ルバイヤート
「ルバイヤート (オマル・ハイヤーム作、小川亮作訳、岩波文庫)」を読み終えました。ペルシア語で四行詩を「ルバーイイ」といい、ルバイヤートは、日本語に直訳すると「四行詩集」となります。
オマル・ハイヤームは、1040年頃ペルシアに生まれました。詩人としてのみならず、優れた数学者、天文学者であったことが知られています。彼はイラン=イスラム文化を代表する詩人でありましたが、イスラム教を信仰していませんでした。本書のあとがきにそのことが記されています。
そもそもイスラム教は異民族たるアラビア人の宗教であって、オマルのこの宗教に対する反感は、彼の哲学思想たる唯物論・無神論の当然の帰結であるばかりでなく、イラン人としての彼の民族的感情をも交えた人間性の深所からの叫びであった。(略)
要するにオマル・ハイヤームはイスラム文化史上ユニークな地位を占める唯物主義哲学者であり、無神論的反逆をイスラム教に向け、烈々たる批判的精神によって固陋な宗教的束縛から人間性を解放し、あらゆる人間的な悩みを哲学的ペシミズムの純粋さにまで濾過し、感情と理性、詩と哲学との渾成になる独自の美の境地を開発したヒューマニスト思想家であった。
さて、この詩集では、人生の無常などが詠われていますが、酒に関する記述が非常に多いのが特徴です。イスラム教は酒を禁じていましたが、彼はそれに猛然と反発しています。
わが宗旨はうんと酒のんでたのしむこと、
わが信条は正信と邪教の争いをはなれること。
久遠の花嫁に欲しい形見は何かときいたら、
答えて言ったよ-君が心のよろこびをと。
さらに、オマル・ハイヤームはイスラム教を信仰しなかったばかりでなく、仏教徒やゾロアスター教徒も皮肉ってます。
いつまで水の上に瓦を積んでおれようや!
仏教徒や拝火教徒の説にはもう飽きはてた。
またの世に地獄があるなどと言うのは誰か?
誰か地獄から帰って来たとでも言うのか?
宗教はともかく、次のように酒を詠んだ詩は、酒飲みにはぐっときますね。
愛しい友よ、いつかまた相会うことがあってくれ、
酌み交わす酒にはおれを偲んでくれ。
おれのいた座にもし盃がめぐって来たら、
地に傾けてその酒をおれに注いでくれ。
さて、岩波文庫版「ルバイヤート」は、小川亮作氏がペルシャ語の原典から訳したものですが、いくつかの翻訳が存在します。まず、この「ルバイヤート」を世界に広めたのは、イギリス人のフィツジェラルドによる翻訳版です。フィツジェラルドによる翻訳は読みませんでしが、ジャスティン・ハントリー・マッカーシーが英訳したものを、片野文吾氏が日本語訳した本がちくま学芸文庫から出版されていたので、同じ詩を岩波文庫版と比較してみました。
岩波文庫版
墓の中から酒の香が立ちのぼるほど、
そして墓場へやって来る酒のみがあっても
その香に酔痴れて倒れるほど、
ああ、そんなにも酒をのみたいもの!
ちくま学芸文庫版
願わしきは心ゆくまで飲まんことなり、心ゆくまで飲める酒の芳香、我眠れる土の辺りにただよひ居て、昨宵の酒宴の為に尚眩暈みつつ我墓を訪ふ者の、我墓の香気の為のみにて酔ひ倒れるることあるまで、さばかり痛く酔はんかな。
この二つの翻訳、私は最初はちくま学芸文庫版の方が、文学っぽくて良いのかなと思ったのですが、岩波文庫版の方を読むと、その翻訳には深い理由があったようで、感銘を受けました。長いですが、岩波文庫版からの解説を引用します。
ルバーイイはもと民衆的な起源を有するもので、人々が愛誦した民謡の形式であった。だから今日でもこの詩形を別にタラーネ (歌) と呼ぶ人さえある。それは、普通は、シナ詩の絶句体のような、起承転結の表現様式と押韻形式 (aabaの脚韻) とをとり、またたまには全詩脚同一韻の aaaaの形式をもとる一連四行の詩形で、各行は、日本語のような音の数や英詩のような音の強弱の原理ではなくて、古典ギリシア詩のような、音の長短の原理に基づき組み合わされた独特のリズム構成を有する三つ半の詩脚から成り、その最後はいずれも半分の詩脚で終わっている。だから四行を通じて見れば、完全な詩脚が一二と半分のものが四つあるわけである。各詩脚はいずれも長音歩三単位の長さに等しく (長音歩一つは短音歩二つの長さに等しい、以下長音歩を単位音歩、短音歩を半音歩とも称する)、その長短の組み合わせには、長長短短、長短長短、長長長の三通りがあり、また最後の詩脚は長音歩一つまたは一つ半の長さである。したがってこれらの詩脚の種々の配置によって、各行には長音歩十単位のものが一二、十単位半のものが一二、合計二四の構成様式が可能なわけである。(※文章にするとわかりにくいが、本書解説の図を見ると理解しやすい)
ルバイヤートはリズム構成が大事で、岩波文庫版の翻訳は、すべてリズム構成をルバーイイに合わせてあったのですね。それを知って読むと、より深く楽しむ事ができました。
さて、この詩集を読み終えて、イスラム文化について Wikipediaでお勉強していた私は、リンク先を辿るうちに、「Wikipedia-イスラーム世界の性文化」という興味深いサイトに辿り着いたのでした。←ルバイヤート関係ないし (爆)