HPV (ヒトパピローマウイルス) ワクチンを接種した後に様々な症状を訴える患者が社会問題となっています。私は直接診療したことはありませんが、テレビなどで症状が映されるのを見ると、心因性の要素が強いのではないかと感じさせられることがあります。例えば、座位と臥位で不随意運動の周波数が違うことや、注意が他にいっているときに症状が弱くなることなどからです。親がかなり強固に症状を主張しているので、患者もその状況から抜けられなくなっている要素もあるかもしれません。
とはいえ、すべて心因性といえるかというと、それを証明するのは難しいですしょう。
私はどちらの可能性も含めてもう少しニュートラルに議論すれば良いのではないかと思うのですが、薬害というレッテルを貼ることで冷静な議論が難しくなっているのが現状ではないかと思います。母が子宮頸癌で苦しんでいる背中を見てきた私としては、ヒステリックな議論に引っ張られてワクチンを受けない選択をとる方々が増えているのを見るのは辛いところがあります。
そうしたなか、この問題に正面から取り組んでいる医師が話題になっています。非常に説得力のある文章なので、ぜひ一度読んでみてください。
①あの激しいけいれんは本当に子宮頸がんワクチンの副反応なのか 日本発「薬害騒動」の真相(前篇)
②子宮頸がんワクチン薬害説にサイエンスはあるか 日本発「薬害騒動」の真相(中篇)
③子宮頸がんワクチンのせいだと苦しむ少女たちをどう救うのか 日本発「薬害騒動」の真相(後篇)
なお 2015年11月6日、欧州医薬品庁 (EMA) は HPVワクチンが複合性局所疼痛症候群 (CRPS) や体位性頻脈症候群 (POTS) の原因になるという根拠はないと結論づけたそうです。
November 6, 2015 // Despite continued reports in the lay media of teenage girls developing various symptoms after human papillomavirus (HPV) vaccination, and also documented cases in the medical literature of two syndromes — complex regional pain syndrome (CRPS) and postural orthostatic tachycardia syndrome (POTS) — after such vaccination, an eagerly awaited review from the European Medicines Agency (EMA) has concluded that the “evidence does not support that vaccines cause CRPS or POTS.”
糖尿病の新規治療薬のエンパグリフロジン(商品名ジャディアンス) の臨床試験の結果が 2015年9月17日の NEJMで発表されました。心血管イベントを抑制するというので、話題になりました。しかし、EBMに詳しい医師達からは、様々なツッコミが入っています。特に、マッシー池田先生の批判は鋭いです。糖尿病患者を診る機会のある医師は一読することをお勧めします。
「歴史に残る」子供だまし-NEJMは「死んだふりしたブラック企業」-
(2015年11月21日追記)
EBMの専門家による批判的吟味はこちら。
誤嚥性肺炎の患者に対しては、禁食、抗菌薬で治療するのが一般的かと思います。
しかし、逆に治療期間中、食事をさせた方が良いのではないかという論文が発表されました (2015年10月8日)。
抄読会で使用した資料に概要を纏めてみました (PDF)。
抄読会 Tentative nil per os leads to poor outcome in older adults with aspiration pneumonia
注意すべき点は、初期にきちんと嚥下評価をして経口摂取可能か判断していることと、呼吸不全の強い患者は除外してあることです。そのため、誤嚥性肺炎全てに経口摂取させようと勘違いされると危険ですが、一部の患者についてはこれまでと治療が変わってくる可能性があるわけですね。
まだ、マイナーな雑誌に掲載された論文一本にすぎませんし、limitationもいくつかありますので、今後の追試の結果を待ちたいと思います。
(参考)
propensity score 図解まとめ
糖尿病の治療に用いられる SGLT2阻害薬でケトアシドーシスの懸念があると、FDAが警告していることを知りました。
SGLT阻害薬使用者のケトアシドーシスは、2013年3月から 2014年6月の間に、”FDA Adverse Event Reporting System” 上で 20例見つかりました。多くは 2型糖尿病で、血糖値の上昇はごく軽度 (200 mg/dl未満) であるそうです。2型糖尿病かつ血糖値の上昇が軽度である症例でケトアシドーシスを疑うというのは、なかなか難しいですね。
稀な副作用ではあると思いますが、知らないと診断するのは難しいので、記憶の片隅に置いておこうと思いました。
(参考)
・FDA Drug Safety Communication: FDA warns that SGLT2 inhibitors for diabetes may result in a serious condition of too much acid in the blood
物の名前を聞いても答えられない失語症の患者さんが、日常会話だと喋れてしまうことがあります。日常臨床では割と普通に見かけることですが、この現象に名前が付いていることを Alajouanine先生の論文で最近知りました。
Baillargerはパリのサルペトリエール病院の医師です。Baillargerは、ある単語を発音しようとしてもできないのに、やろうとしなければ出来てしまう現象を記載しました。これに眼を止めたのが、Jacksonてんかんなどで名を残した Queen Squareの医師 Hughlings Jacksonです。Jacksonは、さまざまな調子で ”yes” “no” などの発話ができる失語症患者について、感情的言語は保たれているが命題的機能が欠けていること、時々行なわれる発話に次の 3つの状態があることを見出しました。すなわち 「(1) 感情に支配された、会話ではない発話 (“oh”, “ah” など), (2) 会話ではあるが下位の発話 (”merci”, “good-bye” など), (3) 知的な価値を持った真の会話」です。鋭い観察に基づくこれら異なった状態の分析が、発話障害におけるジャクソンの生理病態学的解釈の基本でした。
この論文著者の Alajouanine先生は、次のような症例の体験を記載しています。ある失語症患者に娘の洗礼名を質問したのですが、その患者はうまく答えられず、娘に向かって「ねぇ、ジャクリーヌ (※洗礼名)、私はあなたの名前を思い出せないのよ」と。意図しても出てこないのに、感情に支配されたシチュエーションでは、このように簡単に出てくるものなのですね。この症例では、本人がそのことに気付いていないのが興味深いです。
高次脳機能の分野は非常にマニアックなので、なかなかこうした領域の論文を読む機会は少ないのですが、あまり気に留められないこの現象をジャクソンが追求していたことを知って、新たな発見がありました。
(参考)
・歌を忘れてカナリヤが
視神経脊髄炎 (Neuromyelitis Optica; NMO) は、視神経炎と脊髄の長大病変 (3椎体以上) を特徴とする疾患で、多くの場合抗AQP-4抗体が陽性となります。抗AQP-4抗体は陽性でありながら、視神経脊髄炎と診断できないような症例は、視神経脊髄炎スペクトラム疾患 (NMO spectrum disorders; NMOSD) などと呼ばれてきました。
2週間近く前に、その NMO/NMOSDの改訂診断基準が策定され、Neurology誌に掲載されています (2015.6.17 published online)。Open accessなのでどなたでも読めます。
じっくり読む時間が取れていなくて、まだ斜め読みですが、下記あたりがポイントと思います。
・NMOと NMOSDは同じ病態なので、統一して NMOSDと呼ぶことにする。NMOSDは、抗AQP-4抗体陽性と抗AQP-4抗体陰性/不明に分ける。診断基準 (Table 1)
・抗体測定法は cell-based assayが強く推奨される
・他疾患の除外が必要。特に Red flag (Table 2) に注意。
・画像検査の特徴 (Table 3)
・抗MOG抗体など抗 AQP-4抗体以外の抗体の役割についてはよくわかっていない (NMOSD with ◯◯ antibodyなどのように表現)。
(参考)
・第6回東京MS研究会
・抗MOG抗体と NMO/NMOSD
糖尿病診療では、ここ数年 DPP-4阻害薬が広く使われるようになりました (とはいっても、2型糖尿病の第一選択薬はメトホルミンです)。
DPP-4阻害薬は、数社から製剤が販売されていることもあり、製薬会社間での競争が激化しています。こうした中、DPP-4阻害薬シタグリプチン (ジャヌビア) の安全性を示した研究が、 New England Journal of Medicineに掲載されました (2015年6月8日 published online)。
この TECOS試験は、DPP-4阻害薬で心血管イベントが増えるのではないかという疑念に対して行なわれた臨床試験でした。シタグリプチンを内服している 14671名の患者を (中央値) 3年間 follow upしても、プラセボと比較して心血管イベントは増えないという結論でした。
しかし、この臨床試験を批判的に捉える研究者が多くいます。この薬で血糖値を下げても、心血管イベントは減らせなかったことが大きな原因です。中でも、マッシー池田先生の意見は鋭いと思いました。詳しくはリンク先を御覧ください。
脳血管性パーキンソニズム (Vascular Parkinsonism) という概念があります。パーキンソン症状を呈する疾患はパーキンソン病以外にも沢山あり、そのうち脳血管障害によりパーキンソン症状が出てしまうものを脳血管性パーキンソニズムと呼びます。一般的には下肢に強いパーキンソン症状があり、CT/MRIで白質病変が目立つと、他疾患を除外の上、脳血管性パーキンソニズムと呼ばれることが多いです。
しかし、この疾患概念が問題を抱えていることは事実です。そのことについて、ついて、 Movement disorders誌にわかりやすい総説が掲載されていました (2015年5月21日 published online)。
著者の意見によると、”definite” な脳血管性パーキンソニズムは、黒質ないしは黒質線条体経路の脳血管障害で起こるものです (線条体そのものや皮質、その間の白質によるものは除きます)。一方で、画像検査で白質病変が目立つことを診断根拠にしている症例では、白質病変が病理学的に必ずしも “vascular” とはいえず、パーキンソニズムをきたすとする根拠にはならないとしています。私も同意見です。白質病変の目立つ患者は、「脳血管性パーキンソニズム」というのがゴミ箱診断にされているなぁというのは実感するところです。この総説には、下肢に強いパーキンソニズムを来す疾患について、正常圧水頭症、進行性核上性麻痺、CADASILなど鑑別すべき疾患がいくつか提示されています。
もし日常診療で「脳血管性パーキンソニズム」という診断をよく下している医師がいれば、是非読んでみて頂きたい総説です。
神経変性疾患には、α-synuclein病理を示す疾患がいくつかあり、まとめて “α-synucleinopathy” と呼ばれることがあります。いずれも α-synucleinが何らかの役割を果たしていると考えられていますが、なぜこんなに病気の表現型が違うのかはよくわかっていません。
2015年6月18日の Nature誌に、それを説明するような論文が掲載されました。
どうやらラットの脳に異なった形状の α-synucleinを注入すると、それぞれ異なった表現型を示すようです。この仮説が正しいかどうかは今後の検証を待たないといけませんが、凝集のもととなる α-synucleinの形状によって、パーキンソン病になったり、多系統萎縮症になったりすると考えると、これまで疑問が説明出来そうに思えます。興味深い研究です。
(参考)
Nature ハイライト:神経変性: シヌクレインのバリアントが異なる病態を引き起こす