IgG4関連疾患
11月13日に、第14回ニューロトピックス21 「IgG4関連疾患」という講演を聴きに行きました (神経内科領域だと、肥厚性硬膜炎が IgG4関連疾患として有名です)。梅原教授の話に、滅茶苦茶感動しました。内科学会誌に総説が載ると言われていたので、メモは取らなかったのですが、取っておけばよかったと後で後悔。覚えている範囲で紹介します。
第14回ニューロトピックス21
「温故知新~『IgG4関連疾患』 ―21世紀に日本で発見された新たな疾患概念―」
金沢医科大学血液免疫内科学 梅原久範教授
まずは掴みの二つのギャグ。梅原教授は、慶應義塾大学医学部を卒業し、地元の京都大学病院で研修をしました。京都大学病院に初出勤の日、「慶応ボーイが来る」ということで、ナースが数十人病棟に列を作っていたそうです。ところが、梅原教授の顔を見るや、「なーんだ」とみんな解散したのだとか。また、金沢医科大学に教授として赴任してしばらくして、大雪が降った時のこと。朝降った雪で、車が埋まり、みんなどうするのかと思って見ていたら、「マイ・スコップ」で器用に道を作って車の除雪をしていました。ところが、車の除雪をしていた人が、車を間違えたことに気付き、わざわざ雪を元に戻している姿を見て、「大変なところに来てしまったなぁ」と思ったそうです。
さて、肝心の IgG4関連疾患について。話は「ミクリッツ」から始まります (ミクリッツは、過去にこのブログでも登場しました ①, ②)。ミクリッツは「唾液腺が腫脹する疾患」を「ミクリッツ病」として報告しました。ところが、癌などでも唾液腺が腫脹することがあるので、原因がはっきりしているものをミクリッツ症候群、特発性のものをミクリッツ病とすることで、一応のコンセンサスが得られました。その後、眼科医シェーグレンが眼と唾液腺に異常を来たす疾患を報告し、「シェーグレン症候群」として纏めたのですが、欧米では「ミクリッツ病はシェーグレン症候群の一部」という理解が進み、「ミクリッツ病」という概念が姿を消していってしまったのです。(この辺りの歴史をわかりやすく記したサイトが存在します)
ところが、日本の医師たちは、「ミクリッツ病」と「シェーグレン症候群」が別々の病気だと理解していました。そして、ミクリッツ病で得られた唾液腺に抗 IgG抗体を当てると IgGの集簇が確認され、さらに IgGのサブクラスを調べるため抗 IgG4抗体で免疫染色してみると、綺麗に染まりました。その軽鎖に対して、抗κ染色、抗λ染色をしてみると、monoclonarityはなく、悪性リンパ腫などの原因による IgG4陽性細胞の腫瘍性増殖ではないことが確認できました。IgG4は血中でも高値を示しました。一方で、シェーグレン症候群ではこのような現象は見られませんでした。
面白いことに、他の様々な臓器の病変で IgG4で染色されることが報告されてきました。例えば、自己免疫性膵炎、硬化性胆管炎、尿細管間質性腎炎・・・などです。それでこれらの疾患をまとめようではないかという話が出てきたのです。
(参考) Wikipedia-IgG4関連疾患
主に以下の疾患の重複概念として提唱されている
梅原先生は、病理学や消化器、眼科、腎臓内科など幅広い分野からメンバーを集め、最後、班会議の申請期限ギリギリに岡崎先生に電話しました。午後 11時くらいの話でした。ところが何度電話しても電話中でした。何度目か、やっとつながって「おい、何を長電話をしているんだよ?」と言ったら、「お前こそ何を長電話しているんだ?」と返されました。ふたりとも班会議を作ろうとしていて、お互いに同時に電話して相手を誘おうとしたので繋がらなかったらしいのです。結局、梅原班と岡崎班を作って、どちらかが落ちたら合流しようという話にまとまり、両方申請が通りました。
会議が出来て、まずやらなければならなかったことは、名称の統一でした。それまでは、研究者毎にさまざまな名称で報告されていたのです。結局、”IgG4-related systemic disease” と “IgG4-related disease”が最後に残り、多数決で “IgG4-related disease (IgG4関連疾患)” に決定しました。
ところが、マサチューセッツ総合病院 (MGH) で IgG4関連疾患のシンポジウムが開かれた時、プログラムが “IgG4-related systemic disease” になっていたのです。そして、日本からの “IgG4-related disease” に関する演題名も、全て “IgG4-related systemic disease” に書き換えられていました。梅原教授は猛抗議し、メールで「もし “IgG4-related systemic disease” という語にするのだったら、日本人の演者は全員ボイコットする」ことを伝えました。結局相手は折れて、「そこまで名前には拘っていないんだ」と返してきて、”IgG4-related disease” の名前を用いることが決まりました。国際的にも、日本発のこの名前を用いることとなり、大きな意義のある出来事でした。
さて、次は診断基準です。研究班がこだわったのは、「専門家でなくても診断できる」ことでした。そのため、3項目しかない簡単な基準が出来上がりました。
IgG4関連疾患診断基準
1. 臓器病変
2. 血清IgG4>135 mg/dl
3. 組織学的にIgG4陽性細胞の浸潤がみられる
この 3つを満たせば確定診断になります。IgG4は商業ベースで測れます。3番目に 病理基準を入れたのには理由があります。実はアトピー性皮膚炎や類天疱瘡などでも IgG4はある程度増えることが知られています。これらを混ぜてしまうと、疾患概念が曖昧になってしまうのです。ということで、他の疾患が混ざりにくいように少しハードルを上げたという意味合いがあります。
ただ、自己免疫性膵炎のように、組織を取りにくい場所に病変があると、組織診断ができませんので、その場合は “IgG4-related disease” という名前ではなく、”IgG4-related 組織別病名” と名付けることにしました。例えば、”IgG4 related pancreatitis” といった感じです。この疾患では一つの臓器に限らず病変をつくることがありますが、その場合には PET検査が病変の検出に有用であるようです。
この診断基準には裏話があります。”Modern Rheumatology” という雑誌に掲載されたのですが、本来なら受理されてから掲載まで 1年くらい待たされる筈でした。しかし、早く発表しなければいけないということで、Editorと掛けあって、12ヶ月飛び越して 2012年 1月に掲載してもらったとのことでした。雑誌社もフットワークが軽いですね。好感の持てるエピソードです。
ところで、この疾患の発症メカニズムはよくわかっていません。しかし、いくつかの知見を講演で聴くことが出来ました。IgG4が他の IgGサブクラスと決定的に違うのは、二量体を形成するのに S-S結合を欠くことです。そのため、二量体がバラけて単量体になりやすいことが知られています。そしてその単量体が他の単量体とヘテロ二量体を形成すると、より多くの抗原に反応しやすくなるのではないかと推測されます。また、IgG4関連疾患では、Th2 shiftが起きていることが、サイトカインの解析からわかっています。その結果として、自然免疫の異常もきたすそうです。現在では、患者血清と健常者の血清をそれぞれラベリングして 2次元電気泳動し、患者血清のみが形成するタンパク質のバンドを MS解析したり、治療の前後で発現パターンの変わる遺伝子を探したり、様々な研究がされているようです。
治療は、ステロイド、免疫抑制剤、リツキシマブが効くとされています。梅原先生らは、まずステロイドを 0.6 mg/kgで開始し、漸減する方法を推奨しています。自己免疫性膵炎で行われていた治療を応用して、この投与量に決めたそうです。この疾患は、ステロイドへの反応が良好です。従って、もしきちんと診断されればステロイドの内服だけで良くなるのに、疾患を知らないがために腫瘍として手術されてしまう症例が出てきます。こうした事態を避けるために、疾患の啓蒙活動が必要なのだと思います。
推定患者数は、約 20000人と言われています。金沢大学、金沢医科大学で診断された患者数と、石川県の人口から人数を推定したそうですが、自己免疫性膵炎から推定した数字とそれほど大きな開きはないようです。
(参考)