Category: 医学一般

fasciculationの起源

By , 2013年12月29日 7:07 PM

やや古い話になりますが、2007年に仲の良い先輩たちと抄読会をしていて、fasciculation  (線維束性収縮) の起源についての話題になりました。Fasciculationは、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) などでしばしばみられますが、他の疾患でもみられます。

第2回抄読会

電気生理検査専門の I先生は、Fasciculationの Originについて調べてきました。以前は前角細胞由来とされていましたが、FasciculationもF波を持つことがわかり、末梢由来だと考えられるようになり、Cancelationを利用した実験で、8割は末梢由来だとする報告も出てきました (Rothら)。一方で、中枢由来とする報告 (幸原ら)も存在し、諸説あるようです。

それ以来、なんとなく意識はしていた問題なのですが、2013年12月号の JAMA Neurology誌 (旧 “Archives of Neurology”) に ALSと “Benign Fasciculation Syndrome” における fasiculation (FPs) の起源についての論文が掲載されていたので、興味深く読みました。

Origin of Fasciculations in Amyotrophic Lateral Sclerosis and Benign Fasciculation Syndrome

Importance Fasciculation potentials (FPs) may arise proximally or distally within the peripheral nervous system. We recorded FPs in the tibialis anterior using 2 concentric needle electrodes, ensuring by slight voluntary contraction and electrical nerve stimulation that each electrode recorded motor unit potentials innervated by different axons.

Observations Time-locked FPs recorded from both electrodes, suggesting a spinal origin, were most frequent in benign fasciculation syndrome (44%) (P < .001) and amyotrophic lateral sclerosis without reinnervation (27%). Fewer time-locked FPs were found (14%) in the reinnervated tibialis anterior in amyotrophic lateral sclerosis (P < .001).

Conclusions and Relevance We conclude that in chronic partial denervation FPs are more likely to arise distally and that FPs in benign fasciculation syndrome more frequently arise proximally.

【過去の研究】

①前角由来とする報告

Fasciculations: what do we know of their significance? (Desai J, 1997)

Fibrillation and fasciculation in voluntary muscle. (Denny-Brown DB, 1938)

②末梢神経由来とする報告

Effects of denervation on fasciculations in human muscle: relation of fibrillations to fasciculations. (Forster FM, 1946) : 神経ブロックをしても残存することが根拠

Fasciculations and their F-response. Localisation of their axonal origin. (Roth G, 1982) : F波を用いて評価

(※ Rothは、約 80%が末梢の軸索由来で、約 20%が末梢神経系のより中枢側由来であると推測)

The origin of fasciculations. (Roth G, 1982) : collision法 (衝突法) を用いて評価

Firing pattern of fasciculations in ALS: evidence for axonal and neuronal origin. (Kleine BU, Neurology) : 発火パターンを解析

③皮質由来

Neurophysiological features of fasciculation potentials evoked by transcranial magnetic stimulation in amyotrophic lateral sclerosis. (de Carvalho M, 2000)

④脊髄由来

Complex fasciculations and their origin in amyotrophic lateral sclerosis and Kennedy’s disease. (Hirota, 2000) : “complex fasciculation” が上脊髄由来だと推測

Synchronous fasciculation in motor neuron disease. (Norris FH Jr, 1965) : 体の両側で同時に起こる fasciculationを記録して検討。中枢での興奮性が関与し、脊髄起源が示唆される。

今回、著者らは単一の筋肉 (前脛骨筋) の 2ヶ所に 1 cm以上離して記録電極 (concentric needle electrodes) を置いて、time-locked FPsを調べることで、fasciculationの起源を検討しました。2ヶ所の記録電極が、それぞれ別々の神経支配の筋肉を記録していることを、支配神経の電気刺激や、随意的な筋肉の弱収縮など、いくつかの方法で確認しました。

【対象患者】

・ALS

52例 (男性 29例, 女性 23例), 年齢 36~75歳 (平均 59.6歳), 初発症状からの平均期間 11.1ヶ月。bulbar 16例, axial 5例, upper limb 20例, lower limb 11例。

・Benign fasciculation

11例, 年齢 38~70歳 (平均 58歳)。筋力低下がなく、筋電図で normal MUPを呈した。また、 2年間の観察期間で進行がなかった。筋痙攣を有する者はいた。代謝性疾患や薬剤性障害はなかった。

【結果】

・ALS (前脛骨筋に神経原性変化があった患者)

1096個の fasciculationを記録した。同時記録の 2ヶ所のうち、1ヶ所のみで fasciculationが観察されたのが 941個 (85.7%), 2箇所で観察されたのが 155個 (14.3%) であった。

・ALS (前脛骨筋に神経原性変化がなかった患者)

544個の fasciculationを記録した。同時記録の 2ヶ所のうち、1箇所のみで fasciculationが観察されたのが 394個 (72.7%), 2ヶ所で観察されたのが 150 (27.3%) であった。

・Benign fasciculation

234個の fasciculationを記録した。同時記録の 2ヶ所のうち、1箇所のみで fasciculationが観察されたのが 129個 (55.1%), 2ヶ所で観察されたのが 105個 (44.9%) であった。

【考察】

 神経原性変化がない ALSの前脛骨筋や benign fasciculationでは、異なる神経に支配された 2ヶ所の筋肉で同時に発火する頻度がより高く、これは中枢 (おそらく 脊髄の motor neuron pool) に由来すると推測される。一方で、神経原性変化がある ALSの前脛骨筋では、異なる神経に支配された 2ヶ所の筋肉で別々に発火する頻度が高く、(それぞれ別の末梢神経系が同期することなく発火していることから) より遠位由来と考えられる。隣接した運動神経に混線して刺激が伝わってしまうエファプス伝達により、2ヶ所の筋肉で同時に発火してしまう可能性については、(神経損傷を伴わない) benign fasciculationでも 2ヶ所同時に発火する頻度が高いので、可能性は低い。

Fasciculationの起源って、奥が深いのですね。大部分が末梢神経由来で、一部中枢性の要素もあるというのは理解していましたが、ALSの病期によって異なるというのは面白いと思いました。Benign fasciculationを検査して、エファプス伝達を除外しているのも上手いやり方だと感じました。

電気生理検査を専門にしている人たちから話を聞くと、針筋電図で見られる安静時活動の起源というのは、結構アツい問題です。fasciculation以外にも議論はあり、例えば “fibrillation potential” や “positive sharp wave” といった脱神経電位は、一般的には末梢神経障害や炎症性筋疾患で見られることで知られていますが、脳血管障害でも見られることもあるなんていうのが、ちょっとしたネタになったりします。

知り合いの電気生理ヲタクの医師と酒を酌み交わすときは、こういうマニアックな話題がいつも肴になります。

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ADA2014 糖尿病ガイドライン

By , 2013年12月28日 5:32 PM

2013年1月13日に米国糖尿病学会 (ADA) の 2013年ガイドラインについてお伝えしました。すでに 2014年版が公開されているようです。。

Standards of Medical Care in Diabetesd2014 (PDF)

Executive Summary: Standards of Medical Care in Diabetesd2014 (PDF)

ちなみに、改訂された点のまとめは、”Summary of Revisions to the 2014 Clinical Practice Recommendations” で見ることが出来ます。全部目を通したわけではありませんが、2013年と比べてそれほど大きくは変わっていない印象です。

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受精卵の DNAを調べる方法

By , 2013年12月28日 6:06 AM

2013年12月19日の Nature Newsに、”Non-invasive method devised to sequence DNA of human eggs” という記事がありました。

2013年12月19日に Cell誌に掲載された、”Genome Analyses of Single Human Oocytes” という論文を紹介したものです。全くの専門外なので、論文の内容は良く理解できませんでしたが、どうやら一次極体 (PB1) と二次極体 (PB2) のゲノムを読むことで、雌性前核の遺伝子が推測できるというものらしいです。そして、必要とされる極微量のゲノムを読むことを可能にしているのが、MALBAC (multiple annealing and looping-based amplification cycles) という技術のようです。ヒト受精卵を用いるといった、NIHの研究費を使うことができない実験であったため、北京大学で研究したと記載されていました。

北京大学の Jie Qiaoらは、遺伝性疾患を持っていたり、流産を繰り返すなどの女性を対象とした臨床試験を開始しました。

Figure 1

Cell論文, Figure 1

倫理的な問題は残ると思いますが、受精卵を壊すことなく、母親由来の遺伝病がないかどうかを調べることが可能になる技術で、遺伝性疾患を持つ家系の方にとっては、朗報でしょうね。

今年は、ミトコンドリア置換に始まり、遺伝性疾患の遺伝を防ぐための画期的な技術が登場した一年と言えるのかもしれません。

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Drugs that made headlines in 2013

By , 2013年12月15日 4:10 PM

2013年12月5日の Nature Medicine誌に、2013年に話題になった薬達について纏められていました。製薬会社がしのぎを削る、現在販売攻勢が最も強い薬剤の一つでもある DPP-4阻害薬が Yellow light (黄信号) なんですね。びっくりしました。

こうしてまとめてみると、ALK阻害薬のように期待の高そうな薬剤が Green light (青信号) になっている一方で、Red light (赤信号) に軒並み神経疾患治療薬が名を連ねていることに、残念な思いです。

Drugs that made headlines in 2013

Green light

・PD-1 immunotherapy: メラノーマ

・LDK378: 非小細胞性肺癌 (target=anaplastic lymphoma kinase (ALK))

・Gilotrif (afatinib): 非小細胞性肺癌 (target=epidermal growth factor receptor (EGFR))

・Kynamro (mipomersen sodium): 家族性高コレステロール血症

・Tivicay (dolutegravir): HIV

・Adempas (riociguat): 肺高血圧症

・Serelaxin: 急性心不全

・Invokana (canagliflozin): 2型糖尿病 (特に腎障害患者での心血管系副作用のため、発売後に 5つのトライアルがなされる)

・Imbruvica (ibrutinib): マントル細胞リンパ腫, 慢性リンパ性白血病

・Sofosbuvir: C型肝炎

・Gazyva (obinutuzumab): 慢性リンパ性白血病

 

Yellow light

・Fecal transplants: 偽膜性腸炎

・DPP4 inhibitors: 2型糖尿病, ただし、saxagliptinおよびalogliptinは心イベントを減少させなかった

・Brisdelle (paroxetine): 抗鬱薬

・Duavee (conjugated estrogens/bazedoxifene): ほてり (hot flash)

・Suvorexant: 不眠症

・Ramucirumab: 転移性乳癌では効果を示せなかったが、胃癌では生存期間を延長した。

・Alirocumab: 高脂血症

・Vercirnon: クローン病

 

Red light

Dexpramipexole: ALS

・Tredaptive (niacin/laropiprant): 高脂血症

・Preladenant: パーキンソン病

・LY2886721: アルツハイマー病

・Drisapersen: Duchenne型筋ジストロフィー

・Gammagard: アルツハイマー病

・R343: 喘息

・MAGE-A3 vaccine: メラノーマ

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震災と医学

By , 2013年12月8日 4:45 PM

東日本大震災の後、それに関連した科学論文が多く出版されています。Pubmedで “great east japan earthquake” として検索すると、2013年12月8日現在、224件がヒットします

2013年11月28日の New England Journal of Medicine (NEJM) には、”The Great East Japan Earthquake and Out-of-Hospital Cardiac Arrest” というタイトルの論文が掲載されていました。東日本大震災後、院外心停止は、数週間に渡って全体として増加したようです。ただし、年齢や性別により、増加の有無や時期などにばらつきがありました。天下の NEJMでもこういう論文を扱ってくれているんですね。

震災関連の論文としては、神経内科医としては、他に「震災後にてんかんが増える」「脳卒中が増える」「脳卒中は増えない」「認知症と震災時の行動ついて」なんかは押さえておきたいところ。

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ミトコンドリアのダイナミクス

By , 2013年12月7日 5:57 AM

2013年12月5日、New England Journal of Medicineにミトコンドリアのダイナミクスについての総説が掲載されました。とても良く纏まっていて、昨日見つけてその場で読了しました。

ミトコンドリアは、融合と分裂を繰り返し、数や品質の維持をしています。これらダイナミクスの異常で、疾患が引き起こされることがあります。この論文では、導入部でダイナミクスのメカニズムや重要性を説明し、後半にその異常が関与する疾患を説明しています。「常染色体劣性若年性パーキンソニズム」や「Charcot-Marie-Tooth病 type 2A」など、神経疾患もいくつか登場しますので、神経内科医が読んで楽しめるのではないかと思います。Table 1には、介在タンパク質と、その異常で引き起こされる疾患の一覧表があり、Figure 4には “Mitochondrial Disease in Humans” が纏められているので、全部読む余裕が無い方は、これらを眺めるだけでも勉強になるはずです。

Mitochondrial Dynamics — Mitochondrial Fission and Fusion in Human Diseases

Mitochondria fuse and divide in response to cell demands and environment. Alterations in mitochondrial dynamics underlie various human diseases, including cancer and neurologic and cardiovascular diseases. Defining the alterations may identify potential therapeutic targets.

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出版されない研究

By , 2013年11月25日 7:27 AM

製薬会社には、企業として利益を出す使命があるので、薬の売上が伸びるように宣伝をします。それ自体は健全な企業活動です。プロモーションの対象は医師になりますが、医師の側は自分で探した科学論文で得た知識をベースに、その宣伝内容を評価します。その科学論文の信頼性を揺るがしたのが、ディオバン事件です。

ところが、それ以外にも、製薬会社の意向が科学論文に反映されてしまう事態があるようです。2013年10月29日の British Medical Journal (BMJ) に興味深い論文が掲載されていました。

Non-publication of large randomized clinical trials: cross sectional analysis

BMJ 2013; 347 doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.f6104 (Published 29 October 2013)

Cite this as: BMJ 2013;347:f6104

Abstract

Objective To estimate the frequency with which results of large randomized clinical trials registered with ClinicalTrials.gov are not available to the public.

Design Cross sectional analysis

Setting Trials with at least 500 participants that were prospectively registered with ClinicalTrials.gov and completed prior to January 2009.

Data sources PubMed, Google Scholar, and Embase were searched to identify published manuscripts containing trial results. The final literature search occurred in November 2012. Registry entries for unpublished trials were reviewed to determine whether results for these studies were available in the ClinicalTrials.gov results database.

Main outcome measures The frequency of non-publication of trial results and, among unpublished studies, the frequency with which results are unavailable in the ClinicalTrials.gov database.

Results Of 585 registered trials, 171 (29%) remained unpublished. These 171 unpublished trials had an estimated total enrollment of 299 763 study participants. The median time between study completion and the final literature search was 60 months for unpublished trials. Non-publication was more common among trials that received industry funding (150/468, 32%) than those that did not (21/117, 18%), P=0.003. Of the 171 unpublished trials, 133 (78%) had no results available in ClinicalTrials.gov.

Conclusions Among this group of large clinical trials, non-publication of results was common and the availability of results in the ClinicalTrials.gov database was limited. A substantial number of study participants were exposed to the risks of trial participation without the societal benefits that accompany the dissemination of trial results.

論文の概要ですが、”clinical trials.gov” に登録し、2009年1月までに終了した、被検者 500人以上が参加した研究を調べました。その条件に該当する 585の研究を解析した結果、171 (29%) の研究で結果が未発表でした。結果が未発表の研究では、試験が終了してから平均 5年間経っても論文化されていませんでした。企業から資金提供をうけた研究の 32%、資金提供のない研究の 18%で結果が未発表であり、企業から資金提供を受けている方が論文化されにくいことがわかりました。171の未発表研究において、133 (78%) の研究では “clinical trials.gov” でも結果を知ることが出来ませんでした。

大規模臨床研究については、米国では “clinical trials.gov” への登録が義務付けられ、そうしない研究は一流雑誌にはアクセプトされないといわれています。予め研究デザインを登録しておくことで、途中で研究デザインを変えられなくなるなど、研究の公正性を担保し、また情報をオープンにすることで参加者を守ることにもなります。BMJ論文にも記載がありますが、”clinical trials.gov” に登録された多くの研究では、結果の報告が義務付けられます。それに違反すれば、10000ドル/日を上限とした制裁金など相当のペナルティーがあります。にも関わらず、これだけ多くの研究で結果が隠されているというのは驚くべき話です。企業から資金提供されている方が論文化されにくいということは、企業 (特に製薬会社) にとって都合の悪い結果がマスクされている可能性があります。

臨床研究の “批判的吟味” のやり方を勉強して、怪しさを見抜く目を養ったとしても、こうしたバイアスを見抜くのは容易ではないですね。臨床試験を解釈するときに、このようなことも頭の片隅に置いておくべきなのかもしれません。

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プリオン

By , 2013年11月20日 7:23 AM

2013年11月14日の New England Journal of Medicine (NEJM) に新しいタイプのプリオン病が報告されました。プリオンがこんなことを引き起こすとは想像していなかったので、読んで久々に鳥肌が立ちました。

A Novel Prion Disease Associated with Diarrhea and Autonomic Neuropathy

N Engl J Med 2013; 369:1904-1914November 14, 2013DOI: 10.1056/NEJMoa1214747

BACKGROUND

Human prion diseases, although variable in clinicopathological phenotype, generally present as neurologic or neuropsychiatric conditions associated with rapid multifocal central nervous system degeneration that is usually dominated by dementia and cerebellar ataxia. Approximately 15% of cases of recognized prion disease are inherited and associated with coding mutations in the gene encoding prion protein (PRNP). The availability of genetic diagnosis has led to a progressive broadening of the recognized spectrum of disease.

METHODS

We used longitudinal clinical assessments over a period of 20 years at one hospital combined with genealogical, neuropsychological, neurophysiological, neuroimaging, pathological, molecular genetic, and biochemical studies, as well as studies of animal transmission, to characterize a novel prion disease in a large British kindred. We studied 6 of 11 affected family members in detail, along with autopsy or biopsy samples obtained from 5 family members.

RESULTS

We identified a PRNP Y163X truncation mutation and describe a distinct and consistent phenotype of chronic diarrhea with autonomic failure and a length-dependent axonal, predominantly sensory, peripheral polyneuropathy with an onset in early adulthood. Cognitive decline and seizures occurred when the patients were in their 40s or 50s. The deposition of prion protein amyloid was seen throughout peripheral organs, including the bowel and peripheral nerves. Neuropathological examination during end-stage disease showed the deposition of prion protein in the form of frequent cortical amyloid plaques, cerebral amyloid angiopathy, and tauopathy. A unique pattern of abnormal prion protein fragments was seen in brain tissue. Transmission studies in laboratory mice were negative.

CONCLUSIONS

Abnormal forms of prion protein that were found in multiple peripheral tissues were associated with diarrhea, autonomic failure, and neuropathy. (Funded by the U.K. Medical Research Council and others.)

Abstractを日本語にすると、大体下記のような感じになります。

Background

ヒトプリオン病は、臨床病理学的表現型は多彩だが、一般的には認知症や小脳失調を中心とした、急速な多巣性中枢神経変性が関与する神経疾患ないし精神神経疾患を呈する。プリオン病の約 15%が遺伝性で、プリオン蛋白 (prion protein; PRNP) をコードする遺伝子変異が関与している。遺伝子診断の利用により、認識された疾患のスペクトラムは広がりを見せている。

Methods

我々は、イギリスの大家系における新しいプリオン病を調べるため、家系的、神経心理学的、神経生理学的、神経画像的、病理学的、分子遺伝学的、生化学的研究、さらに動物伝播研究と共に、20年以上の長期に渡り臨床的評価をしてきた。我々は、家系内 5名から得られた剖検ないしは生検サンプルと共に、家系内患者 11名のうち 6名を詳細に調べた。

Results

我々は、PRNP Y163X切断変異を同定し、成人初期に発症する自律神経障害と length-dependentの感覚優位軸索性末梢神経障害を伴った慢性下痢症が特徴的な表現型であることを見出した。認知機能低下とけいれんは 40~50歳代で出現した。プリオン蛋白アミロイドの沈着は、腸管や末梢神経を含む末梢臓器の至るところで見られた。末期の神経病理学的検査では、顕著なアミロイドプラーク、脳アミロイドアンギオパチー、タウパチーといった形で、プリオン蛋白の沈着が見られた。脳組織において、独特のパターンの異常プリオンタンパクの断片が見られた。マウスへの伝播実験は陰性だった。

Conclusions

末梢組織で見られる異常プリオン蛋白は、下痢、自律神経障害、末梢神経障害に関連があった。

内容を簡単に紹介。

[背景]

・プリオン病は、伝播しうる致死的な神経変性疾患で、遺伝性ないし後天性、もしくは孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病 (sCJD) として自然発生するものがある。

・伝播する物質プリオンは、正常な細胞表面蛋白プリオンが異常な折りたたみ構造をとって凝集した蛋白質である。プリオンの伝播は、正常なプリオン蛋白に結合して、それを鋳型としてミスフォールディングしていく、種 (seed) となるタンパク質の重合により起こると考えられている。

・常染色体優性のプリオン病は、PRNP遺伝子の変異によって起こり、これらの疾患はオーバーラップする 3つの疾患、Gerstmann-Straussler-Scheinker (GSS) 症候群、致死性不眠症、家族性クロイツフェルト・ヤコブ病に分類されてきた。

・他の神経変性疾患で異常沈着きたすタンパク質と対照的に、プリオン蛋白は glycosylphosphatidylinostil (GPI) anchorによって細胞膜につなぎとめられている。GPI蛋白結合部位を欠損したプリオン蛋白を発現させたマウスの実験では、感染性プリオンが伝播し、異常なプリオン蛋白が血管周囲に沈着する一方で、進行がとても遅く、多彩な臨床症状をきたすという、極めて興味深い結果が見られてきた。ヒトでは、stop-codonの変異がGPI anchorを欠く異常プリオン蛋白の原因となるが、報告は極めて限られる。PRNP Y145X変異ではアルツハイマー型認知症と脳血管にプリオン蛋白アミロイド沈着を伴った一例報告が、PRNP Q160Xでは認知症を呈した小家系の報告が、C末端の切断変異では GSS症候群の症例報告がなされている。

[方法]

・Immunohistochemical analysis

組織を固定して、組織ブロックをパラフィン包埋、ホルマリンによる前処理をした。組織は 7 μm厚に薄切し、hematoxylin and eosin, Luxol fast blue, periodic acid-Schiff, Congo red,thioflavin Sで染色した。免疫組織学的解析は、通常の avidin-biotin protocolに則って行い、プリオン蛋白 (KG9, 3F4, ICSM35, Pri-917), amyloid P component,glial fibrillary acidic protein, tau (AT8), tau-3R,tau-4R,amyloid-β, neurofilament cocktail, TDP-43,CD68,CR3/4, α-synucleinに対する抗体を用いた。

・Molecular genetic and protein studies

PRNPのゲノムDNAの全reading frameを解析した。脳ホモジネートは、SDS-PAGEで電気泳動し、immunoblottingを行った。

・Murine models

Tg (HuPrP129V+/+Prnp0/0)-152 mice (129VV Tg152mice), Tg (HuPrP129M+/+Prnp0/0)-35 mice (129MM Tg35 mice) を transgenic mouseとして用いた。

Inbred FVB/NHsd miceの脳内に、患者 IV-1から得られた脳 (前頭葉) を接種した。

[結果]

・Clinical Syndrome

臨床的に全ての患者は類似し、常染色体優性遺伝を示した (Figure. 1)。

全ての患者は 30歳代で発症する慢性下痢、それに引き続く混合性感覚優位及び自律神経ニューロパチーを呈した。水様性下痢は日夜数回起こり、腹部膨満感と体重変化を伴い、過敏性腸炎やクローン病と診断されていた。膀胱の脱神経による尿閉があり、自己導尿が必要で、2名の患者ではインポテンツが初期症状であった。別の初期症状は起立性低血圧で、ミネラルコルチコイドや非薬物対症療法に反応した。中等度に進行した患者では、体重減少、嘔吐、下痢は重度であり、2名では静脈栄養を要した。この治療により体重は安定し、嘔吐や下痢を軽減させるのに役立った。認知機能の問題やけいれんは 40~50歳代で出現した。平均死亡年齢は 57歳 (40~70歳) であった。

電気生理学的評価は 5名の患者に対して 11回行われ、進行性のlength-dependent, 感覚優位ポリニューロパチーであった。温度閾値は足では極めて異常だったが、手ではそうではなかった。運動神経の障害は進行期において、それほど重篤ではなく、脱神経の所見があり、下肢遠位の筋に強かった。臨床および電気生理学的検討では、遺伝性感覚および自律神経ニューロパチーを思い起こさせるもので、所見は家族性アミロイドポリニューロパチーに似ていた。

神経心理評価は 3名の患者に対して 8回行われた。患者が 50歳代の頃、最も顕著だったのが記憶機能と遂行機能の障害だった。2名は重症の患者は音韻性言語障害を呈した。頭部MRIでは進行期の患者 1名でテント上の全般的脳容積低下が見られたが、他の患者は正常であった。髄液検査では総tau (tau > 1200 pg/ml, 正常値 0~320 pg/ml) と、S100b蛋白 (2.17 pg/ml, 正常値 0.61未満), 14-3-3タンパク質の上昇を認めた。

アンカーを欠くプリオン蛋白を発現させたマウスで心筋症が見られたため、心臓の評価を行った。しかし、病歴や検査 (心電図、超音波検査) で心臓の障害が示唆された患者はいなかった。

・Molecular genetics

患者の DNAサンプルから PRNP遺伝子をシークエンスしたところ、新規のPRNP Y163X変異が同定された (c.489C→G, p.Y163X)。この変異は、prion蛋白の 129残基のバリンへの多型を伴っていた (Figure. 2)。PRNPの codon 129の多型は、健常人でも一般的に見られ、プリオン病の強力な感受性因子ならびに疾患修飾因子として知られている。患者 II-2, III-1, III-5は絶対的保因者と判断された。National Hospital for Neurology and Neurosurgeryにおいて、血縁関係のない遺伝性感覚性および自律神経ニューロパチーの患者 18名を調べたところ、変異は見つからなかった。そのため、この疾患は稀であると考えられる。4000名以上の患者とコントロールで検索しても、この変異は見つからなかった。

・Brain and peripheral-organ tissue disease

病理学的に、末梢組織では、 腸管、後根神経節細胞周囲、末梢神経の神経線維周囲、脳神経根の軸索と脊髄の後根と前根の軸索の間、リンパ網内系、門脈や腎臓尿細管、肺胞などにプリオン蛋白が見られた。末梢組織での異常プリオン蛋白は、孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病でも高感度の Western blotでは検出されていたが、免疫組織化学染色では検出されていない。(Figure .3)

中枢では、皮質 layer 1, 2にほぼ限局する軽度の海綿状変化がみられた。深部の皮質層の空胞形成は、孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病と違って顕著ではなかった。neurofibrillary tangleや neuropil threadの中に、プリオン蛋白のプラークや、相当量のタウ関連疾患の所見を認めた (こういう所見は GSSでも見られるとされる)。ミクログリアにプリオン蛋白を認めたが、アストロサイトでは認めなかった。新皮質に PAS染色でアミロイド形成を伴った蛋白沈着が確認され、血清アミロイドP陽性であった。(Figure. 4)

・Immunoblotting

PRNP Y163Xにコードされるプリオン蛋白は、安定なSDS抵抗性のオリゴマーを形成しているのかもしれない (※Figure. 5Cで epitope 142-158を認識する 抗体 ICSMでバンドが見られないのは、プリオン蛋白のオリゴマー形成により抗体が認識しなくなったものと推測される)。

・Absence of transmission to mice

患者脳を用いて、プリオン感染がマウスに伝播するか調べた。3種類の系統の 24匹のマウスのうち、接種後、実験終了の 600日目までに臨床症状を呈したものはなかった。潜在的な感染がないか、脳組織の Western blotや免疫組織化学的検討をしたが、そのような所見はなかった

[考察]

・PRNP Y163Xは、非神経症状を呈し、プリオン蛋白アミロイドが全身臓器に沈着し、進行が緩徐であるという点で、他のプリオン病と異なる。

・末梢の症状優位なので、初期に消化器科などを受診することがあり、診断が難しい。

・PRNP Y163Xと 129バリン多型の存在の関係についてはよくわかっていない。

・自律神経症状は急速に進行する致死性不眠症でも報告されているが、これはコドン 129メチオニン多型を伴った codon 178の変異で起こる。しかし、末梢神経障害は致死性不眠症では見られない。

・PRNP Y163X変異による自律神経障害は、臨床的、電気生理学的、病理学的検討から、末梢優位であるようだ。下痢は複合的な要因によるもので、自律神経の脱神経、あるいは異常プリオン蛋白が直接粘膜を障害し、吸収障害や細菌の増殖、腸管麻痺を起こすのかもしれない。

・下痢により、手術を行われた患者が複数存在した。そのことにより医原性にプリオンの感染が広がった可能性がある。マウスでは、実験的なプリオン蛋白の感染は確認されなかったものの、ヒトにおいては完全に否定はできない。

・末梢神経障害を伴った説明のつかない慢性下痢や、家族性アミロイドポリニューロパチーに似た説明の出来ない症候群を見たら、PRNPの検査を行うべきである。

この疾患が稀であるとしても、こういう患者さんを見かけたら、この遺伝子変異が鑑別になることは、覚えておかないといけないと思います。

プリオン病については、いくつかの診療経験が思い出されます。初めて診断したのは、医師になって 3年目の時、郡山での夜間の救急外来でした。3ヶ月前から進行する物忘れを生じた高齢者が、近医でアルツハイマー病と診断されてからすぐ痙攣ということで搬送されてきたのです。診断に苦慮したのでボスを呼んだら、ミオクローヌスを見てひと目で「これは孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病ですね」と診断し、検査する前から検査結果を言い当てられ、「神経内科医すげぇ」と思った記憶があります。別の患者さんで、孤発型クロイツフェルト・ヤコブ病だと思って遺伝子を調べたら、冨士川流域家系だったことがあり、すごくシビアな告知となりました。また、中学生時代にイジメにあって頭蓋骨を割られ、人工硬膜を使うことになったら、そこからプリオン病に感染した若者の主治医をしたときに、やるせない気持ちになったのを覚えています。

さて、プリオン病つながりで、最近 2013年10月15日に、 British Medical Journalに興味深い論文が出ました。

Prevalent abnormal prion protein in human appendixes after bovine spongiform encephalopathy epizootic: large scale survey

BMJ 2013; 347 doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.f5675 (Published 15 October 2013)

Cite this as: BMJ 2013;347:f5675

Abstract

Objectives To carry out a further survey of archived appendix samples to understand better the differences between existing estimates of the prevalence of subclinical infection with prions after the bovine spongiform encephalopathy epizootic and to see whether a broader birth cohort was affected, and to understand better the implications for the management of blood and blood products and for the handling of surgical instruments.

Design Irreversibly unlinked and anonymised large scale survey of archived appendix samples.

Setting Archived appendix samples from the pathology departments of 41 UK hospitals participating in the earlier survey, and additional hospitals in regions with lower levels of participation in that survey.

Sample 32 441 archived appendix samples fixed in formalin and embedded in paraffin and tested for the presence of abnormal prion protein (PrP).

Results Of the 32 441 appendix samples 16 were positive for abnormal PrP, indicating an overall prevalence of 493 per million population (95% confidence interval 282 to 801 per million). The prevalence in those born in 1941-60 (733 per million, 269 to 1596 per million) did not differ significantly from those born between 1961 and 1985 (412 per million, 198 to 758 per million) and was similar in both sexes and across the three broad geographical areas sampled. Genetic testing of the positive specimens for the genotype at PRNP codon 129 revealed a high proportion that were valine homozygous compared with the frequency in the normal population, and in stark contrast with confirmed clinical cases of vCJD, all of which were methionine homozygous at PRNPcodon 129.

Conclusions This study corroborates previous studies and suggests a high prevalence of infection with abnormal PrP, indicating vCJD carrier status in the population compared with the 177 vCJD cases to date. These findings have important implications for the management of blood and blood products and for the handling of surgical instruments.

イギリスで、摘出された 32441人の虫垂を調べると、16人で異常なプリオン蛋白が陽性でした。これは 100万人当たり 493人の頻度になります (世代間での差はなかったようです)。過去に報告されている変異型クロイツフェルト・ヤコブ病は 177例であることを考えると、何故これだけ多くの人が異常なプリオンを体内に持っているのに変異型クロイツフェルト・ヤコブ病を発症しないのか、謎です。もちろん、コドン 129の多型は関係しているのかもしれませんが、それ以外になにか理由があるのかもしれません。

これはイギリスのサーベイランスなので変異型クロイツフェルト・ヤコブ病がほぼ存在しないと言って良い日本では直接当てはまりませんが、外科医や病理医を中心とした医療従事者、手術を受ける他の患者への感染制御という意味では、大変インパクトの大きい報告なのではないかと思います。

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タバコ

By , 2013年11月15日 7:32 AM

British Medical Journal (BMJ) のサイトで、興味深いニュースを発見。

BMJ journal editors will no longer consider research funded by the tobacco industry

They conclude: “Refusing to publish research funded by the tobacco industry affirms our fundamental commitment not to allow our journals to be used in the service of an industry that continues to perpetuate the most deadly disease epidemic of our times.”

BMJなどいくつかの科学雑誌では、今後タバコ会社からの資金提供を受けた研究を掲載しないことにするらしいです (2013年10月15日の BMJの Editorialに更に詳しく書かれています)。毅然とした対応が良いですね。

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Glucocorticoid-Induced Bone Disease

By , 2013年8月15日 7:04 AM

2013年7月28日のブログで、ステロイドと骨粗鬆症について書きました。それに関連して、少し古いですが 2011年の New England Journal of Medicine 誌に面白い論文が掲載されているのを知りました。

Glucocorticoid-Induced Bone Disease

Robert S. Weinstein, M.D.

N Engl J Med 2011; 365:62-70July 7, 2011DOI: 10.1056/NEJMcp1012926

This article reviews the risks of osteoporosis and osteonecrosis associated with glucocorticoid use, which are present even in the absence of low bone mineral density, and discusses strategies to reduce the risk of fractures and the data to support the strategies.

この論文で面白いのは、ステロイド性骨粗鬆症でFRAXを用いることの問題点を指摘していることです。著者はその理由として、次の点を挙げます。

・ステロイドの累積投与量や治療期間を勘案しておらず、ステロイドによる骨折リスクを低く見積もる可能性がある。

・大腿骨頚部の骨密度が使用されているが、ステロイドによる骨粗鬆症では椎体骨折の方がリスクが高い。そして閉経後女性での骨粗鬆症に対して、アルゴリズムに通常の危険因子を含めるのはそぐわないかもしれない。

アメリカリウマチ学会のガイドラインでは FRAXを用いていますが、これは今後の課題となるのかもしれません。

また、この論文では各種骨粗鬆症予防薬や各種ガイドラインの一覧表がよくまとまっていました。

Table2

Table2

Table3

Table3

多くのガイドラインでは、ステロイド内服時はビタミン Dとカルシウムを摂取することを進めていますが、合剤があると楽ですね。デノスマブを使用していると「デノタス」という合剤を処方できるのですが、何故かデノスマブを使用していないと保険適応外。デノスマブを使っていなくても処方出来たら良いのにと思います (ちなみに、ビタミンD+カルシウムの合剤は、OTCでは「カルシチュウ」という名前で販売されており、薬局で普通に購入できます)。

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