先日、医局の新年会に参加しました。t-PA治療明けでヘロヘロでしたが、徹夜明けのハイテンションで参加。
まずは教授のご挨拶。「今年は猪年ですが、海外では豚年というのです。元々日本には豚がいなかったので、代わりに猪というようになったのです。だから中国では豚年ですよね(中国人留学生が頷く)。豚は元々用心深い動物。ですから、猪突猛進ではなく、注意深く前進していきましょう。」名挨拶に一同感嘆。更に教授から「ドン・ペリ」2本が差し入れられました。「ドン・ペリ」はすぐになくなってしまい、とても私までは回って来ませんでした。残念。
立食パーティーの途中で、教授と会話する機会がありました。私が「音楽家外来を将来やりたいと思っているのです。」と話しかけると、教授は「例えば?」と仰るので、「振戦の治療でアルマールなどのβブロッカーを使ったりとか、緊張型頭痛とか・・・。うちの妹はテノーミンを処方されたみたいだけど、循環器のDrは使い慣れているからテノーミンとかアーチストとか出す人が多いですよね。」というと、教授がβブロッカーについて色々教えてくださいました。
「あなたの妹はテノーミンが効いたの?あまり効かないと思うけどなぁ。βブロッカーで一番振戦に効くのは、インデラルだよ。カルビスケンはあまり効かない。これはどういうことかというと、β2作用が大切ということ。色々試してみたんだけど、β1選択性が高い薬が効かないからわかったことなんだけどね。」
どのような話題に対しても、勉強になる答えが返ってくるのが凄いところ。その後の話題は、N響と共演するときだけジストニアが出る演奏家の話。千住真理子が演奏に自信をなくして引退しようかと思ったとき、聴衆から「あなたのおかげで自殺を思いとどまりました」と言われ、聴衆から救われた話。
何故か漫画の話題へ。教授は「最近の漫画にしても、アニメにしても、簡単に人が死にすぎる。昔の狂言などでは、人が死ぬにしても、葛藤があり、さんざん悩んで引っ張った挙げ句、そうするしかないことが観客に伝わってから殺人を犯す。最近のは、いきなりドバッとか葛藤がない。」と苦言を呈しておられました。また、「ヒーロー物というのもあるが、悪人(手下)といっても、それぞれ家庭がありそれぞれの人生がある。やむを得ずにそうして働いているのかもしれない。それを一方的な視点で倒していくことを教えるのはどうか?」「ブラックジャックは胸がすくような話が多いが、あれは手塚治虫が漫画界での地位が危うくなっていたころの作品で、失敗するわけにいかなかったから、わかりやすい作品を書いたんだ」など・・・。
考え方を含めて、教わることの多い会でした。
音楽家というのは、特殊な体の使い方をするため、種々の健康上の悩みを抱えていることがあります。それをいくつか紹介したいと思います。
①緊張型頭痛/頸肩腕症候群
ヴァイオリンの演奏姿勢は、本来不自然な格好です。また、他の楽器であっても、常に同じ姿勢を強いられるため、肩こりを中心とした症状が多く見られます。マッサージや湿布が手放せない方も多いようです。筋弛緩薬の内服などを使用します。
②振戦
特に音大生に多いと思いますが、緊張すると手など、体が震えて演奏が上手く出来ないというものです。βブロッカーの内服が有用ですが、喘息、徐脈性不整脈などの方は禁忌です。
③ジストニア
最も重篤なのが、職業性ジストニアです。これは、普段の動作は問題ないのに、ある姿勢をすると、その姿勢で固まって全く動かなくなるというものです。例えば、ピアノを弾く動作を空中ですると問題がないのに、鍵盤の上に手を置くと、指が動かなくなったりします。演奏家生命に関わりますが、治療が難しく、神経内科以外では診断をきちんと下されないことも多いので、患者はいくつもの病院を転々とします。
原因ははっきりとはわかっていません。ただ、脳がある姿勢を憶えていて普段はその姿勢で演奏しているのが、何かの拍子にちょっとしたコンディションの違いが生じた結果、あるべき姿勢がわからなくなって脳がパニックになり、その姿勢から動かなくなってしまうのではないかと考えられています。
副交感神経遮断薬の投与を行いますが、緑内障に禁忌で、前立腺肥大症での尿閉を悪化させるので、中年以上には使いにくいところがあります。その他、ベンゾジアゼピン系薬剤も使いますが、決め手に欠きます。最も期待できる治療は、高額になりますがボツリヌス毒素の局所注入です。ただし、行える施設は限られます。
上記のような疾患での音楽家に対する医療に興味を持っている医師は、日本にはほとんどおらず、勉強していこうかなと思っています。
プロの音楽家になるには、毎日数時間の練習が不可欠です。その上で、一流として食べていけるのは一握り。
医師でありながら音楽家として活躍している日本人を2人知っています。面識はありませんが。
米沢傑氏は、郡山の病院のボスに自宅に招待された際、CDを聴かせて頂きました。氏は鹿児島大学の病理学の教授でありながら、一流の声楽家として活躍されています。
上杉春雄氏は、神経内科医でピアニストです。先日教授に教えて頂きました。今日、CDを買って聴いたのですが、滅茶苦茶上手でした。私がこれまで聴いたプロの演奏家の中でも、最上位に入るレベルです。是非一度お会いしたいものです。
医師が音楽家であることは、時間的な制約などから非常に難しいことと思います。声楽に関しては、ある程度の年齢になってから始めること、喉を痛めるので練習量が他の楽器より少ないため、才能の要素が強くなります。そのため、才能さえあれば可能なように思えます。一方、ピアノについては、上杉氏がそうであるように、小さい頃どこまで極められるかにかかっています。ヴァイオリンにしろ、ピアノにしろ、基礎となる部分は小さいうちに築く必要があるからです。もちろん、トッププロの話であって、アマチュアは別です。
この2人にビルロート作曲の歌曲を演奏して頂けたら、どんなに幸せかと思います。