脳卒中メモランダム
「脳卒中メモランダム」というブログを見つけました。脳卒中に関係した論文を多く紹介しています。
脳卒中以外でも、「関心のある論文を自動的に収集する方法」とか、「本当に毎日洗濯した半袖の白衣の方が清潔なの?ランダム化比較試験による検討」といった記事があり、読んでいて為になります。定期的にチェックしていきたいと思います。
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少し古い話になりますが、2012年8月にアルテプラーゼによる血栓溶解療法 (rt-PA) の保険適応が変更になりました。それまで発症 3時間以内のみ保険適応であった治療が、発症 4.5時間以内まで保険適応となったのです。
アルテプラーゼの保険適用の変更に伴う診療報酬上の取扱について
また、2012年 10月には、”rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法 適正治療指針 第二版” が公開され、rt-PAが発症 4.5時間後まで行える旨が記載されました。意外と知らない人が多かったので、下にガイドラインのリンクを貼っておきます。
rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法 適正治療指針 第二版
もちろんリスクのある治療だし、治療してもよくならない患者さんも多いけれど、神経内科にコンサルト頂くときの参考にして頂きたいと思います。
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(参考)
12月25日は医局の抄読会でした。24日の当直の合間に配布資料を作っていたところ、22時頃少し席を離した隙に作業中のファイルが全部消えるというアクシデントに見まわれ、そこから徹夜で仕上げました。Windows7、勝手に OSをアップデートして再起動するの、やめて欲しいです。
さて、読んだのは多発性硬化症について、2012年11月27日に Nature communicationsに掲載された論文です。
Fibrinogen-induced perivascular microglial clustering is required for the development of axonal damage in neuroinflammation
Cx3cr1 GFP/+マウス (ケモカイン Cx3cr1は非免疫細胞ではミクログリアなどに発現しており、種々の免疫細胞を誘導する) に実験的自己免疫性脳脊髄炎 (EAE) を誘導して、2量子顕微鏡で観察しました。その結果、「血液脳関門の破綻→血管周囲にフィブリンが検出される→ミクログリアに Cx3cr1陽性の cluster形成がみられる→臨床症状の出現がみられる」ことがわかりました。つまり、症状が出来る前からミクログリアには変化があるということです。そして、初期にフィブリンが検出されるのは、多発性硬化症の病理所見に合致します。興味深いのは、局所にフィブリノゲンを注射すると Cx3cr1の cluster形成や軸索損傷が誘導できるのに対して、CD11/CD18結合 motifに変異を入れたフィブリノゲンを注射するとこれらが起こらないことです。また抗凝固薬 Hirudinを投与してフィブリン形成を阻害しても、これらの Cx3cr1の cluster形成や軸索損傷は抑制できます。多発性硬化症での炎症に対して、フィブリンは何か大事な役割を担っているのかもしれませんね。
動物実験レベルでの話なのでまだ何とも言えませんが、多発性硬化症に対して、抗凝固薬や CD11b/CD18に対する分子標的治療薬などが用いられる時代は来るのでしょうか?
12月21日に第 2回 Journal clubを開催しました。
ぶぶのすけ先生は、多発性硬化症についての論文を読んできました。
Shift work at young age is associated with increased risk for multiple sclerosis.
2つの独立した population based, case-control studyを元に調べた。20歳以下でシフトワークすることは、多発性硬化症に罹患するリスクとなる。原因としては、日内リズムの障害や睡眠制限がメラトニン分泌の障害と関係しており、炎症反応をもたらすためかもしれない。
シフトワークというのは、日勤とか夜勤を交互に繰り返す勤務形態ですが、日内リズムが障害されやすく、様々な疾患リスクを高めることが報告されています。この論文は、疫学から迫った研究のようですが、メラトニン分泌の障害が何故多発性硬化症を起こしやすくするのかなど、いまいち釈然としませんでした。また、20歳以下でシフトワーカーになるということは、経済的に貧しい人が多いのではないかと推測され、そのバイアスはどうなのだろうと感じました。
次に、兄やん先生は、ラクナ梗塞に対する抗血小板薬についての論文を読んできました。
Effects of clopidogrel added to aspirin in patients with recent lacunar stroke.
この論文の内容については、別のブログで紹介されていたので、そちらへのリンクを貼っておきます。
ラクナ梗塞の二次予防に対して、アスピリンにクロピドグレルを併用すると出血と死亡リスクが上昇
ラクナ梗塞の発症メカニズムを考えると、アスピリンとクロピドグレルを併用してもあまり効かないことは想像できるし、ラクナ梗塞では micro bleedsの頻度が多いことから、ある程度頭蓋内出血が増えることも想像できます。消化管出血は言わずもがなです。
私は、Hoehnと Yahrが書いた論文を読んできました。1967年の古い論文です。Parkinson病の “Hoehn & Yahr分類” というと分かる人が多いかもしれません。
Parkinsonism: onset, progression and mortality.
内容については、Power Pointに纏めたので下に貼っておきます (※二次使用の際は、miguchi@miguchi.netまで御一報ください)。Parkinson病の中に進行性核上性麻痺や多系統萎縮症などが含まれていることが推測されたり、色々割り引いて評価しないといけない部分はありますが、疾患の特徴をかなり詳細に評価しており、参考になります。単なる重症度分類として意味があるだけではありません。
Parkinsonism抄読会用ファイル
「脳の探求者ラモニ・カハール スペインの輝ける星 (萬年甫著、中公新書)」を読み終えました。ラモニ・カハールについては、「神経学の源流 2 ラモニ・カハール」で説明したばかりですね。
本書はカハールについての伝記です。手の付けられない悪童が改心して研究者になり、義憤にかられてキューバ遠征に行くもマラリアにかかり散々な目にあって帰国し、以後研究に没頭してニューロン説を確立するまでの話が豊富な資料を元に書かれています。出版が中公新書ということからわかるように、専門家以外の方でも読める内容になっています。200ページくらいの薄い本なので、あっという間に読めますね。
印象に深かったことは物凄くたくさんありましたが、触れておきたい逸話があります。カハールが突起を発見できず、「第三要素」と呼んだ細胞群がありました。弟子オルテガが、師のカハールに「第三要素に突起がある」と告げた時、カハールは複雑だったようです。明らかに弟子が正しかったのですが、カハールを以ってしても、歳下の学者に自分の学説の間違いをストレートに指摘されると素直になれなかったようです。師弟という点では異なりますが、ゴルジがカハールに間違いを指摘された時の不愉快さも似たようなものであったのではないかと感じました。
以下は、備忘録。
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「神経学の源流2 ラモニ・カハール (萬年甫編訳、東京大学出版会)」を読み終えました。カハールはニューロン説の礎を築き、ノーベル賞を受賞した研究者です。
第一章は著者の神経解剖学の「研究の端緒」で、カハール研究所を訪れ、その標本を見るところから始まります。第二章は「神経解剖学の方法・その史的発展」と題し、神経解剖学の研究の歴史を簡単に紹介しています。
第三章「ニューロン説の原典」が、カハールの論文の翻訳です。カハールはゴルジ法 (黒い染色) を用いて研究を始めた訳ですが、同じ方法を用いて同じものを見たゴルジが網状説 (神経は網目状に吻合している) を唱え、カハールがニューロン説 (各神経は独立した単位であり、接触により刺激が伝導する) を唱えたのは興味深いことです。凄いことに、カハールは詳細に形態を観察することで、神経の機能、刺激の伝導の方向まで明らかにしてしまいます。1892年に行われた「神経中枢の組織学に関する新見解」という講演は、次のように結ばれています。この結びを読むと、彼が唱えたニューロン説の概要がわかります。
以上取り急ぎ申し上げた諸事実を総括し、いくつかの考察を行なってこの講演を終わることにしたい。
1) 中枢細胞の形態学について、一般的な結論を下すならば、それは神経細胞、上皮性細胞ならびに神経膠細胞の突起の間には物質的な連続性がないということである。神経細胞は正真正銘の単一細胞であり、Waldeyerの表現によればノイロン (neuronas) である。
2) 物質的な連続性がないのであるから、興奮が 1つの細胞から他の細胞へ伝わる場合、あたかも 2本の電話線の接合点におけるがごとく、接近ないし接触 (por contiguidad o por contacto) によって行なわれねばならない。このような接触は一方は軸索の終末分枝あるいは枝側と、他方は細胞体ならびに原形質突起 (※樹状突起のこと) との間に行われるのである。網膜の神経膠細胞、脊髄神経節の単極細胞ならびに無脊椎動物の単極細胞のごとく、原形質突起のない場合には、細胞体の表面が神経性分枝の付着する唯一の場所となるのである。
3) 2種類の突起をもつ細胞のなかで神経興奮の伝わる方向として考えられるのは、原形質突起のなかでは求心性、軸索のなかでは遠細胞性ということである。(略)
4) 双極性細胞 (聴神経、嗅神経、網膜、Lenhossekと Retziusによれば蠕虫の知覚性双極細胞、魚の脊髄神経節の知覚性双極細胞など) では、末梢性突起は太くて興奮 (求細胞性の興奮) を受け入れる役をなし、原形質性のものとみなすべきである。(略)
5) 原形質突起は、Golgiならびにその一派が考えているように毛細管から放出される血漿を吸う細根のごとき単なる栄養装置ではなく、軸索と同じように伝導を行なっているのである。(略)
6) 原形質突起茎のあるもの (大脳の錐体細胞、Purkinje細胞など) がきわめて長いことや、側方および基底部からでる原形質突起が豊富なのは、多数の神経性分枝と連絡を確保し、その興奮を集める必要があるからであろう。多くの原形質突起分枝に見られる表面の粗いことや、棘の間の切り込みはおそらく神経線維終末の作用や接触が行われることを示しているのであろう。
第四章は、「網状説とニューロン説」です。「ストックホルムの壇上にて」という副題が付いています。ゴルジとカハールは同時にノーベル医学生理学賞を受賞し、それぞれ講演を行いました。ゴルジの講演は 1906年 12月 11日、カハールの講演は同 12月12日でした。それぞれの講演の全容が記されています。読むと互いにかなり意識していることがわかります。ゴルジのと比べ、カハールの講演の方が、理路整然としていて、説得力があります。
第五章は「カハール以後」です。著者達が如何にして研究を進めていったかが解説されています。地道な作業の連続に、研究とは忍耐なのだと感じさせられます。一方で、著者の行った工夫にも感嘆します。最終章は「ゴルジ法発見から 100年」と題されていて、”黒い染色” 記念シンポジウムです。著者がゴルジの住んでいた家を訪ねたり、ゴルジが作った標本を観察したことが記されています。
さて、カハールの論文を読んでいて、どうしてもわからない部分がありました。下記のくだりです。
後根はそれぞれ、遠心性線維と求心性ないしは知覚性線維から成っている。
遠心性のものは (Lenhossekとわれわれが同時に証明したように)、前角の細胞から出て、途中分枝したり枝分かれしたりすることなしに後根および脊髄神経節に入る。
大多数を占める求心性のものは、、後索に入って斜にその深部に進み、Y字状に分枝して上行枝と下行枝に分かれ、それぞれ縦走して後索の線維となる。これらの枝は白質に沿って何センチも走った後灰白質に侵入するらしい。そして遂には後角の細胞の間で遊離の樹上分枝として終わる。
この中で、「遠心性のもの」が何を示しているのかわからなかったのです。先日、岩田誠先生に会う機会があったので、質問してみました。すると、「それが Lenhossek (レンホセック) 細胞だよ」とのことでした。
通常、運動ニューロンは直接脳幹ないし脊髄の前方から出てきますが、レンホセック型のニューロンは一旦脳幹ないし脊髄の後ろ側に回って、側方よりの前方から出てきます。この手の細胞は、やや原始的なもので、運動成分のみならず自律神経成分を含むとされています。脳神経にはいくつかあり、顔面神経などがそれにあたります (リンク先 17から出る線維の走行参照)。
レンホセック細胞は呉建先生がかなり精力的に仕事をなさっていて、犬の後根を離断し、二次変性を起こすニューロンと起こさないニューロンがあることを突き止め、片方が前角由来の自律神経線維ではないかと提唱されていたそうです。それが、上記の「遠心性のもの」に当たるのではないかと考えられます。
余談ですが、カハールはレンホセックより先に「レンホセック細胞」を見つけていたのですが、発表に慎重になっていたところ、レンホセックに先に報告されてしまい、随分悔しがったという逸話が残っているそうです。
岩田先生、レンホセック細胞についてよくご存知だったなと思って聞いてみたら、「カハールが書いた教科書 (※分厚い本 2冊) にかなり詳しく書いてあったよ。僕はスペイン語じゃなくてフランス語翻訳で読んだけどね」とのことでした。たかだか 300ページくらいの日本語の本書を 2ヶ月かけて読んだ身としては、能力の違いをまざまざと知らされました。
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(参考)
医局の後輩たちを集めて第 1回 Journal clubを行いました。後輩たちに英語を読むのに慣れてもらうのが目的で、医局主催の抄読会では読まないような論文を読むきっかけになればと思っています。資料は英語で書かれていれば、「Play Boy」以外何でも O.K. です。とにかくハードルは低く、低くです。この日の論文を極簡単に説明します。
さて、一人目の「ぶぶの助」先生は、シラミについての論文を読んできました。
Topical 0.5% ivermectin lotion for treatment of head lice.
治療抵抗性のアタマジラミに対して、疥癬治療薬 Ivermectin (商品名:ストロメクトール) を使用し、他の虫卵駆除剤と比較しました。この試験に参加したのは、生後 6ヶ月以上の患者でした。乾いた髪につけて、10分後に洗い流しました。シラミが検出されなかった割合は、Ivermectinとその他の虫卵駆除剤でそれぞれ、day 2 (94.9%, 31.3%), day 8 (85.2%, 20.8%), day 15 (73.8%, 17.6%) でした。副作用は、掻痒感、表皮剥離、紅斑でした。
ぶぶの助先生に何故この論文を選んだのか聞いたら、「もし女の子からシラミ貰っちゃったときにこの薬を使ったら、あそこの毛を剃らなくて済むかなと思って・・・」とのことでした。残念、この論文はアタマジラミ、女の子からプレゼントされるのはケジラミです。貰わなくて済むような日常を送りましょう。
二人目の先生は、脳卒中と非脳卒中をベッドサイドでどう見分けるかの論文です。
Distinguishing between stroke and mimic at the bedside: the brain attack study.
多変量解析の結果、脳卒中であることを最も示唆するのは NIHSS>10であることで、Odds比 7.23, 次に OCSP分類 (strokeを total anterior circulation, partial anterior circulation, posterior circulation, lacunar infarctionに分ける) が可能なことで、Odds比 5.09でした (Table 3) (※単変量解析の結果は Figure 1)。NIHSS>10だと 8割くらいの確率で脳卒中と言えます (Figure 2)。非脳卒中で多かったのは、てんかん、敗血症、代謝性などでした (Table 2)。
脳卒中を見慣れた専門医が迷うことは少ないと思いますが、わからなければとりあえず NIHSSをとってみるのは有用だということですね。この先生は、その日ベストプレゼンテーション賞を受賞し、景品の「ホワイトロリータ」を贈られたため、ニックネームが「ホワイトロリータ」になってしまいました (その先生はロリコンではありません)。
最後に、私が Jolt accentuationについて纏めました。髄膜炎の中には、見逃すと致死的なものが含まれます。診断のためには、腰椎レベルでの椎間から針を刺して脳脊髄液を取ってこないといけません。ところが、どんな患者さんにその検査をするには議論があるのです。例えば、風邪を引いて発熱し、頭痛がするだけで病院で脳脊髄液を取られたら、症状の軽い患者さんは「何故ここまでするのか?だったら受診しないで市販の風邪薬飲んでおくよ」と思うでしょう。さらに検査にかなり時間がかかるので、風邪の流行るシーズンには、数名しか診察できないことになってしまいます。
内原俊記先生は旭中央病院勤務時代に、このジレンマを解決する画期的な方法を見つけました。それは Jolt accentuationと呼ばれるものです。頭をイヤイヤと振ってみて、頭痛が悪くなるようなら髄膜炎の可能性が高くて脳脊髄液の検査が必要、悪くならなければ多分大丈夫・・・というものです。簡単で、感度が高いというので、あっという間に広まりました。ところが、2010年に海外から、まったく違った結論の論文が出てしまいました。Jolt accentuationは感度が低すぎて、陰性だからといって髄膜炎は否定できないというのです。ネットでも話題にしている方がいらっしゃいます。
それぞれの患者背景、状況を把握しないと議論になりませんので、Excelで一覧表にしてみました (※二次使用の際は、miguchi@miguchi.netまで御一報ください)。
こうして見ると、意識障害のない軽症そうな症例では rule outのために Jolt accentuationを行なって不要な髄液検査を省き、意識障害や神経学的異常所見があれば Jolt accentuationの有無にかかわらず髄液検査をすべき、というのが落とし所な気がします。
細菌性髄膜炎の自験例では、「自宅では頭が痛くて動かせなかった」患者さんが、来院時には Jolt accentuation陰性となっていたケースがあり、所見を取るタイミングなども関係してくるのかもしれません。
11月13日に、第14回ニューロトピックス21 「IgG4関連疾患」という講演を聴きに行きました (神経内科領域だと、肥厚性硬膜炎が IgG4関連疾患として有名です)。梅原教授の話に、滅茶苦茶感動しました。内科学会誌に総説が載ると言われていたので、メモは取らなかったのですが、取っておけばよかったと後で後悔。覚えている範囲で紹介します。
第14回ニューロトピックス21
「温故知新~『IgG4関連疾患』 ―21世紀に日本で発見された新たな疾患概念―」
金沢医科大学血液免疫内科学 梅原久範教授
まずは掴みの二つのギャグ。梅原教授は、慶應義塾大学医学部を卒業し、地元の京都大学病院で研修をしました。京都大学病院に初出勤の日、「慶応ボーイが来る」ということで、ナースが数十人病棟に列を作っていたそうです。ところが、梅原教授の顔を見るや、「なーんだ」とみんな解散したのだとか。また、金沢医科大学に教授として赴任してしばらくして、大雪が降った時のこと。朝降った雪で、車が埋まり、みんなどうするのかと思って見ていたら、「マイ・スコップ」で器用に道を作って車の除雪をしていました。ところが、車の除雪をしていた人が、車を間違えたことに気付き、わざわざ雪を元に戻している姿を見て、「大変なところに来てしまったなぁ」と思ったそうです。
さて、肝心の IgG4関連疾患について。話は「ミクリッツ」から始まります (ミクリッツは、過去にこのブログでも登場しました ①, ②)。ミクリッツは「唾液腺が腫脹する疾患」を「ミクリッツ病」として報告しました。ところが、癌などでも唾液腺が腫脹することがあるので、原因がはっきりしているものをミクリッツ症候群、特発性のものをミクリッツ病とすることで、一応のコンセンサスが得られました。その後、眼科医シェーグレンが眼と唾液腺に異常を来たす疾患を報告し、「シェーグレン症候群」として纏めたのですが、欧米では「ミクリッツ病はシェーグレン症候群の一部」という理解が進み、「ミクリッツ病」という概念が姿を消していってしまったのです。(この辺りの歴史をわかりやすく記したサイトが存在します)
ところが、日本の医師たちは、「ミクリッツ病」と「シェーグレン症候群」が別々の病気だと理解していました。そして、ミクリッツ病で得られた唾液腺に抗 IgG抗体を当てると IgGの集簇が確認され、さらに IgGのサブクラスを調べるため抗 IgG4抗体で免疫染色してみると、綺麗に染まりました。その軽鎖に対して、抗κ染色、抗λ染色をしてみると、monoclonarityはなく、悪性リンパ腫などの原因による IgG4陽性細胞の腫瘍性増殖ではないことが確認できました。IgG4は血中でも高値を示しました。一方で、シェーグレン症候群ではこのような現象は見られませんでした。
面白いことに、他の様々な臓器の病変で IgG4で染色されることが報告されてきました。例えば、自己免疫性膵炎、硬化性胆管炎、尿細管間質性腎炎・・・などです。それでこれらの疾患をまとめようではないかという話が出てきたのです。
(参考) Wikipedia-IgG4関連疾患
主に以下の疾患の重複概念として提唱されている
梅原先生は、病理学や消化器、眼科、腎臓内科など幅広い分野からメンバーを集め、最後、班会議の申請期限ギリギリに岡崎先生に電話しました。午後 11時くらいの話でした。ところが何度電話しても電話中でした。何度目か、やっとつながって「おい、何を長電話をしているんだよ?」と言ったら、「お前こそ何を長電話しているんだ?」と返されました。ふたりとも班会議を作ろうとしていて、お互いに同時に電話して相手を誘おうとしたので繋がらなかったらしいのです。結局、梅原班と岡崎班を作って、どちらかが落ちたら合流しようという話にまとまり、両方申請が通りました。
会議が出来て、まずやらなければならなかったことは、名称の統一でした。それまでは、研究者毎にさまざまな名称で報告されていたのです。結局、”IgG4-related systemic disease” と “IgG4-related disease”が最後に残り、多数決で “IgG4-related disease (IgG4関連疾患)” に決定しました。
ところが、マサチューセッツ総合病院 (MGH) で IgG4関連疾患のシンポジウムが開かれた時、プログラムが “IgG4-related systemic disease” になっていたのです。そして、日本からの “IgG4-related disease” に関する演題名も、全て “IgG4-related systemic disease” に書き換えられていました。梅原教授は猛抗議し、メールで「もし “IgG4-related systemic disease” という語にするのだったら、日本人の演者は全員ボイコットする」ことを伝えました。結局相手は折れて、「そこまで名前には拘っていないんだ」と返してきて、”IgG4-related disease” の名前を用いることが決まりました。国際的にも、日本発のこの名前を用いることとなり、大きな意義のある出来事でした。
さて、次は診断基準です。研究班がこだわったのは、「専門家でなくても診断できる」ことでした。そのため、3項目しかない簡単な基準が出来上がりました。
IgG4関連疾患診断基準
1. 臓器病変
2. 血清IgG4>135 mg/dl
3. 組織学的にIgG4陽性細胞の浸潤がみられる
この 3つを満たせば確定診断になります。IgG4は商業ベースで測れます。3番目に 病理基準を入れたのには理由があります。実はアトピー性皮膚炎や類天疱瘡などでも IgG4はある程度増えることが知られています。これらを混ぜてしまうと、疾患概念が曖昧になってしまうのです。ということで、他の疾患が混ざりにくいように少しハードルを上げたという意味合いがあります。
ただ、自己免疫性膵炎のように、組織を取りにくい場所に病変があると、組織診断ができませんので、その場合は “IgG4-related disease” という名前ではなく、”IgG4-related 組織別病名” と名付けることにしました。例えば、”IgG4 related pancreatitis” といった感じです。この疾患では一つの臓器に限らず病変をつくることがありますが、その場合には PET検査が病変の検出に有用であるようです。
この診断基準には裏話があります。”Modern Rheumatology” という雑誌に掲載されたのですが、本来なら受理されてから掲載まで 1年くらい待たされる筈でした。しかし、早く発表しなければいけないということで、Editorと掛けあって、12ヶ月飛び越して 2012年 1月に掲載してもらったとのことでした。雑誌社もフットワークが軽いですね。好感の持てるエピソードです。
ところで、この疾患の発症メカニズムはよくわかっていません。しかし、いくつかの知見を講演で聴くことが出来ました。IgG4が他の IgGサブクラスと決定的に違うのは、二量体を形成するのに S-S結合を欠くことです。そのため、二量体がバラけて単量体になりやすいことが知られています。そしてその単量体が他の単量体とヘテロ二量体を形成すると、より多くの抗原に反応しやすくなるのではないかと推測されます。また、IgG4関連疾患では、Th2 shiftが起きていることが、サイトカインの解析からわかっています。その結果として、自然免疫の異常もきたすそうです。現在では、患者血清と健常者の血清をそれぞれラベリングして 2次元電気泳動し、患者血清のみが形成するタンパク質のバンドを MS解析したり、治療の前後で発現パターンの変わる遺伝子を探したり、様々な研究がされているようです。
治療は、ステロイド、免疫抑制剤、リツキシマブが効くとされています。梅原先生らは、まずステロイドを 0.6 mg/kgで開始し、漸減する方法を推奨しています。自己免疫性膵炎で行われていた治療を応用して、この投与量に決めたそうです。この疾患は、ステロイドへの反応が良好です。従って、もしきちんと診断されればステロイドの内服だけで良くなるのに、疾患を知らないがために腫瘍として手術されてしまう症例が出てきます。こうした事態を避けるために、疾患の啓蒙活動が必要なのだと思います。
推定患者数は、約 20000人と言われています。金沢大学、金沢医科大学で診断された患者数と、石川県の人口から人数を推定したそうですが、自己免疫性膵炎から推定した数字とそれほど大きな開きはないようです。
(参考)
先日紹介した “FIRST AUTHOR’S” というブログに、パーキンソン病の原因遺伝子 LRRK2 (ラーク2) についての Nature論文が紹介されていました。
パーキンソン病の原因遺伝子LRRK2の変異によりひき起こされるヒトの神経幹細胞における進行性の変性
それが原因なのか結果なのかはわかりませんが、Parkinson病研究で、核膜の変形というのは聞いたことがありませんでした。興味深いですね。LRRK2異常では、Parkin-PINK1系と違ってミトコンドリア異常が見られなかったという事実は、Parkinson病が単一の原因ではなく、複数の原因によることを示唆しているのかもしれません。孤発性 Parkinson病だとどうなのか、今後の研究に注目したいと思います。
また、これまでの Parkinson病研究は HeLaなどの一般的な培養細胞での論文が多かったと思いますが、この論文のように「iPS細胞から神経系に分化させた細胞を用いる手法」は、今後増えていくでしょう。
「悩からみた心 (山鳥重著、NHKブックス)」をアメリカ旅行中に読み終えました。山鳥重先生は、神経心理学の権威です。
本書は「言葉の世界」「知覚の世界」「記憶の世界」「心のかたち」の四部構成からなっています。Aさんから Zさんまで、脳損傷によってある機能が失われた患者さんを分析することで、脳の働きを掘り下げていきます。非常に詳細な専門的分析をしているにも関わらず、平易な文章で、解剖学用語もほぼ登場しません。音楽家の原口隆一・麗子氏が著書「歌を忘れてカナリヤが」の中で本書を紹介していたことからわかるように、医療関係者以外の方にも読みやすい本なのではないかと思います。また、ソシュール記号論なんかも登場するので、文学や哲学が好きな方が読んだら面白いかもしれません。
内容が少しでも伝わるように、目次を紹介しておきます。
目次
はじめに-脳と心の関係
I 言葉の世界
(1)言葉は意味の裾野をもつ
言葉に対するでたらめともいえない反応の仕方 言葉は意味の骨格のまわりに広い裾野をもっている
(2)語の成立基盤
名前と物が重ならない ソシュールの理論を裏づける
(3)語は範疇化機能をもつ
一つの物にしか名前をいえない 人間は物の一般的属性を切り出す能力をもつ
(4)「意味野」の構造
物の名前を言えない 語は意味野の部分である
(5)「語」から「文」への意味転換
語はわかるが「文」が理解できない 「文」は語の単純加算ではない
(6)自動的な言葉と意識的な言葉
日常的な言葉は壊れにくい 注意を集中すると言葉が理解できない
(7)言語理解における能動的な心の構え
文脈を理解していて内容を理解していない 言葉の受動的理解から能動的理解へ
(8)状況と密着した言葉
目的意識をもつとうまくいえない 言葉は習慣性の高い自動的な能力
(9)言葉はかってに走りだす
とりとめのない言葉が延々と続く 言葉は常に内容を伴うとはかぎらない
(10)過去の言葉が顔を出す
意図に反して同じ言葉がでてしまう 過去が過剰に持続する
(11)言葉の反響現象
意味の理解を伴わない言葉の自動的繰り返し 状況が大枠で適切な言葉を引きだす
(12)言葉の世界は有機体-まとめ
II 知覚の世界
(1)知覚の背景-「注意」ということ
注意を維持できない 正確な知覚には注意機能が必要
(2)注意の方向性
左側の空間に気づかない 注意がその方向に向いて知覚が成立する
(3)「見えない」のに「見えている」ということ
見えていないはずの光源の方向が分かる 「見える」、「見えない」が視覚のすべてではない
(4)「かたち」を見ること-その一
かたちの区別がつけられない 視覚的要素が「かたち」に転化する
(5)「かたち」を見ること-そのニ
文字は読めるが顔は分からない 顔が分かるには線の知覚が重要
(6)「かたち」の意味
触ると分かるが見ると分からない 知覚された形と意味が結びつく段階
(7)二つの形を同時に見ること
二つのものが同時に見えない まとまりのあるものを見ようとする過程
(8)「対象を見る」とは何か
対象が消えても眼前にありありと再現する 神経活動の過程を「見て」いる
(9)視覚イメージの分類過程
見えない視野に出現するまぼろし 視覚情報は基本パターンに分類される
(10)対象を掴む
眼前の物を掴めない 「形」ではなく「関係」の知覚能力が必要
(11)私はどこにいるのか?
方角がわからない 動かない空間を基準に自己の動きを見ること
(12)知覚の世界は宇宙空間-まとめ
III 記憶の世界
(1)刹那に生きる
昨日、今日のことを覚えていない 記憶のない行動は恐い
(2)短期記憶から長期記憶へ
新しい出来事を覚えられない 短期記憶を長期記憶へ移していく特別の機構
(3)長期記憶が作られる過程
過去へ遡る記憶の消滅 じょじょに長期記憶として固められていく
(4)記憶の意味カテゴリー
時間性を失った記憶 記憶の歴史性と状況性
(5)記憶と感情の関わり
記憶が自分のものでないように思える 感情と記憶の濃淡が時間体験の背景
(6)短期記憶はなぜ必要か
数字の復唱ができない その場の一時的な働きを支える短期記憶
(7)記憶の世界の広大な拡がり-まとめ
IV 心のかたち
(1)言語と音楽能力は関係あるか
強い言語障害でもすばらしい曲を作る 音楽的世界は言語世界から自立している
(2)言語と絵画能力は関係あるか
強い言語障害でもすばらしい絵をかく 絵画的能力と言語能力は別でありうる
(3)左大脳半球と言語 左右大脳半球を分離する-その一
右手は正しいが左手は不正確 言語機能は左大脳半球に偏っている
(4)右大脳半球の世界 左右大脳半球を分離する-そのニ
脳梁全切断患者への画期的な実験 右大脳半球は視知覚能力がすぐれる
(5)人は複数の心をもつ
複数の心の同時並列的な関係 意識が心の一つを選びとる
(6)心のかたち
参考・引用文献
あとがき
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