miR-941

By , 2013年1月21日 7:32 AM

科学ニュースの森」というブログで、「ヒトをヒトたらしめている遺伝子」というエントリーがありました。

ヒトをヒトたらしめている遺伝子

科学の世界での最も大きな疑問の1つに、ヒトをヒトたらしめるものは何かというものがある。この度、エディンバラ大学のMartin Taylor博士率いる研究チームによって、脳の働きに重要な役割を持つヒト特有の遺伝子が発見された。この発見によって、初めてヒトの体内で特定の役割を有している、ヒトだけが持つ遺伝子が特定されたことになるという。

この遺伝子はmiR-941と呼ばれ、脳内の意思決定や言語能力をつかさどる部分で活性化するため、ヒト特有の高度な脳機能に深く関わっていると考えられる。この遺伝子はヒトが類人猿から進化した後の、100~600万年前の間に現れたと考えられるという。彼らは、チンパンジー、ゴリラ、マウスなどを含む11種の哺乳類とヒトのゲノムを比べることで、これらの結果を得た。

種ごとの違いは遺伝子の変異によって現れることはよく知られている。それらは既存の遺伝子が変化したり、遺伝子が複製、または消失することによって起こる。しかしmiR-941遺伝子は、以前までジャンクDNAと呼ばれていたタンパク質をコードしない部分から、短期間のうちに突然機能を持つ遺伝子として現れたのだという。

そこで、実際に Nature communications論文を読んでみました。

Evolution of the human-specific microRNA miR-941

MicroRNA-mediated gene regulation is important in many physiological processes. Here we explore the roles of a microRNA, miR-941, in human evolution. We find that miR-941 emerged de novo in the human lineage, between six and one million years ago, from an evolutionarily volatile tandem repeat sequence. Its copy-number remains polymorphic in humans and shows a trend for decreasing copy-number with migration out of Africa. Emergence of miR-941 was accompanied by accelerated loss of miR-941-binding sites, presumably to escape regulation. We further show that miR-941 is highly expressed in pluripotent cells, repressed upon differentiation and preferentially targets genes in hedgehog- and insulin-signalling pathways, thus suggesting roles in cellular differentiation. Human-specific effects of miR-941 regulation are detectable in the brain and affect genes involved in neurotransmitter signalling. Taken together, these results implicate miR-941 in human evolution, and provide an example of rapid regulatory evolution in the human linage.

転写因子や micro RNA (miRNAs) といった制御因子の変異は、数百もの遺伝子の制御異常の原因となり、そのためヒトの進化に大きな影響を与えている可能性があります。過去の研究では、転写因子の発現の違いが、ヒト特有の遺伝子の発現に関係するのではないかと考えられてきました。今回、著者らは miRNAに注目しました。miRNAは 20-24塩基の内因性の一本鎖 RNAで、転写後の遺伝子サイレンシングに関与しています。

ヒトゲノム特異的な miRNAを調べるために、1733個の miRNAのオルソログを網羅的に調べました。比較したのはチンパンジー、ゴリラ、オランウータン、マカクザル、マーモセット、マウス、ラット、犬、牛、フクロネズミ、鶏です。結果として、10個の miRNAでは、他の動物でのオルソログが存在しないことがわかりました。そして、前頭葉皮質および小脳での発現レベルを調べた所、ヒトでは miR-941以外のヒト特異的 miRNAがほとんど検出されないことがわかりました。そして、miR-941はチンパンジーやマカクザルの脳では発現していませんでした。miR-941はヒトの脳以外の組織や培養細胞でも検出されました。そして Argonature (AGO) 蛋白と RNA-induced silencing complex (RISC) を形成することが確認され、miR-941が実際に機能的な miRNAであることがわかりました。

miR-941は 20番染色体の q13.33にある DNAJC5遺伝子の最初のイントロンに存在しています。miR-941 前駆コピーは、それぞれ相補鎖である mature miR-941, miR-941-star配列を含む安定したヘアピン構造持ちます。この配列はヒトでは検出できますが、チンパンジーやマカクザルでは検出できません。

ヒトやマカクザルのゲノムでは、miR-941前駆領域はタンデム配列から成っています。一方で、チンパンジーではこの領域は失われています。マカクザルのゲノムの反復コピーの一つは、その残りの部分と異なっており、ヒトの反復タンデムに似ています。そのため、ヒトで見られるタンデム反復は、マカクザルのこの反復コピーに由来するのではないかと考えられ、それがコピー数拡大やヒトでの別の反復変異をもたらしました。ヒトで見られるようなタンデム反復がないため、チンパンジーやマカクザルでは安定した miRNAの前駆配列のヘアピン構造を形成出来ないと考えられます。これらの結果から、miR-941前駆配列が、ヒトとチンパンジーの狭間で進化したことがわかります。

論文 Fig3A

次に、100万年前にヒトから分かれ、絶滅したヒト科の Denisova (デニソワ人) のゲノムを調べました。すると Denisova人は miR-941前駆配列を少なくとも 2コピーは持っていることがわかりました。よって、pre-miR-941形成及びコピー数増加は、共通の祖先がチンパンジーに分かれた 600万年前から、デニソワ人が分かれた 100万年前の間に起こったことがわかりました。

pre-miR-941のコピー数はデニソワ人とヒトの間で変化しているようですが、更にヒトにおいてもコピー数やコピー数多型は人種間で差があるようです。いずれもアフリカで高く、東に行くにつれて低くなっています。

論文 Fig3C-E

更に、miR-941がどのような遺伝子をターゲットにしているかを調べました。まず、3種類の培養細胞 (293T, HEK, HSF2) に miR-941遺伝子をトランスフェクションし、遺伝子発現の変化を調べました。そして、miR-941によって変化がみられる遺伝子は、2つの KEGG pathyway, すなわち hedgehog-signalling pathwayと insulin-signalling pathwayに豊富に存在することがわかりました。miR-941は、hedgehog-signalling pathwayでの SMO, SUFU, GLI1や、insulin-signalling pathwayでの IRS1, PPARGC1Aや FOXO1のように、pathwayでの鍵となる componentをターゲットとしています。

新規に出現した miRNAは有利に働くこともあれば、有害になることもあるはずです。有害に働くのを回避するために、miR-941結合部位の減少や、ターゲット遺伝子の RISC complexからの回避といった手段がとられていることもわかりました

結論として、著者らは過去の報告を交えた考察を通じ、miR-941のお陰で、ヒトの寿命が伸びて、認知機能も高まったのではないかと推測しています。

この論文は、ヒトをヒトたらしめたものが何なのか、分子生物学的にアプローチした研究でした。

この論文とは直接関係ない話ですが、高次脳機能に関連しては、FOXP2という遺伝子なども注目されています。しかし、ヒトだけではなく、鳥にも見られることが知られているようです。

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Milstein 83歳の録音

By , 2013年1月20日 9:04 AM

演奏家の演奏寿命にはかなりの個人差があります。特に、超絶技巧を要求される器楽奏者で、高齢になっても技量を維持するのは大変なことです。

私が大好きなヴァイオリンの巨匠、ナタン・ミルシテインの 83歳時の録音が残っているのを知りました。有名なバッハのシャコンヌです。83歳が弾いているとは思えない名演奏だと思います。

Milstein’s Last Public Concert at 83 Years Old: Chaconne (7.1986)

一方で、もう少し若い頃の演奏はこちらで聴くことができます。私が持っているビデオに収録されているのと同じものですが、1968年の録音のようです。聴き比べが楽しめます。

Bach BWV 1004 Chaconne Nathan Milstein Violin – Complete

ちなみに、1953年のライブ録音が、私は大好きです。

(参考)

シャコンヌ

シャコンヌ-オーケストラ編-

シャコンヌ-弦楽合奏編-

シャコンヌ-ギターとリュート-

シャコンヌ-管楽器-

シャコンヌ-声楽編-

シャコンヌ-チェンバロ編-

シャコンヌ-ピアノ編-

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医者が裁かれるとき

By , 2013年1月19日 9:43 AM

医者が裁かれるとき 神経内科医が語る医と法のドラマ (ハロルド・クローアンズ著、長谷川成海訳、白楊社)」を読み終えました。読み始めるとすぐに嵌ってしまい、一気に読了しました。

著者はシカゴのラッシュ-長老派-聖ルカ・メディカルセンター神経内科教授です。多くの裁判で専門鑑定人を務めています。その時の経験を中心に本に綴ったものです。

神経内科医としてはお馴染みの疾患がずらりと並んでおり、実感を持って読むことができました。「ヒステリーは難しい」というのは、改めて感じたところです。

驚いたことに、本書にギブズが登場します。ギブズは脳波研究で世界最高の権威の一人です。まさに歴史的人物です。この本を読んで知ったことですが、ギブズは医学部卒業後、臨床研修は行わず、すぐに研究室にこもってひたすら脳波を読み続けたそうです。患者を診察することはありませんでした。そのためか、訴訟において、「脳波のほうが臨床診断より有効だ」「もし脳波と臨床診断との間で違いが出たら、脳波をとる」と断言しています。現在ではそのような考えをする医師はまずいません。異常脳波で発作がないこともあるし、てんかん患者でも発作前後でなければ脳波で異常が見つからないことが少なくないことは、今日では一般的に知られています。著者は、一卵性双生児における遺伝性の小発作で、脳波所見が重篤な方が臨床症状は軽く、脳波所見が軽い方が臨床症状が重かった症例を経験しています。

本書は、読み物として非常に面白いので、一般の方にも是非読んで欲しいです。また、神経内科医なら読んで嵌ることを約束します。

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タイサブリ

By , 2013年1月18日 8:06 AM

2013年1月16日、Natalizumab (Tysabri; タイサブリ) が多発性硬化症の first-line therapyとして FDAと European Medicines Agencyに申請されました。

Biogen, Elan seek okay for first-line Tysabri use in MS

LONDON | Wed Jan 16, 2013 5:12am EST

(Reuters) – Biogen Idec and Elan have filed for approval to sell their drug Tysabri as a first-line treatment for multiple sclerosis, a move that could boost sales of the drug.

Demand for Tysabri has been curtailed due to concerns over its association with a potentially fatal infection known as progressive multifocal leukoencephalopathy, or PML, which is caused by the JC virus.

Now, however, there is a test for the virus to predict if patients are at risk of developing PML, opening the possibility that Tysabri could be used more widely and at an earlier stage of treatment.

Biogen and Elan said on Wednesday they had submitted applications to the U.S. Food and Drug Administration and the European Medicines Agency seeking approval for first-line use in patients with relapsing forms of multiple sclerosis (MS) who have tested negative for antibodies to the JC virus.

The JC virus is generally harmless, but in people with weakened immune systems, such as those using immune system-suppressing drugs like Tysabri, it can lead to an increased chance of developing PML.

Tysabri use is currently limited to between 10 and 12 percent of treated MS patients, due to the risk of PML, and analysts said the hoped-for wider approval would improve uptake and send a positive signal to doctors.

Berenberg analysts said Tysabri’s share of the MS market could increase to about 15 percent by 2015, representing sales of $2.9 billion, while today’s share price for Elan implied peak sales of only some $2 billion.

Tysabri was briefly pulled from the market over PML concerns – but it was considered to be so effective, compared with other available treatments, that MS patients argued the risk was worth taking and demanded its return.

Health regulators bowed to the pressure and allowed the drug’s relaunch with restrictions.

“A first-line approval would allow people with MS access to a highly efficacious treatment earlier in the course of the disease, potentially leading to better outcomes,” said Alfred Sandrock, Biogen’s chief medical officer.

“This is an important consideration for people with MS who may want or need more efficacy.”

Both the U.S. and European regulators are expected to decide on the applications for first-line use later this year.

(Reporting by Ben Hirschler; Editing by Louise Heavens)

タイサブリは、AFFIRM trialSENTINEL tiralなどで高い有効性が示されている薬剤です。一方で稀ながら進行性多巣性白質脳症 (PML) の副作用が指摘されています。PMLは免疫抑制による JC virusの増殖が原因で起こる疾患です (AIDS及び免疫抑制剤使用により発症した患者をそれぞれ担当したことがあります)。

これらのジレンマを解決するため、JC virusを検査して陰性であれば、タイサブリを第一選択薬として使っても良いのではないかというのは自然な考え方だと思います。JC virusが検出限界以下のコピー数だった患者さんが、薬の使用のせいでウイルスが増殖して PMLを発症することがあるかどうかの知見は未知数だと思いますが、現実的には meritと riskを天秤にかけて判断されるべきことでしょう。

なお、日本では 2010年2月から治験がされています。国内においても、多発性硬化症の治療選択肢は今後どんどん増えていきそうです。

(参考)

下記のサイトに、多発性硬化症の新薬が紹介されています。多発性硬化症については、様々な新薬が登場し混乱しそうですが、すっきりと纏められています。

関西多発性硬化症 (MS) センター 治療

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フィンゴリモドと炎症性腸疾患

By , 2013年1月17日 7:30 AM

定期的にチェックしている “FIRST AUTHOR’S” というブログに、多発性硬化症の傾向治療薬フィンゴリモド (FTY720, 商品名 ジレニア) が、炎症性腸疾患を軽減し、大腸炎関連腫瘍を抑制するという論文が紹介されていました。

スフィンゴシン1-リン酸はSTAT3の恒常的な活性化により慢性腸炎と大腸炎関連腫瘍の発症とを結びつける

まだ動物実験の段階ですが、興味深い結果です。先日お伝えした関節リウマチの治療薬アクテムラが視神経脊髄炎に効果をしめした論文もそうですが、関係無さそうに見える病気に、同じ薬が効きそうなのが、自己免疫の関与した疾患の面白いところです (もっとも、糖尿病治療薬メトフォルミンと抗癌作用のように、自己免疫疾患以外でもこうした現象はみられることがありますが・・・)。

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バルトの楽園

By , 2013年1月16日 7:23 AM

第九の本邦初演を描いた、映画「バルトの楽園」の DVDを見ました。昨年末「東日本大震災復興祈念「会津第九演奏会2011」」というエントリーで少し触れた映画です。かなり期待して見た映画だったのですが、色々と残念でした。

まず、捕虜と日本人の友情及び恋愛、会津人であることで差別された収容所の所長、第九・・・多くの内容を詰め込もうとし過ぎて、逆に一つ一つのエピソードが薄っぺらくなっていました。また、映画のワンシーンで、女性の合唱を男性で代用することが述べられていましたが、演奏でのその部分の描写がほとんどなかったのにもがっかりしました。さらに、DVDのパッケージには、音楽にカラヤンの第九を使用したと書いてありましたが、今時カラヤンを有難がって聴く人はいるのかというのも疑問でした。

期待が大きかった分、失望が大きかったのですが、暇つぶしとして見るのなら楽しめるかもしれません。

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Tocilizumab

By , 2013年1月15日 1:18 AM

2012年12月24日の Archives of neurology誌に興味深い論文が掲載されていました。視神経脊髄炎 (NMO) についてです。

視神経脊髄炎は元々多発性硬化症の一亜型として扱われていましたが、抗アクアポリン4抗体が陽性になること、脊髄に長い病変をきたしやすいこと、失明に至る症例が多いことなどから、現在では独立した自己免疫疾患としての地位を確立しつつあります。治療に苦慮することの多い、難病です。

液性免疫の異常で起こると考えられていたため、B細胞を抑制することが治療戦略とされています。例えば、CD20に対するモノクローナル抗体である Rituximabなどが用いられます。

近年、IL-6というサイトカインとの関連が指摘されるようになりました。そこで、IL-6受容体に対するモノクローナル抗体を使ったらどうなったかというのが、今回の論文です。薬剤名は Tocilizumab (商品名:アクテムラ) で、関節リウマチの治療薬として有名です。

Disease amelioration with Tocilizumab in a treatment-resistant patient with Neuromyelitis Optica.

Background  Neuromyelitis optica (NMO) is an autoimmune disease of the central nervous system in which aberrant antibody responses to the astrocytic water channel aquaporin 4 have been described. Experimental evidence is emerging that NMO is partly driven by the proinflammatory cytokine interleukin 6 (IL-6), which propagates the survival of disease-specific B cell subclasses, and deviates CD4+ T helper cell differentiation toward IL-17-producing T helper 17 cells. Tocilizumab is a recombinant humanized monoclonal antibody against the IL-6 receptor approved for treatment of rheumatoid arthritis.

Objectives  To study clinical and paraclinical effects of tocilizumab in a patient with NMO.

Design  Case report.

Setting  Academic neurology department.

Patient  A patient with highly active aquaporin 4–seropositive NMO who failed numerous immunosuppressive interventions, including high-dose corticosteroids, mitoxantrone, plasma exchange (PE), rituximab (anti-CD20), and alemtuzumab (anti-CD52), before receiving tocilizumab.

Main Outcome Measures  Clinical disability, magnetic resonance imaging, cytokines and transcription factors levels in the cerebrospinal fluid, and peripheral blood mononuclear cells.

Results  A patient who continued to accumulate neurological disability and magnetic resonance imaging activity while receiving numerous immunoactive therapies stabilized, and eventually improved clinically and on magnetic resonance metrics after treatment initiation with tocilizumab. Treatment and clinical response correlated with a significant reduction of IL-6 levels in the CSF as well as a diminished expression of signal transducer and activator of transcription 3.

Conclusions  Tocilizumab might be effective in NMO, here in a patient not responding to leukocyte depletion. Our findings further support data that implicate IL-6 as a critical molecule in the immunopathogenesis of NMO, and a critical role for T cells in the pathogenesis of this disorder.

症例は 34歳女性です。視神経炎で発症し、その後頚髄や胸髄に長い病変を来たし、不全四肢麻痺となりました。抗アクアポリン4抗体は陽性でした。RituximabやMitoxantrone, Alemtuzumabといった免疫抑制剤を使用しましたが、治療に抵抗性でした。そこで Tocilizumabを試したところ、症状は改善し、再発もなくなり、頭部 MRIで造影される病巣もなくなりました。髄液の IL-6レベルは治療に反応して低下していました。また、IL-6依存的にTh17細胞の成熟を促進する転写因子 STAT3 (signal transducer and activator of transcription3) の mRNA発現が、末梢血単核球で低下していました。これらのことから、著者らは、NMOにおける T細胞性免疫の関与を指摘しています。

視神経脊髄炎で髄液の IL-6が上昇しているのはしばしば経験することなので、IL-6に対するモノクローナル抗体の存在を知った時、使ったら効くのではないかと友人と議論した記憶があります。そして、今回実際に使った報告を読んで、さもありなんという感じでした。ただし、まだ一例報告に過ぎず、今後エビデンスを確立していく必要があります。

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脳梗塞と音楽能力

By , 2013年1月14日 6:38 AM

音楽能力が脳のどこに局在するかは、様々な学者が研究している興味深いテーマです。 Functional MRIなどの画像検査で脳のどこが賦活化されるか調べるのもひとつの方法ですが、脳の病気で失われた部分と音楽能力を比較するのも昔から行われている有力な方法です。

ある高名な指揮者が左中大脳動脈領域の広範な脳梗塞となり、その経過が 1985年の Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry誌に掲載されました。患者さんは匿名化されて “NS” と記されています (ただし論文での記載があまりに詳細であるため、私の師匠は経過を読んで、誰だかわかってしまったそうです)。最近その論文を読んだので簡単に内容を紹介します。

Spared musical abilities in conductor with global aphasia and ideomotor apraxia.

(Basso A, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry, 1985; 48: 407-12)

SUMMARY: A conductor suddenly developed global aphasia and severe ideomotor apraxia as a result of an infarct in the territory of the left middle cerebral artery. Although aphasia and apraxia remained unchanged during the following six years, his musical capacities were largely spared and he was still able to conduct. This case provides some evidence in favour of right hemisphere dominance for music.

ヴァイオリンとピアノを嗜み、ヴェニスの Feniceやミラノの La Scalaなどで長年指揮者を務めた NS氏は、1977年11月27日に脳梗塞を発症しました。アメリカのツアー中での出来事でした。症状は、軽度の右片麻痺、右同名半盲、全失語でした。また、高次脳機能評価では、観念運動失行などを指摘されました。論文に頭部CTが掲載されていますが、左中大脳動脈後枝領域を中心に広範に障害されています。

ところが、音楽能力はほぼ保たれました。ピアノ演奏は行うことが出来ましたし、初見演奏も可能でした。他人の演奏の小さな間違いをも指摘することができました。そればかりか 1982年2月から 6月までの間、指揮者としての活動を続け、音楽評論家から絶賛されました。オペラも指揮しています。ただし、言葉は完全に失われたままで、音名を述べたりすることは出来ませんでした。彼は 1983年4月21日に左片麻痺で 2度目の脳血管障害を発症しました。そして、5月4日に肺水腫を伴った心不全で死亡しました。

彼の音楽能力と、音楽以外の能力には多くの解離があります。観念運動失行はあるけれど指揮はできる、文章は読めないけれど楽譜は読める、言葉は失われたけれど演奏はできる・・・。右半球の脳梗塞で音楽能力を失った過去の報告と併せ、著者らは音楽能力の多くが脳の右半球にあるのではないかと推測しています。

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米国糖尿病学会 2013年ガイドライン

By , 2013年1月13日 10:23 AM

米国糖尿病学会 (ADA) 2013年ガイドラインが公開されました。

安定している患者では HbA1測定が年 2回でよかったり、血圧管理が緩和されたり、色々常識を覆されました。

知り合いの先生が要点を纏めてくださっています。一読の価値があります。

米国糖尿病学会ADAの糖尿病診療指針 (なんごろく)

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ライバルからのクレーム

By , 2013年1月12日 6:13 AM

多発性硬化症の新薬、BG-12について、以前お伝えしました。

多発性硬化症の新薬

第三相臨床試験まで終了し、効果が期待される薬剤です。ところが、第三相試験でも比較薬剤となった glatiramer acetateを販売しているライバル Teva社が薬剤の安全性に疑問を投げかけました。

Teva questions safety of MS drug from rival Biogen

(Reuters) – Teva Pharmaceutical Industries Ltd, which makes the market-leading multiple sclerosis drug Copaxone, has filed a petition with the U.S. Food and Drug Administration that could, if granted, delay entry to the market of a rival drug developed by Biogen Idec Inc.

Teva’s petition asks that the FDA not approve any new multiple sclerosis drug until its safety has been evaluated by a panel of outside advisors, and said it had uncovered “troubling information” on a publicly accessible website about the safety of Biogen’s drug, BG-12.

Israel-based Teva said the information showed that kidney changes were observed after repeated administration of BG-12 in mice, rats, dogs and monkeys. The company suggested that as a result, “there is a substantial probability the risk is applicable to humans as well.”

Biogen spokeswoman Kate Niazi-Sai, echoing comments made by company chief executive, George Scangos, at the J.P. Morgan Healthcare Conference earlier this week, said the company is “confident” in BG-12’s safety data.

Niazi-Sai said the incidence of kidney problems was similar between patients taking BG-12 and those taking a placebo, she said. A late-stage clinical trial showed that 21 percent of patients taking the placebo experienced kidney problems, compared with 22 percent of patients taking BG-12 twice a day and 25 percent of patients taking BG-12 three times a day.

Teva asked the FDA not to approve any new MS drug unless or until it has convened a panel of outside advisors and listened to the panel’s recommendations. And it said its motives were to protect patients.

“Teva filed the petition, on behalf of the more than 300,000 patients with relapsing remitting multiple sclerosis in the U.S.,” Denise Bradley, a spokeswoman for Teva, said in an emailed statement. She said the company wants to “ensure that appropriate safeguards are implemented to maintain an acceptable risk-benefit profile.”

So far the agency has not scheduled such a meeting for BG-12, though it could do so at any time. An advisory committee meeting would delay BG-12’s entry to the market.

The FDA is scheduled to rule on whether to approve BG-12 by the end of March, three months later than the original decision date. Biogen has said the agency did not require additional information, just more time to review application.

Brian Abrahams, an analyst at Wells Fargo Securities, said he doubts Teva’s petition will cause the FDA to delay BG-12’s approval, “though one cannot rule out the possibility of a minor process-related delay as FDA necessarily evaluates/responds” to the petition.

(Reporting by Toni Clarke in Boston; Additional reporting by Bill Berkrot in New York; Editing by Tim Dobbyn)

Teva社でも BG-12の動物実験をやってみたところ、腎障害がみられたというのです。しかし、BG-12を開発した Biogen社は「臨床試験では問題なかった」として反論しています。Teva社は FDAに対し、有識者の意見を聞くまで薬剤を承認しないよう求めています。FDAは当初の予定より 3ヶ月遅らせて、3月末に承認するかどうか決定するとしています。

実際にヒトで腎障害が起こるかどうかは現時点では不明ですが、ライバル会社の新薬について発売前にクレームを付けるというのが、凄い話だなと思いました。

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