丁度 2013年の Lancet Neurologyに “Neurological complication of dengue virus infection” という総説を見つけて「おぉっ」と思いました。これだけ世界が近くなっている時代ですから、いつか診療する機会があるかもしれませんし、デング熱の神経合併症を勉強したことはなかったので、ざっと読んでみました。
<Introduction>
蚊媒介の感染症で 2番目に多く、毎年 100万人くらいの症候性デングが発生する。重症デングでの死亡率は 0.2~5%である。
<Epidemiology, virus, and vectors>
ネッタイシマカ、ヒトスジシマカが主な媒介生物である。ほとんど熱帯および亜熱帯に特有である。最も発生率が高いのが、アジアと中央・南アメリカだが、アフリカでの報告が増加している。タイやカンボジアでは、小児の症候性デングは、小児 1000人当たり 20人にのぼる。
<Clinical findings>
ほとんどが無症候。症候性の感染は、従来、原因不明の発熱、デング熱、デング出血熱、デングショック症候群に分類されていた。
発熱、前頭および眼球後部の頭痛、筋・骨・関節痛、腹痛、吐き気、嘔吐が一般的な症状である。軽度の一過性の皮疹が見られ、半数の患者では 3~4日後に丘疹や猩紅熱様皮疹がみられる。
デング出血熱は 4つの基準の存在で定義される。①発熱、②出血、③血小板減少症 (10万/uL未満), ④血管透過性亢進による血漿漏出の証拠、である。
デングショック症候群はデング出血熱と同じ特徴に加えて、循環不全、低血圧、ショックを呈する。
しかし、数十年使われたこれらの分類は適応が難しく、重症例がスタディーから漏れることもあったため、2009年分類では「警戒徴候 (腹痛や腹部圧痛、持続する嘔吐・・・) のないもの」「警戒徴候のあるもの」「重症デング」に分類された。
<Neurological complications>
・Dengue encephalopathy
もっとも一般的な神経合併症である。 遷延するショック、低酸素、脳浮腫、代謝異常 (低Na血症など)、全身もしくは脳出血、急性肝不全、腎不全などの複数の要因によって起きうる意識障害を含む。髄液細胞数、蛋白は一般的に正常である。デング熱の数%にデング脳症を認める。症状は意識障害や痙攣である。髄液検査でウイルス特異的 IgM抗体やウイルス RNAは検出されない。予後はばらつきがあり、原因となった要因 (肝不全、電解質異常、ショックなど) による。支持療法が行われなければ、死亡率は高い。
・Encephalitis
髄液細胞数増多がみられ、髄液からウイルス抗体、ウイルスRNAが検出されるが、そうではない症例もあり得る。臨床的にデング脳症との鑑別は難しい。症状は、意識障害、頭痛、浮動性めまい、見当識障害、けいれん、行動異常など。重症例では四肢麻痺を来すこともある。予後は報告によりばらつきがある。
・Post-dengue immune-mediated syndromes
Post-dengue immune-mediated syndromeとして、急性横断性脊髄炎、急性散在性脳脊髄炎 (ADEM), Guillain-Barre症候群などが起こる。稀に、視神経脊髄炎 (NMO), Miller-Fisher症候群や、横隔神経麻痺、長胸神経障害、Bell麻痺、外転神経麻痺、動眼神経麻痺のような単ニューロパチーが報告されている。ポストデング症候群は通常数週間から数ヶ月で改善する。
①急性横断性脊髄炎
ウイルスの直接浸潤は傍感染期に起こるが、感染後脊髄炎は免疫介在性である。傍感染性脊髄炎は感染 1週間以内に起こるが、感染後免疫介在性脊髄炎は初発症状の 1~2週間後に起こる。デング脊髄炎では、ウイルス特異的 IgG抗体が髄液から検出される。MRIでは T2強調像高信号となる。下部頚髄~上部腰髄まで高信号を呈する症例もある。
②急性散在性脳脊髄炎
デング熱やデング出血熱の回復期に発症する。髄液蛋白の軽度上昇と、細胞数増多がみられる。頭部MRIでは、T2強調像高信号で、T1強調像ではガドリニウム造影効果を伴う。(論文に掲載されている写真では、両側レンズ核に対称性の異常信号が確認できる)
③Guillain-Barre症候群
デング発症 1週間後に、四肢の麻痺や腱反射消失がみられる。デングウイルス感染後の急性軸索性運動感覚障害も報告されている。髄液では蛋白細胞解離がみられる。Guillain-Barre症候群は、症状に乏しいデングウイルス感染でも報告されている。
・Cerebrovascular complications
デングの回復期での脳内出血が過去に報告されてきた。デング関連脳血管合併症の頻度はよくわかっていない (どうやら 1%以下で稀らしい) が、梗塞より出血性脳卒中の方が多いようだ。多くは、発熱の 1週間後の脳内出血である。急性脳内出血は、他の出血徴候を伴わないこともある。基底核の脳出血や脳葉の多発脳出血などが報告されている。より頻度の少ない脳内出血として、浮腫を伴った両側小脳出血や、閉塞性水頭症、橋出血、急性硬膜下血腫、多発急性硬膜下血腫、一過性血小板減少症を伴った限局性クモ膜下出血がある。脳梗塞としては、分水嶺梗塞、小皮質梗塞、放線冠と被殻梗塞による dysarthria clumsy-hand 症候群が報告されている。
・Dengue muscle dysfunction
血清学的にデング感染が確認された約 9割で CK上昇が見られたとする報告がある。臨床的には、CK上昇、筋痛、近位筋筋力低下などがみられる。重症例では横紋筋融解を呈したり、呼吸筋麻痺を起こして死因となったりする。従来は筋炎と言われたが、良性で自然治癒することから、最近ではデング関連一過性筋障害と言われる。熱帯地方では、小児の良性の急性ウイルス性筋炎の主な原因の一つとされ、”myalgia cruris epidemica” とも呼ばれる。CKは平均 837 IU/lだが、100000 IU/l以上になることもある。
筋電図では、early recruitmentがみられ、安静時活動電位を欠く (いわゆる non-necrotizing myopathyのパターンといえる)。最大干渉で、polyphasic MUPが観察されることがありうる。
筋生検では、軽度から中等度の血管周囲の単核球浸潤、筋壊死を伴った間質内出血、脂質の凝集がみられる。
多くの場合、1~2週間で自然に回復が始まる。まれに重症劇症筋炎やステロイド抵抗性筋炎が報告されている。鑑別は細菌性筋炎やレプトスピラ症である。
神経伝導検査が正常であることや、蛋白細胞解離がないことが、Guillain-Barre症候群との鑑別に役立つ。
・Neuro-ophthalmic complications
神経眼科的症状は、典型的には後眼部に起こる。後眼部に異常がない前部ぶどう膜炎はまれであり、進行性視力低下と関係している可能性がある。眼合併症は、デング黄斑症、網膜浮腫、網膜出血、視神経乳頭浮腫、視神経炎、硝子体炎を含む。これらはしばしば過小評価されている。眼合併症は通常回復期に発症し、デング入院患者の 10~40%程度にみられると推測される。多くの患者は特別な治療を要せず、約1~3ヶ月で視力が回復する。
<Pathogenesis of neurological features of dengue>
(略)
<Diagnosis>
多くの症状は非特異的なので、臨床的に疑うことが重要である。最初の数日は、ウイルスは血中にいるので、NS1抗原や RT-PCRやウイルス培養が推奨される。デングウイルス特異的 IgM抗体は、発症 3~10日間血清サンプルに存在する。IgM capture (MAC)-ELISAが最も広く用いられる血清学的検査である。抗体価は、他のフラビウイルス感染所うにより擬陽性を呈しうる。
流行国やそこを旅行してから 14日以内で発熱や神経症状を呈する患者では、デングの除外が必要である。可能であれば髄液検査を行い、髄液の異常やウイルス特異的抗体、NS1抗原、ウイルスRNAの検査がされるべきである。発熱性脳症の鑑別診断は、マラリア、結核、レプトスピラ症、リケッチア症、局所の疫学に応じたその他の細菌やウイルス感染 (日本脳炎、ウエストナイル熱、ヘルペスウイルス) である。
にもかかわらず、血清学的診断の感度は低い。ウイルス特異的 IgMの髄液における感度は 22~33%である。また、血清に比べて髄液での virus RT-PCRの感度は低い。また、デング脳炎の約半数で髄液が正常であったとする報告もある。したがって、髄液が正常でもデング脳炎は否定できない。
脳波で異常がみられることもあるが、特異性には乏しい。
<Management>
有効な抗ウイルス薬は存在しない。軽症例では、解熱剤や水分摂取が有用である。アセチルサリチル酸や他の NSAIDsは避けるべきである。出血性合併症に対しては、初期には保存的に対応すべきである。正確な輸液管理が必要であり、輸血や血小板輸血は重症出血例でのみ必要とされる。
重症デングで、血漿漏出の徴候がある場合、輸液過多にならないようにヘマトクリット値の緊密なモニタリングを行うとともに、急速輸液が必須である。輸液は、等張晶質液を用いるべきである。そして、深刻なショックや、初期の等張晶質液に反応がないショックに対して等張膠質液を用意するべきである。急性期のステロイド経口投与による、ショックや他の合併症の減少効果は示されていない。
症候性の痙攣は、肝毒性のない抗てんかん薬で治療するべきである。
デングの免疫介在性中枢神経障害に対してステロイドパルス療法を提唱する医師もいるが、脊髄炎や急性散在性脳脊髄炎で有効性を示した RCTは存在しない。ポストデング Guillain-Barre症候群に対する IVIgは有効である。筋障害に対しては、輸液や鎮痛剤が用いられる。コルチコステロイドの有効性は示されていない。
神経眼科的症状に対して確立した治療法はない。過去にステロイドは用いられてきたが、RCTは行われていない。前部ぶどう膜炎に対して局所ステロイドが用いられてきた。一方、ステロイドパルスやステロイド経口投与は、進展する網膜の血管炎に適応があるかもしれない。
デング予防に対する有効なワクチンはないが、現在いくつかのワクチン候補が開発中である。