片頭痛と遺伝子
2012年6月10日の Nature Geneticsに興味深い論文が出ました。前兆のない片頭痛患者の遺伝子解析 (ゲノムワイド関連解析, Genome-wide association analysis; GWAS) の結果です。
Genome-wide association analysis identifies susceptibility loci for migraine without aura
これまで、片頭痛についてはいくつかの研究が行われ、下記のSNPが指摘されていました (※SNP:ある生物種集団のゲノム塩基配列中に一塩基が変異した多様性が見られ、その変異が集団内で1%以上の頻度で見られる時、これを一塩基多型(いちえんき・たけい、SNP : Single Nucleotide Polymorphism)と呼ぶ。)。
<International Headache Genetics Consorium with migraine aura study(IHGC)>
・MTDH
<Women’s Genome Health Study of migraine (WGHS)>
・PRDM16
・LRP1
・TRPM8
今回の論文では、ドイツとオランダで 前兆のない片頭痛患者 2326人 (population-matched control 4580人) の遺伝子を解析し、以下の 2つの SNPが新たに同定されました。
<clinic-based German and Dutch individuals with migraine without aura>
・MEF2D (myocyte enhancer factor 2D, locus 1q22)
脳に高度に発現している転写因子で、神経の分化を制御している。MEF2Dの神経活動依存的活性化は、興奮性シナプスの数を制限する。片頭痛の脳では興奮性が増しているので、MEF2Dの制御不良は、前兆のない片頭痛患者の興奮性神経伝達に関与しているのかもしれない。
・TGFBR2 (transforming growth factor β receptor 2, locus 3p24)
細胞の増殖や分化の制御、及び細胞外マトリックスの産生に関与するセリン・スレオニンキナーゼである。TGFBR2の p.Arg460His変異は、家族性大動脈解離の原因としても知られている。
そして、完全には再現性 (replication) が確認できなかったものの、次の2つの遺伝子に疑いが残り、さらなる研究が必要とされました。
<clinic-based German and Dutch individuals with migraine without aura>
・PHACTR1 (phosphatase and actin regulator 1, locus 6p24)
PHACTR/scapininファミリーの一つで、シナプスの活動性や形態を制御している。PHACTR1は内皮細胞機能にも関与しており、その一塩基多型は若年性心筋梗塞に感受性があるとされる。
・ASTN2 (astrotactin2, locus 9p33)
脳皮質の層状構造の発達に重要な、神経細胞の遊走に関与している。
また、過去に報告されていた 遺伝子のうち 2つは、今回の研究でも有意な所見が得られました。
<clinic-based German and Dutch individuals with migraine without aura>
・TRPM8 (transient receptor potential melastatin 8, locus 2q37)
寒冷およびメントールで活性化されるイオンチャネルで、感覚神経に発現している。皮膚のアロディニア(異痛症)に関与しているとされるが、これは片頭痛患者の多くで見られる。
・LRP1 (low-density lipoprotein receptor-related protein 1, locus 12q13)
神経や血管を含む多くの組織で発現している細胞表面の受容体で、細胞外環境のセンサーとして働く。血管平滑筋の増殖に関与したり、シナプスでの伝達を調整する。
今回報告された遺伝子は、どれも機能を見ると、片頭痛に関係しているというのが頷けます。そして、著者らの考察で興味深かったのは次の点です
「過去の研究と併せると、TRPM8は様々なタイプ(前兆の有無など)の片頭痛に関係がありそうである。一方で、MTDHは前兆のある片頭痛患者を集めた IHGC研究では片頭痛との関連が疑われたが、今回前兆のない片頭痛患者を集めた研究では、片頭痛との関連が証明できなかったので、頭痛よりむしろ前兆に関係しているのではないか?」
片頭痛は患者数が多いので、こうした大規模な遺伝学的研究はやりやすいのでないかと思います。こうした遺伝子の側からの研究により、原因遺伝子/蛋白質が同定され、より効果的な治療法の開発が進むことを期待します。