Category: 医学と医療

狂犬病ウイルス

By , 2008年5月27日 5:59 AM

四川省で先日大地震がありました。亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

私は中学生くらいまで中国の歴史小説が好きで、結構読んでいました。「三国志」「水滸伝」なんて、著者別に何度か読みましたし、陳舜臣氏の「小説十八史略」や「耶律楚材 」、「中国五千年」なんてのも読んでいました。「三国志」は、「出師の表」を途中まで暗記してましたね。その「三国志」の「蜀」の国の首都が成都でした。

四川省地震の中心的な被災地の一つが成都です。地震のニュースで成都と聞く度に、三国志の記憶が甦ります。

そんな中で、被災地で感染症が流行しているとのニュースがあります。衛生状態も悪そうですし、一刻も早く解決しなければいけませんが、実際には非常に難しそうです。

四川大地震:被災地で下痢患者増加、狂犬病の恐れも 
2008/05/19(月) 13:11:34更新

19日付新京報によると、四川省で12日に発生した大地震の被災者で、下痢や風邪の患者が増加している。また野犬化した飼い犬に噛まれるケースも多く、医療関係者は注意を呼びかけている

都江堰市で活動する海南省から派遣された医療スタッフによると、14日に活動を開始して以来、犬に噛まれたとして治療を求める被災者が多いが手元に狂犬病のワクチンがなく、傷口を洗い消毒するだけの処置をほどこしている。

北京から派遣され〓川県で活動している医師の場合も同様で、設備の整った大病院で狂犬病ワクチンの接種を受けるよう勧めているという。(〓はさんずいに「文」)

現地では飼い主を失った犬の多くが野犬化しているとみられ、ある医師は「犬が極めて攻撃的になっている。外出時には棒などを持ち防御してほしい」と訴えた。

中国は狂犬病の発生国で、2008年3月には全国163人が発症し、151人が死亡した。狂犬病による死亡者は伝染病のうち、エイズ、肺結核とともに、上位3位に入る状態が続いており、飼い犬の野犬化で、狂犬病の発生を懸念する見方も出ている。

また、被災地では下痢患者も増加している。地震が発生してから、不衛生な水を飲んだためとみられ、成都市などでは生活区、便所、排水溝などの消毒を強化している。ただし政府発表によると、これまでに大規模な感染症は発生していない。

その他、風邪をひく被災者も多く、仮設の診療所によっては治療を求める人の3割程度が風邪と下痢によるものという。

中国では、死因としての伝染病の上位3位が、エイズ、結核、狂犬病なのだそうですが、未だに狂犬病が流行していると聞いてびっくりです。何しろ、中国では、犬のワクチン予防接種率が 0.5%なのだそうです。しかも放し飼い。地震以前に対策していないといけなかったのかもしれません。ワクチン接種のきちんとしている日本では、狂犬病に罹患することはほぼゼロなので、私は実際に診療にあたったことはありませんし、診断もつけられるかどうか・・・。水を怖がっていたら疑いますけどね。

狂犬病は致死率ほぼ100%の疾患です。そのため、なにはともあれ、ワクチン、ワクチンです。

一方で、このウイルス、神経系に必ず感染が起こることで、ウイルスを不活化して神経疾患の治療に応用しようとしているという話を聞いたことがあります。上手くいけば、必ず神経系に移行する訳ですから、不活化できれば遺伝子治療などにも応用できるのかもしれませんね。

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てんかん発作とアンモニア

By , 2008年5月25日 9:45 AM

高アンモニア血症はてんかん発作や意識障害の原因となることがあるため、てんかんの患者を診たときに、採血でアンモニアもチェックしておくことがあります。その時に、高アンモニア血症を伴っているものの、明らかに「「高アンモニア血症→てんかん」ではなくて、「てんかん→高アンモニア血症」であった経験を持っている医師は少なくないでしょう。そうした経験から、私は意識消失で搬送されてきた患者を診たときに、念のためアンモニアと CPKをチェックしておいて、アンモニアか CPKが高かったら、「てんかんだった可能性が少し高いのかなぁ。脳波はとりあえず必要だなぁ。」としています。経験則ですけれど。

何故、てんかん発作で高アンモニア血症が起こるのか?

肝内シャントを証明して考察した論文はありますが、このようなケースで全例肝内シャントが存在するわけではなし、どうしてかなぁーっと思っていましたが、最近面白い論文を読みました。防衛医大からの論文です。

 Yanagawa Y, et al. Hyperammonemia is associated with generalized convulsion. Internal medicine. 47: 21-23,2008

This study demonstrated that hyperammonemia is associated with GC (※GC; Generalized convulsion). Convulsions are accompanied by severe muscle contraction. Active skeletal muscle becomes a major source of ammonia during exercise by deamination of adenosine monophosphate to inosine monophosphate in a cyclical process called the purine nucleotide cycle. This is why GC induces hyperammonemia.

合理的な説明です。疑問が氷解しました。過激な運動に伴って、筋肉でAMP→IMPの脱アミノ化反応が起これば、アンモニアが発生します。これがてんかんに伴う高アンモニア血症の原因です。ここには、書いてないのですが、てんかん発作翌日に、しばしば尿酸が高値になっているという神経内科医が持つ経験も、purine nucleotide cycleが回った結果として説明可能ですね。

  In this study, no significant correlation was observed between ammonia level and PH, base excess, creatine kinase or lactate dehydrogenase

今回の論文では CPKとアンモニア値は相関しないようです。症例数が少ないため統計学的な問題があるのと、採血のタイミングも影響しているようです。

「高アンモニア血症によるてんかん」と「てんかんによる高アンモニア血症」の鑑別は、経験的に肝疾患があるかどうかでつけられますが、てんかん発作を抑えた後、前者であればアンモニア値は高値ですが、後者であれば経時的にアンモニア値が下がってくるのも鑑別点となります。

さて、てんかん発作が抑えられた後、どのくらいの時間アンモニアが高値を示すか、書いた論文がありました。

Liu KT, et al. Postictal transient hyperammonia. Am J Emerg Med 26; 388.e1-2, 2008

Transient hyperammonemia was in these patient sent to the ED (※ED; emergency department) because of generalized tonic-clonic epilepsy. We believe that the transient hyperammonemia may have been the result of heavy muscle exercise during the episode of epilepsy. The levels of serum ammonia returned to reference range within 3 hours, and this may be due to rapid metabolization by the liver. The hyperammonemia noted did not seem to be of hepatic origin.

3時間という数値は、Yanagawa氏らの論文にも登場しますが、一つの目安のようです。

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処方日数

By , 2008年5月21日 6:30 AM

外来患者さんから教えて頂いて、その後確認したのですが、4月から睡眠薬は 30日処方出来るようになったのですね。従来は 14日しか処方できなかったのですが、睡眠薬の為だけに来院する方にとっては朗報です。

こうしたルール変更って、変えた側から医師に全然連絡が来ないのですが、何とかならないものでしょうか?知らないままであることが多々あります。要点だけでも、まとめて知る機会があるとありがたいのですが。

 プシコ・メモメモ-睡眠薬の処方日数-

4月以降、診療報酬改定に伴い、処方の日数制限が変わるものが出てくるとのこと。これまで14日までしか処方できなかった薬の殆どが30日分まで処方できるようになります。そこに挙げられていたのが以下の薬。

・トリアゾラム(ハルシオン)
・ゾルピデム(マイスリー)
・ロルメタゼパム(ロラメット)
・ブロチゾラム(レンドルミン)
・フルニトラゼパム(ロヒプノール、サイレース)
・エスタゾラム(ユーロジン)
・ニメタゼパム(エミリン)
・クアゼパム(ドラール)
・フルラゼパム(インスミン、ダルメート、ベノジール)
・ハロキサゾラム(ソメリン)

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アルコールを愛する友へ

By , 2008年5月14日 10:22 PM

最近、非常に面白い論文を読んだので紹介します。

岩田誠.Alcohol as a good servant. 東京医学 94: 159-162, 1987

“アルコールと医学” というテーマで論ずる場合、アルコールの害が述べられることになるのは当然といえよう。実際、この bad masterに仕えることになった人間の辿った運命の悲惨さは、古今東西誰一人知らぬものはない。若山牧水、種田山頭火、Paul Verlaine、Stephen Foster・・・思いつくままにあげてみても、その限りなく気高い魂と溢れる才能を、永遠の暴君に献上してしまった人を数えることは容易である。

しかし、good servantとしてのアルコールの役割を忘れることはいささか不当といわざるをえまい。ここでは、このような good servantとしての系譜を博物誌的に辿ってみることにしたい。

酒飲みの興味を一気に引きつける冒頭です。心の中で快哉を叫びたくなります。

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長谷川式

By , 2008年4月29日 9:48 PM

聖マリアンナ大学出身の研修医から、面白い話を聞きました。

Dementiaの評価には、長谷川式スケールが用いられています。それを考案した長谷川先生が後悔しているのだとか。

高齢になって、自分が開発した検査を自身に行われるのではないかと考えると、複雑なのだそうです。「自分が考えた検査なのに、出来ないみたいだよ」と周囲に言われるのはいい気がしないでしょう。

本人に聞いた話ではないので、真偽はわかりませんが、心情的にはわかるような気がします。

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片頭痛の新薬

By , 2008年4月27日 11:58 PM

大学で働いていた時に、有志で抄読会をしていました。いくつか論文を読み溜めていたのですが、転勤に伴い抄読会もなくなり、もったいないので紹介。

ネタは片頭痛についてです。片頭痛に対して有効なトリプタン製剤に変わる薬剤が開発されており、そのReviewを読みました。ただ、論文を寝かせている間に古くなってしまいましたが・・・

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井原市

By , 2008年4月10日 9:16 PM

岡山県に井原市という都市があります。県南部の都市です。他県の方はあまり名前を聞いたことがないかもしれませんね。

Wikipediaで調べると、「中国地方の子守歌」発祥の地であり、北条早雲、雪舟などを輩出している地なのだそうです。

井原市医師会のサイトには、いくつか面白い読み物があるのですが、中でもお薦めは、「知識の宝庫」と題された一連のページです。

知識の宝庫

結構、備忘録として使えそうです。医師の方、覗いてみてください。

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風邪の治療

By , 2008年4月6日 1:22 PM

風邪というのは、軽い上気道炎の便宜上の用語で、鼻閉やくしゃみや咽頭痛、咳などの症状が見られます。実際には、いろんなウイルスによる色々な病気を含んでいます。基本的には、勝手に良くなりますが、他の臓器に波及したり、細菌感染を起こしやすくしたりすることがあります。

引用文献に挙げた論文に良くまとまっていたので、これらを下敷きにしながら、簡単に解説してみます。内容は、ほぼ引用文献そのままです。

・原因
どんなウイルスが風邪を引き起こすのか、Lancetの表から引用です。ただし、これらのデータは、少し古いデータなので、現在ではもう少し変わっている可能性があります。

Virus Estimated annual proportion of cases
Rhinoviruses 30-50%
Coronaviruses 10-15
Influenza viruses 5-15%
Respiratory syncytial virus (RS virus) 5%
Parainfluenza viruses 5%
Adenoviruses 5%未満
Enteroviruses 5%未満
Metapneumovirus Unknown
Unknown 20-30%

このように、ライノウイルスやコロナウイルスが多いことがわかるのですが、年齢や季節などによって、ばらつきがあります。例えば、ライノウイルスは年間を通すと 30-50%の割合ですが、秋に限れば上気道感染の 80%以上を占めます。また、ライノウイルスには、100以上のセロタイプが知られており、それらには地域差があります。

インフルエンザは風邪とは違う物だと考えられていますが、臨床的には風邪とオーバーラップするものだと考えられます。

・疫学
1人あたり平均すると、小児で年 6-8回、成人で年 2-4回風邪を引きます。1歳未満では、女の子より男の子の方が多く風邪を引きます。しかし、成長と共にこの関係は逆転します。また、風邪も引きにくくなっていきます。病は気からと良くいったもので、精神的ストレスは程度依存的に風邪を引きやすくするとの研究があります。きつい肉体トレーニングは風邪を引きやすくし、適度な運動はリスクを減少させるとの研究があります。

上記の表のように、風邪の原因としてはライノウイルスが多いですから、風邪の疫学は、ライノウイルスの疫学と大きく関係します。ライノウイルスは一年を通じて検出されますが、感染のピークは秋にあり、続いて春になります。生まれて最初の 1年間はライノウイルスに感染する頻度が高く、6ヶ月までに 20%の小児が感染します。2歳までに、79%の小児かライノウイルスが検出され、91%の小児がライノウイルスに対する抗体を持っています。

上気道感染を引き起こすウイルスの感染経路には 3つのメカニズムがあります。

①接触感染
②長時間空気中にさまよっている小粒子エアゾル
③感染者からの大粒子エアゾルの直撃

どのウイルスも、上記全ての感染経路をとるのかもしれませんが、主とした感染経路は決まっています。例えば、インフルエンザウイルスは主として小粒子エアゾルを介して感染します。

・病因論
風邪の病因論は、ウイルスの複製と宿主の炎症応答との相互作用を含んでいます。細かなメカニズムは、ウイルス毎にとても異なっています。例えば、インフルエンザウイルスが最初に複製を開始するのは、気管気管支の上皮です。一方、ライノウイルスは主として鼻咽頭です。

ライノウイルスの感染は、涙管から鼻に達し前方鼻粘膜ないし眼に沈着することで始まります。ウイルスは粘膜繊毛の作用で、後部鼻咽頭に運ばれます。アデノイドで細胞の特異的受容体に結合し、上皮細胞に進入することが出来るようになります。ライノウイルスの 90%ものセロタイプは、Intercellular adhesion molecule-1 (ICAM-1) というレセプターを使用します。上皮細胞中に進入すると、ウイルスは猛烈な勢いで複製を開始します。

鼻粘膜へのウイルス感染は血管拡張や血管透過性の亢進を引き起こします。それは鼻閉や鼻漏の原因となり、それらは風邪の主症状です。コリン作動性の刺激は、粘液腺の分泌やくしゃみを引き起こします。

インフルエンザウイルスやアデノウイルスは、気道上皮に広範囲の障害を引き起こしますが、ライノウイルスに感染した鼻粘膜を生検しても、組織病理学的な破壊は見られません。このように、ライノウイルスが上皮の破壊を伴わないことを考えると、風邪の症状はウイルスによる直接の細胞障害が原因では無いのかもしれず、宿主の炎症応答の最初の原因であると言えます。

炎症のメディエーター (仲介物質) の研究がなされ、いくつも発見されました。キニン、インターロイキン1、インターロイキン6、インターロイキン8、tumor necrosis factor (TNF)、regulated by activation normal T cell expressed and secreted (RANTES)などです。鼻粘膜のインターロイキン6、インターロイキン8の濃度は、症状の強さと比例します。しかし、ウイルス感染によって起こる宿主の免疫応答については、複雑で、まだよくわかっていません。

風邪の影響は鼻腔内のみに留まらなくて、副鼻腔にも波及します。成人の風邪の初期に、CT検査や単純レントゲンで、副鼻腔に異常が見られることがありますが、これらは通常抗生剤を使用しなくても改善します。従って、これらの副鼻腔炎は細菌感染ではなく、風邪の一部と考えられます。実際に副鼻腔からの吸引で細菌は存在しないもののライノウイルスのRNAが検出されたりしています。

インフルエンザや RSVは下気管支にも感染しますが、ライノウイルスが下気道で複製されるかは、議論されてきました。ライノウイルスは気管支鏡で下気道の分泌液から検出されますが、最近まで、上気道からのコンタミネーションの可能性が否定出来ませんでした。しかし、気管支生検に in-situ hybridisationを行った研究の結果、ライノウイルスも下気道で複製出来ると考えられるようになりました。

・臨床症状
潜伏期間は、ウイルスにより異なります。実験によると、ライノウイルスは鼻粘膜への感染から 10-12時間と考えられています。一方で、インフルエンザウイルスの潜伏期間は 1-7日とされています。症状のピークは、感染後平均 2-3日です。症状は 7-10日続きますが、3週間経ってもまだ続くこともあります。

ライノウイルスの感染は、咽頭痛から始まり、鼻閉や鼻汁、くしゃみや咳がすぐに伴うようになります。咽頭痛は通常すぐに消失し、当初の水様の鼻漏は濃く膿性になります。膿性であっても、鼻粘膜の細菌叢に変化はなく、細菌感染ではないと考えられています。発熱は大人ではあまり見られませんが、小児では普通に見られます。嗄声や頭痛、倦怠感、虚脱感を伴うこともあります。筋肉痛は風邪の患者で見られる症状ですが、インフルエンザでより典型的です。

風邪は短期間で自然に良くなりますが、時々細菌感染を合併します。小児で最も多いのが中耳炎です。小児のウイルス性気道感染の 20%に、急性中耳炎を合併します。他の細菌性合併症は、副鼻腔炎と肺炎です。副鼻腔炎は風邪の 0.5-2%に見られます。しかし、前述のように風邪で副鼻腔に異常所見が出ることを考えると、細菌感染を合併したかの判別は困難です。肺炎に関しては、ウイルス感染と細菌感染の合併によるものが多いのですが、純粋にウイルス感染が肺まで広がったものもあります。

いくつかの研究で、ウイルス感染と喘息の急性増悪の関連が指摘されています。例えば、喘息持ちの成人の場合、風邪の症状の 80%は、喘鳴や呼吸苦です。喘息のウイルスによる急性増悪の約 60%でライノウイルスが検出されています。子供でも、喘息の急性増悪を引き起こすことが知られています。

高齢者では、インフルエンザ以外のウイルスによる風邪の罹患率は低く見られがちですが、サーベイランス研究によると、高齢者の 3分の 2は下気道疾患を起こしうるとされています。慢性閉塞性肺疾患 (COPD) も、別の意味でウイルス感染の重要なリスク群です。風邪への罹患率は COPDがあってもなくてもそれほど変わりませんが、COPDがある方が、風邪にかかったとき救急治療室を受診する割合が多くなります。つまり、風邪が重篤化しやすいということです。免疫不全患者では、RSVが通常重篤な呼吸不全を引き起こしますが、ライノウイルスも致命的な下気道感染を起こします。

・診断
多くの場合、患者が自分で診断しています。しかし、症状を自分で表現できない小児で発熱のみ先行したときなどは、特に診断が困難です。アレルギー性や血管運動性鼻炎もしばしば風邪と紛らわしいことがありますが、通常は容易に鑑別できます。溶連菌による咽頭痛はしばしば風邪の初発症状と似ています。しかし、鼻症状は、典型的には溶連菌の咽頭痛では起こりません。ちなみに、咽頭を視診しても、ウイルス性か細菌性かは鑑別できません

それぞれのウイルスで典型的な臨床症状は異なりますが、それぞれ症状には個人差もあるので、症状から原因ウイルスを同定することはできません。ウイルス性呼吸器感染症の中で異なった存在だと見なされているインフルエンザでさえ、臨床症状による陽性的中率は 27-79%にすぎません。

ウイルスの同定には、培養、抗原の検出、PCR法があります。培養は時間がかかるので、臨床的な有用性はほとんどありません。モノクローナル抗原による免疫染色 (Immunoperoxidase staining of the cultures with monoclonal antigens) だと、48時間以内に結果が得られます。しかし、前述のようにライノウイルスには多くのセロタイプがあることを考えると、ルーチンの検査としては行えません。抗原の迅速検査キットがインフルエンザと RSVで開発され、15-30分で結果が出ます。PCR法はウイルスの同定に有用ですが、臨床で使用するには大がかり過ぎます。

・治療
風邪は、病原性メカニズムの異なった多くのウイルスが原因となるので、有効とされる治療法はありません。そのため対症療法が主体となります。症状を緩和するために 100種類を超える薬剤が利用可能です。

特定のウイルスに対する治療薬としては、インフルエンザウイルスに対するものだけが利用可能です。新しいインフルエンザ特異的抗ウイルス薬である zanamivir (商品名:リレンザ) と oseltamivir (商品名:タミフル) が知られています。いずれも副作用が少なく、インフルエンザ Aとインフルエンザ B両者に有効です。症状出現 48時間以内に開始すれば、症状を1-2日早く治せます。これらの薬が細菌感染の合併を予防できるかについては根拠が乏しいのですが、oseltamivirによる早期治療が小児の中耳炎を 40%以上減らすという研究結果があります。

風邪に関してライノウイルスの果たす役割は大きいので、ライノウイルスに対して有効な治療薬には大きな期待が寄せられてきました。1980年代にインターフェロンの使用が期待されましたが、残念なことに効果がありませんでした。ライノウイルスにとって主要な細胞受容体である ICAM-1が発見され、ウイルスの接着を防ぐ試みがなされました。ライノウイルスの感染実験では重症度を軽くしましたが、効果はそれほど強くありませんでした。

最近のライノウイルスに対する薬剤には、capsid binderである pleconarilやヒトライノウイルス 3C protease inhibitorである ruprintrivirなどがあります。pleconarilは、海外では Phase Ⅱ試験まで終了しているようです。Pleconarilは経口投与で幅広くライノウイルスやエンテロウイルスに作用します。症状発現 24-36時間に投与された場合、1-1.5日風邪の期間を短縮しました。

成人のライノウイルスに対する治療では、経鼻的インターフェロンと経口 クロルフェニラミンとイブプロフェンの併用で、鼻症状のみならず他の症状にも効果があるのではないかという研究結果があります。

いずれにしても、抗菌薬の有用性は証明されておらず、副作用のことを考えるとメリットはありません。

さて、対症療法については、いくつかのエビデンスが得られており、それを紹介します。American Family Phisicianという雑誌に掲載された論文からです。

A. 咳
店で売っている風邪薬に、咳を減らすための良質なエビデンスのあるものはありません。「The American College of Chest Physicians guideline」は、上気道感染に対して中枢作用性鎮咳薬 (コデイン、dextromethorphan) を使用することを推奨していません。わかりやすいように商品名で言うと、コデインはリン酸コデイン (通称 リンコデ)、Dextromethorphanは臭化水素酸デキストロメトルファンでメジコンです。

これらの結論にもかかわらず、3つのスタディのうち 2つでは、dextromethorphanを使うことが有益だとして推奨されています。そのうち 1つの研究 (meta-analysis) では、18歳~高齢者に対して dextromethorphanを投与し、咳の頻度や重症度を軽減し、副作用はありませんでした。 1つのスタディは、抗ヒスタミン薬と消炎剤の併用で、やや効果がありましたが、有意に副作用が見られました。対照的に鎮静効果のない新世代の抗ヒスタミン薬は咳を減らしませんでした。

小児においては、dextromethorphanの有効性は証明されておらず、咳の治療に効果がある薬剤はありません。

論文の表では、Mucolytic (ビソルボンなど) がbenefitになっていますが、論文の本文では触れられていません。

これらを総合すると、何か使うとすれば、dextromethorphan、つまりメジコンというところでしょうか。

B. 鼻閉と鼻漏
第一世代の抗ヒスタミン薬はあるエンドポイントでは有用でしたが、風邪に関連したくしゃみや鼻症状を緩和しないとの結論になりました。例えわずかに有効だったとしても、第一世代抗ヒスタミン薬では副作用が上回ります。それ故、抗ヒスタミン薬の単独投与は推奨されません。

第一世代抗ヒスタミン薬と消炎剤の併用は、鼻閉、鼻漏、くしゃみにある程度有効でしたが、スタディの質が低く、効果も小さいものでした。また、小児には有効ではありませんでした。

消炎剤の局所投与ないし経口投与は、有効と考えられます。

最近では、気管支拡張剤である ipratropium (商品名:Atrovent)の局所投与が、鼻炎や風邪による鼻漏に有効であるとされています。

C. 代替の治療について
Echinaceaは有効性が証明されていません。ビタミンCも、風邪の症状や重症度を軽減しません。Zincはウイルスの増殖を抑え、風邪の期間を短くするという研究はありますが、その他の研究ではいずれも無効だったり副作用が見られたりしていますので、推奨しません

咳と鼻症状について、論文の表がわかりやすいので紹介しておきます。いくつか表があるのですが、成人の表のみ紹介します。

Therapy Study findings
Couch
Antihistamine/decongestant combination Two studies: one showed benefit with unfavorable side effect; one showed no benefit
Antihistamines Three studies: no benefit
Codeine (Robitussin AC) Two studies: no benefit
Dextromethorphan (Delsym) Three studies: two showed benefit; one
showed no benefit
Dextromethorphan plus salbutamol One study; limited benefit with unfavorable side effect
Guaifenesin (Mucinex) Two studies: one showed benefit; one showed no benefit
Moguisteine One study: very limited benefit
Mucolytic (e.g., Bisolvon Linctus) One study: benefit
Congestion and rhinorrhea
Antihistamine/decongestant combination Seven studies: five showed some benefit for nasal obstruction; five showed no benefit for nasal obstruction; two showed no benefit,
Six studies: five showed some benefit for rhinorrhea; one showed no benefit
Antihistamines Five studies: no benefit for nasal obstruction,
Seven studies; benefit for rhinorrhea (first generation antihistamines only)
Intranasal ipratropium (Atrovent) One study: benefit
Oral or tropical decongestants (single dose) Four studies: benefit for nasal obstruction
Oral decongestants (repeated doses) Two studies: one showed benefit for nasal obstruction; one showed no benefit

・予防
風邪の原因ウイルスの多様性が、予防を難しくしています。多くのセロタイプに共通する抗原がないため、ライノウイルスのワクチンの開発は困難です。インフルエンザが唯一、呼吸器感染で商用のワクチンを利用可能です。筋肉注射で行う現在の不活化インフルエンザワクチンに加えて、経鼻投与可能なワクチンが開発中です。また、RSVやパラインフルエンザウイルスに対するワクチンも開発中で、臨床試験に入っています。

抗ウイルス薬による感染予防は、インフルエンザで行われています。反対に、ライノウイルスではインターフェロン経鼻投与での予防効果は知られていますが、副作用が強く受け入れられていません。

Echinaceaという植物から抽出されたビタミン Cは、風邪予防に広く用いられているにもかかわらず、根拠を欠きます。今のところ、完璧な風邪の予防は、社会から長期間隔離されることによってのみ可能だと思われます。しかし、論文の言葉を借りるなら、多くの人々は(長期間隔離されるために) 南極大陸への次の船を待つ一方で、ワイン、特に赤ワインに風邪の予防効果があるかもしれないという論文に慰めを見いだすのでしょう。

(参考文献)
1. Heikkinen T, et al. The common cold. Lancet 361: 51-59, 2003
2. Simasek M, et al. Treatment of the common cold. Am Fam Phisician 75: 515-520, 2007

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脳とことば

By , 2008年3月24日 9:43 PM

「脳とことば (岩田誠著、共立出版)」を読み終えました。

本書は、失語症研究の歴史から始まります。紆余曲折を経て、現在の失語症の分類体系があり、これまでの研究の過程を知っておくことは、非常に有用です。また、自分が同時代の人になったような感覚を覚え、次の興味が引き起こされ、引き込まれます。

失語には、全失語、ウェルニッケ失語、ブローカ失語、超皮質性感覚失語、超皮質性運動失語、皮質下性感覚失語、皮質下性運動失語、伝導失語、失名辞失語など多くのタイプがあることが知られていますが、それぞれの責任病巣がどこにあるのかは、議論の余地があります。一般的な教科書的には、○○の部位で△△の失語が起こると書いてあるのですが、例外も列挙されており、それらを総合すると、結局「どこででも起こりうるんじゃないか?」と感じさせられます。でも、本書を読むと、何故そこで起こるのか、例外があるとすれば、どう扱われるべきものか、詳細に検討されており、知識を整理することが出来ました。本書の優れた点は、「○○という報告がある」ことを列挙するのではなく、一つ一つ検討し、それらを全て説明出来る体系を築いていることです。

一つは著者の優れた洞察力があるでしょうし、さらには形態学者として、臨床医としてなど、様々な方向のアプローチが挙げられるでしょう。著者の業績として特筆すべきは、”漢字” と ”かな” の二重回路仮説です。著者は、さまざまな脳血管障害症例を検討し、漢字とかなは別の回路で認識していることを提唱し、証明しました。これは、失語症研究に新たなる方向性を与えました。

医学的な素養が読むのに必要かもしれませんが、高次機能学の勉強をするのに、本書は最も薦めたい本の中の一冊です。

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麻疹

By , 2008年3月23日 2:13 PM

呼吸器内科のmethyl先生から、e-mailを頂きました。本人の了解を戴いたので、転載します。

先日、フジテレビで木村 太郎氏がこんなこと言ってました。You tubeからです。

【遅れる日本の対策 日本の「はしか」米国へ 】

要旨としては麻疹感染による死亡より麻疹ワクチン接種による死亡が多いが、国際的にみて接種は行ったほうが良いだろう。ということです。何を見て、こんなこと言ったんでしょうか?

あまりにも腹がたったので調べてみました。いくつかのサイトからの引用を並べてみます。

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疫学
感染症発生動向調査では国内約3,000の小児科定点から麻疹患者数は年間 11,000人から 22,000人の報告があり、実際にはこの 10倍以上の患者が発生していると考えられる。この中で 2歳以下の罹患が 60%以上を占めており、罹患者の 95%以上が予防接種未接種である。

麻疹による合併症重症例の例数の統計はないので不明確だが、1998年から 1999年における沖縄での流行から推定すると、肺炎の合併が年間 4800例、脳炎は年間 55例、死亡例は年間 88例程度と考えられる。ワクチン接種率発症予防には麻疹ワクチンが有効だが、国内での麻疹ワクチン接種率は 80%程度にとどまっていると推定される。

麻疹の合併症について
合併症は 5歳以下あるいは 20歳以上で多い。下痢が患者の8%、中耳炎が 7%、肺炎が 6%におこると報告されており、肺炎はウイルス性のことも重複感染による細菌性のこともある。脳炎が 1,000例に 1例程度報告されており、死亡率は約 15%で、後遺症が 25%に残るとされている。肺炎・脳炎の合併は年少であるほど死に至る危険性が高いので注意が必要であり、感染を予防することがもっとも重要である。
また、麻疹ウイルスの持続感染によると考えられている亜急性硬化性全脳炎(SSPE)が麻疹患者の 100万例に 5~10例おこると言われている。進行性の神経症状、痴呆症状を示し、最終的には死に至る予後不良の疾患であるが、米国では麻疹ワクチンの普及により激減した。

麻疹ワクチンの有効性・副作用
ワクチンによる免疫獲得率は 95%以上と報告されており、有効性は明らかである。1997年度厚生省感染症流行予測調査事業による麻疹 PA抗体保有状況によると、各年齢層での麻疹抗体保有率は、ワクチン接種を受けていないものは 10才頃までに麻疹抗体を獲得し、維持するようになる。これに対して、ワクチン接種を受けている者は、20~29才の年齢層で低い抗体価を示しているものの、今のところ免疫の持続は良好である。
副反応に関しては、1998年度の厚生省の予防接種後健康状況調査報告書によると、接種後 28日までに初発した発熱は22.7%にみられ、そのうち 38.5℃以上であったものは 13.2%であった。このうち接種後 6日までの発熱は 7.4%、38.5℃以上は 4.1%であった。最も頻度の高い 7~13 日目の発熱は 11.4%であり、うち 38.5℃以上は 6.3%であった。発疹は 8.8%(うち 6日以内は 2.8%、7~13日目は 4.7%)に認められる。いずれも軽症でありほとんどは自然に消失するが、けいれんが 0.4%の頻度で認められ、このうち 85%は熱性けいれんであった。対策としては熱性けいれん既往者に対しては、予防としてあらかじめ抗けいれん剤(例:ジアゼパム坐剤)を処方しておき発熱性疾患罹患時に行う方法と同じ方法で予防することが可能である。ゼラチン含有ワクチンを使用していた頃はゼラチンによるアナフィラキシーショックなどの症状を呈することがあった。このゼラチンアレルギーが問題となって以降、武田薬品は 1996年12月(lot H701)から、阪大微研は 1998年 11月(lot ME-15)から、千葉血清は 1998年6月 (lot C4-1) からゼラチン・フリーとなった。北里研究所は 1998年 7月 (lot M19-1) から低アレルゲン性ゼラチン (プリオネクス) に変更した。また蕁麻疹、接種部位の発赤、クインケ浮腫等のアレルギー反応も認められ、最近では接種後数時間から翌日に出現する発熱あるいは発疹などの遅延型のアレルギー反応の報告が散見される。蕁麻疹の発症は 3.0%に認められ、即時型アレルギー反応と考えられる1日以内の蕁麻疹を認めたものは 0.4%であった。ごく稀に (100~150万接種に 1例程度) 脳炎を伴うことが報告されているが、麻疹に罹患したときの脳炎の発症率に比べると遙かに低い。SSPEの発生も米国の追跡調査ではワクチン既往のない自然麻疹患者では 100万人あたり 5~10人であるのに対し、ワクチン接種者では 0.5~1人と 1/10の低さである (国立感染症研究所感染症情報センター)

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厚労省の調査によると、はしかワクチンによる副反応としては、軽い発熱や発疹など以外に、けいれんを起こす人が300人に1人程度(0.34%)、うち9割は熱性けいれんで、脳炎・脳症は94~01年度の8年間に3人報告、副反応が原因と疑われる死者は、2002年までの過去8年間に3人報告されているそうです。
(朝日新聞2003年3月11日)

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また、日本のMRワクチンおよび単抗原ワクチンはゼラチンを含まず、欧米で使われている安定剤としてゼラチンを含んでいるMMRワクチンよりもアナフィラキシーなどのアレルギー症状の出現頻度はより少ないことが推測される。この点からも、麻疹、風疹単抗原ワクチン、及びMRワクチンの2回接種は、海外において広く使用
されているMMRワクチンの2回接種と同等あるいはそれ以上の安全性があると考えられる。
(日本小児科学会 )
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客観的に考えると、明らかにメリットの方がデメリットを上回ると言えそうです。

 

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