学会の準備

By , 2007年8月18日 7:45 PM

学会の準備が佳境です。今月中にはポスターを仕上げて、業者に印刷を頼む段取りとなっています。今日も夕方まで大学で準備していました。明日も当直の合間を縫って作業が出来ると良いのですが、多分忙しい当直となるので無理そうです。

 さて、今日、航空券とホテルの予約をしました。

一応の日程は、9月15日成田発。9月15日~18日ベルリン。9月19日クレモナ。9月20日~23日ジェノヴァ(学会発表)。9月24日~25日ミラノ。9月26日日本着。

夏休みがほとんど取れないと言われたので、学会の前後にくっつけて、連休と合わせて海外旅行をキープしたのですが、公私混同となってしまうため全額自費となりました。

涙が出るくらい高い旅行になりそうです。その分、音楽や医学史に触れて来られるように頑張ります。とはいっても、メインは学会なんだけどね。

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Chopin

By , 2007年8月18日 12:35 PM

音楽仲間と話をしていると、男性ではバッハやベートーヴェンが好きな人が多い反面、女性ではショパンが好きな人が多い傾向にあることに気付きます。

ということで、今日紹介するのは、ショパンの肺疾患についてです。何故、彼はそんなに短命 (39歳で死亡) だったのでしょうか?

医学論文検索システムである Pubmedで、「Chopin」「cystic fibrosis」と入れると 10本の論文に Hitします。今日は、その中で、Lucyna Majkaらによる論文を紹介します。

Cystic fibrosisは Caucasian (コーカサス人) では、2500人出生に 1人くらいで見られる比較的ありふれた病気で、常染色体劣性遺伝です。最初に記述されたのが 1930年代と、割と新しい概念です。つまり、それ以前に罹患していても診断がつかなかったことを意味します。

従来、ショパンの死因は結核とされていて、「ショパン年報」でのチェスラーフ・セルジッキ博士の論文でも、結核説が支持されています。ショパンは、同時代の有名な医師「ジャン・バティスト・クリュヴェイエ」の診察を受け、「結核」の診断を得て、偽薬による治療を受けています。クリュヴェイエ医師は、ショパンの最期を看取り、解剖報告書(火事で失われたと言われている)も作成したそうです。解剖はショパンの希望だったようです。ただ、解剖の結果、肺結核は証明されませんでした。クリュヴェイエ医師が、「a disease not previously encountered」と述べたと伝えられています。

クリュヴェイエといえば、我々医師は「Cruveihier-Baumgarten症候群」を思い出します。これは、肝硬変で怒張した腹壁皮下静脈が出す雑音を呈する症候群です。おそらく、同症候群の Cruveihierはショパンの主治医と同人物と思いますが、余談です。ショパンと同症候群は何の関係もありません。

ショパンの結核説に関しては、反論があります。オシエーは、「合併症を起こさない結核という診断にも曖昧な点がある。マジョルカ島での病気も結核が原因とは思えない。もしそうであれば、一時的な呼吸不全、体重の激減、多量の肺出血が自然に治るとは到底考えられないからである。」

では彼を苦しめた病気は何だったのか?そこで、Cystic fibrosisという診断が浮かびます。この説は、オシエーらの1987年の報告 (O’Shea JG, Was Frederic Chopin’s illness actually cystic fibrosis? Med J Aust 147: 586-9, 1987) で最初に提唱されたものです。その診断根拠を示します。まず、表を見てください。Majkaらの論文から引用したものです。

Family history Symptoms Signs
Two sisters with similar symptoms and premature death Chronic pulmonary symptoms (productive cough, hemoptysis, shortness of breath) since childhood. Recurrent gastrointestinal symptoms (diarrhoea, fatty food intolerance, hematemesis). General complains (effort intolerance, fatigue, failure to gain weight). Inferility. Heatstroke. Atralgia (osteoarthropathy?) Short (170cm) and skinny (48kg), Barrel-chested, waisted limbs (later in life peripheral oedema). Cyanosis? No finger clubbing?

一つずつ見ていきましょう。まず、家族歴です。ショパンの両親は天寿を全うしました。父は73歳 (1770-1844)、母は77歳 (1784-1861) まで生きました。母親の Justynaは生涯健康でしたが、父親の Nicolasは生涯呼吸器症状を繰り返していたと言われています。ショパンの 3人の姉妹のうち、Isabella (1811-1881) のみ健康上の問題がありませんでした。長女のLudwika (1807-1855) は呼吸器症状に苦しみ、それが原因で 47歳で死亡しました。末の妹のEmilia (1813-1827) は病弱で、痩せていました。彼女は咳や喀血に苦しみ、肺炎を繰り返しました。彼女は 14歳で上部消化管出血で死亡しました。

次に、症状です。彼の残した文章から、彼が幼少時より多臓器にわたる症状を抱えていたことがわかります。彼は下痢などの消化器症状を繰り返し、頻回に気道感染も起こしてました。そのため、体重減少がありました。16歳の時には、病気が 6ヶ月続き、呼吸器症状や頭痛などの症状に苛まれたようです (一説には頸部アデノパシー)。また、その 5年後には、パリで喀血し、高熱に苦しみました。この時のみならず、呼吸器症状や消化器症状は慢性的にショパンを苦しめました。

また、彼は 170cmの身長に対して体重 48kg (一説には 45kg以下) と痩せており、お世辞にも健康そうには見えなかったようです。

こうした家族歴、症状、経過は、Cystic fibrosisに合致します。Cystic fibrosisは外分泌腺の障害による病気で、呼吸器症状と消化器症状がメインとなります。彼は生涯呼吸器症状と消化器症状に苦しみました。また、Cystic fibrosisは遺伝性疾患です。家族歴に見られるように、彼の姉妹の同様の症状は、本疾患の可能性を強くします。また、ショパンは多くの女性と関係を持ったにもかかわらず、子供を持ちませんでした。オシエーは、ショパンに生殖能力がなかったことと、Cystic fibrosisの関係について考察しています。Cystic fibrosisは高頻度に不妊症を起こします。

その他、ショパンの死因として存在する説を紹介しておきます。肺気腫、気管支拡張症、低γ-グロブリン血症、僧冒弁狭窄症、アレルギー性肺アスペルギルス症、三尖弁閉鎖不全症、Churge-Strauss症候群、肺胞ヘモジデローシス、肺動静脈奇形。α1-アンチトリプシン欠損症という説もある程度有力で、1994年にKuzemko JAらにより報告されていますが、膵障害による慢性下痢の存在、黄疸や腹水を欠くことなどが反論として挙げられます。

個人的には、Cystic fibrosisという説に強い説得力を感じます。

(参考文献)
・Majka L, et al. Cystic fibrosis – a probable cause of Frederic Chopin’s suffering and death. J Appl Gnet 44: 77-84, 2003
・「音楽と病(ジョン・オシエー著,菅野弘久訳,法政大学出版局)」
・「ミューズの病跡学Ⅰ音楽家篇(早川智著、診断と治療社)」

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