Babinski反射は、神経内科医にとって最も興味をそそる身体所見の一つです。Babinskiが最初の報告をしてから 100年以上経過しますが、今なお謎に包まれた部分があり、近年においても多くの研究がなされています。
その中には面白い研究が多く、例えば脳死患者では、何故か Babinski反射が出ないそうです。
Absence of the Babinski sign in brain death: a prospective study of 144 cases. (Journal of Neurology, 2005)
脳死では、Babinski反射陽性の患者はいなかった。足底反応としては、約半数が無反応型で、約半数が底屈型。
また、完全な脊損状態においても、Babinski反射が出るのは半分くらいらしいです (この論文は、昔医局の抄読会で紹介しました)。
The Occurrence of the Babinski sign in complete spinal cord injury (Journal of Neurology, 2010)
①脊髄が完全損傷された患者では、Babinski反射は半数くらい陽性になる
②Babinski反射と筋緊張の亢進には密接な関係がある
③バクロフェンの髄腔内投与により Babinski反射は抑制され筋緊張は低下する
④Babinski反射の消失は、筋緊張低下がなければ末梢神経障害が疑わしい。
上記 2つの研究のように、Babinski反射は出そうな病態でも結構出ないものだというのは神経内科医の肌感覚と合うものでして、多くの神経内科医は「器質的疾患で出ないこともあるけど、出れば異常」と捉えていると思います。
そして、2014年8月15日に Journal of Neurological Sciences誌に報告された研究はそれを裏付けるものでした。
Accuracy of the Babinski sign in the identification of pyramidal tract dysfunction (Journal of Neurological Sciences, 2014)
錐体路障害に対する Babinski反射の感度は 50.8%で、特異度は 99%である
これは Babinski反射の診断特性を明らかにした素晴らしい研究だと思います。やはり、Babinski反射は感度はそれほど高くないけど特異度は非常に高いのですね。陰性でも錐体路障害を起こすような疾患の存在は否定できないものの、もし陽性であればそのような疾患を探すことが重要になります。
ただしこうした研究は、どういう状況でどういう患者を対象とするかで診断特性が大きく変わってくることが知られているので、その点は留意する必要があります。この研究が対象としているのは急性期の入院患者です。慢性期の患者ではもう少し感度が良くなるのではないかという印象を持ちますが、今後さまざまな clinical settingでの研究が出てくることを期待しています。
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(参考)
神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (1)
神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (2)
神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (3)
神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (4)
神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (5)
神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (6)
神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (6)
神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (7)
反射の検査
ナジャ
JNNPに、塩分摂取量と多発性硬化症の活動性悪化には相関があるのではないかという論文が掲載されました (2014年8月28日 published online)。
塩分摂取量を尿中 Naなどから推定し、患者を少量摂取 (2 g/日 5 g/日未満)、中等量摂取 (2~4.8 g/日 5~12 g/日)、多量摂取 (4.8 g/日以上 12 g以上) にわけました。ビタミンDなど、影響を与えうる要因で多変量解析し、塩分摂取量が多量群では、少量群に比べ増悪率が 2.75~3.95倍になるという結果でした。著者らは、塩分が Th17細胞の分化を調節しているという実験結果がこの結果を説明するのではないかと推測しているようです。
ただ、日本で塩分摂取 2 g/day未満って、まず不可能ですよね・・・。塩分摂取の多い日本人で多発性硬化症の増悪が特に多いという印象はないので、この結果に再現性があるのか、追試を待ちたいと思います。
<訂正 (2014年11月5日)>
論文にある sodiumはナトリウムです。ナトリウムは食塩 NaClの 40%なので、塩分で議論するには 2.5をかけなければいけません。勘違いしていました。訂正致します。
遠隔画像診断.JPというサイトでは、様々な疾患の画像所見を解説しています。かなりの量あるので、まとめて見るのは結構大変ですが、Twitterや Facebookでフォローしておくと、毎日のように画像解説が流れてきて、自然と勉強できます。
先日は、妊婦の CT検査による胎児への影響について解説していました。
多くの医師は、学生時代、妊婦にレントゲンや CTは原則禁忌扱いで、月経から 10日以内なら妊娠の可能性がないので安全 (10-day rule) と習ったと思います。臨床現場でも、妊娠が否定できない方の CT検査の前に、妊娠反応をチェック・・・というのは、たまに見かける風景です。妊婦とわかれば、可能な限り検査は避けたいのが心情だと思います。
ところが妊婦とわかっていても、母体の治療をするために、どうしてもレントゲンや CTを撮像しなければならない場合があります。そうしたとき、検査がどの程度の胎児に影響するのかはあまり良く知られていません。下記の解説は非常にわかりやすかったので紹介しておきます。これを見ると、必要があるときはきちんと説明して検査しないといけないのだなということがよくわかります。
論文投稿に関連したいくつかのネタの紹介。
①アブストラクトの話
論文には、通常抄録 (abstract) がついています。雑誌によってまちまちですが、論文のスタイル毎に文字数の制限が決められています。最短の論文はどのくらいだったか記されたサイトを知りました。
どうやら、論文タイトルを疑問形にするのが、この手の短い抄録を作るポイントみたいです。医学論文では、“structured abstract” という形式で書かれることが多いので、なかなか機会がないかもしれませんが、チャンスがあれば一度試してみるのも面白いかもしれません。
②英文校正会社
私が初めて英文校正を受けた時、医局の先輩に聞いて使った英文校正会社の英文が気に入らず、金を払った上で別の英文校正会社に頼みなおす羽目になりました。その時、会社によって結構クオリティやスピードに差があることを知りました。最近、比較したサイトがあることを知ったので、紹介します。
③剽窃チェック
小保方騒動で、論文の文章が過去の論文の盗用である「コピペ論文」が注目を集めました。ところが、2~3行程度なら書いた文章が意図せず過去の論文と似ていることもありえますし、そのことで剽窃の疑いをかけられるのはつまらないことです。
それを防ぐために剽窃チェックソフトが市販されていますが、結構な値段します。
私がいつも英文校正でお世話になっているエディテージ社が、剽窃チェックサービスを始めたらしいです。小保方騒動はこんなビジネスを生み出していたのですね。
神経内科では、脳梗塞の二次予防によく抗血小板薬を使います。具体的にアスピリン、クロピドグレル、シロスタゾールといった薬剤です。
さて、2014年8月5日に、アスピリンを内服することによる癌予防効果が副作用を上回るかもしれないという、興味深い論文が発表されました。
論文によると、75~325 mgのアスピリンを 5年以上飲むと、メリットがデメリットを上回るらしいです。50~65歳に限っていえば、10年間アスピリンを内服することで、15年あたりの癌、心筋梗塞または脳卒中患者が、相対リスクで 7% (女性)/9% (男性) 減少し、20年間あたりの死亡が、相対リスクで 4%減少するという結果だったそうです。
アスピリンは、大腸癌の予防や乳癌の再発予防においてもいくつか知見が出ているみたいですし、面白いですね。
パーキンソン病の患者さんに、よく「進行を止められませんか?」と聞かれますが、残念ながら現在の医学では難しいと答えざるをえません。そんな中、ある研究で期待させる結果がでました。それは、α-シヌクレインに対するワクチン治療です。
概要:ワクチンの認容性を調べるための第一相試験 [AFF008]。PD01A 15 µg および 75 µg群、各12名で 12ヶ月間観察した。被検者は、1ヶ月間隔で 4回のワクチン接種を受け、全員が完遂した。結果、一次エンドポイントである安全性と認容性が確認された。また、二次エンドポイントは α-シヌクレイン特異的抗体の産生であったが、半数の患者で血清に抗体が確認された。加えて、髄液でも抗体は検出できた。臨床経過の解析では、ワクチン接種群はコントロール群と比べて、機能的な進行の抑制がみられた。
孤発性パーキンソン病は、凝集した α-シヌクレインが神経死を引き起こすことが、原因として有力とされる仮説です。まだ第一相試験なので情報は不十分ですが、このワクチンは機序的には十分期待できます。その他にも、α-シヌクレインが関係していると考えられるLewy小体病、多系統萎縮症といった α-synucleinopathyといわれる疾患群にも効果があるのかどうか、夢が膨らみます。
ちなみに、このワクチンが FDAに認可されるのには、あと 6~8年かかる見込みだそうです。
プリオン病の一つであるクロイツフェルト・ヤコブ病は、急速に進行する認知症症状やミオクローヌスの存在、あるいは頭部MRIでの拡散強調像高信号域、脳波での周期性同期性放電などが診断根拠になります。診断精度を高めるために、髄液 14-3-3蛋白なども測定します。しかし、髄液は高い感染性があることが知られています。医療スタッフへの感染を防ぐため、できることなら避けたいところです。
2014年8月7日の New England Journal of Medicineに、それを解決する 2本の検査法が報告されました。
①A Test for Creutzfeldt–Jakob Disease Using Nasal Brushings
②Prions in the Urine of Patients with Variant Creutzfeldt–Jakob Disease
1本目の論文は、鼻腔擦過標本を用いて RT-QuIC法 (リアルタイム撹拌変換法) を行うものです。少量の異常プリオン蛋白 (PrPCJD) に組み換えプリオン蛋白 (rPrPSen) を加えると、アミロイド線維を形成し、それが thioflavin T蛍光で検出できるそうです。髄液を用いた先行研究では、感度 80~90%, 特異度 99~100%でした。今回、著者らが安全で簡単に行える、鼻腔擦過検体で解析を行ったところ、感度 97%, 特異度 100%でした。
2本目の論文は、尿中の微量プリオンを PMCA (protein misfolding cyclic amplification) 法を用いて増幅するものです。尿を遠心分離し、得られた沈殿を transgenic mouseの 10%脳ホモジネート液に混ぜます。そして PMCA法で増幅した後、western blotを行います。この検査では、感度 92.9%, 特異度 100%でした。
こうした手法が、臨床現場に出てくるのはいつになるでしょうか、待ち遠しいです。
(参考) Novel Ways to Detect Creutzfeld-Jacob Disease?
少し前の経験から。
症例は心原性脳塞栓症の 80歳代男性です。突然発症の右上肢の運動・感覚障害で来院しました。MRIがとれない理由があり、頭部CTは来院時正常、翌日左中大脳動脈領域に脳梗塞巣が確認されました。
入院 2日後から夕方の発熱が続くようになり、入院 5日後から頸部痛を訴えました。入院 1週間後の採血では白血球 8000 /μl, CRP 19 mg/dl, 赤沈 (60分) 123 mmでした。症状から crowned dens syndromeを疑い、頸椎CTを施行したところ、軸椎歯突起周囲にはっきりと石灰化が見られ、すぐに診断となりました。NSAIDsを開始し、速やかに症状は改善しました。
Crowned dens syndromeは、軸椎歯突起周囲にピロリン酸カルシウムが沈着する偽痛風の一種です。そういえば、脳卒中患者は偽痛風が多い気がするなと思って、少し調べてみたら、2008年の臨床神経学に報告が出ていました。
これを見ると、脳卒中 181例中 10例で偽痛風を発症し、2例が crowned dens syndromeだったそうです。自分が市中病院にいた頃は、病棟で担当していた脳卒中患者は年間 70人くらいだったので、そう考えると結構な数字ですね。NSAIDsが効くので、診断がつかないまま発熱や疼痛に処方されて、気付かれずに良くなってしまう症例も結構あるのではないかと思いました。ちなみに、この症例では、研修医が診断をつけられなくて困っていて、私がひと目で診断つけたので、「ひょっとして惚れるかな」と思って鼻の下を伸ばしていたら、何事もなかったかのように流されました orz
話は逸れますが、赤沈が 100 mmを超える疾患は結構限られていて、確か Cunha BAの論文だったと思いますが、10疾患ほど挙げられています。列挙すると、成人スティル病、リウマチ性多発筋痛章/側頭動脈炎、腎細胞癌、亜急性感染性心内膜炎 (SBE)、薬剤熱、リンパ腫、Carcinoma、骨髄増殖性疾患 (MPD), 膿瘍、骨髄炎です。Crowned dens syndromeでも赤沈 100 mmを超えるのにはびっくりしました。
「反射の検査 (ロバート・ワルテンベルグ著、佐野圭司訳、医学書院)」を読み終えました。古い症候学の本ですが、内容に圧倒されました。
腱反射の検査は、神経症候学の初学者たちにとって高いハードルとなっています。覚えなければならない反射がたくさんあり、かつ判定が難しく、さらに解釈に頭を悩ませることも少なくありません。ワルテンベルグは、(深部) 腱反射を「筋肉が急激な伸展に反応して収縮すること」という原則で捉え、様々な研究者がまちまちに名付けた膨大な数の反射を整理しました。引用文献数 465 (英語、ドイツ語、フランス語などを含む) が示す通り、内容は極めて網羅的ですが、読みやすくまとめられています。神経内科医は一度は読んでおきたい本です。
佐野圭司先生は同じ本で、さらにワルテンベルグの論文 2本を訳出しています。その一本が、”Babinski反射の 50年” で、ワルテンベルグが 1947年の JAMAに “The Babinski reflex after fifty years” というタイトルで書いた論文です。ワルテンベルグは Babinskiの弟子でした。もう一本が、”Brudzinski徴候と Kernig徴候” です。どちらも素晴らしい論文でした。
本書を読んで、ワルテンベルグの才能は、「本質を見抜くこと」にあると思いました。(深部) 腱反射は、「筋肉が急激な伸展に反応して収縮すること」という原則で全てを整理しました (腱を打腱器で叩くと筋肉は伸展する)。Babinski反射は「同側集団屈曲反射の一部で、よじ登る運動の過程の痕跡的な表れ」であり、Babinski変法も全てこれで説明できます。Brudzinski徴候や Kernig徴候は、「脊髄や神経根の伸展で生じる疼痛 (脊髄や神経根の自由な運動が炎症や疾病で妨げられると出現する) を逃れるため、伸展を最小にする姿勢をとる」ことが本質です。
神経症候学に関する本を読んだのは久しぶりでしたが、とても良い刺激を受けました。こういう本を読むと、診察が楽しくなります。
心房細動のある患者の脳梗塞予防には、以前はワーファリンが使用されていました。というか、内服での抗凝固療法では、他に選択肢がありませんでした。しかし、採血で INRを測定しながら用量調節する必要があり、薬剤相互作用や食品の影響を受けるなど使いにくく、効きすぎて出血したり、効かなさすぎて脳梗塞を発症したりということもよく見かけました。 そこで登場したのが、新規抗凝固薬 (NOACs) です。用量調節が簡単で、薬剤相互作用や食品の影響を受けにくい、効果発現が速い、やめると速やかに効果が切れる、ワルファリンと効果がほぼ同等で出血性合併症が少ない、などの理由で急速に普及しました。その先陣を切った薬剤が dabigatran, 商品名プラザキサです。その後、rivaroxaban (イグザレルト)、apixaban (エリキュース) が発売されました。腎障害、高齢、低体重などで出血性合併症のリスクが高くはなるものの、その点を留意して選択すれば、ワルファリンに比べて圧倒的に使いやすい薬剤です。
NOACsは市場が大きいため、製薬会社による販売活動が非常な盛んな分野です。少しでも他社製品に差をつけようと、各社しのぎを削っています。そんな中、2014年7月23日の British Medical Journal (BMJ) に衝撃的な特集記事が組まれました。
①Dabigatran: how the drug company withheld important analyses
②Concerns over data in key dabigatran trial
③Dabigatran, bleeding, and the regulators
④The trouble with dabigatran
BMJの言い分は、「もし採血で薬剤の血漿レベルを監視して使用することにしていれば、もっと出血性合併症を減らせたのに、製薬会社がその事実を隠していた (dabigatranの血中濃度が 200 ng/mlを超えると危険らしい)」というものです。Boehringer社は、「ワルファリンと違って採血不要」を宣伝文句にしていました。販売戦略のために、副作用を軽減しうる投与法を隠していた可能性が指摘されています。また、pahse IIIの RE-LY試験が open labelだったことが、バイアスにつながっている可能性にも触れられていました。
個人的な使用経験や臨床試験の結果を見た感じでは、dabigatranをこれまでどおり使用しても、少なくともワルファリンより効果や安全性が劣ることはないとは思います。しかし、最善の使用法が製薬会社により意図的に隠されていたことで、dabigatranのイメージダウンは免れません。
少数例ではあっても rivaroxabanで間質性肺炎が問題になっていること (ただし稀)、AHA/ASAによる stroke guidelineで示された evidence level、今回の BMJの特集記事から、NOACsの中では apixabanが選ばれやすくなっているのかもしれません。