Category: 神経学

Cell-based assayによる抗AChR抗体の検出

By , 2015年4月24日 5:58 AM

JAMA neurologyに興味深い論文が載っていました (2015年4月20日 online published)。

Clinical Features and Diagnostic Usefulness of Antibodies to Clustered Acetylcholine Receptors in the Diagnosis of Seronegative Myasthenia Gravis

抗AChR抗体陰性 (と抗MuSK抗体) が Radioimmunoprecipitation assay (RIPA) で陰性だった重症筋無力症患者 42名に対して、HEK細胞の表面に AChRを発現させる Cell Based Assayで検査したところ、16名 (38.1%) で抗 AChR抗体が検出できたという報告です。検査法によってここまで抗体の検出率が違うのかと驚きました。この研究の結果を見ると、これまではかなりの患者で抗 AChR抗体が見逃されてきたことになります。もちろん、重症筋無力症の診断は抗体のみでなされる訳ではありませんが。

日本では通常 SRLなどの検査機関で抗 AChR抗体を調べると思います。SRLでの検査法がどうなっているのか調べた所 RIA法でした。この論文のように Cell based assayでも検査できるようになれば、検査の精度が改善するかもしれません。

MG cell based assay

MG cell based assay

なお、この研究では抗 LRP4抗体も調べています。日本では、以前お伝えしたとおり抗 LRP4抗体は川棚医療センターで測定頂けます。

神経疾患における自己抗体等の測定

(参考)

神経内科のトレンド2011

autoimmune autonomic ganglionopathy

Post to Twitter


OPA1変異とパーキンソニズム

By , 2015年4月21日 8:19 AM

Annals of Neurologyの “accepted article” の欄に、興味深い論文が掲載されていました。

Syndromic parkinsonism and dementia associated with OPA1 missense mutations

OPA1や Mfn2はミトコンドリア外膜に存在しミトコンドリアの融合に関係する蛋白質で、これが分解されると膜電位の維持できない不良なミトコンドリアが健常なミトコンドリアと融合しなくてすむメリットがあります。ミトコンドリアの膜電位が低下すると、これらの蛋白質は parkinによってユビキチン化を受け、プロテアソームやオートファジーによって分解されます。parkinを活性型にするのが PINK1という蛋白質です。

PINK1→(リン酸化) →parkin→ (ユビキチン化) →OPA1, Mfn2・・・・

この中で、PINK1, parkinはパーキンソン病の原因蛋白質として知られていますが、OPA1変異では常染色体優性視神経萎縮となり、Mfn2変異では視神経萎縮を合併した Charcot-Marie-Tooth 病 (CMT2A) となります。OPA1の GTPase domain 変異は視神経萎縮に加えて重度の感音性難聴、小脳失調、軸索性運動感覚ニューロパチー、慢性進行性外眼筋麻痺、ミトコンドリア筋症を含む DOA-plus 症候群を合併することは過去に報告されていましたが、何故 parkinの下流にある蛋白質の変異でパーキンソン病にならないのだろう・・・とこれまで疑問に思っていました。

ところが、OPA1変異でパーキンソニズムを呈した 2家系が、ボローニャとメッシーナから報告されました。両家系の発症した患者は、20 ~ 30 歳代で若年性高血圧、パニック発作を伴う不安症、30 ~40 歳代で緩徐進行性の眼瞼下垂と眼筋麻痺、ミトコンドリア筋症、末梢神経障害、小脳萎縮、失調、感音性難聴を来しました。そして、高齢になるとパーキンソニズムや認知症を合併した患者が 6 人おり、MRI でびまん性皮質萎縮 、DAT scan での異常を伴っていました。いずれの家系でも、著明な視力低下や視神経萎縮を来したのは 1 名ずつに過ぎませんでした。

このように、通常 OPA1変異でみられるはずの常染色体優性視神経萎縮がほとんどみられず、パーキンソニズムが高率に見られたというのは、非常に興味深いことと思います。患者由来の線維芽細胞の解析では、オートファジー (mitophagyを含む) の亢進が示されていましたが、これが発症にどう影響を与えているのかはこれからの問題だと思います。ひょっとすると、GTPase domain近傍の変異という部位も意味を持っているのかもしれませんね。なお、今回の症例では、parkin, PINK1遺伝子に変異がないことは確認されています。また、その他のミトコンドリア遺伝子に変異がないことも確認されています。

ということで、私にとってこの論文のツボは下記の点でした。

・ミトコンドリア異常症が多彩な表現型を示すこと
・parkin-PINK1 の下流に存在する OPA1 の変異でパーキンソニズムが出現したこと
・ミトコンドリア異常と変性疾患の関連が示唆されること

Post to Twitter


補体 C8欠損と Neisseria感染

By , 2015年4月10日 6:16 AM

2015年4月9日の New England Journal of Medicine (NEJM) の MGH case recordsが、Neisseria meningitidisによる髄膜炎でした。補体 C8欠損があると、Neisseria属による感染を起こしやすいんですね。以前、ほぼ同じ症例を経験したので、その時のことを思い出しながら読みました。

Case 11-2015 — A 28-Year-Old Woman with Headache, Fever, and a Rash

細菌性髄膜炎について勉強する方には、少し古いですが下記の論文が御勧めです。700例近い細菌性髄膜炎を解析し、それぞれの症状の出現する割合 (例えば、頭痛 87%, 38℃以上の発熱 77%, 皮疹 26%など) や、予後の良い群と悪い群の比較 (例えば、予後の悪い群では髄液細胞数が少ないなど) の記載があり、勉強になります。

Clinical features and prognostic factors in adults with bacterial meningitis.

Post to Twitter


前頭側頭葉変性症

By , 2015年4月9日 6:27 AM

2015年3月19日の New England Journal of Medicine (NEJM) の MGH case recordsが、前頭側頭葉変性症 (FTLD) でした。

Case 9-2015 — A 31-Year-Old Man with Personality Changes and Progressive Neurologic Decline

認知症の診断を進める際の基本的事項と、前頭側頭型認知症について良く纏まっていました。

・初発症状から、最初に脳のどの部位が侵されたかわかる。症状や、脳のどの部位が侵されたかを調べれば、病因が推測できる。

・認知症の鑑別として、うつ病、統合失調症、Creutzfeldt-Jakob病、貧血、ビタミンB12欠乏、甲状腺機能異常、肝障害、腎障害、梅毒、感染症 (Lyme病など), Huntington病、Wilson病、脂質代謝異常症、他の晩発性先天性代謝異常症、白質変性症などが挙げられる。

・前頭側頭型認知症が左脳から発症するときは、原発性進行性失語症を呈する。右脳から発症するときは、精神症状を呈する (behavior variant; 行動型)。”disinhibition”, “apathy”, “loss of sympathy and empathy”, “repetitive behaviors”, “hyperorality”, “loss of executive function” のうち、3つの症状が存在すれば、前頭側頭型認知症の疑い診断を下すことができる。

・前頭側頭型認知症のほとんどは孤発性だが、 10~15%に常染色体優性遺伝を示すものがある。

・前頭側頭型認知症の 3つのサブタイプは、tau, TDP-43, FUSという 3つタイプの封入体に基づく。

・Tauは、しばしばパーキンソニズムを合併するが、ALSは合併しない。一方で、TDP-43や FUSは前頭側頭型認知症と ALSをより合併しやすい。

・Pick病は Tau病理 (tau-3R) を呈する。典型的には 50~70歳代に発症し緩徐に進行する。稀に家族性である。

・前頭側頭型認知症のいくつかの型が、progranulin遺伝子変異と運動ニューロン疾患を伴うものを含め、TDP-43と関連している。前頭側頭型認知症行動型の TDP-43サブタイプは一般的である。発症は通常 70歳代始めである。

・前頭側頭型認知症と ALSで家族性のものはしばしば C9ORF72の 6塩基反復による。この型は、TDP43 type Bと関連している。カリフォルニア大学で治療された常染色体優性の前頭側頭型認知症の 53%にこの変異がみられた。この変異の患者では、前頭側頭型認知症より ALSが一般的で、通常 MAPT変異や progranulin変異の患者より高齢発症である。MAPT変異は浸透率が高い。

・FUSサブタイプは、前頭側頭型認知症の約 5%程度である。FUS変異は、前頭側頭型認知症よりも ALSを発症しやすい。若くして発症する前頭側頭型認知症はしばしば FUSサブタイプである。発症は 30~40歳代で、30%に精神病を合併する。

この論文の症例が前頭側頭型認知症であることは、神経内科医であればひと目と思いますが、表現型から遺伝子を考察していくプロセスが、(それが的中するかどうかは別として) とても勉強になりました。また、論文中に “sagging brain syndrome” という用語が登場しましたが、初耳だったので押さえて置こうと思います。

Post to Twitter


Tauroursodeoxycholic acid

By , 2015年4月2日 6:14 AM

筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の新規治療薬 Tauroursodeoxycholic acid (タウロウルソデオキシコール酸, TUDCA) のパイロット研究の結果が、European Journal of Neurology誌に掲載されました (2015年2月9日 published online)。ウルソデオキシコール酸 (商品名 ウルソ) は胆汁うっ滞、肝機能障害の治療で良く用いますが、タウロ・ウルソデオキシコール酸の名前は初めて聞きました。肝臓で産生される親水性の胆汁酸で、脂肪肝の治療に用いられる薬剤なのだそうです。細胞保護や抗アポトーシス作用があるそうです。

Tauroursodeoxycholic acid in the treatment of patients with amyotrophic lateral sclerosis.

リルゾールを内服中の 34名の ALS患者に、TCDUAないしは プラセボを上乗せした。3ヶ月後に評価し、一次アウトカムは ALSFRS-Rスコアのスロープの 15%以上改善、二次アウトカムは群間比較 (ALSFRS-Rスコア、ALSFRS-Rスコアの線形回帰スロープ、有害事象) とした。両群間の有害事象に差はなく、効果があったのは、TUDCA 87%, プラセボ 43% (P=0.021) だった。ベースラインを調整した試験終了時の ALSFRS-Rは、TUDCA群で有意に高かった (p=0.007)。線形回帰スロープでは、TUDCA群の方が有意に進行が遅かった (P<0.01)。

この結果だけ見るとかなり期待が持てそうですが、まだパイロット研究の段階に過ぎないので、この知見を基に今後の臨床研究につなげていく必要があります。ちなみに、このパイロット研究は、Nature Reviewsでも紹介されているようです。

TUDCA shows early promise for the treatment of amyotrophic lateral sclerosis

ALSの新規治療薬の話題でもう一つ。チロシンキナーゼ阻害薬 Masitinib (マシチニブ) の第三相試験が現在行なわれており、FDAから希少疾患薬の指定 (Orphan Drug Designation) を受けたそうです。

AB Science: Masitinib Receives Orphan Drug Designation for Amyotrophic Lateral Sclerosis from FDA

良い結果が出て欲しいですね。Masitinibは、ネットで検索すると犬や猫の肥満細胞腫でも用いられている薬剤のようで、薬というのは一見関係なさそうに見える疾患で効果が期待されたりするのが面白いところです。関係なさそうな疾患で効果があった事例としては、パーキンソン病に対する抗てんかん薬ゾニサミド、びまん性汎細気管支炎に対するマクロライド系抗菌薬など、枚挙に暇がありません。

Post to Twitter


音楽大学生における音楽家のジストニアの実態調査

By , 2015年4月1日 6:10 AM

ロベルト・シューマンがピアニストの道を諦め、作曲家になったのは「音楽家のジストニア」のためだったと言われています。現代だと、レオン・フライシャー が有名ですね。

海外のデータでは、音楽家の数% (約 1~5%) が罹患し、その半数が演奏家の道を諦めるといわれています。早期の治療開始が重要なのですが、この疾患が比較的良く知られているヨーロッパですら、音楽家のジストニアを正しく診断できたのは整形外科医 7.2%, 神経内科医 70.2%, 一般医 3.2%だったという報告があります。患者側、医療関係者側双方に啓蒙活動が必要ですね。ちなみに、現在ではリハビリを中心とした治療法が発達しつつあり、以前と比べるとかなり予後が改善してきているようです。

さて、今回臨床神経学 55巻 4号に掲載された論文。日本でも音楽家におけるジストニアの有病率は海外とほぼ同じということが明らかにされました。ヨーロッパと比べて「音楽家のジストニア」の知名度が低い日本で、こういう情報を発信していくことは、とても重要なことだと思います。

音楽大学生における音楽家のジストニアの実態調査

(概要) 日本での音楽家のジストニアについての調査。音大生 580名にアンケート用紙を送り、有効回答率 97.9%であった。本調査では「音楽家のジストニア」との疾患を認識している学生は対象者の 29%であった.また 1.25%の学生にジストニアの経験があることが示された.

Post to Twitter


頭内爆発音症候群 (exploding head syndrome)

By , 2015年3月23日 5:47 PM

仕事の合間に、図書館で国内の医学雑誌をパラパラ眺めていたら、2010年1月号の Brain Nerve誌に、面白い症例報告が載っていました。その名も、「頭内爆発音症候群」。「夜間、うとうとしている際に頭の中で急激な爆発音を感じるもしくは頭蓋内で爆発が起こった感覚を持つという病態」なのだそうです。非常に稀らしく、病因は不明であるものの片頭痛との関連が示唆されているそうです。世の中には、まだまだ知らない病気がたくさんあるんだなぁ・・・と思った次第でした。

以下、診断基準を引用。

Diagnostic criteria of exploding head syndrome ICSD, 2nd edition (AASM)

A. The patient complains of a sudden loud noise or sense of explosion in the head either at wake-sleep transition or upon waking during the night.

B. The experience is not associated with significant pain complaints.

C. The patient rouses immediately after the event, usually with a sense of fright.

Note: In a minority of cases, a flash light or myoclonic-jerk may accompany the event.

Post to Twitter


脳梗塞発症 3-4.5時間における rt-PA療法

By , 2015年3月19日 7:43 AM

2015年3月17日の British Medical Journal (BMJ) に興味深い論文が掲載されていました。

Thrombolysis in acute ischaemic stroke: time for a rethink?

脳梗塞に対する血栓溶解療法 (rt-PA) は、最初に 3時間以内で認可され、後に 4.5時間以内に拡大された経緯があります。現在、日本アメリカ AHA/ASAのガイドラインでは、発症 4.5時間以内の血栓溶解療法を強く推奨しています。ところが、発症 3-4.5時間での rt-PA療法については未だに議論があるところで、ガイドラインによっては、弱い推奨だったり、通常考慮すべきではないという扱いだったりするようです。

この BMJ論文では、発症 3-4.5時間での rt-PA療法の安全性や有効性について再検討しています。まず、「強く推奨する」AHA/ASAガイドラインの根拠になった ECASS-IIIはベースラインの群間の違いがバイアスを生んでいるのではないかという意見があります。また、AHA/ASAガイドラインでは、IST-3について言及していますが、そのトライアルの 3-4.5時間でのデータについては言及していません。著者らが発症 3-4.5時間での rt-PA療法についてサブグループ解析をしてみると、信頼区間 95%で機能予後悪化は Odds比 0.76, NNH 16でした。また、2014年の meta-analysisについては、機能予後を改善するという結果を信用するには問題点が多く、一方で致死的な脳出血などの害は確実に存在するとしています (NNH 44)。

このように、脳梗塞発症 3-4.5時間以内における rt-PA療法については未だに難しい問題を孕んでおり、臨床医にとって「ガイドラインに書いてあるからやればいい」という単純な問題ではないことがよくわかります。大事なのは、発症 3時間以内であれば可能な限り早く血栓溶解療法を開始すること、3-4.5時間については議論があることを前提に適応を検討する、ということなのでしょうね。

Post to Twitter


髄液検査とマスク

By , 2015年3月12日 7:28 AM

髄液検査をするとき、検査を行う医師のマスク着用は基本です。マスクを着用しなかったことによる、医原性髄膜炎が複数報告されているそうです。詳しくは、下記ブログ記事と、そこに紹介された論文リンクを御覧ください。

医療者の口や鼻からの感染予防

Post to Twitter


Neurological complications of cardiac surgery

By , 2015年2月24日 10:06 PM

心臓血管外科のある病院で働いていると、心臓手術の合併症としての脳梗塞に遭遇することがたまにあります。脳卒中自体は普段の診療で慣れていても、心臓手術に合併した脳卒中について勉強したことはありませんでした。2014年4月2日に Published onlineとなった Lancet neurologyの総説がよく纏まっています。

Neurological complications of cardiac surgery

・Management of perioperative risk for ischemic stroke

<Assessment of risk (stroke)>

周術期の脳卒中リスクは、①弁置換 (短期間のリスク) 大動脈弁 4.8%, 僧帽弁 8.8%, 複数弁 9.7%, ②CABG CABG単独 3.8%, CABG+弁手術 7.4%, CABG後脳卒中 1-5% (ただし糖尿病があると 5年間で 5.2%)

<Planning of interventions for coronary artery disease: CABG versus PCI>

CABGと PCIの合併症を比較した 3つの臨床試験がある。

①SYNTAX trial (3-vessel disease or left main disease): 脳卒中は CABG>PCI (drug-eluting stent), 心血管+脳血管イベントは PCI (drug-eluting stent)>CABG

②FREEDOM trial (diabetes and multivessel coronary disease): 脳卒中 CABG (5.2%)>PCI (2.4%),5年後のエンドポイントにおける死亡・脳卒中・心筋梗塞は PCI>CABG

③ASCENT study: 4年間の死亡率 PCI>CABG, 脳卒中は不明

→Meta-analysis: benefitは CABG>PCI, ただし個々の症例に応じて判断されるべき

<Off-pump surgery versus cardiopulmonary bypass>

手術 30日後の脳卒中や死亡は、on-pump=off-pump (systematic review)

そのほかいくつかの研究で、 stroke rate, neurocognitive outcome, composite outcome (mortality含む) で on-pumpと off-pumpの差はない。

→人工心肺そのものは stroke riskではない

<Pharmacological therapies to reduce risk>

心臓手術では、術前か術後 6ヶ月以内にアスピリンを開始するのが一般的。Revascularisationの 48時間以内にアスピリンを開始した場合、周術期の stroke riskは 2.6%→1.3%に低下する。

2013年の meta-analysisでは、CABGに対する statinの使用は、心房細動、病院滞在期間、stroke, 死亡を減少する (2012年の Cochrane reviewではstroke, 死亡は減少しない)。

→周術期の strokeと非神経的学的合併症を減らすためstatinを投与すべき (class 1, level A)

<Atrial fibrillation>

CABG後、約半数の患者に心房細動が起こる (術後 2日目が最も多い, 2011ACCF/AHA Guideline)。術前の心房細動は、術後早期と晩期の stroke riskとなる。術後心房細動は、術後晩期の stroke riskとなる。

心房細動予防には、posterior pericardiotomyや薬物治療などがある。β-blockerが class I, level Bであり、amiodaroneが第二選択である。Metoprorol, sotalol, magnesium, amiodarone, statin, atrial pacing, posterior pericardiotomyは全て心房細動を減らすが、strokeは減らさない。

その他、左心耳に対する様々な実験的アプローチが行なわれている。

<Occlusive cerebrovascular disease>

脳動脈硬化の合併は心臓手術患者の脳卒中リスクを上げる。頸動脈の 50-99%狭窄もしくは閉塞があると、周術期脳卒中リスクは 7.4%になる (meta-analysis)。そのうち、症候性もしくは頸動脈閉塞を除くと脳卒中リスクは 3.8%になる。

2011ACCF/AHA guidelineでは、頸動脈狭窄患者への術前の総合的評価 (class I, level C)、ハイリスク患者への頸動脈超音波検査 (class IIa, level C)、症候性頸動脈疾患患者に対する頸動脈及び冠動脈血行再建術の組み合わせ (class IIa, level C) を推奨している。脳卒中の既往がない両側高度狭窄、もしくは片側の高度狭窄と対側の閉塞がある無症候性患者は、頸動脈血行再建術を考慮されるかもしれない (class II, level C)。

<Aortic valve surgery>

経カテーテル的大動脈弁置換術と開胸大動脈弁置換術比較した PARTNER trialが行われた。死亡率は約25% (1 year), 35% (2 year) だった。

all TIA/stroke (2 year) 経カテーテル的大動脈弁置換術 11.2%, 開胸大動脈弁置換術 6.5%

only stroke (1 year) 経カテーテル的大動脈弁置換術 6.0%, 開胸大動脈弁置換術 3.2%

・Intraoperative management to minimize stroke

<Optimisation of blood pressure>

術中の平均動脈圧を 80 mmHg以上に保つと神経学的合併症の減らせるかもしれない。

<Intraoperative cerebral monitoring>

持続的に脳血流をモニタリングすることはできないので、さまざまなもので代用されている。脳波は広範にモニターできるが、局所の虚血を検出できないのと、術中の低体温の影響を受ける。脳波の他には、近赤外線分光法などの方法がある。

<Hypothermic versus normothermic cardiopulmonary>

人工心肺中の低体温療法による脳卒中予防効果は証明されていない。急速な復温は脳損傷のリスクになるかもしれないので、緩徐な復温が推奨される。

<Transoesophageal echocardiography and epiaortic ultrasound>

経大動脈壁エコーは、徒手触診法や経食道心臓超音波検査より動脈硬化の評価に有用である。経大動脈壁エコーは、大動脈のアテローマを検出する直感的方法として class II, level Bとされているが、神経学的予後を改善するかどうかの研究はほとんど行なわれていない。

<Neuraxial analgesia>

硬膜外麻酔は、心臓手術中の上室性不整脈や呼吸器合併症を減らすが、神経認知的合併症を減らさなかった (meta-analysis)。最も大きなRCTでは効果を示せなかった。結局、人工心肺中に高用量のヘパリンを用いる心臓手術では血腫形成のリスクもあり、稀にしか用いられない。

<Haemodilution and transfusion>

かつては輸血による合併症の防止の為、極端な術中血液希釈 (Hct<18%) が行なわれていたが、脳卒中や術後認知機能障害が増加したので一般的には行なわれなくなった。

TRACS trialでは、Hct 24%以上と 30%以上での神経学的合併症は有意差がなかった。胸部外科学会のガイドラインでは、人工心肺使用時ヘモグロビン 6 g/dl以上、術後ヘモグロビン 7 g/dl、臨床的な必要に応じて個別に調整して用いるように推奨している。

<Glycaemic control>

術中の高血糖は脳卒中を含む予後不良と相関する。ただし、術中の厳格な血糖コントロールが神経学的な予後を改善するわけではなく、低血糖や死亡率が増えるので、術中術後の血糖値はせいぜい 9.99 mmol/l以下で維持することが推奨される。

・Treatment of acute ischemic stroke in the perioperative setting

Strokeガイドラインは、大手術から 14日以内の全身性血栓溶解療法 (アルテプラーゼなど) を認めていない。

<Clot or embolus extraction>

血栓除去機器は、Merci Retriever, Penumbra System, Trevo, Provue Retriever, Solitaire Deviceが FDAから認可されている。これらの治療は発症から 8時間以内に遂行されなければならない。SWIFT trialの結果、Solitaire stent retrieverは helical Merci deviceよりも血栓除去や神経学的予後において優れていた。また、TREVO2 studyでは、Trevo Pro stentは Merci retrieverよりも再開通率が優れていた。Stent retriever deviceは helical deviceより優れているようだ。

血栓除去療法では全身麻酔が好んで用いられるが、急性期脳梗塞治療時の全身麻酔は予後悪化と関連している。これはおそらく脳還流低下 (収縮期血圧 140 mmHg未満) によるものかもしれない。

・Therapeutic hypothermia for global hypoxic-ischaemic cerebral injury

人工心肺や急性期脳梗塞での低体温療法では証明されていないが、院外心肺停止後での治療には強いエビデンスがある。多くの施設では深部体温 32-34℃, 24時間を目標にしている。33℃の低体温と 36℃での通常温管理では、死亡や神経学的予後に差がなかったとする研究もあるが、このような患者ではどちらの体温を選ぶにせよ体温管理が必要であり続けることははっきりしている。

・Neurocognitive complications: delirium and cognitive decline

周術期予後は改善されてきたが、幻覚や認知機能障害といった術後合併症はいまだに一般的にみられ、半数以上の患者に影響を与えうる。

<Postoperative delirium>

術後幻覚は、高齢、女性、低教育歴、認知機能スコア低値、高共存疾患指数の患者で起こりやすい。MMSEは、術後 2日目で著明に低下し、3~5日目に上昇してくる。最初の半年間でゆるやかに改善し、6~12ヶ月で安定する。術後幻覚のない患者は術後 1ヶ月以内に認知機能がベースラインに戻るが、術後幻覚があると 1年でももとに戻らない。術後幻覚は、死亡率上昇、認知機能低下、QOL低下と関係している。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬のリバスチグミンは、幻覚を予防せず、死亡率を上昇させた。精神安定剤による予防は有効である。リスペリドンは、亜症候性幻覚がはっきりとした幻覚になるのを抑制した。人工呼吸器患者へのプロポフォールも幻覚を減らす。

<Postoperative cognitive decline>

術後認知機能障害にはいくつかの議論がある。

  1. 異なった研究で異なったスコア閾値を用いている
  2. 術後認知機能障害というのは臨床診断ではなく、正式な高次脳機能検査をしないと診断できない。
  3. いくつかの研究では、手術を受けていないコントロール患者との比較がなされておらず、手術を受けなくても認知機能が落ちていた可能性がある。

<Mechanisms of neurocognitive injury>

遺伝子/タンパク質解析:CRP, P-selectinの遺伝子多型あり。APOE4の遺伝子多型は予測因子ではなかった。

髄液:S100β, tau, amyloid βとの関連がある

MRI:拡散強調像で多発微小塞栓がみられる。いわゆる無症候性脳卒中は 70%の患者にみられるが、これらの所見は臨床的脳卒中や認知機能低下と関連はなさそうである。心臓手術を別として、脳還流の低下と認知機能障害には関係があるようだ。

結構奥深い分野なのだなと思いました。心臓血管外科医と神経内科医の狭間の領域で、あまりお互いが手を出していない分野なのかもしれません。特に、術後の認知症の分野などは、まだ未知のことが多くあるように思います。

Post to Twitter


Panorama Theme by Themocracy