研究費
いつの時代も、研究費は研究者の悩みですが、第一次大戦後のドイツ科学界を資金面で支えた日本人が、ショートショートで有名な星新一氏の父親、星一氏だったことを初めて知りました。
星一の国際貢献 ドイツ科学界を救った日本人
2012.10.20 09:02この度の山中伸弥氏に対するノーベル医学・生理学賞決定の朗報は、基礎研究に携わる研究者の悪戦苦闘に世間の関心が向けられた点からもまことに意義深い。そこで当欄では、かつてノーベル賞受賞者を輩出したドイツ科学界に惜しみない支援を続けた一人の日本人を紹介しておく。
その人の名は星一(ほし・はじめ)、「ショート・ショート」と呼ばれる掌編小説のジャンルを確立した作家、星新一氏の実父である。彼は若き日に渡米、苦学してコロンビア大学を卒業し、明治38年に31歳で帰国して製薬会社や薬科大学を創設。一方で後藤新平と親しかったため、後藤の政敵から仕組まれたさまざまな妨害と戦いながら、激動の時代を果敢に生き抜いた快男児である。
その彼が後藤から、第一次世界大戦に敗北したドイツの科学界が実験用のモルモット一匹を買う金にも難儀しているとの話を聞く。この時である。星はこれまでドイツ科学界から日本が受けた恩恵に報いようと、自分が援助する旨を申し出る。金額は200万マルク、この破格の支援金は横浜正金銀行を通じてドイツに送金された。
ドイツでは星の援助を有効に活用すべく、「日本委員会(星委員会)」を設立、委員長にフリッツ・ハーバー、委員にはマックス・プランクなど錚々(そうそう)たるノーベル賞受賞者が就任。かくて、風前の灯(ともしび)だったドイツ科学界は再建される。当時、世界から冷淡視されていたドイツの学者たちが東方の国からの格別の援助に感極まった様子が目に浮かぶ。
大正11年のこと、星はドイツ政府から招待を受ける。エーベルト大統領は晩餐(ばんさん)に招いて記念品を贈った。さらには星に名誉市民権を与えて謝意を表した。まさに国賓(こくひん)に準ずる待遇を受けたが、個人的な見返りは断っている。
星はさらなる援助の必要を感じ、インフレに影響されない邦貨で以後3年間にわたって追加支援した。以上、その推計総額は現在の邦貨で20億円を超える。
世界の進運に寄与する学問がいかに貴いものか。その学問の危機を国境を超えて救った日本人がいたことは、わが国の誇りとして後世に伝えたいものである。(中村学園大学教授 占部賢志)
ドイツの研究者たちの喜びようが目に浮かぶようです。
ちなみに、星新一氏の母方の祖父は、東京帝国大学医学部教授の小金井良精です。かの有名なワルダイヤーに認められていた方ですね。小金井良精は森鴎外の妹、喜美子と結婚し、星新一氏の母「せい」を産みました。このように、星新一氏の祖先を調べてみると、出てくる名前が一々凄すぎます。
星新一氏が父や祖父のことを伝記に書いているようなので、時間を見つけて読んでみようと思います。