「臨床医による臨床医のための 本当はやさしい臨床統計 一流論文に使われる統計手法はこれだ! (野村英樹/松倉知晴著、中山書店)」を読み終えました。
統計の教科書を読むのは初めてですが、内容が高度な割にすっきりとまとめていて、飽きずに読むことができました。
本書の長所は、各解析パターンで使われる頻度の多い統計手法を分類し、その後各々を説明していることです。
例えば、時系列を扱う論文を 「CLo(C)K論文」と命名します。これらは「Cox比例ハザードモデルにおける相対ハザードの算出」「Log-rank検定」「Kaplan-Meierの生存曲線」の頭文字を取ったもので、丁度「時計」の意味になるようになっています。また、表を扱う論文は「Table FCx」論文と命名され、「Fisherの直接確率検定」「Cochran-Mantel-Haenszel検定」「x^2検定」の頭文字です。
このように何を解釈したい時にどの統計を用いる明らかにした後、個々の統計手法の原理を説明します。
本書の最終章は医療ツールとしての統計の扱い方です。例えば、プラバスタチンでの心血管イベント抑制を示した WOSCOPでは、相対リスクが 31%減少したと宣伝されます。相対リスク減少率を言い換えれば、内服していなくてイベントを起した人のうち、内服していればイベントを起こさずに済んだと思われる人の割合です。31%と言われれば滅茶苦茶効くように思えますが、ここにトリックがあります。そこで別の指標で評価してみると、何人がプラバスタチンを飲んだら 1人イベントを起こさずに済むかという治療必要数 (number needed to treat; NNT) は 162人なのです。つまり、せっせと内服しても (観察期間内に) 心血管イベント抑制の恩恵に蒙れるのは、162人に 1人いう結果なのです。売るために、どちらの数字を宣伝したくなりますか?プラバスタチンが良い薬か悪い薬かとは別で、提示された数字を鵜呑みにしてはいけないというのが勉強になるところです( もちろんNNTですら万能の指標ではありません)。
統計の本は初めてだったので、目から鱗なことも多く、勉強になりました。今まで論文を読んでいても、「有名雑誌なのだから、統計方法で嘘をつくことはしないだろう」と思って統計方法の所はとばして読んでいましたが、次からはきちんと目を通してみたいと思いました。
Idatenで知ったのですが、自治医科大学の図書館で、オンデマンドの医学講義を受けることが出来ます。抗菌薬の講義はお勧めです (特に「抗菌薬 はじめの一歩」)。
自治医科大学図書館 ビデオオンデマンド
酒を飲んで、何故幸せな気分になるのか良くわかりませんでしたが、下記のブログに面白い論文が紹介されていました。
5号館のつぶやき-適度な量のアルコールは脳内エンドルフィンを放出させる-
お酒好きの方、是非読んでみてください。
「ユビキチンがわかる (田中啓二編, 羊土社)」を読み終えました。こうした分野の特徴なのですが、理解すれば理解するほど謎が深まるというような・・・。
基本編ではユビキチンに関する基礎的知識が身に付きました。一方で、トピックス編はなかなか高度な内容でした。神経内科ではあまり癌を扱わないので、細胞周期やアポトーシスの話を理解するのはなかなか大変でした、というか理解できませんでした。
トピックス編の神経疾患に関する話では、アルツハイマー病におけるタウのユビキチン化、Parkinson病におけるα-シヌクレインとユビキチンの結合 (PARK1)、ユビキチンリガーゼである Parkinの異常(PARK2), ユビキチンヒドロラーゼ活性の低下や UCHL1のユビキチン63番目リジン (K63) へのリガーゼ活性 (PARK)、筋萎縮性側索硬化症におけるユビキチン化された SOD1, Dorfinなどの話が紹介されていて興味深かったです。ただ、神経疾患においては、一つのメカニズムだけではなかなか病気を説明しきれない点も多く、研究の余地はまだまだあります。ミトコンドリア修復におけるユビキチン・プロテアソーム系の話や、p62といった最先端の話は、まだ概念が確立していないためか、触れられていませんでした。数年後の教科書には載りそうです。こうしたメカニズムが明らかになり、神経疾患の根本的な治療法が生まれることを望んでいます。
昨日、韓国人医師が主催したパーティーで、韓国料理屋に行ってきました。韓国の医療や教育について質問し、初めて知ったことがありました。私の質問の答えを紹介します (一般的なことかどうかは確認していません)。
・子供の頃から、勉強をするのかスポーツをするのか分かれる。スポーツを選んだ学生は、勉強を全て捨てて、スポーツに特化する。日本のように高校で勉強とスポーツを両立させるというようなことはない。スポーツを選んだ場合、上位者しかスポーツ専門の学校に進学できないので、必死に頑張る。勉強を選んだ場合、週1時間くらいしかスポーツはできない。
・家庭での体罰は割と一般的。私が質問した医師は、試験で間違えた問題の数だけ、母親に棒で思いっきり殴られていた。棒は自分で用意していたので、太くて持ちにくく、出来るだけ力入らないものを選ぶのがコツだった。
・医学部は 42校あり、医師養成数はだいたい 3000人/年くらい。最難関なので、入学するとみんな凄くプライドが高い。国立と私立があり、私立の学費は国立の約 2倍。女性の学生は 2割くらい。
・徴兵は、2年間。医学部だと 3年間。あの手この手で逃れようとするものがいる (違法だが、コネを使って逃れることもある)。20歳前後の時期を山奥で 60人くらいの男と 2~3年間過ごすのは苦痛だから。
・医学部入学試験は、英語の比率が大きい。従って、英語圏からの帰国子女などが有利。
・医学部卒業後、専門医取得までの月収はだいたい 20万円くらい。専門医取得後は、80~100万円くらい。日本より物価が安いので、少し良いかもしれないが、家などは凄く高い買い物である。
・何科を専門にするかは、成績順で決まる。数年前は、儲かるので美容整形が上位 3位くらいに入っていたが、過当競争となり、現在は全然人気がなくなった。眼科などは人気がある。産婦人科は人気がない。
・一般に医師は日本ほど患者に感謝されていない。日本の医師が、感謝されている姿をみて、うらやましく感じる。
以前、Wiiitisについて紹介しました。ちなみに綴りですが、”i” は連続 3つですから要注意。Wiiitisであって、Wiitisではないんですね。
先日、たまたま New England Journal of Medicine (NEJM) をみていたら、”Wii fracture” なる報告が・・・。
In the United Kingdom, a healthy 14-year-old girl presented to the emergency department at Horton General Hospital in Banbury (near Oxford), having sustained an injury to her right foot with associated difficulty in mobilization. She had been playing on her Wii Fit balance board and had fallen off, sustaining an inversion injury. (The Wii Fit replaces handheld controls with a pressure-sensitive board about 2 in. off the ground that lets the user participate in tricky games that can improve balance.)
“Wii fit” というゲーム中に台から落っこちたというだけで、天下のNEJMに論文掲載。そういえば、”Wiiitis” の最初の報告も NEJMでした。
興味深いと思って Twitterでつぶやいたら、gamitake1919氏から、”Wii knee” の存在を教えて頂きました。
We present the case of a 16-year-old boy who injured his knee whilst playing on the video games console Nintendo Wii. The patient presented with an acutely swollen and painful knee to the emergency department of our institution. Initial radiographs revealed an effusion and an osteochondral fracture. Further imaging with magnetic resonance imaging demonstrated evidence of lateral patella dislocation with medial patello-femoral ligamentous damage and a large femoral osteochondral fracture. The patient was successfully treated with surgical fixation of the osteochondral fragment and medial patello-femoral ligament repair. This case highlights the force that can be generated whilst using these new games consoles.
PMID: 18340471 [PubMed – indexed for MEDLINE]
Wiiのゲームで膝の靱帯や骨軟骨の損傷したとの報告です。Abstractを見る限りでは、ゲームの名前はわかりませんでした。
さらに、探すと頚椎損傷もありました。
A 38-year-old man presented to the accident and emergency department complaining of severe neck pain. This had started immediately after swinging his Wii game console control during a rather vigorous game. An X-ray demonstrated a clay-shoveler’s fracture of C7. This had radiological features to suggest an acute injury. This is the first report of a clay-shoveler’s fracture strongly suggestive of being related to the use of a Wii console.
PMID: 19882086 [PubMed – indexed for MEDLINE]
Wiiでの怪我については、さらに詳しい研究がされていました。
PURPOSE: The increasing popularity of the Wii video game console has been associated with a number of gameplay related traumas. We sought to investigate if there were any identifiable injury patterns associated with Wii use. METHODS: Utilising a database of self-reported Wii related injuries, the data was categorised by type of injury and game title being played at the time of injury. FINDINGS: We found that of 39 reported Wii related injuries over a two-year span, 46% occurred while playing the Wii Sports Tennis software. Further, we identified 14 distinct injury patterns sustained during gameplay. Of these injuries, hand lacerations were the most common, accounting for 44% of the total number of reported cases. CONCLUSIONS: Injury associated with video game play is not unique to the Wii, nor is it a new phenomenon. However, the Wii console appears to have a higher rate of associated injuries than traditional game consoles because of its unique user interface. We review the literature and discuss some of the medical complications associated with the Wii and other video game consoles.
PMID: 19490774 [PubMed – indexed for MEDLINE]
最も危険なのは、”Wii Sport” のテニスゲームらしいです。Wii関連の外傷の 46%に上るのだとか。気をつけて、ほどほどに遊びましょう。
2月2日に医学統計セミナーに参加してきました。特別講演は「大規模臨床試験の正しい見方」。
近年、高血圧治療薬の競争は凄まじく、各社がしのぎを削っています。特にドル箱である ARBでは様々な大規模研究が行われています。良い結果が出れば製薬会社の宣伝材料になります。
EBMにおいて、最もエビデンスレベルが高いのはランダム化比較試験のメタアナリシスとされています。しかし、これにも問題があります。どのランダム化試験をメタ解析するかによって結果が異なり、好きなランダム化試験を選んできて、望む結果を得ることが可能なのです。全てのランダム化試験をメタ解析すれば良いのではないかという意見もありますが、年間ランダム化試験は 2000くらい発表され、当該の分野だけでも数十に上ることを考えると、非現実的です。
そこで行われたのが BPLTTC (Blood Pressure Lowering Treatment Trialists’ Collaboration) というメタアナリシスで、結果の出ていないどのランダム化試験を組み込むか予め宣言し、「前向き」に試験したことです。結果は、どの降圧剤を使ったかはではなく、血圧を下げることが脳卒中の予防に重要であることが明らかになりました。一方で、冠動脈疾患には ACE-Iの方が ARBより有効でした。
ただし、BPLTTCはメタアナリシスであって、降圧剤の直接対決ではありません。しかし、ACE-IとARBの直接対決を行ったONTARTGET試験では、BPLTTCの正当性を裏付ける結果が得られました (結果が BPLTTCで予想される範囲に収まっていました)。
製薬会社は薬が売れないと潰れますで、都合の良いデータを広報します。従って、TRANSCEND, PRoFESSのように、都合が悪いデータは宣伝されず、専門家以外は知らない試験になってしまいます (すべての大規模試験を追いかけるのは、一般臨床医には難しいと思います)。例えば、ある ARBが複合腎イベントでプラセボに負けているとか、ある ARBは心血管イベント、脳卒中、心不全の入院などでプラセボに勝てなかったという話もあります。結果の解釈も問題で、ある ARBは蛋白尿のデータを元に、腎保護作用が ACE-Iと同等であると宣伝しますが、蛋白尿を減らしても総死亡が減っていなかったりします。ELITE試験は、ある ACE-Iに対して、ある ARBが心不全の総死亡において良い結果を得たとするものですが、同じ試験デザインで nを増やすと結果が変わりました。驚きの結果です。
ARBは ACE-Iに対して忍容性では勝る (咳が少ない) ので広く使われているのが現実ですが、医師は宣伝される臨床試験に騙されないようにしないといけません。私は ARBが良いとか悪いとかいうつもりは全然なく、都合の良い結果も悪い結果も一つの結果として、総合的にバランス良く考えるのが大事だと思います。現在は ARBが宣伝されすぎていると感じたので、こうした批判的な講演を聴いて面白いと思いました (とはいえ、これだけ多くの試験があるのだから、どう解釈するかで、どっちの立場からでもモノは言えますよね)。
現在の所、脳卒中に関しては BPLTTCの結果や、どの大規模研究でも降圧で脳卒中が減っていることを考えると “The lower, the better” が正解に近い気がします (ただし、高度の頚動脈狭窄がある患者では、過度の血圧降下は脳血流低下を招くので注意が必要です)。心臓に関しては専門外なので良く知りませんが、 ARBに対して ACE-Iの優位性がありそうで、AHAのガイドラインでもそのように区別されています。
(追記)
とはいえ、私は ARBを良く処方します。結局は下がれば良い・・・ってのが一つと、海外の ACE-Iと比べて日本の ACE-Iは降圧効果が弱いのではないかという疑問があるからです。また、ACE-Iを最初に処方して咳の副作用が出ると、患者さんから「藪医者」とか思われるリスクがあります。治療を drop outされてしまうと、何をしてるんだかわかりません。
色々書きましたが、降圧剤の選択は、議論が多いところですので、何が良いのか絶対的な見方をしないのが大事です。
今回の講演で面白かったのは、ACE-I (ひょっとしたら ARBも?) は夜に飲む方が効果があるのかもしれないということです。レニン、アルドステロンの日内変動と関係があるかもしれません。ただ、夜だと飲み忘れが増えるかもしれませんね。
まず、亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
1月9日12時41分配信 産経新聞
大阪府池田市内の鍼灸(しんきゅう)院で昨年12月、患者の女性=当時(54)=がはり治療を受けた直後に容体が急変し、翌日に死亡していたことが9日、池田署への取材で分かった。池田署は業務上過失致死容疑で鍼灸院を家宅捜索するとともに関係者から事情を聴き、死亡と治療との因果関係を調べている。
池田署によると、女性は肩こりのために定期的に鍼灸院に通院し、はり治療を受けていた。昨年12月15日午前、女性が鍼灸院ではり治療を受けた後、院内のトイレで倒れているのが見つかった。女性は病院に運ばれたが、翌日に死亡したという。
司法解剖の結果、女性の死因は呼吸不全などによる低酸素脳症の可能性が高いという。治療ではりが女性の体内に深く入り、肺周辺が傷付けられたことで呼吸不全につながった可能性もあるといい、池田署が詳しく調べている。
しかし、いくつか気にかかるニュースです。
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抗ウイルス薬ついての論文に挑戦的なタイトル。「アーセナル」なんていう単語を使っています。アーセナルって調べてみると、貯蔵武器とか武器庫なんていう意味なのですが、英国プレミアリーグのサッカーチームの名前でもあります。サッカーチームの「アーセナル」は、王立兵器工場ロイヤル・アーセナルの労働者たちによって結成されたのが始まりだからですね。
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親友のはりやこしかわ先生が、Pandemic Influenza A (H1N1) Virus、いわゆる新型インフルエンザに感染してしまったらしいと連絡がありました。
彼の家族には、(私が婚約した?) 生後 11ヶ月くらいの赤ちゃんと、妻がいるので、うつらないか心配です。
何というタイミングか、家族への感染力がどのくらいなのか調べた論文が、昨日付の New england Journal of Medicineに掲載されていたのを見つけました。
Background
As of June 11, 2009, a total of 17,855 probable or confirmed cases of 2009 pandemic influenza A (H1N1) had been reported in the United States. Risk factors for transmission remain largely uncharacterized. We characterize the risk factors and describe the transmission of the virus within households.
Methods
Probable and confirmed cases of infection with the 2009 H1N1 virus in the United States were reported to the Centers for Disease Control and Prevention with the use of a standardized case form. We investigated transmission of infection in 216 households — including 216 index patients and their 600 household contacts — in which the index patient was the first case patient and complete information on symptoms and age was available for all household members.
Results
An acute respiratory illness developed in 78 of 600 household contacts (13%). In 156 households (72% of the 216 households), an acute respiratory illness developed in none of the household contacts; in 46 households (21%), illness developed in one contact; and in 14 households (6%), illness developed in more than one contact. The proportion of household contacts in whom acute respiratory illness developed decreased with the size of the household, from 28% in two-member households to 9% in six-member households. Household contacts 18 years of age or younger were twice as susceptible as those 19 to 50 years of age (relative susceptibility, 1.96; Bayesian 95% credible interval, 1.05 to 3.78; P = 0.005), and household contacts older than 50 years of age were less susceptible than those who were 19 to 50 years of age (relative susceptibility, 0.17; 95% credible interval, 0.02 to 0.92; P = 0.03). Infectivity did not vary with age. The mean time between the onset of symptoms in a case patient and the onset of symptoms in the household contacts infected by that patient was 2.6 days (95% credible interval, 2.2 to 3.5).
Conclusions
The transmissibility of the 2009 H1N1 influenza virus in households is lower than that seen in past pandemics. Most transmissions occur soon before or after the onset of symptoms in a case patient.
まだ論文を全部読んでいませんが、斜め読みで概要を簡単に。
インフルエンザ感染者の家族が急性の呼吸器症状 (≒インフルエンザ) を発症する確率は、13%くらいです。18歳以下は 19~50歳の約 2倍のリスクでした。家族への感染率は過去の pandemicよりも低いようです。
論文中の表 (Table. 2) をみると、はりやこいしかわ先生の 0歳の娘が感染する確率は 約 25%, 30歳代の妻が感染する確率は約 10%となります。もちろん、どの程度の接触があったかとか、部屋の密閉性とかなどは影響するように思えますが。
また、接触してから発症までの平均中央期間は 2.6日 (95%信頼区間 2.2-3.5日) と言われてますので、接触してだいたい 4日くらいして発症してなければ安心して良いようです。
お大事にどうぞ。