Category: 神経学

CMT1BとGadd34

By , 2013年5月16日 7:59 AM

遺伝性末梢神経障害にはなかなか有効な治療法がありませんが、、2013年4月1日の Journal Experimental Medicine誌に興味深い論文が掲載されていました。

Resetting translational homeostasis restores myelination in Charcot-Marie-Tooth disease type 1B mice

Maurizio D’Antonio1, Nicolò Musner1, Cristina Scapin1, Daniela Ungaro2, Ubaldo Del Carro2, David Ron3,4, M. Laura Feltri1, and Lawrence Wrabetz1

P0 glycoprotein is an abundant product of terminal differentiation in myelinating Schwann cells. The mutant P0S63del causes Charcot-Marie-Tooth 1B neuropathy in humans, and a very similar demyelinating neuropathy in transgenic mice. P0S63del is retained in the endoplasmic reticulum of Schwann cells, where it promotes unfolded protein stress and elicits an unfolded protein response (UPR) associated with translational attenuation. Ablation of Chop, a UPR mediator, from S63del mice completely rescues their motor deficit and reduces active demyelination by half. Here, we show that Gadd34 is a detrimental effector of CHOP that reactivates translation too aggressively in myelinating Schwann cells. Genetic or pharmacological limitation of Gadd34 function moderates translational reactivation, improves myelination in S63del nerves, and reduces accumulation of P0S63del in the ER. Resetting translational homeostasis may provide a therapeutic strategy in tissues impaired by misfolded proteins that are synthesized during terminal differentiation.

Charcot-Marie-Tooth病 (CMT) は遺伝性末梢神経障害です。遺伝形式、障害のタイプ (軸索型/脱髄型) によりいくつかの subtypeに分類されます。人種差はありますが、一般的には常染色体優性遺伝の脱髄型である CMT1Aの頻度が最も高いことが知られています。今回の論文で取り上げられているのは、同じく常染色体遺伝の脱髄型である CMT1Bです。

CMT1Bは Myelin protein zero (MPZ; P0) の異常で発症します。P0はミエリンを形成するシュワン細胞の最終分化の間に合成される蛋白質です。ミエリン蛋白の 20~50%を占めます。膜同士の密着化、機能維持に関与するとされています。

著者らは P0の 63番目のセリンを欠失させた S63delマウスを用いた実験を行いました。S63del変異は、脱髄型ニューロパチーである CMT1Bの原因となります。変異マウスでは、P0 S63delがミエリン鞘で検出されず、小胞体に留まり、そこで凝集して小胞体ストレス応答 (UPR) の原因となっていました。これは、この変異が “toxic gain of function” であることを示唆しています。小胞体ストレス応答のメディエーターである Chop遺伝子を欠損させると、S63delマウスの運動機能が完全に回復し、脱髄も改善します

著者らは、小胞体ストレス応答と CHOPが果たす役割を調べるため、生後 28日の時点で、Chopノックアウトマウスに対して tunicamycin (UPRの activator) 投与後の転写解析を行い、CHOPの標的遺伝子として最終的に Gadd34を同定しました。小胞体ストレス応答が起こると、eIF2αがリン酸化され、mRNA翻訳が低下しますが、Gadd34は eIF2αを逆に脱リン酸化して翻訳の低下を防ぐ役割をしています (Gadd34は PP1-phosphatase複合体の活性化サブユニット)。

Chop遺伝子を欠失させると S63delマウスの運動機能が回復することはわかっていましたが、Gadd34をノックアウトしても同じようにS63delマウスの表現型が回復することが、神経伝導検査や病理学的評価で確認されました。また、Gadd34による eIF2αの脱リン酸化を阻害する Salubrinalという小分子が、S63delマウス胎児由来の後根神経節培養細胞の脱髄を抑制し、S63delマウスの表現型を回復することもわかりました。eIF2αのリン酸化は misfolded protein (うまく折りたたまれず、きちんとした 三次構造がとれない蛋白質) に関連したニューロパチーの治療ターゲットになりそうです。

ちなみに、Saxenaらが筋萎縮性側索硬化症 (ALS) のモデルマウスに対して Salubarinalを用いた実験を行った際、それなりの効果が認められたそうです。一方で、Morenoらは、Gadd34の過剰発現はプリオンによる神経変性に保護効果を示し、salubrinal処理をしたマウスでは神経の生存に悪影響がでることを報告しています。また、eIF2αの脱リン酸化をターゲットとした薬剤では、salubrinalより guanabenzのような薬剤の方が毒性が少ないかもしれないとも言われているそうです。

この論文は、有効な治療法が存在しない遺伝性ニューロパチーにおいて、ごく一部ではありますが治療法が開発できる可能性があることを示した意味で意義のあるものだと思います。CMT1B以外の末梢神経障害において、salubrinalや guanabenzによる神経保護効果が見られるのかも興味があります。

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失われた世界

By , 2013年5月11日 9:48 PM

失われた世界 -脳損傷者の手記- (A.R.ルリヤ著, 杉下守弘・堀口健治訳, 海鳴社)」を読み終えました。ルリヤの本は、以前「偉大な記憶力の物語」を紹介したことがありましたね。

この本は、ドイツ軍との戦争で銃弾によって優位半球の頭頂葉を中心に破壊されてしまった男性及びその日記を扱っています。彼には視野障害、失語、左右失認、失算などの後遺症が残存しました。しかし彼は想像を絶する努力をして忘れたことを再学習し、直ぐに消えてしまう単語を探しながら少しずつ日記を付けました。彼が失った能力は多かったものの、おそらく前頭葉に損傷がなかったため人間らしさが失われることはありませんでした。ルリヤは次のように記しています。

負傷によって彼の脳は回復しえない損害をこうむった。彼の記憶力はことごとく抹殺された。彼の知識は無数の断片に細分されてしまった。治療によって、また時の経過によって、彼の生活を取り戻し、そして彼は無数の断片を集めて、ある記憶をとり戻す仕事を始めた。「忘れられた世界」と自分で呼んでいた彼一人の世界に彼は置かれていたが、彼は今までの生活をとり戻し、社会にとっても有益な人間にもどろうと、不変の希望をもって仕事を続けた。

しかし負傷は思いがけない結果ももっていた。それは、彼が体験してきた世界はこわされずにそのまま残されているということであり、彼の熱心さも失われず、彼の人間として市民としての個性を保持させていたことである。

彼は「忘れられた世界」 (物忘れする世界) から自分をとり戻すべく闘った。前進することはときおりきわめて困難であり、自分の無力さを感じることもあった。しかし彼には想像力が残されていた。幼年時代のときと同じように、彼は森も湖もその像を描くことができる。

これは、脳の他の機能は完全に破壊されたが、ある種の機能がそのまま残ったゆえになしえた例であった。

その結果、簡単な会話や、多くの文法構造については理解できないが、彼の歩んできた人生の驚くほど正確な記述を私達に残したのである。この日記を一ページ書くことは、彼にとっては超人的な努力を要することであるが、彼はそれを何千ページも書いたのである。彼は基本的な問題に対処することはできなかったが、自分の過去を生き生きと記述することができたのである。さらに、彼は強力な想像力、つまりきわ立った空想力や感情移入の能力を持っていた。

(略)

彼の内部にある力は完全に保持されているといえよう。この人を特色づける、道徳的な個性、生き生きとした想像力といったものは今も十分に価値があり、精彩をはなっている。それは、けがによってもなくならなかった。

この人の脳には、未だわれわれの器官では見分けることのできない、驚くべきものがある。一方の脳の部分は徹底的に破壊されながら、精神的な生活は残っている。弾の破片は他の部分を破壊せずに残し、彼が今までもっていた可能性は完全に保持させている。

この力が残っていたことが、彼に、理解できなくなってしまった世界に取り組む闘いを可能にし、精神的な強い個性を彼に与えたのであった。

ロシア語が元なので、日本語に訳した結果わかりにくくなってしまった部分はありますが、比較的読みやすい本です。訳者はあとがきを「本書は、軽度の失語症患者の音読練習の資料としても使用できるように、翻訳は平易になるように努め、また読みやすくするため行間を若干広くとった」と結んでいます。専門家にとって失語症の患者さん残した貴重な資料であることは勿論ですが、彼と同じように高次脳機能障害と戦う患者さんにも勧められる本です (少し難しいかもしれないけれど・・・)。

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鮠乃薬品

By , 2013年5月10日 7:01 AM

精神神経疾患治療薬を愛でたり語ったり擬人化するブログの存在を知りました。

 ハヤノヤクヒン

なかなか面白いです。

神経内科でよく使う薬についてのエントリーはこちら。

テグレトール

デパケン

リボトリール

マイスリー

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おもしろ遺伝子の氏名と使命

By , 2013年5月8日 4:00 AM

おもしろ遺伝子の氏名と使命 (島田祥輔著、オーム社)」 を読み終えました。遺伝子には変な名前がついたものがあり、命名の由来を紹介した本です。勉強になることに、全て元文献が記されており、遺伝子の機能も概説してあります。

下記のリンク先に書評があります。私はこれを読んで購入を決めました。届いてから読み終えるまで、あっという間でした。お薦めの本です。

『おもしろ遺伝子の氏名と使命』 新刊超速レビュー

ちなみに、この本には載っていない遺伝子名のトリビアを一つ。

『回り回っても,一途に挑む事』

当時,日常的に細胞癌化アッセイ(Focus formation assay)を行っていたが,ある日たまたまアッセイ用細胞が余ったので,この遺伝子を導入してみた。2週間後驚いた事に,廃棄予定遺伝子が,繊維芽細胞の癌化を著しく促進した。自らの腕を疑ったわけではないが,実験が一番上手だった女子学生に,先入観を与えないために何の情報も教えず同じ実験を行ってもらった。彼女も,全く同じ結果を出した。この時は,廃棄ゴミの中から宝物を探し出した気分だった。その遺伝子は,脳,精巣,心臓で発現が高かったが,癌化促進機構は理解できなかった。しかしながら新規遺伝子であった事から,簡単なレポートを投稿する事にした。
新規遺伝子の場合,論文投稿前に,話しやすく,他人にも印象深い名前を登録する必要があった。そこで,当時この実験に従事していた大学院生Daisuke君とJunkoさん二人に敬意を込め二人の頭文字をとり「DJ-1」と名付けた。実は漫才コンビ名に触発されこの名前が思い浮かんだ。

この通り、パーキンソン病の原因遺伝子の一つ “DJ-1” は、Daisuke & Junkoの頭文字から命名されました。

DJ-1が初めて報告された論文の筆頭著者は Daisuke Nagakubo氏。ところが論文では著者名、本文中、どこにも Junkoさんの名前は出て来ません。Junkoさん、遺伝子に名前を貸してあげたのに表に名前が出ないのが、ちょっと可哀想・・・ 。いや、むしろ遺伝子に名前が残ったから、これで良いとすべきか?

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CIDPと Contactin-1

By , 2013年5月7日 7:07 AM

Annals of Neurology誌をチェックしていたら、慢性炎症性脱髄性多発神経炎 (Chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy; CIDP) について面白そうな論文が載っていました。

Antibodies to contactin-1 in chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy.

Ann Neurol. 2013 Mar;73(3):370-80. doi: 10.1002/ana.23794. Epub 2012 Dec 31.

Querol L, Nogales-Gadea G, Rojas-Garcia R, Martinez-Hernandez E, Diaz-Manera J, Suárez-Calvet X, Navas M, Araque J, Gallardo E, Isabel Illa.
Source

Neuromuscular Diseases Unit, Neurology Department, Hospital de la Santa Creu i Sant Pau, Universitat Autónoma de Barcelona, Barcelona; Centro Investigación Biomédica en Red para Enfermedades Neurodegenerativas, Madrid, Spain.

Abstract

OBJECTIVE:

Chronic inflammatory demyelinating polyradiculoneuropathy (CIDP) is a frequent autoimmune neuropathy with a heterogeneous clinical spectrum. Clinical and experimental evidence suggests that autoantibodies may be involved in its pathogenesis, but the target antigens are unknown. Axoglial junction proteins have been proposed as candidate antigens. We examined the reactivity of CIDP patients’ sera against neuronal antigens and used immunoprecipitation for antigen unraveling.

METHODS:

Primary cultures of hippocampal neurons were used to select patients’ sera that showed robust reactivity with the cell surface of neurons. The identity of the antigens was established by immunoprecipitation and mass spectrometry, and subsequently confirmed with cell-based assays, immunohistochemistry with teased rat sciatic nerve, and immunoabsorption experiments.

RESULTS:

Four of 46 sera from patients with CIDP reacted strongly against hippocampal neurons (8.6%) and paranodal structures on peripheral nerve. Two patients’ sera precipitated contactin-1 (CNTN1), and 1 precipitated both CNTN1 and contactin-associated protein 1 (CASPR1). Reactivity against CNTN1 was confirmed in 2 cases, whereas the third reacted only when CNTN1 and CASPR1 were cotransfected. No other CIDP patient or any of the 104 controls with other neurological diseases tested positive. All 3 patients shared common clinical features, including advanced age, predominantly motor involvement, aggressive symptom onset, early axonal involvement, and poor response to intravenous immunoglobulin.

INTERPRETATION:

Antibodies against the CNTN1/CASPR1 complex occur in a subset of patients with CIDP who share common clinical features. The finding of this biomarker may help to explain the symptoms of these patients and the heterogeneous response to therapy in CIDP.

CIDPでは (時に Guillain-Barre症候群でも)、ミエリン蛋白である myelin protein zero, myelin protein 2, myelin protein 22などに対する抗体が検出されることが報告されています。近年では CIDPや Guillain-Barre症候群のターゲット抗原として gliomedi, neurofascin (NF186), NrCAM, contactin1 (CTCN1) が注目されているようです。今回報告されたのは CNTN1あるいはCNTN1/contactin-associated protein (CASPR1) 複合体に対する抗体です。

CNTN1と CASPR1は中枢及び末梢神経系の髄鞘化に重要な役割を担っています。これらの軸索蛋白は通常複合体として発現し、髄鞘化線維のパラノード・ループにおいて軸索膠接合部 (septate-like axoglial junctions) を形成します。

著者らは 46名の CIDP患者、対照群として 14名の健常コントロール、90名の他の神経疾患 (48名の Guillain-Barre症候群, 23名の運動ニューロン疾患, 10名の Miller-Fisher症候群, 8名の慢性失調性ニューロパチー, 1名の CASPR2抗体陽性ミューロミオトニア) を調べました。スクリーニングとして患者血清と海馬ニューロンと反応させてみたところ、CIDP患者 46名のうち 4名の血清が海馬ニューロンに強く反応しました。免疫沈降法では、その 4名のうち 3名で CNTN1を示す 100~150 kDaのバンドが得られました。Cell-based assayでは、3名のうち 2名の患者で CNTN1 IgG抗体が陽性でした。また残り 1名の患者の血清はCNTN1, CASPR1単独とは反応しませんでしたが、CNTN1/CASPR1複合体に反応しました。3名の血清はいずれも CASPR2発現細胞とは反応しませんでした。また、CIDP群及び 対照群の中で CNTN1 (もしくは CNTN1/CASPR1) 抗体陽性だったのはこの 3名だけでした。

これら 3名の患者には共通する臨床的な特徴がありました。すなわち、高齢、運動神経の障害優位、発症症状がアグレッシブ、早期からの軸索障害、免疫グロブリン大量療法に反応不良といった特徴でした。

 今回の論文は、ごく一部の症例であるとはいえ、CIDPにおいて抗体の種類と臨床像の関連を明らかにしたことが興味深いと思いました。同じく免疫介在性の末梢神経障害である Guillain-Barre症候群だと、検出される抗ガングリオシド抗体の種類によって臨床像にある程度違いがあると言われていますが、それと似ていますね。また、末梢神経に存在する蛋白複合体に対する抗体が出現し得るという点も、 (抗ガングリオシド複合体抗体が出現し得る) Guillain-Barre症候群と似ていて面白いと思いました。このように臨床的な特徴が明らかになることで、将来治療に結びつくとよいですね。 

神経系の病気を取り扱う科としては,神経内科のほかに,脳神経外科,整形外科,そして精神医学があり,多くの神経系疾患は,これらのうちの複数の科における共通の診療対象である。しかし,筋肉疾患と末梢神経障害とは,それらのほとんどが神経内科の独壇場である」という言葉を最近目にして、これらの疾患の知識のアップデートをしておかないといけないと思うこの頃です。

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TIA?

By , 2013年5月4日 6:48 PM

Archives of Neurology誌、2013年2月25日 (published online) の論文を読んで、これは恐いと思いました。

False-Positive Transient Ischemic Attack Due to Intraocular Lesion

Leonard L. L. Yeo, MRCP; Jonathan J. Y. Ong, MRCP; Vijay K. Sharma, MD, RVT
JAMA Neurol. 2013;70(4):519. doi:10.1001/jamaneurol.2013.615.
Published online February 25, 2013
A 70-year-old man, taking regular medications for hypertension and hypercholesterolemia, presented with a 3-week history of recurrent transient episodes of flashes of light and blurred vision in the left eye. Initial episodes lasted about 10 minutes each and often cleared like a “rising curtain.” Results of neurologic examination and computerized tomography of the brain were unremarkable. Vascular evaluation revealed occlusion of the right internal carotid artery. He was diagnosed as having transient ischemic attacks and commenced taking aspirin and statins.
 脳卒中危険因子が複数ある 70歳男性が 10分程度の左眼視覚症状を繰り返して受診し、一過性脳虚血発作 (TIA) と診断され、アスピリンとスタチンを処方されました。数日後、左眼の視力低下が進行し、頭部 MRIでは右の内頚動脈の閉塞を指摘されました。しかし興味深いことに、MRIには左眼の網膜剥離も同時に写っていたのです。
もし MRIで写っていた内頸動脈閉塞が右じゃなくて左だったら、左眼動脈閉塞による視覚症状でそのまま説明しちゃいそうな気がします。恐いですね。
頭部 MRI見る時、脳実質以外もある程度チェックする習慣は付いていますが、眼球は盲点になりやすいです。なかなか教訓的な症例だと思います。上記リンクから、小さいですが MRI画像が見られるので、脳血管障害の患者さんを診療する医師はチェックしておいた方が良いかもしれません (雑誌の購読契約をしていると大きな画像も見られます)。

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フマル酸と PML

By , 2013年5月3日 7:58 AM

2013年4月25日の New England Journal of Medicine (NEJM) 誌に多発性硬化症の新規治療薬 BC-12 (フマル酸ジメチル) について懸念すべき 2例が報告されました。いずれもフマル酸内服中に進行性多巣性白質脳症 (progressive multifocal encephalopathy; PML) を発症しています。

PML in a Patient Treated with Fumaric Acid

74歳の女性が、乾癬治療のためフマル酸 (dimethyl fumarate <120 mg, monoethyl fumarate <95 mg) を 2007~2010年まで内服しました。2010年7月に感覚性失語が出現し、脳生検が行われました。髄液及び脳組織両者で JC-virus PCRが陽性でした。採血では grade 3のリンパ球減少がありました。骨髄穿刺では骨髄異形成症候群など血液疾患を疑わせる所見はありませんでした。2010年8月にフマル酸を中止し、mefloquineと mirtazapineが開始されました。免疫再構築症候群 (immune reconstitution inflammatory syndrome; IRIS) による一時的な臨床所見の悪化があり、methylprednisolone 500 mg 5日間を投与しました。状態は改善し、髄液及び血清 JC-virusは陰転化したものの、感覚性失語は残存しました。

PML in a Patient Treated with Dimethyl Fumarate from a Compounding Pharmacy

2012年5月に 42歳の女性が、進行性の右片麻痺を発症しました。患者は 9月に多発性硬化症を疑われ、ステロイドパルス療法を受けましたが、効果はありませんでした (その後、論文著者を second opinionとして受診)。彼女には乾癬の既往があり、2007年から Psorinovo 420 mg (腸溶剤徐放錠, dimethyl fumarateと グルコン酸銅を含有) を投与されていました頭部 MRI所見は PMLを示唆するもので、髄液 JC-virus陽性でした。採血ではリンパ球 200/ul とリンパ球減少がありました。血清学的に HIV陰性でした。PMLと診断し、Psorinovoの内服を中止し、mefloquineと mirtazapineで治療が行われました。免疫再構築症候群による増悪があり、 methylprednisoloneの静脈内投与を行いました。2013年1月31日には回復の兆しがみられました。

これら 2例はいずれもリンパ球減少症を伴っていたというのが重要かもしれません。IgG値などについては記載がありませんでした。製薬会社からのコメントがあります。

Manufacturer’s Response to Case Reports of PML

1例目の Fumaderm (Biogen Idec) には 4種類の成分があります (dimethyl fumarate and three monoethyl fumarates (calcium, magnesium, and zinc salts))。2例目の Psorinovo (Mierlo-Hout) はdimethyl fumarateの他に、copper monoethyl fumaric acidのような別の含有物があるかもしれません。

一方で、BG-12には成分として dimethyl fumarateしか含まれていません。フマル酸の成分によって異なった性質を持つことや、使用された状況などが PML発症に関与した可能性があります。BG-12の臨床試験では 2600人以上の患者を最長4年間まで観察しましたが、PML発症はありませんでした。

これまで得られた知見として、フマル酸を内服していてリンパ球の高度減少があると PML発症のリスクと言えそうです。内服を開始してから数年間安全に使用できたとしても、採血など、定期的なモニタリングは継続すべきですね。また一般論として、薬についての情報が増えるまでは、新薬は安易に使うべきではないという格言を思い出す必要があると思います。


(関連記事)

多発性硬化症の新薬

ライバルからのクレーム

BG-12承認

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C9orf72とアルツハイマー病、そしてグアムALS

By , 2013年4月21日 11:17 PM

2013年 4月 15 日の Archives of Neurology誌 (Published online) に、臨床的にアルツハイマー病と診断された患者におけるC9orf72 6塩基反復伸長についての論文が掲載されました。

C9orf72 Hexanucleotide Repeat Expansions in Clinical Alzheimer Disease

家族性アルツハイマー病は amyloid precursor protein (APP), presenilin2 (PSEN2) 遺伝子の変異が原因となりうるが、一方で前頭側頭型認知症 (Frontotemporal dementia; FTD) の原因遺伝子 microtubule-associated protein tau (MAPT), granulin (GRN) の変異もまた臨床的アルツハイマー病患者で検出されることがあるため、アルツハイマー病と健忘型 FTD (amnesic FTD) の表現型はオーバーラップしているのではないかと言われている。

近年注目されている FTDおよび ALSの原因遺伝子 C9orf72を臨床的アルツハイマー病患者で調べた研究は過去に 2報存在する。最初の報告は C9orf72の 6塩基反復伸長が家族性アルツハイマー病 342例中 3例、孤発性アルツハイマー病 711例中 6例に見られたとするものである。うち 2例の剖検報告ではアルツハイマー病というより FTD病理だった。次の報告では、臨床的にアルツハイマー病とされた患者 568例中、C9orf72 6塩基反復伸長のある患者はいなかった。

今回著者らは、872家系の家族性アルツハイマー病患者と、888例の正常コントロールを調べた。その結果、家族性アルツハイマー病患者群の 5例 (0.57%, いずれも白人)、正常コントロール群の 1例で 6塩基反復の伸長 (30リピート以上) を認めた。家族性アルツハイマー病の患者 5例はいずれも APP, PSEN1, PSEN2, GRN, MAPTにおいて、よく見られるような変異はなかった。5家系のうち 3家系では C9orf72反復は 1000リピート以上だったが、2例では 30~100リピートであり、後者ではどの程度の関連があるかは不明である。

家系 1の患者はこの家系における変異の創始者で、 C9orf72の 6塩基反復は 1200-1300リピートだった。73歳でアルツハイマー病と診断された。12年後に死亡し、剖検がなされた。病理学的には neurofibrillary tangleや plaqueが、新皮質、海馬、扁桃体、マイネルト基底核に豊富にみられた (>40 plaques/100 x field)。またレヴィー小体が散在していた。レヴィー小体を伴った黒質緻密部の神経細胞も見られた。残念なことに、検体は (tau, ubiquitin, TDP-43, p62など) の追加検査には使用不能だった ( 家系 2~5の患者は簡単な臨床症状の記載のみで病理の記載なし)。

正常範囲内の反復であれば、反復回数が多くなるからアルツハイマー病のリスクになるということはなかった。

また、著者らが PSEN1 A79V変異の有無を調べた所、872家系のうち 4例 (0.46%) で変異を認めた。今回のコホート研究では、C9orf72の 6塩基の著明な反復伸長 (3/872) は、PSEN A79V (4/872) に次ぐアルツハイマー病のリスクと言える。興味深いことに、アルツハイマー病に関連した変異 (APP, PSEN1, PSEN2) は 1.82%に見られたのに対し、FTDに関連した変異 (MAPT, GRN, C9orf72) は1.94%に見られた。アルツハイマー病において、FTD関連遺伝子変異はアルツハイマー病遺伝子変異と同じくらい一般的に見られるものだった。

どうやら、C9orf72の 6塩基反復伸長の表現型は、筋萎縮性側索硬化症 (ALS)、前頭側頭葉変性症 (FTLD), FTLD-ALS, 臨床的アルツハイマー病と多彩であるらしい。

C9orf72がアルツハイマー病にも関係しているとなると、この遺伝子が何者なのか、ますます訳がわからなくなってきました。また、遺伝子変異と病理所見との整合性をどうつけるのかも悩ましいです。続報を待ちたいと思います。

さて、上記以外にも、C9orf72に関する興味深い論文が同じ日の Archives of Neurology誌に掲載されていました。

C9orf72 Hexanucleotide Repeat Expansion and Guam Amyotrophic Lateral Sclerosis–Parkinsonism-Dementia Complex

日本の紀井半島や、グアムのチャモロ族では、筋萎縮性側索硬化症とパーキンソン認知症複合 (amyotrophic lateral screlosis and parkinsonism-dementia complex; ALS-PDC) が高い頻度で見られることが知られている。C9orf72の 6塩基反復伸長が ALSのみならずパーキンソニズムを起こすことが報告されていることや、紀伊半島 ALSの約 20%で C9orf72の 6塩基反復伸長が見られることが報告されていることから、著者らはグアムのチャモロ族で C9orf72の 6塩基反復伸長がみられるかどうか調べた。対象は 24例の ALSと 22例の PDC患者で、1例を除いて全てチャモロ族だった。チャモロ族で C9orf72の 6塩基反復伸長がみられた患者はいなかった。1例のみ C9orf72 6塩基反復伸長がみられたが、アメリカで生まれた白人であり、チャモロ族とは無関係であった。また、Parkinson病の原因遺伝子である LRRK2変異を伴った患者はいなかった。

グアム ALS, ALS-PDCは日本人の平野先生が精力的に研究していた疾患です。今回の論文を読むと、紀伊半島とグアムの ALS-PDCは、遺伝学的なバックグラウンドが異なるのかもしれないのですね。C9orf72以外の遺伝子がどうなっているか、今後注目です。

話はがらりと変わりますが、アメリカのインディアンやアラスカの先住民では、白人より ALSの発症率が低そうだというのが 2013年 4月号の Archives of Neurology誌 (Published onlineは 2月 25日) に載っていました。こうした疫学的な調査結果も、将来は遺伝子で説明される時代がくるのでしょうか。

(追記)
アルツハイマー病の治療薬開発が何故難しいのか、ワイリー・ヘルスサイエンスカフェに岩田淳先生のわかりやすい解説があります。併せてどうぞ。

アルツハイマー病の病態修飾治療 課題と希望

  1. ADを自然発症するマウスは存在しないため,モデルマウスは遺伝子導入マウスであり,アミロイドカスケード仮説に沿って作成されている.そして現在開発されている多くの病態修飾薬はアミロイドβ(Aβ)に対するものである.今までの様々な知見からAβの蓄積がAD発症に密接に関与している事は恐らく確かであるが,それでも臨床試験が行われてきた薬剤が正しい標的へと向いているかどうかは常に検証すべきである.
  2. ADの診断は従来NINCDS-ADRDA基準で行われてきた.この基準ではレビー小体型認知症,前頭側頭葉萎縮症などのAD以外の認知症の混入が避けられないため、分子標的薬の効果が元々ない症例が存在していた可能性がある.
  3. 例え標的が正しくても,その効果の評価方法に問題がある可能性がある.AD治療薬の有効性を示すために必要な事は『認知機能の改善』であるが,いかに優秀なサイコメトリーのバッテリーでも体調や検者によるばらつきが多いため,統計学的有意差を持った有効性を見いだすために必要な被験者数は膨大となる.
  4. ADの自然経過を追うことでAβ蓄積は認知症発症の15年近く以前より生じている事が判明してきた.現在臨床試験が行われてきたAβ標的薬は認知症を発症してしまった段階では既に遅きに失している可能性がある.これは,心筋梗塞を発症してICUに入室した患者に対して禁煙を勧めたり,スタチンを投与したりすることと同等であろう.

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Daclizumab HYP

By , 2013年4月14日 8:08 AM

多発性硬化症治療薬 daclizumab high-yield processの臨床試験 (SELECT試験) の結果が、2013年 4月 4日の Lancet誌に掲載されました。

Daclizumab high-yield process in relapsing-remitting multiple sclerosis (SELECT): a randomised, double-blind, placebo-controlled trial

Gold RGiovannoni GSelmaj KHavrdova EMontalban XRadue EWStefoski DRobinson RRiester KRana JElkins JO’Neill Gfor the SELECT study investigators.

Lancet. 2013 Apr 3. pii: S0140-6736(12)62190-4. doi: 10.1016/S0140-6736(12)62190-4.

Abstract

BACKGROUND:

Daclizumab, a humanised monoclonal antibody, modulates interleukin-2 signalling by blocking the α subunit (CD25) of the interleukin-2 receptor. We assessed whether daclizumab high-yield process (HYP) would be effective when given as monotherapy for a 1 year treatment period in patients with relapsing-remitting multiple sclerosis.

METHODS:

We did a randomised, double-blind, placebo-controlled trial at 76 centres in the Czech Republic, Germany, Hungary, India, Poland, Russia, Ukraine, Turkey, and the UK between Feb 15, 2008, and May 14, 2010. Patients aged 18-55 years with relapsing-remitting multiple sclerosis were randomly assigned (1:1:1), via a central interactive voice response system, to subcutaneous injections of daclizumab HYP 150 mg or 300 mg, or placebo, every 4 weeks for 52 weeks. Patients and study personnel were masked to treatment assignment, except for the site pharmacist who prepared the study drug for injection, but had no interaction with the patient. The primary endpoint was annualised relapse rate. Analysis was by intention to treat. The trial is registered with ClinicalTrials.gov, number NCT00390221.

FINDINGS:

204 patients were assigned to receive placebo, 208 to daclizumab HYP 150 mg, and 209 to daclizumab HYP 300 mg, of whom 188 (92%), 192 (92%), and 197 (94%), respectively, completed follow-up to week 52. The annualised relapse rate was lower for patients given daclizumabHYP 150 mg (0·21, 95% CI 0·16-0·29; 54% reduction, 95% CI 33-68%; p<0·0001) or 300 mg (0·23, 0·17-0·31, 50% reduction, 28-65%; p=0·00015) than for those given placebo (0·46, 0·37-0·57). More patients were relapse free in the daclizumab HYP 150 mg (81%) and 300 mg (80%) groups than in the placebo group (64%; p<0·0001 in the 150 mg group and p=0·0003 in the 300 mg group). 12 (6%) patients in the placebo group, 15 (7%) of those in the daclizumab 150 mg group, and 19 (9%) in the 300 mg group had serious adverse events excluding multiple sclerosis relapse. One patient given daclizumab HYP 150 mg who was recovering from a serious rash died because of local complication of a psoas abscess.

INTERPRETATION:

Subcutaneous daclizumab HYP administered every 4 weeks led to clinically important effects on multiple sclerosis disease activity during 1 year of treatment. Our findings support the potential for daclizumab HYP to offer an additional treatment option for relapsing-remitting disease.

FUNDING:

Biogen Idec and AbbVie Biotherapeutics Inc.

Daclizumabはインターロイキン 2 (interleukin-2; IL-2) 受容体の αサブユニット (CD25) に対するモノクローナル抗体です。多発性硬化症の病巣では、IL-2が IL-2受容体に結合することで介在される T細胞の活性化と増殖が大きな役割を果たしています。CD25の阻害は、高親和性 IL-2受容体の IL-2シグナルを抑制することで、免疫調節性 CD56 bright ナチュラルキラー細胞の増殖、T細胞活性化の抑制、リンパ組織誘導細胞の減少などを引き起こすと言われています。

Daclizumabの臨床試験は過去にいくつか行われています。それなりの成績は収めているようです。ただ、投与方法が少しずつ変わってきています。

Humanized anti-CD25 (daclizumab) inhibits disease activity in multiple sclerosis patients failing to respond to interferon beta.

Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Jun 8;101(23):8705-8.

再発寛解型ないし二次進行型を対象とした第 2相オープンラベル試験。Base lineとして IFN-β治療を行い、その後 daclizumab静脈内注射を追加した (1 mg/kg/dose 2週間毎 2回, その後 4週間毎 7回)。daclizumab追加により MRI新規造影病巣は 78%減少し、総造影病巣も 70%減少した。重篤な副作用はなかった。

Treatment of multiple sclerosis with an anti-interleukin-2 receptor monoclonal antibody.

Ann Neurol. 2004 Dec;56(6):864-7.

対象は再発寛解型ないし二次進行型。1 mg/kgの静脈内注射を 2週間毎に 2回、その後 4週間毎に行った。投与量は 0.8~1.9 mg/kgの範囲で臨床反応により調整した。19例中 16例はすぐに daclizumab単剤とし、2例は daclizumab単剤にするまで 6ヶ月間インターフェロンβを継続し、1例は毎月ステロイド治療を受けた。daclizumab治療により EDSSは平均 1.5改善した。年間の再発も 1.23から 0.23回に減少した。MRIでの活動性も著明に改善した。いくつか副作用はみられたが、忍容性は良好だった。

Daclizumab in active relapsing multiple sclerosis (CHOICE study): a phase 2, randomised, double-blind, placebo-controlled, add-on trial with interferon beta.

Lancet Neurol. 2010 Apr;9(4):381-90. doi: 10.1016/S1474-4422(10)70033-8.

再発寛解型ないし二次進行型を対象にした多施設共同無作為化二重盲検試験。インターフェロンβに加えて、プラセボ、daclizumab 2 mg/kg 2週間毎 (高用量), daclizumab 1 mg/kg 4週間毎 (低用量) を 24ヶ月皮下注射した。主要エンドポイントは MRIでの新規ないし造影される病巣数とした。結果は、インターフェロンβ+プラセボ群で 4.75, インターフェロンβ+高用量 daclizumab群 1.32, インターフェロンβ+低用量 daclizumab 3.58だった。副作用は各群同等だった。インターフェロンβ+低用量 daclizumab群はインターフェロンβ+プラセボ群と有意差がなかったが、元々 インターフェロンβ+低用量 daclizumab群には活動性の高い患者が多く、それを除けばインターフェロンβ+低用量 daclizumabにも若干の治療効果はあったと考えられる。

背景をお伝えしたところで、今回の SELECT試験を簡単に紹介します。

用いられた daclizumab high-yield process (HYP) はdaclizumabとアミノ酸配列は同じですが、糖鎖が異なり、細胞毒性が軽減されるようになっています。本試験は再発寛解型の多発性硬化症患者を対象とした多施設共同無作為化プラセボ対照二重盲検試験です。被験者に daclizumab HYP 150 mg (低用量), daclizumab 300 mg (高用量), ないしプラセボを単独療法としてそれぞれ 4週間毎皮下注射し、1年後に評価しました。主要エンドポイントは年間再発率低下です。

年間の再発率はそれぞれ daclizumab低用量群 0.21, daclizumab 高用量群 0.23, プラセボ 0.46でした。再発のない患者の割合は、daclizumab低用量群で 81%, daclizumab高用量群で 80%, プラセボで 64%でした。プラセボ群にはなかったものの、daclizumab投与群の 1~3%に重篤な感染症が見られました。そして、daclizumabを投与されていて重篤な皮疹から回復した一人の患者が、腸腰筋膿瘍のため死亡しました。剖検では、腸間膜動脈に隣接した膿瘍が、局所の血栓症と急性虚血性腸炎を引き起こしていたことがわかりました。

これまでお伝えしてきたように、多発性硬化症の治療薬は次々と臨床試験の結果が明らかになっています。何種類もの薬剤がここ数年間で認可されてくることになると思うので、今後は使い分けが問題になります。daclizumab HYPは、月 1回の皮下注射で済むので投与は楽でそれなりに効果もありそうですが、時に重篤な感染症がネックになってくるかもしれません。

(参考)

多発性硬化症の新薬

Tocilizumab

タイサブリ

タイサブリに関する教訓的症例

Alemtuzumab

BG-12承認

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TDP-43とFUS/TLS

By , 2013年4月8日 8:08 AM

2013年 3月 25日のブログで、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の原因蛋白質 hnRNPA2B1と hnRNPA1についてお伝えしました。これらは RNA代謝に関係した蛋白質です。

同じように ALSの原因かつ RNA代謝に関係した蛋白質で、ここ数年で知見が研究が急速に進歩している TDP-43, FUS/TLSについての総説が Muscle & Nerve誌 3月号に掲載されていたので読んでみました。非常によくまとまった論文だったので、紹介します。

ちなみに著者 ASHOK VERMAの肩書きは MD, DM, MBAです。MDはDoctor of Medicineで、MBAは Master of Business Administrationなのは良いとして、DMという称号は初めて見ました。よくわからない肩書きなのですが、Wikipediaで “Doctor of Medicine” のインドの項に、”The DM and MCh degrees are super-specialties and are very high ranked/prestigious” と書いてあります。専門医では “DM in xxx” と名乗ることができるようなので、同じ “Doctor of Medicine” ではあっても、他国で言う MDとはおそらく違う扱いなのだと思われます。もう一人の著者 RUP TANDANは MD, FRCPです。FRCPは Fellow of Royal College of Physiciansの略らしいです。

RNA quality control and protein aggregates in amyotrophic lateral sclerosis: a review.

・15年前には、SOD1 (Cu-Zn superoxide dismutase 1) が ALSの原因遺伝子であり、その変異が家族性 ALSの 20%を占めることしかわかっていなかった。しかし、SOD1変異の同定は、ALSの分子生物学的研究が行われる草分けとなる出来事であった (1993, Nature)。

・ALS病因研究の大きな転換点は、2006年の TDP-43 (43-kDa transactive response DNA-binding protein) の同定による (Science, 2006, Biochem Biophys Res Commun, 2006)。2008年には、TDP-43変異を伴った ALS症例が報告された(Science, 2008) 。2009年には、RNA/DNA結合蛋白質である FUS/TLSの変異が ALSの原因として同定された (Science, 2009)。 TDP-43および FUS/TLS変異の表現形は、特徴的な病理所見を伴った古典型 ALSであ る。ALS研究の過程でその他、survival motor neuron (Cell, 1995), senataxin (Am J Hum Genet, 2004 ), angiogenin (Nat Genet, 2006 ), optineurin (Nature, 2010), TAF15 (Nat Rev Neurol 2011, Proc Natl Acad Sci U S A, 2011 ) など、いくつかの RNA結合蛋白質の変異が明らかになっている。

・最近、C9orf72のイントロン領域 6塩基リピートが、家族性 ALSの一般的な遺伝型であることが明らかになった。これは似たようにイントロン領域で 3塩基リピートを起こす Friedreich失調症や筋強直性ジストロフィーを思い起こさせるが、これらはすべて RNAスプライシング、mRNA翻訳、mRNA安定性制御の変化が疾患プロセスに関与している。さらに、プロテアソームやオートファジーによる凝集蛋白の排除に関連した遺伝子、UBQLN2 (Nature, 2011) や SQSTM1 (Arch Neuro, 2011) も家族性 ALSに関係していることがわかった。さらに酵母モデルおよび in vitroレベルでは、TDP-43, FUS/TLS, TAF15のプリオン様 “prinoid” ドメインが、これらの蛋白質の自己凝集や疾患プロセスの神経内伝播の中核をなすのではないかと言われている。

・TDP-43は 414アミノ酸で、RNA recognition motif (RRM) 1, RRM2, C-terminal glycine-rich regionを有する。ALSに関連した変異はすべて常染色体優性遺伝で、glycine-rich regionに存在する。TDP-43変異 ALS患者の脳や脊髄の剖検では、孤発性 ALSに似た TDP-43細胞質内封入体が見られた。正常脳では TDP-43は主に核内に存在しているが、ALS患者では神経細胞の細胞質、変形神経突起、グリア細胞の細胞質を中心に局在するようになる。

・FUS/TLSは 526アミノ酸で、グルタミン、グリシン、セリン、チロシンが豊富な QGSY region, RRM, arginine-rich region, アルギニン及びグリシンが豊富な RG region, C-terminal zinc finger motifを有する。TDP-43同様、変異部位は glycine-rich regionであり、常染色体優性遺伝である。正常では TDP-43同様、主として核に存在しているが、FUS/TLS変異を持つ ALS患者では神経細胞やグリア細胞に FUS/TLS細胞質封入体を形成する。この封入体は TDP-43と反応しないので、FUS/TLSによる神経変性プロセスは TDP-43の局在異常とは独立に存在するのではないかと推測されている。

・TDP-43は、HIV-1の TAR DNAに結合する転写抑制因子として同定されたので、そのような名前が付いた。したがって RNAの転写に関与している。FUS/TLSも間接的にではあるが、転写開始に影響する因子を介して、転写に関与している。

・TDP-43はスプライシングの制御に重要な hnRNPA2と相互作用する。FUS/TLSの RNAスプライシングにおける役割はわかっていないが、in vitroにおいて 、pre-RNAの 5’スプライス部位に結合する転写スプライシング複合体に関与することがわかっている。

・TDP-43と FUS/TLSは核と細胞質をシャトルしている。細胞質では、TDP-43と FUS/TLSは RNA-transporting granule内に見られる。

・TDP-43と FUS/TLSは micro-RNA (miRNA) processingに関与している。miRNAは pre-miRNAから 2段階のプロセッシングを受ける。最初のステップは、核内における pre-miRNAの RNAse “Drosa” による切断である。次のステップは、細胞質内での RNAse “Dicer” による miRNAの切断である。切断された miRNAは、最終的に約 21塩基の 2本鎖 RNAとして RISC (RNA-induced silencing complex) に組み込まれる。TDP-43や FUS/TLSは Drosaおよび Dicer複合体に関与している。(※ Droshaが一般的な呼称と思われ、引用文献でも Droshaとなっているが、、本論文中では Drosaで統一されている)

・TDP-43と FUS/TLSは RNA processingに関与しているとする知見はあるが、神経細胞での特異的な RNAターゲットは完全には同定されていない。TDP-43に結合する RNAを免疫沈降法で調べた実験は、実験手技によって結果が異なる。

・マウスやヒトで TDP-43により、スプライシングやプロセッシングレベルに 影響を受ける RNAターゲットには、神経の発達や機能に関連した蛋白質をコードしたものがある。後者には NMDA受容体、イオンチャネル型グルタミン受容体、neurexions-1 ,3など、シナプス活動に関与した蛋白質が関係している。TDP-43はさらに ataxinに結合し、発現やスプライシングを制御する (ataxin-2の中等度伸長は孤発性 ALSのリスクとされる)。また、TDP-43の mRNAのターゲットには、HDAC6 (histone deacetylase 6) や ニューロフィラメントの NF-L subunitがあるが、いずれも ALS患者において減少していることが報告されている。

・FUS/TLSの RNA結合パートナーとして、最初に報告されたのが、樹状突起のアクチン安定化を司るアクチン安定化蛋白 Nd1-Lである。TDP-43同様、HDAC6も FUS/TLSのターゲット mRNAであるため、FUS/TLSと TDP-43は同じ系で働いているのかもしれない。

・変異 SOD-1, TDP-43, FUS/TLSはプリオン様メカニズムで伝播するシード凝集を起こしうる。TDP-43, FUS/TLSにはグルタミン/アスパラギンの豊富な Q/N rich domainがあり、”yeast prion (酵母プリオン)” と呼ばれるホモログを含む。TDP-43の疾患変異のほとんどは Q/N rich domainに集中している。

・SOD-1, TDP-43, FUS/TLSは試験管内では直ちに凝集するが、正常細胞内では起こらない。おそらくシャペロンの働きによるのだろう。”yeast prion domain” は、 intrinsic unfolded stateと、aggregated folded stateの 2つの状態がある。どのようにして凝集体の蓄積が始まるのかはわかっていないが、SOD-1, TDP-43, FUS/TLS変異による ALSではこれらの蛋白質の自己凝集性が増していること、高齢発症の孤発性 ALSでは保護システムが弱くなっていること、未知の環境的ないし遺伝的要因がトリガーとなるのかもしれない。培養細胞の実験では、いくつかの “hit” が組み合わされることが必要なのではないかと推測されている。

・ALSの発症機序が、TDP-43, FUS/TLSが核から失われる (loss of function) ことなのか、細胞質凝集体をつくる (toxic gain of function) ことなのか、その両者なのかはよくわかっていない。

・多くの動物モデルでは TDP-43を knock downしても、ヒト野生型 TDP-43を過剰発現しても、表現型として悪影響が出る。変異型 TDP-43ではそれがより顕著となる。しかし。それが神経系に限局するかどうかはわかっていない。

・ヒトALSでは、TDP-43の copy numberや脳での TDP-43 mRNAレベルは変化がないことが示唆されている。

・ゼブラフィッシュモデルでは、ヒト野生型ないし変異 FUS/TLSの過剰発現で表現型は正常であった。ラットモデルでは中枢神経細胞の脱落がみられ、正常型より変異 FUS/TLSで顕著であったが、single transgenic lineのため、別のメカニズムによる影響を受けている可能性も否定はできない。

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