Category: 神経学

どうして弾けなくなるの? <音楽家のジストニア>の正しい知識のために

By , 2012年10月19日 8:15 AM

紹介が遅くなりましたが、9月中旬に「どうして弾けなくなるの? 音楽家の<ジストニア>の正しい知識のために (ジャウメ・ロセー・リョベー、シルビア・ファブレガス・イ・モラス編、平孝臣・堀内正浩監修、NPO法人ジストニア友の会)」を読み終えました。

ジストニアは運動障害の一種で、筋緊張の異常のため、異常姿勢をとったり、さまざまな運動のコントロールが困難になります。ある種の熟練者に見られる特殊なジストニアもあり、音楽家に生じるものを “musician’s dystonia” と呼びます。

音楽家のジストニアで最も有名な患者は、ロベルト・シューマンでしょう。過去にロベルト・シューマンの手に関する論文を少し紹介しました (シューマンの手<1>, <2>) が、その後、シューマンはジストニアであったという説が最も有力になっています。つまり、ロベルト・シューマンは、ジストニアのために演奏家を諦め、作曲家を目指したらしいのです。シューマン以外にも多くの演奏家がその道を諦めています。どのくらい多いかというと、音楽家のジストニアはプロの音楽家の 5%に見られ、その半数で音楽家の道を諦めなければいけない事実が、本書の序文に記されています。

音楽家のジストニアは、ヴァイオリニストやピアニスト、ギタリストの手に見られるだけではなく、声楽家の喉、管楽器奏者の口などにもみられます。こうしたジストニアの診療には、楽器演奏に対するある程度の知識がないと難しいようです。例えば、演奏家の手にジストニアが生じ、第 III指が屈曲した形になると、第 II指が伸展して第 III指の屈曲を代償しようとします。このとき、患指がどの指か見極めないといけません。そして、代償のため伸展した第 II指を患指と誤りボツリヌス治療をすると、第 III指の屈曲はますますひどいものになります。

また、”musician’s dystonia” は、診た瞬間診断が確定するわけではなく、ジストニアと紛らわしい他の疾患 (末梢神経障害など) の除外をしないといけません。ジストニアがある疾患に続発しておこる場合があるので、その基礎疾患 (神経変性疾患など) を見逃さないことも重要です。

これらの事を考えると、音楽家のジストニアの診療には、ある程度楽器の演奏に精通した神経内科医に求められる部分が大きい気がします。実は私の知り合いの先生が、こうした診療をしている医師を紹介してくれるとおっしゃってくださったので、折を見て勉強しに行こうか模索しています。音楽家のジストニアの専門的な治療が出来る医師は極めて少ないので、ヴァイオリンを弾く神経内科医として、少しでも力になれればと思います。

さて、音楽家の側から見て、演奏していて楽器を扱う部位に違和感を感じた時、それを克服するために無理をすると、ジストニアを発症ないし増悪させる可能性があります。一旦安静をとり、改善がないようなら、音楽家のジストニア診療に精通した医師の診断を受ける必要があると思います。音楽家生命に関わる疾患であり、適切な対処が求められる疾患でもあるので、もっと広くこの疾患の事が知られることを望みます。

[目次]
本書の必要性

第1章  音楽家のジストニアとは何か?
書痙と同じ疾患か?
音楽家のジストニアはいつ頃から知られていたか?

第2章  音楽家のジストニアとは
初期症状
もっとも特徴的な症状
どのような音楽家が発症するか?
どのような種類の楽器で発症するか?
発症しやすい身体部位はどこか?
症状が現れたときに音楽家はどのように対処したか?
感覚トリック
手のジストニアの特徴
楽器の種類による症状の特徴はあるか?
口唇(アンブシュア)ジストニアの特徴
声楽ジストニアの特徴
どのように進行するのか?
他の動作と副楽器演奏への症状の拡大
ジストニアの進行を防ぐことは可能か?

第3章  どのように診断するか?
病歴
診察所見
楽器演奏中の症状の評価
ジストニアの患指と代償指の診断
除外すべき疾患は?
その他の特発性ジストニアとの鑑別診断
偽性ジストニア
口唇ジストニアの鑑別診断における注意点
喉頭ジストニアの鑑別診断における注意点
どのような補足検査が必要か?

第4章  ジストニアの原因は何か?
精度の高い定型的反復動作、困難と動機づけ、基本的要素
なぜ一部の熟練した音楽家だけがジストニアになるのか?
発見された変化

第5章  ジストニアの心理学的側面
ジストニアの発症を促す心理学的要素は存在するか?
音楽家のジストニアへの対処法は?
ジストニアは心理的な問題を引き起こすか?
心理的な要因によりジストニアの回復が難しくなるか?
周囲の人々はジストニアを理解しているか?
ジストニアが回復すると、感情のバランスも安定するか?

第6章  予防対策

第7章  ジストニアの症状が出たときに何をすべきか?
ジストニアを改善させるための一般的な注意
内服薬
ボツリヌス毒素
神経リハビリテーション
興奮性の調整
外科手術

付録1 私のジストニア闘病記
マルコ・デ・ビアージ:ギタリスト
ジャンニ・ヴィエロ:オーボエ奏者
ジュリアーノ・ダイウト:ギタリスト
フランシスコ・サン・エメテリオ・サントス:ピアニスト

付録2 ジストニアをとりまく法律および労働に関する状況

あとがき
文献
一覧
索引

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多発性硬化症の新薬

By , 2012年9月28日 9:00 AM

インターフェロンβの自己注射が主な治療であった多発性硬化症の治療選択肢が広がりつつあります。

初の経口治療薬フィンゴリモドが 2011年 11月 25日に薬価収載され、日本国内でも保険適応となったのは記憶に新しいところです。

2012年 9月 12日に、FDAが経口治療薬 teriflunomideを承認しました。1日 1回の内服で治療できるというのは便利ですね。2011年 10月のNew England Journal of Medicine (NEJM) に Randomized trialの結果が載っています。

Randomized Trial of Oral Teriflunomide for Relapsing Multiple Sclerosis

Teriflunomide reduced the annualized relapse rate (0.54 for placebo vs. 0.37 for teriflunomide at either 7 or 14 mg), with relative risk reductions of 31.2% and 31.5%, respectively (P<0.001 for both comparisons with placebo). The proportion of patients with confirmed disability progression was 27.3% with placebo, 21.7% with teriflunomide at 7 mg (P=0.08), and 20.2% with teriflunomide at 14 mg (P=0.03). Both teriflunomide doses were superior to placebo on a range of end points measured by magnetic resonance imaging (MRI). Diarrhea, nausea, and hair thinning were more common with teriflunomide than with placebo. The incidence of elevated alanine aminotransferase levels (≥1 times the upper limit of the normal range) was higher with teriflunomide at 7 mg and 14 mg (54.0% and 57.3%, respectively) than with placebo (35.9%); the incidence of levels that were at least 3 times the upper limit of the normal range was similar in the lower- and higher-dose teriflunomide groups and the placebo group (6.3%, 6.7%, and 6.7%, respectively). Serious infections were reported in 1.6%, 2.5%, and 2.2% of patients in the three groups, respectively. No deaths occurred.

Teriflunomideは再発寛解型における年間再発リスクを約 30%減少させる効果が期待されます (ただし、年間再発リスク 30%程度減少が満足できる成績かどうかには議論があるところです・・・)。インターフェロンβと併用して使っている症例が結構あるのが面白いですね。副作用としては、消化器症状、肝機能障害、感染症などに注意する必要があります。

FDAの Teriflunomide承認のニュースが注目を集める一方で、2012年 9月 20日の NEJMに興味深い論文が掲載されました。

Placebo-Controlled Phase 3 Study of Oral BG-12 or Glatiramer in Multiple Sclerosis

At 2 years, the annualized relapse rate was significantly lower with twice-daily BG-12 (0.22), thrice-daily BG-12 (0.20), and glatiramer acetate (0.29) than with placebo (0.40) (relative reductions: twice-daily BG-12, 44%, P<0.001; thrice-daily BG-12, 51%, P<0.001; glatiramer acetate, 29%, P=0.01). Reductions in disability progression with twice-daily BG-12, thrice-daily BG-12, and glatiramer acetate versus placebo (21%, 24%, and 7%, respectively) were not significant. As compared with placebo, twice-daily BG-12, thrice-daily BG-12, and glatiramer acetate significantly reduced the numbers of new or enlarging T2-weighted hyperintense lesions (all P<0.001) and new T1-weighted hypointense lesions (P<0.001, P<0.001, and P=0.002, respectively). In post hoc comparisons of BG-12 versus glatiramer acetate, differences were not significant except for the annualized relapse rate (thrice-daily BG-12), new or enlarging T2-weighted hyperintense lesions (both BG-12 doses), and new T1-weighted hypointense lesions (thrice-daily BG-12) (nominal P<0.05 for each comparison). Adverse events occurring at a higher incidence with an active treatment than with placebo included flushing and gastrointestinal events (with BG-12) and injection-related events (with glatiramer acetate). There were no malignant neoplasms or opportunistic infections reported with BG-12. Lymphocyte counts decreased with BG-12.

新しい経口治療薬 BG-12の第 3相試験の結果です。再発寛解型の多発性硬化症患者に対し、1日 2~3回の BG-12内服、 glatiramer acetate, プラセボを比較しています。BG-12内服で年間再発リスクが 44~51%減少というのは、なかなかの成績だと思います (患者背景、試験デザインが違うので、前記の teriflunomideと単純比較はできません)。副作用としては顔面紅潮、消化器症状、リンパ球減少などが挙げられています。

新薬というのは後に思わぬ副作用が明らかになることがあるので、実際に使用するには慎重でなくてはいけませんが、このように経口で治療できる薬剤の開発がどんどん進んでいるのは、患者さんにとっては朗報です。

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神経病理学に魅せられて

By , 2012年9月26日 7:19 PM

神経病理学に魅せられて (平野朝雄著, 星和書店)」を読み終えました。神経内科医であれば平野先生の名前を聞いた人はいないと思います。神経病理学の日本人パイオニアの一人で、 多くの業績を残しています。毎年、神経病理学の初学者向けにセミナーを開催しており、参加した神経内科医は多いと思います (私は毎回当直でまだ参加できていません・・・)。

平野先生は京都大学第一外科 (荒木脳外科) に入局した後、30ドルと片道切符を持ってニューヨークに向かいました。そこで師事したのが Zimmermanでした。Zimmermanはドイツのエール大学に神経病理部門を創立した後、ニューヨークの Montefiore病院の基礎部門全体のディレークター及びコロンビア大学の病理学教授となった神経病理学の大御所です。Zimmermanは Albert Einstein医科大学の新設に際して、 Einsteinの元を訪れて彼の名を冠する承諾を得て、その大学の初代ディレクターにも就任しているそうです。

平野先生はニューヨークで多くの業績を積み重ねましたが、グアムに滞在し Guam ALS, Parkinsonism-dementia complex (PDC) の疾患概念確立に貢献しました。戦後初めてグアムの地を踏んだ日本人は平野夫妻だったと言われています。その時の仕事は Brain誌に掲載され、米国神経病理学会最優秀論文賞を受賞しましたが、いずれも日本人として初めての快挙でした。またニューヨーク時代、中枢神経の髄鞘構築を明らかにした Journal of Cell Biology論文は、多くの研究者から引用されています。

平野先生について、先輩から聞いた面白い逸話があります。平野先生は教育にも定評があり、多くの日本人が彼のもとに留学しています。ある日本人医師が「神経病理は全くの初心者で何もわかりませんが、勉強しに伺いたいのですが・・・」と問い合わせると、「経験がないのは問題ありません。(「何もわからない」ことに対して、) わかっているなら来る必要はありません」と言われたそうです。

本書は著者が回想するという形式をとっているため、教科書とは違って読みやすいです。神経内科専門医試験を受験するくらいの知識があれば楽しく読めると思います。最後に目次を紹介しておきます。

目次

まえがき

神経病理回想五十年

神経病理学入門までの思い出

  1. 学生時代
  2. 米国でのインターンと neurology residency
  3. 神経病理学に

グアムでの研究 (前編)

  1. グアム島へ
  2. Guam ALS
  3. Parkinsonism-dementia complex (PDC) on Guam

グアムでの研究 (後編)

  1. PDCの神経病理
  2. おわりに

脳浮腫の電顕による考察の回想

中枢神経の髄鞘の構造解析についての回想

  1. はじめに
  2. 末梢性髄鞘
  3. 中枢性髄鞘
  4. 脳浮腫に伴う有髄線維の変化の解析

小脳における異常シナプスの研究を振り返って

  1. Purkinje細胞の unattached spine
  2. 小脳腫瘍

筋萎縮性側索硬化症の神経病理学的研究についての思い出

  1. Bunina小体
  2. Spheroid

家族性 ALSの神経病理

  1. 後索型
  2. Lewy小体様封入体
  3. SOD1

神経系腫瘍の病理診断についての思い出

  1. 内胚葉性上皮性嚢胞
  2. 馬尾部の傍神経節腫
  3. Weibel-Palade小体

AIDSの神経病理についての思い出

あとがき

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ボツリヌス毒素の対側への拡散

By , 2012年9月19日 12:40 AM

不定期チェックしている “Muscle & Nerve” という医学雑誌の 2012年 9月号に、面白い論文が出ていました。

Contralateral weakness following botulinum toxin for poststroke spasticity

脳卒中後の痙縮に対して、ボツリヌス毒素は有効とされています (※ 2010年10月から日本でも保険適応となっています)。ところが、ボツリヌス治療後に対側上肢の麻痺を生じた症例が 2例ありました。

Case. 1

43歳女性。2009年2月発症の出血性脳卒中により右痙性片麻痺が後遺症として残りました。そこで同年 6月からボツリヌス治療を開始しました。2011年1月に第 6回目の治療 (①Triceps (lateral head) 50 U, triceps (long head) 50 U, gastrocnemius 100 U, soleus 100 U, posterior tibial 100 U (400 U/4ml溶解), ②Flexor digitorum sublimis 75 U, flexor digitorum profndus 50 U, lumbricals 25 U, opponens pollicis 25 U, flexor pollicis brevis 25 U, flexor pollicis longus 25 U, extensor hallucis longus 75 U (300 U/2 ml溶解), Total 700 U) を行いました。上腕の筋には Botox 100単位を注射しました (斜体部分)。3週間後に再受診した際、正確な時期はわからないものの、彼女は対側の左上肢に麻痺が出現していたことを告げました。神経伝導検査は正常でした。低頻度反復刺激で 23%の振幅低下 (いわゆる Waning) がありましたが、その 2ヶ月後の再検では正常でした。ボツリヌス治療は、症状が完全に改善するまで延期することにしました。

Case. 2

21歳女性。先天性心疾患のため、2歳時に脳卒中を起こしました。脳卒中による痙性とジストニアがあり、12歳時からボツリヌス毒素による治療を開始しました。当初はボツリヌス 600単位を 3ヶ月ごとに注射していましたが、2009年に著者らのセンターで治療することになりました。2010年9月に 4回目の治療 (①Deltoid 50 U, triceps (long head) 50 U, triceps (lateral head) 75 U, trapezius 50 U, gastrocnemius 150 U, soleus 150 U (525 U/4ml溶解), ②Flexor carpi ulnaris 50 U, lumbricals 50 U, flexor longus 25 U, flexor digitorum brevis 50 U (175/2 ml溶解), Total 600 U) を行いました。左上腕の筋には Botox 225単位を注射しました (斜体部分)。その数日後、彼女は右手の筋力低下を自覚しました。(後になって振り返ると、2010年6月の注射の時にも同様の筋力低下があったようですが、1-2ヶ月で改善していたようです)。神経伝導検査は正常でしたが、低頻度反復刺激では 16%の振幅低下がありました。2ヶ月後くらいから筋力は改善してきたようです。2011年1月にボツリヌス治療をした際は、上腕の筋へは Triceps 50単位にとどめましたが、それでも対側の右上肢の筋力低下が出現しました。そこで、次からは左肘より中枢への注射はやめたところ、筋力低下は見られなくなりました。

Discussion

今回、脳卒中後の痙性に対するボツリヌス治療で、対側の筋力低下をきたした報告は過去に 1例あり、それぞれ 800単位、500単位を Botox注射したことによるものでした。

(※続いて、電気生理学的な検討 (needle EMG, 反復刺激, 過去の single-fiber EMGの報告など) がなされていますが、ちょっとマニアックなので割愛します)

対側上肢の筋力低下をきたした原因は「ボツリヌス毒素の拡散」が最も考えやすいようです。つまり、ボツリヌス毒素が正中を超えて直接浸潤していったものと推測されます。過去には血行性や神経行性とした報告はあるようですが、説得力に欠けます。

今回の症例で使用したボツリヌス毒素の量は、過去の randomized controlled trials (RCT) で用いられた量より多いのですが、これには理由があります。”We Move revised guideline” での成人へのボツリヌスの量は、特に熟練したエキスパートが行った場合、total 600単位以上が推奨されています。きちんと多い量を使うのが最近の流れです。

ボツリヌス毒素の対側への拡散で留意すべきは次の点です。

①高容量を用いた方が、対側への拡散が起こりやすい。

②大量の溶解液に少量のボツリヌス製剤を溶解 (20 U/ml) する方が、少量の溶解液に大量のボツリヌス製剤を溶解 (100 U/ml) するより終板まで拡散させやすい。特に大きな筋肉で終板が同定しづらい場合、効果的である。しかし、その分、対側への拡散のリスクがある。

③身体の正中に近い筋肉の方が、対側への拡散が起こりやすい。

上記を踏まえて、ボツリヌス毒素の投与計画を設計する必要があります。

これらの症例は、日本で一般的に使用するよりかなりの高投与量ですが、上腕の筋に 100単位注射するのは日本の保険適応の範囲内で出来てしまうので、稀な副作用ではありますが注意しておかないといけません。

対側への拡散については、2011年 5月に参加した角館の研究会で既に坂本崇先生が講演されており、改めて研究会のレベルの高さを感じました。

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ALSの治療ターゲット候補 EPHA4

By , 2012年9月16日 8:40 AM

2012年 9月 1日に筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の新規遺伝子 profilin1についての論文をお伝えしました。その論文が発表されたのは 7月15日でしたが、約 1ヶ月後の 8月 26日に、Epha4というタンパク質が ALSの予後と関係していて治療ターゲットになりうることが Nature Medicineに発表されました。

これまでの ALS研究の経緯について簡単に触れると、1993年に家族性 ALSの原因遺伝子として SOD1が同定されて以降、活性酸素除去システムの障害が注目されてきましたが、TDP-43発見が孤発性 ALSを考える上で一つのターニングポイントになりました 。生化学的、あるいは病理学的に大きなブームとして研究される一方で、 FUS/TLS, Optineurin, DAOVCP, Ubiquilin2などの ALS原因遺伝子が立て続けに見つかり、TDP-43との関連が議論されています。2012年にはフィンランドの孤発性 ALSの約 2割に C9orf72の異常が見つかり、非常に大きなインパクトを与えました (日本人には少ないとされています)。また、孤発性 ALSに対して、ADAR2活性低下と RNA編集異常といった切り口での研究も説得力を持って行われています。しかし、残念なことに、まだこれらは治療に結びつく段階ではなく、「どうやったら病気が良くなるのか、進行を遅らせられるか」についての情報は非常に少ないのが現状です。挙げるとすれば、HGF (2012年 6月に臨床試験への参加条件が変更になっています) や Dexpramipexioleなどが、現時点で注目されるところでしょう。

こうした中、「治療」という観点で、Epha4は今後注目されてくることが予想されるので、前述の Nature medicine論文を紹介しておきたいと思います。

EPHA4 is a disease modifier of amyotrophic lateral sclerosis in animal models and in humans

ALSは症例によって予後がかなり違います。家系内での同じ遺伝子変異であってさえ、ばらつきがあります。また、発症年齢も 20~90歳代と幅広く分布しており、遺伝的修飾因子が関係しているものと推測されています。その修飾経路が同定できれば、治療介入のターゲットになるかもしれません。

著者らは、まず SOD1変異遺伝子を発現したゼブラフィッシュで、 morpholinoというアンチセンスオリゴを用いて、ライブラリーに含まれる 303個の遺伝子の翻訳をブロックする実験を行いました。その結果、 SOD1変異による軸索変性をレスキューする遺伝子が 13個見つかりました。最も効果の強かったのが Rtk2でした。Rtk2は ヒトの EPHA4と 67%の相同性があります。Molpholinoで Rtk2のスプライスをブロックする実験でも、SOD1変異による軸索変性レスキューには再現性がありました。また、ヒト EPHA4と 83%の相同性があるサカナ Rtk1パラログを morpholinoにより抑制すると、変異 SOD-1による軸索変性をレスキューしました。

次に、G93A変異を入れたヒト SOD1をマウスに過剰発現させ、Epha4を欠損による効果を調べました。作製した Epha4ヘテロ及びホモ欠損マウスは、脊髄前角細胞数や神経筋接合部の神経支配、筋構造などは正常でした。ただ、Epha4ホモ欠損マウスは、出生第 1週の体重が少なく、出生してくる数も少なかった (※胎生期に問題を起こしている可能性がある) ので、ヘテロ欠損マウスを解析することにしました。その結果、SOD1 G93A+Epha4ヘテロ欠損マウスでは、ただの SOD G93Aマウスと比べ、ALS発症時期や運動機能は変わらなかったものの、生存期間は延長しました。前角細胞や神経筋接合部の正常な神経支配の割合の評価から、 Epha4のヘテロ欠損は、SOD1 G93Aマウスの運動ニューロン変性を遅らせることが示されました。全生存期間の延長はわずかでしたが、発症後の生存期間は 57%延長し、運動能力の増悪は緩やかでした。

実際に遺伝子ノックダウンをしなくても、2,5-dimethylpyrrolyl benzoic acid という薬剤は、morpholinoを用いたゼブラフィッシュでの Rtk1ノックダウンと同等の効果があり、SOD-1変異による軸索変性をレスキューしました。また、SOD1 G93A変異 ALSラットモデルに Epha4阻害ペプチドを脳室内投与すると、疾患の発症が遅くなり、生存期間も延長しました。

そこで、Epha4欠損が運動ニューロンの変性を抑制するメカニズムを調べました。 Epha4は、SOD1を過剰発現したマウスの脊髄運動ニューロンでは検出されますが、アストロサイトやミクログリアでは検出されません。著者らは、マウスの脊髄運動ニューロンでの Epha4を mRNAレベルで定量しました。すると、SOD1 G93A変異で末期まで残存するような傷害されにくい運動ニューロンでは、Epha4の mRNAレベルが通常の運動ニューロンより低いことがわかりました。また、大きな運動ニューロンは小さな運動ニューロンより傷害されやすいとされますが、大きな運動ニューロンは小さな運動ニューロンより Epha4の発現レベルが高いことがわかりました。マウスでの軸索切断実験では、神経再支配は Epha4の発現量依存的に抑制されました。どうやら Epha4は ALSの神経に対して傷害性に働いているようです。

今度は、ヒトの患者ベースで調べることにしました。2925名の ALSの患者と 9605名の正常コントロールを用いた SNP解析では、EPHA locus周囲 900 kbにある 654の SNPsと ALSの感受性に関係は見い出せませんでした。また、生存率、発症年齢に関連した SNPも見つけることはできませんでした。患者血液の解析では、EPHA4の発現が低いほど発症年齢は高かった一方で、 正常コントロールでは EPHA4のmRNAレベルと年齢に相関はありませんでした。重回帰解析では、EPHA4の発現量が低いほうが罹病期間が長そうだということがわかりました。このことから、EPHA4の発現量が低いと、発症年齢や疾患の進行に影響を与えるようです。

家族性 ALS 96名、孤発性 ALS 96名の Direct sequencingでの解析では、21個の変異がみつかり、9個は既知のもので、12個は新規に見つかったものでした。このうち、種によって保存されている R514X (C1540T), R571Q (G1712A) の 2つを更に調べると、これらは正常コントロールには存在しないものだとわかりました。そして興味深いことに、これらの変異は ALSでの例外的な長期生存に関係しているとわかりました (症例1: 56歳で発症して 89ヶ月生存した孤発性 ALS患者は R514X変異あり, 症例2: 43歳で発症して 149ヶ月生存した家族性 ALS患者は R571Q変異あり)。NSC-43という運動ニューロンの不死化培養細胞に 変異EPHA4を遺伝子導入して解析した結果では、nonsense mutationである R514Xは nonsense mutationのため発現がみられず、missense mutationである R571Qではシグナル伝達機能に異常があり、自己リン酸化の障害がありました。

ここまでの知見から、魚、マウス、ラット、ヒト、全てにおいて EPHA4の発現低下は疾患の重篤性を軽減することが示唆されます。著者らは、疾患修飾因子の SNP解析でこの変異が見つからなかったのは、発現がさまざまな要因で制御されているからだと考えています。

TAR DNA-binding protein 43 (TDP-43) をコードする TARDBPは、まれではありますが家族性 ALSの原因遺伝子であり、TDP-43が神経変性に果たす役割には関心が集まるところです。そこで、Epha4とTDP-43の関連を調べました。ゼブラフィッシュの TDP-43 A315T変異による軸索変性に対する実験で、Epha4ノックダウンあるいは Epha4阻害薬は、軸索の伸長障害や異常な枝分かれをレスキューしました。

最後に、ゼブラフィッシュを用いて、Smn1遺伝子ノックダウンでの運動ニューロン軸索異常に対する Epha4の効果について調べました。Smn1ノックダウンは、下位運動ニューロンを侵す脊髄性筋萎縮症 (spinal muscular atrophy; SMA) のモデルとされています。Epha4欠損および Epha4阻害薬は、Smn1ノックダウンによる軸索の表現型をレスキューしました。これらの知見から、Epha4の阻害による保護効果は神経変性の原因によらないものと推測されます。

Epha4阻害薬については更なる研究が必要です。副作用として現在のところ懸念されるのは、Epha4ホモ欠損マウスで見られたような、長期記憶の障害です。

Ephという受容体型チロシン型キナーゼには、A typeとして Epha 1~10, B typeとして Ephb 1~6が存在することが知られています。ここで紹介した Epha4は Eph A typeのうちの一つです。Eph受容体ファミリーには様々な役割がありますが、今回の論文では、どうやら「軸索反発因子」としての作用を抑制することがキーになってくるようです。

Scientists identify new gene that influences survival in ALS

In an exciting, related development, a new ALS gene (profilin-1) identified last month by UMMS scientists works in conjunction with EphA4 in neurons to control outgrowth of motor nerve terminals. In effect, gene variants at both the top and the bottom of the same signaling pathway are shown to effect ALS progression. Together these discoveries highlight a new molecular pathway in neurons that is directly related to ALS susceptibility and severity and suggests that other components of the pathway may be implicated in ALS.

そして、驚くべきことに、Epha4は先日お伝えした profilin1と協力して働くそうです。今後、Epha4-profilinの系は、目が話せませんね。

今回は内容が難解だったので、専門外の方にもわかるように、まとめをしておきます。

①Epha4というタンパク質が、ALSにおいて悪影響を及ぼしているらしく、ALSでの様々な動物モデル (SOD1, TDP-43異常) で Epha4を働かなくすると神経保護作用が見られた。ALS以外の神経変性疾患モデル (Smn1異常) でも、Epha4をノックダウンすると同様の神経保護効果が見られた。

②ALSで進行の遅い患者を調べたら、Epha4に変異が入って、機能しなくなっていた。

③Epha4は、最近新たに見つかった ALSの原因遺伝子 Profilin1と同じ系で働いているらしい。

④Epha4を抑制する作用のある薬剤 (2,5-dimethylpyrrolyl benzoic acid) は既に知られていて、動物実験にも用いられている。

⑤ただし、Epha4を抑制した場合、長期記憶の障害などが問題になるかもしれない。

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バンコマイシン誘発振戦

By , 2012年9月11日 8:22 AM

手足が震える病気というと、一般の方は Parkinson病を思い浮かべるかもしれません。他にも、本態性振戦や甲状腺機能亢進症といった病気が知られています。

しかし、意外と見落とされやすく、忘れてはいけないのが薬剤性です。食思不振などで時折処方されるスルピリド (ドグマチール) や、喘息で処方される β刺激薬など、比較的よく見かけます。

International Journal of Infectious Diseaseという雑誌の 2012年8月号に、抗菌薬 バンコマイシンで、重篤な振戦が出現した症例が掲載されていました。

Severe tremor due to vancomycin therapy: a case report and literature review

Vancomycin is a popular antimicrobial used to treat a variety of Gram-positive infections. Its side effect profile has been well defined due to its high global utilization as a result of the emergence of antimicrobial-resistant organisms in recent decades. Despite its widespread use, however, various idiosyncratic reactions may occur without adequate or universal reporting. We present a case of severe tremor due to vancomycin that has not been previously reported in the literature. Our patient might have been prone to this adverse effect given an underlying essential tremor. Causality is presumed based on the temporal association, while the pathophysiological link remains elusive.

この患者さんは、ベースに本態性振戦があったようです。バンコマイシン点滴で心内膜炎/膿瘍を治療していたところ、2週間くらいして急に全身に激しい振戦を発症しました。その際、リファンピシン、セフトリアキソンが併用されており、バンコマイシン血中濃度は治療域でした。バンコマイシンを中止し、30分ほどで振戦はよくなりました。その後もバンコマイシンを継続しましたが、2回とも同様のイベントが起こりました。

ジフェンヒドラミンを前投薬とし、症状に対してロラゼパムを用いてみましたが、無効でした。イベント 3回とも、バンコマイシンを中止すると症状は改善しました。バンコマイシンをダプトマイシンに変えると、このようなイベントはなくなりました。

考察では、最初にバンコマイシンの副作用がまとめられています。

Common reactions due to vancomycin include ‘red man syndrome’ (an erythematous rash on the face and upper body with or without associated hypotension; a result of histamine release due to rapid drug administration), eosinophilia, reversible neutropenia, and phlebitis. Less common reactions include DRESS syndrome (drug rash with eosinophilia and systemic symptoms), drug fever, Stevens–Johnson syndrome, thrombocytopenia, and vasculitis. Vancomycin-associated nephrotoxicity appears to be dose-related, with increased incidence occurring with high trough levels,2 or when combined with other nephrotoxic agents (e.g., aminoglycosides).

そして、バンコマイシンが原因と推測される振戦について、過去の知見をまとめています。何故振戦がみられるのか、機序については不明とされています。

A subsequent search of the Health Canada adverse events database (Canada Vigilance Summary of Reported Adverse Reactions) searched September 1, 2011, yielded six cases of tremor potentially related to vancomycin therapy. The Summary is a spontaneous voluntary reporting system aimed at detecting signals of potential health product safety issues during the post-market period. Of the six cases identified, the median patient age was 73 years, 67% were female, 33% were documented as serious reactions, and all but one case suspected vancomycin as the sole drug responsible for the adverse event. Associated symptoms included chills, pyrexia, rash, flushing, vomiting, dizziness, and abdominal pain. Doses ranged from 0.5 to 2g every 6–24h, and the duration of therapy ranged from 1 to 14 days. Data on prevalence of renal dysfunction/failure and trough levels were not available.

A similar search of the Federal Drug Administration (FDA) Adverse Drug Events Database (AERS/Medwatch) from 1997 to 2011 yielded a total of 34 reports of tremor in which vancomycin was the primary suspect drug. Thirty-one (91%) cases were in adults, of which 26 (76%) were male. The highest incidence (26%) was observed in those aged 80–89 years. Seventeen (50%) patients required hospitalization, and five (15%) cases were considered to be life-threatening. The most common associated symptoms included chills, pyrexia, dyspnea, and rigors.

また、バンコマイシン同様 MRSAまでカバーするスペクトラムを持つ抗菌薬テイコプラニンでも、軽いものの振戦が出現した報告があるそうです。

One case of tremor was reported in an open efficacy and safety study of teicoplanin – a related glycopeptide.5 Although the tremor was described as mild, therapy was discontinued.

バンコマイシンは、MRSAをカバーしないといけないシチュエーションなどでしばしば使用される抗菌薬ですから、診療科にかかわらず、このような副作用情報は知っておいた方が良いと思います。

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免疫グロブリン大量療法と貧血

By , 2012年9月8日 10:18 AM

2012年9月6日の New England Journal of Medicineに、Guillain-Barré症候群に対する免疫グロブリン大量療法 (IVIg) に合併した重度貧血の 2症例が報告されました。IVIgは溶血性貧血のリスクとして知られています。

IVIG — A Hemolytic Culprit

The administration of intravenous immune globulin (IVIG) is an established treatment for deficiency states and other immune-mediated disorders. It is used extensively in patients with neurologic diseases and is licensed for the treatment of Guillain–Barré syndrome.

Large doses of IVIG have been recognized as a cause of hemolytic anemia, which occurs by means of passive transfusion; this rare complication has been given little attention. We report here on two patients with Guillain–Barré syndrome who were seen in consultation because of acute severe anemia. The patients presented within 1 week of each other.

(略)

Adverse reactions to treatment with IVIG include headache, renal insufficiency, hepatitis C, meningeal irritation, and thrombosis. The passive transfer of anti-A or anti-B antibodies in IVIG has been well recognized,1 as has the transfer of anti-Rh antibodies; passive transfer of antibodies to viral infection, without transmittal of the virus, also occurs. Many clinicians are little aware of this complication and are usually bewildered by the sequelae. It is impractical to evaluate a patient’s serologic state before administering IVIG.

(略)

Hemolysis is self-limiting, and the transfusion of type O packed red cells should be used to treat the anemia.

IVIG contains multiple antibodies that can have unexpected consequences, including hemolysis and false positive results on serologic tests. Physicians should be aware of these rare sequelae so they will be prepared to manage them.

個人的には IVIgでの合併症はまだ経験がありませんが、IVIgは神経内科領域では比較的よく行いますし、こうした合併症の情報は押さえておかないといけませんね。

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在宅医療と凝固異常症

By , 2012年9月2日 7:54 PM

少し古い話ですが、2011年12月28日の通知で、ヘパリンの自己注射が保険診療で行えることになりました。

この保険適応拡大は、不育症に関してはかなり話題になったようです。神経内科領域だとあまり使う機会はないかなぁと思っていたら、2012年早々、私が往診の手伝いをしている神経内科クリニックで、その恩恵を受けることになった患者さんを経験しました。

患者さんは、Trousseau (トルーソー) 症候群という病気でした。総合病院で働く神経内科医であれば、年に数例見かけることのある病気です。悪性腫瘍にともなって凝固異常を来たし、脳梗塞のような血栓症を繰り返します。余談ですが、1865年にこの病気を発見した Trousseau自身、奇しくもその 2年後に胃がんでこの病気になりました。

Trousseau症候群については、2007年の blood誌の総説によくまとまっています。

Trousseau’s syndrome: multiple definitions and multiple mechanisms

さて、この疾患にかかると、血栓症を繰り返し、予後は非常に不良です。マニアックな話をすると、腫瘍マーカー CA125高値の方が脳梗塞を繰り返しやすいと推測されていますが、循環するムチン物質と関係があるようです。

根本的な治療として、癌を取り除くことができれば良いのですが、それが困難なことがしばしばです。結局、多くの場合「血液をサラサラする薬を使って、血栓症を予防する」ことが治療の中心になります。しかし残念なことに、そのための薬剤はヘパリン注射薬が望ましいとされているため、他の問題をクリアして帰宅出来るようになっても、患者さんはヘパリン注射のためだけに入院継続が必要とされるケースがありました。

ところが、今回ヘパリン製剤を自己注射出来るようになったことで、このような患者さんで自宅での治療が可能になりました。癌患者さんの、「できるだけ自宅で過ごしたい」という希望を叶えるのは非常に大事なことです (厳密には、病院で点滴で用いる未分画ヘパリン製剤と、在宅診療で用いる低分子ヘパリンが全く同等に有効かは議論があります)。

私が勤務するクリニックで治療されていた方は、残念ながら最終的に癌のため亡くなられてしまいましたが、最期は自己注射をしながら自宅で過ごすことが出来ました。保険適応拡大になった直後に患者さんに活かせて、非常に記憶に残る症例でした。

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ALSの原因遺伝子 profilin1

By , 2012年9月1日 12:09 PM

2012年 7月 15日の Nature誌に筋萎縮性側索硬化症 (amyotriphic lateral sclerosis; ALS) の新規遺伝子の論文が掲載されました。興味深い内容だったので、論文の内容を紹介します。

Mutation in the profilin 1 gene cause familial amyotrophic lateral sclerosis

ALSの約 10%が家族性で、そのうち約半数は遺伝子が未同定です。著者らは、優性遺伝を示し、既知の ALS原因遺伝子に変異のない、白人とセファルディムの家族性 ALS家系をそれぞれエキソーム解析で調べました。その結果、白人家系で PFN1 (Profilin 1), XPOT (Exportin-T; tRNA exportin) 変異を、セファルディム家系で FMO2 (Dimethylaniline monooxygenase 2), KIF1C (Kinesin-like protein KIF1C), PFN1変異を同定しました。両者の家系で PFN1変異が共通しており、白人家系での変異は C71G、セファルディム家系での変異は M114Tでした。

次に、一般的な ALS原因遺伝子変異が除外されている 272家系の家族性 ALSで、この PFN1変異があるか調べました。 すると 5家系に PFN1変異を認めました。5家系の変異の内訳は、C71Gが 2家系、M114Tが 1家系、G118Vが 1家系、E117Gが 1家系でした。ハプロタイプ解析の結果、C71G家系は共通の祖先を持つらしいことがわかりました。ちなみに PFN1の C71, M114 G118, E117は進化的に保存されています。PFN1変異 (22例) の臨床的特徴としては、発症が 44.7± 7.4歳で、全て limb onsetで、球麻痺型は 1例もいませんでした。

これらの変異が良性の多型ではないことを確認するため、7560例の正常対照群で調べたところ、C71G, M114T, G118V変異は見つかりませんでした。しかし、E117G変異は 3例見つかりました。E117Gが病的かどうかは議論が残りますが、残る 3つは病的な変異と言えます。

続いて、培養細胞に変異を導入して解析を行いました。C71G, M114T, G118V変異を導入された Neuro-2A細胞では、PFN1は NP-40で不溶性画分優位でした。一方で、PFN1 E117G及び wild typeでは可溶性画分優位でした。この SDS抵抗性不溶性画分は PFN1 oligomerであると推測されます。

さらに、Neuro-2A細胞に変異を導入して免疫染色を行ったところ、E117Gを含む全ての変異で細胞質内凝集体が検出されました。これらの凝集体はユビキチン化されていました。Primary motor neuronでは、E117Gでユビキチン化は検出できなかったものの、他の 3つの変異体ではユビキチン化が確認できました。

Primary motor neuronに PFN1変異を導入して形成された凝集体に、他の ALS原因遺伝子産物 FUS, TDP-43及び、脊髄性筋萎縮症関連蛋白 (Spinal muscular atrophy-related protein) SMNが含まれるかも解析しました。凝集体には、FUS及び SMN (※ SMNは PFN1結合能があることが過去に報告されている) は検出されませんでしたが、30~40%の細胞で細胞質に TDP-43陽性 PFN1凝集体が検出されました。TDP-43病理を示した孤発性 ALSの脊髄では、PFN1の異常病理を示さなかったことから、TDP-43の凝集が PFN1の凝集を誘導しているわけではなさそうです。

PFN1はアクチン結合タンパク質なので、アクチン結合能のない変異体 PFN1 H120Eを病的コントロールとして、様々な解析を追加しました。HEK293細胞に PFN1変異を導入したところ、PFN1 C71G, M114T, G118V, H120Eでアクチン結合能が失われているのが確認できました。また、primary motor neuronに変異を導入したところ、C71G, M114T, G118V, H120Eで神経突起及び軸索の伸長が阻害されました。E117Gでも軸索の伸長は阻害されましたが、wild typeとの統計学的な有意差はありませんでした。

軸索の伸長にとって、成長円錐における actin dynamicsの制御は重要であることが知られています。そこで成長円錐に注目してみると、PFN1変異を導入された primary motor neuronでは成長円錐のサイズが約半分になっていました。さらに F actin (fibrous actin: アクチポリマー) と G actin (globular actin: アクチンモノマー) の比を調べたところ、C71Gでは F/G actin比が wild typeの 24.4%まで減少していました。このことから、成長円錐における G-actinから F-actinへの変換の抑制が、PFN1変異での形態学的異常に影響していることが示唆されました。

最後に、他の profilinについても調べました。PFN1は筋肉以外に ubiquitousに発現しています。一方で、PFN2は脳と神経細胞に発現し、PFN3は精巣に発現しています。274例の家族性 ALSについて調べたところ、PFN2, PFN3変異は見つかりませんでした。

まとめです。著者らは ALSの新規遺伝子 PFN1を同定し、変異遺伝子を導入した培養細胞における凝集体について解析し、変異体では軸索の伸長が抑制され成長円錐のサイズが減少することを突き止めました。 これらの知見は、細胞骨格経路の障害が、ALS発症において重要であることを示しています。

プロフィリンは 140アミノ酸からなり、G-アクチンへの結合を介して、F-アクチンの伸長制御に関係しています。もう少し詳しく説明するために、「タンパク質科学イラストレイテッド (竹縄忠臣編、羊土社)」から、プロフィリンに関する部分を抜粋します。

プロフィリン、チモシンβ4は細胞中でアクチンモノマーのプールを作る。プロフィリンは分子量 15000ほどでアクチンの ADP-ATP交換活性ももち、脱重合した ADP-Gアクチンを ATP-Gアクチンに変換することにより重合しやすくする働きももつと考えられている。プロフィリン-Gアクチン複合体は膜のリン脂質 PIP2によって解離されるとされている。酵母から動植物にいたるまで存在する。

これを読むと、プロフィリンの障害により、アクチンが重合しにくくなるのが理解できます。細胞骨格であるアクチンが重合できないと、当然軸索も伸長できません。今回の論文は、「PFN1は ubiquitousに発現しているのに、何故 motor neuronのみを侵す ALSを発症するのか?」という疑問には答えていませんが、PFN1が ALS研究において重要な役者であることは確かなようです。PFN1は VCP, MSN, Huntingtinと直接相互作用することが知られているので、ALSのみならず変性疾患という大きな枠組でも注目を集めることになるかもしれません。

驚くべきことに、PFN1と協調して働く分子が、ALSの治療ターゲットとして 8月26日に報告されました。その論文に関しては、また後日触れたいと思います。

【補足】 C71Gは、71番目の C (システイン) が G (グリシン)  に変異したことを示します。他の変異も、同様に記載しています。これらの記載法が理解できない方は、「変異遺伝子の記述法」から「II. タンパク質レベルでの記載法」をご覧ください。また、アミノ酸の一文字表記については「アミノ酸の名称と略記法」を御覧ください。

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眠れない一族

By , 2012年8月27日 11:13 PM

「眠れない一族 (ダニエル T.マックス著, 柴田 裕之 翻訳, 紀伊國屋書店)」を読み終えました。

Neurology 興味を持った「神経内科」論文 「眠れない一族 (最高にスリリングなプリオン病の本)」

本の内容については、上記リンク先をごらんください。

本書はジャーナリストが書いた本なので、医学知識がなくても読めます。一方で、参考文献は膨大で、きちんと医学雑誌も読み込んで書いています (この辺が日本のジャーナリストとの違い)。医療関係者にも非医療関係者 (特に牛肉を食べる機会のある人) にもオススメ。神経内科医は多分必読です。

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