Category: 医学と医療

ヴァイオリン制作者と皮膚炎

By , 2008年1月20日 8:17 AM

以前、ヴァイオリン製作と喘息について書きました。ヴァイオリン制作者を襲う疾患として、今回は「アレルギー性接触性皮膚炎」を取り上げます。

Lieberman HD, et al. Allergic contact dermatitis to propolis in a violin maker. J Am Acad Dermatol. 46: S30-31, 2002

以下、学会の症例報告風に紹介します。論文タイトルの邦訳は、「ヴァイオリン制作者におけるプロポリスに対するアレルギー性接触性皮膚炎」です。プロポリスは、ミツバチが産生する蜜蝋です。

症例:69歳男性
既往歴:10年前 mycosis fungoides (菌状息肉症), 発症時期不詳 気道過敏性疾患。前者の治療に mechlorethamine HCL (nitrogen mustard), PUVA療法、UVB療法、局所ステロイド投与が行われたが、著変なかった。
家族歴:アトピーなし
生活歴:楽器修理工。木工やニス(ニスはプロポリスを含む)などを用いて仕上げる。また、弓の修理も行う。自分でもヴァイオリンを演奏する。
現病歴: 5年前から灼熱感、掻痒感のある皮疹が、眼瞼、左耳、前腕、手に出現した。ニューヨーク大学医療センターの皮膚科アレルギー部門に紹介される 1ヶ月前に皮膚炎の再燃に気づいた。局所ステロイド塗布や抗ヒスタミン薬内服での改善は認めなかった。
身体所見:上眼瞼、下眼瞼に鱗屑を伴った紅斑あり。前腕と手に境界明瞭で軽度の紅斑状、鱗状パッチあり。
検査所見:一般的なアレルゲン、その他(紫檀、黒檀、ペルナンブーコ、馬の毛)に対するパッチテストを施行し、コロホニウム、アビエチン酸、プロポリスで陽性。RAST法では、ラテックスと種々の樹は陰性。
診断:アレルギー性接触性皮膚炎
経過:抗原の隔離と cetirizine内服、中力価ステロイド局所投与にて軽快した。
考察
・コロホニウム (アビエチン酸の酸化物を含み、ニス、松のおがくず、ワニス、弓の毛に塗る松ヤニなどに存在する) に対するアレルギー性接触性皮膚炎の報告は良く知られているが、音楽家でプロポリスに対して発症した報告はほとんどない。
・従来、プロポリスに対するアレルギー性接触性皮膚炎は、養蜂家で見られることが多かったが、バイオ化粧品使用者で見られることが増えている。また、HIV陽性患者で、プロポリスを含むサプリメントを摂取していて、口唇炎、口内炎を起こした症例も報告されている。
・ヴァイオリニストや弦楽器制作者で難治性の慢性湿疹性皮膚炎を認める時は、プロポリスに対するアレルギー性接触性皮膚炎を鑑別に考える必要がある。

要約すると、上記の如くになります。弦楽器製作の工程を考えると、木の削りカスによる喘息症状も起こりますし、ニスなど化学物質に対するアレルギーも起こりますね。今回は、ニスに含まれるプロポリスに対するアレルギーが指摘されています (コロホニウムに対するアレルギーも検査では陽性)。指摘されると「なるほど」と思いますが、なかなか普通思い至らないものだと思います。

プロポリスに関しては、楽器演奏者以外にも、アレルギーの報告があることを初めて知りました。極めて稀なことなので、まずそういう患者を診ることはないでしょうが、知っておいて損はないかもしれませんね。まぁ、アレルギーなんて、何ででも起こるとも言えるのですが。

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新型インフルエンザ

By , 2008年1月19日 11:34 AM

methyl先生に教えて頂いて、NHKの新型インフルエンザ特集を見ました。

シリーズ 最強ウイルス 第1夜 ドラマ 感染爆発~パンデミック・フルー 
シリーズ 最強ウイルス 第2夜 調査報告 新型インフルエンザの恐怖

新型インフルエンザ H5N1型を扱った番組でした。非常に良くできた番組でした。以前 SARSの特集をした時、番組は見ずに書籍化されたものを読んだのですが、この手の NHKの特集は考証がしっかりしていて、変にバラエティ化していないので、好感が持てます。

第 1話は、感染爆発のシナリオをドラマとして紹介していましたが、役者の演技力も許容範囲内で、他の医療ドラマを見る時のような、白々とした感じなく見ることが出来ました。緊迫感が上手く生み出せていたように思います。

第 2話は、過去の感染爆発の危機と、今後の対応についてでした。新型インフルエンザは、鳥インフルエンウイルス H5N1からのウイルスの変異によって発生すると考えられています。鳥インフルエンザ自体も恐い病気で、過去の感染者 348人に対して、死者は 216人に上るといいます。

実は、インドネシアで新型インフルエンザのヒト-ヒト感染がありました。感染者 7人、うち 6人が死亡。その後の調査で、このウイルスは世界的感染爆発パンデミックを起こす力を持っていないことが明らかとなりましたが、ヒト-ヒト感染を起こすことや、その致死率は驚異です。専門家の見方では、感染爆発は起こるかどうかではなく、起こることは確実で、「いつ起こるか」なのだそうです。

「タミフルがけしからん」と叩いている方が視聴率がとれるのかもしれませんが、新型インフルエンザの方が問題は深刻です。国民に危機意識がないことが最も深刻なのかもしれません。自分も第一線で働く身である以上、こうした疾患の情報を集めておかないといけないなと感じました。

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潜水服は蝶の夢を見る

By , 2008年1月14日 5:37 PM

久しぶりに本を読んで泣きました。

本のタイトルは「潜水服は蝶の夢を見る (ジャン=ドミニック・ボービー著、河野万里子訳、講談社)」です。

著者は、フランスのファッション誌「ELLE」の編集長です。彼は、「Rocked in syndrome」に罹患し、左眼と首をわずかに動かせる程度の「寝たきり」になってしまいました。「Rocked in syndrome」は脳幹部 (中脳・橋・延髄の総称) の障害で起こり、日本語では「閉じこめ症候群」と呼ばれます。脳からの運動の命令は、通常脳幹部を通って四肢に伝わるのですが、脳幹部が障害されることによって、伝わらなくなってしまうのです。従って、彼は知的機能はクリアに保たれつつも、四肢を動かすことが全くできなくなってしまいました。ただし、頭頸部への運動神経の一部がスペアされ、左眼と首をわずかに動かすことができました。

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「北欧」はここまでやる。

By , 2008年1月7日 11:21 PM

今週号の雑誌「東洋経済」は、「『北欧』はここまでやる」という特集でした。特集には、冒頭から引きつけられます。

 医療、年金、介護問題など、日本は今、社会保障にかかわるさまざまな難問に直面している。いずれも有効な解決策が見当たらない。

その背景にあるのは、社会の活力低下。つまり少子高齢化と格差社会の出現だ。OECD(経済協力開発機構)の調査では、日本は平均より半分以下の収入しかない国民の割合(貧困率)が、先進諸国の中でアメリカに次ぐワースト2位なのだ。「一億総中流」の時代はとうの昔に終わってしまった。

日本だけではない。市場経済を重視して規制緩和を求める「新自由主義」が世界に成長と反映をもたらす一方、貧富の格差は世界的な課題になりつつある。1990年代終わりから「第3の道」を標榜し、新自由主義と福祉政策を融合させようとした英国は、確かに福祉政策で一定の成果を上げた。だが、その水準は決して高くない。世界中が福祉政策とどう向き合うか、模索を続けているのだ。

経済成長を望むなら、”平等”は犠牲にしなければならないのか。

95年から2006年までの1人当たりのGDP伸び率と、平等性を図る指数であるジニ計数との相関を調べると、興味深い事実が浮かび上がる。GDPの高い伸びを示しているのは、むしろ所得の平等性が高い国々(ジニ係数の低い国)が多いのだ。少なくとも、ここからは成長と平等がトレードオフの関係にあるとはいえない。やはり、健全な中間層の存在こそが、経済社会を成立させる前提ではないのか。

格差社会の問題は、実は GDP成長率と大きく関わっていることが示唆されています。上記の文章の後に続くのは、経済開放が進んだ中国などを除くと、英国、北欧諸国など福祉政策に積極な国に GDP成長率が高い国が多いのだという事実です。

北欧諸国の社会保障政策は、高福祉、高負担として知られていますが、何故経済成長が可能なのかを、その後で論じています。その答えは、「産業構造が国内の需要と一致しやすい構造となっている」ためなのだそうです。日本の産業構造の象徴として、需要に乏しい道路を作り続けることなどが思い浮かぶことを考えると、説得力がありますね(少なくとも高度経済成長の頃には、それは需要の中心でした)。これからは、産業構造を国内の需要に合わせてシフトしていくことが大事なのではないかと考えさせられます。そうすると、介護とか、福祉は需要が多いのではないでしょうか。力を入れるべき方向性が見えてくる気がします。

そんな北欧の国、スウェーデンでも、医療問題は深刻なのだそうです。最大の問題はアクセス制限で、2006年には国民の 40%が医療へのアクセスが問題だとしています。そもそも、日本での年間受診回数 13.8回に比べて、スウェーデンでは 2.8回 (!) なのだそうです。また、「2006年 4月時点で、3ヶ月以上の専門医の診断を待つ患者はおよそ 5.7万人、手術を待っている患者は 2.3万人にも上る」のだそうですから、医療については、どの国も苦労してますね。

ここからは余談ですが、冒頭で述べた格差社会については、東洋経済の「日本人の未来給料」という特集で、面白い記事があります。年収 2000万円超の人はバブル以降 1.9倍に増えているとか、純金融資産 1億円以上のミリオネアが日本には 80万世帯以上存在するという一方で、生活保護を受ける世帯が急増(全世帯の 2%)しているとか、3人に 1人が非正社員だとか、二極化が進んでいるのがわかります。

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神経内科病棟

By , 2008年1月4日 4:00 PM

「神経内科病棟(小長谷正明著、ゆみる出版)」を読み終えました。

小長谷先生の本は、これまでに「ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足」や「神経内科-頭痛からパーキンソン病まで- 」を紹介したことがあります。文章が上手ですし、内容がしっかりしていて読みやすいです。

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ヴァイオリン製作と喘息

By , 2007年12月19日 7:02 PM

今回取り上げるのは、職業性喘息についてです。実は、フランス語の論文のため、私はabstractしか読んでいません。フランス語が読める方は、是非全文読んでみて下さい。

Rev Mal Respir. 1992;9(4):470-1.Links
[Occupational asthma caused by ebony wood][Article in French]

Kopferschmitt-Kubler MC, Bachez P, Bessot JC, Pauli G.
Service de Pneumologie, Pavillon Laennec, CHRU, Strasbourg.

A case of occupational asthma to ebony wood dust is described in a violin and stringed instrument maker, who was sanding and filing ebony to make the finger boards of violins and cellos. The diagnosis was confirmed using a realistic provocation test; after sanding and smoothing the ebony for 20 minutes the patient developed bronchial spasm with fall of the force expired volume in one second (VMS) of 45% which was reversible following the inhalation of beta 2 agonists. A delayed reaction was seen at 3 hours and 6 hours and at 20 hours after the test. The observations of occupational asthma or rhinitis to ebony wood are very rare. To our knowledge there are two publications at the present time. It has been recognised as an occupational disease (see table 47 of occupational diseases) and an exclusion order has been effected.

PMID: 1509193 [PubMed – indexed for MEDLINE]

ヴァイオリン、楽器製作者は、ヴァイオリンやチェロの指板を研磨したり、削ったりしますが、指板に用いられる黒檀の粉塵に対する喘息の一例が本論文では取り上げられています。

診断には誘発試験が用いられます。実際には、20分間黒檀を研磨するなどの作業をした後、患者が気管支の spasm (攣縮) を起こし、1秒率 (force expired volume in one second; VMS) が 45%低下したことから、気道の過敏性を証明し、β2刺激薬吸入を行って可逆性を証明しています(喘息の確定診断には、気道の過敏性や可逆性の証明が大切です)。遅発性反応が、3時間、6時間、20時間後に見られています。

黒檀に対する職業性喘息、鼻炎の知見はとても珍しいのだそうです。

楽器作りも、こんな辛い発作を乗り越えて行っている職人がいるのですね。

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ハーバードへの道

By , 2007年12月19日 7:31 AM

アメリカで研修しておられる方が書いているブログを見つけました。

 TMDU HMI2007~ハーバードへの道~-Neurology Ward Service by Hiroki-

初の病棟で驚いたのは,その回転の速さ!病棟には常に20人くらいの患者さんがいるが,金曜日の夜にいた人の少なくとも1/4は翌月曜日には新しい患者になっている.
この回転を支えているのはやはりRehabilitation centerやNursing home等だろう.例えば脳梗塞の場合,平均5日で転院!Lab, Echo, Holter, etc.と病棟で必要なことが終わると,麻痺が残っていようがいまいがすぐに”Go Rehab”となる.あとはPT/OTが中心となって機能回復を図っていくのである.

日本とは全然違いますね。システムの違い、コスト意識の違い、社会構造の違いなど、色々背景にあるのでしょう。日本でも、平均在院日数を削減するように、診療報酬を変える流れにありますが、アメリカと違って、リハビリ病院や療養施設を評価しないため、受け皿がなく、入院が長くなります。それに、日本では「入院期間中にしっかり治して、万全の状態で退院」という価値観があり、もし虫垂炎の手術をして、翌日「退院してください」と言ったとしたら、大部分の人がびっくりするでしょう。不信感を持たれたまま家に帰って、トラブルがあれば訴訟沙汰でしょうね。

慢性疾患の多い神経内科の現場では、「帰っても看れないから病院においてくれ」とか、「もし退院後悪くなったらどう責任取るんだ?」などという家族の方も多く、入院期間を引き延ばす要因となっています。家族の方の要望もある程度理解でき、療養施設や慢性期病床が充実していれば、クリアできる問題ではあるのでしょうけれども。

これからは、限られた医療費の中で、急性期と慢性期医療のバランスをどう取っていくのかを考えないといけません。これまでは、慢性期医療を切り捨ててきたため、患者やその家族が路頭に迷ってきたのみならず、急性期医療の回転も遅くなり、共倒れになっているような気がします。

もちろん、アメリカ型医療が理想とは言いませんが。

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腰曲がり

By , 2007年12月18日 7:29 AM

腰曲がりという病気があります。初めて名前を聞いたときには、「そんな、バカな。年寄りの多くは腰が曲がっているではないか?」と思ったのですが、れっきとした病気として存在します。英語では Camptocormiaと呼ばれます。

詳しく病気のことを紹介したブログがあります、
Neurology-腰曲がり病(Camptocormia)-
Neurology-Camptocormia(腰曲り)をどう治療するか?-

なかなか治療の難しい病気で、私も薬物経口投与、MAB療法などを試みた経験がありますが、なかなか治療反応性が悪かったのを覚えています。ボツリヌス治療の有効性は指摘されていますが、保険適応外で、一回の治療に約 10万円かかります。数ヶ月で治療効果が切れるので、その都度治療を繰り返す必要があります。

そうした中、面白い発表がありました。私はその発表を聞きにいっておらず、抄録 (武井麻子ら.Protirelin tartrateによりcamptocormiaが改善した他系統萎縮症 (MSA) の2症例.臨床神経 46: 428, 2006) で読んだのですが、実践しておられる先生からは、治療効果は良いようです。

その治療は、TRHによる治療です。TRHは脊髄小脳変性症の治療でも使われます。

何故効くのか、教授に相談してみました。すると、こんな返事が返ってきました。「昔、Rolling mouse Nagoyaというのがあってね。脊髄小脳変性症の動物モデルだとされていて、それに TRHが効くから、脊髄小脳変性症の治療で TRHを使うようになったんだ。でも、最近はその動物モデルはジストニアのモデルだという意見もあってね。腰曲がりもジストニアが関与しているんだったら、TRHが効いてもおかしくない」とのことでした。そのことについて文献を探したのですが、見つかりませんでした。ちなみに、首下がりに対する TRHの効果は、腰曲がりに比べると今ひとつ落ちるそうです。現在のところ、Pubmedで検索しても論文がほとんどなく、神経内科医の中でもまだ口コミに近い話です。

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高血圧研究の偉人達

By , 2007年12月16日 6:06 PM

「高血圧研究の偉人達 (荒川規矩男編集、先端医学社)」を読み終えました。

この本は、文字通り高血圧研究の先駆者たちを紹介した本です。

目次

chapter 1 Richard Bright-腎疾患が硬脈 (=今日の高血圧) を伴うことを初めて指摘した腎臓病学者
chapter 2 Robert Tigerstedt-レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の出発物質レニンの発見者
chapter 3 高峰譲吉-最初のホルモン (アドレナリン) 結晶化の先駆者
chapter 4 Scipione Riva-Rocci/Nicolai Sergeivich Korotkov-間接的血圧測定法の生みの親
chapter 5 Harry Goldblatt-高血圧モデル動物として腎動脈狭窄による持続性高血圧の作製に成功した病理学者
chapter 6 Eduardo Braun-Menendez-レニン・アンジオテンシン系の真の発見者
chapter 7 Irvine H. Page-アンジオテンシンの活性を発見し、高血圧学会を創始した医政家
chapter 8 Leonard T. Skeggs-自動分析器を発明し、レニン-ACE-アンジオテンシン系の全経路を解明した生化学者
chapter 9 Jerome W. Conn-原発性アルドステロン症を発見・命名した内分泌学者
chapter 10 Franz Gross-レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の確立に寄与した臨床薬理学の草分けの一人
chapter 11 F. Merlin Bumpus-Pageグループのアンジオテンシン研究陣の補強に加わり、最初のARBに到達した生化学者
chapter 12 George W. Pickering-本態性高血圧の原因として疫学的に環境説を確立した臨床家
chapter 13 Arthur Clifton Guyton-血行動態のコンピュータ解析から高血圧の原因や機序に迫った異色の生理学者
chapter 14 岡本耕造-本態性高血圧の研究モデル,SHRの贈り主
chapter 15 Lewis Kitchener Dahl-食塩と高血圧の関係究明に生涯を捧げた研究者
chapter 16 Harvey Williams Cushing-内分泌脳外科学の創立者
chapter 17 Grant Winder Liddle-内分泌高血圧の臨床研究先駆者
chapter 18 Walter Krempner-無塩米飯食での降圧効果を重症高血圧患者500人で初めて実証した臨床高血圧学者
chapter 19 Edward D. Freis-利尿薬の降圧作用を発見し、VA studyにも応用した臨床介入試験創始者
chapter 20 Lennart Hansson-臨床現場における幾多の疑問に各種臨床試験で解答を提供してきた介入試験の大家

最初に紹介されるのは Brightです。Brightは腎疾患に伴って左室肥大が起こることを指摘しましたが、それを発展させ研究したのは、Traubeと Gullだったそうです。Traubeは動脈圧の上昇が心拡大と心肥大を来すことを提唱しました。

chapter2では、レニンを発見した Tigerstedtが紹介されます。しかし、Tigerstedtにレニン発見に至る直接的影響を与えたのは Brown-Sequardだったそうです。Brown-Sequardは、モルモットの睾丸エキスを自分に注射して精力が回復したと発表し、内分泌物質の存在を示唆した人物です。ブラウン・セカールと発音します。ちなみに、Brown-Sequard症候群として彼は名前を遺していますが、「彼がやった仕事は、動物の脊髄の片側に切開を加えて対側の下肢を炙ると熱がらないということで、その概念をきちんと突き止めたのはデュシェンヌである」ということを聞いたことがあります。

Brown-Sequardはモルモットの精巣を自分に打ちましたが、Tigerstedtはウサギの腎臓をウサギに注射し、血圧を上昇させました。そして、活性物質は皮質に多いことを突き止めました。また、その物質が水溶性で、非透析性で、熱、アルコールで不活化されることも見いだし、レニンと名付けました。

chapter3では、高峰譲吉が取り上げられています。私は中学生の頃、学校で社会を高峰譲吉先生の孫に習っていました。授業中「この譲吉ってのは、俺のじいちゃんなんだ」と先生は言っていましたが、具体的な挿話を聞く機会がなかったのは残念に思います。高峰譲吉は牛の副腎から抽出し、結晶化した物質を「アドレナリン」と命名しました。アメリカでは「エピネフリン」と呼びますが、本来はアドレナリンと呼ぶべきであることを本書は指摘しています。

アドレナリン、ノルアドレナリンとドパミンを合わせてカテコールアミンと総称されている。アドレナリンとノルアドレナリンは、おもに欧州で用いられ、エピネフリンとノルエピネフリンはおもに米国と日本で用いられてきている。米国のエーベル(Abel)が1897年に発見・命名したエピネフリン(epinephrine)は、その精製過程が不完全なために不純物が多すぎるにもかかわらず、国際的に非・専売薬名として採用される趨勢にある。英国オックスフォード大学のAronsonは、この趨勢を見据えたうえでアドレナリンの正当性を主張しているが、わが国からもアドレナリンの正当性を支持する意見を表明すべきではなかろうか。

私が学生の頃、薬理学の授業で教授が高峰譲吉の名を出し、「日本人はアドレナリンと呼ぶべきなんだよ」と主張していたのを思い出しました。

chapter4は Kortokovについてです。我々は血圧を聴診で測定するときには、Kortokov音というのを聞いて血圧を知ります。それを発見した人物が Kortokovです。彼はモスクワ出身ですが、1900年の義和団事件の時に極東に派遣され、帰国の際に日本を経由しているそうです。また、日露戦争の際に、数名の日本兵が Kortokovの手術を受けた記録が残っているそうです。

Riva-Rocciらの平均血圧測定法を知った Cushingが、1903年に「手術室およびクリニックにおけるルーチンな血圧測定」という論文を発表しているそうですが、少なくともその数年前までは臨床的に血圧を測定するのは一般的でなかったようです。また、Kortokovによって拡張期血圧測定法が発表されたのは 1905年だったそうですが、今からたった100年くらいまえの話なのですね。この100年の間の医学の進歩は凄いと思いますが、血圧は vital signとして、現在でも臨床現場で最も重要視されています。

chapter6, 7で紹介される Braun-Menendezらと Pageらはほぼ同時に Angiotensinを発見し、Braun-Menendezらは Hypertensin、Pageらは Angiotoninと呼びました。これらの研究の多くは、Menendezらが進め、Pageらの報告は誤りが多かったことから、多くの研究者は Hypertensinと呼んでいましたが、Menendezの死後、後任者の Taquiniは紳士的立場に立ち、Angiotensinという名称に統一するように勧告したそうです。ちなみに、Angitotensin Ⅰを初めて精製単離したのが、本書の著者なのだそうです。

chapter8で紹介される Skeggsはレニン・アンジオテンシン系を生化学レベルで確立した人物ですが、多方面に才能を発揮した人物だったそうです。少し引用してみます。

Skeggsは Leonardo da Vinciにも似て天才的に万能で器用な人であった。たとえば、①アンジオテンシンの精製過程で Koffの人工腎臓を大改良して広く米国内で人工腎臓として実用に供した (そのときの弟子の Paul Bergは後に recombinant DNAの技術開発で1980年にノーベル賞を受賞した)。

②また、同じくアンジオテンシン系の生化学分析の過程で、無数の試験管の行列 (train of test tubes) を使うかわりに、血液や試薬を連続して機械的に運んで反応させ、分析する自動分析器を考案して、自宅地下室の工作室で試作を重ねた後、研究室で実用化した (その実際を筆者は見せられて度肝を抜かれるほど驚いた)。これを後に Technicon社が買収して1954年に ”Autoanalyzer” という商品名で売り出し、これが今日世界中の病院などで活躍している自動分析器の原型となっていった。

③定年退職後は死の数ヶ月前に 30フィートのモーターボートを手製で完成したばかりであった。彼は飛行機でも作りかねなかった、と周りの人々はいう。

非常に多才な人物だったことがわかります。彼によって複雑なレニン-アンジオテンシン系が同定されましたが、経路として明らかになったことで、研究が大きく進み、ACE阻害薬、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬 (ARB) が生まれました。また、これらの知見の上に、本書の著者らは研究を進め、アンジオテンシンⅡ合成に ACEばかりでなく Trypsinや Kallikreinなどのバイパス経路があることを発見しています。そのほか、アンジオテンシンⅡ合成については、セリンプロテアーゼとしてキマーゼも同定され、循環器領域に新たなテーマを与えているそうです。

chapter12の Pickeringは、消化器性潰瘍、頭痛、体温調節など様々なことに興味を持っていたそうですが、Goldbatt高血圧 (腎動脈狭窄による高血圧) の慢性期に該腎を摘出しても降圧できないことから、長期の経過のうちにレニンの役割がおわり、抵抗血管の二次的な器質的変化によって高血圧が維持されることを提唱したそうです。そして、年齢とともに人の血圧が上昇していくことも同様の機序によるものとしたそうです。もし彼の考えが正しいとすれば、若いうちから血圧の薬を飲んでおいた方が、抵抗血管の二次的な器質的変化が予防できるのでしょうかね。彼に関する面白い逸話が紹介されています。

 減塩は学問的に大切としながらも、実生活では必ずしも実践していかなかったらしい。死亡数週間前にパリでRobertson (第三代国際高血圧学会会長) と食事をともにしたとき、”ニンニクと塩が足りない!”と怒鳴った、という。服装にも頓着なかった。こういう彼の愛すべき性格は直接の弟子達のみならず、高血圧学者仲間でも愛嬌者にされていた。

chapter14は岡本耕造先生です。本態性高血圧の動物モデルを作りました。彼の開発した高血圧自然発症ラット (SHR) は、1996年にスペースシャトルに乗せられ、宇宙旅行をしたそうです。研究を進めるには、その疾患の動物モデルは極めて重要ですから、高血圧の分野における役割は言うまでもありません。

chapter15は、Dahlについてです。彼は、食塩摂取量と高血圧の間に正の相関があることを見いだしました。家庭でも減塩を徹底し、「食卓塩」を「毒薬 (poison)」と呼んでいたそうです。しかし、何とも言えない経緯で病気を発症しました。

 1972年、Dahlが同研究所付属病院の院長に就任して間もなく、新たに購入した血清蛋白分析装置の試運転のため自分の血液検体を提供したところ、M蛋白が発見され、多発性骨髄腫に罹患したことが判明した。闘病生活に入っても、研究への意欲は衰えず、死の直前まで精力的に研究を指揮したとのことである。

chapter16はCushing (1869-1939) です。彼はHarvard大学医学部を卒業して、Massachusetts General Hospital (MGH) での外科研修を経て、1896年にJohns Hopkins大学外科レジデントとなりました。そこで外科を Halstedに学び、友人に Oslerがいたそうです。彼はヨーロッパ旅行中に、Londonで Hunters、Bernで Kocher、Liverpoolで Sherringtonに会うなど、得難い経験をしています。カナダでの弟子に、Penfieldなどがいるといいます。

chapter17はLiddleです。内科医にとって Liddle症候群は有名ですが、メトピロン試験、デキサメサゾン抑制試験が Liddleに由来することは知りませんでした。

こうして医学史に関する本を読むと、脈々と続く医学の伝統を感じます。

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憧れ

By , 2007年12月13日 10:00 PM

趣味を楽しみながら、日々過ごせると良いな・・・と常日頃思っています。趣味を仕事にするのも一つの方法かもしれませんが、そうすると趣味としての楽しみを失うことになるかもしれません。私の叔父は読響の奏者だったので、私の母が私を音楽家にしようかと相談したとき、「仕事にしてしまうと、音楽が楽しめなくなる」と反対だったそうです。そのこともあり幸せなことに音楽を趣味のままにしておくことが出来ました。私の母は、その後、別の医師をしている叔父に私を医師にしたいと相談し、またもや反対されたそうです。「これからは医師にとって過酷な時代になるから」というのが理由だったそうですが、紆余曲折があり、私は自分で医師になる道を選びました。

実際に医師になって思うのですが、多忙のため実際趣味を楽しんでいる医師は少数だと思います。仕事一筋という姿勢は、格好良いとは思います。ただ、趣味を楽しんでいる医師にも、仕事一筋の医師にもそれぞれ素晴らしい方がいますので、どちらが良いとは言えません。また、趣味を楽しんでいる医師から趣味を取り上げたら、仕事のパフォーマンスも落ちることは確実でしょう。

という前振りは、あるヴァイオリン製作者の論文を紹介するためのものです。Franjo Kresnikというヴァイオリン製作者がおり、何とその人は医師であったというのです。

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