「善き人のためのソナタ」の DVDを晩酌がてら見ました。
旧東ドイツで秘密警察にマークされた劇作家の物語です。東ドイツの秘密警察が彼の家を盗聴するのですが、盗聴の際に聞こえてきたソナタを聴いて心が動かされます。秘密警察とはいっても、人間であり、感情はある訳です。そして、その人が劇作家に好意的な行動を取ることにより、物語は思わぬ方向に向かいます。
決して明るいシーンはないけれど、緊張感が心地よい映画でした。ソナタはきっかけとして軽く触れられているだけですが、もう少しわかりやすくても良かったかなぁ・・・と。ただでさえ、心の深層に訴える力は強くても、それほど映える曲ではないので。
「神経病理学に魅せられて (平野朝雄著, 星和書店)」を読み終えました。神経内科医であれば平野先生の名前を聞いた人はいないと思います。神経病理学の日本人パイオニアの一人で、 多くの業績を残しています。毎年、神経病理学の初学者向けにセミナーを開催しており、参加した神経内科医は多いと思います (私は毎回当直でまだ参加できていません・・・)。
平野先生は京都大学第一外科 (荒木脳外科) に入局した後、30ドルと片道切符を持ってニューヨークに向かいました。そこで師事したのが Zimmermanでした。Zimmermanはドイツのエール大学に神経病理部門を創立した後、ニューヨークの Montefiore病院の基礎部門全体のディレークター及びコロンビア大学の病理学教授となった神経病理学の大御所です。Zimmermanは Albert Einstein医科大学の新設に際して、 Einsteinの元を訪れて彼の名を冠する承諾を得て、その大学の初代ディレクターにも就任しているそうです。
平野先生はニューヨークで多くの業績を積み重ねましたが、グアムに滞在し Guam ALS, Parkinsonism-dementia complex (PDC) の疾患概念確立に貢献しました。戦後初めてグアムの地を踏んだ日本人は平野夫妻だったと言われています。その時の仕事は Brain誌に掲載され、米国神経病理学会最優秀論文賞を受賞しましたが、いずれも日本人として初めての快挙でした。またニューヨーク時代、中枢神経の髄鞘構築を明らかにした Journal of Cell Biology論文は、多くの研究者から引用されています。
平野先生について、先輩から聞いた面白い逸話があります。平野先生は教育にも定評があり、多くの日本人が彼のもとに留学しています。ある日本人医師が「神経病理は全くの初心者で何もわかりませんが、勉強しに伺いたいのですが・・・」と問い合わせると、「経験がないのは問題ありません。(「何もわからない」ことに対して、) わかっているなら来る必要はありません」と言われたそうです。
本書は著者が回想するという形式をとっているため、教科書とは違って読みやすいです。神経内科専門医試験を受験するくらいの知識があれば楽しく読めると思います。最後に目次を紹介しておきます。
目次
まえがき
神経病理回想五十年
神経病理学入門までの思い出
- 学生時代
- 米国でのインターンと neurology residency
- 神経病理学に
グアムでの研究 (前編)
- グアム島へ
- Guam ALS
- Parkinsonism-dementia complex (PDC) on Guam
グアムでの研究 (後編)
- PDCの神経病理
- おわりに
脳浮腫の電顕による考察の回想
中枢神経の髄鞘の構造解析についての回想
- はじめに
- 末梢性髄鞘
- 中枢性髄鞘
- 脳浮腫に伴う有髄線維の変化の解析
小脳における異常シナプスの研究を振り返って
- Purkinje細胞の unattached spine
- 小脳腫瘍
筋萎縮性側索硬化症の神経病理学的研究についての思い出
- Bunina小体
- Spheroid
家族性 ALSの神経病理
- 後索型
- Lewy小体様封入体
- SOD1
神経系腫瘍の病理診断についての思い出
- 内胚葉性上皮性嚢胞
- 馬尾部の傍神経節腫
- Weibel-Palade小体
AIDSの神経病理についての思い出
あとがき
「Evidence Based Medicine (EBM)」は、現代医療を象徴する言葉の一つです。日本語では「根拠に基づいた医療」と訳します。
一方で、「EBM」という言葉を誤解して振りかざす人を時々みかけます。
先日、知り合いの先生のサイトを覗いたら、「EBMに対する誤解」について、凄く面白いことが書いてあったので、紹介します。こうした誤解に陥らないように気をつけないといけませんね。
EBMに対する誤解
誤解1:「EBMに基づいた医療」なる医療がある という誤解
誤解2:研究結果に統計学的有意差があれば,治療効果はあり,患者にその治療をすべきである という誤解
誤解3:EBMを実践することと,エビデンスを患者に当てはめることは同じことである という誤解
誤解4:EBMとは,エビデンスを偏重する行動様式であり,医療者の臨床経験を否定するものである という誤解
誤解5:最強のエビデンスはRCTである(RCTがなければエビデンスはない) という誤解
誤解6:エビデンスがなければ,EBMは実践できない という誤解
上記リンク先で詳しい説明がされています。是非様々な医療従事者に読んで欲しいです。