心臓血管外科のある病院で働いていると、心臓手術の合併症としての脳梗塞に遭遇することがたまにあります。脳卒中自体は普段の診療で慣れていても、心臓手術に合併した脳卒中について勉強したことはありませんでした。2014年4月2日に Published onlineとなった Lancet neurologyの総説がよく纏まっています。
・Management of perioperative risk for ischemic stroke
<Assessment of risk (stroke)>
周術期の脳卒中リスクは、①弁置換 (短期間のリスク) 大動脈弁 4.8%, 僧帽弁 8.8%, 複数弁 9.7%, ②CABG CABG単独 3.8%, CABG+弁手術 7.4%, CABG後脳卒中 1-5% (ただし糖尿病があると 5年間で 5.2%)
<Planning of interventions for coronary artery disease: CABG versus PCI>
CABGと PCIの合併症を比較した 3つの臨床試験がある。
①SYNTAX trial (3-vessel disease or left main disease): 脳卒中は CABG>PCI (drug-eluting stent), 心血管+脳血管イベントは PCI (drug-eluting stent)>CABG
②FREEDOM trial (diabetes and multivessel coronary disease): 脳卒中 CABG (5.2%)>PCI (2.4%),5年後のエンドポイントにおける死亡・脳卒中・心筋梗塞は PCI>CABG
③ASCENT study: 4年間の死亡率 PCI>CABG, 脳卒中は不明
→Meta-analysis: benefitは CABG>PCI, ただし個々の症例に応じて判断されるべき
<Off-pump surgery versus cardiopulmonary bypass>
手術 30日後の脳卒中や死亡は、on-pump=off-pump (systematic review)
そのほかいくつかの研究で、 stroke rate, neurocognitive outcome, composite outcome (mortality含む) で on-pumpと off-pumpの差はない。
→人工心肺そのものは stroke riskではない
<Pharmacological therapies to reduce risk>
心臓手術では、術前か術後 6ヶ月以内にアスピリンを開始するのが一般的。Revascularisationの 48時間以内にアスピリンを開始した場合、周術期の stroke riskは 2.6%→1.3%に低下する。
2013年の meta-analysisでは、CABGに対する statinの使用は、心房細動、病院滞在期間、stroke, 死亡を減少する (2012年の Cochrane reviewではstroke, 死亡は減少しない)。
→周術期の strokeと非神経的学的合併症を減らすためstatinを投与すべき (class 1, level A)
<Atrial fibrillation>
CABG後、約半数の患者に心房細動が起こる (術後 2日目が最も多い, 2011ACCF/AHA Guideline)。術前の心房細動は、術後早期と晩期の stroke riskとなる。術後心房細動は、術後晩期の stroke riskとなる。
心房細動予防には、posterior pericardiotomyや薬物治療などがある。β-blockerが class I, level Bであり、amiodaroneが第二選択である。Metoprorol, sotalol, magnesium, amiodarone, statin, atrial pacing, posterior pericardiotomyは全て心房細動を減らすが、strokeは減らさない。
その他、左心耳に対する様々な実験的アプローチが行なわれている。
<Occlusive cerebrovascular disease>
脳動脈硬化の合併は心臓手術患者の脳卒中リスクを上げる。頸動脈の 50-99%狭窄もしくは閉塞があると、周術期脳卒中リスクは 7.4%になる (meta-analysis)。そのうち、症候性もしくは頸動脈閉塞を除くと脳卒中リスクは 3.8%になる。
2011ACCF/AHA guidelineでは、頸動脈狭窄患者への術前の総合的評価 (class I, level C)、ハイリスク患者への頸動脈超音波検査 (class IIa, level C)、症候性頸動脈疾患患者に対する頸動脈及び冠動脈血行再建術の組み合わせ (class IIa, level C) を推奨している。脳卒中の既往がない両側高度狭窄、もしくは片側の高度狭窄と対側の閉塞がある無症候性患者は、頸動脈血行再建術を考慮されるかもしれない (class II, level C)。
<Aortic valve surgery>
経カテーテル的大動脈弁置換術と開胸大動脈弁置換術比較した PARTNER trialが行われた。死亡率は約25% (1 year), 35% (2 year) だった。
all TIA/stroke (2 year) 経カテーテル的大動脈弁置換術 11.2%, 開胸大動脈弁置換術 6.5%
only stroke (1 year) 経カテーテル的大動脈弁置換術 6.0%, 開胸大動脈弁置換術 3.2%
・Intraoperative management to minimize stroke
<Optimisation of blood pressure>
術中の平均動脈圧を 80 mmHg以上に保つと神経学的合併症の減らせるかもしれない。
<Intraoperative cerebral monitoring>
持続的に脳血流をモニタリングすることはできないので、さまざまなもので代用されている。脳波は広範にモニターできるが、局所の虚血を検出できないのと、術中の低体温の影響を受ける。脳波の他には、近赤外線分光法などの方法がある。
<Hypothermic versus normothermic cardiopulmonary>
人工心肺中の低体温療法による脳卒中予防効果は証明されていない。急速な復温は脳損傷のリスクになるかもしれないので、緩徐な復温が推奨される。
<Transoesophageal echocardiography and epiaortic ultrasound>
経大動脈壁エコーは、徒手触診法や経食道心臓超音波検査より動脈硬化の評価に有用である。経大動脈壁エコーは、大動脈のアテローマを検出する直感的方法として class II, level Bとされているが、神経学的予後を改善するかどうかの研究はほとんど行なわれていない。
<Neuraxial analgesia>
硬膜外麻酔は、心臓手術中の上室性不整脈や呼吸器合併症を減らすが、神経認知的合併症を減らさなかった (meta-analysis)。最も大きなRCTでは効果を示せなかった。結局、人工心肺中に高用量のヘパリンを用いる心臓手術では血腫形成のリスクもあり、稀にしか用いられない。
<Haemodilution and transfusion>
かつては輸血による合併症の防止の為、極端な術中血液希釈 (Hct<18%) が行なわれていたが、脳卒中や術後認知機能障害が増加したので一般的には行なわれなくなった。
TRACS trialでは、Hct 24%以上と 30%以上での神経学的合併症は有意差がなかった。胸部外科学会のガイドラインでは、人工心肺使用時ヘモグロビン 6 g/dl以上、術後ヘモグロビン 7 g/dl、臨床的な必要に応じて個別に調整して用いるように推奨している。
<Glycaemic control>
術中の高血糖は脳卒中を含む予後不良と相関する。ただし、術中の厳格な血糖コントロールが神経学的な予後を改善するわけではなく、低血糖や死亡率が増えるので、術中術後の血糖値はせいぜい 9.99 mmol/l以下で維持することが推奨される。
・Treatment of acute ischemic stroke in the perioperative setting
Strokeガイドラインは、大手術から 14日以内の全身性血栓溶解療法 (アルテプラーゼなど) を認めていない。
<Clot or embolus extraction>
血栓除去機器は、Merci Retriever, Penumbra System, Trevo, Provue Retriever, Solitaire Deviceが FDAから認可されている。これらの治療は発症から 8時間以内に遂行されなければならない。SWIFT trialの結果、Solitaire stent retrieverは helical Merci deviceよりも血栓除去や神経学的予後において優れていた。また、TREVO2 studyでは、Trevo Pro stentは Merci retrieverよりも再開通率が優れていた。Stent retriever deviceは helical deviceより優れているようだ。
血栓除去療法では全身麻酔が好んで用いられるが、急性期脳梗塞治療時の全身麻酔は予後悪化と関連している。これはおそらく脳還流低下 (収縮期血圧 140 mmHg未満) によるものかもしれない。
・Therapeutic hypothermia for global hypoxic-ischaemic cerebral injury
人工心肺や急性期脳梗塞での低体温療法では証明されていないが、院外心肺停止後での治療には強いエビデンスがある。多くの施設では深部体温 32-34℃, 24時間を目標にしている。33℃の低体温と 36℃での通常温管理では、死亡や神経学的予後に差がなかったとする研究もあるが、このような患者ではどちらの体温を選ぶにせよ体温管理が必要であり続けることははっきりしている。
・Neurocognitive complications: delirium and cognitive decline
周術期予後は改善されてきたが、幻覚や認知機能障害といった術後合併症はいまだに一般的にみられ、半数以上の患者に影響を与えうる。
<Postoperative delirium>
術後幻覚は、高齢、女性、低教育歴、認知機能スコア低値、高共存疾患指数の患者で起こりやすい。MMSEは、術後 2日目で著明に低下し、3~5日目に上昇してくる。最初の半年間でゆるやかに改善し、6~12ヶ月で安定する。術後幻覚のない患者は術後 1ヶ月以内に認知機能がベースラインに戻るが、術後幻覚があると 1年でももとに戻らない。術後幻覚は、死亡率上昇、認知機能低下、QOL低下と関係している。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬のリバスチグミンは、幻覚を予防せず、死亡率を上昇させた。精神安定剤による予防は有効である。リスペリドンは、亜症候性幻覚がはっきりとした幻覚になるのを抑制した。人工呼吸器患者へのプロポフォールも幻覚を減らす。
<Postoperative cognitive decline>
術後認知機能障害にはいくつかの議論がある。
- 異なった研究で異なったスコア閾値を用いている
- 術後認知機能障害というのは臨床診断ではなく、正式な高次脳機能検査をしないと診断できない。
- いくつかの研究では、手術を受けていないコントロール患者との比較がなされておらず、手術を受けなくても認知機能が落ちていた可能性がある。
<Mechanisms of neurocognitive injury>
遺伝子/タンパク質解析:CRP, P-selectinの遺伝子多型あり。APOE4の遺伝子多型は予測因子ではなかった。
髄液:S100β, tau, amyloid βとの関連がある
MRI:拡散強調像で多発微小塞栓がみられる。いわゆる無症候性脳卒中は 70%の患者にみられるが、これらの所見は臨床的脳卒中や認知機能低下と関連はなさそうである。心臓手術を別として、脳還流の低下と認知機能障害には関係があるようだ。
結構奥深い分野なのだなと思いました。心臓血管外科医と神経内科医の狭間の領域で、あまりお互いが手を出していない分野なのかもしれません。特に、術後の認知症の分野などは、まだ未知のことが多くあるように思います。