多発性硬化症の新薬
インターフェロンβの自己注射が主な治療であった多発性硬化症の治療選択肢が広がりつつあります。
初の経口治療薬フィンゴリモドが 2011年 11月 25日に薬価収載され、日本国内でも保険適応となったのは記憶に新しいところです。
2012年 9月 12日に、FDAが経口治療薬 teriflunomideを承認しました。1日 1回の内服で治療できるというのは便利ですね。2011年 10月のNew England Journal of Medicine (NEJM) に Randomized trialの結果が載っています。
Randomized Trial of Oral Teriflunomide for Relapsing Multiple Sclerosis
Teriflunomide reduced the annualized relapse rate (0.54 for placebo vs. 0.37 for teriflunomide at either 7 or 14 mg), with relative risk reductions of 31.2% and 31.5%, respectively (P<0.001 for both comparisons with placebo). The proportion of patients with confirmed disability progression was 27.3% with placebo, 21.7% with teriflunomide at 7 mg (P=0.08), and 20.2% with teriflunomide at 14 mg (P=0.03). Both teriflunomide doses were superior to placebo on a range of end points measured by magnetic resonance imaging (MRI). Diarrhea, nausea, and hair thinning were more common with teriflunomide than with placebo. The incidence of elevated alanine aminotransferase levels (≥1 times the upper limit of the normal range) was higher with teriflunomide at 7 mg and 14 mg (54.0% and 57.3%, respectively) than with placebo (35.9%); the incidence of levels that were at least 3 times the upper limit of the normal range was similar in the lower- and higher-dose teriflunomide groups and the placebo group (6.3%, 6.7%, and 6.7%, respectively). Serious infections were reported in 1.6%, 2.5%, and 2.2% of patients in the three groups, respectively. No deaths occurred.
Teriflunomideは再発寛解型における年間再発リスクを約 30%減少させる効果が期待されます (ただし、年間再発リスク 30%程度減少が満足できる成績かどうかには議論があるところです・・・)。インターフェロンβと併用して使っている症例が結構あるのが面白いですね。副作用としては、消化器症状、肝機能障害、感染症などに注意する必要があります。
FDAの Teriflunomide承認のニュースが注目を集める一方で、2012年 9月 20日の NEJMに興味深い論文が掲載されました。
Placebo-Controlled Phase 3 Study of Oral BG-12 or Glatiramer in Multiple Sclerosis
At 2 years, the annualized relapse rate was significantly lower with twice-daily BG-12 (0.22), thrice-daily BG-12 (0.20), and glatiramer acetate (0.29) than with placebo (0.40) (relative reductions: twice-daily BG-12, 44%, P<0.001; thrice-daily BG-12, 51%, P<0.001; glatiramer acetate, 29%, P=0.01). Reductions in disability progression with twice-daily BG-12, thrice-daily BG-12, and glatiramer acetate versus placebo (21%, 24%, and 7%, respectively) were not significant. As compared with placebo, twice-daily BG-12, thrice-daily BG-12, and glatiramer acetate significantly reduced the numbers of new or enlarging T2-weighted hyperintense lesions (all P<0.001) and new T1-weighted hypointense lesions (P<0.001, P<0.001, and P=0.002, respectively). In post hoc comparisons of BG-12 versus glatiramer acetate, differences were not significant except for the annualized relapse rate (thrice-daily BG-12), new or enlarging T2-weighted hyperintense lesions (both BG-12 doses), and new T1-weighted hypointense lesions (thrice-daily BG-12) (nominal P<0.05 for each comparison). Adverse events occurring at a higher incidence with an active treatment than with placebo included flushing and gastrointestinal events (with BG-12) and injection-related events (with glatiramer acetate). There were no malignant neoplasms or opportunistic infections reported with BG-12. Lymphocyte counts decreased with BG-12.
新しい経口治療薬 BG-12の第 3相試験の結果です。再発寛解型の多発性硬化症患者に対し、1日 2~3回の BG-12内服、 glatiramer acetate, プラセボを比較しています。BG-12内服で年間再発リスクが 44~51%減少というのは、なかなかの成績だと思います (患者背景、試験デザインが違うので、前記の teriflunomideと単純比較はできません)。副作用としては顔面紅潮、消化器症状、リンパ球減少などが挙げられています。
新薬というのは後に思わぬ副作用が明らかになることがあるので、実際に使用するには慎重でなくてはいけませんが、このように経口で治療できる薬剤の開発がどんどん進んでいるのは、患者さんにとっては朗報です。
善き人のためのソナタ
「善き人のためのソナタ」の DVDを晩酌がてら見ました。
旧東ドイツで秘密警察にマークされた劇作家の物語です。東ドイツの秘密警察が彼の家を盗聴するのですが、盗聴の際に聞こえてきたソナタを聴いて心が動かされます。秘密警察とはいっても、人間であり、感情はある訳です。そして、その人が劇作家に好意的な行動を取ることにより、物語は思わぬ方向に向かいます。
決して明るいシーンはないけれど、緊張感が心地よい映画でした。ソナタはきっかけとして軽く触れられているだけですが、もう少しわかりやすくても良かったかなぁ・・・と。ただでさえ、心の深層に訴える力は強くても、それほど映える曲ではないので。
神経病理学に魅せられて
「神経病理学に魅せられて (平野朝雄著, 星和書店)」を読み終えました。神経内科医であれば平野先生の名前を聞いた人はいないと思います。神経病理学の日本人パイオニアの一人で、 多くの業績を残しています。毎年、神経病理学の初学者向けにセミナーを開催しており、参加した神経内科医は多いと思います (私は毎回当直でまだ参加できていません・・・)。
平野先生は京都大学第一外科 (荒木脳外科) に入局した後、30ドルと片道切符を持ってニューヨークに向かいました。そこで師事したのが Zimmermanでした。Zimmermanはドイツのエール大学に神経病理部門を創立した後、ニューヨークの Montefiore病院の基礎部門全体のディレークター及びコロンビア大学の病理学教授となった神経病理学の大御所です。Zimmermanは Albert Einstein医科大学の新設に際して、 Einsteinの元を訪れて彼の名を冠する承諾を得て、その大学の初代ディレクターにも就任しているそうです。
平野先生はニューヨークで多くの業績を積み重ねましたが、グアムに滞在し Guam ALS, Parkinsonism-dementia complex (PDC) の疾患概念確立に貢献しました。戦後初めてグアムの地を踏んだ日本人は平野夫妻だったと言われています。その時の仕事は Brain誌に掲載され、米国神経病理学会最優秀論文賞を受賞しましたが、いずれも日本人として初めての快挙でした。またニューヨーク時代、中枢神経の髄鞘構築を明らかにした Journal of Cell Biology論文は、多くの研究者から引用されています。
平野先生について、先輩から聞いた面白い逸話があります。平野先生は教育にも定評があり、多くの日本人が彼のもとに留学しています。ある日本人医師が「神経病理は全くの初心者で何もわかりませんが、勉強しに伺いたいのですが・・・」と問い合わせると、「経験がないのは問題ありません。(「何もわからない」ことに対して、) わかっているなら来る必要はありません」と言われたそうです。
本書は著者が回想するという形式をとっているため、教科書とは違って読みやすいです。神経内科専門医試験を受験するくらいの知識があれば楽しく読めると思います。最後に目次を紹介しておきます。
目次
まえがき
神経病理回想五十年
神経病理学入門までの思い出
- 学生時代
- 米国でのインターンと neurology residency
- 神経病理学に
グアムでの研究 (前編)
- グアム島へ
- Guam ALS
- Parkinsonism-dementia complex (PDC) on Guam
グアムでの研究 (後編)
- PDCの神経病理
- おわりに
脳浮腫の電顕による考察の回想
中枢神経の髄鞘の構造解析についての回想
- はじめに
- 末梢性髄鞘
- 中枢性髄鞘
- 脳浮腫に伴う有髄線維の変化の解析
小脳における異常シナプスの研究を振り返って
- Purkinje細胞の unattached spine
- 小脳腫瘍
筋萎縮性側索硬化症の神経病理学的研究についての思い出
- Bunina小体
- Spheroid
家族性 ALSの神経病理
- 後索型
- Lewy小体様封入体
- SOD1
神経系腫瘍の病理診断についての思い出
- 内胚葉性上皮性嚢胞
- 馬尾部の傍神経節腫
- Weibel-Palade小体
AIDSの神経病理についての思い出
あとがき
EBM
「Evidence Based Medicine (EBM)」は、現代医療を象徴する言葉の一つです。日本語では「根拠に基づいた医療」と訳します。
一方で、「EBM」という言葉を誤解して振りかざす人を時々みかけます。
先日、知り合いの先生のサイトを覗いたら、「EBMに対する誤解」について、凄く面白いことが書いてあったので、紹介します。こうした誤解に陥らないように気をつけないといけませんね。
EBMに対する誤解
誤解1:「EBMに基づいた医療」なる医療がある という誤解
誤解2:研究結果に統計学的有意差があれば,治療効果はあり,患者にその治療をすべきである という誤解
誤解3:EBMを実践することと,エビデンスを患者に当てはめることは同じことである という誤解
誤解4:EBMとは,エビデンスを偏重する行動様式であり,医療者の臨床経験を否定するものである という誤解
誤解5:最強のエビデンスはRCTである(RCTがなければエビデンスはない) という誤解
誤解6:エビデンスがなければ,EBMは実践できない という誤解
上記リンク先で詳しい説明がされています。是非様々な医療従事者に読んで欲しいです。
ベストの出来
ベートーヴェンの交響曲第九番 (第九) で、私が最も感動したのは、東京・春・音楽祭2011で「東北関東大震災 被災者支援チャリティー・コンサート」として、2011年4月10日に行われた演奏会です。生演奏で聴けなかったのは残念ですが、東京・春・音楽祭のサイトにアップされた動画を何度も見ました。
しかし、残念ながら、東京・春・音楽祭のサイトでの配信は終了し、その後削除されてしまいました。この演奏会は 2011年4月17日の N響アワー (NHK Eテレ) でも放送されましたが、オンデマンド配信にはならず、現在では見ることができません。貴重な演奏なので、何とか DVDで販売してほしいと願っている次第です。
さて、実際に演奏された永峰さんが、「ベストの出来」と評していたのを最近知りました。
楽員インタビュー
黒崎
N響で印象に残っている演奏はありますか?
永峰
今年 (※2011年) 4月のメータさんとの震災チャリティー・コンサート。30年間N響に在籍して、《第9》もずっと弾いていますが、私にとってはベストの出来でした。被災地の方に直接聴いていただくことはできなかったですけれど、私たちにできることは演奏することですし、思いは通じたと思います。
彼らが使命感を胸に強い気持ちで演奏に臨んだことが名演奏につながった訳で、音楽にとって、演奏者のモチベーションが如何に大切かというのを強く感じました。
(参考)
ズービン・メータ N響 第九 チャリティー2011.4.10 神々しいメータ
実際に生で聴かれた方の感想。
Google Scholar
Googleが “Google Scholar” という論文検索システムを提供しています。 その “My Citations” 機能を使うと、自分の論文を誰が引用したかがわかるのでやってみました。
Google Schalorの機能を使って自分の論文の引用状況を調べる
すると、私の書いた日本語論文 (abstractは英語) が、ロシア語や中国語の論文に引用されていてびっくりしました。「本当に読んで引用したのかな???」と思って引用論文を読もうとしたら、当然意味不明でした。中国語は漢字でニュアンスが通じるけれど、ロシア語難しすぎますね。
励みになるので、被引用状況は今後ちょこちょこチェックしていこうと思います。
セレンディップの三人の王子
「セレンディップの三人の王子 (エリザベス・ジャミソン・ホッジズ著、真由子 V. ブレシニャック、中野泰子、中野武重訳、パトリシア・デモリ画、バベル・プレス)」を読み終えました。
セレンディピティ- Wikipedia
セレンディピティ(英: serendipity)は、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉である。何かを発見したという「現象」ではなく、何かを発見をする「能力」を指す。平たく言えば、ふとした偶然をきっかけに閃きを得、幸運を掴み取る能力のことである。
私が初めて「セレンディピティ」という言葉を知ったのは、「医学を変えた発見の物語」という本の一節からでした。「セレンディップの三人の王子」は、この「セレンディピティ」の語源となった物語です。セレンディップ (セイロン) の三人の王子が、竜を倒す強力な魔法が書かれた巻物を求めて旅をするのですが、その道中に起こるイベントに知恵と勇気を持って立ち向かい、予期しない幸運を得ることが出来ました。
子供向けに書かれた童話とはいえ、大人が読んでも楽しめる本でした。
ボツリヌス毒素の対側への拡散
不定期チェックしている “Muscle & Nerve” という医学雑誌の 2012年 9月号に、面白い論文が出ていました。
Contralateral weakness following botulinum toxin for poststroke spasticity
脳卒中後の痙縮に対して、ボツリヌス毒素は有効とされています (※ 2010年10月から日本でも保険適応となっています)。ところが、ボツリヌス治療後に対側上肢の麻痺を生じた症例が 2例ありました。
Case. 1
43歳女性。2009年2月発症の出血性脳卒中により右痙性片麻痺が後遺症として残りました。そこで同年 6月からボツリヌス治療を開始しました。2011年1月に第 6回目の治療 (①Triceps (lateral head) 50 U, triceps (long head) 50 U, gastrocnemius 100 U, soleus 100 U, posterior tibial 100 U (400 U/4ml溶解), ②Flexor digitorum sublimis 75 U, flexor digitorum profndus 50 U, lumbricals 25 U, opponens pollicis 25 U, flexor pollicis brevis 25 U, flexor pollicis longus 25 U, extensor hallucis longus 75 U (300 U/2 ml溶解), Total 700 U) を行いました。上腕の筋には Botox 100単位を注射しました (斜体部分)。3週間後に再受診した際、正確な時期はわからないものの、彼女は対側の左上肢に麻痺が出現していたことを告げました。神経伝導検査は正常でした。低頻度反復刺激で 23%の振幅低下 (いわゆる Waning) がありましたが、その 2ヶ月後の再検では正常でした。ボツリヌス治療は、症状が完全に改善するまで延期することにしました。
Case. 2
21歳女性。先天性心疾患のため、2歳時に脳卒中を起こしました。脳卒中による痙性とジストニアがあり、12歳時からボツリヌス毒素による治療を開始しました。当初はボツリヌス 600単位を 3ヶ月ごとに注射していましたが、2009年に著者らのセンターで治療することになりました。2010年9月に 4回目の治療 (①Deltoid 50 U, triceps (long head) 50 U, triceps (lateral head) 75 U, trapezius 50 U, gastrocnemius 150 U, soleus 150 U (525 U/4ml溶解), ②Flexor carpi ulnaris 50 U, lumbricals 50 U, flexor longus 25 U, flexor digitorum brevis 50 U (175/2 ml溶解), Total 600 U) を行いました。左上腕の筋には Botox 225単位を注射しました (斜体部分)。その数日後、彼女は右手の筋力低下を自覚しました。(後になって振り返ると、2010年6月の注射の時にも同様の筋力低下があったようですが、1-2ヶ月で改善していたようです)。神経伝導検査は正常でしたが、低頻度反復刺激では 16%の振幅低下がありました。2ヶ月後くらいから筋力は改善してきたようです。2011年1月にボツリヌス治療をした際は、上腕の筋へは Triceps 50単位にとどめましたが、それでも対側の右上肢の筋力低下が出現しました。そこで、次からは左肘より中枢への注射はやめたところ、筋力低下は見られなくなりました。
Discussion
今回、脳卒中後の痙性に対するボツリヌス治療で、対側の筋力低下をきたした報告は過去に 1例あり、それぞれ 800単位、500単位を Botox注射したことによるものでした。
(※続いて、電気生理学的な検討 (needle EMG, 反復刺激, 過去の single-fiber EMGの報告など) がなされていますが、ちょっとマニアックなので割愛します)
対側上肢の筋力低下をきたした原因は「ボツリヌス毒素の拡散」が最も考えやすいようです。つまり、ボツリヌス毒素が正中を超えて直接浸潤していったものと推測されます。過去には血行性や神経行性とした報告はあるようですが、説得力に欠けます。
今回の症例で使用したボツリヌス毒素の量は、過去の randomized controlled trials (RCT) で用いられた量より多いのですが、これには理由があります。”We Move revised guideline” での成人へのボツリヌスの量は、特に熟練したエキスパートが行った場合、total 600単位以上が推奨されています。きちんと多い量を使うのが最近の流れです。
ボツリヌス毒素の対側への拡散で留意すべきは次の点です。
①高容量を用いた方が、対側への拡散が起こりやすい。
②大量の溶解液に少量のボツリヌス製剤を溶解 (20 U/ml) する方が、少量の溶解液に大量のボツリヌス製剤を溶解 (100 U/ml) するより終板まで拡散させやすい。特に大きな筋肉で終板が同定しづらい場合、効果的である。しかし、その分、対側への拡散のリスクがある。
③身体の正中に近い筋肉の方が、対側への拡散が起こりやすい。
上記を踏まえて、ボツリヌス毒素の投与計画を設計する必要があります。
これらの症例は、日本で一般的に使用するよりかなりの高投与量ですが、上腕の筋に 100単位注射するのは日本の保険適応の範囲内で出来てしまうので、稀な副作用ではありますが注意しておかないといけません。
対側への拡散については、2011年 5月に参加した角館の研究会で既に坂本崇先生が講演されており、改めて研究会のレベルの高さを感じました。
Hassyチャンネル
将棋棋士の橋本載崇八段が、ニコニコ生放送でチャンネルを開設しました。月額 525円の有料チャンネルです。
HASSYチャンネル
サイトの掲示板に寄せられた視聴者からの質問に答える企画もあるようです。対羽生戦を自戦解説した動画は無料で見られるので、将棋のルールを知っている方は是非見てみてください。プロ棋士の深い読みに感嘆します。
チャンネルでは一ヶ月に数回生放送することになっていて、直近の放送は 9月18日18時からです。ニコニコプレミアム会員は、タイムシフトで 1週間後まで鑑賞することができます。