ALSと臓器移植

By , 2013年1月23日 6:52 AM

2012年2月号の Annals of Neurology誌の “POINT OF VIEW” に 、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) と臓器移植についての報告がありました。

Organ Donation After Cardiac Death in Amyotrophic Lateral Sclerosis

Patients with amyotrophic lateral sclerosis (ALS) are often told that solid organ donation is not possible following death, although the reasons for exclusion are not evidence based. Because ALS patients typically remain sentient until death, organs may be procured under donation after cardiac death protocols. Anticipating this need, our institution created a process for organ donation in ventilator-dependent ALS patients that was subsequently implemented. To our knowledge, this is the first report of organ donation in a patient with rapidly progressive ventilator-dependent ALS.

ALSは運動ニューロンが侵されて徐々に動けなくなる疾患です。最終的に呼吸筋麻痺を起こして人工呼吸器がなければ生きられなくなります。前頭側頭型認知症を合併した場合は別として、基本的に認知機能は保たれます。そこで著者らは、人工呼吸器に依存するようになった患者さんからの同意を元に、手術室で苦痛を緩和する薬剤を使用してから人工呼吸器を外し、直後に死体腎移植を行いました。他にいくつかこうした事例はあり、摘出された臓器は腎臓、肝臓が多いようです。

この報告を受けて、2012年12月の Annals of Neurology誌の “POINT OF VIEW” に 、ALSと臓器移植についての議論が掲載されました。

Amyotrophic lateral sclerosis and organ donation: Is there risk of disease transmission?

A new protocol suggests that patients with amyotrophic lateral sclerosis (ALS) are a viable source of tissue for organ transplantation. However, multiple lines of evidence suggest that many neurodegenerative diseases, including ALS, might progress due to transcellular propagation of protein aggregation among neurons. Transmission of the disease state from donor to host thus may be possible under the permissive circumstances of graft transplantation. We argue for careful patient selection and close longitudinal follow-up of recipients when harvesting organs from individuals with neurodegenerative disease, especially dominantly inherited forms. ANN NEUROL 2012;72:832-836.

近年、神経変性疾患の研究では シード (Seed) 仮説という言葉を聞く機会が増えています。多くの神経変性疾患は、異常な構造を持ったタンパク質が毒性を持ち、蓄積することが原因だと考えられています。シード仮説によると、シードと呼ばれる種により、タンパク質の異常な折りたたみが促進するそうです。いくつかの神経変性疾患では、このことは細胞あるいは動物実験レベルで確認されています。アルツハイマー病でのアミロイドβ、パーキンソン病での αシヌクレインなどがそれに相当します。こうして重合したタンパク質は壊れにくく、細胞に対して害となります。

シードという形式をとるかどうかはともかく、「変性疾患の原因蛋白質が臓器移植で伝わってしまうことがないだろうか?」というのが著者らの懸念です。

現に、胎児ドパミンニューロン移植を受けたパーキンソン病患者の移植片を後に調べると、Lewy body病理がみられることが、相次いで報告されました (Li JY, et al. Nat Med, 2008; Kordower JH, et al. J Biol Chem, 2010)。健康な細胞を患者に移植したにも関わらず、移植された細胞が病気になったというもので、疾患が伝播しうることが示唆されました。

また、プリオン病患者の組織を移植された多くの患者が、医原性のプリオン病を発症したのも記憶に新しいところです。最初の報告は 1974年の角膜移植ですが、その後、硬膜移植、ヒト成長ホルモン投与での感染が報告されました。

ALSではどうか?実は実験室レベルでは SOD1や TDP-43というタンパク質がシードによって凝集することが報告されています。ALSは運動神経しか侵さないので大丈夫という意見もありそうですが、SOD1変異患者において、SOD1陽性封入体は肝臓や腎臓でも検出されています。これまで実際に ALSが伝染したという報告は無いものの、riskは払拭できません。急性肝不全などで緊急に移植を行わければならない場合は議論の余地がありますが、そうでない場合はリスクとベネフィットを慎重に見極める必要があります。それと同時に、臓器移植を行う場合には、レシピエントに ALSの危険因子がないかスクリーニングがされるべきで、ALS患者から移植を行った場合には慎重な経過観察が必要だというのが著者らの意見です。

現在の日本では一度つけた人工呼吸器を外すというシチュエーションが考えにくいので、こうした移植は行われないかもしれませんが、海外を中心に議論が盛んになりそうです。

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