1週間前に第二回将棋電王戦が終わりました。人間側から見て、1勝 3敗 1引き分けでした。結果については以前予想した通りなので今更何もありませんが、各局非常に面白かったので、簡単に振り返ってみたいと思います。公式サイトでは、ニコニコ生動画をタイムシフトで見ることが出来て、臨場感が伝わってきます。
<第一戦:阿部光瑠対習甦> 棋譜
阿部光瑠四段が快勝しました。コンピューターソフトは数十手先までを探索し、その局面での評価関数の最も高い手を選択します。つまり具体的な手を読む能力に優れています。一方人間は、「この形で攻めるのは無理攻め」「この端歩は受けておいた方が後々生きる」といったように、経験的の裏付けのある判断に優れます。
阿部光瑠四段の作戦は、「定跡に似ているけれど、微妙に定跡と違う戦型」を選ぶことでした。角換わり腰掛銀という、部分的には詰みまで研究されている戦型を選び、通常後手からする角交換を先手からした上、玉側の端歩を一つ突き越しました。
先手から角交換した対局は数少ないので、コンピューターは定跡データーベースを使うことが出来ませんが、形的にはほぼ同じなので人間は定跡 をほぼ踏襲することができます。通常は受ける端歩をコンピューターソフトが受けなかったのは、この端歩が生きるのは終盤戦になってからなので、価値がわからなかったのでしょう。おかげで人間側は玉側 9筋の端歩を突き越すことが出来、この戦型ではかなりのプラスとなりました。結果的には阿部光瑠四段が綺麗に受けきったので端歩が生きる展開にはなりませんでしたが、もし受け損なった場合でも端から入玉していく手があり、保険がかかっていました。
さて、本譜では習甦の方から仕掛ける展開となり、これが無理仕掛けであることは対局が進むにつれて明らかになります。不利になった後、コンピューターソフトはより不利な局面になるのを先延ばしする「水平線効果」という癖を見せました。71手目~75手目がそれで、この交換は明らかに習甦が損ですが、悪い変化が訪れるのを先延ばしするために選んだ無駄な変化です。最後は阿部光瑠四段が華麗に習甦を仕留めました。
阿部光瑠四段は習甦を借りていて自宅で特訓して、こういう戦法が優秀と見つけたそうですが、毎回同じ変化に飛び込んでしまうのは、コンピューターソフトの弱点の一つかもしれませんね。つまり、研究されれば嵌められるということです。
<第二戦:ponanza対佐藤慎一> 棋譜
ponanzaの変則的な序盤で始まりました。コンピューターはプロ棋士同士の棋譜をデーターベースとして取り込み、定跡として利用しています。一方、プロ棋士は定跡を水面下で研究をしていて、詰みまで結論が出ている定跡もあります。詰みまで研究された形はプロ棋士同士が避けるので実戦に出ません。実戦にないから大丈夫と思って定跡に乗っかると、最後絶対に勝てない定跡に嵌ってしまう可能性があります。そのため定跡を外したのでしょう。
64手目でのボンクラーズというソフトでの評価値は、+202点で先手 ponanza有利 (ソフトにもよるが、300点くらい差でやや有利、1000点差がつくと優勢)。ところが 77手目では -340点と後手佐藤慎一四段やや有利になってました。コンピューターソフトが最善手と信じた手を指し続けて人間が有利になっていくのは、コンピューターが最善手を指せていなかったということになるのでしょう。力戦型の中盤で、人間とコンピューターソフトの読み比べで、今回は人間が勝っていたということです。
116手目の時点では -378点と人間やや有利でしたが、以降終盤での受けを間違え、あっという間に負けになりました。ここで正しく指せるかどうかがトッププロと一般のプロの差だと思いますが、それまでの中盤の駆け引きは見応えのあるものでした。ご本人がブログで感想を書かれているので紹介しておきます。
・申し訳ない (2013.3.31)
・本当の悔しさ (2013.4.1)
<第三戦:船江恒平対ツツカナ> 棋譜
やや変則的な出だしから、互いの陣形はよく見かけるような形に収まってきた 23手目の時点、ボンクラーズというソフトでの評価は先手船江五段 -239点と後手ツツカナ有利の判断でした。とはいえ、ツツカナがつながるかどうか微妙な仕掛けを敢行し、船江五段がカウンターを合わせて 57手目の時点では船江五段 +149点と指しやすくなっていました。船江五段が果敢に決めに行ったのですが、74手目のツツカナ 5五香が絶妙手。逆転してツツカナ有利となりました。ソフト相手に攻めるのはリスクが高く、不十分な態勢から無理に攻めさせて受けきる方がやりやすいと思うのですが、案の定決めに行ったのが裏目に出ました。89手目の時点では -937点と後手ツツカナ優勢。ところが船江五段の必死の防戦で、96手目では +359点と逆に有利になりました。ここから仕切りなおして第二ラウンドと思っていたら、 107手目の 7二龍が緩手でした。疲労、切迫した残り時間の中でねじり合いましたが、結果はツツカナの勝利に終わりました。
第二戦、第三戦を見て驚いたのは、コンピューターソフトが疑問手を結構指していることでした。計算し尽くして最善手を選択しているようでも、プロ棋士相手にあっという間に優勢の評価をひっくり返されたりして、思ったほど完全な存在ではないのだなと思いました。
<第四戦:puella α対塚田泰明> 棋譜
この 5戦で最も感動した一局でした。塚田泰明九段は、順位戦 C級 1組所属。年齢とともに棋力の衰えがあり、かつての実力はありません。下馬評は puella αの圧倒的優位。
塚田九段は序盤で不利になり、あっという間に攻め倒されて大劣勢。一目散に入玉を目指しました。ところがボロボロと駒を取られ、大駒は全て先手 puella αの手に。塚田九段のあまりの劣勢ぶりに「公開レイプ」という言葉が頭に浮かびました。puella αも入玉を望めば簡単に達成出来、相入玉になると点数勝負になります。その場合 24点ないと負けになりますが、大駒が 1枚 5点と大きいので、大駒を一枚も持っていない塚田九段には全く勝ち目がありません。
塚田九段の望みは一つだけでした。それは、「コンピューターソフトは入玉を目指さない」という、自宅のコンピューターソフトと戦って収集した事前情報。その場合、入玉した塚田九段の玉は絶対に詰まされない状態なので、一方的に攻撃を仕掛けて勝てる望みがあります。
しかし、puella αが入玉を目指し始めました。ここで塚田九段の心は折れかけたと思います。しかし電王戦は団体戦。投了すれば人間の負け越しが決定します。塚田九段は希望のない中、最善と思われる手順を指し続けました。
指しているうちに、puella αの入玉将棋の指し方が下手なことが明らかになってきました。しばしば点数を失う順を選ぶのです。塚田九段はついに大駒を二枚を取り戻し、更に点数を重ね、なんとか引き分け (持将棋) に持ち込むことに成功しました。
塚田九段が劣勢の状況で必死に努力して、一縷の希望も打ち砕かれながらも淡々と最善を尽くす姿は、見ていてとても感動を呼ぶものでした。木村一基八段の「負けと知りつつ、目を覆うような手を指して頑張ることは結構辛く、抵抗がある。でも、その気持ちをなくしてしまったら、きっと坂道を転げ落ちるかのように、転落していくんだろう」という言葉を思い出しました。
<第五戦:三浦弘行対 gps将棋> 棋譜
三浦八段は A級 八段のトッププロ棋士ですが、対する gps将棋は東大のパソコン 687台のクラスタで、詰みチェック専門に 3台のマシンが用意されています。
実戦は三浦八段が得意とする矢倉脇システム。40手目 7五歩から gps将棋が先攻しました。gps将棋は取れる歩を取らず、8四銀から 7五銀と進出しました。一見無理攻めだろうと思ったのですが、gps将棋は攻め倒してしまいました (後で知りましたが、過去に類似の実戦譜があるそうです)。「この形で攻めるのは無理そう」と思われた形で攻め倒せてしまうと、定跡自体が変わってしまう可能性がありますね。私はトップクラスだと矢倉は先手有利と思っているので、後手でトッププロをあっさりと下す gps将棋の実力に唖然としました。第 1~4戦で見てきたコンピューターソフトと比べて頭一つ以上抜けていると思いました。
似たように、無理そうな局面から攻めをつなげてしまった将棋が 2013年 3月 24日にあり、この対局を見て、その将棋を思い出しました。それは渡辺明対郷田真隆の棋王戦です (棋譜)。角換わり腰掛銀で、後手は金銀四枚の鉄壁の守り。この形では先手から仕掛けるのは無理と見て、後手の郷田棋王は 9二香と手待ちをします。そこで渡辺明竜王は 4五歩から仕掛け、攻め倒してしまいました。
三浦弘行八段ですらこのように惨敗するのであれば、第三回電王戦はかなりプロ棋士が苦戦することは必死です。同じようなスタイルでは結果が目に見えているでしょう。興行的に成立させるには、何らかの工夫が必要だと思います。ブランド No.1の羽生三冠を登場させること、実力 No.1 の渡辺竜王を登場させること、森内名人を登場させることが思い浮かびますが、企画する人達に期待したいと思います。
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(参考)
・プロ棋士が解説「第2回将棋電王戦」初戦で人間が勝てた理由
・泥にまみれた塚田九段が譲れなかったもの -『将棋電王戦』第四局 “棋士の意地”すら超えた、勝負への壮絶な執念
・コンピュータは”生きた定跡”を創り出したか? – 鉄壁の包囲網を突破したGPS将棋の超攻撃的センス「将棋電王戦」第五局