リバロキサバン (商品名:イグザレルト) の臨床試験 Rocket AFで用いられた INR測定用のデバイスは、患者の出血リスクを低く見積もる可能性が指摘され、2014年にリコールされました。その結果、ワルファリンとリバロキサバンの治療効果を比較した Rocket AFにおいては、ワルファリン群がきちんと目標治療域にコントロールされていなかった可能性が浮上しているようです。少し気になるニュースです。
胃・十二指腸潰瘍や逆流性食道炎の予防や治療にプロトンポンプ阻害薬は効果的であり、臨床現場では頻繁に用いられています。実際に処方していて、副作用を経験することは非常に少なく、安心して使える薬というイメージがあります。ところが、ここ数年、いくつかの疾患リスクを高める報告が相次いでいます。
例えば、2013年4月の JAMA Internal Medicineには、高齢の退院患者の 1年後死亡率上昇と相関している可能性が指摘されていますし、2016年1月の JAMA Internal Medicineではプロトンポンプ阻害薬が、慢性/急性腎臓病、急性間質性腎炎、低マグネシウム血症、クロストリジウム腸炎、市中肺炎、骨折のリスクを高める可能性がまとめて紹介されています。
そんな中、2016年2月15日の JAMA Neurologyにプロトンポンプ阻害薬の使用が認知症のリスクと相関する (hazard ratio, 1.44 [95% CI, 1.36-1.52]; P < .001) という論文が掲載されました。
タイトルだけ見たときはプロトンポンプ阻害薬はビタミンB12欠乏の原因になりうるので、それを介して認知機能低下をきたしている可能性はないのかなと思ったのですが、考察ではその可能性に触れつつ、動物実験でプロトンポンプ阻害薬が脳の βアミロイドレベルを高めることなども紹介しています。
抗血小板薬による消化管出血の予防など、神経内科領域でもお世話になることの多い薬ですが、こうしたリスクを頭の片隅に置いて使っていきたいと思います。ただ漫然と使用するのは避けないといけません。
米国てんかん学会によるてんかん重積の治療ガイドラインが Epilepsy Currents誌の 2016年1/2月号に出たようです。が、これまで我々が行っていたプラクティスと大きく変わる点はなさそうです。
“Evidence level U (Data inadequate or insufficient. Given current knowledge, treatment is unproven. Recommendation: None)” という表記が目立ちます。
Proposed treatment algorithm for status epilepticus
2015年11月22日、死体由来のヒト成長ホルモンを介したアミロイドβ (アルツハイマー病で脳に沈着する蛋白質) の伝播について書きました。
2016年1月26日の Nature Newsに続報が出ていました。スイス、オーストリアからの報告を紹介したものです。
硬膜移植を受け、それが原因で数十年後にクロイツフェルト・ヤコブ病で死亡した患者の剖検脳において、プリオン蛋白に加えて灰白質や血管壁にアミロイドβのプラークが見つかりました。患者らは 28~63歳の患者であり、若者では通常このようなプラークはみられません。硬膜移植を受けず孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病で死亡した患者たちではこのアミロイドβの沈着はみられませんでした。
気がかりなニュースではありますが、普通の接触で伝播するということはなさそうですし、現在ではヒト死体由来の成長ホルモンや人工硬膜は使用していません。しかし、もしこの仮説が本当なら、手術器具を介した感染をどう予防するかなどの問題が生じるようです。
今後の研究を見守りたいと思います。
2015年12月9日の高畠英昭先生の講演は興味深いものでした。脳卒中急性期から食事させることの重要性。
・特別養護老人ホーム利用者で職員がブラッシング指導し、歯科医師が週1回介入すると、2年間で肺炎が 19→11%になる (YoneyamaT et al, Lancet 1999.)。
・反復嚥下テストも水飲みテストも意味がない。「自発開眼、簡単な指示に従う、全身状態安定」となったら、必要に応じて嚥下内視鏡(VE)、嚥下造影(VF)を行いゼリー摂取開始。
・発症直後からの口腔ケアが大事。仰臥位~半側臥位 30°頭部横向きブラッシング・リンシング(100 ml程度の水道水で洗い流し、吸引)
・栄養管理について。FOOD trial:発症1週間以内の経腸栄養は勧められる。(Lancet2005; 365: 764 -72.)、EPaNICtrial:発症早期の静脈栄養は勧められない。(NEJM 2011; 365:506-517. )
・早期から食事摂取を開始し、胃ろうを避けられれば予後も改善するし、大幅に医療費を減らせるのではないか?
・経管栄養を減らせば、無駄な身体抑制をしなくてすむ。
口腔ケアや嚥下内視鏡や嚥下造影などの嚥下評価のことを考えると、神経内科医単独で行うことは難しく、実際には歯科医師、リハビリ科医師、看護師、STなどとのチームを作って行う必要があるのでしょう。
MRIでガドリニウム造影剤を繰り返し使っていると脳へ沈着することがあるという安全性情報が 2015年の夏に FDAから出されました。
このブログのコメント欄に、神田先生がコメントをくださったことがあります。
はじめまして。講演のネタ探ししていて偶然みかけ勉強になりました。
僕自身「正常腎機能でもMRI造影剤が徐々に脳に残っていて画像でも見えるようになってくるよ」という論文を報告していたのですが、この報告もひょっとしたら残留している造影剤と関連するかもしれないですね。大変興味惹かれました。ありがとうございます。
2016年1月号の JAMA Neurology誌にこの問題が取り上げられ、なんと神田先生の論文が引用されていました。
論文中の表がまとまっています。
Gadolinium
これまで膨大な数の検査が行われつつ大きな問題になったことがないので、おそらくそんなに心配しなくてよいとは思っています。造影検査を行わないと診断がつかなかったり、重大な見逃しに繋がるケースはあるので、必要な際は躊躇なく行うべきでしょう。とはいえ、未知数な要素もありますので、「造影検査は必要なときのみ行う」という原則は従来通り貫かれるべきだと思います。
若者に原因のはっきりしない筋炎が流行したのを経験したことがあります。数年前にさいたまで外来をしていた頃で、その時は電気生理検査をしてくれた先生から「何らかのウイルスによる流行性の筋炎だと思う。たまに見かけるよ」と教わりましたが、何のウイルスが原因なのか気にかかっていました。
2015年10月頃、Idatenという感染症のメーリングリストに似たような筋炎の話題が流れ、パレコウイルスではないかと議論されていました。
先日、旧職場の先輩にその話をしたところ、「流行った年に山形の先生が学会で発表していたので、自験例についてアプローチしたことがあるよ。確か、山形の先生達は立派な論文を書いていたよ」と教えてくれました。論文は下記になります。勉強になりました。
筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は原因遺伝子が多く見つかってきていますが、遺伝子変異が同定されていない孤発性の方が圧倒的に多く、現時点では原因は未知と言って良いと思います。
2015年10月1日の Neurology Todayに、ALSの原因がウイルスなのではないかという説が掲載されました。
ヒトゲノムの 8%は数百万年前に感染したヒト内因性レトロウイルス遺伝子 (human endogenous retroviral genes;HERV)、いわゆる「ジャンク DNA」だと言われています。Wenxue Liらは、ALS患者 10名の脳で HERV-Kの転写産物が増えており、アルツハイマー病患者の脳ではそれがみられないことを指摘しました。そして培養細胞に HERV-Kを感染させると、量依存的に細胞毒性や細胞死がみられました。マウスモデルでも、進行する運動ニューロンの障害をきたし、50%のマウスは月齢 10ヶ月で死亡しました。HERV-Kの発現が ALSに関連した遺伝子でもある TDP-43によって制御されていることもわかりました。
本当であれば素晴らしい発見ですが、まだマイナーな説です。他の研究者らの追試の結果を待ちたいと思います。もしこれが正しければ、来年くらいには有名誌にたくさん似たような論文が掲載されるはずです。
栄養障害が原因の脊髄障害としては、ビタミンB12欠乏による亜急性連合性脊髄変性症が良く知られています。一方で、銅欠乏による脊髄障害も稀ながら知られています。
Neurology Clinical Practice誌の2015年8月号のに、銅欠乏による脊髄障害が報告されていることをアブストラクト・ジャーナルで知りました。。
食道/胃部分切除の既往のある男性が、1年の経過で進行する歩行時のふらつきと四肢の末梢神経障害のため受診しました。後索障害を指摘され、Vit.B12、銅、セルロプラスミンが低値でした。ビタミンB12の補充では改善せず、銅の補充で改善しました。この患者はサプリメントとして亜鉛を 1日 80 mg内服していました。そして亜鉛の過剰摂取による銅の吸収阻害と推測されました。
亜鉛の過剰摂取で銅欠乏をきたすこともあるんですね。後索障害の時の問診には注意しなければいけないと思いました。
ちなみに、亜鉛含有の内服薬といえば胃薬のポラプレジンク (プロマック) が有名で、投与が簡単なので亜鉛欠乏のときにはよく処方しますが、こちらの亜鉛含有量は 1日 2回内服で 34 mgのようです。亜鉛欠乏のない患者にルーチンに投与するのは、多少リスクがあるのかもしれないと感じました。
なお、昔はポリグリップにも亜鉛が含有されており、それが原因の脊髄障害も報告されているようですが、2010年からは亜鉛を含有しないようにされているようです。
グラクソ・スミスクラインは4日、入れ歯安定剤「ポリグリップ」シリーズのうち、「新ポリグリップEX」(40g、70g)の販売を中止し、店頭から自主回収することを発表した。
同品には粘着性を高める目的で、亜鉛が含有されている。人体に必要な栄養素ではあるが、長年にわたって過剰に亜鉛を含有した入れ歯安定剤を使用することで、亜鉛の過剰摂取による貧血や神経症状を起こすことが、最近の文献で報告されている。
定められた使用方法(1日1回3cmまで)に基づき使用する限りは、安全性に問題がないものの、中には長期間にわたって過剰に使用するケースもあることを踏まえ、「健康被害への潜在的なリスクを最小化することを最優先し、予防的な措置として販売の中止を決めた」(同社)としている。
なお、入れ歯安定剤で亜鉛を使用していない「新ポリグリップ無添加」「新ポリグリップS」「ポリグリップパウダー無添加」「ポリデント入れ歯安定剤」については、従来通り継続して販売する。今後、これら製品群には亜鉛を含んでいないことを、パッケージに表記していくという。