ボツリヌス
神経内科では、眼瞼痙攣、顔面痙攣、痙性斜頸において、薬物内服療法のみの治療が困難な場合、ボツリヌス治療を良く行います。1バイアル当たり 93388円する薬剤ですので、非常に高価です。1バイアル中に 100単位入っており、1単位がネズミ 1匹の致死量で、ヒトの致死量はおそらく数千単位と考えられています。我々が一回の治療で用いるのが、上限 240単位くらいまでであることを考えると、ほとんど安全性といって良いでしょう。副作用は数%に見られますが、重篤なものはまれです。重症筋無力症、Lambert-Eatnon myasthenia、筋萎縮性側索硬化症などの患者には禁忌です。講習を受けた医師が使用しており、私も講習を受けています。そんな中、下記のようなニュースを見つけました。
注射薬「ボトックス」で死亡例、米FDAが調査へ
2008年02月12日筋肉のけいれんや緊張を和らげる注射薬「ボトックス」などを使った患者が死亡したり、呼吸不全になったりするケースがあったとして、米食品医薬品局(FDA)は12日までに、副作用と薬との因果関係について調査することを決めた。この薬は、日本国内で「しわを取る」などの適応外の美容整形の分野でも広く使われている。
FDAが調査するのは「ボトックス」と「マイオブロック」で、ボツリヌス菌がつくる毒素を利用する。日本ではボトックスが眼瞼(がんけん)けいれんや片側顔面けいれんなど三つの病気の治療で承認を得て、グラクソ・スミスクライン(本社・東京都)が販売している。
一方、適応ではないものの、「筋肉の働きを弱めることで眉間(みけん)や額、目尻のしわを取るのに効果がある」として美容外科などで利用されることも多い。
FDAによると、死亡や重い障害が出ている大部分は小児で、脳性まひに伴う足のけいれんを治療する目的で使われた。この治療は米国でも適応外だという。また、今回の問題をFDAに訴えた消費者団体は「薬の使用に伴って成人を含む87人が入院し、16人が死亡した」としている。
グラクソ社によると、日本で適応を受けた病気への使用は講習を受けた医師に限られ、症例はすべて登録している。ただ、美容目的では医師が個人輸入で使用しており、「実態はよくわからない」という。(http://www.asahi.com/health/news/TKY200802120264.html)
一応、FDAのサイトにもアクセスしてみました。
Botox, Botox Cosmetic (Botulinum toxin Type A), Myobloc (Botulinum toxin Type B)
Audience: Cosmetic Surgeons, neurologists, other healthcare professionals, consumers
[Posted 02/07/2008] FDA issued an early communication about an ongoing safety review regarding Botox and Botox Cosmetic. FDA has received reports of systemic adverse reactions including respiratory compromise and death following the use of botulinum toxins types A and B for both FDA-approved and unapproved uses. The reactions reported are suggestive of botulism, which occurs when botulinum toxin spreads in the body beyond the site where it was injected. The most serious cases had outcomes that included hospitalization and death, and occurred mostly in children treated for cerebral palsy-associated limb spasticity. Use of botulinum toxins for treatment of limb spasticity (severe arm and leg muscle spasms) in children or adults is not an approved use in the U.S. See the FDA’s “Early Communication about an Ongoing Safety Review” for Agency recommendations and additional information for healthcare professionals.[February 08, 2008 – Early Communication about an Ongoing Safety Review – FDA]
朝日新聞の記事の「FDAによると、死亡や重い障害が出ている大部分は小児で、脳性まひに伴う足のけいれんを治療する目的で使われた。」は、ここから引用されたものでしょう。
一般的な話ですが、アメリカの医学論文を読むと、疾患に対して、本来の適応を超えて薬剤を使用している報告が多々あります。一つには、医療制度が国民皆保険ではありませんので、保険適応を考えずに治療することが出来ることが挙げられます。また、もし効果があれば、その分医学が進歩する可能性があるし、患者もリスクよりベネフィットに重きを置いている背景があるのでしょう。しかし、その分のリスクは背負うことになります。この辺りは、日本と価値観が少し違うのかもしれませんね。
今回のボトックスの件については、主として小児での使用だとわかり、日本では起こりにくい事例でしょうから、少しほっとしています。今後、死亡例ではどのような部位に、何単位くらい注射し、何が原因で死亡したかの情報が得たいところです。ボツリヌスは有用な薬剤だと思いますし、リスクを把握した上で、安全に使用したいですからね。