Category: 医学と医療
解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯
「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 (ウェンディ・ムーア著、矢野真千子訳)」を読み終えました。
ジョン・ハンターについては、医学史関連の本に頻繁に登場する割には、「外科医の父」「無駄な手術をしたがらなかった」「死体泥棒としての影の部分」等の断片的なキーワードしか知らなかったので、一度きちんとした本を読みたいと思っていました。この本は期待に十分答えてくれるものでした。また、ヨーゼフ・ハイドン、ウィリアム・ハーヴェイ、アストリー・クーパー、デイヴィッド・ヒューム、アダム・スミス、ベンジャミン・フランクリンなど有名人がたくさん登場するのにも、読んでいてワクワクさせられました。
ハンターの住居はハンテリアン博物館となっているようなので、将来是非行きたいです。
以下、備忘録。
・ハンターの時代、膝窩動脈瘤は貸し馬車御者の職業病だった。当時の一般的な治療は下肢の切断術だった。そうしなければ、動脈瘤破裂で死ぬことになる。ハンターは動物実験を繰り返し、動脈瘤の中枢側を結紮する方法を編み出した。その患者が別の原因で亡くなった後、脚は標本になった。ハンテリアン美術館で標本 P275, P279として保存されている。
・ハンターの兄ウィリアムズは、解剖学を学び、ロンドンに講座を開こうとしていた。死体で練習をしていない外科医が初めてメスを入れるのは生きた患者となるため、ウィリアムズは解剖実習が必要だと考え、それを講座のウリにしようとした。ところが、献体という概念が生まれる前の時代であり、保存技術もなかったので、解剖用の死体が足りなかった。ウイリアムズは、死体調達をさせる目的もあり、勤務先の材木商が倒産して暇になっていた弟ジョン・ハンターを呼び寄せた。
・当時は、墓泥棒の他、死刑囚の遺体を手に入れる方法があった。その時代の絞首刑は、方法の問題で頚椎損傷ではなく、窒息が死因になることが多かった。そのため解剖台で息を吹き返すこともあった。
・ウィリアム・ハーヴェイは、自身の家族が死んだ時、遺体を検死解剖した。ハーヴェイ自身は死んだ時に鉛の棺に入れて鍵をかけ、解剖学者の手に渡さないように言い遺した。
・ジョージ四世の手術を執刀し、クーパー靭帯に名を残したアストリー・クーパーは、死体泥棒に指示したことを認め、1828年の国会特別調査会で「患者の病状を知るためにはだれかがそれをしなければならない」と開き直る証言をした。
・18世紀のパリでは膀胱結石に対する石切術で 5人中 2人が死亡していた。方法は、直腸に指を入れて石を皮膚側に押し出し、会陰部を切開するものだった。経尿道アプローチする方法もあった。チェゼルデンは、フランスからの巡業医師フレール・ジャック・ド・ビューリーが会陰部から 1 cm側方を切開するのを見て、自宅での解剖実習で学んだ知識と併せて、 1725年に側方切石術を編み出した。死亡率は 10人に 1人未満になった。ハンターは兄の元で解剖学を学ぶ一方、チェゼルデンの元で外科医としての修行をした。
・ハンターは解剖学での分析によく味覚を使っていて、生徒にも使わせた。「胃液は透明に近い液体で、味はやや塩気がある。精液は匂いも味もやや吐き気をもよおす感じがするが、口の中にしばらくふくんでいると香辛料のようなあたたかみが生まれ、それがしばらくつづく」と書き残している。
・ハンターは、当時良くわかっていなかったリンパ管の役割を調べるため、生きた犬の腹を開き、腸に温めたミルクを注いだ。乳糜管は白くなったが、静脈は色が変わらなかった。そのため、リンパ管のみが脂肪と体液を吸収するという説が証明された。
・ハンターに師事したウィリアム・シッペンはハンターの手法を取り入れ、同じくハンターの教え子だったジョン・モーガンとアメリカ初の医学校を創設した。その医学校はのちにフィラデルフィア大学となった。彼らは、墓地から死体を盗んでくる手法まで取り入れ、そのせいで学校が民衆に襲撃されたこともあった。
・ハンターは軍医時代に、傷口をいじり回すより放置するほうが予後が良いことに気づいた。同じ時期に銃弾の摘出手術を受けなかった症例 5人全員が治癒したのを見たことが、その後できるだけ戦場で手術を行わないことの根拠となった。
・ハンターは色々と移植手術を試した。例えば、歯牙を移植したり、雄鶏のけづめを雌鶏のとさかに移植したり、雄鶏の睾丸を雌鶏の腹に移植した。歯牙移植は数年しか持たず、梅毒の原因にもなった。
・ハンターは淋菌と梅毒が同じ原因であるこという仮説を立て、淋病患者の膿をつけたメスで被検者のペニスを傷つけ、うつった淋病が梅毒に進行することを証明した。この時の被検者はハンターだったと言われている。しかし、用いた膿が実際には梅毒を合併した淋病患者のものだったらしく、現在では実験失敗だったことがわかっている。1838年、フィリップ・リコールは、何も知らない 2500人の患者に接種実験をして、淋病と梅毒が別の病原体であることを明らかにした。
・当時性病治療には水銀治療が行なわれていたが、淋病は自然治癒するため効果を疑問視し、ハンターはパンをプラセボとして与えた。それでも効果があったので、淋病に対して水銀は不要と証明された。
・ハンターは自著で、マスターベーションにお墨付きを与えた。また、性生活が上手くできない男性に対して、6日間何もせずに女性と並んで寝るように指示したところ、7日目には精力を取り戻し、有り余る欲望をもってベッドに飛び込んだ。
・ハンターは、カイコで人工授精の実験をした後、ヒトにも応用しようとした。尿道下裂のために不妊で悩んでいた男性の精液を注射器に集め、妻のヴァギナに注入したところ、すぐに妊娠した。この症例は史上初の人工授精とされる。
・後に種痘接種で有名になるエドワード・ジェンナーは、ハンターの家での住み込み弟子第一号となった。ハンターとジェンナーの親交は、生涯続いた。ハンターはジェンナーの最初の子供の名付け親になっている。
・ハンターの妻アンは、作詩家であり、教養人だった。作曲家のヨーゼフ・ハイドンと交流があった。
・ハンターは癌については積極的な手術を勧めた。検死解剖の経験から、癌をわずかでも残すのは全部残すのと変わらないと知っており、完全に切除できたかを慎重に調べなくてはいけないと言っていた。また、自分の手術ミスに関しては失敗をおおっぴらに認めた。「あの穿孔術で患者を殺したのは私だ」とか「あの手術で私は馬鹿なことをした」と。医療ミスは避けようがなく、失敗を隠すより失敗から学ぶべきだという持論だった。
・ハンターは、内科の三大治療「下剤・嘔吐剤・瀉血」の効果を疑っていた。瀉血は必要な場合以外避けるべきだと常々言っていた。しかし、将来自分が狭心症で倒れた時は、これらの治療法を試し、意味がないことを身を持って知った。
・ハンターが解剖した狭心症患者の検死所見は、1772年のウィリアム・ヘバーデンの論文に添付された。ヘバーデンは狭心症について世界で初めて正確な解説を書いた人物として知られる。
・哲学者デイヴィッド・ヒュームは、原因不明の腹痛に悩まされていた。ハンターの義父がヒュームのいとこだったので、ハンターはヒュームの診察をして、肝臓癌であることを診断した。
・ハンターは溺水患者の蘇生に興味があった。当時の治療は瀉血や浣腸や、タバコの煙を吹きかけることだった。ハンターは被害者の肺に空気を入れることが大事だと考えた。そして、被害者の肺をふくらませるために鼻から刺激性のガスを入れ、ベッドの中で体をゆっくりあたため、精油で体をこすることを提案した。これらをすべて試しても生き返らない場合には、電気刺激を与えることを提案した。
・ハンターは、3歳の女児が二階の窓から転落したとき、電気ショックを胸に与えた後生き返ったことを書き残した。
・当時、奇形に生まれた人々への救済処置はなく、自らを見世物として人前に晒すことが収入源だった。
・ハンターは、変異体を生物進化の証であると考えていた。「あらゆる種のあらゆる器官は、もとより奇形の特質を有する」と書き残している。
・ハンターの新居は、表通りに面した洒落た建物と、別の通りに面した地味な建物がつながったものだった。ハンターの外科医、解剖学者、教師、研究者の表の顔と、死体泥棒とつながった裏の顔が、「ジキル博士とハイド氏」が書かれるときのヒントとなった。ジキル博士の家はジョン・ハンターの家がモデルだとされている。
・ベンジャミン・フランクリンが膀胱結石で悩んでいた時に、ハンターに助言を求めた。ハンターは高齢での手術を避けることを勧めた。
・ある患者がハンターに手術を依頼したとき、ハンターは 20ギニー/件の相場と答えた。その患者家族が金を工面するために次回の来院を 2ヶ月遅らせたことを知ったハンターは 19ギニーを返し、「1ギニーだけ頂戴します。これだけなら、自分の思慮のなさに心を痛めずにすみますから」と答えた。
・ハンターの弟子には、パーキンソン病を報告したジェームス・パーキンソンがいた。パーキンソンが書き残したノートは、ハンターの講義を知る貴重な資料となっている。
・1783年に、ハンターと友人ジョージ・フォーダイスは医学外科学交流会を設立した。そして二週間毎にオールド・スローターズというコーヒーハウスに集まり、内科と外科からそれぞれ症例提示し、垣根を越えて議論を深めた。
・経済学者アダム・スミスはその技術に感銘を受け、「国富論」を一部ハンターに献呈した。スミスはハンターに痔の手術を受けた。
・ハンターは、ダーウィンが「種の起源」を出版する 70年前に、共通の祖先からの生物の進化を書き残していた。それは「種の起源」から 2年後に再発見され、「博物学、解剖学、生理学、心理学、地質学にかんする小論と観察」として出版された。
・1793年10月16日にハンターが死んだ後、「自分が死んだら検死するように」という遺言通り解剖された。診断は、彼の生前診断どおり冠動脈疾患だった。ハンターは心臓とアキレス腱 (1766年に切断し自然治癒で治した) を保存するように言い遺していたが、義弟ホームはそれを守らなかった。
・義弟ホームは、ハンターの死後ハンターの業績を横取りして発表し、ハンターの残した書類を証拠隠滅に焼却した。
・ハンターの博物館-ハンテリアン博物館-は、その後フランスのルイ・ナポレオンやチャールズ・ダーウィンなどが訪れている。
・1859年1月、ハンターの遺骨が収められた納骨堂が整理されるという記事をみつけたフランシス・バックランドは、3000以上の棺を 7日間かけて探しまわり、残された棺あと 2個というところでハンターの棺を見つけた。ハンターは 3月28日に改葬された。
静脈ガスは動脈ガスの代わりになるか?
筋萎縮性側索硬化症 (ALS) 患者では、いつの間にか進行した CO2貯留が問題になることがあるので、たまにそのチェックが必要になります。しかし通常の外来で数カ月ごとに動脈血採血を繰り返すのは大変なので、便宜上静脈血採血で経過を見たりします。便宜上とは言え、動脈血で行うべき検査を静脈血で代用することの科学的根拠について気にしたことは、これまであまりありませんでした。
そんな中、全く別の件で見ていたファイルに面白いことが書いてありました。
静脈血ガスは動脈血ガスの代わりになるか?
このファイルにある「PCO2: 静脈血が 45mmHg以下であれば動脈血は 50mmHg以下」という tipsは、ひょっとしたら静脈血で ALS患者の CO2貯留をスクリーニングすることに科学的根拠を与えてくれるのではないかと感じました。ただし厳密には、クリニカルセッティングが異なる研究を適用するのには注意が必要です。
ちなみに、静脈血CO2から動脈血CO2の値を正確に推測することは難しいとされているそうです。
論文解釈のピットフォール
臨床医が EBM “根拠に基づく医学” を実践するとき、過去の臨床試験の解釈は大きな役割を果たします。ところが、臨床試験の解釈の仕方のトレーニングを受ける機会はあまりありません。
2009年の週刊医学界新聞に、素晴らしい連載を見つけました。臨床医必読だと思います。
論文解釈のピットフォール
下記は、序文です。
ランダム化臨床試験は,本来内的妥当性の高い結果を提供できるはずですが,実に多くのバイアスや交絡因子が適切に処理されていない,あるいは確信犯的に除去されないままです。したがって解釈に際しては,“ 騙されないように” 読む必要があります。本連載では,治療介入に関する臨床研究の論文を「読み解き,使う」上での重要なポイントを解説します。
この連載は、ディオバンを用いた JIKEI HEART研究の問題は表面化する前ですが、何度も登場します。わかる人には当時から問題がわかっていたんですね。
NEFL
一つの遺伝子が様々な表現型をとることがあり、神経疾患だと、VCP, SQSTM1, DCTN1などが有名です。
JAMA neurologyに、Charcot-Marie-Tooth病 (CMT) の原因遺伝子の一つである NEFL (novel neurofilament light polypeptide) がミオパチーの原因遺伝子でもあることが報告されました (2014年9月29日 online published)。
Expanding the Phenotype Associated With the NEFL Mutation
もともと NEFL自体が面白い遺伝子です。NEFL変異は、脱髄型である CMT1Fを引き起こすこともあるし、軸索型である CMT2Eを引き起こすこともあるからです (神経内科ハンドブック第 4版には、CMT1Eと CMT2Eと記載されていますが・・・)。いずれも常染色体優性遺伝です。
今回の報告では、NEFL c.1261C>T; p.R421X変異により、1家系内 4名の患者が発症しました。4名とも生下時発症で、2名はネマリンミオパチー、1名は非特異的先天性ミオパチー、1名はミオパチーの特徴を伴った神経原性萎縮でした。
同じ変異部位でこれだけ表現型多彩なのですね。その点が興味深かったです。
余談ですが、ネマリンミオパチーの原因遺伝子は、今回の NEFL以外に、これまで TPM3, NEB, ACTA1, TNNT1, TPM2, CFL2, KBTBD13, KLHL40, KLHL41が知られているそうです。
CRMCC
JAMA neurologyに勉強になる症例が報告されていました (2014.9.29 published online)。
A case of early-onset rapidly progressive dementia
症例は 62歳弾性で、2ヶ月間で急速に認知機能低下が進行しました。最終的に 3年後に亡くなりました。病理学的には、大脳、小脳、橋に様々な大きさの多発壊死巣があり、多くは著明な石灰化を伴っていました。壊死巣は白質に多かったものの、灰白質にも病変はありました。また、全ての壊死巣で微小血管病変が目立ちました。Tau、β-アミロイド、α-シヌクレインは免疫染色で陰性でした。
本症例の特徴は下記の 6点になります。
1. 早期発症 (early-onset)
2. 急速な進行
3. 頭部MRIで石灰化と造影効果 (この症例では頸髄MRIや胸髄MRIでも造影効果あり)
4. 病理所見では、感染や炎症、血管炎の所見がなく、微小血管の肥厚がある。
5. 検査所見 (採血、髄液など) で異常がない
6. 全身性の症状がない
著者らが考えた鑑別診断は次の通りでした。
Brain calcinosis syndrome (BCS) (石灰化は基底核優位)
・Familial BCS with calcium, phosphorus, and parathyroid hormone (PTH) metabolism abnormalities: familial isolated hypoparathyroidism, autoimmune polyglandular syndrome type I, pseudohypoparathyroidism→カルシウム、リン、PTH代謝異常なく否定的
・Familial BCS without calcium, phosphorus, and PTH metabolism abnormalities: Aicardi-Coutieres syndrome, dihydropteridine reductase deficiency, Cockayne syndrome→発症年齢、民族性、臨床所見より否定的
・Fahr disease: 脊髄病変の存在や中枢神経系での造影効果より否定的
Diffuse neurofibrillary tangles with calcification→病理所見で neurofibrillary tangleがなかったので考えにくい
Cerebroretinal microangiopathy with calcifications and cysts (CRMCC) (≒Coats plus syndrome, leukoencephalopathy with calcifications and cysts (LCC))→本症例に合致
頭蓋内の石灰化を伴う早発性認知機能障害は、このように鑑別を進めて行くと良いのですね。Fahr病や diffuse neurofibrillary tangles with calcificationはたまに疑うことがありますが、CRMCCという疾患概念はこの論文で初めて知りました。
CRMCCは稀な疾患であり、病因や発症頻度はよくわかっていません。常染色体劣性遺伝という意見もありますが、確実なものではないようです。ただし、2012年、晩期発症型の CRMCC 3名のうち 1名で、CTC1 (conserved telomere maintenance component 1) 遺伝子の変異が報告されています。本症のように脳内広範に石灰化が散在する所見にはインパクトがあるので、そのような画像を見たらこの疾患が鑑別として思い浮かぶようにしておきたいところです。
むずむず性器症候群
近年、むずむず脚症候群という疾患は巷でも広く知られるようになりました。
2014年10月6日に、JAMA neurologyに興味深い論文が published onlineとなりました。Parkinson病における Restless genital syndromeについてです。
Restless Genital Syndrome in Parkinson Disease
“Restless leg syndrome” が「むずむず脚症候群」だとすると、”Restless genital syndrome (RGS)” をそのまま訳すると「むずむず性器症候群」になります。私は初耳でしたが、論文の backgroundの部分に、命名の経緯が書いてありました。
2001年、Parkinson病ではない患者で持続性性喚起症 (syndrome of persistent sexual arousal) が報告されました。診断基準は、不本意な性的興奮が長期間 (数時間~数ヶ月) 続き、何度か絶頂に達しても解放されず、性的欲求とは関係なく起こり、煩わしくて迷惑で、ひどい苦痛と関連しているものです。2009年、18名の患者のうち 12名にむずむず脚症候群が先行/合併していることがわかり、”restless genital syndrome” という用語が用いられるようになりました。これまでクロナゼパム、オキサゼパム、トラマドール、抗鬱薬、エストロゲン、心理療法、経皮的神経刺激法、クリトリス切除術などが用いられましたが、治療成績は不良でした。
今回著者らが報告した症例は、過去にアカシジア、知覚過敏症、神経障害性疼痛、持続性性喚起症と診断されていました。著者らは、明らかな日内変動がある点、安静で症状が出現し動かすと楽になる点などから、むずむず性器症候群と診断しました。デュロキセチンは症状を悪化させ、オキサゼパムは一時的に有効でした。試しに、プラミペキソール 0.25 mgを夜間に使用したところ、症状は改善しました。著者らは、むずむず性器症候群がむずむず脚症候群の表現型の一つなのではないかと考えています。
なお、Vulvodiniaもむずむず性器症候群と根本的プロセスが同じであると推測され、むずむず性器症候群の用語に統一しようという提案がなされているそうです。
患者さんにとっては非常に辛い症状のようですが、プラミペキソールを試すと効く可能性があるというのは、朗報なのではないかと思います。ただし、プラミペキソールは性欲亢進の副作用が問題になる場合があるので、そこには注意が必要ですね。
ちなみに、プラミペキソールの性欲亢進については印象深い論文を読んだことがあります。ある男性がプラミペキソールを飲み始めてから性欲亢進を起こしてしまい、連日妻を押し倒すようになったそうです。しばらく御無沙汰だったため最初は喜んでいた妻も、次第に相手しきれなくなり、拒むようになったのですが、夫は「なしてや、なしてや」と求めてきます。そこで、妻は主治医に相談して内服をやめました。ところが、今度は妻の方が「味気ない」と訴え、自分で丁度良い投与量を決めるようになった・・・という話です。相当昔に読んだ論文なので、細部は忘れましたが、確か「神経内科」という雑誌の、2006年3月号かその付近の別の号だったと思います。
ALSに対する間葉系幹細胞治療がfast-track指定
2014年1月8日のブログ記事で、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) に対する間葉系幹細胞治療の症例報告を紹介しました。
間葉系幹細胞治療と ALS
この治療法は、muscle & nerve誌の Editorialでも取り上げられました。期待を集めている治療法です。
ただ、少し心配な点があります。第1/2相臨床試験は 2013年3月に終了しているのですが、残念なことに結果がまだ公開されていません。私は非常に期待しているので、ヤキモキしています。
ところが、最近動きがありました。なんと、2014年10月7日の報道を見ると、FDAから fast-track 指定を得たらしいのです。
BrainStorm gets FDA fast-track status for ALS stem cell therapy (Reuter)
この治療法が、有効性・安全性を正しく評価された後、一刻も早く認可されることを祈っています。
Fingolimodと脳出血
多発性硬化症の治療薬にフィンゴリモド (FTY-720, ジレニア) という経口薬があります。JAMA neurologyに、この薬剤を脳出血の治療に用いた臨床研究が発表されました (2014年6月7日 online published)。
Fingolimod for the Treatment of Intracerebral HemorrhageA 2-Arm Proof-of-Concept Study
フィンゴリモドは脳出血での脳浮腫や神経脱落症状の軽減に効果があったという結果でした。近年、ライバルとなる多発性硬化症の経口治療薬がたくさん開発されているので、もし新しい市場が生まれれば、フィンゴリモドにとっては嬉しい事でしょうね。
しかし、この研究は open-label試験 (更に end-pointに主観が入りやすい) なのでバイアスが気になりますし、論文を読んでもいまいち機序がよくわかりません。実際に効果があるのかどうかは、今後の研究を待つ必要があります。
Parkinson病と末梢神経障害
Journal of Neurology Neurosurgery Psychiatry (JNNP) 誌に興味深い総説が掲載されました (2014年8月28日 online published)。Parkinson病治療薬である L-dopaの十二指腸持続投与と末梢神経障害についてです。
Polyneuropathy associated with duodenal infusion of levodopa in Parkinson’s disease: features, pathogenesis and management
背景:過去いくつかの研究で、Parkinson病患者にはポリニューロパチー (多発神経障害; polyneuropathy) が多いとされている。ポリニューロパチーを有する割合は、パーキンソン病患者で 38-55%と、コントロール群 8-9%に比べて多く、年齢、ビタミンB12低値、高ホモシステイン血症、メチルマロン酸レベルに比例する。ポリニューロパチーは L-dopa投与を受けていないパーキンソン病患者でも 5-12%に見られるが、マイスナー小体の脱落は治療患者にしかみられない。最近の研究では、病期の長さや重症度ではなく、L-dopaの投与期間においてポリニューロパチーとの強い関連が示唆されている。これまでの研究は、主に中等量の L-dopa摂取による慢性、軽度、感覚優位の神経障害を中心に行なわれてきた。一方で、L-dopaの十二指腸持続投与を受けた患者において、Guillain-Barre症候群に似た重篤な急性/亜急性ポリニューロパチーが報告されている。
方法:文献を検索し、レビューした。急性は 4週間以内、亜急性は 4~8週間以内に障害のピークがあるものと定義した。
結果:全体として、L-dopa十二指腸持続投与を受けた 14名が急性ポリニューロパチー、21名が亜急性ポリニューロパチーを発症した。少なくとも 9名の患者を含む研究では、急性ないし亜急性のポリニューロパチーの平均発症頻度は 13.6%だった。1名を除き、L-Dopa投与前に全員神経障害の症状はなかった。L-Dopa投与量は 1100-3800 mg/dayであり、発症までの治療期間は数週間から 29ヶ月の間だった。
【先行感染】急性ポリニューロパチーの 4名、亜急性ポリニューロパチーの 14名では先行感染は明確になかったと記されている。
【臨床的特徴】 Guillain-Barre症候群、急性炎症性ニューロパチー、急性感覚運動性ポリニューロパチーとして矛盾しないように思われる。
【検査所見】急性ポリニューロパチーの患者では、7名中 2名でビタミンB12, 6名中 5名で葉酸が低下し、9名中 6名でホモシステイン, 2名中 2名でメチルマロン酸が高値であった。亜急性ポリニューロパチーの患者では、10名中 3名でビタミンB12, 3名中 2名で葉酸、7名中 7名でビタミン B6が低下し、6名中 5例でホモシステイン, 3名中 1名でメチルマロン酸が高値であった。急性ポリニューロパチー 5名、亜急性ポリニューロパチー 4名では、抗ガングリオシド抗体は陰性であった。亜急性ポリニューロパチーの 2名では抗ガングリオシド抗体が陽性であったが、Ig isotypeや抗体価は示されていない。
【電気生理学的所見】急性ポリニューロパチー患者 6名で重篤な軸索性感覚運動障害が示された。4名では、軸索性と脱髄性の混合パターンだった。亜急性ポリニューロパチーでは、16名に軽度から重度の軸索性感覚運動ポリニューロパチーがみられた。2名では軸索性と脱髄性の混合パターンだった。1名に伝導ブロックがみられた。
【神経生検】急性ポリニューロパチー患者 2名のうち 1名では軽度の炎症浸潤を伴った軸索変性がみられた。亜急性ポリニューロパチー患者 2名では、有髄線維密度の減少と神経内膜浮腫がみられたが、炎症細胞浸潤や炎症性ニューロパチーを示唆する所見はなかった。
【治療と予後】急性ポリニューロパチー患者の大部分は、L-dopa十二指腸持続投与が中止された。7名が血漿交換、IVIgないしステロイドで治療され、2名で何らかの効果があった。4名はビタミン投与のみが行なわれ、1名は急速に改善、1名は何らかの効果があり、2名はそれ以上悪化しなかった。3-6ヶ月後に 2名が死亡した。亜急性ポリニューロパチー患者のうちビタミンB12/ホモシステイン/葉酸異常があった 10名はビタミン投与のみが行なわれ、大部分は 3ヶ月以内に改善した。5名の患者では、ビタミン投与を行いながら L-Dopa十二指腸持続投与を続たが、症状は改善するか横這いかであり、悪化はなかった。抗ガングリオシド抗体陽性の亜急性ポリニューロパチー患者 2名に対する IVIgや血漿交換は、効果がなかった。これらの患者では、L-dopa十二指腸持続投与中止後に、改善がみられた。1名の患者では、ビタミンB12投与がされていたにも関わらず、亜急性ポリニューロパチーを発症した。ビタミンB12値は正常範囲内だったが、ホモシステインやメチルマロン酸は測定されていなかった。
【L-Dopa経口投与中の急性ポリニューロパチー】
L-dopa高用量内服中の急性感覚失調性ニューロパチーが 2名報告されている。両者ともビタミンB12は正常範囲内だったが、ホモシステインやメチルマロン酸は測定されていない。1名に対して行なわれた IVIgは効果がなかった。1名は特別な治療を受けず、9年以上かけて悪化した。
【L-dopa十二指腸持続投与中の慢性ポリニューロパチー】L-dopa十二指腸持続投与を受けた 15名のうち11名に軽度から中等度の遠位部感覚低下があり、6名は日常生活に支障のある強い神経痛がみられた。電気生理学的な異常は、L-dopa投与量および治療開始からの体重減少に相関があった。
考察:L-dopa十二指腸持続投与で末梢神経障害が起きる理由は完全にはわかっていないが、著者らは 1-carbon pathwayの関与を疑っている (論文 Figure 1)。
(1) L-Dopaから Dopamineと 3-O-methyldopaが作られる過程で CH3が必要になる。これには、S-adenosyl-methionineから S-adenosyl-homocysteineが生成される過程で生じる CH3が使われる。
(2) 上記 S-adenosyl-methionine→ S-adenosyl-homocysteineの生成は “Methionie→S-adenosyl-methionine→S-adenosyl-homosysteine→Homocysteiene→Methionine” という経路の一部である。このうち、Homocysteine→Methionineでは、ビタミンB12が消費される。加えて、Homocysteineから Cysteineと Methylmalonic acid (メチルマロン酸) を生成する経路があり、ここでビタミンB6が消費される。
(3) L-dopaの代謝で CH3をたくさん必要とすれば、それだけ (2) の回路が多く回るので、ビタミンB12やビタミンB6の消費は多くなる。その結果、ビタミンB12欠乏やビタミンB6欠乏が起こり、末梢神経障害の原因となる。
この論文を読んで、L-dopaの十二指腸持続投与により Guillain-Barre症候群に似た末梢神経障害が生じるというのは初めて知りました。約 13.6%というのは結構な頻度だと思います。L-dopaとビタミンB12/B6の関係についても、非常に勉強になりました。
ちなみに、十二指腸持続投与に用いる薬剤 (ABT-SLV187) は、ヨーロッパではすでに発売されているようです。そして、clinical trials.govでチェックすると、日本と台湾で第三相試験が行なわれるところのようです (①, ②)。いずれ日本でも発売されるようになるでしょうし、そうすれば目にかかることがありそうですので、知っておかないといけませんね。