よみがえる人生
「よみがえる人生 パーキンソン病新薬誕生物語(アラステア・ダウ著、難波陽光訳、講談社)」を読み終えました。
一般のジャーナリストが一般人向けに書いた本としては、ストレスなく読めます。パーキンソン病の治療薬であるデプレニルという薬剤について扱っています。デプレニルは現在セレギリンと呼ばれ、エフピーという商品名で、日本で売られています。私もパーキンソン病患者の治療によく使用します。開発秘話については知らなかったので、新鮮でした。
開発には紆余曲折があったといいます。まず、最初の転機は結核治療薬イソニアジドから、似たような結核治療薬としてイプロニアジドが開発されたことです。しかし、患者が次々と躁状態になりました。イプロニアジドはMAO(モノアミンオキシダーゼ)阻害作用があることがわかり、鬱病の治療薬としてMAO阻害薬は急速に注目を集めました。
キノイン社のエクゼリ博士はMAO阻害薬のパルギリンをベースに、メタンフェタミンを結合させた物質を作るように指示し、指示を受けたミラーは250種の物質を試し、250番目にE250という物質を開発しました。これがデプレニルです。
ヨゼフ・クノールはゼンメルヴァイス医科大学でゼンメルヴァイスから数えて4代目の薬理学科長らしいのですが、デプレニルを研究し、薬理効果を明らかにしました。デプレニルがMAO-Bに選択的に効果があることを示し、ねばり強く研究を続けた彼がいなければ、この薬が臨床応用されることもなかったかもしれません。クノールはユダヤ人で14歳の時にアウシュビッツに送られます。家族は皆殺されたそうです。クノールも4人でいたとき3人が射殺され、自分は「振り向かなかったから」助かったと述べています。
バークマイヤーは、過去ドイツの軍医でしたが、パーキンソン病治療の権威でした。彼が、デプレニルを臨床応用しました。クノールとバークマイヤーは、「アウシュビッツに送られたユダヤ人とナチスの軍人」という、自分たちの過去について囚われなく協力関係を結べたといいます。
レボドパを最初に投与した医師はバーボウですが、ほぼ同時期に、バークマイヤーらも静脈注射で投与したそうです。バークマイヤーらは「バークマイヤー効果」という言葉があるほど、パーキンソン病治療について名声があったそうです。
本書には、他にMAO-A阻害薬とMAO-B阻害薬の違い、チーズ作用(MAO-Aが肝臓に存在するので、チーズやワインに含まれるチラミンの代謝が抑制される)、デプレニルが認可されるまでの苦闘などについて扱っています。そのほか、動物実験で、デプレニルはラットの生存期間(寿命)を延長させたことも記載されています。面白いのは、デプレニルには性的活発度を上昇させる作用もあり、性的活発度と生存期間の間に著しい相関関係があったことです。何故でしょうか・・・。
一般的に、こうした本を読むと、理想的な薬にみえます。しかし、どんなに魅力的な薬であっても、絶対な薬はありません。実際に使う立場からすれば、この薬にしても、効かない、副作用が強くて使えないなどのケースは多々経験します。