Category: 医学と医療

Benztropine

By , 2013年11月9日 10:58 PM

2013年10月17日の Nature誌に、多発性硬化症の論文が掲載されていました。海外でパーキンソン病の治療薬として使用されている benztropineについてです。

A regenerative approach to the treatment of multiple sclerosis

Vishal A. Deshmukh, Virginie Tardif, Costas A. Lyssiotis, Chelsea C. Green, Bilal Kerman, Hyung Joon Kim, Krishnan Padmanabhan, Jonathan G. Swoboda, Insha Ahmad, Toru Kondo, Fred H. Gage, Argyrios N. Theofilopoulos, Brian R. Lawson, Peter G. Schultz & Luke L. Lairson

Abstract
Progressive phases of multiple sclerosis are associated with inhibited differentiation of the progenitor cell population that generates the mature oligodendrocytes required for remyelination and disease remission. To identify selective inducers of oligodendrocyte differentiation, we performed an image-based screen for myelin basic protein (MBP) expression using primary rat optic-nerve-derived progenitor cells. Here we show that among the most effective compounds identifed was benztropine, which significantly decreases clinical severity in the experimental autoimmune encephalomyelitis (EAE) model of relapsing-remitting multiple sclerosis when administered alone or in combination with approved immunosuppressive treatments for multiple sclerosis. Evidence from a cuprizone-induced model of demyelination, in vitro and in vivo T-cell assays and EAE adoptive transfer experiments indicated that the observed efficacy of this drug results directly from an enhancement of remyelination rather than immune suppression. Pharmacological studies indicate that benztropine functions by a mechanism that involves direct antagonism of M1 and/or M3 muscarinic receptors. These studies should facilitate the development of effective new therapies for the treatment of multiple sclerosis that complement established immunosuppressive approaches.

要旨:多発性硬化症の進行期では、再ミエリン化や疾患の寛解に必要な成熟 Oligodendrocyte (乏突起膠細胞) を産生する前駆細胞の分化が阻害されている。Oligodendrocyteの分化を選択的に誘導する物質を同定するために、ラットの視神経由来前駆細胞を用いてミエリン塩基性蛋白 (MBP) の image-based screenを行った。その結果、再発寛解型多発性硬化症の実験的自己免疫性脳脊髄炎 (experiment autoimmune encephalomyelitis; EAE) モデルにおいて、単独あるいは免疫抑制療法と併用で臨床的重症度を軽減させる benztropineを同定した。Cuprizone誘導脱髄モデル, in vitroおよび in vivo T-cell assay, EAE養子免疫伝達実験の知見は、この薬剤の有効性が免疫抑制よりも再ミエリン化を直接増強した結果であることを示していた。薬物学的な研究では、benztropineは M1 および/もしくは M3 ムスカリン受容体を直接阻害することによって働くことがわかった。これらの研究は、多発性硬化症の治療において、確立した免疫抑制療法を補完する新療法の開発を促進するだろう。

☆High-throughput OPC (oligodendrycyte precursor cell) differentiation screen

OPCの分化を選択的に誘導する小分子のスクリーニングを行った。初代ラット視神経由来OPCを 6日間培養し、MBPの発現をhigh content imaging assayで評価した。

・PDGF (platelet derived growth factor) -AAを減らしていくと OPCsは分化しなくなるが、T3 (triiodothyronine) を添加すると分化する。
→しかし T3では治療に望ましくない。
・10000種類の分子をスクリーニングした結果、最も治療に使えそうで、かつ分化を誘導したのがbenztropineだった。この分子は経口で使用可能であり、血液脳関門も通過できる。
・OPCsの培養期間を変えて調べると、benztropineは未成熟A2B5発現OPCには作用するが pre-oligodendrocyte stageには作用しない。
・benztropineは OPCsの分化と myelin化促進両方の作用がある。

☆M1/3 muscarinic receptor antagonism

Benztropineの作用
①抗コリン作用
②ドパミン再取込阻害作用
③抗ヒスタミン作用

・ドパミン受容体拮抗薬 haloperidol, ドパミン受容体作動薬 quinpirole,ヒスタミン受容体作動薬 histamine trifloromethyl-toluidine (HTMT) は benztropine依存的 OPCsの分化に影響を与えなかった。
→benztropineによる OPCsの分化には、ドパミン再取込阻害作用や抗ヒスタミン作用は関係していない
・コリン作動薬にはムスカリン作用とニコチン作用がある。選択的ムスカリン型アセチルコリン受容体作動薬 carbachol, 選択的ニコチン型アセチルコリン受容体作動薬 nicotineでは、carbachol存在下でのみ benztropine OPCsの分化が阻害された。
→ムスカリン型アセチルコリン受容体が関係している。
・ドパミン受容体作動薬 quinpirole、ニコチン型アセチルコリン受容体拮抗薬 tubocuraine, mivacurium, mecamylamine, pancuronium, atracurium, trimethophan)ではOPCsは分化しなかった。
→ドパミン受容体やニコチン型アセチルコリン受容体は OPCsの分化に関係ない
・ムスカリン型アセチルコリン受容体拮抗薬 atropine, oxybutynin, scopolamine, ipratropium, propiverineは全て用量依存的にOPCsの分化を誘導した。
→OPCsの分化はムスカリン受容体の阻害に依存しているようだ。

・ムスカリン受容体のシグナル経路をいくつか調べると、OPCsは M1/M3ムスカリン受容体の直接阻害によって分化が促進するようだ。

☆Efficacy in the PLP-induced EAE model

PLP (proteolipid protein) で誘導される、再発寛解型多発性硬化症の実験的自己免疫性脳脊髄炎 (experiment autoimmune encephalomyelitis; EAE) モデルを用いた実験を行った。

・Benztropineは急性期の重症度を著明に改善する。
・Benztropineにより成熟 oligodendrocyteが有意に増加した。毒性も見られなかった。
・Benztropineを用いても、急性期に脱髄 (“g-ratio=神経直径/神経外径, 高いと髄鞘が菲薄化” で評価) はみられるが、再髄鞘化が有意に優れる。

☆Effecacy of benztropine in the cuprizone model

C57BL/6 miceに cuprizonew投与して脱髄を起こさせた in vivoの実験では、第 2週の時点で benztropine群で再髄鞘化が優れていた。Benztropineは直接 OPCを分化させて、in vivoにおける再髄鞘化を促進しているようだ。

☆Benztropine is dose-sparing with FTY720

EAEモデルにおいて、インターフェロンβや FTY720単剤に比べ、それぞれ benztropineを加えた方が臨床的重症度は軽かった。FTY720に Benztropineを併用したときに、FTY720単剤に比べて免疫細胞の浸潤は減らず、benztropineに FTY720を加えたときに benztropine単独に加えて oligodendrocyteは増えない。このことから、両薬剤の併用による効果は、免疫メカニズムと、再髄鞘化メカニズムの相加作用に由来すると考えられる。

  多発性硬化症の治療選択肢は年々増えていますが、ほとんどが免疫抑制作用を中心とするものです。そして、いくつかの薬剤では進行性多巣性白質脳症など、免疫抑制作用に起因する副作用が問題となっています。

このように、別のメカニズムの薬剤を組み合わせることで、免疫抑制作用を持つ薬剤の投与量を減らしたり、相加作用により治療効果を高めたりできると面白いですね。

ただ、著者らが考察で指摘しているように、抗ムスカリン作用を持つ薬剤には用量依存的な神経・精神的副作用が生じるので、臨床応用までにはいくつかの課題をクリアしなければならなさそうです。でも、多発性硬化症の患者はパーキンソン病よりも若年であることが殆どなので、パーキンソン病で使用する場合よりは副作用が問題になりにくい気もします。

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Neurology and surrealism

By , 2013年10月31日 8:06 AM

これまで、「シュルレアリスム宣言」、「ナジャ」というエントリーで、シュルレアリスムの創始者 Bretonと神経学者 Babinskiの関係に触れてきました。

彼らの関係について、2012年に Brain誌が Occasional paperとして “Neurology and surrealism: André Breton and Joseph Babinski.” という論文を掲載しました。芸術家と医学の研究で権威である Bogousslavskyらのグループによる論文です。

Neurology and surrealism: André Breton and Joseph Babinski.

Brain. 2012 Dec;135(Pt 12):3830-8. doi: 10.1093/brain/aws118. Epub 2012 Jun 7.
Haan J, Koehler PJ, Bogousslavsky J.
Department of Neurology K5Q, Leiden University Medical Centre, PO Box 9600, 2300 RC Leiden, The Netherlands. J.Haan@lumc.nl
Abstract
Before he became the initiator of the surrealist movement, André Breton (1896-1966) studied medicine and worked as a student in several hospitals and as a stretcher bearer at the front during World War I. There he became interested in psychiatric diseases such as hysteria and psychosis, which later served as a source of inspiration for his surrealist writings and thoughts, in particular on automatic writing. Breton worked under Joseph Babinski at La Pitié, nearby La Salpêtrière, and became impressed by the ‘sacred fever’ of the famous neurologist. In this article, we describe the relationship between Breton and Babinski and try to trace back whether not only Breton’s psychiatric, but also his neurological experiences, have influenced surrealism. We hypothesize that Breton left medicine in 1920 partly as a consequence of his stay with Babinski.
PMID: 22685227

この論文を医局の抄読会で紹介しました。その時の資料として、簡単にエッセンスを日本語でまとめたので、PDFファイルで置いておきます。Babinski, Charcot, Claude, Parinaudといった神経学者の名前が登場する、非常に面白い論文です。原著が読める方は上記リンクから、そうでない方は下記の資料を御覧ください。

Neurology and surrealism (抄読会用配布資料 PDF)

 

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ナジャ

By , 2013年10月24日 7:42 AM

2013年9月21日のブログで「シュルレアリスム宣言」を紹介しましたが、同じブルトンが書いた「ナジャ (アンドレ・ブルトン著、巌谷國士訳、岩波文庫)」を斜め読みしました。この本は、ブルトンが実際に交際していた精神疾患のある女性ナジャをテーマにしています。

この本の中で私が最も興味を持ったのは、Babinskiについての記載です。ある舞台についてのシーンを紹介します。

「ナジャ (アンドレ・ブルトン著、巌谷國士訳、岩波文庫)」 54ページ

だが私の希望的観測では、作者たち (これは喜劇役者のパローと、たしかティエリーという名の外科医と、そのうえおそらくどこかの悪魔との合作になるものだった*) はソランジュがこれ以上の目にあうのを望んでいなかっただろう。

1862年にブルトンはこの部分への注釈を記しました。何と、そこにバビンスキーが登場するのです。長い注釈ですが、全体を引用します。

*この作者たちのまぎれもない正体については、三十年後にようやく明らかにされた。一九五六年になってはじめて、雑誌『シュルレアリスム、メーム』(1) は、この『気のふれた女たち』の全文を発表することができたのだ。そこに付されている P-L・パローによるあとがき (2) が、この芝居の制作過程を解明している。「[この芝居の] 最初の着想は、パリ郊外のとある私立女学校を背景にしておこった、いささかいかがわしい事件から思いつかれたものだ。けれども私がその着想を用いるべき劇は、-双面劇場なのだから-、グラン・ギニュルに類するジャンルのものであることを考えると、絶対の科学的真実のうちにとどまりながらも、ドラマティックな側面に味つけをしなければならなかった。つまり、きわだどい側面を扱わざるをえなかった。問題は循環的・周期的な狂気の一症例だったが、それをうまくこなすためには、もちあわせのないさまざまな叡智が必要だった。そんなとき、友人のひとり、病院勤務のポール・ティエリー教授が、あの卓抜なジョゼフ・ババンスキ (3) との関係をとりもってくれた。こちらの大家がよろこんで知識の光を与えようとしてくれたおかげで、この劇作のいわば科学的な部分を大過なく扱うことができたのである。」『気のふれた女たち』の念入りな制作過程にババンスキ博士が一役かっているのを知ったとき、私は大いに驚かされた。かつて私は「仮インターン」の資格で、慈善病院 (ラ・ピティエ) に勤務中の博士の補佐をかなり長くつとめていたことがあるので、この高名な神経病学者のことはしっかりと思い出にとどめている。彼が示してくれた好意についてもいまだに名誉に思っているし-たとえその好意が、私の医者としての立派な未来を予言するほど見当はずれなものだったとしても!-、自分なりにその教えを活用してきたつもりでいる。この件については、最初の『シュルレアリスム宣言』の末尾に賛辞を呈している (4)

岩波文庫版では、上記に対する訳注が充実しています。必要な部分のみ引用します。

(1) 『シュルレアリスム、メーム』-(Le surrealisme, meme-「シュルレアリスム、そのもの」とも「シュルレアリスム、さえも」とも読める) は、一九五六年秋から五九年春まで、計五号を不定期刊行したシュルレアリスム機関誌。(以下略)

(2) 略

(3) ジョゼフ・ババンスキ (一八五七-一九三二) は著明な精神医学者。神経系統の反射機能、ヒステリーなどの研究で知られる。数行あとに出てくる慈善病院 (パリ十三区にあった神経医学慈善センターのことで、現ピティエ-サルペトリエール病院にふくまれる) に勤務し、多くの後進を育成。ブルトンがこの病院につとめたのは一九一七年の一月から九月までだった。なお、前注1にふれた別冊付録の最終ページには、このババンスキのポートレートが大きくかかげられている。

(4) 『シュルレアリスム』宣言におけるババンスキへの賛辞は、「足のうらの皮膚の反射作用の発見者」の逸話として、巻末近く (岩波文庫、八三ページ) にあらわれる。なお、『ナジャ』の五四ページでブルトンの想定している「悪魔」が、じつはババンスキだとも読めるところがおもしろい。

ブルトンの残した注釈を見ると、バビンスキーは劇の制作に一役買っていたんですね。ある先生から、「Babinskiは劇が好きでね。オペラ・ガルニエの近くに劇場があったのだけど、そこで急病人が出た時に診療するようなことをしていて、しょっちゅう劇場に入り浸っていたんだよ」と教えていただきました。

バビンスキーとブルトンの関係を考察した医学論文も最近読んだので、いずれ紹介したいと思います。

(参考)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (1)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (2)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (3)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (4)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (5)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (6)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (6)

神経学の源流 1 ババンスキーとともに― (7)

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シャルコー

By , 2013年9月28日 8:26 AM

精神科医からのメッセージ シャルコー 力動精神医学と神経病学の歴史を遡る (江口重幸著、勉誠出版)」を読み終えました。

シャルコーといえば、神経学の礎を築いた医師です。多発性硬化症や筋萎縮性側索硬化症の疾患概念を作り上げ、パーキンソン病に光を当て、フロイトやバビンスキーなどの多くの医学者を育て、デュシェンヌの電気生理検査を高く評価しました。晩年はヒステリーを精力的に行いました。研究筋萎縮性側索硬化症はフランスではシャルコー病と呼ばれることがありますし、シャルコー・マリー・トゥース病、シャルコー関節など、シャルコーの名前を冠した疾患、症候はいくつもあります。もう少し詳しく知りたい方はこちらを御覧ください。

本書の目次をまず紹介します。

はじめに

第一章 すべてはシャルコーからはじまる

第二章 男性ヒステリーとは?-『神経病学講義』より

第三章 シャルコー神経病学の骨格

第四章 大ヒステリー=大催眠理論の影響-フロイト・ジャネ・トゥーレット

第五章 シャルコーとサルペトリエール学派

第六章 『沙禄可博士神経病臨床講義』-『火曜講義』日本語版の成立と三浦謹之助

第七章 シャルコーの死とその後

第八章 シャルコーと十九世紀末文化-ゴッホのパリ時代と『ルーゴン=マッカール叢書」

終章 ヒステリーの身体と図像的記憶

あとがき

著者は精神科医であり、その視点から見たヒステリー、あるいはヒステリーの理解の歴史的な流れがわかりやすく記されていました。また、シャルコーの時代の小説を通じて、シャルコーあるいは同時代のヒステリーを描いた部分では、著者の広い教養を感じました。その他、三浦謹之助に光を当てていたのも良かったです。著者はシャルコーや三浦謹之助の子孫の方と交流があるようで、他では知ることの出来ないような話がいくつも本書に記されています。

シャルコーは、偉大な業績を残した反面、ヒステリー研究は彼の汚点であったとする言説を目にすることがたまにありますが、シャルコーのヒステリー研究がそんなに単純なものではなかったのが本書を読んでよくわかりました。ヒステリーの患者さんを診療する機会の多い神経内科医しては、著者の下記の文章は実感を持って理解できます。

精神と身体、あるいは人格の複数性が問題になる時、あるいはそこから派生する解離や記憶が問題になる時、私はこれを「シャルコー的問題」と呼ぼうと思うが、われわれは絶えず「ヒステリーの身体」と「シャルコー的視線」という問題に突き当たることになる。シャルコー没後一世紀以上を経た今日でも、問題は何ひとつ解決されておらず、しかもそれらが激しく議論されたことすらも忘れられようとしているのである。

多くの神経内科医に勧めたい本です。

以下備忘録、主として医学史関連の部分。

・ジャネによれば、シャルコーはこうした患者 (神経性無食欲症) を診て、その原因に太りたくないという固着観念があることを指摘したという。ジャネは、シャルコーの事例で、「ママのように太ってしまうなら空腹で死んだほうがいい」と述べる一人の少女を例に挙げている。その少女は腰にぴったりとピンクのリボンを巻き、それ以上太らない目安にしていた。シャルコーは、拒食がヒステリー性のものだという診断のために、このような肥満への固着観念を示す具体的証拠を探し出そうとしたという。シャルコーはさらに、臨床講義でこうした患者の治療には、まずは病因となった家族関係からの「隔離」が第一であり、両親を含め、医療者の権威への服従の度合いが重要な治療上の指標になるという卓見を披露している。(p.75)

・ゲッツの分析によれば、一八九一年の一年間 (つまり三七回の火曜外来) に三一六八名の患者が訪れ、うち一九一三名が初診、一二五五名が再来患者であった。それ以外の私的な診療はシャルコーの私邸で行われ、当初ピエール・マリーが、後にはギノンが与診として読み上げる助手の役を務めた。(p.103)

・同世代のヴュルピアンは、シャルコーといずれも同期にアンテルヌ、教授資格をとり、サルペトリエール病院に赴任した。ヴュルピアンは病理解剖学の教授となり、シャルコーとともに多発性硬化症の研究をおこない、生涯にわたってよきライバルであり、同時に親交を結んだ。一方、デュシェンヌはシャルコーの一時代上の晩学独行の研究者であった。デュシェンヌは地元で開業した後、四〇歳代でパリに出て、歩行運動失調や静電気を使用した表情筋の研究を一八五〇~六〇年代に相次いで発表。若いシャルコーに鮮烈な衝撃を与えた。シャルコーは彼を「神経学におけるわが師」と呼び、生涯にわたって深く敬愛した。シャルコーはデュシェンヌから、写真術と静電気使用という不可欠の技術を学び取ったのである。 (p. 108)

・のちの神経学や力動精神医学の基礎を築いたじつに多くの研究者がシャルコーのもとから巣立った。デュボーヴ、ジョフロア、ブールヌヴィーユ、フェレ、トゥーレット、ブリッソー、ピエール・マリー、ロンド、バレ、ギノン、ババンスキー、リシェ、スークさらにはジャネやフロイトを挙げることができる。(p.113)

・シャルコー以降、「精神ぬきの神経学と身体ぬきの精神医学」の時代が本格的に訪れる。(p.121)

・学生時代からエフェドリンについての論文 (塩酸エフェドリンの薬理作用である顕著な散瞳現象を、さまざまな動物実験で明らかにしたもの) をベルリンの医学雑誌に発表していた三浦 (謹之助) は、留学中も各地でそれぞれに相応しい研究成果を出しては次々に論文に発表している。結局その後も含め、独語、仏語で二〇編を超える論文を残した。三浦は、ベルリンのゲルハルトに内科学を、オッペンハイムに神経学を、マールブルグのマルシャンに病理学を、キュルツに生化学を学び、続いてハイデルベルグのエルプのもとで神経学を学び、明治二五年 (一八九二年) 一月パリのサルペトリエール病院に移ってシャルコーのもとで約半年間学び、同年の十一月に帰国している。(p.126)

・三浦は、明治三五年 (一九〇二年) には、東京大学精神医学教室の呉秀三とともに日本神経学会を設立した。今日の日本精神神経学会の前身である。この学会誌『神経学雑誌』第一号第一巻の巻頭論文は三浦による「筋萎縮性側索硬化症ニ就テ」であった。論文冒頭で三浦は、「我師シャルコー」の業績を賞賛することからはじめている。(p.129)

・三浦謹之助は、一八六四年 (元治元年) 三月二一日、福島県伊達郡富成村に生まれた。家は山村の医者であり、父道夫や東京にいた三浦有恒の影響もあってはやくから医者の道を志している。(p.134)

・三浦は、明治天皇の崩御の際の医療チームに加わり (この時わが国で最初に酸素ボンベが使用されたと記されている)、さらには大正天皇を診察し、また昭和天皇の欧州旅行に随行した一方で、幼き日より影響を受けた福澤諭吉の晩年から末期の主治医となり、その他にも伊藤博文、井上馨、桂太郎、松方正義、原敬、加藤高明ら数多くの政治家や実業家、さらには芸術家、著名人の主治医をつとめたのである。(p.138)

・ 一八九一年、当時の文部省が、大学教授資格試験 (アグレガシオン) の総監督に、シャルル・ブシャールを任命している、ブシャールはシャルコーの弟子であったが、途中袂をわかっており、結局教授資格試験に合格した五人のうち三名がブシャールの弟子であり、シャルコーの弟子は一人も通らなかった。この時本命とされていたババンスキーと、ジル・ドゥ・ラ・トゥーレットという、学派を代表する候補者が不合格になったのである。(p.159)

・シャルコーの死の影響は、まずサルペトリエール病院神経病学講座という、ほぼシャルコー唯一人を想定して設立された講座の主任教授を誰が引き継ぐのかという現実的な問題として表れた。結局ブリッソーが暫定教授を務めた後、九四年からは、二代目として正式にフルガンス・レイモンが主任教授に指名されることになる。レイモンはシャルコーの講座色を絶やさず約十七年間この講座の主任教授を務めた。シャルコーの直弟子たちもそれぞれの進路の変更を余儀なくされる。デジェリヌがサルペトリエール病院内に残ることになったため、ピエール・マリーは郊外のビセートル病院に移った。一貫して催眠に関心を示さなかったマリーは、その後の遺伝や変性や失語症について自らの議論を展開し多くの論争をおこなうことになった。一九〇七年には病理解剖学講座の主任になり、一九〇八年、有名な失語症論争をデジェリヌとの間で展開した、そして一九一七年デジェリヌの突然の死後、サルペトリエールに戻り四代目の主任教授におさまった。(p.162)

・(ババンスキーの) 次の外来医長だった、ジル・ドゥ・ラ・トゥーレットは、シャルコーの死の前後に、学派を代表する浩瀚なヒステリー研究を上梓したが、ブルアーデルとともに司法医学分野で大学に残ることを計っている。九三年には遠隔から催眠術をかけられたとする女性からの銃撃を受けて頭部に受傷し、その後は進行麻痺によるものと思われる問題行動が多く出現し、最終的には劇場での公演中にまとまらないことを口走り、本格的な狂気に陥ることになった。(p.163)

・サルペトリエール病院で、シャルコーの輝かしい業績を再び距離を置いて評価できるようになる機会は、マリーに続く五代目の主任教授であるギランを待ってはじめて可能になる。(p.165)

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喫煙とクロピドグレル

By , 2013年9月27日 7:43 AM

動脈硬化による脳梗塞を起こした患者さんに、「脳梗塞の予防に血液サラサラにする薬を使いましょうね」と抗血小板薬を処方するのは日常よく見かける風景です。患者さんは「血液サラサラ」と聞くと、もう脳梗塞を起こさなくてすむのではないかと錯覚しますが、せいぜい 20%前後予防してくれるにすぎません。

抗血小板薬はアスピリン (バファリン81, バイアスピリン)、クロピドグレル (プラビックス)、シロスタゾール (プレタール) などといった薬剤が一般的に日本で使用される薬剤です。アスピリンは薬価が非常に安い (5.6円/100 mg錠) のですが、クロピドグレルは薬価が高く (282.7円/75 mg錠)、製薬会社が積極的なプロモーションを行っています。先日は、「こういうシチュエーションで、脳梗塞予防にクロピドグレルを使わないのは、訴訟リスクになり得る」という講演が放映されていたのには、びっくりしました。

さて、そのクロピドグレルですが、2013年9月17日の British Medical Journal (BMJ) にビックリする論文が出ました。何と、喫煙者と非喫煙者でクロピドグレルの効果が顕著に違うという meta-analysisです。心血管死、心筋梗塞、脳卒中に対して、喫煙者でのクロピドグレルのリスク減少効果は 25%, 非喫煙者でのリスク減少効果は 8%でした。これだけ高い金を出して、非喫煙者には効果がすごく少ないんですね。何故こんなに効果が違うのかが不思議なのですが、クロピドグレルはプロドラッグで、代謝酵素で活性型になってから作用するのですが、喫煙は代謝酵素を誘導して活性型代謝産物を増加させるので効果が強くなるという仮説があるそうです。

実際の論文を下に紹介しておきます。一緒に解析されている ticagrelorや prasugrelといった薬剤は、今後日本にも登場してくることが予想される薬剤で、今回の研究を見るとクロピドグレルよりは幾分効果がありそうです。興味のある方は読んでみてください。

Effect of smoking on comparative efficacy of antiplatelet agents: systematic review, meta-analysis, and indirect comparison

BMJ 2013; 347 doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.f5307 (Published 17 September 2013)
Cite this as: BMJ 2013;347:f5307

Abstract
Objective To evaluate whether smoking status is associated with the efficacy of antiplatelet treatment in the prevention of cardiovascular events.

Design Systematic review, meta-analysis, and indirect comparisons.

Data sources Medline (1966 to present) and Embase (1974 to present), with supplementary searches in databases of abstracts from major cardiology conferences, the Cumulative Index to Nursing and Allied Health (CINAHL) and the CAB Abstracts databases, and Google Scholar.

Study selection Randomized trials of clopidogrel, prasugrel, or ticagrelor that examined clinical outcomes among subgroups of smokers and nonsmokers.

Data extraction Two authors independently extracted all data, including information on the patient populations included in the trials, treatment types and doses, definitions of clinical outcomes and duration of follow-up, definitions of smoking subgroups and number of patients in each group, and effect estimates and 95% confidence intervals for each smoking status subgroup.

Results Of nine eligible randomized trials, one investigated clopidogrel compared with aspirin, four investigated clopidogrel plus aspirin compared with aspirin alone, and one investigated double dose compared with standard dose clopidogrel; these trials include 74 489 patients, of whom 21 717 (29%) were smokers. Among smokers, patients randomized to clopidogrel experienced a 25% reduction in the primary composite clinical outcome of cardiovascular death, myocardial infarction, and stroke compared with patients in the control groups (relative risk 0.75, 95% confidence interval 0.67 to 0.83). In nonsmokers, however, clopidogrel produced just an 8% reduction in the composite outcome (0.92, 0.87 to 0.98). Two studies investigated prasugrel plus aspirin compared with clopidogrel plus aspirin, and one study investigated ticagrelor plus aspirin compared with clopidogrel plus aspirin. In smokers, the relative risk was 0.71 (0.61 to 0.82) for prasugrel compared with clopidogrel and 0.83 (0.68 to 1.00) for ticagrelor compared with clopidogrel. Corresponding relative risks were 0.92 (0.83 to 1.01) and 0.89 (0.79 to 1.00) among nonsmokers.

Conclusions In randomized clinical trials of antiplatelet drugs, the reported clinical benefit of clopidogrel in reducing cardiovascular death, myocardial infarction, and stroke was seen primarily in smokers, with little benefit in nonsmokers.

Effect of smoking on comparative efficacy of antiplatelet agents

Effect of smoking on comparative efficacy of antiplatelet agents, figure 2

同じ British medical journalで、2012年11月5日に新規経口抗凝固薬 (new oral anticoagulant drug: NOAC) の比較に関する論文が載っています。既に数種類の薬剤が使用可能なので、どの NOACを使うかといったときにたまに参考にしています。論文が見つかりにくいときがあるので、備忘録としてリンクを貼っておきます。

Primary and secondary prevention with new oral anticoagulant drugs for stroke prevention in atrial fibrillation: indirect comparison analysis

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シュルレアリスム宣言

By , 2013年9月21日 9:25 PM

シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (アンドレ・ブルトン著、巌谷國士訳、岩波文庫)」という本の中から、シュルレアリスム宣言を読み終えました。日常会話で「シュールだなぁ・・・」という表現をすることがありますが、その元になったのがシュルレアリスムという言葉のようです。

以前、岩田誠先生と現代音楽について話をしていたときに、その場にいた “はりやこいしかわ先生” が、「音楽にシュルレアリスムはないんですか?」と尋ねて、岩田先生が「それはないんだよ。なぜなら音楽にはレアルがないから。シュルレアリスムっていうのは、レアルに対するシュルなんだよ」なんて答えてらっしゃって、何も知らなかったシュルレアリスムを少し勉強してみようと思ったのがこの本を読んだ動機です。

そもそもシュルレアリスムとは何なのか、それを定義した部分を抜粋します。

「シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (アンドレ・ブルトン著、巌谷國士訳、岩波文庫)」 46~48ページ

そこで、いまこそきっぱりと、私はこの言葉を定義しておく。

シュルレアリスム。男性名詞。心の純粋な自動現象 (オートマティスム) であり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる。理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり。

百科事典。(哲)。シュルレアリスムは、それまでおろそかにされてきたある種の連想形式のすぐれた現実性や、夢の全能や、思考の無私無欲な活動などへの信頼に基礎をおく。他のあらゆる心のメカニズムを決定的に破産させ、人生の諸問題の解決においてそれらにとってかわることをめざす。絶対的シュルレアリスムを行為にあらわしてきたのは、アラゴン、バロン、ボワファール、ブルトン、カリーヴ、クルヴェル、デルテイユ、デスノス、エリュアール、ジェラール、ランブール、マルキーヌ、モリーズ、ナヴィル、ノル、ペレ、ピコン、スーポー、ヴィトラックの諸氏である。

現在までのところ、以上の面々だけであって、十分なデータのないイジドール・デュカスの例をのぞけば、まずまちがうようなことはないだろう。そしてもちろん、それぞれの効果を表面的に見るだけならば、ダンテや、全盛期のシェイクスピアをはじめとして、かなりの数の詩人たちがシュルレアリストとみなされうるだろう。私は、背任の結果として天才とよばれているものを格下げするために、これまでさまざまな試みにふけってきたものだが、その間になにひとつとして、シュルレアリスム以外のプロセスに帰着しうるものを見出せなかったのである。

ヤングの「夜想」ははじめからおわりまでシュルレアリスム的であるが、あいにく語り手は牧師である。おそらくわるい牧師ではあろうが、とにかく牧師である。

スウィフトは悪意においてシュルレアリストである。

サドはサディスムにおいてシュルレアリストである。

シャトーブリヤンは、エグゾティスムにおいてシュルレアリストである。

コンスタンは政治においてシュルレアリストである。

ユゴーは馬鹿でないときはシュルレアリストである。

デボルド-ヴァルモールは愛においてシュルレアリストである。

ベルトランは過去においてシュルレアリストである。

ラップは死においてシュルレアリストである。

ポーは冒険においてシュルレアリストである。

ボードレールは道徳においてシュルレアリストである。

ランボーは人生の実践その他においてシュルレアリストである。

マラルメは打明け話においてシュルレアリストである。

ジャリはアプサント酒においてシュルレアリストである。

ヌーヴォーは接吻においてシュルレアリストである。

サン-ポー-ルーは象徴においてシュルレアリストである。

ファルグは雰囲気においてシュルレアリストである。

ヴァシェは私のなかでシュルレアリストである。

ルヴェルディは自宅にいるときにシュルレアリストである。

サン-ジョン・ペレスは距離をおいてシュルレアリストである。

ルーセルは逸話においてシュルレアリストである。

等々。

このように、連想、夢、無意識に重きを置いた姿勢は、フロイトなどの精神分析を思い起こさせますが、何とブルトンは精神医学や神経学を学んだことがあり、精神分析で有名なフロイト、神経学の歴史的偉人バビンスキーと交流がありました。シャルコー、クレペリン、フロイトなどの著書を夢中になって読んでいた時期があると言います。

シュルレアリスム宣言にも、フロイトやバビンスキーが登場します。その部分を抜粋します。まずはフロイトから。

「シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (アンドレ・ブルトン著、巌谷國士訳、岩波文庫)」 19ページ

文明という体裁のもとに、進歩という口実のもとに、当否はともかく迷信だとか妄想だとかきめつけることのできるものはすべて精神から追いはらわれ、作法にあわない真理の探求方法はすべて禁じられるにいたったのだ。最近になって、知的世界の一部分が明るみに出されたことは、表面上は、いかにも大きな偶然のしわざである。だが、私の見るところ、これこそはとびぬけて重要でありながら、もはや気にもとめないふりをされていた部分なのである。これについてはフロイトの諸発見に感謝しなければならない。その諸発見をよりどころにして、ついにひとつの思潮がうかびあがり、そのおかげで人間探索者は、もはや皮相の現実ばかりを重んじなくてもいいのだという保証を得て、その調査をさらに大きく前進させることができるはずである。想像力はおそらく、いまこそ、みずからの権利をとりもどそうとしている。

「シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (アンドレ・ブルトン著、巌谷國士訳、岩波文庫)」 2o~21ページ

フロイトが夢に批評をむけたのは、しごく当然のことである。じっさい、心の活動のうちのこの無視できない部分が (なぜなら人間の誕生から死までのあいだ、思考はなんら断絶を示さないものであり、時間の見地からして、夢みている時の総計は、たとえば純粋な夢、睡眠中の夢だけしか考慮に入れないにしても、現実の時、これも限定していえば覚醒中の時の総計とくらべて、短いわけではないからである)、まだこれほどわずかしか注目をひいていないというのは、うけいれがたいことである。

「シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (アンドレ・ブルトン著、巌谷國士訳、岩波文庫)」 40ページ

そのころ私はまだフロイトに没頭していたし、彼の診断方法に親しみ、戦争中にはそれを患者たちに適用してみる機会もすこしばかりあったので、そこでは患者から得ることをもとめられているものを、つまり、できるだけ早口で語られる独り言を、自分自身から得ようと決意したのだった。すなわち、被検者の批判的精神がそれにどんな判断もくだすことがなく、したがってどんな故意の言いおとしにもさまたげられることがない、しかも、できるだけ正確に語られた思考になっているような独り言をである。思考の速度は言葉の速度にまさるものではなく、思考はかならず舌を、それどころか走り書きのペンをすらよせつけないものではない-あの筒切りにされた男という文句のおとずれた次第がそのことを証明していたが-と私には思えたし、いまもそう思えるのだ。

さて、バビンスキーの方はというと、実名は登場しませんが、該当部分を読むと、バビンスキーであることは一目瞭然です。

「シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (アンドレ・ブルトン著、巌谷國士訳、岩波文庫)」 83ページ

科学者の方法についていえば、私はそれを私の方法とおなじ価値のあるものとみなす。私はかつて足のうらの皮膚の反射作用の発見者が仕事をしているところを見た。彼はやすみなく被験物をいじくっていたが、やっているのは「診察」とはまったくべつのことで、彼がもはやどんなプランもあてにしていないことは明らかだった。ときどき、長い間をおいて所見をしたためるのだが、だからといってピンをおくわけではなく、他方、彼の小槌はあいかわらずすばやく動きつづけていた。患者の治療はというと、そんなくだらない仕事はほかの者にまかせていた。彼はその聖なる情熱にすべてをそそいでいたのである。

医学を学び、フロイト、バビンスキーと同時代にその影響を受けた人物が、芸術に一つの潮流を創りだしたというのは、面白いことですね。精神疾患患者であったLeona Delcourtとの交際をテーマにした「ナジャ」は時間を見つけて是非読みたいです。タイトルに惹かれて、ブルトンの著作「性に関する探求」をアマゾンでポチってしまったのはここだけの秘密です (^^;

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野菜と長谷川式

By , 2013年9月16日 12:40 PM

認知機能のスクリーニング検査、「改訂長谷川式簡易知能評価スケール (HDS-R)」には、10種類の野菜を挙げてもらう「野菜語想起課題」があります。

検査をしていると、人参、きゅうり、たまねぎ、ピーマンなどメジャーな野菜じゃなくて、ズッキーニとかマニアックな野菜を挙げる人がいて、なかなか楽しいです。

ところが、野菜か果物か紛らわしいときがたまにあります。別にそれで HDS-Rが 1~2点違ってこようが、実際に大きな問題はないのですが、先日内輪で盛り上がりました。

すいか、メロン、いちごは野菜か果実か

◆回答◆イラスト

結論(けつろん)からからいうと、メロン、すいか、いちごは野菜に分類されます。
それはなぜでしょうか?
野菜と果実のちがいはどこにあるのでしょうか。
園芸関係の学会や報告文では、1年生及(およ)び多年生の草本(そうほん)になる実は野菜、永年生の樹木(じゅもく)になる実はくだものときめられています。
これからみると、すいか、メロンはウリ科の1年生果菜(野菜)で、いちごはバラ科の多年生果菜(野菜)です。
このように、分類上は野菜に分けられますが、青果市場で「すいか」「メロン」「いちご」はくだものとしてあつかわれています。市場の分け方は消費者の側にたって、消費される形態に合わせて分類しています。スーパーマーケットでも、デザートとしてたべるメロンやいちごは、くだもの売場に並(なら)びます。

メロン、すいか、いちごは野菜だったんですね。だから患者さんが野菜として答えても、減点してはダメです (^^)

Wikipediaでは、もう少し詳しく書かれています。

野菜

野菜は一般には食用の草本植物をいう[1]。ただし、野菜の明確な定義づけは難しい問題とされている[3][4]

園芸学上において野菜とは「副食物として利用する草本類の総称」[5]をいう。例えばイチゴスイカメロン園芸分野では野菜として扱われ[3][6]農林水産省「野菜生産出荷統計」でもイチゴ、スイカ、メロンは「果実的野菜」として野菜に分類されているが[5]、青果市場ではこれらは果物(果実部)として扱われ[6][7]厚生労働省の「国民栄養調査」[5]日本食品標準成分表でも「果実類」で扱われている[3][1]。また、日本食品標準成分表において「野菜類」とは別に「いも類」として扱われているもの(食品群としては「いも及びでん粉類」に分類)は一般には野菜として扱われている[1][5]。また、ゼンマイツクシといった山菜については野菜に含めて扱われることもあり[4][7]木本性の植物であるタラの芽サンショウの葉も野菜の仲間として扱われることがある[4]。さらに、日本食品標準成分表において種実類に分類されるヒシなども野菜として取り扱われる場合がある[1]

日本では慣用的に蔬菜(そさい)と同義語となっている[8][9][10]。ただし、「蔬菜」は明治時代に入ってから栽培作物を指して用いられるようになった語で[7][10]、本来は栽培されたものではない野菜や山菜などと厳密な区別があった[11]。しかし、その後、山菜等も栽培されるようになった結果としてこれらの厳密な区別が困難になったといわれ[11]、「野菜」と「蔬菜」は学問的にも全く同義語として扱われるようになっている[11]。そして、「蔬菜」の「蔬」の字が常用漢字外であることもあって一般には「野菜」の語が用いられている[12]。なお、野菜は青物(あおもの)とも呼ばれる[1]

分類する立場によって、色々変わってくるんですね。ややこしい・・・。

Wikipediaには「野菜の一覧」が載っているので、将来自分が検査を受けるようになったら、担当医が知らなさそうなマニアックな野菜の名前を挙げて、顔色を伺って遊ぼうかなと思います。一方で、果物の定義は下記のようになるようです。

果物

果物(くだもの)は、食用になる果実フルーツ: fruits)、水菓子(みずがし)[注釈 1]木菓子(きがし)ともいう。狭義には樹木になるもののみを指し、農林水産省でもこの定義を用いている。また、多年草の食用果実を果物と定義する場合もある。

一般的には、食用になる果実及び果実的野菜のうち、強い甘味を有し、調理せずそのまま食することが一般的であるものを「果物」「フルーツ」と呼ぶことが多い。

ちなみにアボカドは野菜ではなくて果物らしいので注意が必要です。

余談ですが、今回のエントリーを書いていて、岩田誠先生の「臨床医が語るしびれ・頭痛から認知症まで: 神経内科のかかり方」という本の一節を思い出しました。

 一方、一〇六歳で亡くなった物集高量 (もずめたかかず) さんという、辞書まで作った有名な方がおられました。九九歳くらいの時に東京都の養育院 (現在の健康長寿医療センター) の付属病院に入院されたことがあって、そこで認知症のテストをしました。長谷川式知能検査です。当時は今使っているのより少し前のバージョンなので、一番最初の問題が、「一年は何日ですか?」でした。物集さんは、「いやそれは一概には言えませんよ。一年といってもいろいろあるしね、うるう年もあるわけだから」と答えました。そうしたら医者もちょっとたじろぎました。すかさず物集さんが、「ときに君、うるうっていう字、書けますか?」と聞きました。その医者はすくんでしまって書けなかった。そうしたら、「門の下に王って書きますね」と、ちゃんと字を教えてくれて、なぜ門の下に王と書くとうるうになるのかという説明までしてくれたので、その医者は第二問以降の質問をすることができなくなった。未完の長谷川式テストという有名な話です。

その方はその七年後に一〇六歳で亡くなられて、脳を解剖させていただいたら、重量は一〇〇〇gでした。普通は一四〇〇gくらいですから、四〇〇g減っていました。三分の二まではいかないけれども、かなり減っています。でも、パフォーマンスとしての知能は抜群にあり、最後まで明晰なままで亡くなられました。ですから、小さい脳というのは決して萎縮ではありません。そんなわけで、画像の見方は非常に大事です。

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ライム病

By , 2013年9月13日 8:37 AM

神経内科専門医試験で「両側顔面麻痺」というキーワードを見たら、最初に思い浮かべる疾患はライム病 (神経ボレリア症) です。先日、福島県で働く知人の医師が「両側の顔面麻痺の患者さんが・・・」と話し始めたとき、それを聴いた神経内科医数人が反射的に「ライム病!」と指摘しました。もっとも、他にいくつか鑑別診断も挙がりましたが・・・。ちなみに日本とアメリカでは病原菌のタイプが微妙に違うので、アメリカの検査に出しても陰性になってしまうことがあります。その先生は国内の某大学農学部の先生に抗ボレリア抗体を調べて貰って陽性だったそうです。

ライム病を媒介するのはマダニですが、似たような姿のツツガムシはツツガムシ病を媒介します。ツツガムシについては印象に残った思い出があります。私が東北地方で全科当直をしていたときの話、ある患者さんが来院したという連絡がありました。主訴が「頭に虫がいる」というのです。連絡を受けた時は「精神病の患者さんかな?」とおもったのですが、実際に拝見すると、既に虫はいなかったものの、頭に刺し口がありました。そして、夫が来院前に携帯電話を使って撮影した写真をみせてくださり、そこにはツツガムシが写っていたのです。ミノサイクリンを処方して、後日再診としたのですが、ビックリしたのを覚えています。

話は脱線しましたが、今回紹介しようと思ったのはライム病についてのブログ記事です。下記のブログに教科書には書いていない話が沢山載っています。是非ご覧ください。

混迷するライム病論争

(参考)

IDWR: ライム病

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オープンジャーナルのあやしい世界

By , 2013年9月12日 6:20 AM

2013年4月15日のブログで、偽科学雑誌についてお伝えしました

最近、もう少し詳しく解説したブログ記事を見つけたので紹介します。後半部分がとても参考になります。

タダで読めるけど・・・-オープンジャーナルのあやしい世界

という訳で、日々怪しい雑誌社からメールが届きますが、騙されないように気をつけましょう。

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神経筋疾患における運動

By , 2013年9月10日 9:06 AM

患者さんから「運動した方が良いですか?それとも安静にした方が良いですか?」と聞かれることがよくあります。例えば、筋萎縮硬化症だと運動していると有病率が高かったり、神経細胞の興奮性が問題視されていたりするので、メカニズムを考えると「やって大丈夫かな?」なんて思ってしまいますが、こういうことは、臨床研究で明らかにすべき問題です。

今回、Muscle & Nerve誌に “Exercise in neuromuscular disease” という総説が掲載されました。多岐にわたる疾患について良く纏められていたので、ごく簡単に紹介します。

 Exercise in neuromuscular disease

・筋萎縮性側索硬化症 (ALS)

よくわかっていない。疫学的には、発症前に身体活動性が高い方が、ALSの発症頻度が高いと言われている。

マウスモデルでは、たくさん泳がせると神経細胞死が遅れ、脊髄のアストロサイトやオリゴデンドロサイトに保存的に働く。ヒトでは、呼吸不全がある症例を含めウエイトトレーニングや有酸素運動を行ったランダム化研究が存在する。12名が非運動群、8名が ramp treadmill protocol (徐々にトレッドミルの抵抗が強くなる) を用いた有酸素運動群に割り付けられた。Functional Independent Mobility (FIM) score及び呼吸機能において、有酸素運動群で進行がゆるやかであった。

体重負荷運動では 3つの臨床試験がある。①25名の ALS患者を、日々適度な負荷をかけた群と通常の身体活動群に分けて、 1年間観察した。前者の方が、ALS Functional Rating Scale (ALSFRS) の悪化が遅かったが、筋力、QOL, 疼痛、倦怠感では有意差はなかった。②26例の歩行可能な ALS患者を管理された抵抗運動および固有受容性神経筋促通法 (proprioceptive neuromuscular facilitation; PNF) 群、家庭でのストレッチ及び可動域訓練群に分けて 8週間観察した。前者では機能的能力がより保たれ、短期ではあったが有意に筋力や関節制限が改善した。③ALS患者を抵抗運動群、通常ケア群に分けて 6ヶ月観察した。前者では ALSFRS及び SF-36 physical function subscale scoreが高く、下肢筋力が低下しにくかった。

現在、有酸素運動について行われている臨床試験には、FACTS-2-ALSと ENDURANCE (NCT01650818) の二つがある。

呼吸筋訓練を調べた臨床試験では、26名の呼吸機能正常な発症早期 ALS患者をターゲットとして、8ヶ月の呼吸筋訓練を施行した群と、4ヶ月のプラセボ訓練後 4ヶ月呼吸筋訓練をした群で比較した。ALSFRSに差はなかったが、各群で最大換気量、最大呼気流量、鼻腔吸引圧の一時的な改善が見られた。似たような研究が別にあり、9名のトレーニング患者と 10名の偽トレーニング患者を比較した。両群で呼吸筋筋力に改善があったが、両群間に有意差はなかった。

Kennedy病/球脊髄性筋萎縮症 (SBMA)

有酸素運動についての臨床試験が一つある。8名の患者に自転車エルゴメーターを用いて VO2 maxの 65%まで負荷をかけ、12週間観察した。最大作業能力が 18%, 筋クエン酸シンターゼ活性が 35%上昇したが、その他の評価項目 (VO2 max, ) は変化がなかった。現在、SBMA患者に対する機能的筋力訓練の効果を調べる臨床試験 (NCT01369901) が行われている。

脊髄性筋萎縮症 (SMA)

多くの動物実験が行われており、有酸素運動は運動ニューロンの生存を促進するとされている。SMAに対するエクササイズの効果を調べる臨床試験は、現在 2つ (NCT01233817, NCT1166022) 行われている。

それ以外に、水中運動療法 (aquatic therapy) についての臨床研究がある。50名の SMA2/SMA3患者に 2年間水中運動療法を行った。全ての SMA2患者と一部の SMA患者で筋力が安定化した。多くの患者では元々あった関節変形は進行したにも関わらず、Barthel ladder scale は改善した。3歳の女児に水中運動療法を行って Gross Motor Function Measureの改善を認めた症例報告が存在する。

 急性灰白髄炎/ポリオ (Poliomyelitis)

16週間の有酸素運動群 (70%の心拍反応 HRR, 10分間, 週 3回) とコントロール群を比較した 2つの研究では、有酸素運動群で酸素消費量、筋力、分時換気量、運動時間の改善を認めた。一方、6週間の有酸素運動 (最大心拍数の 55-70%) を行った先行研究では、心肺機能に変化はないという矛盾する結果だった。

現在、ポストポリオ症候群患者に対し、上肢でエルゴメーターを用いた有酸素運動に対する臨床試験 (NCT01271530) が行われている。

ポストポリオ症候群での筋力トレーニングについては過去にいくつかの報告がある。その多くで筋力の改善を認めた一方で、有害な結果だったものは一つもなかった。

Charcot-Marie-Tooth病 (CMT)

CMT患者への筋力トレーニングの効果を調べた研究はたくさんあるが、多くは無作為化されておらず、さらにいくつかのタイプの CMT患者を纏めて解析している。全体的には、歩行速度や機能スケールの結果とは矛盾して、筋力については改善を認めた。興味深いことに、2つの臨床試験で機能の改善と筋線維のタイプを分析している。その結果、MHC1 (major histocompatibility complex 1) レベルが低く、MHC2筋線維が増加しており、type I線維径が増加していることと、椅子立ち上がり動作時間/階段登りの改善に関連がみられた。

有酸素運動については少数例での研究がいくつかある。一つの研究では 6分間歩行の一時的のみの改善があり、もう一つの研究では心拍変動の改善があり、残り一つの研究では心肺機能の有意な改善があった。

重症筋無力症 (MG)

MGでは永続的な機能障害のない筋力低下なので、エクササイズの効果を調べた研究はほとんどない。

11名の軽症~中等症 MG患者に抵抗訓練を行った臨床研究が一つあり、合併症は全くなかったものの、効果は訓練側の膝伸展筋力の 23%改善のみで、他の評価項目では改善はなかった。毎日 5グラムのクレアチン摂取と週 3回の抵抗訓練を行ったケースシリーズが一つあり、軽度の筋肉量増加や等速性運動での下肢筋力改善などを認めた。

6名の MG患者でトレッドミルを用いて有酸素運動を行った非ランダム化研究では、代謝仕事量は 4倍に増加した。250名の MG患者を調べた研究では、36名の MG患者が有酸素運動をしていた。これらの患者では倦怠感は有意差はなかったが、身体機能が高かった。

多くの研究では呼吸筋トレーニングは MG患者に有効である。27名の状態が安定した MG患者を呼吸筋訓練群とコントロール群に無作為に割りつけた研究では、呼吸筋訓練群では最大吸気圧、最大呼気圧、呼吸筋耐久力、胸郭運動性で改善を認めた。似たような非ランダム化研究でも同様の結果だった。

MG患者に筋力訓練、有酸素運動、呼吸訓練を行う臨床研究が (NCT01047761) が現在行われている。

Duchenne型筋ジストロフィー (DMD) / Becker型筋ジストロフィー (BMD)

DMDでは筋肉の脆弱性がある。このような脆弱性にも関わらず、筋ジストロフィーマウス (mdxマウス) は運動に耐えることができて、低強度の持久性訓練や筋力強化訓練においては有益でさえある。一方で、やり方によっては有害なものもある。

ヒトでの DMD患者への訓練の有効性については、矛盾した結果が出ている 。方法に問題がある研究も多い。例えば、軽症患者に対して、大腿四頭筋に対して週 5回、6ヶ月間の最大下筋力訓練を行った研究では、筋力の改善は見られたが、機能予後については測定されていない。

呼吸筋訓練についてはもう少し調べられている。DMD患者 8名をコントロール群と、最大吸気圧の 30%の呼吸をトレーニングした訓練群にランダム化した研究では、訓練群で6週間後に最大吸気圧で 46%長く呼吸できた。

ジストロフィン異常患者に対する低強度の持久力訓練では 1つの研究が行われた。BMD患者 11名を対照にした訓練では改善はあったが、心機能、CK値、筋組織には違いはみられなかった。

現在、DMD患者に対する低強度訓練としては、”No Use is Disuse trial” が行われている。

筋強直性ジストロフィー (myotonic dystrophy 1 (DM1) /myotonic dystrophy 2 (DM2))

大部分の研究は DM1に対して行われている。

筋力強化訓練は 2つの研究が行われている。①33名の DM1患者に対し、膝の屈曲/伸展、臀部の屈曲/外転に対する最大下のウエートトレーニングを週 3回 24週間行った。筋力、易疲労感、機能的パフォーマンスの改善はなかった。②9名の患者に対して 12週間の膝屈筋に対する高負荷訓練を行ったところ、筋力や筋肉肥大の改善が推測されたが、病理組織学的な異常や筋肉量、MRIでの異常信号の改善は見られなかった。

有酸素運動は、筋力強化訓練とは異なり効果があった。エルゴメーターを使った低強度の有酸素運動を 12週間続けたところ、最大酸素摂取量が 14%、最大仕事負荷量が 11%上昇し、筋線維径も有意に増加した。興味深いことに、MRIで筋肉量、MRSでミトコンドリア機能も改善しており、最大酸素摂取量の上昇に貢献している可能性がある。しかし、有酸素運動の効果は、きちんと管理されたトライアルでのみ効果があるのかもしれない。35名の患者をランダム化してコントロール群、商用の運動プログラムに割り振った試験では、6分間歩行、SF-36 Health Survey, Epworth Sleeping Scaleで有意差を認めなかった。

バランス訓練と低負荷有酸素運動を組み合わせた後ろ向き研究では、Berg  Balance scale, 歩行速度、訓練した筋肉の最大トルクの有意な改善を認めた。

肢帯型筋ジストロフィー (LGMD)

筋力強化訓練についてのきちんとしたトライアルは行われていない。

有酸素運動については LGMD type 2I患者 9名を対照にした研究がひとつだけあり、VO2 maxの 65%のトレーニングを 12週間続けた。筋肉の形態や血漿乳酸レベルの変化はなく、最大仕事負荷量と酸素摂取量の改善を認めた。

 顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー (FSHD)

筋力強化訓練では、さまざまな結果が混在している。①9名の FSHD患者に対して、上下肢近位筋の筋力訓練と、神経筋電気刺激を 5ヶ月間行った研究では、全ての筋で徒手筋力テストの改善が 10~15%みられた。肩関節伸展、外転の最大容量等尺性収縮は 40~45%、6分間歩行でも軽度の改善を認めた。疼痛や倦怠感の改善はなかった。②66名の FSHD患者に対するランダム化研究では、1年間、肘関節伸展、足関節背屈の筋力強化を行ったが、最大容量等尺性収縮、倦怠感、疼痛、機能的状態の改善はなかった。

有酸素運動では、8名の FSHD患者と 7名のコントロール群に対して12週間の自宅訓練をした研究がある。それぞれの群で 13~16%の VO2 max改善と、13~17%の最大仕事負荷量の改善を認めたが、各群間で有意差はなかった。

現在、FACTS-2-FSHDと NCT01116570の二つの臨床研究が行われている。

炎症性筋疾患 (皮膚筋炎 DM, 多発筋炎 PM, 封入体筋炎 IBM)

エクササイズは主に皮膚筋炎、多発筋炎に対して調べられている。しかし、他の神経疾患同様、スタディーには対象患者が少なかったり、ブラインド化されていなかったり、選択バイアスがかかっているなどの制約がある。

皮膚筋炎や多発筋炎に対して、筋力強化訓練の有益な効果を示した研究は沢山ある。筋力の強化は、炎症性遺伝子および線維化遺伝子ネットワークの遺伝子発現低下によると考えられている。EN-4および IL-1 Ra陽性細胞の減少を示した研究もあり、エクササイズによる炎症活動の低下が示唆されている。筋力の強化はまた、筋線維の平均面積増加や筋持久力の改善とともに type I筋線維の増加によるものかもしれない。

炎症性筋疾患に対する有酸素運動も有効である。

筋力強化と有酸素運動の組み合わせは、皮膚筋炎および多発筋炎において機能的状態の改善に役立つ。CKや  MRIなど評価で増悪を示した研究はひとつもない。

封入体筋炎でのエクササイズについては、よくわかっていない。筋力強化と有酸素運動を組み合わせて 12週間行った研究では、有酸素運動能、機能的能力 (階段を昇ったり、30分の歩行) や、一部の筋群の筋力などが改善した。別の研究では、筋力強化や、筋力強化と有酸素運動の組み合わせで筋力は強化されなかったが、害もなかった。

代謝性筋疾患

・ミトコンドリア筋症

ミトコンドリア筋症では、ミトコンドリア遺伝子異常によるミトコンドリア機能障害、酸化能力低下、運動耐容能力低下がある。

少人数のミトコンドリア筋症患者に対して、自転車漕ぎを用いた 12-14週間の最大下持続トレーニングでは、VO2 max, 作業能力、骨格筋酸素抽出は 20~30%増加した。ミトコンドリア体積の 50%増加に伴い、呼吸鎖酵素は 25~67%増加した。血清 CK値の上昇や筋生検での形態学的な所見を伴わず、生活の質や最大運動に対する耐性は改善した。これら全ての効果は脱トレーニングの間に失われ、12ヶ月間訓練を継続することにより維持することが可能であった。4名のミトコンドリア筋症患者を対象とした似たような研究があり、合併症なしに酸化能力、運動能力が 23%改善した。持久力訓練は、疲労感も軽減させる。これはミトコンドリア酵素活性や筋線維の呼吸基質の酸化能の上昇と強く相関している。

興味深いことに、筋力強化訓練は持久力訓練よりさらに、変異 DNAの割合を減少させ、野生型 DNAを回復させる。

筋力強化訓練と有酸素運動の組み合わせも効果がある。20名の患者をコントロール群と訓練群に分けたスタディーでは、最大酸素摂取量が増加し、仕事量、持続運動能、末梢の筋力、生活の質、臨床症状に改善がみられた。

・糖原病

ポンペ病 (Pompe disease) はヒトリコンビナントGAAの補充療法が劇的に奏功するので、この疾患の患者において最もエクササイズの効果がありそうである。筋力強化や治療的エクササイズの確立したガイドラインはないが、多くのエキスパートは穏やかで最大下負荷の有酸素運動を勧めている。

最もよく知られた研究は、非ランダム化観察研究で、34名のポンペ病患者が低炭水化物食と最大下負荷 (VO2 maxの 60%) の有酸素運動を 2~10年間続けた。エクササイズに適合した 22名は適合しなかった患者と比べて、筋力低下が緩徐であった。酵素補充療法を受けている late-onsetのポンペ病患者 5名に、最大下負荷で筋力トレーニングと有酸素運動を組み合わせて 20週間観察した研究では、一部の筋力の有意な改善を認め、6分間歩行も成績が良かった。しかし、筋力の改善と 6分間歩行の結果には相関がなかった。そのため機能的な利得は、心肺機能の改善によるものであると推測されている。酵素補充療法を受けている late-onsetポンペ病患者に対する観察研究のサブグループ解析では、エルゴメーター訓練で 6分間歩行が改善した。ポンペ病に対する呼吸筋訓練を行った研究もあり、呼吸筋筋力に改善を認めたが、被検者はわずか 2名のみであり、結果の解釈には注意が必要である。

McArdle病では、”second wind” 現象を呈する代謝性筋疾患である。この現象は、持続可能な低強度の運動を数分間をやったあとに出現し、別の筋外のエネルギー源 (肝臓グルコース、脂肪組織脂肪酸など) を利用するためとされている。運動 30-45分前に経口スクロースを摂取すると、運動への耐性が著明に改善する。

McArdle病に対する筋力強化訓練の研究はされていないが、持久力訓練 (有酸素運動) では 3つのスタディーがなされている。そのうち 2つでは酸化能力および運動能力の有意な改善があった。

こうしてみると、ほぼ全ての神経筋疾患において、トレーニングが有害に働くことはなくて、それなりに効果もあるようです。もちろん、過去のスタディーで対象にされた患者と目の前の患者の病状が違えばそのまま当てはめることは出来ませんが、参考にはなると思います。

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