Category: 医学一般

ハンセン病

By , 2013年2月3日 5:51 PM

1月 17日の Cell誌に、ハンセン病について興味深い論文が掲載されました。

Reprogramming Adult Schwann Cells to Stem Cell-like Cells by Leprosy Bacilli Promotes Dissemination of Infection

Cell, Volume 152, Issue 1, 51-67, 17 January 2013
Copyright © 2013 Elsevier Inc. All rights reserved.
10.1016/j.cell.2012.12.014

Referred to by: Mighty Bugs: Leprosy Bacteria Turn Schwa…

Authors

  • Highlights
  • Leprosy bacteria reprogram adult Schwann cells by altering host-gene expression
  • Bacterially reprogrammed cells resemble progenitor/stem-like cells (pSLC) of mesenchymal trait
  • pSLC promote bacterial spread to mesenchymal tissues by redifferentiation
  • pSLC secrete immune factors, recruit macrophages, transfer bacteria, form granulomas, and disseminate infection

Summary

Differentiated cells possess a remarkable genomic plasticity that can be manipulated to reverse or change developmental commitments. Here, we show that the leprosy bacterium hijacks this property to reprogram adult Schwann cells, its preferred host niche, to a stage of progenitor/stem-like cells (pSLC) of mesenchymal trait by downregulating Schwann cell lineage/differentiation-associated genes and upregulating genes mostly of mesoderm development. Reprogramming accompanies epigenetic changes and renders infected cells highly plastic, migratory, and immunomodulatory. We provide evidence that acquisition of these properties by pSLC promotes bacterial spread by two distinct mechanisms: direct differentiation to mesenchymal tissues, including skeletal and smooth muscles, and formation of granuloma-like structures and subsequent release of bacteria-laden macrophages. These findings support a model of host cell reprogramming in which a bacterial pathogen uses the plasticity of its cellular niche for promoting dissemination of infection and provide an unexpected link between cellular reprogramming and host-pathogen interaction.

ハンセン病で、らい菌 (Mycobacterium leprae; ML) がどうやって広まるかを明らかにした論文です。筆頭著者は日本人のようです。反響の大きな論文で、Cell誌の Leading Edgeに “Mighty Bugs: Leprosy Bacteria Turn Schwann Cells into Stem Cells” として扱われていますし、Nature Newsでも “Leprosy bug turns adult cells into stem cells” として紹介されました。ハンセン病は神経内科医としても興味ある疾患ですので、論文を読んでみました。非常に専門的かつボリュームのある論文でしたので、ごく簡単に内容を記します。

らい菌は末梢神経を覆うシュワン細胞を侵しますが、著者らはらい菌が感染したシュワン細胞の核から Sox10が失われていることを発見しました。Sox10は成熟したシュワン細胞に発現しており、細胞のホメオスターシスやミエリンの維持などに関与している大事な因子です。感染したらい菌の量が少ない時は問題ありませんが、らい菌の量が多くなると、シュワン細胞の核から Sox10が除去され、Mpzを含む遺伝子群のダウンレギュレーションが起こります。このようなシュワン細胞では、細胞のリプログラミングが起こり、前駆/幹様細胞 (progenitor/stem-like cells; pSLC) としての性質を持ちます。FACSでの解析から、pSLCではミエリンのマーカーである p75や Sox10が消失している一方で、Sox2が維持されていることが明らかになりました。Sox2は山中の 4因子の一つで、分化多能性維持に働く転写因子です。同じマイコバクテリウムであっても、Mycobacterium smegmatisではこのようなリプログラミングは起こりません。 

pSLCまでリプログラミングされた細胞は、中胚葉、特に筋肉に分化することが可能になります。実際に、らい菌に感染した pSLCは、骨格筋や平滑筋に移動し、そこで筋肉に分化し、感染を拡大します。

さらに、pSLCは筋肉から筋周膜の結合組織を経て骨格筋皮膚間に移動します。そこで、らい菌の感染は pSLCからマクロファージに広がります。また筋肉の炎症によっても、pSLCから炎症部位に集まったマクロファージにらい菌がうつります。一旦マクロファージが感染すると、感染していなかったマクロファージにも感染が広がって行きます。pSLCは骨格筋皮膚間でマクロファージとともに肉芽腫様構造物を作りますが、ここから感染したマクロファージが放出されることで、さらに感染が拡大します。

もっと簡略化して説明すると次のようになります。論文の Figure. 7Fの図がとてもわかりやすいです。

多くのらい菌がシュワン細胞に感染すると、シュワン細胞は前駆/幹様細胞までリプログラミングされます。前駆/幹様細胞は筋肉に移動して、らい菌を含んだまま筋肉に分化して感染を拡大します。また、前駆/幹細胞にいるらい菌がマクロファージに移ることでも感染は拡大します。前駆/幹細胞がマクロファージとともに形成する肉芽腫様構造物は、そこから感染したマクロファージを放出することで感染の拡大に貢献します。

Figure. 7F

感想ですが、同じマイコバクテリウム属の結核菌や非定型抗酸菌でこのようなリプログラミングが起きているのかどうかが、気になりました。

上に示した Nature newsの記事は、アルツハイマー病などでの再生医療につながる可能性についても、最後の一文のみではありますが、ちらりと触れています。

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胸部X線診断に自信がつく本

By , 2013年1月28日 9:00 AM

胸部X線診断に自信がつく本 (群義明著、カイ書林)」を読み終えました。

本書は 講義と実際の読影を繰り返す形式になっています。

講義はレベルが高く、非常によく纏まっていて勉強になりました。この部分を読むだけでも、本書を購入する価値があると思います。一方で、読影の方は、簡単過ぎて講義とのギャップが大きすぎました。「講義を読んで初めて異常所見を拾えるようになった」とかだと満足感がありますが、講義部分が読影部分にあまり反映されていなかったは残念でした。

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自然災害とてんかん発作

By , 2013年1月24日 7:23 AM

気仙沼市立病院脳神経外科から非常に興味深い論文が発表されました。

Increase in the number of patients with seizures following the Great East-Japan Earthquake

In the afternoon of March 11, 2011, Kesennuma City was hit by the Great East-Japan Earthquake and a devastating tsunami. The purpose of this retrospective study is to document possible changes in the number of patients with distinct neurologic diseases seeking treatment following this disaster. Because of Kesennuma’s unique geographical location, the city was isolated by the disaster, allowing for a study with relatively limited population selection bias. Patients admitted for neurologic emergencies from January 14 to May 5 in 2011 (n = 117) were compared with patients in the corresponding 16-week periods in 2008–2010 (n = 323). The number of patients with unprovoked seizures was significantly higher during the 8-week period after the earthquake (n = 13) than during the same periods in 2008 (n = 6), 2009 (n = 3), and 2010 (no patients) (p = 0.0062). In contrast, the number of patients treated for other neurologic diseases such as stroke, trauma, and tumors remained unchanged. To our knowledge, this is the first report of an increase in the number of patients with seizures following a life-threatening natural disaster. We suggest that stress associated with life-threatening situations may enhance seizure generation.

自然災害は精神的、身体的健康に影響を与えます。ノースリッジ地震では心臓突然死が増加し、阪神大震災では血糖コントロールが悪化したとの報告があります。ストレスでてんかん発作が増えるとの報告はありますが、自然災害がてんかんのような神経疾患にどう影響を与えるかはよくわかっていません。

著者らは、2011年 3月 11日の東日本大震災の前後 8週間の期間、すなわち 1月 14日~5月 5日までに気仙沼市立病院脳神経外科に入院した患者について調べ、2008~2010年と比較しました。患者はてんかん、脳卒中、外傷、腫瘍、その他に分類しました。その結果、震災後てんかん患者は有意に増加していましたが、脳卒中患者数に変化はありませんでした (下記 Figure 2)。

figure2

Figure 2

2011年3月11日以降に入院したてんかん患者 13例のうち、11例はもともと脳の疾患を持っていました (特発性/症候性てんかん 5例, 外傷後 4例, 髄膜腫術後 1例, 陳旧性脳梗塞 1例)。てんかんの発作型は、13名中 9名が単純部分発作でした (9例のうち 8例が全般化しました)。 3例は複雑部分発作で、1例は診療録から発作型は不明でした。

その他、採血結果で 2008-2010年と 2011年で違いがあったのは、総タンパク質でしたが、パンやコメ食を余儀なくされたからかもしれません。実際、この大震災の後に行われた別の研究では、不適切な食事によって糖尿病患者の血糖値や血圧が悪化したとされています (Ogawa et al., 2012)。

著者らは、自然災害によるストレスがてんかんに影響を与えたのではないかとしています。ただし、こうしたストレスは誰にでもてんかんのリスクを高めるのではなく、もともと脳病変がある人でリスクを高めるのかもしれません。また、おそらく震災により抗てんかん薬を入手できなかったせいで、てんかん発作を起こした人が一人いました。

今後、近いうちに関東や東南海で大地震が起こると予測されていますが、その際てんかん発作を起こす患者が増えるだろうというのは、頭に入れておいた方が良さそうです。そして、抗てんかん薬の供給をどうするかも考える必要があります (抗てんかん薬を内服している患者さんは、手元にある程度予備の薬を持っておいた方が良いでしょう)。

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miR-941

By , 2013年1月21日 7:32 AM

科学ニュースの森」というブログで、「ヒトをヒトたらしめている遺伝子」というエントリーがありました。

ヒトをヒトたらしめている遺伝子

科学の世界での最も大きな疑問の1つに、ヒトをヒトたらしめるものは何かというものがある。この度、エディンバラ大学のMartin Taylor博士率いる研究チームによって、脳の働きに重要な役割を持つヒト特有の遺伝子が発見された。この発見によって、初めてヒトの体内で特定の役割を有している、ヒトだけが持つ遺伝子が特定されたことになるという。

この遺伝子はmiR-941と呼ばれ、脳内の意思決定や言語能力をつかさどる部分で活性化するため、ヒト特有の高度な脳機能に深く関わっていると考えられる。この遺伝子はヒトが類人猿から進化した後の、100~600万年前の間に現れたと考えられるという。彼らは、チンパンジー、ゴリラ、マウスなどを含む11種の哺乳類とヒトのゲノムを比べることで、これらの結果を得た。

種ごとの違いは遺伝子の変異によって現れることはよく知られている。それらは既存の遺伝子が変化したり、遺伝子が複製、または消失することによって起こる。しかしmiR-941遺伝子は、以前までジャンクDNAと呼ばれていたタンパク質をコードしない部分から、短期間のうちに突然機能を持つ遺伝子として現れたのだという。

そこで、実際に Nature communications論文を読んでみました。

Evolution of the human-specific microRNA miR-941

MicroRNA-mediated gene regulation is important in many physiological processes. Here we explore the roles of a microRNA, miR-941, in human evolution. We find that miR-941 emerged de novo in the human lineage, between six and one million years ago, from an evolutionarily volatile tandem repeat sequence. Its copy-number remains polymorphic in humans and shows a trend for decreasing copy-number with migration out of Africa. Emergence of miR-941 was accompanied by accelerated loss of miR-941-binding sites, presumably to escape regulation. We further show that miR-941 is highly expressed in pluripotent cells, repressed upon differentiation and preferentially targets genes in hedgehog- and insulin-signalling pathways, thus suggesting roles in cellular differentiation. Human-specific effects of miR-941 regulation are detectable in the brain and affect genes involved in neurotransmitter signalling. Taken together, these results implicate miR-941 in human evolution, and provide an example of rapid regulatory evolution in the human linage.

転写因子や micro RNA (miRNAs) といった制御因子の変異は、数百もの遺伝子の制御異常の原因となり、そのためヒトの進化に大きな影響を与えている可能性があります。過去の研究では、転写因子の発現の違いが、ヒト特有の遺伝子の発現に関係するのではないかと考えられてきました。今回、著者らは miRNAに注目しました。miRNAは 20-24塩基の内因性の一本鎖 RNAで、転写後の遺伝子サイレンシングに関与しています。

ヒトゲノム特異的な miRNAを調べるために、1733個の miRNAのオルソログを網羅的に調べました。比較したのはチンパンジー、ゴリラ、オランウータン、マカクザル、マーモセット、マウス、ラット、犬、牛、フクロネズミ、鶏です。結果として、10個の miRNAでは、他の動物でのオルソログが存在しないことがわかりました。そして、前頭葉皮質および小脳での発現レベルを調べた所、ヒトでは miR-941以外のヒト特異的 miRNAがほとんど検出されないことがわかりました。そして、miR-941はチンパンジーやマカクザルの脳では発現していませんでした。miR-941はヒトの脳以外の組織や培養細胞でも検出されました。そして Argonature (AGO) 蛋白と RNA-induced silencing complex (RISC) を形成することが確認され、miR-941が実際に機能的な miRNAであることがわかりました。

miR-941は 20番染色体の q13.33にある DNAJC5遺伝子の最初のイントロンに存在しています。miR-941 前駆コピーは、それぞれ相補鎖である mature miR-941, miR-941-star配列を含む安定したヘアピン構造持ちます。この配列はヒトでは検出できますが、チンパンジーやマカクザルでは検出できません。

ヒトやマカクザルのゲノムでは、miR-941前駆領域はタンデム配列から成っています。一方で、チンパンジーではこの領域は失われています。マカクザルのゲノムの反復コピーの一つは、その残りの部分と異なっており、ヒトの反復タンデムに似ています。そのため、ヒトで見られるタンデム反復は、マカクザルのこの反復コピーに由来するのではないかと考えられ、それがコピー数拡大やヒトでの別の反復変異をもたらしました。ヒトで見られるようなタンデム反復がないため、チンパンジーやマカクザルでは安定した miRNAの前駆配列のヘアピン構造を形成出来ないと考えられます。これらの結果から、miR-941前駆配列が、ヒトとチンパンジーの狭間で進化したことがわかります。

論文 Fig3A

次に、100万年前にヒトから分かれ、絶滅したヒト科の Denisova (デニソワ人) のゲノムを調べました。すると Denisova人は miR-941前駆配列を少なくとも 2コピーは持っていることがわかりました。よって、pre-miR-941形成及びコピー数増加は、共通の祖先がチンパンジーに分かれた 600万年前から、デニソワ人が分かれた 100万年前の間に起こったことがわかりました。

pre-miR-941のコピー数はデニソワ人とヒトの間で変化しているようですが、更にヒトにおいてもコピー数やコピー数多型は人種間で差があるようです。いずれもアフリカで高く、東に行くにつれて低くなっています。

論文 Fig3C-E

更に、miR-941がどのような遺伝子をターゲットにしているかを調べました。まず、3種類の培養細胞 (293T, HEK, HSF2) に miR-941遺伝子をトランスフェクションし、遺伝子発現の変化を調べました。そして、miR-941によって変化がみられる遺伝子は、2つの KEGG pathyway, すなわち hedgehog-signalling pathwayと insulin-signalling pathwayに豊富に存在することがわかりました。miR-941は、hedgehog-signalling pathwayでの SMO, SUFU, GLI1や、insulin-signalling pathwayでの IRS1, PPARGC1Aや FOXO1のように、pathwayでの鍵となる componentをターゲットとしています。

新規に出現した miRNAは有利に働くこともあれば、有害になることもあるはずです。有害に働くのを回避するために、miR-941結合部位の減少や、ターゲット遺伝子の RISC complexからの回避といった手段がとられていることもわかりました

結論として、著者らは過去の報告を交えた考察を通じ、miR-941のお陰で、ヒトの寿命が伸びて、認知機能も高まったのではないかと推測しています。

この論文は、ヒトをヒトたらしめたものが何なのか、分子生物学的にアプローチした研究でした。

この論文とは直接関係ない話ですが、高次脳機能に関連しては、FOXP2という遺伝子なども注目されています。しかし、ヒトだけではなく、鳥にも見られることが知られているようです。

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米国糖尿病学会 2013年ガイドライン

By , 2013年1月13日 10:23 AM

米国糖尿病学会 (ADA) 2013年ガイドラインが公開されました。

安定している患者では HbA1測定が年 2回でよかったり、血圧管理が緩和されたり、色々常識を覆されました。

知り合いの先生が要点を纏めてくださっています。一読の価値があります。

米国糖尿病学会ADAの糖尿病診療指針 (なんごろく)

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論文査読者の迷コメント集

By , 2013年1月8日 7:26 AM

ワイリー・サイエンスカフェに「<記事紹介> 論文査読者の迷コメント集(Environmental Microbiology誌から)」というエントリーがありました。

毎年、Environmental Microbiology誌が、論文査読者のコメントを抜粋して紹介しているというものです。具体的にどんなコメントがあったのかは、上記リンク先からご覧ください。しかし、2012年の Environmental Microbiology誌には、 “Referees’ quotes” は見つかりませんでした。この特集、やめてしまったのでしょうか?

とりあえず、2011年までの “Referees’ quotes” のリンクを貼っておきます。

Referees‘ quotes – 2011 – 2011 – Environmental Microbiology

Referees‘ quotes – 2010 – 2010 – Environmental Microbiology

Referees‘ quotes – 2009 – 2009 – Environmental Microbiology

Referees‘ Quotes – 2008 – 2008 – Environmental Microbiology

Referees‘ Quotes – 2007 – 2007 – Environmental Microbiology

Referees‘ Quotes – 2006 – 2006 – Environmental Microbiology

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世田谷一家殺害事件

By , 2012年12月30日 10:30 AM

2012年12月30日は、世田谷一家四人殺害事件から丁度 12年目にあたります。

先日、成城警察署から私に電話がかかってきてビックリしました。叩けば埃のでる体なので、「どの出来事だろう?」と思いながら、聞かれてもいない犯罪をベラベラ喋りそうになり、「医師逮捕」の見出しの新聞記事を思い浮かべた頃、捜査員が「世田谷一家四人殺害事件について聞きたい」と言ってきました。12年前の 12月 30日のアリバイなんて覚えていません。ブログ記事があれば思い出す手がかりにはなりますが・・・。ひょっとして犯人として疑われているのかしら???

ところが真相は違いました。私の学会発表を聞いた聴衆が、「ひょっとして犯罪捜査に使えるのではないか?」といって匿名で警察に電話してきたらしいのです。そこで学会発表の内容を教えて欲しいとのことでした。

12月21日に、捜査員 2名に疾患についてと遺伝学の基本について 1時間ほど講義しました。無償で講義したお礼に、捜査員は私が女性にハレンチなことをして逮捕されるときに見逃すことを約束してくれました。

講義を終えた後、犯人の血液が残されていることを知り、全塩基配列を読んでみてはどうかと提案しました。サンプルには限りがあるので、デジタルデータを持っていた方が、あとから解析しやすいと思ったのです (科学技術のここ数年の劇的な進歩で、2013年には 10万円以下で、15分以内に解析できると言われています)。ところが、法的な問題が色々あるらしいです。

こうした凶悪事件について、「国会議員の 2/3以上の賛同が得られた事件についてのみ、遺伝子情報を自由に解析して捜査に用いることが出来る」とか法改正できないものかと思いました。

被害者のご冥福をお祈りすると共に、一刻も早く犯人が捕まることを願っています。

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The musicality of Franz Liszt

By , 2012年12月17日 8:28 AM

The Musicality of Franz Liszt」という論文が、2011年10月28日号 Cell Culture誌の読み物として掲載されたので、「おっ?」と思って読んでみました。内容は直接リストに関係したものではなかったのですが、リストの生誕 200周年を記念して、聴覚と認知について興味深いトピックスが紹介されていました。短い論文ながら、内容は 4部構成となっています。以下簡単に紹介します。

The Musicality of Franz Liszt

①Frequency Detection a Presto

リストは超絶技巧で有名でしたが、聴衆の耳は彼の奏でる複雑な和声や速いフレーズを瞬時に分離することができました。そのメカニズムに関する知見です。

耳にある外有毛細胞の細胞膜には prestinと呼ばれる陰イオン輸送体が多数あります。Cl-が prestinの細胞内側の表面に結合すると脱分極し、prestin容積の減少と細胞の短縮といった構造変化が起こります。2008年に Dallosが prestin変異のマウスを作製したところ、変異 prestinは細胞膜に正しく局在したものの、外有毛細胞を短縮させることは出来ませんでした。そのマウスは音への感度低下を示し、音波を個々の振動数に分離する能力が低下しました。

prestinの働きは、音による振動を増大させることによって、有毛細胞がその下にある基底膜と共に作り出す振動数マップの分離能を向上させているようです。

音波は有毛細胞の脱分極と過分極の周期を作り出し、prestinはそれに合わせて細胞を繰り返し伸縮させます。基底膜は音波と同じ振動数で振動することになり、シグナルは増幅され、周波数の選択性は増します。なんと、prestinは他の蛋白質の約 1000倍もの速さで機能し (μ秒単位)、細胞膜の分極がそのようなスピードについていくことが出来るそうです。

②Pitch Picking

リストは “perfect pitch” を持っていました。つまり、音符を見ずに、音名を当て、同じ高さの音を再現することが出来ました。

2005年に、Bendorと Wangは音程に特異的に応答する神経細胞の一群を見つけ、オクターブにまたがっていたり異なる楽器の楽音を人がどのように認識するのかに言及しました。

ピアノで “A (ラ)” の鍵盤を叩くと、440 Hzの倍音成分 440, 880, 1320, 1760…Hzが発生します。しかし聴き手は最も低い周波数 440 Hzのみを認識します。基礎となる 440Hzの周波数を失ってさえ、脳は (倍音成分に含まれる) 別の周波数から音を再構成し、その音程が 440Hzの “A” であると認識します。

そのような神経細胞を探していて、Bendorと Wangは marmoset monkeyの聴覚皮質で活動電位を記録しました。低周波数領域の境界部を調べたとき、彼らは 131個の神経細胞のうち 51個が音程の選択性に関わっているのを見つけました。これらの神経細胞はそれぞれ基礎となる音に由来する倍音の周波数に応答していました。例えば、ある神経細胞は 200 Hzとその倍音成分である 800, 1000, 1200 Hzの組み合わせに応答しました。聴神経細胞が非常に狭い範囲の周波数に対応していることにより、音程の選択性が生まれることは驚くべきことです。

2011年に Chenらは、”high-speed two-photon microscopy method” を用いて、マウス聴神経細胞の樹状突起棘のシナプスカルシウムシグナルを記録しました。約 45%の樹状突起棘が 1オクターブ以内の周波数に応答しました。しかしもっと驚くことに、同じ樹状突起にあるそれぞれ隣り合う樹状突起棘は異なった周波数で同調されることです。ニューロン全体の最適な刺激は、最適ではない周波数刺激と比べて 2倍もの樹状突起棘でシナプスのカルシウム信号を誘導します。これは、単なる個々の音から調和的に関連した音の周波数まで扱うピッチ選択的ニューロンを形成する仕組みを示唆しています。

③O Please Gentleman, A Little Bluer!

“perfect pitch” に加え、リストは共感覚を有していたと言われています。共感覚とは、ある感覚刺激が、刺激と関係ない感覚の引き金となることです。リストは音符や和音が色に見えました。共感覚は、脳の隣り合った領域の相互刺激によるものであると考えられていますが、よくわかっていません。

2010年、Neelyらは新しい「痛み遺伝子」の研究中にこの現象に出くわしました。彼らはショウジョウバエの高温面からの逃避行動をみることで、痛み知覚を研究しました。彼らは個々の遺伝子を knock downして調べましたが、580個調べた遺伝子の中の一つが straightjacket でした。straightjacket遺伝子は voltage-gate Ca2+ channelのサブユニットをコードしていました。straightjacket遺伝子の哺乳類でのホモログは α2δ3であり、神経痛の 2つの治療薬の分子ターゲットとなっています。また、この遺伝子を除去したマウスは、温度や炎症による熱への感受性が低下します。この遺伝子変異のあるヒトは熱や慢性疼痛への感受性が低下することから、α2δ3はハエからヒトまで保存された「痛み遺伝子」と考えられます。

驚くべきことは、α2δ3欠損がどのように痛覚の認知を変えるかです。有害な熱刺激は脳の疼痛に関係した部位を賦活します。しかしα2δ3変異マウスでは、この領域の不活化が減少し、視覚野や聴覚野、嗅部が賦活されることがわかりました。言い換えると、α2δ3の障害は痛みが「見えて、聞こえて、匂う」共感覚の原因になるのです。α2δ3遺伝子はシナプス発達に関係しています。そのため、α2δ3欠損は視床と高次の痛覚中枢を結ぶシナプス回路を微妙に変化させるのだと考える研究者もいます。

④Lisztomania in the Striatum

リストは音楽の組織やチャリティーに快く応じる慈善家でした。精神疾患に対する音楽療法を試みた最初の一人であるとさえ考えられています。それから 150年近く経って、感動に満ちた音楽は、セックスや薬物、食事と同じように、快楽中枢や報酬中枢にドパミンを放出させることが報告されました。

過去の研究では、音楽は脳の報酬回路を賦活しますが、ドパミン活性を直接調べた研究はありませんでした。さらに、音楽も実験者に選ばれたものが用いられていました。

Salimpoorらは、被験者に自分の好きな曲を選んでもらい、曲のクライマックスで一貫して身震いするような人々に焦点を当てました。ドパミン活性の測定には、ドパミンの D2受容体と競合する 11C-racloprideを用いた PET検査を用いました。普通の音楽と違って、身震いを起こさせるような音楽は、線条体、特に側坐核でのでのドパミン放出の引き金となります。ここは、コカインでの高揚感と関係した部位です。functional MRIと併せて解析すると、歌の感情的なクライマックスは側坐核のドパミンと関連していますが、クライマックスの瞬間への予感は、報酬の予測と関係した尾状核を活性化させることがわかりました。このことで、「リストマニア」を説明できると考える研究者もいます。

 

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誰も教えてくれなかった血算の読み方・考え方

By , 2012年12月2日 12:42 PM

誰も教えてくれなかった血算の読み方・考え方 (岡田定著、医学書院)」を読み終えました。薄い本なので数時間で読めます。

血液内科の領域は、学生時代に勉強してからかなり知識が抜けている部分があるのですが、再度整理することができました。

本書は血液内科専門医が実際に経験したファインプレーやエラーの実例が読めるのも貴重ですね。

岩田健太郎先生も絶賛の本です。

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誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた

By , 2012年12月1日 7:39 PM

誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた (岸田直樹著、医学書院)」を読み終えました。

これまで風邪の患者さんは数え切れないくらい診てきたけれど、本書のように体系だってまとめたものを読むのは初めてです。あまりに、面白くて 1日で読了しました。

ある部分では「俺が感じていたのと同じこと言っている」と親近感が湧きましたし、ある部分では「へー、初めて聞いた」と勉強になりました。

風邪の患者さんを診療しない医者はほとんどいないと思うので、読んでおきたい一冊です。

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