が「名画の医学 (横田敏勝著、南江堂)」という本を出版されているのを最近知りました。早速読んでみました。
【主要目次】
第1部 病草紙を診る
1 白内障の男
2 歯の揺らぐ男
3 風病の男
4 肥満の女
5 霍乱の女
6 痔瘻の男
7 二形の男
8 陰虱をうつされた男
9 鍼医第2部 泰西名画を診る
1 モナリザ
2 キメラ
3 ラス・メニーナス
4 アキレス
5 ヴィーナスの脂肪
6 思春期
7 病める少女
8 ポンパドゥール夫人
9 湯あみのバテシバ
10 鎖に繋がれたプロメテウス
11 メドゥサ
12 エビ足の少年
13 皇帝カール5世
14 愛の国
15 病める子
16 ヴィーナスの誕生
17 ペスト
各章、題材となる絵の写真があり、その後著者による考察が記載されています。
モナリザの章を例に挙げると、モナリザ妊娠説があるそうです。モナリザの輪郭が 24歳にしては母親じみていること、頸が太いこと (Gestational transient hyperthyroidismを疑わせる)、胸や手がふっくらとしていること、妊婦がよくする座り方をしていることなどです。断定出来るほど強い根拠ではないのですが、章の結びが洒落ていて「『女性を診たら・・・』の定石に従ったまでのことだ」としています。臨床現場では、見逃しを防ぐため「女性を診たら妊娠と思え、老人を診たら癌だと思え」という格言があるのです。
また、「愛の園」という章では、ルーベンスの「愛の園」という絵を扱っています。絵の中で踊っている初老の男性はルーベンス自身で、彼の持病である関節リウマチに侵された両手が描きこまれています。この絵の他にも彼の手が描かれたものがあり、辿ると彼の病歴がわかるようになっています。これらの絵は、関節リウマチの存在を示唆した歴史上初の作品とされているそうです。この絵はマドリードのプラド美術館にあるようなので、機会があれば是非一度見に行ってみたいです。
その他に、オスロ美術館にあるムンクの「病める子」は、結核に侵されて死期の迫った自身の姉と悲嘆にくれる叔母の姿を、「先立つ娘とその母親という、普遍的な人間の悲しみのテーマ」として描いたそうです。こういうことを知っていれば、2010年にオスロ美術館に行った時、もっと楽しめたのにと思いました。
絵画に興味がある方は本書を読んでみると面白いと思いますが、少しだけ残念なことがあります。一つは、1999年の時点で最先端の医学情報が書かれていて、最先端というのは年々古くなっていくことです。もう一つは、絵画に関した疾患を挙げたあと、絵画に関係ない疾患の解説が結構マニアックに続くことです。この点さえ気にならなければ、絵画の楽しみ方がまた一つ増えるに違いありません。
最後になりますが、姉妹図書として「名画と痛み (横田敏勝著、南江堂)」というのがあります。こちらも「名画と医学」と同様のスタイルになっていますが、扱う絵画が疼痛に関連したものに限定されています。併せてお薦めです。
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(追記)
横田先生のサイト、アーカイブがあるとの情報を頂きました。
http://web.archive.org/web/20110207151436/http://www.shiga-med.ac.jp/~hqphysi1/yokota/yokota.html
政治家殺すに拳銃は不要、博士論文あればいい
JB Pressでびっくりするような記事を読みました。
政治家殺すに拳銃は不要、博士論文あればいい
ドイツで変なことが起こっている。2月9日、連邦教育大臣のシャヴァーン氏が辞任した。彼女が1980年に書いた博士論文が盗作であると指摘され、去年、母校のデュッセルドルフ大学が調査に入っていた。
そして、大学は2月5日にその結果を発表し、博士号を剥奪したのである。多くの引用を使いながら、参考文献を明示しなかったというのが剥奪の理由である。
この出来事だけで驚きなのですが、もっと凄かったのがこの部分。
グッテンベルク辞任を仕留めた1カ月後、この博士号狩りのグループは、ヴロニプラグという会社を設立した。顧客の依頼により博士論文を調べる会社だ。
要するに、盗作だと証明するのが仕事だが、これが途方もなくお金になることが分かったのだろう。今回のシャヴァーン大臣の博士論文を調べて、盗作だと言い出したのも、もちろんこの組織だ。
(略)
調べる方法は、同社のホームページに書いてあるところによれば、論文をあるソフトに掛けるらしい。すると、75%の盗作が認められる部分、50%の盗作が認められる部分などと、自動的にカラーの見取図となって出てくる。以下はインタビュー記事からの抜粋。
ハンブルガー・モルゲンポスト(以下、H・M):「あなたは、博士論文の盗作を探す仕事で生活しているのか?」
M・ハイディンクスフェルダー(以下、H):「2011年11月からはそうだ。まだオンライン研究者という職もあるが、それは目下のところ休業中」
H・M:「他人の論文を調べさせたければ、あなたに依頼することができるが、その条件は?」
H:「2つの方法がある。金を払って依頼する。あるいは、興味深い物件であること。値段は数百ユーロから始まり、ちゃんと調べる場合は数千ユーロとなる」
H・M:「メルケル首相の博士論文に欠陥を見つけたら、報奨金を出すという申し出を受けているという話は本当か?」
H:「本当だ。しかし、それについては話したくない」
盗作を見抜くためのソフトというのがあるんですね。論文の査読のときに使えたら、論文不正を未然に見つけることが出来るのではないかと思いますが、政争に使われているなんて、使用用途が怖すぎです。そしてそれを商売にしている人達がいるというのも凄い話です。
本文中より「政敵を追い落とすには、ハニートラップ以外に、博士論文攻撃という方法があるということに、皆が気付いたのである」ということですが、私の論文で特にやましいところはないので、私に仕掛けるならハニートラップの方が良いです。というか、むしろハニートラップを仕掛けてくださる女性の方々、情事常時募集中ですm(_ _)m
研究的態度の養成
これまで何度か寺田寅彦の随筆を紹介してきましたが、Twitterで随筆「研究的態度の養成」の存在を知りました。短い随筆ですが、素晴らしい文章だと思います。結びの文章、「現在の知識の終点を究めた後でなければ、手が出せないという事をよく呑み込まさないと、従来の知識を無視して無闇むやみに突飛とっぴな事を考えるような傾向を生ずる恐れがある」と言われると、結構耳が痛いです (^^;
結びの部分のみ引用しますが、下記リンク先から全文が読めます。
研究的態度の養成
これらの歴史を幾分でも児童に了解させるように教授する事はそれほど困難ではあるまい。かようにしていって、科学は絶対のものでない、なおいくらも研究の余地はある、諸子の研究を待っているという風にしたいと思うのである。ただ一つ児童に誤解を起させてはならぬ事がある。それは新しい研究という事はいくらも出来るが、しかしそれをするには現在の知識の終点を究めた後でなければ、手が出せないという事をよく呑み込まさないと、従来の知識を無視して無闇むやみに突飛とっぴな事を考えるような傾向を生ずる恐れがある。この種の人は正式の教育を受けない独創的気分の勝った人に往々見受ける事で甚だ惜しむべき事である。とにかく簡単なことについて歴史的に教えることも幾分加味した方が有益だと確信するのである。
(参考)
antidote
2013年3月3日の Nature Medicineに、第X因子阻害薬の “解毒剤” についての論文が掲載されたことを以前お伝えしました。その後、3月6日の Nature Medicineの Newsが、この論文について報じていました。追加情報がいくつかあったので、簡単に記します。
Antidotes edge closer to reversing effects of new blood thinners
注射薬である PRT064445は、抗凝固療法を受けていない健常人を対象にした第 1相臨床試験で安全性が証明された (論文未発表)。リバロキサバン (商品名;イグザレルト)を内服している健常ボランティアを対象に、第 2相試験が行われることで、Portola Therapeutics社と他の製薬会社間で契約が結ばれている。
また別の “解毒剤” も臨床試験が予定されている。例えば、第 IIa因子阻害薬であるダビガトラン (商品名:プラザキサ) に対する抗体は、販売するベーリンガーインゲルハイム社が自社開発している。ラット実験では効果と安全性が示され、現在第 1相臨床試験が行われている。
さらに、Perosphere社は、PER977と呼ばれる “解毒剤” を開発している。この薬剤は第 Xa因子に対する抗凝固薬の効果も、第 IIa因子に対する抗凝固薬の効果も打ち消すことが出来る薬剤で、PRT064445と異なり常温でも安定である。動物実験では、リバロキサバン、ダビガトラン、アピキサバン、エドキサバンを投与されたラットの出血量を減少させ、ビーグル犬で副作用が無いことを示した。2013年後半に第 1相臨床試験が予定されている。
Xa阻害の阻害なのだ
非弁膜症性心房細動による脳塞栓症予防には、ワルファリンという薬剤が良く使われます。しかし、頻回に採血をして量を調節する必要があったり、薬物や食事の相互作用を気にしなければならないといった欠点から、近年第 Xa因子阻害薬という新しいタイプの抗凝固薬が開発されました。リバロキサバン (イグザレルト) 、アピキサバン (エリキュース) といったの薬剤が立て続けに登場し、多くの患者さんが恩恵を受けています。これらの薬剤は、高齢者、腎障害、低体重、抗血小板薬との併用などでは重篤な出血性合併症がみられることがあるので注意が必要ですが、一般的にはワルファリンに比べて出血性合併症は若干少ないと言われています。
第 Xa因子阻害薬の欠点として、拮抗薬がないというのが挙げられます。古典的な薬剤だと、例えばヘパリンならプロタミン、ワルファリンならビタミンKで拮抗できるので、内服している患者さんが出血しても直ぐに効果をキャンセルすることができます。ところが Xa阻害薬はそれが出来ないのです。
しかし、2013年3月3日の Nature Medicineに、その第 Xa因子阻害薬の作用を “解毒” できる組み換え蛋白質 (r-Antidote, PRT064445) が報告されました。
A specific antidote for reversal of anticoagulation by direct and indirect inhibitors of coagulation factor Xa
Genmin Lu, Francis R DeGuzman, Stanley J Hollenbach, Mark J Karbarz, Keith Abe, Gail Lee, Peng Luan, Athiwat Hutchaleelaha, Mayuko Inagaki, Pamela B Conley, David R Phillips & Uma Sinha
AffiliationsContributionsCorresponding author
Nature Medicine (2013) doi:10.1038/nm.3102
Received 02 December 2012 Accepted 23 January 2013 Published online 03 March 2013Abstract
Inhibitors of coagulation factor Xa (fXa) have emerged as a new class of antithrombotics but lack effective antidotes for patients experiencing serious bleeding. We designed and expressed a modified form of fXa as an antidote for fXa inhibitors. This recombinant protein (r-Antidote, PRT064445) is catalytically inactive and lacks the membrane-binding γ-carboxyglutamic acid domain of native fXa but retains the ability of native fXa to bind direct fXa inhibitors as well as low molecular weight heparin–activated antithrombin III (ATIII). r-Antidote dose-dependently reversed the inhibition of fXa by direct fXa inhibitors and corrected the prolongation of ex vivo clotting times by such inhibitors. In rabbits treated with the direct fXa inhibitor rivaroxaban, r-Antidote restored hemostasis in a liver laceration model. The effect of r-Antidote was mediated by reducing plasma anti-fXa activity and the non–protein bound fraction of the fXa inhibitor in plasma. In rats, r-Antidote administration dose-dependently and completely corrected increases in blood loss resulting from ATIII-dependent anticoagulation by enoxaparin or fondaparinux. r-Antidote has the potential to be used as a universal antidote for a broad range of fXa inhibitors.
著者らは第 Xa因子阻害薬を “解毒” するために、第 Xa因子に似ているけれど活性のない蛋白質を作製しました。この組み換え蛋白質 r-Antidote (PRT064445) は、46-78番目のアミノ酸を欠失させたことにより膜結合 γ-カルボキシグルタミン酸 (γ-carboxyglutamic acid; GLA) ドメインを欠き、プロテアーゼ触媒三残基のセリン残基をアラニンに置換 (S419A) したことで触媒的に不活性になっています。また、活性化ペプチド ArgLysArg (RKR) を RKRRKRに置換してあります。
この組み換え蛋白質はそれ自体活性を持ちませんが、第 Xa因子に似ているので第 Xa因子阻害薬とは結合します。第 Xa因子阻害薬は r-Antidoteにくっついてしまうせいで、r-Antidoteの用量依存的に作用が減弱することになります。動物実験では、マウス、ラット、ウサギでこれらの効果を確認することができました。またそればかりではなく、r-Antidoteは低分子ヘパリンや活性化 AT-IIIとも結合し、間接的に第 Xa因子を阻害する薬剤の活性にも影響を与えるようです。実際にラットを用いた実験では、enoxaparin (低分子ヘパリン) や fondaparinuxといった AT-III依存的抗凝固薬による出血を抑制することができました。
このように第 Xa因子阻害薬の作用を減弱する薬が開発されれば、薬剤をより安全に使用できることになります。第 Xa因子阻害薬を飲んでいる患者が出血してしまった時に効果を打ち消すことができるからです。また、抗凝固薬をずっと使用しておいて手術直前に作用を拮抗させるといった使い方も可能になるでしょう。第 Xa因子に間接的に作用する薬剤でも効果がありそう、というのも見逃せない点です。
いつ臨床の舞台に登場するかは不明ですが、安全に使用出来ることが確認できれば、登場が待ち遠しい薬剤です。
Kyoto Heart Study
2012年末~2013年初旬にかけて、バルサルタン (商品名ディオバン) に関する臨床研究 “Kyoto Heart Study” についての論文が立て続けに撤回されました。
Journal retracts two papers by Japanese cardiologist under investigation
Study of blood pressure drug valsartan retracted
日本循環器学会は京都府立医大に調査を依頼したようですが、大学側は 3教授による内部調査のみで済ませたようです。3教授にしてみても、他科の教授のクビを切ることになる報告書を作れるわけないですよね・・・。玉虫色の調査結果となりました。
しかし、このスキャンダルは一般紙でも取り上げられることになりました。
降圧剤論文撤回:学会が再調査要請 京都府立医大に不信
毎日新聞 2013年02月20日 15時00分
京都府立医大のチームによる降圧剤「バルサルタン」に関する臨床試験の論文3本が、「重大な問題がある」との指摘を受け撤回された問題で、日本循環器学会が吉川敏一・同大学長に対し再調査を求めていたことが20日分かった。大学側は今年1月、捏造(ねつぞう)などの不正を否定する調査結果を学会に出していたが、学会は納得せず不信感を抱いている。
問題になっているのは松原弘明教授(55)が責任著者を務め、09〜12年に日欧の2学会誌に掲載された3論文。患者約3000人で血圧を下げる効果などが確かめられたとする内容だ。昨年末、3本中2本を掲載した日本循環器学会が「深刻な誤りが多数ある」として撤回を決めるとともに、学長に事実関係を調査するよう依頼した。
しかし大学は調査委員会を作らず、学内の3教授に調査を指示。「心拍数など計12件にデータの間違いがあったが、論文の結論に影響を及ぼさない」との見解を学会に報告し、松原研究室のホームページにも同じ内容の声明文を掲載した。
学会はこれに対し、永井良三代表理事と下川宏明・編集委員長の連名で2月15日付の書面を吉川学長に郵送した。(1)調査委員会を設け、詳細で公正な調査をする(2)結論が出るまで、松原教授の声明文をホームページから削除する−−ことを要請している。
毎日新聞の取材に、学会側は「あまりにもデータ解析のミスが多く、医学論文として成立していないうえ、調査期間も短い。大学の社会的責任が問われる」と説明。大学は「対応を今後検討したい」とコメントを出した。
バルサルタンの薬の売り上げは薬価ベースで年1000億円以上。多くの高血圧患者が服用している。【河内敏康、八田浩輔】
騒ぎが大きくなったためか、最終的には、責任者の教授は辞任に追い込まれました。
京都府立医大:責任著者の教授、辞職へ 降圧剤論文撤回で
毎日新聞 2013年02月28日 02時30分
京都府立医大のチームによる降圧剤「バルサルタン」に関する臨床試験の論文3本が、「重大な問題がある」との指摘を受けて撤回された問題で27日、論文の責任著者の松原弘明教授(55)が大学側に月末での辞職を申し出、受理されたことが大学への取材で分かった。松原教授は大学に対し、「大学や関係者に迷惑をかけた」と説明したという。
大学によると、辞職申し出は2月下旬。大学を所管する府公立大学法人が受理した。
問題になっているのは、09〜12年に日欧2学会誌に掲載された3論文。血圧を下げる効果に加え、脳卒中のリスクを下げる効果もあるかなどを約3000人の患者で検証した。
3論文のうちの2本を掲載した日本循環器学会は昨年末、「深刻な誤りが多数ある」として撤回を決め、吉川敏一学長に調査を依頼。これに対し、大学は学内3教授による「予備調査」で、捏造(ねつぞう)などの不正を否定する結果を学会に報告した。その後、学会は再調査を求めており、大学は「対応を検討中」としている。【八田浩輔】
ここにきてやっと、京都府立医大は 3月 1日付けで調査本部を設置しました。
「Kyoto Heart Study」に係る研究発表論文に関する対応について
本学大学院医学研究科の研究グループが実施した臨床研究「Kyoto Heart Study」の発表論文に係る学会誌からの撤回案件につきましては、次のとおり対応することとしましたので、お知らせします。なお、本学の研究活動につきましては、今後とも、なお一層、研究者の行動規範等の徹底を図っていくこととします。1 本学研究者が行う研究活動の「知の品質管理」を常に行うことにより、本学の研究活動の質を確保するために、学長を本部長とする「京都府立医科大学研究活動に関する品質管理推進本部」を平成25年3月1日付けで設置したこと。具体的な取組内容(1)研究活動の質を確保するための支援(2)研究活動上の不正を防止するための指導、啓発(3)研究論文内容の精査力向上のための研修、支援 など2 「京都府立医科大学研究活動に関する品質管理推進本部」の中に「Kyoto Heart Study精度検証チーム」(外部の有識者を含む6~7名程度のチーム員で構成)を早急に設置し、「Kyoto Heart Study」の臨床研究の精度の検証を行うこととしたこと。
多くの患者さんたちが研究に協力してくれていたのに、この医師たちはどういう気持でずさんなデータ処理をしていたのでしょうか?そればかりでなく、医師は臨床研究の結果が記された論文を治療の根拠にするため、誤った論文はそのまま患者さんの不利益になります。
こうなった以上は、(場合によっては生データを開示して) 何が問題だったか徹底的に膿を出してほしいものです。もしここで中途半端な報告が出ると、「京都府立医大の臨床研究は、こんな杜撰にやっても咎められない環境で行われているのか」と周囲から見られることになります。
責任者の教授は、論文不正ではなくデータの解析ミスを主張していますが、彼は過去に研究不正の疑惑が取りざたされており、信憑性に欠けます (最近さらに別の論文が撤回されています)。本当に不正がなかったか追求する必要があります。
もっとも、今回の研究に関しては、研究結果が医師の実感や欧米での研究と解離 (ARBにそこまでの脳卒中予防効果はない) していたため、勘の良い医師たちは信じていなかったのも事実です。この問題が話題になる前に、既に論文に問題があることを指摘していた人もいます。
余談ですが、バルサルタンには他にも怪しげな研究があり、かなり手厳しい批判がされています。では悪い薬かというとそういう訳ではありません。脳卒中予防において、一番大事なのは、血圧を下げることです。副作用なく血圧を下げられれば、とりあえずの目標達成といえます (ただし、どこまで下げれば良いかには諸説あり、最近ではあまりにも下げすぎるのは逆に良くないともされています)。バルサルタンは、そういう意味では優れた薬剤です。しかし、その上で同系統の薬剤に対する優位性を出すには、血圧を下げるプラスアルファの効果 (pleiotropic effect) が大事になります。”Kyoto Heart Study” はこういう状況下で、背伸びをした結果を出そうとして、おそらくデータを都合よく解釈してしまったのでしょう。普通は、あまりに常識から離れたデータが出たら、データを疑って解析し直してみるものだとは思いますけれど、そのまま発表されたのには、恣意的な何かがあったのかもしれません。
今回の件が研究の不正だったかどうかは今後の調査結果を待つ必要がありますが、研究不正についてノーベル賞学者の野依良治先生の論文を元に、安西祐一郎氏が素晴らしい文章を書いていますので、是非御覧ください。
科学研究の目的はトップジャーナルに論文を載せることなのか?
その他、研究不正について書かれたいくつかのリンクを貼っておきます。
ACP Japan Chapter 2013
American Collage of Physicians Japan Chapter Annual Meeting 2013に参加申し込みました。私はACP日本支部の会員ではありませんが、素晴らしい講演が目白押しなのと、知り合いの先生が講演されるため、参加することにしました。
私が申し込んだ講演は下記です。
5月25日 (土)
9:30-11:00 臨床推論ケースカンファレンス~総合内科医の思考プロセスを探る~ 徳田 安春(筑波大学水戸地域医療教育センター・水戸協同病院)
11:30-12:30 「Snap Diagnosis」 須藤 博(大船中央病院)
13:00-14:30 「総合内科が知っておくべき膠原病診療ピットフォール~身体診察から鑑別診断まで~」 高杉 潔(道後温泉病院)・岸本 暢将(聖路加国際病院)萩野 昇(帝京大学)
19:00-20:40 Reception
5月26日 (日)
9:30-11:00 「臨床研究デザインの道標~研究デザイン7つのステップ~」栗田 宜明・福間 真悟(京都大学)
12:30-13:30 「膠原病の検査の見方~乱れ打ちは今日からやめよう!」 岸本 暢将(聖路加国際病院)
時間がかぶったため、泣く泣く諦めた講演もたくさんありました。例えば、「感染症ケース・スタデイ」、「論文の書き方」、「水・電解質を極める」、「一般内科医のためのリンパ腫診断のコツ」、「内科救急の御法度」、「問診」といった講演は、また機会があれば是非聴きたいと思いました。
ネットで簡単に申し込みできますので、 興味のある方は参加してみては如何でしょうか?
(参加するまでに、京都での飲み屋さんをチェックおかないと・・・ボソボソ)
第 4回 Journal club
2月15日に第 4回 journal clubを開催しました。
兄やん先生は、細菌性髄膜炎におけるステロイドの投与について調べて来ました。
Dexamethasone and long-term survival in bacterial meningitis
301例の細菌性髄膜炎患者に対し、157例では抗菌薬投与前にデキサメタゾン 10 mg q6h (15-20分で drip) 4日間を開始し、144例ではデキサメタゾンの代わりにプラセボを使用しました。デキサメタゾン投与群では、8週間以内の死亡率が有意に低く、その後の生存曲線のスロープは両群間でほぼ同様でした。肺炎球菌による髄膜炎で、デキサメタゾンの効果はより明らかに見られました。
細菌性髄膜炎のステロイド投与については諸説あり、投与法も人によって様々ですが、今後参考になるスタディーなのではないかと思いました。
ホワイトロリータ先生は、バレンタインデーに因んで、チョコレートと頭痛について調べていました。
A Double-Blind Provocative Study of Chocolate As A Trigger of Headache
チョコレートが頭痛の誘発因子になるかどうか調べた論文です。チョコレートと同じ味でカフェイン等が含まれないキャロブという菓子をプラセボに用いました。その結果、片頭痛においても、緊張型頭痛においても、あるいは両者の混合した頭痛においても、頭痛の誘発因子にはならないことがわかりました。ちなみに、この研究は “Raymond and Elizabeth Bloch Educational and Charitable Foundation” と “American Cocoa Research Institute” から grantを得て行われています。
チョコレートは片頭痛の誘発因子になるとこれまで言われてきましたが、私は経験的に「チョコレートを食べると片頭痛が起こる」という患者さんを診たことがこれまでありませんでした。ひょっとするとあまり関係ないのかもしれませんね。
長友先生 (顔がサッカーの長友選手に似ているので勝手に命名) は、チョコレート摂取と脳卒中リスクについて調べてきました。
Chocolate consumption and risk of stroke: A prospective cohort of men and meta-analysis
スウェーデン人男性 37103名を 10.2年に渡り調査した研究です。チョコレート 62.9 g/week摂取している男性では、脳卒中が少なかった (相対リスク 0.83) そうです。ネットで調べたところ市販の板チョコは 1枚 70 gくらいらしいです。この研究ではメタアナリシスも行なっており、チョコレート摂取による脳卒中の相対リスクを 0.81としてます。その原因として、チョコレートに含まれるフラボノイドなどの成分を挙げています。
ということで、愛する男性にはチョコレートを贈りましょう。
続いて、下半身ネタ大好きな「ぶぶのすけ」先生は 巷で噂になっているアノ研究を読んできました。
Duodenal infusion of donor feces for recurrent Clostridium difficile.
難治性の偽膜性腸炎患者の消化管に鼻からチューブを入れて他人の便流し込むという治療はこれまで報告があり、そのインパクトにより多くの医者に知られてはいました。しかし、今回は天下の New England Journal of Medicineに論文が掲載され話題になりました。内容について、まとまったサイトがあるので紹介しておきます (というか、まとまったサイト多すぎwww みんなこういうネタ好きなんですね)。
ドナーの便の十二指腸注入による再発性C. difficile感染治療
バンコマイシン継続より効いたというのが凄いですね。そのうち、どんな便が良く効くかとか調べられるんでしょうか?より有効そうな便の持ち主のところに依頼が殺到して、本人もより効果的な便を出すための食生活とか考えちゃったりして・・・。
さて、最後に私が 2013年 1月 31日号のNatureから非常にインパクトのあった論文を紹介しました。
ミトコンドリア脳筋症は母系遺伝をする病気で、ミトコンドリア機能障害のために、特に脳や筋肉に異常を来たします。また糖尿病の原因になることも知られています。しかし、妊娠を諦める以外にこれらの遺伝を回避する方法はありません。私は、母親がこの疾患であることを知った娘が将来自分も発症する可能性があることを悲観して自殺を図った症例を知っています。子孫に疾患を伝えることなく子供を持てる方法はないものでしょうか?
この問いに答えるような画期的な論文を今回紹介しました。どうやら筆頭著者は日本人のようです。
Towards germline gene therapy of inherited mitochondrial diseases.
著者らは、紡錘体移植 (spindle transfer; ST) によって、卵母細胞のミトコンドリア DNA (mtDNA) を置換することを試みました。106個のヒト卵母細胞のうち、65個で相互に STを行い、33個は対照群としました。
Figure 1aには実験の方法が書いてあります。ドナー1の卵母細胞から紡錘体を取り出し、ドナー2の卵母細胞の紡錘体と入れ替えます (=紡錘体移植; ST)。その後、人工授精させると、前核形成を経て、胚盤胞となります。今回の実験ではそこから胚性幹細胞株を樹立しました。両群間で受精率は同等でした (Figure 1b)。
ところが、ST受精卵では、52%が前核の数の異常によって診断される異常受精を示しました (Figure 2a)。この原因は卵母細胞が Metaphase IIでとどまらないといけない時期に、Anaphase IIに移行してしまう “premature activation” という現象のせいではないかと推測されました。
Figure 3では、ドナー1の卵母細胞由来の胚性幹細胞は、ミトコンドリア DNAがドナー1の遺伝子で、核の DNAがドナー2の遺伝子であることが確認されました。
Table1では更に詳細な解析をしています。得られたそれぞれの胚性幹細胞の核型は 46XXないし 47 XYでしたが、唯一異常受精により前核形成が 1前核 3極体 (正常は 2前核 2極体) だった卵母細胞由来の胚性幹細胞では、69XXXという核型を示しました。また、紡錘体移植の際に、少量のミトコンドリアが紡錘体と一緒に移植されていないか (mtDNA carry over) を調べました。Restriction-fragment length polymorphism (RFLP) 法では、紡錘体と一緒に移植された mtDNAは検出されませんでしたが、より感度の高い ARMS-qPCRでは、少量検出されました (max 1.70%)。
紡錘体移植は技術的に可能であることがわかったのですが、臨床応用するにはまだ大きな問題があります。一つには、卵巣周期が異なる二人から、同日に卵子を得ることが困難なことです。よって、紡錘体移植するためにはどちらかの卵母細胞を凍結する必要が出てきます。著者らはサルの卵母細胞を用いてこの問題について実験しました。ミトコンドリアのドナーとなる卵母細胞を凍結し、新鮮な卵母細胞から紡錘体を取り出して移植しても胚盤胞はほとんど形成されなかったのに対し、紡錘体のドナーとなる卵母細胞を凍結し、新鮮な卵母細胞に移植すると問題なく胚盤胞が形成されることがわかりました。(Table 2)
最後に、紡錘体移植により出生したサルを 3年間観察しました。血算、生化学、血液ガス分析といった採血項目ではコントロール群とくらべて差がありませんでした。体重もコントロール群と差はありませんでした。皮膚線維芽細胞を採取して調べた ATPレベルやミトコンドリア膜電位といった評価項目も正常でした。また、紡錘体移植の際に一緒に移植されてしまった mtDNAについても変化はありませんでした。
この研究を臨床応用していくには倫理的な問題を含めていくつかクリアしなければならない問題がありますが、実用化されれば次のように移植が行われるようになるでしょう。
まず、ミトコンドリア病の Aさんの卵母細胞を凍結保存しておきます。次に健常者の Bさんから新鮮な卵母細胞を採取して紡錘体を除去した後、Aさんの卵母細胞から取り出した紡錘体を Bさんの卵母細胞に移植します。そして試験管内で受精させ、Aさんに戻します。生まれてくる子供は、Aさん (と夫) の核 DNAと、Bさんのミトコンドリア DNAを持つ筈です。Aさんのもつ病気のミトコンドリア DNAは子供に伝わらないことになります。ただし紡錘体移植にともなって、Aさん由来のミトコンドリアも少しは混入してしまいます。しかし、同じく 2013年 1月 31日号の Natureに掲載された “Nuclear genome transfer in human oocytes eliminates mitochondrial DNA variants.” という論文では、ゲノム移植によって別の卵母細胞に一緒に伝わってしまったミトコンドリア DNAは、最初 1%弱検出されるようですが、徐々に検出されなくなっていくということなので、実際にはおそらく問題にならないのではないかと想像されます。
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