脳からみた心
「悩からみた心 (山鳥重著、NHKブックス)」をアメリカ旅行中に読み終えました。山鳥重先生は、神経心理学の権威です。
本書は「言葉の世界」「知覚の世界」「記憶の世界」「心のかたち」の四部構成からなっています。Aさんから Zさんまで、脳損傷によってある機能が失われた患者さんを分析することで、脳の働きを掘り下げていきます。非常に詳細な専門的分析をしているにも関わらず、平易な文章で、解剖学用語もほぼ登場しません。音楽家の原口隆一・麗子氏が著書「歌を忘れてカナリヤが」の中で本書を紹介していたことからわかるように、医療関係者以外の方にも読みやすい本なのではないかと思います。また、ソシュール記号論なんかも登場するので、文学や哲学が好きな方が読んだら面白いかもしれません。
内容が少しでも伝わるように、目次を紹介しておきます。
目次
はじめに-脳と心の関係
I 言葉の世界
(1)言葉は意味の裾野をもつ
言葉に対するでたらめともいえない反応の仕方 言葉は意味の骨格のまわりに広い裾野をもっている
(2)語の成立基盤
名前と物が重ならない ソシュールの理論を裏づける
(3)語は範疇化機能をもつ
一つの物にしか名前をいえない 人間は物の一般的属性を切り出す能力をもつ
(4)「意味野」の構造
物の名前を言えない 語は意味野の部分である
(5)「語」から「文」への意味転換
語はわかるが「文」が理解できない 「文」は語の単純加算ではない
(6)自動的な言葉と意識的な言葉
日常的な言葉は壊れにくい 注意を集中すると言葉が理解できない
(7)言語理解における能動的な心の構え
文脈を理解していて内容を理解していない 言葉の受動的理解から能動的理解へ
(8)状況と密着した言葉
目的意識をもつとうまくいえない 言葉は習慣性の高い自動的な能力
(9)言葉はかってに走りだす
とりとめのない言葉が延々と続く 言葉は常に内容を伴うとはかぎらない
(10)過去の言葉が顔を出す
意図に反して同じ言葉がでてしまう 過去が過剰に持続する
(11)言葉の反響現象
意味の理解を伴わない言葉の自動的繰り返し 状況が大枠で適切な言葉を引きだす
(12)言葉の世界は有機体-まとめ
II 知覚の世界
(1)知覚の背景-「注意」ということ
注意を維持できない 正確な知覚には注意機能が必要
(2)注意の方向性
左側の空間に気づかない 注意がその方向に向いて知覚が成立する
(3)「見えない」のに「見えている」ということ
見えていないはずの光源の方向が分かる 「見える」、「見えない」が視覚のすべてではない
(4)「かたち」を見ること-その一
かたちの区別がつけられない 視覚的要素が「かたち」に転化する
(5)「かたち」を見ること-そのニ
文字は読めるが顔は分からない 顔が分かるには線の知覚が重要
(6)「かたち」の意味
触ると分かるが見ると分からない 知覚された形と意味が結びつく段階
(7)二つの形を同時に見ること
二つのものが同時に見えない まとまりのあるものを見ようとする過程
(8)「対象を見る」とは何か
対象が消えても眼前にありありと再現する 神経活動の過程を「見て」いる
(9)視覚イメージの分類過程
見えない視野に出現するまぼろし 視覚情報は基本パターンに分類される
(10)対象を掴む
眼前の物を掴めない 「形」ではなく「関係」の知覚能力が必要
(11)私はどこにいるのか?
方角がわからない 動かない空間を基準に自己の動きを見ること
(12)知覚の世界は宇宙空間-まとめ
III 記憶の世界
(1)刹那に生きる
昨日、今日のことを覚えていない 記憶のない行動は恐い
(2)短期記憶から長期記憶へ
新しい出来事を覚えられない 短期記憶を長期記憶へ移していく特別の機構
(3)長期記憶が作られる過程
過去へ遡る記憶の消滅 じょじょに長期記憶として固められていく
(4)記憶の意味カテゴリー
時間性を失った記憶 記憶の歴史性と状況性
(5)記憶と感情の関わり
記憶が自分のものでないように思える 感情と記憶の濃淡が時間体験の背景
(6)短期記憶はなぜ必要か
数字の復唱ができない その場の一時的な働きを支える短期記憶
(7)記憶の世界の広大な拡がり-まとめ
IV 心のかたち
(1)言語と音楽能力は関係あるか
強い言語障害でもすばらしい曲を作る 音楽的世界は言語世界から自立している
(2)言語と絵画能力は関係あるか
強い言語障害でもすばらしい絵をかく 絵画的能力と言語能力は別でありうる
(3)左大脳半球と言語 左右大脳半球を分離する-その一
右手は正しいが左手は不正確 言語機能は左大脳半球に偏っている
(4)右大脳半球の世界 左右大脳半球を分離する-そのニ
脳梁全切断患者への画期的な実験 右大脳半球は視知覚能力がすぐれる
(5)人は複数の心をもつ
複数の心の同時並列的な関係 意識が心の一つを選びとる
(6)心のかたち
参考・引用文献
あとがき