同じように ALSの原因かつ RNA代謝に関係した蛋白質で、ここ数年で知見が研究が急速に進歩している TDP-43, FUS/TLSについての総説が Muscle & Nerve誌 3月号に掲載されていたので読んでみました。非常によくまとまった論文だったので、紹介します。
ちなみに著者 ASHOK VERMAの肩書きは MD, DM, MBAです。MDはDoctor of Medicineで、MBAは Master of Business Administrationなのは良いとして、DMという称号は初めて見ました。よくわからない肩書きなのですが、Wikipediaで “Doctor of Medicine” のインドの項に、”The DM and MCh degrees are super-specialties and are very high ranked/prestigious” と書いてあります。専門医では “DM in xxx” と名乗ることができるようなので、同じ “Doctor of Medicine” ではあっても、他国で言う MDとはおそらく違う扱いなのだと思われます。もう一人の著者 RUP TANDANは MD, FRCPです。FRCPは Fellow of Royal College of Physiciansの略らしいです。
・15年前には、SOD1 (Cu-Zn superoxide dismutase 1) が ALSの原因遺伝子であり、その変異が家族性 ALSの 20%を占めることしかわかっていなかった。しかし、SOD1変異の同定は、ALSの分子生物学的研究が行われる草分けとなる出来事であった (1993, Nature)。
・ALS病因研究の大きな転換点は、2006年の TDP-43 (43-kDa transactive response DNA-binding protein) の同定による (Science, 2006, Biochem Biophys Res Commun, 2006)。2008年には、TDP-43変異を伴った ALS症例が報告された(Science, 2008) 。2009年には、RNA/DNA結合蛋白質である FUS/TLSの変異が ALSの原因として同定された (Science, 2009)。 TDP-43および FUS/TLS変異の表現形は、特徴的な病理所見を伴った古典型 ALSであ る。ALS研究の過程でその他、survival motor neuron (Cell, 1995), senataxin (Am J Hum Genet, 2004 ), angiogenin (Nat Genet, 2006 ), optineurin (Nature, 2010), TAF15 (Nat Rev Neurol 2011, Proc Natl Acad Sci U S A, 2011 ) など、いくつかの RNA結合蛋白質の変異が明らかになっている。
・最近、C9orf72のイントロン領域 6塩基リピートが、家族性 ALSの一般的な遺伝型であることが明らかになった。これは似たようにイントロン領域で 3塩基リピートを起こす Friedreich失調症や筋強直性ジストロフィーを思い起こさせるが、これらはすべて RNAスプライシング、mRNA翻訳、mRNA安定性制御の変化が疾患プロセスに関与している。さらに、プロテアソームやオートファジーによる凝集蛋白の排除に関連した遺伝子、UBQLN2 (Nature, 2011) や SQSTM1 (Arch Neuro, 2011) も家族性 ALSに関係していることがわかった。さらに酵母モデルおよび in vitroレベルでは、TDP-43, FUS/TLS, TAF15のプリオン様 “prinoid” ドメインが、これらの蛋白質の自己凝集や疾患プロセスの神経内伝播の中核をなすのではないかと言われている。
・TDP-43は 414アミノ酸で、RNA recognition motif (RRM) 1, RRM2, C-terminal glycine-rich regionを有する。ALSに関連した変異はすべて常染色体優性遺伝で、glycine-rich regionに存在する。TDP-43変異 ALS患者の脳や脊髄の剖検では、孤発性 ALSに似た TDP-43細胞質内封入体が見られた。正常脳では TDP-43は主に核内に存在しているが、ALS患者では神経細胞の細胞質、変形神経突起、グリア細胞の細胞質を中心に局在するようになる。
・FUS/TLSは 526アミノ酸で、グルタミン、グリシン、セリン、チロシンが豊富な QGSY region, RRM, arginine-rich region, アルギニン及びグリシンが豊富な RG region, C-terminal zinc finger motifを有する。TDP-43同様、変異部位は glycine-rich regionであり、常染色体優性遺伝である。正常では TDP-43同様、主として核に存在しているが、FUS/TLS変異を持つ ALS患者では神経細胞やグリア細胞に FUS/TLS細胞質封入体を形成する。この封入体は TDP-43と反応しないので、FUS/TLSによる神経変性プロセスは TDP-43の局在異常とは独立に存在するのではないかと推測されている。
・TDP-43は、HIV-1の TAR DNAに結合する転写抑制因子として同定されたので、そのような名前が付いた。したがって RNAの転写に関与している。FUS/TLSも間接的にではあるが、転写開始に影響する因子を介して、転写に関与している。
・TDP-43はスプライシングの制御に重要な hnRNPA2と相互作用する。FUS/TLSの RNAスプライシングにおける役割はわかっていないが、in vitroにおいて 、pre-RNAの 5’スプライス部位に結合する転写スプライシング複合体に関与することがわかっている。
・TDP-43と FUS/TLSは核と細胞質をシャトルしている。細胞質では、TDP-43と FUS/TLSは RNA-transporting granule内に見られる。
・TDP-43と FUS/TLSは micro-RNA (miRNA) processingに関与している。miRNAは pre-miRNAから 2段階のプロセッシングを受ける。最初のステップは、核内における pre-miRNAの RNAse “Drosa” による切断である。次のステップは、細胞質内での RNAse “Dicer” による miRNAの切断である。切断された miRNAは、最終的に約 21塩基の 2本鎖 RNAとして RISC (RNA-induced silencing complex) に組み込まれる。TDP-43や FUS/TLSは Drosaおよび Dicer複合体に関与している。(※ Droshaが一般的な呼称と思われ、引用文献でも Droshaとなっているが、、本論文中では Drosaで統一されている)
・TDP-43と FUS/TLSは RNA processingに関与しているとする知見はあるが、神経細胞での特異的な RNAターゲットは完全には同定されていない。TDP-43に結合する RNAを免疫沈降法で調べた実験は、実験手技によって結果が異なる。
・マウスやヒトで TDP-43により、スプライシングやプロセッシングレベルに 影響を受ける RNAターゲットには、神経の発達や機能に関連した蛋白質をコードしたものがある。後者には NMDA受容体、イオンチャネル型グルタミン受容体、neurexions-1 ,3など、シナプス活動に関与した蛋白質が関係している。TDP-43はさらに ataxinに結合し、発現やスプライシングを制御する (ataxin-2の中等度伸長は孤発性 ALSのリスクとされる)。また、TDP-43の mRNAのターゲットには、HDAC6 (histone deacetylase 6) や ニューロフィラメントの NF-L subunitがあるが、いずれも ALS患者において減少していることが報告されている。
・FUS/TLSの RNA結合パートナーとして、最初に報告されたのが、樹状突起のアクチン安定化を司るアクチン安定化蛋白 Nd1-Lである。TDP-43同様、HDAC6も FUS/TLSのターゲット mRNAであるため、FUS/TLSと TDP-43は同じ系で働いているのかもしれない。
・変異 SOD-1, TDP-43, FUS/TLSはプリオン様メカニズムで伝播するシード凝集を起こしうる。TDP-43, FUS/TLSにはグルタミン/アスパラギンの豊富な Q/N rich domainがあり、”yeast prion (酵母プリオン)” と呼ばれるホモログを含む。TDP-43の疾患変異のほとんどは Q/N rich domainに集中している。
・SOD-1, TDP-43, FUS/TLSは試験管内では直ちに凝集するが、正常細胞内では起こらない。おそらくシャペロンの働きによるのだろう。”yeast prion domain” は、 intrinsic unfolded stateと、aggregated folded stateの 2つの状態がある。どのようにして凝集体の蓄積が始まるのかはわかっていないが、SOD-1, TDP-43, FUS/TLS変異による ALSではこれらの蛋白質の自己凝集性が増していること、高齢発症の孤発性 ALSでは保護システムが弱くなっていること、未知の環境的ないし遺伝的要因がトリガーとなるのかもしれない。培養細胞の実験では、いくつかの “hit” が組み合わされることが必要なのではないかと推測されている。
・ALSの発症機序が、TDP-43, FUS/TLSが核から失われる (loss of function) ことなのか、細胞質凝集体をつくる (toxic gain of function) ことなのか、その両者なのかはよくわかっていない。
・多くの動物モデルでは TDP-43を knock downしても、ヒト野生型 TDP-43を過剰発現しても、表現型として悪影響が出る。変異型 TDP-43ではそれがより顕著となる。しかし。それが神経系に限局するかどうかはわかっていない。
・ヒトALSでは、TDP-43の copy numberや脳での TDP-43 mRNAレベルは変化がないことが示唆されている。
・ゼブラフィッシュモデルでは、ヒト野生型ないし変異 FUS/TLSの過剰発現で表現型は正常であった。ラットモデルでは中枢神経細胞の脱落がみられ、正常型より変異 FUS/TLSで顕著であったが、single transgenic lineのため、別のメカニズムによる影響を受けている可能性も否定はできない。