Category: 神経学

C9orf72を巡る最近の話

By , 2014年4月27日 11:23 AM

筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の原因遺伝子 C90rf72は 2011年に報告されました。原因が不明とされる ALSにおいて、家族性 ALS患者の46.4%, 孤発性 ALS患者の 21.0%に C9orf72のイントロン領域に GGGGCCの 6塩基反復配列の伸長が見られたという報告は、大きな反響を呼びました。ただし、この変異は日本人には少ないとされています。

C9orf72は ALSだけではなく、アルツハイマー病への関係も指摘されています。また、稀ながら、小脳失調症と関係があったという報告もあるようです。小脳失調症に関しては本邦から、NOP56遺伝子のイントロン領域での 6塩基反復配列伸長が運動ニューロン疾患を伴う小脳失調症で報告されていて、別の遺伝子ではあるものの、イントロン領域での 6塩基反復配列伸長という点が C9orf72と共通しているので興味深いです。さらに、C90rf72変異があってパーキンソニズムを呈することもあるようです。

さて、C9orf72変異を持つ一家系で、ALSと多系統萎縮症 (MSA) の患者がそれぞれみられたという論文を最近読みました。2014年 4月 14日の JAMA neurology誌です。

Multiple System Atrophy and Amyotrophic Lateral Sclerosis in a Family With Hexanucleotide Repeat Expansions in C9orf72 

このように、C9orf72の 6塩基反復配列伸長が様々な変性疾患で報告されるにつれ、C9orf72って何者なんだと疑問符が頭の中を渦巻きます。一つの遺伝子が、多くの変性疾患に関わっていると話がややこしいですね。

一つの変性疾患の原因遺伝子が、別の遺伝性疾患の原因遺伝子であることは他にもあり、例えば VCPは IBMPFD (inclusion body myopathy with Paget’s disease of bone and frontotemporal dementia) の原因遺伝子であると報告され、後に ALSの原因遺伝子でもあることがわかりました骨 Paget病の原因遺伝子である SQSTM1も、後に ALSの原因遺伝子として報告されました。また、DCTN1も Perry症候群の原因遺伝子でありながら、進行性核上性麻痺 (PSP) 様の表現型も示すことが報告されています。これら共通の遺伝子異常が報告された変性疾患には、共通する分子メカニズムがあるのでしょうか。今後の研究を見守りたいと思います。

余談ですが、MSAにおけるコエンザイムQ10合成酵素 COQ2の異常が 2013年に本邦から報告されているようです。Nature Newsの記事には、「コエンザイムQ10の大量投与による多系統萎縮症に対する臨床治験の実現に向けて準備を進めている」と書かれてあり、効果があると良いですね。

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頭のなかをのぞく

By , 2014年4月15日 6:16 AM

頭のなかをのぞく (萬年甫著、岩田誠編、中山書店)」を読み終えました。わが国を代表する脳解剖学者で、多くの弟子を育てられた萬年甫 (まんねんはじめ) 先生は、2011年12月27日に亡くなられました。残された原稿を岩田誠先生が纏められたのが、この本です。

第一章は、「解剖学はなぜ必要か」をテーマにした、萬年甫先生と岩田誠先生の対談になっています。

第二章は、「脳」と「腦」の字の違いについてです。これは萬年甫先生の「動物の脳採集記」という本でも述べられていましたが、本書の方がもう少し詳しく述べられています。

第三章は、「脳と脊髄の形」と題し、神経系の基本構造について概説しています。発生学から説明を始め、脳の構造がどうやって出来上がっていくのかを俯瞰します。私はこういう見方で神経解剖を勉強したことがなかったので、とても新鮮でした。神経解剖学の基本となる知識がわかりやすく整理されることもあり、神経内科医には是非読んで欲しいです。

第四章「神経系の構成要素」はニューロン説に関連した内容が主体です。

第五章「脳研究 5000年」は、本書で最も面白い章の一つでした。簡単に抜粋要約します。

古代:脳に関する記録の最古のものは、1862年にエドウィン・スミスがナイル河中流のルクソールで古物商から買ったエドウィン・スミス・パピルスで、大脳がそれに相当する名前とともに登場するとのことです。このパピルスは、紀元前 17世紀のものですが、紀元前 30世紀に編纂された古王国の教科書の写本というのが真相らしいです。内容は、頭部外傷、頚部外傷の 48例の臨床報告で、「頭部外傷では眼球の偏位を伴い、患者は脚を引きずって歩く」等の記述がみられるそうです。脳解剖を最初に行ったのが、紀元前 500年頃のアルクマイオンで、眼の手術を行った最初の人でした。紀元前 5, 4世紀のギリシャにソクラテス、プラトン、アリストテレスが登場し、紀元前 3世紀のアレキサンドリアにはヘロフィルス、エラシストラトス、紀元前 2世紀のローマにはガレノスが登場しました。ガレノスはウシの脳を調べて、脳硬膜 (dura mater, 強い母)、脳軟膜 (pia mater, 優しい母) を命名し、脳梁、4つの脳室、脳弓、四丘体、松果体、下垂体、漏斗も命名しました。頚髄を様々なレベルで切断し、その表現型を観察していたとされます。交感神経 (Nervus sympathicus) は、ガレノスが第一頚神経節を迷走神経の分枝と見なし、働きを分かち合う意で「sympathia (共感)」の語を用いたのが由来なのだそうです。

中世:医学部で初めて人体解剖を始めたのは、中世 14世紀のボローニャ大学教授のモンディーノ・デ・ルッツィでした。やがて他の地域の大学でも行われるようになりました。しかし、古典の教科書と、実際の解剖学的所見の不一致もあり、そういうときは「その死体は間違っている」とか「人体は以前より退化した」と解釈されていたそうです。

 ルネッサンス期:レオナルド・ダ・ヴィンチが登場し、いくつもの医学的スケッチを残しました。シルヴィウス教授の弟子シャルル・エティエンヌは、「人体諸部の解剖」を出版を試みましたが、解剖の実技と解剖図の大半を分担した外科医エティエンウ・ド・ラ・リヴィエールとのいざこざで、出版が遅れ、ヴェサリウスの「ファブリカ」に先を越されました (私はヴェサリウスが書いた解剖学書のドイツ語版をベルリンで購入しましたが、彼の本が未だに本屋に並んでいることに驚きです)。ヴェサリウスの「ファブリカ」の出版は、1543年で、日本に鉄砲が伝来した年でした。ヴェサリウスは後にローマ帝国皇帝侍医となっています。ボローニャ、ついでローマの解剖学教授となったヴァロニオが前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉を名づけ、海馬などに名を残しました。1586年にピッコロミニが大脳皮質と大脳白質を描き分けました。

近世:1661年に、マルピギーが初めて顕微鏡を用いて脳を観察しました。トーマス・ウィリスは、視床という言葉を初めて導入し、基底核にレンズ核、線条体という言葉を用い、毛様神経節と肋間神経を記述しました。神経学 (Neurology) という言葉も彼に発するそうです。ウィリスは、内包病変で片麻痺が生じることを記載しました。ウィリスはウィリス輪 (脳底動脈輪) に名を残していますが、実際にはヴェサリウスの弟子ファロッピオが 1561年に最初に指摘し、パドヴァ教授カッセリオが 1616年に初めて図示しているそうです。1685年に、モンペリエの解剖学者ヴィユサンスによって錐体、延髄オリーブ核、卵円中心、三叉神経半月神経節が記載されました。1687年ライデンの教授フランシスクス・ド・ル・ボエ (通称シルヴィウス) により、大脳外側裂 (シルヴィウス裂)、中脳水道が命名されました。ちなみに、このシルヴィウスは、前述のシルヴィウスとは別人です。1710年にフランスの学生プールフール・デュ・プティにより、初めて錐体交叉が認められました。ゼンメリンクは、12対の脳神経を分類しました。コトゥーニョは脳脊髄液を記載し、それを調べるために 1774年に腰椎穿刺を試みました。フランスの比較解剖学者フェリックス・ヴィック・ダジールは、脳の研究にアルコール固定を導入し、乳頭体視床路、中心溝、中心前回、中心後溝、島を記載しました。ベルリンの内科・神経科医ライルは、島や小脳の各葉に名を与え、レンズ核、内側毛帯、外側毛帯を記載しました。

近代:フランスの解剖学者ガルが骨相学を提唱しました。脳の機能局在、左右差は、ブロカの失語の症例で確認されました。ヒッツィヒ、フリッチュは、大脳皮質の機能局在を電気生理学的に証明しました。ドイツの神経学者ヴェルニッケは、感覚性失語を報告しました。

第五章では、こうした脳研究の歴史の紹介の後、病理学的研究について詳細に解説されます。章末に、わが国に「脳を固める・切る・染める」技術が、どうやって渡来したのかについて記載があります。北海道小樽生まれの布施現之助先生が大きな役割を果たしています。布施先生は熱血漢で、東大医学部の学生だった頃、足尾銅山鉱毒事件の街頭演説会の演壇に上がり、「諸君、諸君」と呼びかけただけで言葉が続かず、涙を流しながら演壇を下りたエピソードがあるそうです。布施先生は、ゴルジとカハールのノーベル賞受賞を気に高まった脳研究の機運に情熱を燃やし、チューリッヒ大学のコンスタンチン・フォン・モナコウ教授 (モナコフ) の元に 4年間滞在し、神経解剖学を専攻しました。モナコウは、Diaschisisという概念を提唱し、さらに Monakow症候群に名を残しています。布施現之助先生の弟子の一人が小川鼎三先生で、萬年甫先生の師にあたります。本書を纏められた岩田誠先生は、萬年甫先生の弟子です。日本の神経学者が知っておくべき学問の系譜です。

第六章は、「ニューロンの真景を求めて」と題され、神経と真景がうまく掛け合わされたタイトルになっています。萬年甫先生がなされた研究の一部が記されています。ゴルジ法切片の美しさには目を見張りました。

第七章は、「脳を透視する技術」です。レントゲンから始まり、MRIに至るまで、実際に解剖しないで脳を調べる技術が概説されています。最初に、レントゲン発見の瞬間について、1968年 (昭和 43年) 5月26日の毎日新聞日曜版の「レントゲン線・現代物理学の出発点」という記事が引用されていたのが、興味を引きました。ボン特派員であった塚本哲也氏が、実際にレントゲンの養女に会ってインタビューしたものです。「私はあの時 14歳でした。研究に夢中の父は秋ごろから帰宅もおそく、朝晩のあいさつ以外に言葉をかわすこともない毎日でした。ところがある夜、父が階段をダッダッと駈足で上がってきて、荒々しくドアをあけるなり、『お母さんはどこだ。悪魔を追い払ったぞ』というのです。いつもの静かな父とは別人でした。父は奥の部屋にいた母の手を引っぱって、ころげるようにして階段を降りて行きました。父がはじめて X線で母の手を撮影したのがその時でした。忘れませんとも、あの時のことを・・・」。読むと情景が思い浮かびます。この辺りのエピソードは本書に詳しく書かれているので、興味のある方は読んで頂きたいです。1901年、第 1回ノーベル賞がレントゲン博士に与えられた後、彼は賞金全額を大学に寄贈し、「私の発見は全人類のものだ。一個人の利益を求むべきではない」と特許をとらず、貴族の称号も断りました。そしてミュンヘンで困窮のうちに亡くなったと言います。これに対し、レントゲンの養女は「父は自分自身にも私にも何一つ残さなかった。それだから私は感謝しているのです。父は立派な教育者、立派な人間でした。私にみずからを捨てて人間のために生きるという人生の生き方を身をもって教えてくれました」と述べています。胸を打つ話でした。

本書の終わりに、付録として「ヨーロッパの脳研究施設を訪ねて」という文章が載せられています。萬年先生が、ヨーロッパのさまざまな研究施設を訪れ、高名な学者たち (ガルサン、ハラーフォルデン、シュパッツ、フォークトなど) に面会したときのことを綴った文章です。萬年先生の興奮が、読み手にも伝わってきます。

このように、本書は読み応え十分の本です。是非、多くの神経内科医に読んで欲しいです。

(参考)

神経学の源流1 ババンスキーとともに-(1)

動物の脳採集記

神経学の源流 2 ラモニ・カハール

脳の探求者ラモニ・カハール スペインの輝ける星

ラモン・イ・カハル自伝

神経学の源流 3 ブロカ

医学用語の起り

鯨の話

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FOSMN

By , 2014年4月13日 5:52 AM

数年前に、医局の先輩が Facial onset sensory motor neuronopathy (FOSMN) という病気を抄読会で紹介したとき、何じゃその病気、と思いました。FOSMNは顔面や上肢の感覚障害で発症し、徐々に筋力低下や筋萎縮をきたします。TDP-43病理が報告されていることなどを根拠に、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の類縁疾患だと考えられています。しかし、ALSでは通常感覚障害はみられないはずなので、類縁疾患と言われてもピンと来ません。

2014年3月3日の Journal of Neurology Neurosurgery Psychiatry (JNNP) 誌に、FOSMNで ALSの原因遺伝子である SOD1変異が見られたという論文が掲載されました。

Short report: Heterozygous D90A-SOD1 mutation in a patient with facial onset sensory motor neuronopathy (FOSMN) syndrome: a bridge to amyotrophic lateral sclerosis

以下、簡単に要点をまとめます。

・FOSMNは 2006年に初めて報告された。初期に三叉神経領域や上肢の感覚障害があり、数ヶ月ないし数年後に球症状や上肢の筋力低下などがみられる。診察所見では角膜反射の消失がみられる

・生存期間は ALSより長く、8~21年

・家系内発症は報告されていない

・今回報告された症例は、 53歳男性。5年前に口唇及び鼻部の軽度の チクチクした感じが出現し、その 3年後に 10 kg/5ヶ月の体重減少、次いで全身脱力感や上肢筋力低下が出現。肺炎を繰り返した。神経伝導検査では、上肢のみ感覚神経 SNAP振幅低下があり、また左尺骨神経の運動神経 CMAP振幅低下があったが、伝導速度は正常だった。針筋電図では、上肢およびオトガイ筋の脱神経電位と、四肢の神経原性変化を認めた。Blink reflex, jaw reflexは異常だったが、顔面の神経伝導検査は正常だった。磁気刺激検査では、中枢運動神経伝導時間は正常だった。遺伝子検査では、SOD1 heterozygous pD90A変異を認めた。TARDBP, FUS, C9ORF72に変異はなかった。

・homozygous D90A-SOD1変異は、緩徐進行性 ALSを引き起こすが、 heterozygous D90A-SOD1変異で変わった表現型を示した報告が複数ある

ALSの原因遺伝子である SOD1の異常で、かたや感覚障害を欠く ALSになり、かたや感覚障害で発症する FOSMNを起こすというのは、不思議な感じがします。何故なのかというのは、現在のところ不明です (※興味深いことに、heterozygous D90A-SOD1変異の ALSで感覚障害を呈したという報告は散見されるようです)。

今回、SOD1 D90A変異を示した症例が報告されたことで、FOSMNが ALSなどの運動ニューロン疾患スペクトラムに含まれるという考え方は、より強固なものになりそうです。

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α-synucleinの伝播

By , 2014年4月8日 8:53 PM

2013年1月23日のブログで、変性疾患の原因タンパク質の伝播について簡単に触れました。

変性疾患の原因タンパク質の伝播に関し、2014年2月18日にオンライン公開された Annals of Neurology誌論文が興味深かったです。

Lewy body extracts from Parkinson disease brains trigger α-synuclein pathology and neurodegeneration in mice and monkeys

パーキンソン病患者の脳からレヴィー小体 (α-synucleinが主成分) を豊富に含む分画を抽出し、マウスやマカクザルの黒質や線条体に注入したら、内因性の α-synucleinが病的な α-synucleinに置き換わりました。つまり、ヒトのパーキンソン病患者の脳にあった異常な α-synucleinが、動物の正常な α-synucleinを病的な性質に変えてしまったということです。まるでプリオンをみているかのようです。

現在、α-synucleinをターゲットとした薬剤がいくつも開発中ですが、病的なヒト α-synucleinを脳内で発現した上記の実験動物にこうした薬剤を使ってみたら、どのような効果がみられるのだろうかと思いました。

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Tocilizumab

By , 2014年4月5日 9:35 PM

2013年1月15日、このブログで視神経脊髄炎に対する tocilizumabの症例報告について紹介しました。

日本国内でも視神経脊髄炎に対する tocilizumabの臨床研究がされているという風の噂は聞いていましたが、2014年3月15日、Neurology誌に国立精神神経センターから 7例の報告が掲載されました。

Efficacy of the anti–IL-6 receptor antibody tocilizumab in neuromyelitis optica

論文の内容については、国立精神神経センターのプレスリリースが纏まっています。

神経難病「視神経脊髄炎」の症状を改善
~難治患者7名で抗IL-6受容体医薬の有効性を実証~

これを見るとかなり効果があるようで、tocilizumabの有効性を示すエビデンスが、着々と積み上げられていますね。一方で、以前ブログ記事のコメント欄で下記のような指摘を頂いていて、副作用には十分注意して使用する必要があると思います。

同じ tocilizumab使用後の RAの女性で小生、acute axonal sensorimotor neuropathyのケースを経験致しました。その関連で調べたところ、治験段階の副作用として多発性硬化症様の中枢神経病変の報告と、また血管炎性ニューロパチーを使用後発症したcase reportを見ております。
この辺の仲間のお薬たちは、よい話と悪い話が同時に聞こえて来るような気がします。確かに免疫環境を変えていることだけは間違いなさそうですね。

 

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糖尿病患者における ACE阻害薬と ARB

By , 2014年4月3日 8:02 PM

JAMA Internal Medicineに、2014年3月31日付けで興味深い meta-analysisの結果が出ていました。糖尿病患者の降圧に ACE阻害薬を使うか、ARBを使うかという論文です。ご存知の通り、日本では製薬会社のプロモーション活動が功を奏し、ARBが広く使用されています。あまりに宣伝が過熱して、ディオバンブロプレスはデータ捏造等の不祥事を起こしてますね。

Effect of Angiotensin-Converting Enzyme Inhibitors and Angiotensin II Receptor Blockers on All-Cause Mortality, Cardiovascular Deaths, and Cardiovascular Events in Patients With Diabetes Mellitus

今回の meta-analysisでは、糖尿病患者に対し、ACE阻害薬は総死亡、心血管死、心血管イベント (心筋梗塞、心不全) を抑制するが、ARBは心不全を除いていずれも抑制しなかったという結果でした。過去の BPLTTCの結果なんかを見ても、心疾患に関しては、ARBより ACE阻害薬の方が有効と思っていましたが、それを裏付ける結果です。しかし、ARBがここまで効かないとは驚きでした。

でも、この meta-analysisが今後どの程度医師の処方に影響を与えるかはちょっと疑問です。普段から論文を読んで勉強している医師はこういうシチュエーションで最初からあまり ARBを使っていなかったと思うし、勉強していない医師はこれからも製薬会社の宣伝に乗っかって ARBを出し続けると思うからです (多くの製薬会社は、都合の悪いデータを宣伝しません)。こういう現状は、ちょっと残念に思っています。

ちなみに脳卒中はどちらの薬でも差はなく、やはり「何を使って下げるか」より「どの程度下げるか」の要素の方が大きいのだろうと思いました。

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炎症性腸疾患と ANCA

By , 2014年3月23日 7:43 PM

好中球細胞質抗体 (ANCA) は、顕微鏡的多発血管炎 (MPA)、Wegener肉芽腫症、アレルギー性肉芽腫性血管炎 (AGA) などで陽性となります。ANCAが陽性になる自己免疫疾患で、しばしば末梢神経障害などを引き起こすことから、我々神経内科医もよく検査を提出します。

最近、若年性脳梗塞の患者を診療したときに、ANCA関連血管炎が脳梗塞の原因になっていないか、ANCAを調べました。すると、PR3-ANCAが陽性でした。しかし、その患者にはクローン病の既往があったのです。

抗体陽性というだけで ANCA関連血管炎と短絡的に診断するわけにいかないので、炎症性腸疾患で ANCAが陽性になることがないか文献を調べると、結構たくさん報告されていました。パラパラ眺めてみると、潰瘍性大腸炎の約 50~70%, クローン病の 約 20~30%で ANCA陽性になるイメージです。別に脳梗塞の原因が見つかったこともあり、先ほどの患者さんの場合は、クローン病に伴う PR-3 ANCA上昇だったということになるのでしょうね。

ANCAが陽性になる鑑別に、炎症性腸疾患が頭から抜けていたので、よい勉強になりました。

(参考)

Diagnostic precision of anti-Saccharomyces cerevisiae antibodies and perinuclear antineutrophil cytoplasmic antibodies in inflammatory bowel disease.

Meta-analysisの結果、MPO-ANCAの潰瘍性大腸炎における感度/特異度は、55.3%, 88.5%だった。

Presence of anti-proteinase 3 antineutrophil cytoplasmic antibodies (anti-PR3 ANCA) as serologic markers ininflammatory bowel disease.

PR-3 ANCAの潰瘍性大腸炎における 感度/特異度は、52.1%, 97.3%であった。クローン病より潰瘍性大腸炎の方が有意に陽性率が高い。

The diagnostic accuracy of serologic markers in children with IBD: the West Virginia experience.

MPO-ANCAの感度/特異度は、潰瘍性大腸炎で 73/84%, クローン病で 16/35%だった。

Antineutrophil cytoplasmic antibodies (ANCAs) in patients with inflammatory bowel disease show no correlation with proteinase 3, lactoferrin, myeloperoxidase, elastase, cathepsin G and lysozyme: a Singapore study.

ANCAの陽性率は、潰瘍性大腸炎 50%, クローン病 30%だった。

Prospective evaluation of neutrophil autoantibodies in 500 consecutive patients with inflammatory bowel disease.

潰瘍性大腸炎の 66.3%, クローン病の 11.9%で MPO-ANCA陽性であった。

Antineutrophil cytoplasm autoantibodies against bactericidal/permeability-increasing protein in inflammatory bowel disease.

潰瘍性大腸炎の 60%, クローン病の 28%, 細菌性腸炎の 23%で ANCA陽性だった。

Inflammatory bowel disease serology in Asia and the West.

炎症性腸疾患における ANCAの陽性率には、人種差なさそう。

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Parkinson病の新しい治療戦略

By , 2014年3月21日 10:33 AM

Roche社が Elan社の子会社 Prothenaと契約し、PRX02の開発を進めることが、2014年3月10日のNature biotechnology誌の Newsで紹介されていました。その Newsでは、他にもいくつかの薬剤が紹介されています。

Roche bets on alpha-synuclein for Parkinson’s

α-synucleinは、Parkinson病の多くやレヴィー小体病の原因と推測されているタンパク質です。α-synucleinが勝手に重合して蓄積することが、疾患にとって重要な役割を果たすと考えられています。PRX02は、α-synucleinの C末端に結合して、それを防ぐことが期待されるモノクローナル抗体です。この薬剤は、第一相臨床試験に向けて動き出しているようです。

また、AFFiRiS社も α-synucleinをターゲットとしたワクチン PD01Aを開発中です。作用機序としては、α-synucleinに似た小さなペプチドを用いることで、免疫応答を引き出すそうです。現在、第一相臨床試験が行われています。

ProteoTech社が開発する小分子 Synuclereは、α-synucleinの重合を防ぎ、また重合した α-synucleinを重合していない形にかえることで、α-synucleinを除去することを目的としています。開発が安価で、安全で、血液脳関門を通過しやすいというメリットのある薬剤のようです。

別の戦略として、Biogen社は、Amicus Therapeutics社と組んで、リソソーム酵素 glucocerebrosidaseの活性を高める小分子を開発することを発表しました。 glucocerebrosidaseの欠損は、脳内の α-synucleinの重合を引き起こすとされています。

パーキンソン病の根本的治療薬は現在のところないので、我々は患者さんの症状を緩和する薬剤を使うしか方法がないのですが、疾患の原因物質に作用して進行を遅らせることができるような薬剤が開発されれば、これほど喜ばしいことはないですね。治療薬の開発がうまくいくことを祈っています。

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リン脂質とアルツハイマー病

By , 2014年3月17日 6:01 AM

2013年3月9日に、Nature medicine誌にアルツハイマー病 (Alzheimer disease; AD)/軽度認知機能障害 (mild cognitive impairment; MCI) のバイオマーカーについての論文が掲載されました。採血で、数種類のリン脂質を測定すると、2~3年以内に AD/MCIを発症するか、90%の正確性でわかるというものです。

Plasma phospholipids identify antecedent memory impairment in older adults.

研究者らは、地域在住の、70歳以上、及び健常人525名の参加者を 5年間観察しました。対象には、MCI/AD 46名、Converters (途中で MCI/ADを発症) 28名、Normal control (NC) が含まれました。3年目の時点で、53名の MCI/ADを選びました。そのうち、18名は converterでした。また、諸条件を合わせて、53名の normal controlを選びました。これらの対象を対象として、非標的型メタボローム解析 (untargeted metabolomic analysis) を行いました。その結果、以下の 10種類の metaboliteを同定。

phosphatidylcholines (PCs): PC diacyl (aa) C36:6, PC aa C38:0, PC aa C38:6, PC aa 40:1, PC aa C40:2, PC aa C 40:6, PC acyl-alkyl (ae) C40:6
lysophophatidylcholine: lysoPC a C18:2
acylcarnitines (ACs): Propionyl AC (C3), C16:1-OH

更に別のグループ 40名で独立にメタボローム解析、リピドミクス解析を行い、再現性を確認しました。

さらにメタボローム解析のデータを用いて ROC曲線を作成し、感度 90%, 特異度 90%の結果を得ました。このように、脂質が関係してくる理由は、アルツハイマー病での脳細胞の細胞膜の障害によるものと推測されています (細胞膜にはリン脂質が豊富に含まれる)。

メタボローム解析や脂質代謝については素人なので、この研究を完全に理解することは出来ませんでしたが、もし採血で AD/MCIを発症するかどうかわかれば画期的なことです。しかし臨床応用するには、①本研究は、normal controlと AD/MCIを比較して、検出されるリン脂質量のパターンに違いがあることを見出しているが、他の脳疾患でアルツハイマー病と同様のパターンを取るかどうかが検討されていない、②SID-MRM-MS (stable isotope dilution-multiple reaction monitoring mass spectrometry) という特殊な質量分析を行っているが、臨床現場で用いるには技術やコストの面で難しそう、という点に課題を感じました。

この研究は、いくつかのマスコミでニュースになっています。論文が掲載されてすぐに報道されているので、ひょっとすると研究機関の広報部からマスコミに売り込みがあったのかもしれません。邪推ですが。

血液検査でアルツハイマー予見、精度90%超 米大学

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アルコールとパーキンソン病

By , 2014年3月16日 8:57 AM

2014年3月3日、Movement disorders誌に、アルコール摂取とパーキンソン病のリスクについての meta-analysisが掲載されていました。

Alcohol intake and risk of Parkinson’s disease: A meta-analysis of observational studies

・アルコール摂取量とパーキンソン病の発症リスクは逆相関する。ワインやリカーより、特にビールので関連がある。

・アルコールは、中毒性の性質や血清尿酸値上昇により、パーキンソン病リスクに影響を与えるかもしれない。血清尿酸上昇は、パーキンソン病のリスク減少や、疾患の進行が緩徐であることと関連がある。

・アルコールによるパーキンソン病のリスク減少は、男性に見られたが、女性には見られなかった。

・アルコール摂取が 1 drink/day増加すると、パーキンソン病発症リスクが 5%低下する。

・喫煙やカフェインもパーキンソン病の防御因子として知られている。そして、アルコール摂取量が多い人は喫煙やカフェイン摂取も多いことが報告されている。しかし、これらの因子を補正しても、やはり、パーキンソン病リスクはアルコール摂取者で減少していた。

男性がアルコール、特にビールを飲むと、パーキンソン病リスクが減少するとの報告です。過去に、男性では尿酸値が高いとパーキンソン病リスクが低いとする報告があり、ビールは尿酸値を高めますので、ビール→尿酸値上昇→パーキンソン病リスク減少、という仮説が成り立っているかもしれません。

アルコールの飲み過ぎは体に悪いですし、ビールを摂取して尿酸値が上昇しすぎるのも良くないことですが、酒好きにとっては興味深い論文だなと思いました。

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