Lancet誌に、脳卒中急性期患者に対するニトログリセリン貼付薬の効果と安全性に関する ENOS研究が掲載されました (2014年10月22日 published online)。同じ研究で、脳卒中急性期に、それまで飲んでいた降圧薬を中止すべきかどうかも調べています。
興味深い論文だったので、簡単にまとめてみました。
背景:
高血圧は、急性期脳梗塞や脳出血の 70%にみられる。このような患者では、急性期再発率や死亡率が高い。そのため、急性期に血圧を下げようという試みがあり、降圧の有効性と安全性を調べた大規模研究がいくつかある。
・良くない:SCAST, IMAGES
・良くも悪くもない:CATIS,
・どちかというと良い:INTERACT2 (ただし、脳出血が対象の研究)
一酸化窒素 (NO) は、前臨床研究で梗塞巣を小さくし、局所の血流や機能予後を改善することが示されている (※ニトログリセリンは分解されて NOとなる)。ニトログリセリンに関しては、パイロット研究を含め 5つの小規模研究があり、安全性は確認されている。
発症までに飲んでいた降圧薬を急性期に継続した方が良いかどうかは、COSSACS研究ではどちらも差がなかったが、よくわかっていない。
方法:
国際多施設共同、プラセボ対照、並行群間比較試験を行った。患者とアウトカム評価者には盲検化が行われた。患者は 7日間ニトログリセリン貼付薬 (5 mg) を使用する群と、それを使用しない群にランダムに振り分けられた。さらに、降圧薬を内服していた患者は、継続するかどうかを無作為に振り分けられた。
対象は、臨床的な脳卒中症候群として入院した 18歳以上で、四肢のいずれかに麻痺があり、収縮期血圧 140-220 mmHg, かつ 48時間以内に治療が始められた患者とした。診断は、CTもしくは MRIで行われた。次の患者は除外した:血栓溶解療法などで降圧薬を絶対開始する必要がある、降圧薬を絶対に続ける必要がある、降圧薬を絶対に中止する必要がある、ニトログリセリンを必要とする、ニトログリセリンに副作用がある、昏睡 (GCS<8), 純感覚脳卒中、失語症、元々の modified Rankin Scale (mRS) 3-5点、神経ないし精神疾患の併存、脳卒中と紛らわしい病態 (低血糖や Todd麻痺など)、肝障害、腎障害、内科疾患の合併、妊娠ないし授乳中、過去の ENOS研究への参加、外科的介入が予定されている、2週間以内の別の研究への参加。
ニトログリセリン貼付薬は患者に見えないように覆った。降圧薬の内服ができない患者には、経鼻胃管から投与した。薬剤投与の 7日間が過ぎた後は、脳卒中二次予防のため、降圧薬、抗凝固薬、脂質異常症治療薬の投与が推奨された。
一次エンドポイントは試験開始 90日後の機能予後 (mRSで評価) とした。二次エンドポイントは、Barthel indexで評価された ADL、電話を用いてスケーリングされた認知機能、EQ-5Dで評価された QOL, short Zungうつ評価で評価された感情とした。安全性は、全ての死亡、初期の神経学的悪化、7日以内の脳卒中再発、7日目までの治療介入を必要とする高血圧/低血圧、重篤な副作用を評価した。
結果:
4011名がエントリーした。2097名 (52%)が発症前に降圧薬を内服しており、1053名が降圧薬継続群、1044名が降圧薬中止群に割り当てられた。3995名 (>99%) で 90日後までフォローアップすることができた。ベースラインの血圧の平均値は 167/90 mmHgであった。ニトログリセリン貼付薬の初回投与後、貼付群は非貼付群に比べて血圧が 7.0/3.5 mmHg低くかったが、この差は 3日目に消失した。
一次エンドポイントである 90日後の機能予後は、ニトログリセリン貼付群は非貼付群に対して、降圧薬継続群は非継続群に対して、いずれも差がなかった。サブグループ解析の結果、ニトログリセリン貼付群は発症 6時間以内に開始した場合もしくは女性において、非貼付群と比較して有意に機能予後が良かった (出血/梗塞、OCSP分類では差がなかった)。サブグループ解析の評価項目全てで、降圧剤継続群と降圧薬中止群の間に有意差はなかった。また、サブグループ解析の結果、頸動脈狭窄患者で降圧による悪影響は検出されなかったが、サンプルサイズが小さいことを考慮する必要がある。
二次エンドポイントにおいて、ニトログリセリン貼付群は非貼付群と全ての評価項目で差がなかった。降圧剤継続群は非継続群と比較して死亡率はほぼ同じであったが、病院での死亡や施設への退院が多く、寝たきりが多い傾向にあった。また、認知機能スコアも降圧薬中止群に比べて低かった。降圧薬継続群は、降圧薬中止群に比べて重症高血圧となる割合は少なかった。有害事象の発生総数は降圧薬継続の有無で差がなかったが、肺炎は降圧薬継続群で有意に多かった。肺炎は、多くは嚥下障害がある患者で、降圧薬を飲むときに起きていた。その他の二次エンドポイントは降圧薬継続群と中止群で差がなかった。
安全性評価では、ニトログリセリン貼付薬投与群では非投与群群と比べて頭痛と低血圧が多い傾向にあった。
考察:
ニトログリセリン貼付薬による急性期の降圧も、発症前の降圧薬の内服継続も、有効性を示せなかった。その理由として、①降圧不十分、②脳出血のみ降圧が有効、③薬剤を開始するタイミングが遅すぎた、④数日でニトログリセリンへの耐性が生じて効果が不十分だった、という可能性があるのかもしれない。
降圧薬継続群で、二次エンドポイントの評価項目いくつかで悪化がみられたが、真の結果か偶然の効果かはわからなかった。
読んだ感想・・・。
脳梗塞について、
①過去の研究とこの研究を併せてみて、多分脳梗塞急性期の降圧は効果がないか、あってもわずか、さらには有害である可能性もあるのだから、急性期は降圧しなくて良いのでは。薬は、副作用の観点から、また経済的にも少ないほうが良いし。
②脳梗塞急性期に高血圧である患者の予後が悪いのは、ひょっとしたら高血圧が原因ではないのかもしれません。例えば、より脳循環が悪くて、血流を改善しようとして代償的に血圧をあげているのであれば、高血圧となっている患者の方が条件が悪いと予想されます。降圧すると、もっと条件が悪くなるかもしれません (血圧を下げた方が予後が悪いという研究結果に合致)。また、脳梗塞などのイベントで血圧が高くなりやすい患者というのは、もともと血圧の変動が大きく、脳血管の動脈硬化が進んでいた可能性も否定できません。
③脳梗塞急性期に血圧が放置できないくらい高くなる患者さんがいて、我々は慣習的にニトログリセリン貼付薬 (ニトロダームテープなど) を使ってきました。理由として、キレの良い薬を使って急激に血圧が下がり過ぎると脳循環を悪くしそうだけど、ニトログリセリン貼付薬ならマイルドな降圧効果が得られるからというのが一点、貼り薬なので嚥下障害があっても使えるのが一点です。この研究結果は、慣習的なプラクティスで重篤な副作用がないことを再確認させてくれました。
この話に関連して、Clinical neuroscience誌の 10月号に、脳卒中関連の RCTが多数批判的吟味されていて、降圧関連の臨床研究もいくつか含まれていました。まとめて読めるので、結構オススメと思います。