Joint hypermobility
音楽家にとって、関節が軟らかいことはメリットなのでしょうか?単純に考えれば、指は開きそうだし、良いことずくめな感じがします。
世界最高峰の医学雑誌の一つ、New England Journal of Medicineに気になる記事が載っていました。発表したのはロチェスター医科大学らのグループです。
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音楽家にとって、関節が軟らかいことはメリットなのでしょうか?単純に考えれば、指は開きそうだし、良いことずくめな感じがします。
世界最高峰の医学雑誌の一つ、New England Journal of Medicineに気になる記事が載っていました。発表したのはロチェスター医科大学らのグループです。
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ヴァイオリンを演奏する姿勢は、人間の体の作りから見ると、どう考えても不自然です。さらに、頸の部分に常時楽器が押しつけられます。上手な演奏家は脱力しているので、素人に比べて少し負担は軽減するかもしれませんが、その分練習量が多いので、どこまで負担が減るかはわかりません。
で、何が言いたかったかというと、頸に押しつけられたヴァイオリンのせいで左頸動脈の動脈硬化が促進される可能性があるということです。そんな論文を見つけたので紹介します。
Kibata M, Nozaki R. Battle for violin exercise promotes “Carotid Plaque”? J Atheroscler Thromb 14: 151, 2007
15年間以上ヴァイオリン演奏を続けている 57歳の男性が、左頸動脈 plaqueと左頸動脈狭窄を指摘された。部位は bifurcationで、plaqueの IMT厚は 3.8mmだった。左内頸動脈の開存率は 40.4%だった。右頸動脈に異常はなく、左頸動脈でも他の部分の血管に異常はなかった。患者には、他に動脈硬化のリスクファクターはなかった。左側だけの高度動脈狭窄の原因はヴァイオリン演奏のせいだと考えられる。
論文のタイトルが疑問符になってるのは、可能性までしか指摘できないからでしょう。1例だけでは結論は出ないでしょうね。
もし、プロのオーケストラに協力して頂けるなら、ヴァイオリニストに片っ端から頸動脈超音波検査をして、動脈硬化の左右差を調べたいところです。左内頸動脈の動脈硬化は、優位半球の脳梗塞につながるリスクにありますから、特にきちんと調べた方が良いでしょうね。そうしたことで、この研究には意義があると思います。もし、協力して頂けるオーケストラをご存じな方がいらっしゃったら、連絡をください。
これはきちんと研究すべき課題だと思っています。
今回は、「パガニーニの手」について語ってみたいと思います。
ヴァイオリン演奏史に燦然と輝く巨匠パガニーニ (1782-1840年)。彼は新たな奏法をそれまでの伝統に加え、彼が残した「24のカプリス」は、バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ」が旧約聖書と呼ばれるのに対し、新約聖書と呼ばれることがあります。更に、ヴァイオリン以外の楽器の演奏家にも影響を与え、リストやシューマン、ブラームス、ラフマニノフらが、彼の曲を編曲したり、彼の曲を主題とした曲を発表しています。そうした曲を集めた CDを聴いて、改めて彼の凄さを感じます。私は、「ラ・カンパネラ」をクライスラーが編曲したものを練習したことがありますが、「ラ・カンパネラ」は彼のヴァイオリン協奏曲第 2番第 3楽章に対してつけられた名前で、ピアノ用にリストが編曲したものが有名です。
演奏を得意とした作曲家の手の特徴は、作曲される曲に反映されることが多いように思います。リストの住んでいた家に行ったとき、彼の手から型を取った彫像があったのですが、非常に大きなものでした。リストの曲は手が大きい方が弾きやすいことは、ピアニストにとっての定説です。ラフマニノフはマルファン症候群という説がありますが、病気により手が大きかったため、彼の曲も手が大きい方が弾きやすいと思います。ヴァイオリン演奏においては、サラサーテは手が小さい方が弾きやすく、パガニーニは手が大きい方が弾きやすいと言われています。では、パガニーニは手が大きかったのか?それについてもこれから検討したいと思います。
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「演奏家と手」というテーマを考えると、様々なアプローチがあると思います。
医学的アプローチから、今のところ資料がそろっているのが「パガニーニの手」、現在資料を集めているのが「シューマンの手」。それらについては、今後の約束として、今日紹介するのは職業病としての手の症状です。
練習や演奏により体を痛め、悩んでいる演奏家は多いと思います。しかし、それに対する医学的知見は乏しいのが現状です。しかし、演奏家の手の症状についてまとめた論文を見つけました。発表したのは、世界最高の病院の一つ、Massachusetts general hospital (MGH) の医師達です。
馬券オヤジ氏からの情報。
ベートーベン、肺炎治療で死期早める? 法医学者が仮説
2007年09月06日20時58分ドイツの大作曲家ベートーベン(1770~1827)が死の約4カ月前にかかった肺炎の治療が死期を早めた可能性が高いとの仮説を、遺髪を鑑定したオーストリアの法医学者がまとめ、米カリフォルニアのサンノゼ州立大のベートーベン研究専門誌の最新号に掲載した。
仮説を発表したのはウィーン医科大のクリスティアン・ライター教授。00年の米研究機関による遺髪鑑定でベートーベンが鉛中毒だったとの結果が出ていたが、ライター氏は特殊なレーザーを照射する方法でさらに詳しく分析。毛髪が1日に0.3~0.4ミリ伸びる性質を利用し、肺炎などの治療が行われた約4カ月間について、鉛の量の推移を調べた。
ライター氏によると、医師が肺炎の治療に処方した薬には微量の鉛が含まれていた。その後、大量にたまった腹水を、腹部に針を刺して計4回抜いた。傷口にも鉛を含有するクリームが塗られた湿布が使われた。鑑定の結果、それぞれの治療直後に遺髪の鉛の量が著しく増えていたのが確認されたという。
医師はベートーベンの肝硬変が悪化していたのを知らずに、当時では普通だった方法で治療したという。ライター氏は「治療で体内の鉛の量が増加、肝臓が機能しなくなり、死に至った。別の治療を施していれば、数カ月以上長く生きたかもしれない」と主張する。
これに対し、他の研究者らは毛髪鑑定だけでは不十分でさらに詳細な分析が必要としている。
ベートーベンは肺炎治療以前に鉛中毒になっていたとみられ、長年苦しんだ聴覚障害と鉛中毒との関連も指摘される。
昔、「ベートーヴェンの遺髪 (ラッセル・マーティン著、高儀進訳、白水社)」を読みましたが、遺髪の鑑定者らのグループらの報告のようですね。論文の雑誌名がわからないのですが、暇なときに探してみようかと思います。
ベートーヴェンの遺髪があるのに、DNA鑑定結果が騒ぎにならないのは、アルコール性肝硬変なので、DNA鑑定では診断に至らないのかな?と思っています。また、耳硬化症だったとすれば、難聴の原因もDNA鑑定では診断が付かないでしょう。
この肺炎治療云々という話は、眉唾だと思っています。抗菌薬のない時代、肝硬変末期で肺炎になったとすれば、肺炎自体か、低アルブミン血症に伴う心不全の合併で短期間のうちに直接死因になっていた可能性が高いと思うからです。この全身状態の肺炎で、抗生剤なく4ヶ月の治療が続くというのは、考えにくいと思います。とはいえ、実際に論文を読んでみないとなんともいえないのですが。
Josef Hassidというヴァイオリニストを知っている方は、ある程度のヴァイオリン音楽通と言えるかもしれません。
Josefについては、将来を嘱望された演奏家として、巨匠達の演奏を集めた「The art of violin」といったDVDで軽く触れられています。私は「音楽の神童達 (下) (クロード・ケネソン著、渡辺和訳、音楽の友社)」という本で彼の人生について読んだことがあります。
今回紹介するのは、早逝の名演奏家、Josef Hassidです。Hassidの精神疾患について、実際に医学論文が書かれています。一部引用しながら紹介します。
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今日は、ほろ酔い加減で「Glenn Gould」について語ります。Gouldは夏目漱石に傾倒していたとする逸話があり、日本人としては少し親近感が持てます。
私が初めてGouldの演奏を聴いたのは、「グレン・グールド/バッハ全集」というCDでした。当時は研修医で、今よりハードな生活をしており、バイト当直が週2日、大学当直が週1日、当直がない日も帰宅は毎日終電近くで、少ない睡眠時間も深夜に看護師からの電話で起こされる毎日、患者のことを考えるよりも自分を守ることで精一杯でした。3日連続当直で、睡眠時間が 3日で 3時間という時もありました。Gouldのゴルドベルク変奏曲 (J.S.Bach) は、そんな時期に聴いただけに、荒んだ心に染みこむように感じました。
どのくらい感動したかといえば、ピアノを衝動買いしてしまった程です。ピアノなんて弾いたことがないのですが、「ゴルドベルク変奏曲」の楽譜を買ってきて、最初のアリアの右手だけでも弾けるようになりたいと思ったのです。結局その夢は挫折して今に至ります。郡山時代はピアノ不可の部屋だったのですが、東京に戻ってからはピアノ可の部屋に移り、今私の横にオブジェとして存在します。調律頼まないとなぁ・・・。
最近、Gouldの CDをまた買いました。ベートーヴェンの協奏曲集なのですが、特に第5番(皇帝)が綺麗でした。ソロパートの旋律を紡ぐように演奏するところで心を打たれました。他の協奏曲についてはノーコメントとしておきます。
ゴルドベルク変奏曲については、1955年と 1981年の録音が知られています。ミッシャ・マイスキーによるチェロ組曲 (Bach) は、歳をとってからの録音の方がテンポが速いのに対して、Gouldのゴルドベルク変奏曲の場合は逆で、1981年は優しくゆっくり弾いているのが印象的でした。この曲は、最近ペライアの CDを買って、再び感銘を受けました。
さて、前置きはそのくらいにして、紹介するのは、Gouldの死因についてです。これは実際に医学論文が出ています。一部引用しますが、推敲していませんので、(ほろ酔い加減でもあるし) スペルミスなどあるかもしれません。是非原文に当たることをお薦めします。
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音楽仲間と話をしていると、男性ではバッハやベートーヴェンが好きな人が多い反面、女性ではショパンが好きな人が多い傾向にあることに気付きます。
ということで、今日紹介するのは、ショパンの肺疾患についてです。何故、彼はそんなに短命 (39歳で死亡) だったのでしょうか?
医学論文検索システムである Pubmedで、「Chopin」「cystic fibrosis」と入れると 10本の論文に Hitします。今日は、その中で、Lucyna Majkaらによる論文を紹介します。
Cystic fibrosisは Caucasian (コーカサス人) では、2500人出生に 1人くらいで見られる比較的ありふれた病気で、常染色体劣性遺伝です。最初に記述されたのが 1930年代と、割と新しい概念です。つまり、それ以前に罹患していても診断がつかなかったことを意味します。
従来、ショパンの死因は結核とされていて、「ショパン年報」でのチェスラーフ・セルジッキ博士の論文でも、結核説が支持されています。ショパンは、同時代の有名な医師「ジャン・バティスト・クリュヴェイエ」の診察を受け、「結核」の診断を得て、偽薬による治療を受けています。クリュヴェイエ医師は、ショパンの最期を看取り、解剖報告書(火事で失われたと言われている)も作成したそうです。解剖はショパンの希望だったようです。ただ、解剖の結果、肺結核は証明されませんでした。クリュヴェイエ医師が、「a disease not previously encountered」と述べたと伝えられています。
クリュヴェイエといえば、我々医師は「Cruveihier-Baumgarten症候群」を思い出します。これは、肝硬変で怒張した腹壁皮下静脈が出す雑音を呈する症候群です。おそらく、同症候群の Cruveihierはショパンの主治医と同人物と思いますが、余談です。ショパンと同症候群は何の関係もありません。
ショパンの結核説に関しては、反論があります。オシエーは、「合併症を起こさない結核という診断にも曖昧な点がある。マジョルカ島での病気も結核が原因とは思えない。もしそうであれば、一時的な呼吸不全、体重の激減、多量の肺出血が自然に治るとは到底考えられないからである。」
では彼を苦しめた病気は何だったのか?そこで、Cystic fibrosisという診断が浮かびます。この説は、オシエーらの1987年の報告 (O’Shea JG, Was Frederic Chopin’s illness actually cystic fibrosis? Med J Aust 147: 586-9, 1987) で最初に提唱されたものです。その診断根拠を示します。まず、表を見てください。Majkaらの論文から引用したものです。
Family history | Symptoms | Signs |
---|---|---|
Two sisters with similar symptoms and premature death | Chronic pulmonary symptoms (productive cough, hemoptysis, shortness of breath) since childhood. Recurrent gastrointestinal symptoms (diarrhoea, fatty food intolerance, hematemesis). General complains (effort intolerance, fatigue, failure to gain weight). Inferility. Heatstroke. Atralgia (osteoarthropathy?) | Short (170cm) and skinny (48kg), Barrel-chested, waisted limbs (later in life peripheral oedema). Cyanosis? No finger clubbing? |
一つずつ見ていきましょう。まず、家族歴です。ショパンの両親は天寿を全うしました。父は73歳 (1770-1844)、母は77歳 (1784-1861) まで生きました。母親の Justynaは生涯健康でしたが、父親の Nicolasは生涯呼吸器症状を繰り返していたと言われています。ショパンの 3人の姉妹のうち、Isabella (1811-1881) のみ健康上の問題がありませんでした。長女のLudwika (1807-1855) は呼吸器症状に苦しみ、それが原因で 47歳で死亡しました。末の妹のEmilia (1813-1827) は病弱で、痩せていました。彼女は咳や喀血に苦しみ、肺炎を繰り返しました。彼女は 14歳で上部消化管出血で死亡しました。
次に、症状です。彼の残した文章から、彼が幼少時より多臓器にわたる症状を抱えていたことがわかります。彼は下痢などの消化器症状を繰り返し、頻回に気道感染も起こしてました。そのため、体重減少がありました。16歳の時には、病気が 6ヶ月続き、呼吸器症状や頭痛などの症状に苛まれたようです (一説には頸部アデノパシー)。また、その 5年後には、パリで喀血し、高熱に苦しみました。この時のみならず、呼吸器症状や消化器症状は慢性的にショパンを苦しめました。
また、彼は 170cmの身長に対して体重 48kg (一説には 45kg以下) と痩せており、お世辞にも健康そうには見えなかったようです。
こうした家族歴、症状、経過は、Cystic fibrosisに合致します。Cystic fibrosisは外分泌腺の障害による病気で、呼吸器症状と消化器症状がメインとなります。彼は生涯呼吸器症状と消化器症状に苦しみました。また、Cystic fibrosisは遺伝性疾患です。家族歴に見られるように、彼の姉妹の同様の症状は、本疾患の可能性を強くします。また、ショパンは多くの女性と関係を持ったにもかかわらず、子供を持ちませんでした。オシエーは、ショパンに生殖能力がなかったことと、Cystic fibrosisの関係について考察しています。Cystic fibrosisは高頻度に不妊症を起こします。
その他、ショパンの死因として存在する説を紹介しておきます。肺気腫、気管支拡張症、低γ-グロブリン血症、僧冒弁狭窄症、アレルギー性肺アスペルギルス症、三尖弁閉鎖不全症、Churge-Strauss症候群、肺胞ヘモジデローシス、肺動静脈奇形。α1-アンチトリプシン欠損症という説もある程度有力で、1994年にKuzemko JAらにより報告されていますが、膵障害による慢性下痢の存在、黄疸や腹水を欠くことなどが反論として挙げられます。
個人的には、Cystic fibrosisという説に強い説得力を感じます。
(参考文献)
・Majka L, et al. Cystic fibrosis – a probable cause of Frederic Chopin’s suffering and death. J Appl Gnet 44: 77-84, 2003
・「音楽と病(ジョン・オシエー著,菅野弘久訳,法政大学出版局)」
・「ミューズの病跡学Ⅰ音楽家篇(早川智著、診断と治療社)」
Paget病について調べていました。「Diagnosis of bone and joint diorders 3rd Edition (Resnick著)」の第4巻1924ページを読んでいて、面白い記述を見つけました。
Diagnosis of bone and joint diorders 3rd Edition (Chapter 54 – Paget’s Disease)
Neuromuscular complications are not infrequent. Neurologic deficits, such as muscle weakness, paralysis, and rectal and vesical incontinence, resulting from impingement on the spinal cord, can be apparent in patients with compression fractures of the vertebral bodies. Similar deficits may accompany platybasia owing involvement of the base of the skull. Compression of cranial nerves in their foramina is not common, although deafness may be apparent. In fact, some investigators suggest that Beethoven’s deafness resulted from Paget’s disease. Impingement on the auditory nerves usually is the result of pagetic involvement of the temporal bone and labyrinth, although structural abnormality of the ossicles of the middle ears also has been observed.
BeethovenがPaget病で難聴を来していたという可能性です。Beethovenの耳についてはさまざまな議論があります。
音楽に関する病跡学の本として有名な「音楽と病 病歴にみる大作曲家の姿 (ジョン・オシエー著, 菅野弘久訳, 法政大学出版局)」には、Beethovenの耳について詳しく記載されています。
ベートーヴェンの難聴の原因に最終判断を下すまで医学は至っていない。聴神経そのものが傷ついて起こる感音性難聴が原因なのか、耳小骨 (中耳を通して音を伝える三つの骨) が厚く固まる耳硬化症が原因なのか、医学界では意見が分かれている。耳と脳については、解剖所見にある程度詳しく記されているものの、驚いたことに耳小骨については何も触れられていない。解剖を担当したヨハネス・ワーグナーは、耳小骨と錐体の一部を後で調べるために取っておいたが、紛失してしまった。ベートーヴェンの遺体は、一八六三年と八八年に二度発掘されている。なくなった耳小骨は見つかっていない。その骨がない以上、ベートーヴェンの病気についてなされるさまざまな診断から、耳硬化症の可能性を除くことはできない。
更に、オシエーの本の「序」には、ワグナー教授がベートーヴェンの解剖を行いそのときの弟子がロキタンスキーだったこと、ロキタンスキーにとって最初の解剖がベートーヴェンだったことが記されています。その後、ロキタンスキーは解剖学で名前を残した名教授となりました。
オシエーの本に載っている、ベートーヴェンの耳疾患の鑑別診断は下記です。
伝記作家が推測するベートーヴェンの難聴の原因 (1816-1988)
発疹チフス/髄膜炎 ヴァイセンバッハ (1816)
外傷性感音性難聴 フォン・フリンメル (1880)
梅毒
(a)髄膜血管 ヤコブソン (1910)
(b)先天性 クロッツ-フォーリスト (1905)
(c)初期 マッケイブ (1958)
耳硬化症 ソルスビー (1930)
血管機能不全 スティーヴンズ、ヘメンウェイ (1970)
耳硬化症 スティーヴンズ、ヘメンウェイ (1970)
ぺージェット病 ナイケン (1971)
医原病 ギュート (1970)
自己免疫性感音性難聴 デービス (1988)
(耳硬化症が好まれる診断)
こうした記述からは、耳硬化症の説が強いようです。
「ミューズの病跡学Ⅰ 音楽家篇 (早川智著, 診断と治療社)」でも、「ベートーヴェンの聴力障害」という項で、Beethovenの耳疾患について扱っています。しかし結論は示されていません (ちなみに、著者の早川先生とは、年に一度くらい飲む機会があり、個人的にお世話になっております。最近は、「mozart effect」について議論しました)。
最後に、オシエーの本から、ベートーヴェンの解剖報告書のうち、耳と脳に関する記述を紹介しましょう。
外耳は大きく、正常である。舟状窩、とくに耳殻はたいへん深く、通常の1.5倍はある。さまざまな突起や湾曲部が目立つ。外耳道は輝きのある鱗屑で覆われて、鼓膜の辺りが見えない。耳管はかなり拡張しているが、粘膜が膨れているため、骨の部分でやや収縮している。開口部の前と扁桃腺に向かう部分に窪んだ瘢痕が見られる。乳様突起の中心細胞は大きくて無傷だが、充血した粘膜で覆われている。錐体全体にも同じような充血が見られる。かなり太い血管が、とくに蝸牛部分を横断しているためで、螺旋状の粘膜部分が少し赤くなっている。
顔面神経は異常なほど太い。逆に聴神経は細く、鞘がない。それに沿った動脈は拡張して羽軸ほどの太さになり、軟骨化している。左のさらに細い聴神経は、三本の灰色の糸からなり、右の聴神経は、より太く白い糸からなっている。これらは他のどの部分よりも堅く、充血している第四脳室から生じている。脳回には水が溜まり、異常に白い。通常より太く、また多いように思われる。頭蓋冠は全体に厚く、半インチほどある。
解剖の際の情景が浮かんでくるようです。ボンでデスマスクを見た時のことを思い出しました。
ちなみに、Beethovenの死因は、アルコール性肝硬変という説が最も有力です。
昨日は抄読会でした。
K医師は、tumefactive MS (腫瘤形成型多発性硬化症) の画像と病理についてReviewしました。具体的に用いた文献は、
①K. M. Schwartz et al. Pattern of T2 hypointensity associated with ring-enhancing brain lesions can help to differentiate pathology. Neuroradiol 48: 143-149, 2006
②W. Bruck et al. Inflammatory central nervous system demyelination: Correlation of magnetic resonance imaging findings with lesion pathology. Ann Neurol 42: 783-793, 1997
③Lucchinetti C, et al. Heterogeneity of multiple sclerosis lesions: implications for the pathogenesis of demyelination. Ann Neurol 47: 707-717, 2000
tumefactive MSはしばしば脳腫瘍との鑑別が困難で、脳生検を行わないと診断がつかないことも多々あります。従来のMS (Devic type)とは違う疾患なのではないかと考える研究者もいます。
I先生は、Park2 patientにおける末梢神経伝導検査についての論文を紹介しました。
Ohsawa Y, et al. Reduced amplitude of the sural nerve sensory action potential in PARK2 patients. Neurology 65: 459-462, 2005
Parkinson病患者はしばしば下肢の違和感を訴えますが、Park2患者では、末梢神経伝導検査では Sural nerveのamplitudeが低下しているというのです。しかし、論文では感覚系の診察所見は正常だとしており、疑問な点があります (ここまで検査で異常が出ていれば、診察所見が正常であるとは考えにくいと思います)。
逆に Parkinson病の患者で、Sural nerveのamplitudeが低下していた2例で遺伝子検査をすると、Park2の異常を認めたとも紹介されています。
また、Park2の発現している部位の分子生物学的手法を用いた分析も興味を引かれました。
私が紹介したのは、失音楽についての論文でした。
Pearce JMS. Selected observations on amusia. Eur Neurol 53: 145-148, 2005
要旨を箇条書きすると
・失音楽には先天的なものと後天的なものがある
・脳損傷症例から研究が進められた
・少なくとも、音程を認知する経路とリズムを認知する経路がありそうである
・失音楽を起こす部位については、従来右側頭葉が関与するとされていたが、異なる報告も存在する。また前頭葉も関与しているようだ。
・先天性失音楽は音楽教育とは関係なく存在する
時々音程の高低が判断出来ない人がいますが、先天性失音楽の可能性があります。ただ、この分野の研究はあまり進んでいません。
それとは別に、音楽を認識できるのに、感情の応答が起こらない人がいて、高次機能の研究の分野で注目されています。私も、ヴァイオリンの先生から「芸大受験をする学生を教えているんだけど、テクニックはあるのに何の感情もなく弾いているの。本人も感情を感じていないみたい。」と相談を受けたことがあります。
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