在宅医療と凝固異常症
少し古い話ですが、2011年12月28日の通知で、ヘパリンの自己注射が保険診療で行えることになりました。
この保険適応拡大は、不育症に関してはかなり話題になったようです。神経内科領域だとあまり使う機会はないかなぁと思っていたら、2012年早々、私が往診の手伝いをしている神経内科クリニックで、その恩恵を受けることになった患者さんを経験しました。
患者さんは、Trousseau (トルーソー) 症候群という病気でした。総合病院で働く神経内科医であれば、年に数例見かけることのある病気です。悪性腫瘍にともなって凝固異常を来たし、脳梗塞のような血栓症を繰り返します。余談ですが、1865年にこの病気を発見した Trousseau自身、奇しくもその 2年後に胃がんでこの病気になりました。
Trousseau症候群については、2007年の blood誌の総説によくまとまっています。
Trousseau’s syndrome: multiple definitions and multiple mechanisms
さて、この疾患にかかると、血栓症を繰り返し、予後は非常に不良です。マニアックな話をすると、腫瘍マーカー CA125高値の方が脳梗塞を繰り返しやすいと推測されていますが、循環するムチン物質と関係があるようです。
根本的な治療として、癌を取り除くことができれば良いのですが、それが困難なことがしばしばです。結局、多くの場合「血液をサラサラする薬を使って、血栓症を予防する」ことが治療の中心になります。しかし残念なことに、そのための薬剤はヘパリン注射薬が望ましいとされているため、他の問題をクリアして帰宅出来るようになっても、患者さんはヘパリン注射のためだけに入院継続が必要とされるケースがありました。
ところが、今回ヘパリン製剤を自己注射出来るようになったことで、このような患者さんで自宅での治療が可能になりました。癌患者さんの、「できるだけ自宅で過ごしたい」という希望を叶えるのは非常に大事なことです (厳密には、病院で点滴で用いる未分画ヘパリン製剤と、在宅診療で用いる低分子ヘパリンが全く同等に有効かは議論があります)。
私が勤務するクリニックで治療されていた方は、残念ながら最終的に癌のため亡くなられてしまいましたが、最期は自己注射をしながら自宅で過ごすことが出来ました。保険適応拡大になった直後に患者さんに活かせて、非常に記憶に残る症例でした。