第3回上肢の機能回復セミナー2
5月16日
9時から最初の演題が始まり、眠い目をこすりながら参加。この日は演題を全部聞いた訳ではなく、途中何度か抜けて散歩を楽しみました。新潮社の初代社長が角館出身なので、川端康成の「雪国」の冒頭を映した碑があったり、解体新書の図版を書いた小田野直武の業績をたたえた碑があって、眺めて来ました。外は桜がまだ咲いていて、遠くの山には雪があり、足下を眺めると土筆が生えていました。
興味深かった演題をいくつか紹介。
①機能回復を促進する神経可塑性のメカニズムについて (今村一之先生)
閉眼遮蔽して猫や猿を育てると、閉じた眼に対応する脳の領域は退行し、開いた眼に反応するようになります (ocular dominancyの shift)。また、縦縞の檻で猫を育てると、視覚野には縦縞を認識する neuronは存在しても、横縞を認識する neuronはほとんど存在しなくなります。これらは critical periodを過ぎればほぼ不可逆的とされています。
この現象を利用して実験を行いました。成熟ネコでは、片眼遮蔽数年すると遮蔽した眼に対応する視覚野の細胞は減少していき、両眼性細胞も開眼側の刺激にのみ対応するように変化します。眼の遮蔽をといても成熟ネコではなかなか元にもどらないのですが、L-theo DOPSを投与すると視覚野の可塑性の強さが増し、critical periodを超えても両眼性細胞が一部戻ってくるようになるのです。L-theo DOPSはノルアドレナリンの前駆アミノ酸ですので、中枢性ノルアドレナリン系の賦活はシナプス可塑性の増強に重要な意味を持つということになります。一方で、GABA受容体賦活剤である Muscimol投与では、Paradoxical shiftといって、遮蔽眼側に ocular dominancyが shiftする面白い現象が確認されました。
この講演では、上記の講演以外に「Fixing my gaze (Susan R. Barry著)」という本が紹介され、これは斜視で弱視である神経内科医が自分で視力を取り戻していく話で、近々翻訳されるのではないかということでした。
②オンデマンド型脳深部刺激による脳機能異常のフィードフォワード制御 (片山容一先生)
片山先生は日本大学の教授ですが、カリフォルニア大学 (UCLA) の客員教授でもあり、同大学にも教授室を与えられている凄い先生です。彼らは脳深部刺激 (DBS) の研究に本邦で初めて着手し、NHKなどでも取り上げられてきました。
脳深部刺激は脳卒中後の不随意運動や本態性振戦、Parkinson病、ジストニア、視床痛など広く用いられています。Parkinson病などでは常にスイッチが入っている状態にしておけば良いのですが、ある肢位をとった時のみ起こる姿勢時振戦では、筋電図の動きをキャッチしてスイッチを on-off制御することが必要となります。それらをどう制御するかという内容でした。
また、従来は視床刺激が standardでしたが、最近は運動野刺激 (motor cortex stimulation) も用いられるという話、その際対応する運動野に電極を置いていくが大脳半球間裂の内側の刺激は表面に T字状に刺激電極を配置する話、きちんと刺激がされているか脊髄 MEPの D波で評価しているという話が面白かったです。一般には、運動野刺激よりも視床刺激の方がキレが良い印象とのことでした。また、30年くらい電極を植え込んで深部刺激している患者でも、その間にインピーダンス変化はほとんどないので、効果は安定して続くと考えられます。
最後の質問コーナーで「意図とは何か?」という哲学的な命題が出たことが印象的でした。
研究会は 17時に終了し、はりやこいしかわ先生と軽く飲みに行きました。まずは土産物屋で田沢湖ビールの試飲。田沢湖ビールには小麦で作るビール (ヴァイツェン) なんかもあるんですね。次に稲庭うどんを食べに行きました。そこであきたこまちラガーを飲みました。これは原料に米の入ったラガー。飲んだことのない味がしました。それから地酒 (雪月花、刈穂) とつまみを買い込んでチビリチビリ始めました。車内でホヤの薫製を買い足したりなんかして。郡山を過ぎる頃には二人ともへべれけでした。
最後に、この会を運営された皆様、お疲れ様でした。本当に大変だったと思います。このたびは世界的に有名な研究者を集めて勉強出来る機会を与えて頂いて、どうもありがとうございました。
第3回上肢の機能回復セミナー1
5月15~16日、第3回上肢の機能回復セミナーに行って来ました。参加者は錚々たるメンバー。上記リンク先のプログラムを御覧ください。ウィーン大学の Dimitrijevich教授が体調不良のため来日出来なかったのは残念でした。
5月15日
5月 14日は夜勤で仮眠が1時間くらいしかとれず。5月 15日朝 7時くらいに病院を出て、角館に向かいました。新幹線 (こまち 3号) の中で睡魔と格闘しながら論文を読む努力をしたものの、結果的には負けに終わり、何度か意識を飛ばしました。
10時 48分角館着。駅前のホテルの食堂で噂の神代カレーを食べました。なかなかの美味でした。
11時 30分頃会場に向かい、はりやこいしかわ先生と合流。話し込んでいるうちにセミナーが始まりました。興味深かった演題をいくつかありましたので、細かな数字とかは記憶にありませんが覚えている範囲でキーワードのみでも紹介しておきます。
①慢性期脳卒中患者における磁気刺激による使用依存的可塑性誘導の増強と上肢機能の回復 (小金丸聡子先生)
反復磁気刺激 (rTMS) では、 >1Hzの高頻度刺激で Long Term Potentiation (LTP) like effect, <1Hzの低頻度刺激で Long-Term Depression (LTD) like effectが生じるとされています。患側への LTP様効果の有用性は言うまでもありませんが、健側への LTD効果で患側への抑制を抑えることもできるそうです。
今回は、9名の脳卒中患者に対して筋力トレーニング (EEx) と 5 Hz反復磁気刺激を併用してみました。 一般に片麻痺患者では伸筋の障害が問題になることが多いので、伸筋に絞ったトレーニングを行いました (余談ですが、手関節の進展機能を回復すると握力も改善すると言われています)。
6週間の磁気刺激により 2週間後にも持続する効果がみられましたが、それぞれ単独での効果はありませんでした。つまりこれらは組み合わせにより伸筋群に選択的な神経可塑性を示しました。
②筋萎縮と筋肥大の分子機構をめぐって (武田伸一先生)
筋萎縮とは筋重量の減少によって筋力低下を生じた状態と定義されます。宇宙飛行士が地球に帰還した際にみられた筋力低下・筋萎縮から廃用性筋萎縮に注目が集まり、様々な研究がなされました。その結果、筋の合成や分解に関わる分子が徐々にわかってきました。
筋肥大では IGF-1やその下流の Akt/mTOR/S6kの活性化が起こり、タンパク質の合成が促進するとされています。一方で、筋萎縮では FOXOや MuRF-1/atrogin-1などの活性化により筋蛋白のユビチキン化が起こり、分解されるようです。
どうやらこれらのメカニズムには neuronal nitric oxide synthase (nNOS) が関わっているようなのです。筋肥大に関しては、筋の傷害直後に nNOSの活性が増大し、これがその後の筋肥大を左右するようです。また、syntrophinが nNOSを細胞膜につなぎとめておく働きがありそうだとか、廃用の状態では nNOSが細胞膜から細胞質に移行するとか、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) でも nNOSが細胞膜から離れていく傾向があるとか、色々面白い知見があるようでした。
これらの講演が終わってから、グランデールガーデンに移動。イブニングセミナーがおこなわれました。「脳卒中の撲滅にむけて-早期診断の再発防止の長期管理」という演題で聖マリアンナ大学神経内科の長谷川泰弘教授が講演されました。また、立川病院長の篠原幸人先生が「新しい脳卒中治療ガイドライン 2009の作成 -その作成過程とガイドラインの読み方-」と題して講演されました。ちなみに篠原先生は脳卒中学会の元会長です。講演は話が整理されていて、非常にわかりやすかったです。ガイドラインは決して遵守しなければいけないものではなく、医師の技量やその病院の設備などに応じて適宜判断されるべきものだという話が印象的でした。篠原先生が英語のスライドと日本語のスライドを並べて講演されたためか、海外からの聴講者も理解することが出来たようです。米国脳卒中学会理事で Duke大学教授の Larry Goldstein教授が、触発されたらしく、飛び入りで「アメリカの脳卒中ガイドラインについて」講演を始めました。夜 8時くらいから熱の入った講演でみんなクタクタ (^^;
講演が終わってからは食事会。食事をとりながら、Everlyの演奏を聴きました。彼らが呼ばれた理由が非常に面白かったです。昔、彼らが角館を訪れたときに急性アルコール中毒で角館総合病院に運ばれたらしいのです。その縁で、毎年その病院コンサートをやるようになったとのこと。凄い縁ですね。西野院長と知り合いになった彼らは今回招待されて我々の前で演奏を披露し、そのなれそめの話で笑いを誘ったのでした。
食事会が終わってから角館プラザホテルにチェックイン。2階にある PUBに移動したら、秋田大学医学部の学生 (5, 6年生、主としてスキー部) や西野院長がいらっしゃいました。そこに Goldstein教授登場。私は西野院長と Goldstein教授に挟まれて酔いが醒めるほど緊張しました。
Goldstein教授とは何を喋って良いかわからなくて、お互いの iPhoneを見せ合いました。彼は iPhoneの MAPのアプリで DUKE大学周辺の案内をしてくれたのですが、何を喋っているか全然わからず。私は角館の MAPを iPhoneに映しながら、噛み合わない会話を楽しみました。関連性を持ちながら独立した会話に、作曲の「対位法」という技法を思い出しましたよ。
Goldstein教授は、西野院長の通訳で DUKE大学の名教授について語ってくださいましたが、前年カラオケを歌わされそうになった記憶が蘇ったのか、早々に帰室されました。残った我々は、秋田大学の学生さんたちにざっくばらんな話。東京の大学病院で研修するといくらくらいかかるのかとか(研修医の月給は大学からピンハネされて 20万円くらいで、家賃が 10万円くらいなので普通に生活すると苦しいとか)・・・。
PUBが看板の時間になってからは、コンビニに地酒を買いに出掛け、深夜 2時くらいまではりやこいしかわ先生と部屋で語り合いました。内容は mesh gloveや彼のボスの話が多かったかな。ちなみに、mesh gloveはこの研究会でも頻繁に取り上げられ、筋 tonusを改善することで様々な効果が期待されます。2010年10月頃に薬事で認可され、病院でも使用できるようになるそうです。痙性が強い症例は試す価値があると思いますし、Wernicke-Mann肢位の患者の手に手袋を装着して刺激すると、手が開くようになったりするそうです。